運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

1973-07-16 第71回国会 参議院 運輸委員会公聴会 第1号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十八年七月十六日(月曜日)    午後一時四分開会     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         長田 裕二君     理 事                 江藤  智君                 木村 睦男君                 山崎 竜男君                 小柳  勇君     委 員                 岡本  悟君                 黒住 忠行君                 高橋 邦雄君                 松平 勇雄君                 渡辺一太郎君                 杉山善太郎君                 瀬谷 英行君                 森中 守義君                 阿部 憲一君                 三木 忠雄君                 田渕 哲也君                 山田  勇君    政府委員        運輸大臣官房長  薗村 泰彦君        運輸省鉄道監督        局長       秋富 公正君        運輸省鉄道監督        局国有鉄道部長  住田 正二君    事務局側        常任委員会専門        員        池部 幸雄君    説明員        日本国有鉄道総        裁        磯崎  叡君    公述人        交通評論家    澤  富彦君        早稲田大学商学        部教授      中西  睦君        横浜国立大学経        済学部教授    井手 文雄君        日本民営鉄道協        会理事長     佐藤 光夫君     —————————————   本日の会議に付した案件国有鉄道運賃法及び日本国有鉄道財政再建促進  特別措置法の一部を改正する法律案内閣提  出、衆議院送付)     —————————————
  2. 長田裕二

    委員長長田裕二君) ただいまから運輸委員会公聴会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  君健男君が委員を辞任され、その補欠として菅野儀作君が選任されました。     —————————————
  3. 長田裕二

    委員長長田裕二君) 本日は、国有鉄道運賃法及び日本国有鉄道財政再建促進特別措置法の一部を改正する法律案につきまして、四名の公述人方々から御意見を伺います。  この際、公述人方々に一言ごあいさつ申し上げます。  皆さまには御多忙のところを御出席いただき、まことにありがとうございました。皆さまから忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本案審査の参考にしたいと存じております。  これより公述人方々に順次御意見をお述べ願うのでございますが、議事の進行上お一人二十分程度でお述べを願い、公述人方々の御意見の陳述が全部終わりました後、委員の質疑を行なうことといたしますので、御了承願います。  それでは、まず澤公述人にお願いいたします。
  4. 澤富彦

    公述人澤富彦君) 澤富彦でございます。  国有鉄道運賃法及び日本国有鉄道財政再建促進特別措置法の一部を改正する法律案反対立場から公述いたします。  国鉄運賃赤字が年々増大いたしまして、国鉄再建法の立て直しを必要とするようになった背景には、他の交通機関に対しまして投資が立ちおくれておったこと、また他の交通機関より競争をいどまれたことなどの理由があると思います。そこで新たな投資を行ない技術革新をはかられることはけっこうなんでございますが、鉄道営業トラック公共輸送機関相互過当競争させられ続けますことは、外部経済を伴い、物価に対し逆効果を来たしていると考えられますので、公正な規制に復するべきであるとの立場から意見を述べさしていただこうと思います。  まず貨物運賃調整物価調整の重要な手段なのであります。これは吾孫子豊氏が念願としておられました交通基本法の構想の遺稿の中で、一八七一年のドイツで制定されましたベルリン憲法運輸関係条項を紹介しておられます中に、次のようなことが載っております。運輸関係の条項がこの憲法には八カ条ありまして、その第四十六条に、生活必需品価格が上がって困るときには、貨物運賃賃率を操作して物価を下げる要領を具体的に規定してあると書いておられます。この原文を申しますと、「緊急事態なかんずく生活必需品の異常な値上がりを示す場合には、皇帝は参議院の当該委員会の申し出によって決定する生活必需品特別割引賃率を指示し、これには各鉄道経営当局は服従する義務がある。ただし原材料運賃は異常に安くしてはならない」と、こういうふうに憲法に載っておるのであります。  憲法にこのような規定がありますことは、当時のドイツの歴史の中でたびたび運賃の公正が乱され、大企業力関係自分が取り扱っております原材料運賃を不当に安くさせ、小企業者の扱っております生活必需品運賃にしわ寄せをさせ高くさしていた。これを公正な政治力でもとに戻す処置をしたところが、騰貴していた生活必需品価格が下がってしまったと、このような経験の積み重ねが次第に常識化して法制化したものと考えられます。  そこで、当時から一世紀を経た今日の日本において、緊急事態発生ともいえるような物価問題が急を告げております。政府当局ケインズ政策を中心としました需給調整だけをたよりにして事態を解決しようとされておりますが、事態はますます悪化の傾向にあるのであります。かかるときに、ドイツ人経験、良識を生かして、わが国生活必需品関係輸送コストが高くなっているんではないか、また原材料関係運賃が不当に下がり過ぎているのではなかろうかと見てみることは、決してむだなことではないと考えるのであります。  まず、国鉄運賃制度の中で、こういう立場から見てみますと、貨物等級表の中で、この変化の有無を考えてみますと、等級表というのは量の多い原材料、たとえば石炭などを基準に一〇〇としまして、ぜいたく品の指数を二五〇というふうに高くきめ、生活必需品は一番最低に五三−七五というふうにきめるのが普通であります。  昭和二十八年から三十五年ごろまでは、こういうところの運賃負担力制、上下の差の非常に大きな運賃負担力制をとっておったのでございますが、最近に至って、物価の問題がなかった昭和三十五年ごろから、十数年を経ました最近に至りまして、貨物等級が四等級、また今度の改正におきましては三等級に減ろうとしております。原材料は、いわゆる石炭関係は三級、今度は二級ですか、一〇〇としまして生活必需品が九〇−九一というふうに、原材料賃率と非常に接近してしまっておるのであります。両者がこういうふうに接近しておるということは、総体的に考えますと、生活必需品運賃が、賃率が非常に上がっておる。原材料輸送費は不当に下がっておると見ることができるんでありまして、ベルリン憲法の定めで処置を必要とするような事態が、この運賃表の中で認められるのであります。  これは運賃表の面だけで生じておることでありますが、実際面はどうかと言いますと、そのベルリン憲法ができましたドイツの事情のときには、鉄道だけが貨物輸送機関であったわけでございますが、現在では代替的なトラックのほうが主役を占めるような現状になっております。そこで昭和三十五年の貨物輸送状態と十年後の四十五年と見てみますと、この運送部門の面で非常に大きな差異が認められます。それはどういうことかと言いますと、昭和三十五年ごろは大企業と小企業区別なく、公共輸送機関であります鉄道営業トラック、また私的輸送機関であります自家用車というものが共通して各分野に使われておったのであります。ところが、この十年間のうちに起きました変化は、この途中で運賃自由化ということが行なわれたわけでございますが、十年間たった最近に至りましては、公共輸送機関であります国鉄営業用トラックというものが大企業のほうに集まってしまいまして、小企業のほう、これには自家用トラックがたくさん集中してしまっておる。いわゆる輸送部門乖離現象を起こしておるという現象が見受けられます。  さらに、各交通機関を一つ一つ明細に見てみますと、鉄道の場合どうかと言いますと、取り扱いトン数昭和三十五年から四十五年、十年間にはほとんど発着トン数は三億五千万トン前後で一定しておりますのに、その内容たる専用線扱いが急増しております。昭和二十五年の専用線扱いは全体の発着トン数の中で三二%であったものが、昭和三十五年には四六%になっておりますし、四十五年には五八%と、三分の一が三分の二に倍増してきておるのであります。