○佐藤敬治君 私は、
日本社会党を代表して、ただいま
町村自治大臣より御
説明がありました
昭和四十七年度
地方財政白書について、総理及び
関係各閣僚に御質問をいたします。
昭和四十八年度の予算編成の中で、なくなった愛知大蔵大臣は、トリレンマということばを製造いたしました。
地方財政においても、同じようにトリレンマを指摘することができると思います。
その一つは、自主財源の不足であります。その二つは、借金の増大であります。その三は、国庫への高い依存度でございます。
昭和四十七年度の
地方財政白書は、このトリレンマが特徴的にあらわれております。
まず、自主財源の大宗である
地方税を見ますと、その構成比は、
昭和四十五年度は三七%台を占めておりましたけれども、
昭和四十六年度は三四・八%、四十七年度は、ついに三三・二%と落ち込んでしまったのであります。さらに、
地方交付税もまた、前年度を〇・四%下回っております。この穴埋めは当然
地方債と国庫支出金の増額によってまかなわれたのでありますけれども、
地方債の構成比を見ますと、
昭和四十六年度は九・二%、四十七年度はついに歳入総額の一割をこえる一〇・八%と、二年連続して大幅に増加したために、後年度への債務負担額は急激にふえて、四十七年度末の
地方債現在高は実に五兆三千八百四十五億円に達しております。また、トリレンマの一足をなす国庫支出金は三兆三千四百七十三億円で、前年度比三一・四%という大幅な増額となっております。歳入全体の構成比を見ますと、一般財源は五一・二%、
地方債一〇・八%、国庫支出金二二・四%となり、相も変わらぬ三割自治、借金
財政、中央依存の姿が浮き彫りにされておるのであります。
国庫支出金の増大は、とりもなおさず、多額の超過負担を伴い、ただでさえ苦しい
地方財政への圧迫となっております。また、公共
事業の増大は、自主財源の不足と相まって、単独
事業へのしわ寄せとなってあらわれ、その構成比は前年度の一五・六%から一四・二%へと低下し、ただいま大臣からお話がありましたように、ごみ処理
施設、市町村道等の社会資本の
整備状況や福祉水準は、満足な状態に達していないことが指摘されておるのであります。
三割自治の解消が
地方自治体の悲願となってからすでに久しい。特に四十七年度のような好況時においてさえ、最大の自主財源である
地方税がこの程度の比率であるということは、いかに
地方財政の貧困が根深いものであるかを物語っております。
政府は福祉元年などと称しておりますけれども、
地方財政の確立なくして福祉は達成できません。一体、
地方財政の確立と本気で取り組む意思があるのか、各大臣の明確な答弁を求めるものであります。(
拍手)
一転して、
昭和四十九年度の
地方財政は、緊縮一色に塗りつぶされてしまいました。田中
内閣は、みずからのつくり出した狂乱物価の対策として、総需要抑制を打ち出し、四十九年度予算の前年比伸びを一九%台に押えるために、
地方交付税の中から千六百八十億円を減額いたしました。われわれは、国の総需要抑制政策に対して、
地方が公共
事業等の削減によって協力することはやぶさかではない。しかしながら、今日の
地方財政は、累積した超過負担に加えて、狂暴なるインフレの追い打ちをこうむり、いまや困窮の極に達しているのであります。各
地方団体においても、裏負担の財源がないために、続々と公共
事業が返上されているという事実が、このことを明確に示しております。このようなときに、千六百八十億円を
地方財政から切り取るということは、
地方団体にとっては、まさに泣きつらにハチといわなければなりません。
地方税が三〇%も伸びるからと、
政府は言っております。しかしながら、これは、インフレによるところの、まぼろしの収入であります。その裏には、逆に、インフレによって発生するところの新しい課題が待ちかまえているのであります。ましてや、教育、生活関連、福祉など、膨大な、待ったなしの行政ニードの解決を迫られている
地方自治体に対して、公共
事業が大幅に減ったから財源に余裕ができるなどとは、まさしく
地方財政の犠牲において総需要抑制を行なっている証左であり、
地方の実態を全く理解しないものといわざるを得ません。
地方交付税は、
法律によって保証された
地方公共団体固有の財源であります。国の便宜のためにかってに操作されることは、国と
