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西村最高裁判所長官代理者 「合意が成立する見込みがない場合」と申しますと、抽象的に申しますと、
当事者双方が相当譲歩して煮詰めてきた、しかしわずかなところであるけれ
ども、最終
段階での合意が成立する可能性がない場合である。しかし双方とも何とか紛争はこの機会に解決したい、こう切望している場合ということになるのではないかと
考えるわけでございます。そういう場合でございますと、確かに仰せのとおり
調停委員会のほうでそれではこういう案ではどうかという具体的な案を提示すれば、それを契機として両者の間で
調停が成立するという場合が多いであろうということは十分推察できるわけでございます。しかしたとえばこういう事例が他に
考えられるのではなかろうかというふうに
考えます。たとえて申しますと、交通事故に基づく損害賠償の
調停事件を
考えてみた場合に、相手方となっている加害者が、その交通事故につきまして刑事被告
事件が係属している、業務上過失傷害というようなことで刑事
事件が係属している。その刑事
事件の中では被告人としては過失の有無あるいは過失の程度等を真剣に争っている。ところが一方で
調停のほうでは被害者側の
要請をある程度受け入れて
調停としては成立させたい、しかし
調停を
当事者の合意という形で成立させますと、自分の刑事
事件において主張している過失の有無なり割合について不利益に認めたことに結果としてなってしまう。それはやはり
立場上困る、刑事
事件のほうはあくまで刑事
事件として
争いたいと
考えておるような場合におきましては、合意という形で成立させないで
調停委員会がしかるべき案をつくって、それできめてくだされば民事
事件のほうはそれで解決したい、そういうことから、この十六条の二の適用を欲するという場合が
考えられるのではないか。また同じく自動車による交通事故のような場合におきまして、額がきまれば保険会社から保険金の支払いができる場合におきまして、保険会社には保険会社なりの一応の損害の算出
基準というものがあるわけでございます。その当該具体的な
調停事件において問題となっている事案では、その具体的な
基準よりも高い額でもって、認めてもよいという場合があり得るわけでございますが、
一般的な
基準に反する
調停条項、
当事者の合意によって
金額がきまってまいった場合には、保険会社としてはそう簡単に払うわけにはいかない。
当事者として見ますれば、
調停が成立したのだから、これを払ってくれと言ってもすぐには払われない。そこで
当事者としては相当保険会社を説得した上でなければ、支払いを受けられないという場合があるわけでございますが、こういった場合でも合意という形でなしに
調停委員会がきめたんだという形できまってくれば、保険会社のほうとしてはスムーズに支払いの手続ができる、こういう場合があり得るのではないか、したがいまして、実質的には
当事者間に
調停は成立しているけれ
ども、形式的にはやはり
調停委員会がきめたという形にしてほしい、こう希望する場合があり得るのではないかと思います。また同じような事例になるかもしれませんけれ
ども、たとえば船舶事故等で多数の人が被害を受けた、それで会社と被害者との間でもって示談
折衝をした。大
部分の方はその示談で話がついた、しかしごく一部の方がそれで納得できないで
調停の申し立てをした、こういう場合で、その被害者に関する限りは会社側としても事情をよく調べた上でほかの被害者、示談で成立いたしました被害者との
関係よりも少しよけい支払ってもよいという場合であっても、ほかの被害者との示談の手前上、やはり合意で成立したという形をとりにくいという場合があり、そういった場合にはこの
調停委員会の決定したところに従ってきめてほしい、こういう場合があり得るのではなかろうか。そういったような例を
考えますと、やはり十六条の二というのは非常に大きな
意味を持ってくる。
当事者にとっては紛争解決の上でもって非常に役に立つ
制度の
一つであるということはいえるのではないかというふうに
考えるわけでございます。
なお、成立した合意が相当でない場合ということになりますと、
考えられる事例といたしましては、
関係人の間でもって積極的に条件を出し合って話を進めてしまって、結局合意がそこで成立した、その
段階で、
調停委員会が合意された
調停条項を見たところ、
法律的な観点から見まして適法ではない、あるいは不相当であるというふうに判断した場合ということになろうかと思います。たとえば
当事者の合意された内容が利息制限法違反の利息の支払いを含んでいるというような場合には相当でないということになるわけでございます。しかし、この場合におきましても、おそらく
調停委員会がその点を
指摘いたしますれば、そこで
調停が成立する、適法、相当の範囲内でもって
調停が成立するという場合が多いのではないかと思いますし、特に今後は
調停委員の活動がきわめて積極的に適切なアドバイスをして
調停を進めるということであれば、この成立した合意が相当でない場合というのは適用の余地がほとんどないのではないかというふうに
考えられるわけでございます。したがって、十六条の二の中では「合意が成立する見込みがない場合」というのがもっぱら今後活用される可能性がある、そういうふうに
考えております。