いわゆる大企業貨物国鉄はそれに専属して運ぶ形態になってきておる、こう言えるわけであります。現在国鉄の主要な荷主は約三千五百といわれておりますし、その中の特に本社で指定されております荷主は九十六前後といわれております。全国には会社の数が六十八万社からありまして、また事業所と名のつくものは四百八十万カ所あります。そうしたときに、現在の三千五百の国鉄荷主というのは特定の大企業の一部に過ぎないと、こういうふうに言えるかと思います。ブキャナンという経済学者は、公共財の定義を次のようにやっております。同時にすべての人に供給される財サービス、これが公共財と、こういうふうにきめておるわけですが、国鉄貨物輸送というのは特定荷主サービスしておるという現状からしますと、公共財ではないではないかという議論が出ようかと思います。国鉄旅客はこれは国民のすべてに利用されておりますので、明らかに公共財であります。ところが今日の貨物輸送サービスは、この大輸送機関であるという特性もございますが、全体の取り扱いの六割に近いものが専用線扱い専用線というのは各都市におきます超大企業なのであります。残る三分の一につきましても、専用線のないところのそれに次ぐような大きな企業国鉄を利用しておるということにかんがみますと、公共財ではないではないかという見方が出ようかと思います。  一方、国鉄貨物収支状態は、昭和三十九年ごろから赤字になりまして、四十五年には収入一〇〇に対して原価が一七三、四十六年には一九〇という数字も私聞きますが、こういうこの原価に対して収入が半分しかないということは、国鉄利用の大企業者に対して、実費の半分国が補助しておる。半分しか実費を取っていないという解釈もされるわけであります。そうして先ほどの議論から言いますと、私的財に対してどうして半額、昔の学生割引運賃みたいな五割引き運賃をどうしてかけておるのであろうかというような矛盾が出ようかと存じます。  こういうふうに、大企業運賃が実質的に低下しておる。実際の価格の半分しか利用者負担になっていないということは、とりもなおさず大企業が扱っておりますところの原材料運賃を異常に低下さしておるというふうに言えようかと思います。  次に、営業トラック現状を申しますと、運送単価が一トンキロ当たりで見まして、昭和三十五年に二十九円でありましたものが、十年を経た四十五年には二十円に低下しております。これは、この十年間は非常に物価も上がり輸送量もふえたときなんでありますが、一トンキロ当たり単価が二十九円から二十円に下がっておるというのは、この間で、いわゆる競争原理の導入で、営業用トラック相互間、また国鉄との競争ということが非常に起こったから、この単価が下がってきておるのでありますが、同時に、この営業用トラックのほうも 国鉄と同じように大企業にそのサービスの重点が向かっております。昔、小企業のものが自分自家用車も持ち、営業用も頼んでおったというところの状態のものが、いつしか小企業者自分自家用トラックをたくさん入れてしまって、営業用を頼まなくなった。また営業用のほうも、たまに言ってきても高い運賃を言わざるを得ないというような状態が重なりまして、営業用トラックの現況は、大企業のほうに集中してきておる傾向は明らかに認められます。このことは、経済企画庁で各物資の流通費の調査を四十年から四十六年の間の変化を見ておられますが、この中でメーカー輸送費これは明らかに減少しておる。いわゆる原材料製品関係輸送費が明らかに減少しておるということが、各物資の調査のすべてに共通した現象として出ておるのであります。このメーカー輸送費が下がったということは、とりもなおさず卸売り物価の安定に寄与していることは当然なのであります。  日本国鉄は、かように半額を国家が運賃を補助しておるというような状況なのでありますが、アメリカ、ヨーロッパの各国では鉄道赤字の国も多いわけですが、そのほとんどが旅客赤字なのであります。貨物は黒字で収支償っておる。旅客赤字日本とちょうどさかさまの状態なのでありまして、外国輸送費の場合は、大企業者運賃の全額を負担しておる。ところが日本原価の半分しか負担してない。大企業者が半分しか負担してない。このことは日本輸出商品価格外国輸出商品価格競争の場において、日本輸出商品のほうが安い。いわゆる輸出プッシュの原動力となっておると思います。  昔は、わが国輸出商品をソーシャルダンピング、いわゆる賃金が安かったということで悪名をとっていたこともあるのですが、今日では大企業運賃を国が半額負担してやるとか、また営業用トラック競争させて、その営業用トラック運賃コストが非常に安い状態で大企業に適用されておる。いわゆる雲助ダンピングによる輸出ではないかと、こういう非難もあるいはされるかと思います。  以上が公共輸送関係状態でありますが、一方、生活必需品関係のほうには自家用トラックが全く無制限なはんらんを来たしております。推定によりますと、昭和四十五年では約八兆円をこえておるということは、運輸当局もすでにお認めになっておるところであります。一トンキロ当たり単価を調べてみますと、昭和三十五年ごろ、一トンキロ当たり単価自家用車の場合八十円であったものが、四十五年には百二十円、約五割の増加が見られます。先ほど営業用トラックのほうが二十九円が二十円に落ちておるということを申しましたが、自家用のほうは八十円が百二十円にふえておるわけであります。営業用の下がった分と自家用のトンキロの上がった分を差し引きしてみますと、やはり相当大きな輸送単価の増が国民負担増としてふえておることがわかります。今日の日常生活におきまして、生活必需品の中には自家用トラック輸送費の入っていない商品は皆無であります。そしてその自家用トラック輸送費の総計が、米、たばこをはじめとする十八種類の公共料金の総額よりも上回っておる、国家予算よりも大きな数字になっておる。昭和三十五年と四十五年の十年間の開きは九・三三倍になっておるというような推計が出てきておるのであります。明らかに生活必需品輸送費が急騰しておるのであります。このように生活必需品輸送費が非常に大きくなっている。原材料関係輸送費が非常に下がっておるというのは、明らかにドイツのいわゆる運賃の公正の乱れから生じたところのインフレ状態日本にそのままの状態であらわれておる。これを日本需給政策だけで解釈しようとしておるというところに間違いがあろうかと思います。  以上の運輸全般の情勢を踏まえまして、今日の国鉄運賃改正反対理由を個条書き的に申し上げます。  一、貨物等級を減らして均一運賃制に近づけることは、物価政策に逆行するところの運賃政策である。生活必需品のための特別賃率をすみやかに設くるべきであると考えます。  二番目に、均一運賃制鉄道トラック過当競争の産物なのであります、赤字化するのは当然の運賃制なのであります。均一運賃制マルクスが支持した制度でありまして、ソ連が戦前戦後の二回に、マルクス教条どおり均一原価運賃を実施してみましたところ、いずれも独立採算制が困難になりましてやめております。そして現在は負担力運賃制、いわゆる従価運賃制にソ連もなっておるのであります。このような他国の経験を、わが国国鉄もその運賃制において見習うべきだと考えます。  三番目、営業用トラック自家用トラックを現在のような自由化のままに国鉄運賃を二四・一%値上げしたと仮定しますと、総貨物運賃、いわゆる自家用営業用含んだところの総貨物運賃である約十兆円ばかりの貨物運賃というものは、二四・一%引き上げられる結果になりかねないのであります。物価への影響をよく考えて、トラックに対するところの対策と並行したところの鉄道運賃値上げを必要とするのではないかと思うのであります。  四番目に、現在までの貨物赤字が一兆二千億ございます。そして今後十年間に三兆五千億の赤字が出るかもしれない。それを国家予算で補てんする必要がある、また旅客値上げでそれを負担する必要があるというようなことも聞くわけでありますが、こういうことは、先ほど申しましたように、一部の大企業運賃を半分補助してやるという結果にしきゃならないのであります。国民はとうてい納得するはずがないと存じます。  さらに、これは申し上げにくいのですが、国鉄指定の約九十六——百ばかりの特定荷主に対しましてその貨物を確保するために、俗なことばで言いますと、貨物ほしさ運賃を一五%ずつ三カ月ごとに割り戻しするというようなことは、公企業のなすべきサービスではないと思います。国鉄運賃法第一条にも、公正な運賃であるべきこと、となっておりますし、他の道路運送法をはじめ交通法のほとんどに、特定荷主に差別してはならないと、厳重に禁じてあります。  十兆あまりの技術革新のための大きな投資をなされることはけっこうなんでありますが、一方、均一運賃制で、いわゆる赤字運賃制度で、公共輸送機関市場競争下のまま技術革新をおやりになっても、その投資額十兆五千億円は死に金になるおそれがあろうかと思います。大企業原材料運賃を異常に割引をしておるということが、輸出価格を通じて外国にまで外部経済を及ぼしておるということに気づくべきであろうかと存じます。  以上の理由を申し述べまして、国鉄運賃法改正に対します絶対反対の意思を申し上げまして、公述を終わらしていただきます。
  5. 長田裕二

