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鈴木強君 では次に、会社のほうに若干伺いたいんですが、先ほど
菅野社長から
事業概況の御
説明をいただきました。
KDDは本年四月をもちまして
創業二十周年を迎えたのでありまして、御
説明によりますと、社業は順調に伸展をいたしておるようでありまして、また
サービスも
世界最高の水準に引き上げられたということで御同慶にたえません。これはこの二十年間歴代の
社長はじめ全職員の
皆さんが一生懸命に努力をされ、精進をされた結果だと私は思いまして、あらためて
感謝と敬意をささげたいんであります。
ところで、もう一つこの機会にわれわれが忘れてはいけないのは、
わが国の
国際通信サービスの歴史というものがございます、これをやはり回顧することではないでしょうか。明治四年に初めてデンマークのグレート・ノーザン電信会社がウラジオストクと長崎間、七百七十六海里の間に、また長崎と
上海間、これは四百九十三海里でありますが、それぞれ海底電信
ケーブルを
布設したときに始まっておるんでありまして、以来ここに百一年の星霜をけみしてきているのでありますが、この間、会社移行後二十年を除きますと、八十一年の長きにわたって
わが国の国際
通信というのは終始国営の独占
事業として
運営されてまいりました。そうしてそこには数多くの先輩の人たちが、いまの人たちと同じように、より以上に不断の努力を続けられて、そのことが私は今日の隆々
発展をした基礎をつくっていただいたことであると思うのです。ですから、これらの人たちに対する
感謝の念を忘れないで今後もがんばっていただきたいと思います。
それで、やはり私は会社設立の当時のことを回顧いたしますと、電気
通信省から、国際部門が会社に、国内が公共企業体と、こういうふうに移行してまいったのであります。当時、会社移行に対して反対の強い
意見もありました。しかしその反対
意見をどうかすると押し切った形で会社に移行したのもこれは事実であります。ですから、それだけになかなかむずかしい
事業であったと思いますが、そのときに提案理由の中に述べられておったのは、国有国営より以上によき
サービスを提供するためには会社のほうがいいのだということでありました。そのことが今日、
社長のおっしゃるように
世界最高の水準にまで
サービスが
向上したということであれば、会社移行の意義も私はあったのではないかと思うのでございます。しかしまた一面克服しなければならない点もあろうかと存じます。ですからそういう点を克服して本来の基本的な、提案理由の
説明に述べられたような、よりりっぱな
国際電気通信事業というものが
発展をしていくためにはくふうが必要ではないかと思うのであります。
その際に、何といっても全職員が一体になってふるい立って仕事についていただく、こういう体制をつくることがもう絶対必要であります。いかに
社長、幹部が優秀でありましても、どんなにりっぱな
計画を立案されましても、これを実施する全職員が
理解と納得をして
協力してくれなければこれはだめだと思いますね。そういう
意味で労働組合に対する基本的な
社長以下幹部の姿勢の問題、これもたいへん大事なことだと私は思うのでございます。時ちょうど春闘の時期にも入っておりまして、昨年来の不況からさらにいまでは心配するような過熱状態に傾向も変わってきております。物価も最近はもうたいへんな暴騰をいたしておりまして、いま
国民からひんしゅくを受けているようなああいう六社の買い占め、売り惜しみ、それによって騰貴を起こし物価が上がっていくというような、もうければどうなってもいいのだというような、そういう間違った自由主義の道を破ろうとする人たちが出てきておる。このことが政治に対する大きな私は不信にもなっていると思うのであります。したがって労働組合としては、この物価高を克服し、さらにより多くの努力を
事業の
発展のために、さらに今後の
拡充のためにささげようとするならば、待遇
改善を要求することもこれまた当然だと思うのです。ことしもおそらくベースアップの要求が組合からも出ていると思います。この要求については、労使間のことでありますから、私はここでは
内容については一切差し控えますが、誠意をもって、会社の財政その他も十分にひとつ考えていただいて、許す限りひとつベースアップを実現してやっていただきたい。そして全職員が
社長のもとに一丸となって、さらによりよい国際
通信事業発展への道を歩むことができますように、その成果を獲得することができますように、がんばることができますように、この問題も積極的に最大の力を入れて解決をしてほしいと思いますが、基本的な考え方だけを
社長から承っておきたい。