○大原
委員 その当時の
状況について、閣議決定が次から次へ出ているのです。それを戦後封印したのですね。それできょう初めて、われわれがずっと主張し、あるいは何十回も決議になりまして出てまいりました
防空法関係については、
警防団と
医療従事者は初めて今度は
援護法の
対象になっておるわけです。これは確かに
一つの決断なんです、旧
防空法関係は全部否定しておったのが出てきたわけですから。これは
防空監視員は別ですが、これがちょっと前に出てきまして、これが出てきたのは私は
一つの前進であるということで、今回の
援護法の
改正案は評価するわけです。しかし閣議決定を封印しておったわけです。その証拠には
援護法をつくりまして、準
軍属の制度ができましたときに、
国民義勇隊、女子挺身隊や学徒動員やあるいは徴用工や、けさも話がありましたが、軍の
戦闘に協力をした
一般国民、
戦闘行為に協力をした人、そういう者を
軍属に準じまして
援護法の
対象にしていったわけですが、最初
国民義勇隊をやりましたときの
法律は、御承知のように、
昭和二十年の三月二十二日というふうになっておったわけですね。実際には、私が
指摘いたしまして、これは二十三日が
ほんとうであったということになった。私が主張して表面に出てきてから、一日、一本棒が足りなかったわけです。うそを書いておったわけです。効果があるかないかと言ったら、法制
局長官は、高辻君ですが、三百代言で何とか言っておったけれども、中身が同じだから日にちが一日ぐらい違っても、引用した
法律は効果には
関係がない、そういうへ理屈もあるが、それにしても間違っていたのです。そのくらい当時の実情についてはやはり否定をされておっわけです。つまり抹消されておったわけです。戦後はこの
法律の
関係は、
国民義勇隊もあるいは私が言っている義勇兵役法も否定されておった、抹消されておった。しかしながら中身は、あとで申し上げるのですが、ひどいものであります。なぜ封印したかということについてもひとつ調べてもらいたい。これが終わるまで、きょうは採決ないと思うから、次の採決までにどういうことかということを追跡をして調べて、どういうことで閣議決定が封印をされて外部に出さなかったということについてもできるだけ、かなうだけ調べてもらいたい。
これは法制局もそれから各
出席者もお聞きいただきたいわけですが、たとえば三月の二十三日の
国民義勇隊組織に関する基礎になった閣議決定を見ますと、「現下ノ事態ニ即シ
本土防衛態勢ノ完備ヲ目標トシ当面喫緊ノ防衛及生産ノ一体的飛躍強化ニ資スルト共ニ状勢急迫セル場合ハ武器ヲ執ツテ瞬起スルノ態勢へ移行セシメンガ為左記ニ依リ全
国民ヲ挙ゲテ
国民義勇隊ヲ組織セシメ其ノ挺身総出動ヲ強力ニ指導実施スルモノトス」「尚之ガ円滑適正ナル実行ヲ期スル為地方行政協議会長ヲシテ
関係軍管区司令官及鎮守府司令長官、警備府司令長官等ト緊密ニ連繋シ夫々事態ノ推移ト管内ノ実情ニ即スル如ク
措置セシムルモノトス」「一、目的」というのが書いてございます。
防空や水火消防その他も入っておる。陣地構築も入っておる、兵器弾薬、糧秣の補給、輸送等も入っておるわけです。それから通信機関の問題も入っております。食糧増産も入っておる。それから「組織」というところに、「
国民義勇隊ハ官公署、会社、工場事業場等相当多数ノ人員ヲ擁スルモノニ付テハ当該職域毎ニ其ノ他ノモノニ付テハ一定ノ
地域毎ニ之ヲ組織セシムルモノトス」これは
法律ではありません、閣議決定ですよ。「尚 学校ニ付テハ別ニ定ムル学徒隊ニ依ルモ前項ノ業務ニ付テハ
国民義勇隊トシテ出動スルモノトス」(二)といたしまして、「
国民義勇隊ニ参加セシムベキ者ハ老幼者、病弱者妊産婦等ヲ除クノ外可及的広汎ニ包含セシムルモノトス」注釈をちょっととりまして、そういうのがずっとありまして、そして「運用」の中には、「(三)
国民義勇隊ハ軍部隊ノ補助ノ為出動スル場合ハ当該陸海軍部隊長ノ
指揮ヲ受ケ警防活動ノ補助ノ為出動スル場合ハ当該官署長ノ
指揮ヲ受クルモノトス、」「其ノ他ノ業務ノ為出動スル場合ハ当該工事又ハ作業ノ施行者ノ要請ニ従ヒ行動スルモノトス」こういうふうにありまして、「其ノ他」の項目の中に、(二)としまして、「
国民義勇隊ノ組織運用等ニ関シテハ在郷
軍人会、
警防団等ト互ニ齟齬スル所ナカラシメ彼此両全ヲ期スル如ク配意スルモノトス」というのがありまして、そしてこれは別の日ですが、
昭和二十年四月十三日の閣議了解事項で、「
警防団ハ之ヲ
国民義勇隊ノ組織二一体化スルコトヲ目途トシ一面警防ニ聊モ間隙支障ナカラシムルコトヲ確保シツツ必要ナル