    委員長長田裕二君) どうもありがとうございました。     —————————————
  6. 長田裕二

    委員長長田裕二君) 次に、中西公述人にお願いいたします。
  7. 中西睦

    公述人中西睦君) ただいま御紹介を受けました早稲田大学中西でございます。  私は、本案件に対しまして基本的に賛成立場から公述をさせていただきます。失礼でございますが、すわらしていただいてよろしゅうございますか。
  8. 長田裕二

    委員長長田裕二君) どうぞ。
  9. 中西睦

    公述人中西睦君) 国鉄は、わが国国内交通システムの中で、これまで中核的な交通機関としてのその役割りを果たしてきたということは何人も認めるところでございます。そして今後、その役割り都市間高速旅客輸送並びに大都市通勤通学輸送というようなところにおいて、今後もその重要性がますます増大してくるということも間違いないことだと思われます。しかし国鉄繰り越し損失は現在一兆一千六百四十億円に達しておりまして、いまや非常に重大な危機に直面していると見ざるを得ません。国鉄がこのような、将来においても国内交通システムの中で中核的な交通機関としての役割りを果たしていくためには、またその機能を十分に発揮するためには、旅客貨物輸送において、質的にも量的においても輸送能力が現在十分であるとは言いがたいと考えますので、今後とも相当の投資を行なう必要があると考えます。それゆえに今回の本案件は、独立採算制を前提とする以上は、国鉄財政再建と不離一体的に考えなければならないと考えております。  運賃交通サービスの対価でございまして、最終的には利用者負担原則でございます。もちろんその際の、サービス提供側であるところの発生する費用は、必要最小限に押えなければなりませんし、またどのような生産条件の中で生産が行なわれ、またどのような市場条件の中で販売かされるかということは考えなければならない点もあり、これは一がいに言うことのできない問題もあります。しかしながら、今日における国鉄赤字基調化は、立法府が、国鉄交通革命期への対応投資に対して、借金依存投資を行なわせたところにその主たる原因の一つがあると私は考えております。その結果、借り入れ金鉄道債が累積しまして利子負担も増加したのであります。これは立法府交通政策における失敗であり、その責任は免れないと思います。  赤字基調化の第二の原因は、各種輸送機関の発達による交通体系変化並びに利用者輸送機関選択機会の増大であり、それに対応する国鉄を含めての交通政策のあり方に問題があった点がございます。  第三の原因は、過密過疎に代表される地域構造変化及びエネルギーの石炭から石油への転換など、重化学工業化に伴う産業構造と立地の変化にあるとも言えます。言いかえますと、この二と三の原因に対する国鉄対応投資に対して、国鉄自体の行なうべき責任と、国自体で行なうべき責任配分失敗したと言ってもよろしいと思います。これらの諸点は、ただ単に、立法府行政機関失敗だけということは言えないと思います。立法府の審議に対しまして、われわれ国民、私も含めまして監視が不足し、これまでの経済政策を容認した国民責任も見のがせないと私は考えております。そういう中において、国民全体の責任として、この国鉄危機を解決しなければならないと、私、個人は考えております。  では具体的にどうするかとすれば、そのような第一の原因である国鉄赤字化原因であるものに対しまして、公共負担をどのようにするかということを考えなければならないだろうと思います。公共負担は、所得分配政策においてはかなり評価できる政策ではございますが、資源配分をゆがめるという形では、社会がそのコスト負担せざるを得ないことになりますので、これはほんとうの意味で言えば好ましいことではございません。しかしながら、国鉄がその将来に与えられた使命を果たし、健全な財政再建をはかるためには、公共負担を、今日の限界ではできるだけすみやかに国鉄のあかを落とす意味でも、せざるを得ないというように私は考えております。  そこで私は、国の援助、それから国鉄企業努力利用者負担という三本柱のもとに調整とりながら緊急に国鉄財政を行なうべきであるという線には賛成しております。今回の法案は、現行計画及び昨年度廃案になったものに比べて、大きく国の援助が増大している点、その点では私は評価されるべきであると考えております。その割合は現在五、五、八の割合になっておりますが、これにつきまして、現在国の援助をさらに増大して利用者負担を少なくすべきだという声もございますが、これは公平の原則から見て、今時点では妥当な線であると私は考えております。しかしながら、今後十年間に三回、四十八年、五十一年は実収の一五%増、五十四年には実収一〇%の運賃改定を計画しておられますが、運賃改定はわれわれにとって回数が少ないほどいいわけでございまして、その上げ幅も少ないことにこしたことはございません。そういうために、次のことを私は、今回の値上げ賛成条件として提言したいと考えます。  すなわち、現在国鉄総合原価主義をとっておられます。確かに国鉄独占形態市場を維持できたときには、全国輸送網の確保、それから地域開発促進所得分配政策の要請にこたえて、相当な功績があったことには、正当に評価されなければならないと考えます。しかし現在、国鉄は、貨客両面において国鉄独占性は次第に失われつつあるのが現状であります。もしも、今後もこのような総合原価主義を続けるとするならば、内部相互補助によって採算を成り立たしめるとするならば、本来、鉄道分野であるべき輸送分野において競争力を弱めるとともに、公正の原則にも反する事態が生じてくると考えられるからであります。しかしながら、この総合原価主義の利点並びに個別原価主義の欠点を考えるときには、ここに非常に多くの問題がございますので、その辺の調整は常にはかられるべきだと考えております。  その場合に、具体的に私が特に考えますときには、現在国鉄の中で考えられておりますこの総合原価主義修正の問題につきましては、幹線系線区と、地方交通線の問題に私は非常な注目をしなければならないと考えております。幹線系線区と地方交通線の収支の推移をながめてみますと、この幹線系線区におきましては、四十一年、四十三年度の定期運賃改定、四十四年度という運賃改定によりまして、収支採算がある程度均衡し、その維持ができるところの線区ではございますが、地方交通線においては、そのような運賃値上がりにもかかわらず常に赤字が恒常的に拡大していっている線区であります。しかしながら、この問題は、地域開発及び地域住民の福祉という観点から、国家とし、また地方自治体としても、地方地区としても、これを維持しなければならないとするならば、この国家財政補助や、また当該地域住民のうちの直接受益者から、工事負担金ないし固定資産の寄付など、または第三セクターの創立など、種々の形態を講じて地方交通線の問題を地域住民の福祉と相関せしめながら解決しない限り、国鉄赤字克服というものは、今後も起こり得ないと私は考えざるを得ないわけでございます。  第二番目の問題は、旅客貨物運賃の相互関係でございます。国鉄の利用貨物は、私の研究する限り、運賃の面から見ますと、大手メーカーから卸業、また卸業からその他の仲間取引というような形の大量貨物鉄道の特性の中から運送しているものが多く、卸売り物価指数には関連するところの多い貨物が多いのでございますが、しかしながら、この点につきましては、今後、私個人の考え方としましては、今回の案におけるところの貨物運賃の上げ幅が適正であるとは考えません。そういう面で、なぜ私が賛成するかと言いますと、政策運賃を当分とらざるを得ない環境が国鉄にあるからでございます。  そのまず第一は、国鉄が非常に貴重な人材として持っているところの国鉄職員、ことに貨物関係職員というものの能力を維持し、やがて来たるべきシステム変更によって新しい時代を迎えたときに備えておかなければならないという一つの方策が考えられなければならないからであります。私は、現在の国鉄貨物営業の問題は、いま非常な努力をもって、またこれは国家、行政府においても援助をなさっていただいて、早く牛馬車時代の貨物輸送形態から新しき時代へのシステム変更をするべき時代だと思います。その過渡期に現在はあるのである、それをもって、今日一がいに旅客貨物の相互関係を云々することは問題であると考えます。  さらにもしも、現在の形の中で、これは私は国鉄当局者のいわば貨物運賃上げ幅に対しては失敗があったと考えているわけでございますが、それを急速その原形に戻すとすれば、これはたとえば私は現在の情勢からいって、荷主国鉄から離れるでございましょう。荷の多くが離れていくということが考えられると思います。ものも多いと言ったほうがよろしいかもしれません。その場合に、道路交通の混雑、われわれの社会におけるところの環境の破壊というものを考えるときには、ここ当分の間は急激な上昇を行なわしめるということはまことに問題があると思います。しかし、この次にもしもそういう改正が行なわれるときには、この辺の修正は非常に慎重に行なわれるべきであるということを第二の条件にさせていただきたいと思います。  第三の条件は、国民に非常に関係のある小口貨物に対する問題でございますが、これは現在のように直接運賃制度によって行なわれるべきものではなく、別個の形で国家またはいろいろな形で行なわれるべきだと考えております。そういう意味で基本的には私は本法案については賛成でございますけれども、ことに幹線系線区と地方交通線の問題並びに旅客貨物運賃の相互関係については、今後深く研究をされて、現在ある総合原価主義の体制についての考察を行なうこととして、私は基本的に賛成したいと思います。  最後に、私はいろいろな形で交通流通問題を勉強しておりまして、そのすばらしい職員能力を持っておられる国鉄当局が、労使の協調体制を早く回復されて最大の能力を発揮されることを期待いたしまして、私の公述を終わります。
  10. 長田裕二