地方の
財政秩序を乱すばかりではなく、国の
地方に対する干渉であり、
地方自治の立場から絶対に見のがすことはできないのであります。
総理並びに大蔵、自治両大臣の見解をお伺いしたい。
歴代自民党
内閣の高度経済成長政策によって、
わが国の
地方自治体は極端なる過密と過疎に分離してしまいました。
財政上よりこれを見ると、豊富な税源を持つところの大都市と、
課税しようにも客体の乏しい小都市に分極されたのであります。ところが、現行の
地方財政制度は、これら両極の乖離から目をそむけて、
地方財政をほとんど一律に取り扱っております。たとえば、
課税客体の豊富な政令
指定都市が軒並みに交付団体となっているところにも、その根本的な矛盾が露呈されているのであります。
大都市の豊富な税源、特に法人
課税の適正化等によって大都市の自主財源を強化し、他方、過疎の小都市には、ナショナルミニマムを達成するために十分なる交付税を配分できるよう、現行の
地方財政制度の根本的な改革が必要であると思います。
関係各大臣の見解をお尋ねいたしたい。
この
地方財政白書の中で注目すべきものは、
公害対策費の増大であります。公害
防止関係経費は八千百十三億円と、前年度に比べて三八・三%の増大、大幅に伸びております。各
地方団体の
公害対策に対する積極的な姿勢がうかがわれます。しかしながら、これはいわば国の経済成長政策のしりぬぐいであります。このために
地方自治体に一兆円にもなんなんとする巨額の負担をさせることは、三割自治をさらに窮迫に追いやるものであります。国が十分なる
措置を講ずべきであると思うが、田中総理並びに自治大臣の考えをお尋ねしたい。
国民健康保険
事業は、いまや
地方団体の
財政上悩みの種となっております。
わが国の各種税金は年々減税の傾向をたどっておりますけれども、国民健康保険税は逆に年々大幅な増額を繰り返し、いまや諸税の中でも最も重い税金と化してしまいました。にもかかわらず、白書の告げるところによりますと、
昭和四十七年度はさらに九百八十一億円の赤字となっております。
この原因として、医療費の値上げ、老人医療の無料化等、
保険給付の増高をあげております。確かにそれは赤字の大きな原因ではありますけれども、しかし、その根本的な原因は、年ごとにふえる国民総医療費の四〇%が注射と薬代という、いわゆる薬づけ診療を引き起こしているところの保険療養費支払い制度、いわゆる出来高払い制にあることは明白であります。
医師の技術料が薬の中に含まれている現行の点数表では、医師が
所得を得るためには、投薬、注射をしなければやっていけません。名医もやぶ医者も差別なく、また、時間の要因も全くありません。したがって、時間をかけて診断するよりも、数でこなしたほうが得であります。そのためには、注射や投薬が一番よいということになるのはあたりまえであります。かくして、三時間待って二分、診るよりも、さばくという現象が発生しているのであります。このことが医師をして開業に走らせ、自治体病院の医者不足を来たし、赤字に追い立てられて住民へのサービスを忘れ、開業医と外来患者の取り合いに熱中するという原因になっているのであります。これこそは、
わが国の医療を荒廃に追いやった、まさに諸悪の根源であります。(
拍手)
この一点単価単純請負制という支払い制度の改革なくしては、医療の改革はあり得ないと思いますけれども、田中総理と厚生大臣の考えとその対策をお伺いいたします。
先日衆議院を通過いたしました雇用保険法は、出かせぎ農民をねらい打ちにしたものでありますが、この
法律は、単に出かせぎ者だけではなく、人口減少に悩む過疎市町村をさらに過疎へと追い込む危険性をはらんでおります。
農基法農業の大規模経営に失敗し、機械化貧乏におちいった農民は、収入の不足を出かせぎと失業保険に求めるのはやむを得ないことであります。そして、これらの収入は、理論的にはどうあれ、農家経済に深く根をおろしているのが現実であります。しかるに、雇用保険法の
改定によって、農家は農業か出かせぎかの二者択一を迫られる結果、おそらく、現状では、出かせぎ者の約半数を占める小農家は、挙家離村のやむなきに至ると思われます。これによって過疎はさらに拍車をかけられ、ところによっては二割近い人口減も予想されるのであります。一方では過疎を嘆き、他方では過疎を推し進める、これでは過疎対策は成功するはずはありません。