措置ヲ講スルモノトス」というふうに、閣議了解事項であるわけであります。これらはすべて封印をされておったのを出してきたわけですね。そこで、
警防団はこれを
国民義勇隊の組織に一体化するということになっておるのです。だから
警防団等は、今回の
医療従事者も、これは旧
防空法の規定に基づいてあるわけですけれども、これは
昭和十二年にできた
法律ですが、改正いたしておりますが、しかし
昭和二十年三月の閣議決定がすべて優先をいたしまして、
国民義勇隊の組織がずっと進んできたわけです。
国民義勇隊は準
軍属といたしまして処置をいたしておるわけであります。それから、そこで
国民義勇隊は早くから準
軍属になっておりましたが、これと一体
関係の
警防団については今回準
軍属になったわけであります。
医療従事者と一緒に準
軍属になったわけでございます。しかしここにあるように、またこの閣議決定の裏づけとなって
法律が公布、施行されましたその
法律の中にあるわけですが、この
法律は、第七条には「義勇召集ヲ免ルル爲逃亡シ若ハ潜匿シ又ハ身體ヲ毀傷シ若ハ疾病ヲ作爲シ其ノ他詐偽ノ行爲ヲ爲シタル者ハ二年以下ノ懲役ニ處ス」「故ナク義勇召集ノ期限ニ後レタル者ハ一年以下ノ禁錮ニ處ス」第八条は「前條ノ規定ハ何人ヲ問ハズ帝國外ニ於テ其ノ罪ヲ犯シタル者ニモ亦之ヲ適用ス」第九条「國家総動員法第四條但書中兵役法トアルハ義勇兵役法ヲ含ムモノトス」つまり総動員法の中には兵役法を含めて規定をしておるわけですが、その中には義勇兵役法も、この
法律も含むのだ、兵役と同じだというふうにいたしてございまして、そして第二条には「義勇兵役ハ男子ニ在リテハ年齢十五年ニ達スル年ノ一月一日ヨリ年齢六十年ニ達スル年ノ十二月三十一日迄ノ者(勅令ヲ以テ定ムル者ヲ除ク)、女子ニ在リテハ年齢十七年ニ達スル年ノ一月一日ヨリ年齢四十年ニ達スル年ノ十二月三十一日迄ノ者之ニ服ス」こういうふうにありまして、女子は四十歳まで、男子の場合でしたら六十歳までこの義勇兵役法に従事をする責任があるわけです。ですから、これは調べたあとも答弁していただくわけだが、閣議決定があって、あとで義勇兵役法が公布、施行をされて、その裏づけになって閣議決定が進んでいった、こういうふうに
考えてよろしいわけであります。
これを概括的に議論をいたしてみますと、これはけさほどから各
委員から議論がありましたけれども、あるいは
局長から答弁がありましたが、これは、国との雇用
関係、あるいは
国民義勇隊や
動員学徒や女子挺身隊や徴用工その他のように、国の行政力の介入によるそういう国との
関係、こういうものと差別はないです。この義勇兵役法というのはそれ以上ひどいものです。ですから、これは
一般戦災者であるからという理由で、国が社会保障でやれば済むのだ、そういう議論では全然ない。そういう組み立てば全然ない。私は財産被害その他についてまで言っているのじゃないのです。あるいは濃淡について政治的な配慮は私はよく知っている。知っているけれども、職業的なそういう
人々が二百万人以上おって、これはもちろん国の
命令で
外地へ行ったという人もあるわけだが、しかしながら国内におったからといって、非
戦闘員であるからといって、国が
戦争を開始いたしまして、宣戦布告をしてやった行動の中で、こういう一億総武装の決定を何回もいたしました。そして閣議決定で、これ以上まだまだひどいのがある。ついでに読んでみましょうか。これは「國民義勇隊ノ組織運營指導ニ關スル件」で、
昭和二十年四月二十七日の閣議決定です。その中には第三項に「國民義勇隊ノ
地域組織ニ當リテハ既存ノ職能組織ノ機能又ハ特質ヲ國民義勇隊ノ目的達成ノタメ最高度ニ發揮セシムル如ク市匿町村ノ基盤組織ニ付地方ノ實情三應ジ特別ノ
措置ヲ講ズルモノトス」ということで、どこへでも入っていけるようになっている。厚生
大臣代理は御承知かどうかわからぬが、大政翼賛会とか翼賛壮年団というのが当時あったのです。それも義勇隊に変える。すべての
警防団その他も義勇隊に変える。こういうことがあったわけですが、そういう義勇隊編成になったということの実態を把握しないで、この
援護法ができておるのではないか。こういうことを調べてみると、これはなかなかたいへんな問題ですが、そういうふうに思うわけです。
ですからそういう点について、けさほどからの情勢
認識や御答弁、
質疑応答というものは甘くはないか。しかし、事務当局としてはそういうことは言ってきた、そのことはわかるけれども、今回一歩前進であるけれども、私は、
一般的な
戦争の
状況から言うならば、これは全然実情には合わないものではないかと思うわけです。この点は、追加答弁をいただくこともあるわけですが、厚生
大臣の御答弁をひとつ私は聞いておきたい。