    委員長長田裕二君) どうもありがとうございました。     —————————————
  11. 長田裕二

    委員長長田裕二君) 次に、井手公述人にお願いいたします。
  12. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) ただいま御紹介にあずかりました横浜国大の井手でございます。  ただいまお二人の公述人から非常に造詣の深い御陳述がございましたが、私は実は交通論を専門といたしておりませんので、一人の市民あるいは国民といたしまして、これまでいろいろ国会討論その他を通じまして伺ったことについてまあ疑問もございますので、そういう角度から意見を申し上げたいと存じます。大体この二つの法案については基本的には反対立場から申し上げたいと存じます。  私は国鉄運賃値上げに対しまして、何が何でも反対だと、こういうわけではございません。ただ時期の問題タイミングの問題あるいはその程度、それから納得のいくような値上げ理由国民に説明されているかどうか、まあこういうことがひっかかっているわけでございます。  現在の消費者物価の騰貴はおそるべきものがございまして、政府はそれこそ蛮勇をふるってこの趨勢を阻止しなければならない、まあそういう時期にあると存じます。福祉政策の根本は物価あるいは貨幣価値の安定でございます。政府は公共事業の繰り延べ等々インフレ抑制に努力をされておられ、その点は評価いたしますが、そういう際に公共料金の引き上げをなさいますことは矛盾するのではないかと、こういうふうに存じます。  政府は、旅客運賃値上げの消費者物価への影響はたしか〇・三四%、あるいは貨物運賃値上げの影響が〇・〇九%でございますか、合わせまして〇・四三%ぐらいであると、まあこういうようなことを申されたかと記憶しておりますが、しかし私鉄あるいは一般企業国民心理への波及効果というものは非常に大きいわけでございます。特にこの時点におきましては。こういう算術的な試算だけで済むとは思われません。この公共料金値上げというものがインフレムードを激化することは必至であろうと存じます。せっかく物価抑制のために非常な努力をされております——金融、財政政策両面にかけましてですね、そういうときに、わざわざこういう物価値上げに拍車とかけるような公共料金値上げ公共料金の中の中核たるべき国鉄運賃値上げを提案されるということは、タイミングとしてよろしくないと、こういうふうに国民として私は考えております。  それから次に、それでもなおかつ国鉄運賃値上げをやるということであれば、国民を納得させるだけの理由の明快な説明がなければならないと、こういうふうに存じます。ところが、国民とりましてよくわからない、国民とりましてというか、むしろ私にとりましてよくわからない点がございます。もちろん私の勉強不足という点もございましょうが、その点はおくみ取りいただいてけっこうでございますが、貨物輸送部門は赤字旅客輸送部門は黒字と、こういうふうになっております。この点についてはまたあとで申し上げますが、一応こういうようなかっこうになっております。このようにして生じました国鉄赤字旅客運賃値上げで補てんするということが納得できないわけでございます。これと関連しまして、国鉄運賃体系のあり方が問題となります。旅客運賃よりも貨物運賃のほうが割り安となっているのではなかろうか、同じ貨物運賃でも主として大企業の製造品についてはいろいろの割引政策がとられておりますが、国民の生活に必要な物資運賃に対してはそういう恩典はなくなっているのではないか。政府の政策を大企業優先の政策だと一がいにきめつけるわけではございませんけれども、国鉄運賃体系を見ますというと、われわれしろうとの目から見まして、やはりそういうように映るわけでございます。大企業優先的な運賃体系になっているように見えるわけでございます。このため貨物運賃部門が赤字になっている。しかし、貨物運賃を大幅に引き上げると貨物輸送での国鉄のシェアが低下すると、これは好ましくないから貨物運賃はあまり上げられない、それで旅客運賃も相当引き上げねばならないというような御説明を政府はされているようでございますが、この旅客運賃の引き上げは平均で二三・二%、貨物運賃の引き上げは平均で二四・一%ということに聞いておりますが、特に貨物運賃のうち自動車、機械というようなものか七%——六・八%くらいてございますか。米麦、生鮮野菜などが三〇%ぐらい、二九・六%でございますか、大体三〇%ぐらいの引き上げと、こういう引き上げのしかたを見ましても、まあ大企業優先主義という面があらわれておるわけでございまして、国民生活についての深い配慮が欠けているように思われます。  ところで、国鉄のシェアが低下するということは好ましくない、むしろこれを引き上げねばならないというのは、適正な総合交通体系の確立という観点からであろうと存じます。そういうわけで、あまり貨物のほうを引き上げることはできないんだと、こういうことだろうと思いますが、そういう御説明があったと思いますが、それならば、貨物運賃を大幅に引き上げないために赤字か解消しないとすれば、その赤字は税金によって補てんすべきではなかろうかと存じます。適正な総合交通体系の確立ということは国民全体にとって有益だというわけだからでございます。有益だと思えばこそ、この総合交通体系の確立のために貨物運賃を大幅に引き上げないんだろう論理だと思うのでございますからして、これは適正な総合交通体系の確立は国民全体にとって有益であるということになります。  したがいまして、そういうことであれば、そのために貨物運賃の引き上げを大幅にできないならば、それは国民全体にとって有利なことのためにそうでありますから、それは税金という形で、それによって生ずる赤字、補てんできない赤字というものは税金という形で補てんしなければならぬ、これが筋ではなかろうかと思います。もちろん、ただしその前提といたしましては、現在の大企業優先といわれておりますところの税制の改革ということが前提にはなっております。こういう現在の税制では問題があるわけで、前提として税制の改革ということ、福祉優先の税制の改革、これが前提で、そういう税制のもとにおける赤字の補てん、貨物運賃の引き上げが小幅であるということは、短絡的に旅客運賃の引き上げで埋めるということではなくて、それは税金でなければいかぬ、こういう論理が一つ考えられるのじゃないかという疑問が出てまいります。  貨物運賃割引をして需要を多くしたり、貨物運賃値上げを小幅にとどめてシェアの縮小を阻止しようとしたりするということは、貨物国鉄輸送の価格弾力性が大きいことを前提といたしております。企業貨物運賃が引き上げられれば、相対的に運賃の低い他の輸送機関、たとえばトラックというようなものに移っていきまして、運賃というコストの上昇を免れることができる、こういうことが前提になっております。貨物運賃の引き上げを大幅にしないで旅客運賃を引き上げるということであれば、やはり国鉄のシェアは旅客輸送の面において縮小しないのかどうか。おそらく幾らかは縮小するでありましょうが、これが一つ。しかし、おそらく縮小するであろうけれども、その程度はそんなに大きくはないだろうということも考えられます。国鉄輸送は国民にとって必需品に近いものでございますので、その価格弾力性は小さいはずだからでございます。そうすると、旅客運賃値上げは直ちに国民の生活を圧迫することになります。しかるに貨物運賃値上げは必ずしも企業経営を圧迫しない。にもかかわらず貨物運賃値上げを小幅にして、黒字を出しておる旅客運賃値上げで補てんする、こういうことが一国民といたしましてよくわからない点でございます。旅客運賃値上げをやめて貨物運賃値上げのみとして、それがあまり大幅では困るというなら、値上げ不足分をさっき申しましたように、税金をもって補てんするほうが国民を納得させるのではございませんでしょうか。こういう感じがいたします。  次に三番目といたしまして、国鉄独立採算制に疑問を持っております。たとえば国鉄赤字線をかかえる必要があります。ただし赤字線に二種類ありまして、一つは申し上げにくいことでございますけれども、たとえば政党や個人の票田確保あるいは開発のためのもので、国民経済的に見て無価値なもの、そういう赤字線というものでございます。この種の赤字線は一日も早く全廃しなければなりません。もう一つの赤字線は、国土開発のための先行投資的な意義のあるものなどでございまして、こういう赤字線の運営こそ国鉄の私鉄と異なる任務であるというべきであると存じます。黒字線のみとするなら国は鉄道事業を経営する必要はなくて、全部私鉄にまかせるべきではないかと、しろうとの私はそういうような気がいたします。このような意味赤字線つまり国民経済的に見て望ましい赤字線、これをかかえるということは独立採算制を困難にいたします。また輸送という政府サービス公共財の一種でございまして、最も本来的な公共財の効用は国民に均等不可分的に供給されるわけでございます。たとえば社会秩序を維持することによりまして、国民の生命財産を守ってやるというようなサービスは最も本来的な公共財でございます。その財源は受益者負担原則によっては調達することは困難でございまして、租税によってするしかございません。その場合の租税は応能原則によって公平に徴収、徴税されるべきでございます。  しかし政府の供給する公共財の中には、その効用が国民に対して可分的なものもございます。その財源調達の方法として受益者負担原則、受益者負担原則利用者負担原則とは必ずしも同一ではございません。しかし、ここでは便宜受益者負担原則利用者負担原則と同様に解して、簡略化のために解してお話をいたします。受益者負担原則の導入される余地か、こういう国民に対して効用が可分的な公共財の場合はございます。受益者負担原則の導入の余地がございます。国鉄サービスはこれに当たります。しかし公共財は、いかに効用が可分的といっても、そうじゃない部分、つまり国民全体に不可分均等に与えられる効用部分がございます。効用可分のものについては受益者負担原則に基づいて料金により財源を調達し、効用不可分の部分については税金によって財源を調達すべきでございます。公共財の公共性を高く評価し過ぎると料金による割合が過小となり税負担が過大となります。効用可分性を高く評価すると料金主義になり、個々の利用者負担が重くなって家計を圧迫する、こういうふうになります。  国鉄赤字補てんの問題は上のような問題、つまり料金主義が租税主義かの問題を含むわけでございまして、いずれにしても、国鉄の財源は租税を含むべきで、この点からも独立採算を固執するのは間違っていると存じます。しかし料金、つまり運賃収入と税金と、どの割合にすべきか、これはむずかしい問題でございますが、政府としてはこの費用負担原則についてもっと突っ込んだ検討をなさる必要があるのではないか、こういうふうに存じます。こういう研究をやった上で、国民を納得させるような論拠に従って、運賃を上げるなら上げる、税金でどれだけ埋める、そういう説明をしていただきたい。その上で実行していただきたい、こういうふうに一国民として考えている次第でございます。  この料金の部分と租税の部分との問題は御検討いただくとして、むずかしいことでございますが、私としてもその辺はどういう、じゃあ割合にしたらいいかということは、はっきりここで答弁する能力を持っておりませんけれども、一案といたしましては、線路というような設備投資は政府負担、税金によるという方法が一つの例として考えられます。  道路建設は一般会計の公共事業費として税金負担で行なわれております。有料道路というのもございますけれども、有料道路のことはしがらくおきまして、一般の道路について申しますと、税金で行なわれている。道路の効用は国民全体に均等に及ぶという考え方にこれは基づいているわけでございます。鉄道の線路を道路とみなせば税金によるべきこととなります。国鉄独立採算制を守るために財政資金、つまり税金の投入をしないで運賃収入に依存するという考え方は改める必要があるのではないか、こういうふうに考えます。  最近、先ほど最初のほうで申しましたように、国鉄旅客部門、これは四十六年度経営実績といたしまして、旅客部門で十億円の黒字、貨物部門二千百五十三億円の赤字になっているというふうに発表をいたしました。これは国鉄のほうで発表なさったものでございます。これまで線路別の収支は出されておりましたけれども、今回初めて旅客貨物の部門別集計が明らかにされたということでございます。四十六年度国鉄赤字は二千三百四十二億円、鉄道部門の赤字は二千二百十七億円となっておりますが、この二千二百十七億円の赤字は、貨物輸送部門の赤字に大部分よっている、こういうような発表でございます。  この事実が旅客運賃値上げ反対の論拠とされるに至ったわけでございますけれども、そうしますというと、今度はこの旅客部門と貨物部門の黒字、赤字の区別は明確にしにくい。たとえばレールや鉄道保安施設などは、旅客貨物ともに共通する費用、どっちもレール、保安施設というようなものは、貨物の場合も旅客の場合も使いますので、その費用の振り分けぐあいによっては、旅客のほうが赤字になる、あるいは貨物のほうな赤字になる、どうなるかわからないと、こういうような説明がまたなされてきました。それならば、なぜあのような貨物部門は赤字旅客部門は黒字だというような発表が可能となったのか、この辺のところが国民の疑惑を深めているのではないかと、こういうふうに考えます。路線別原価主義は可能でも、部門別原価主義は不可能であるのか、赤字線切り捨て論、この赤字線というのは上述のような意味におきまして、国民経済的に有用な赤字線を含んでおるわけでございますが、赤字線切り捨て論は路線別原価主義によっているわけでございます。部門別では総合原価主義とりながら路線別には個別的な原価主義をとっている、こういうことになるわけです。赤字線切り捨てのためには個別原価主義、それから貨物運賃、特に大企業のための貨物輸送擁護といいますか、そのためには総合原価主義を利用すると、こういうような便宜主義がとられているようにも思われます。この辺が、やはり私どもの疑惑を招くといいますか、納得しがたい点でございます。路線別原価主義は可能でも部門別原価主義はほんとうに可能ではないのかどうか。部門別原価主義も可能ではないか、そして路線別、部門別の原価主義がともに可能としても、総合原価主義をとるべき領域では採用すると、たとえば有用な赤字線の維持のためにというような場合にですね、採用するということが必要なのではないかと、こういう気がいたします。  赤字線だから高い運賃、黒字線だから安い運賃という方法はとられてはいないわけでして、現在、黒字線、赤字線は総合原価主義になっているのではないでしょうか。これは具体的には、路線別では個別原価主義が可能であっても総合原価主義赤字線が抱き込まれておるわけです。そうして、総合原価主義によって赤字線を抱き込みながら、今度は独立採算制のために赤字線を切り捨てなければならぬというときには路線別の原価主義でいくと、こういうように、この総合原価主義と個別原価主義というものが非常に恣意的に利用されているという気がいたします。  一体、運賃決定の原則といたしまして、総合原価主義と個別原価主義というものを、どういうふうに国鉄当局ではお考えになっておるのか、この点が国民といたしまして、非常にあいまいで納得がいかないと、こういう点かございます。  いろいろ申し上げましたが、以上のように国民にとってすっきりしない点が非常に多い。国会の論議を通して注意深く拝見をいたしておりましても、政府の御説明の中に、われわれを十分に納得させるものがないわけでございます。そういう段階において、特に旅客運賃値上げをやっていくと、今後十年間に四回もまたやっていくというようなプランができておると、こういうことがどうも賛同できないということ。それと、一番最初に申し上げましたように、現時点において、政府は何をおいても蛮勇をふるって物価騰貴、インフレというものを押えなければならない。所得政策すらも考えなきゃならない。これは所得政策の問題はそう簡単に言えませんけれども、そういうことさえも問題になっておる。そうして政府はやっておられる、現に。公定歩合、金融政策の面でも、財政政策の面でも努力はされておる。そのときにこういう公共料金値上げという、国鉄運賃値上げというものを出されるということは、政府の政策の斉合性を欠くものであると、こういうことを最初に申し上げましたが、あらためてここに、終わりに臨んで申し上げまして、今回の国鉄料金の値上げについては反対だということを申し上げます。
  13. 長田裕二