近ごろ、よく、農村へのUターン現象をとらえて、過疎に歯どめがかかったといわれております。しかし、最近の福井大学の調査によりますと、その大半が、再びふるさとに絶望して、都会に出ることを希望しているという結果が出ております。身も心も安住の地を失った、さまよえる日本人の姿、これをWターンと称しております。
総理と自治大臣の感懐をお伺いいたします。
消防法
改正に関して、超高層ビルについて所見をお伺いいたします。
霞が関ビル建築以来、超高層ビルが続々と建てられておりますけれども、防災上からこれを見ると、まことに寒心にたえません。大阪の千日ビル、ソウルのホテル、熊本の大洋デパート、空前の惨事を引き起こしたサンパウロの超高層ビル等々の火災を思うとき、これらの超高層ビルの実情に思わずりつ然たるものがあります。先の火災の教訓があとに何ら生かされておりません。次々と惨事が繰り返されております。
もし隣の霞が関ビルに火災が起これば、はしご車はわずか十一階までしか届きません。それより上の人は、ただ煙に巻かれて死ぬのを待つ「じっとがまんの大五郎」、屋上からは死を覚悟のダイビング、これしか手がないのであります。現に、先ごろの伊豆沖地震で、霞が関ビルの住人は、ほんとうに迫真の経験を持ったではありませんか。いつ何どき超高層ビルに災害が起こらないとは何人も断言できないのであります。
また、これらの超高層ビルは、都市
計画の上からも大きな問題をはらんでおります。慢性水飢饉の首都圏にあって、新宿ビル群といま建築中の池袋拘置所あとのビルだけで一日約二万トンの水を消費します。そして、その下水は都の下水道を破綻に追いやるといわれております。問題のごみは、両者合わせて一日約百トン、これらの問題はいまだに何らの解決を見ておりません。最近は、封じ手のない、台風並みの風害の恐怖さえ訴えられているのであります。また、約三十万人といわれる人数が集中的に出入りすることによって、交通問題、各種公害等も発生しております。ニューヨークの超高層ビルにおいては、恐怖のために、窓を小さくし、机は窓からずっと離しておくといわれております。
超高層ビルというのは、それ自体非人間的な存在であります。単に土地の使用効果を求めてのこのような超高層ビルの建築は、やめるべきではないでしょうか。そして、既存のビルには、できるだけ早く脱出装置等の対策をとること、これが必要であると思います。特に一級建築士をもって任ずる田中総理の見解をお伺いいたしたい。
最後に、
地方自治体に深い関連を持つところの電源開発促進税について、一言申し述べてみたいと思います。
言うまでもなく、この税金は、電力危機を救うために、発電所建設に際して地元の抵抗を緩和するためのものでありますけれども、私は、特に原子力発電所に強い疑問を感じております。
原子力発電の安全性はいまだ未解決の部分が非常に多く、連続的に事故が発生して、世の批判をこうむっているところであります。放射能検査機構さえ、いまだに確立されていないことは、さきの分析科研のデータの捏造事件、近くは問題の日本非破壊検査株式会社の例に見るとおりであります。(
拍手)地区住民が生命に危険を感じて抵抗しているのは、むしろ当然であります。
しかるに、エネルギー危機に名をかりて、札束で横っつらをひっぱたき、強引に建設を進める。ある新聞は、これを田中式税金と評しております。おそらく、貧しい市町村は、たちまちこれに飛びつくかもしれません。しかし、総理、さきにも指摘いたしましたとおり、一方では市町村を三割自治という慢性飢餓状態に置きながら、他方では札束でもって人間の命の安全をつり上げる、こんなことが一体許されるでしょうか。総理は、人間の命よりも金が大切だと考えているのですか。それならば、「五つの大切」の次に、金という字をつけ加えなさい。これは、人間の命で金を買うところの悪魔の税金です。さっそくこの税金を取り下げることを提唱いたします。
エネルギーは大切な問題です。だから、スズメの涙のような安全研究費を大幅に増額して、一日も早く安全を
確保し、地元住民も安心して協力できるようにすべきだと思いますが、総理のお考えをお聞きしまして、私の質問を終わります。(
拍手)
〔
内閣総理大臣田中角榮君
登壇〕