    委員長長田裕二君) どうもありがとうございました。     —————————————
  14. 長田裕二

    委員長長田裕二君) 最後に、佐藤公述人にお願いいたします。どうぞ。
  15. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) 日本民営鉄道協会理事長佐藤光夫でございます。  私ども鉄道事業に直接関係をしておる者はもちろんでございますが、国民皆さま方も、鉄道というものがわが国交通の将来においてどういう役割りを果たすものであるかということを、ただいま非常に深刻に考えておられる、こう思うわけでございます。  端的な例を申し上げますと、私の直接関係しております地方の中小私鉄でございますが、昭和三十五年におきます営業キロが三千五百七十一キロ、これが四十六年には二千二百三十七キロ、つまり四割はやめておるというような状態でございます。この大部分が赤字で苦しんでおるような状態でございます。したがって鉄道というものは、もう将来必要がないものであるかというような感さえ持つ方が多いと思うのでございます。都市におきましても御承知のように、路面電車等がモータリーゼーションの結果、逐次撤去をされていっておるようなことを考えますと、もう鉄道というものは要らないものだ、したがって、これに対して新しい投資をし、その経営を持続させるというような必要はないのではないかというような考え方が一部にはあるわけでございます。  しかしながら、皆さま方も御承知のように、わが国経済の成長に伴います輸送の要請というものは逐年増加をしておるわけでございまして、特に一例を申し上げますと、大都市における旅客輸送の要請というような点から考えますと、とうてい自動車等において輸送をすることは、その物理的能力においても不可能であるということが申し上げられると思うのでございます。  非常に端的な数字を申し上げてたいへん恐縮でございますが、大都市の輸送におきまして、鉄道が一時間に、現在の施設能力等から計算して運び得る数が四万二千人という算定がされておりますが、それに対しましてバスは四千二百人、その十分の一にすぎない。乗用車に至りましては一千八十人というような数であるというような点からいたしまして、都市交通におきます旅客輸送の中で、鉄道の果たす役割りというものがそう近いうちになくなるというようなことは考えられないのでございます。したがいまして、これを経営的にどういうふうに維持していくことを考えるべきかというのが政策の大きな課題となると思います。ところが御承知のように、鉄道やバス等のいわゆる公共交通機関の経営状態というものは、これは国鉄私鉄を問わず、モータリゼーションの影響、その他需要の相対的減少というものと人件費をはじめとする諸経費の高騰というようなものの挾撃を食らう。同時に物価政策等の配慮からする公共料金の抑制というものを受けるというようなことで、経営的には非常に苦しい状態国鉄のただいまの経営状態がそれを端的にあらわしているわけでございますが、ということも皆さん方御承知のところでございます。  で、総合的交通体系をどういうふうにすべきかと、つまり鉄道というようなものよりも他の新しい交通機関にかえられるというような状態を将来考えられるかどうかというようなことにつきましては、御承知のとおり、運輸政策審議会というものが四十六年七月に、それまで相当長期間をかけて検討されました答えを出しておられることも皆さん方すでに御承知のとおりでございます。それによりますと、昭和六十年におきまして、昭和四十四年をベースといたしまして輸送需要指数を計算いたしますと、旅客が二・六倍貨物が五倍というような数字を相なっておるわけでございます。  わが国における国内の輸送力の増加状況ということにつきましては、これも御承知のとおり、運輸政策審議会で検討が加えられておるわけでございますが、ごく概括的に申し上げますと、最近十年間には比較的いわゆる輸送基礎施設の投資がなされたわけでございますが、しかし、それでも輸送需要の増加に及んでいない。このことが全体には輸送施設の整備のおくれという結果になっておることは、これももうすでに御承知のところでございます。  そこで、なぜこういうような状態になったかということの反省でございますが、そこの一番大きな理由といたしましては、やはり運賃政策というものが、私はあると思うのでございます。先ほど来いろいろ御意見が出ておりましたが、ごく端的に申し上げまして、交通は財政におぶさってやればいいじゃないか、運賃料金などの利用費を利用者負担をするということはできるだけ避けたいというよいな考え方が基礎になりまして、それによって運賃の抑制というようなものが出てくる。ただ、しからばそれに対して財政上の助成というものが大幅に期待できるかといいますと、必ずしも従来はそういう状態ではなかったということであると思うのでございます。  昨年末、欧州における都市交通、特に運賃制度の調査ということを目的といたしました調査団が派遣されまして、その報告書が手元にございますが、それにはこういうふうに書いてございます。「欧州各国においては輸送基礎施設は公的補助の対象となっておるものが大部分である。」つまり先ほども他の公述人の方からも御意見が出ておりましたが、輸送基礎施設の整備を公的に補助をするというような考え方が、程度の差異はあるようでございますが、まあ一般的な考え方になってきておる。しかし運営費につきましては、原則的に運賃収入によってまかなうという考え方が欧州各国においてございますという報告でございます。これから見ますと、やはり運賃というものは、少なくも運営費をまかなうに足るものは見るのだというような原則外国においてはとられておるという報告でございます。その若干、内容的にございますが、そういうような結果からいたしまして運賃水準は日本に比べて高いと、それから最近においても運賃値上げというものがかなりひんぱんに行なわれておるというような報告でございます。  一例を申し上げますと、パリの地下鉄でございますが、最近におきましても、一九六七年、七〇年、七一年と引き続いて上げられました結果、一九四九年を一〇〇とした場合に、七一年は八〇〇と、つまり二十数年間に八倍になっておるというような数字が出ております。で、比較のために一九四九年、昭和二十四年の国鉄の基礎賃率と、一九七一年昭和四十六年の国鉄旅客の基本賃率でございますが、比較をいたしますと三倍に達しておりません。二・九倍弱というような数字でございます。こういうような数字からごらんになりましても、運賃の抑制の効果というものがわが国においては相当出てきておるということが御判断いただけると思うのでございます。  で、物価対策という観点から、いわゆる公共料金を低位に抑制すべきであるという一つの考え方がございます。数字的にはこの運賃改定がどの程度影響があるかということは、先ほど来もお話がございましたし、そう非常に驚くような数字にはならないということは、先生方十分御承知のとおりでございますが、一番重視されておりますのは、物価上昇に対する心理的な影響というようなことであるようでございます。諸物価高騰への起爆になる、あるいは異常な物価高で、国民生活がますます深刻になっておるときに、政府が先頭に立って物価をつり上げることは好ましくないというような御意見であります。  しからば、従来の経緯をここで振り返ってみたいと思うのでございますが、そういう考え方の集積でございましょうか、昭和四十六年度の東京の消費者物価指数を昭和十一年に比較してみますと約六倍というようなことでございます。それに対しまして国鉄あるいは大手民鉄等の運賃の指数は大体三倍前後というような数字になっておるわけでございます。一般にそういう抑制ぎみの結果、運賃の指数は三倍程度である、しかし消費者物価指数は六倍程度になっておるということが一つの数字でございます。しからば運賃改定の時期に消費者物価指数というものが特に上がっておるかということでございますが、これは毎年の指数をごらんいただきますとおわかりいただけますように、必ずしもそういうふうな数字は示しておらないわけでございます。もちろん物価政策重要性とか、また物価対策の運用のむずかしさということは否定するわけにはまいりませんし、政府等におきましても、これについては非常に御苦心があることは重々承知をしておるところでございますが、たとえば過去数回、いわゆる公共料金ストップ令というものがとられた経緯がございますが、この結果をごらんいただきますと、全くこれは一時しのぎに終わっておる。やはり物価政策の重点というものは、こういうような公共料金を一時押えるとかいうようなところではなくて、もっと他のものにあるべきではないかということが、この観察の結果明らかであると思われるのでございます。  こういうような従来の運賃の抑制あるいはその結果による交通輸送施設投資の不足というようなものが、どういう結果になるかといいますと、先ほど来お話がございましたような各輸送機関、特に国鉄と他の輸送機関とのいろいろな問題を生じておるわけでございまして、私は、したがって、こういうような基本的の観察の結果、ただいま問題になっております国有鉄道運賃法及び日本国有鉄道財政再建促進特別措置法の一部を改正する法律案に対して賛成を申し上げる次第でございます。  なお、先ほど来申し上げました鉄道の将来に対する任務及び従来の運賃政策に対する反省を前提といたしまして、なお本案に関する二、三の意見をここに申し上げたいと思います。  第一でございますが、運賃改定はすみやかに原案どおり実施されるべきであると考えます。改定の率は、むしろ私の感じでは低過ぎる。すなわち先ほど御意見が出ておりましたが、いわゆるオペレーションコストをまかなうに足る増収率というものを試算していただきますと約二四%程度というふうに伺っておりますが、今回の案によりますと、実収率は一五%程度ということでございまして、オペレーションコストをまかなうに足るものではないという、非常に内論の数字であるわけでございます。しかも、この運賃改定が四十八年度当初からではなくて、すでに現在第二・四半期に入っておるというような時期的の点を考えますと、本案をすみやかに御決定をいただきまして、実施に移していただく必要があるということを申し上げたいと思います。  二番目でございますが、改定の内容につきまして若干申し上げたいと思います。必要増収額に対する運賃制度というようなものを考える場合に、個別原価に対応するものを考えるべきであるというような御意見があります。特に路線別の運賃設定ということが学者において相当研究されてきておるということも承っております。旅客貨物のそれぞれの原価に応じた運賃を考えるべきであるというような御意見もあるわけでございます。ただ、私ども実務家から見ますと、個別の原価算定ということにはまだまだ学者に研究をしていただく必要があることが多くあると思います。特に鉄道のように共通経費的のものが多い事業、輸送量に比例する原価というものが比較的少ない事業というようなものにつきましては、この原価の算定ということは相当技術的にもむずかしゅうございますし、また理論的に割り出したものが必ずしも現実に合うかどうかというような感じがわれわれ実務的に見てするのでございます。あまりに理論的に過ぎて、国民経済的に見れば不合理、不経済な輸送分担に結果的になるというような制度では困るわけでございまして、やはり市場条件あるいはサービスの質などのもの、あるいは制度的な従来からの経緯というようなものを考えてきめられるべきである。したがいまして、いろいろ意見がある現状におきまして、しかも鉄道財政再建はすみやかに行なわれなければいかぬというような状態からいたしますと、まことに理論的にはいろいろ御意見があるところでございますが、やはり総括原価主義による現在の算定原案というものを支持せざるを得ぬということでございます。  ただ先ほどもちょっと触れましたように、鉄道が最も能率的に動くということがやはり計算の前提となると思われるのでございます。問題がある貨物につきましても、貨物国鉄の使命ということは、やはり拠点間の直行輸送というようなもの、あるいはコンテナ輸送というようなものが中心となるべきであるのに、そういう状態になっていないということは、すでに皆さん方御指摘のとおりでございます。こういうものにシステムチェンジをするという前提でコスト計算をされると、あるいはそれで輸送力の配分がされるということが前提であり一またそれによって運賃が設定されていくということが当然考えられるべきであり、またそういうお考えをいれて、今回の総括原価主義に基づく計算が一部修正をされておるというふうに私は考えております。  最後に、国の助成の問題について一言申し上げたいと思います。このような非常に経営的に問題がある事業、特に日本国有鉄道につきましては、利用者負担あるいは受益者負担といいますか、利用者負担ということばを用いますが、の原則というものをはずして全面的に財政負担というものを考えたらどうかというような一つの考え方があるように伺うわけでございますが、これはやはり、先ほど外国の例を援用いたしましたが、原則としては利用者負担というものがあるべきであり、財政負担の公平というような見地からも、運営の能率化というような観点から考えましても、やはりこの原則は私は守られるべきではないかと思うのでございます。再建計画の中を拝見いたしますと、政府出資あるいは金利負担の軽減というようなものがとられておりまして、これによりまして、いわゆる総括助成方式がとられておるということでございますが、まあこの助成の程度についていろいろ御意見があると思いますが、今回の案におきます財政当局の配慮による金利負担が三%程度というようなものにつきましては、現在の財政状態その他からいって、まあこの程度ではないかというふうに評価をいたしております。ただこの助成の形につきましては、私ども率直に申し上げまして、将来いろいろ考える点があるのではないかと思います。  一例を申し上げますと、いわゆる総括助成主義というようなことをいっておられますが、事項の内容におきましては、いわゆる政府保証的な性格を考えたほうが、むしろ制度の運用として望ましいものではないか。たとえば福祉政策の一環として身体障害者に対する輸送対策というようなものがございますが、こういうようなものは必ずしも国鉄だけではなくて、その他の輸送機関においても同じような問題がございますので、そういうものを一括して国が特に助成を考えていくというような制度が検討されてもよいのではないかというようなことを考えるわけでございます。  以上、申し述べましたように、私は将来の鉄道のあり方、特に国鉄のあり方からいたしますと、まことに国民としてはやむを得ないものでございますし、この負担を前提といたしまして、国鉄がさらにさらにその経営効率を改善をされまして、将来の担当する輸送分野に十分その力を発揮することができるように、政府の施策を講じていただく必要があると考えるわけでございます。  以上で終わります。
  16. 長田裕二

    委員長長田裕二君) 以上で公述人各位の御意見の陳述を終わりました。     —————————————
  17. 長田裕二

    委員長長田裕二君) それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言願います。
  18. 岡本悟

    ○岡本悟君 澤さんにお尋ねしますが、澤さんは、ここ数年来、非常に物流システムについて研究を重ねられまして、その理論的な結論として、きょう表明されたような御意見が出たんだと思うんですが、どうも、その点は尊敬を申し上げるんですが、こうすればいいんだというような対案がはっきりしないんですね、国鉄財政再建というものについて。だから、端的に言いますと、貨物運賃をうんと上げたらどうだと、こういうふうなふうに聞こえたわけです。  そこで御承知のように、国鉄貨物輸送分野におけるシェアというのはどんどん低下してきておりますね。トンキロで一八%を割っているような状況なんです。これも十分御承知のとおりであります。運賃原価に見合うように上げようにもなかなか上げられない。どんどん逃げていくわけです。ですから、この前、四十四年分ときは、貨物は手をつけなかったわけですね。これも御承知のとおりであります。  そこで、あなたの、たとえば負担力主義、貨物運賃のね。これはむしろ長い国鉄の歴史で、貨物運賃制度審議会なんかにおきましては、負担力主義を原価主義にむしろ直すべきだと、是正すべきだという声が非常に強い。機会を求めてはそれに直してきておったわけです。これも御承知のとおり。しかし、それはあなたは逆を言われる。やっぱり負担力主義に戻すべきだと言われる。そうしてこの物価の安定に資すべきだと、こういう御意見を開陳された。  それからトラックの営業車と自家用車のことに言及されまして、わが国は、特に欧州の諸国に比べて非常に自家用車が多い。これは物流におきまして価額の高騰に非常に大きな寄与をしているというと表現が悪いんですが、元凶だと、だから自家用トラックをうんと整理して、そして営業車を充実さして、そして物流コストを下げて、それから国鉄とのシェアを確定して、制限競争といいますか、競争を制限して、そしてある程度国鉄原価に見合うような運賃値上げができるようにしたらどうかというふうな話のように聞こえるんですが、よく実際わからないです。  そこで私、結論として言いたいのは、あなたの理論を、かりに負担力主義を認めるにいたしましても、それから貨物運賃原価に見合うように上げるにしましても、きわめて人為的な条件がなければいかぬように思うんですね。つまり、トラックのほうは全部営業車に集約して、きわめて能率のいい体制にして、それから国鉄との輸送分野というものは、たとえば二百キロなら二百キロで距離でいえばそういうふうにきめますか、そして、もう法令的に制限してシェアをはっきりさせる。そういう人為的な条件をつくり出さなければ、あなたのおっしゃっるようなことはまず不可能じゃないかというふうに思われます。  それからもう一つ、ついでで恐縮でございますが、井手さんにお伺いしたいんですが、さっき、貨物運賃競争関係から、独占的な地位を喪失しておりますから、競争関係からそう上げられぬとすれば、貨物赤字は税金で埋めるべきだという説をお述べになりましたが、その根拠をもう一度おっしゃっていただけないでしょうか。この二つでございます。
  19. 澤富彦

    公述人澤富彦君) お答えいたします。  おっしゃるとおりに、昔、負担運賃であったものがトラック競争が激しくなりまして、自然と原価主義に変わったと、これは認めます。しかし現在の国鉄運賃は、いわゆる原価主義と称せられるようなものじゃないわけなんですね。原価の半分しか収入してない。いわゆる原価に見合った運賃というようなことはおこがましくて言えないような運賃なんですね。いわゆる均一運賃ということなんです。負担運賃に対しまして、ちょっと逆の、あらゆる品物を同じ値段を取っているということなわけなんです。これに自然となりますことは、これは一番簡単に申しますと、こうなんです。商売というのは一山幾らで売るときには、もう在庫品の整理をするようなときの売り方なんです。やはり高いものは高く売る、安いものは安く売って、やって初めて利益というものがあがるわけです。競争がだんだん激化してきまして、そうして同じ運賃しか取れないといういま状態になっておるわけなんてすね。だから赤字が出るのは当然なんです。均一原価運賃、これはソ連の場合にその例があるわけなんですが、一九三一年と四九年の二回に、あらゆる品物の運賃をほとんど同一額にしております。これはちょうどいまの三等級あるときの状態と、ほとんど比率的に同じです。上下比率は一・二四ですか、それぐらいの比率になっております。九〇、一〇〇、一一〇ぐらい、そういう状態のときに……。
  20. 岡本悟

    ○岡本悟君 ちょっと失礼ですけれども、ほかの方もたくさん質問されますので、簡単でよろしゅうございます。端的にひとつ……。
  21. 澤富彦

    公述人澤富彦君) その均一原価運賃をもう一度負担力主義に戻すということは、いわゆるトラックを含めて、その市場の独占を毎回やらなければならない、こういうことを申し上げるわけです。トラックのほうは、これはもうまぼろしの公共料金だとして、簡単に公共料金の取り締まりをおやめになったでしょう、当局は。それをトラックのほうも運賃を管理して、そして鉄道運賃のほうも管理しますと、これは負担運賃が同時にできるようになるわけであります。そのトラックのほうをほったらかしておって、鉄道のほうだけを負担運賃にするというのは、これはとうてい不可能なことです。  だから私の申し上げようとしておりますのは、公共輸送機関でありますトラック鉄道の両方ともを公共規制をやる必要があるということを申し上げているわけです。そうすると負担運賃に戻れると、そうすると生活必需品運賃を安く、原材料石炭なんかの運賃を、こう離すことができると、そうするときに、初めて日本の、この公共料金関係運賃がいわゆる負担力に戻れると、そうしたときに鉄道も明瞭に黒字になりますと、いま国鉄赤字になって困っておるわけです。それを税金で埋めるか、旅客で上げるかというようなことで困っておられるんですが、黒字になす方法があるじゃないかと、トラックのほうの規制をなぜしないかと、こういうふうに私は言いたいわけです。
  22. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) お答えいたします。  私への御質問は、貨物赤字はなぜ税金で、貨物運賃はあまり上げないと、そのための赤字をなぜ税金で補てんするのかと、こういうことでございますが、貨物運賃をあまり上げられないと、国会などでの政府側の御答弁を拝聴しておりますというと、それは上げるというと、お客さんが逃げていくと、つまり輸送面における国鉄のシェアが非常に低下すると、こういうことを申されております。それについては、またちょっと複雑で、お客さんが逃げていくから運賃を上げるとかえって運賃収入が減るんだという意味もちょっとある。それからもう一つ、もっと重要なのは、国鉄輸送から逃げていくトラックとか、いろいろほかにあります。飛行機もありましょうし、船もありましょうが、ほかのところに逃げていくということが、つまり輸送面における国鉄のシェアが低下するということが、総合的な交通体系あるいは総合的な輸送体系としては好ましくないことであるという認識があると思うんですね。だから国鉄のシェアを確保しなければならぬ、もっとシェアを高めなければならぬ、ところが、そうするためには、あんまり国鉄運賃は上げられないという論理なんです。運賃を上げ過ぎて収入がかえって減るという論理もあるようですけれども、それは一応おきまして、そうするというと、貨物運賃値上げをあまりしないということは、適正な総合運輸体系、輸送体系、適正な総合交通体系を実現するために貨物運賃を押えているんだということ、適正な総合運輸体系、輸送体系あるいは適正な総合交通体系の確立ということは国民全体にとってプラスであるという認識があるわけなんです。ということは、国民全体としてその利益をエンジョイするわけなんです。ですから、特に一々国鉄に乗る旅客だけがエンジョイするわけではないわけなんです。したがって、そういう均等に、均一に国民全体がエンジョイする、あるいは国民全体に対して均等に不可分に与えられる一つのいわばサービスということになるわけでして、そのための負担というものは、これはギブ・アンド・テークの関係ではなくて、税金という方法によって埋める、その税金の取り方は能力原則による、そういう以外にないんじゃないか。それをそういう適正な総合輸送体系、総合交通体系を実現するために貨物運賃を上げられないで赤字になるのを旅客だけが負担する。旅客に直ちに短絡的に、そっちのほうの料金を上げることで埋めるというのはおかしい、国民全体の負担、税金という形で負担をする、ただし税制というものは改革しなければならぬ、こういうようなことでございました。
  23. 岡本悟

    ○岡本悟君 井手先生、こういうことなんですね、いまの貨物というものは、国鉄のシェアというものはどんどん低下していっている。これは国鉄自体貨物の輸送力が非常に貧弱でございまして、もう荷主が信頼できぬということなんですね。もう到着の時間というものは不明確だし、だから到達時間が非常にかかります。それから、しょっちゅう輸送障害がある、違法なストライキがある、もうたよりにならぬというわけですね、非常な不信感がある。ですから、国鉄貨物輸送というものは確かに、先ほど佐藤さんもお述べになりましたように、将来の総合交通体系からいいますと、トラックというものは、御承知のように運転手はどんどん不足してまいります。それから交通公害ですね、騒音だとか、あるいは事故だとか、排気ガス、こういうことからいいまして、いずれから見ましても、やはり国鉄貨物輸送力というものを充実強化して、うんと飛躍的に改善して、そういうふうに持っていかなければ、いま直ちに、あるべき総合交通体系から国鉄へ持っていかせようとしても、国民経済的に見て、非常に、何といいますか、マイナスなんですね。国鉄貨物輸送力というものは、そういうふうに他の競争機関と比べまして、非常に不安定なんです。そういう状態ですから、やはりとりあえずは、私どもは総合原価主義から旅客にもやむを得ず負担してもらって、そして前向きの投資政府が三分まで利子補給しますから、前向きの投資貨物の輸送力をどんどん改善していきませんと、とうてい総合交通体系に基づく政策は実施できないのです。そのことをよく理解してもらいませんと、直ちに税金で埋めれば、うまく総合交通体系的な姿が出てくるかといいますと、輸送力自体の質量に関係しますので、そう出てこないと私は思います。
  24. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) そういう結果になったことは、貨物輸送部門のつまり近代化が立ちおくれたということでして、その貨物輸送部門の近代化をはかる努力がいまなかったわけですね。財政資金を投入しなかった、こういうこと、それは独立採算制に固執されたからじゃないかと思うのです。ですから、そこで独立採算制にあまりこだわらずに、これはどんどん財政資金を投入して、過去のことはしかたがありませんので、いまから財政資金を投入して、その貨物輸送部門の近代化をはかって、トラックなどに負けないような近代化をはかっていて、総合交通体系の適正化を目ざす。もしそういうことが国鉄のシェアを高めるということが適正であるとするならば、そういうことをしなければならぬわけで、しかし、その場合は、これはやはり私は、国全体、国民全体、国民経済全体にとって利益を与えることなんでして、旅客が汽車に乗るから乗ったものだけが利益を受けるということではないわけなんです。シェアが拡大するというと、ほかの一々国鉄を利用するもの以外に及ぼす、国民経済的に見て重要なことなんです、適正な輸送体系というのは。それは直ちに旅客運賃値上げというのじゃなくて、もっと幅広い財政政策的な観点からバックアップしなければならぬ、つまり公共投資によって行なわなければならないものじゃなかろうか、公共投資の一つの対象じゃなかろうか、こういうふうに私思うのです。
  25. 森中守義

    ○森中守義君 各公述人に二、三問ずつお尋ねいたします。  最初に、佐藤公述人にお尋ねしたいのですが、四十四年の再建計画が、御承知のように、二年間で崩壊をしております。崩壊をした最大の理由は何であったのか、これをひとつお尋ねいたします。  それから次は、昨年の審議未了で国鉄が受けた影響はどういうものであったのか、その後一年間、国鉄は再建に向かって、法案は審議未了になったが、国鉄みずからはどういう努力と再建の手さぐりをやってきたのか、並びに運輸省はどのような行政指導で国鉄の将来の打開をはかろうとしたのか、この二点をお尋ねいたします。  それから中西公述人にお尋ねしたいと思いますのは、投資の規模が十兆五千億、政府の投資規模が一兆五千億、この数字の開きを是認をされるのか、適当でないと思われるのか。この前の質問も、この質問についても、固有の意見を私は持ちますけれども、ここは討論の場所でございません。御意見を承る、お尋ねするという場所ですから、意見はあえて私は差し控えたいと思います。  それから料金制度をどのように現状において考えられるか。おおむね私どもが、手に入れている料金の中身というものは、おおむね三〇%ぐらいのワクになっておりますね。むろんこの料金というものは、国会の議決事項でございません。したがって、この料金制度現状のままでよろしいとお考えになるのか。単なる許可認可という制度で、異常に料金というものが拡大をしていくということを容認すべきであるかどうか、この二点をお尋ねいたします。  それから井手公述人にお尋ねいたしますが、御承知のように、新幹線網の整備法、これが約三年ほど前に制定をされておりますが、一言で言うならば、まさにこれは国策というように私は判断をする。言いかえるならば、国鉄の営業政策として新幹線網の整備法というものが制定されたものではないように考える。であるとするならば、当然、国策である以上、政府が建設費等々財政負担をになうべきであろう、こういうように思うのです。これをどういったようにお考えになるのか。  それから今回の再建計画は言うまでもなく十カ年間、今日のように、まことに流動性の激しい時代に、一つの政府計画というものが、いわば十カ年間という長期性を持つべきであるかどうか、これを一体どうお考えになりましょうか。  それから澤公述人にお尋ねいたしますが、今回の賃率の計算の根拠を妥当性ありと思われるかどうか、つまり旅客運賃二三・二%、貨物二四・一%、この算出の根拠というものがいまだ本委員会の審議が十分でございませんので明らかでない。よって賃率の算出の根拠を妥当性ありと御判断になるやいなや。これが第一点であります。  その次は、公共負担の問題ですが、御承知のように、政策割引等というものが、国鉄の場合には、今日の財政負担にかなり大きな比重がかかっております。よって、この政策割引という制度を、将来なお持続していくべきであるかどうか、もちろん固有の見解としては別に方途を考究すべきであるという私は前提に立つものであります。よって、公共負担の今日の状態というものを可とされるや否とされるや。  それから最後ですが、最近競争原理の導入ということが、しきりに政策展開の中にございます。しかし、これは再建二法、この関係法案の一番大きな問題でもございますけれども、最近航空関係におきましても、航空貨物専用の空港等の計画もあるように聞いております。そうなれば海運、航空、トラック、これらきわめて激烈な過当競争の中に突入せざるを得ないでありましょう。よって、国内における輸送総量をどういった数量として受けとめるのか、その中に国鉄の占める位置あるいは航空なり海運なりトラックなり、こういうものの持ち合いというものははたして計画的に持つべきであるか、単に競争原理ということで競争によって輸送政策を展開をすべきであるか、つまり計画輸送な競争輸送かと、こういう大別すれば論拠になろうと思いますが、そのいずれを選ぶべきであるか。  以上、それぞれの公述人からお答えいただきたい。
  26. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) 森中先生の御質問の第一点は、四十四年の再建計画の中身と今回の計画との対比、特にその間、国鉄が具体的にどういうような努力をしてきたかということを、おまえが答えろというようなお話でございますが、実はそれはむしろ国鉄から、いろいろいままでお話があったかと思いますが、私は私なりに非常に貧弱な知識で恐縮でございますが、承知しておりますところでは、前回の再建計画案に比較しまして、今度御承知のように、非常に助成を大幅に上げたということと、しかし値上げ率が、前回の計画が実収一〇%程度であったのが一五%に変わったというようなそこに差異があると、その内容につきましては、これは詳しく内容は承知しておりませんが、やはり前回の計画に比べて、その後の人件費等の支出の伸び、あるいは輸送数量の想定の相違というようなことがあったということのように承っております。しかし、その間に国鉄は近代化計画を推進をする、あるいは旅客においては特に大都市交通の改善に、従来やっておりました努力を続けておられるという点を、われわれ外から見ておりましても評価をしておるわけでございます。  私なりに答えられる点は以上でございます。
  27. 森中守義

    ○森中守義君 私、非常に大事なことを各公述人に漏らしてしまいましたが、今回の再建計画は、間違いなく十カ年間貫けるという御所信をお持ちなのかどうなのか。これひとつ各公述人につけ加えていただきたいと思います。
  28. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) 今回の再建計画は、先ほど申し上げましたように、助成の内容等につきましても前回の案に比べまして画期的になっておりますし、道路投資その他の比較からいたしましても、その内容は適切なものであると思いますので、将来経費の内容におきましては、たとえば人件費の問題その他がやや未確定の要素があるように思われますけれども、しかし全般的に申し上げまして、この計画は妥当なものであり、非常に将来、経済情勢が著しい変化があるということでなければ、これで実施はできるものというふうに私は考えております。
  29. 中西睦

    公述人中西睦君) ではお答えさせていただきます。  森中先生からの私に対する質問は、政府の工事負担金がこの十年間に対して十兆五千億円であるということに対して、私がそれを是認するかというのが第一の質問であったと思います。  第二の質問は、現在議会においてきめられず、国鉄において一応責任をもってきめ、それを認可をいただいておる、大臣の認可をいただいておる料金制度、しかもそれが三〇%を占めているのに対して、これをどう思うかという二つの御質問であったと思います。  まず第一の質問でございますが、工事負担金の十兆五千億という総額につきましては、私は妥当であると考えております。しかし、その内容につきましては、前回の廃案に比べまして、今回案においては、新幹線の建設費に対しまして三兆九千億円という形のものが出ております。で、この問題につきましては、私はそのような三千五百キロの新幹線をつくるという形が、実際に、これからのいろんな形の中で進行するんだろうか。また経済的にどうであろうかと、国民経済的に見た場合。そういう面では少し疑義を持っております。  そこで、しかしながら、その十兆五千億というワクの中で、非常にむずかしいことだとは思いますが、相互に、たとえば大都市通勤通学輸送の充実だとか、いろんな形に、相互にこれを弾力的に使用されるようなことが許されるとするならば、この金額は妥当であると、私は現段階では考えております。  第二番目の問題でございますけれども、料金制度に関する問題は、これは御存じのように、料金と申しますものは、その質的改善並びに質の差に応じて、いわゆる与えられるところの付加価値的な輸送サービスに与えられるものでございます。そういう意味から考えますと、私自身、これは国鉄の公共企業体としてのあり方に対する私個人の私見もございますけれども、非常に長い慎重審議をもって、そのようなものまでもすべて議会を通じて行なわなければならないとするならば、サービス、質の改善、緊急な態勢に応じられないという考え方の中から、この料金というものは国鉄において判断し、というのは、私は基本的に国鉄の人材をもって、国家的な責務の中において、現在の能力において、国鉄にもう少し自主的な経営がゆだねられるべきであるという、私自身の信念を持っているからでございます。ただそれが三〇%になっている点でございますが、この点は、やはりいろいろな私はこれまでの経過、経緯がありまして、そのパーセンテージにつきましては、私もここで五分、三分で言えませんけれども、一つの問題点を持っております。そういう意味で申し上げております。  それから十年間の問題でございますが、私自身も経済企画庁はじめ国土開発その他につきまして、経済計画のお手伝いをしてまいりました。私自身の研究分野の中にも、計量経済学の分野というものは、外国留学以来つとめてまいりましたものでございましたが、その予測につきましては、私自身にもまだ完成されておるとも考えませんし、種々の問題点がございます。現在の需要予測を前提として考える場合、また市場分野がそのようになるという前提に立ちました場合には、これは妥当な形で進行するであろう。しかし経済変化と申しますものは、一応私どもの研究分野からおきましても、一、二年というところはある程度予測可能でございます。三年、五年、十年というところになりますと、私どもも非常にこれだということを申し上げられないような点もございます。そういう意味から申しますと、学者といたしまして、これがそのとおりに推移するということは、私自身も確信を持てません。そういう意味では、いまの森中先生の御質問に対して、絶対だいじょうぶかといわれれば、私はできないと、わからないと答える以外に方法はございません。しかしながら、私たちの予測が推移していくならば、このような形で進行することは、私は行なわれるであろう、またそういう意味では、私先ほど公述のときにも申し上げましたけれども、いわゆる政府の負担が、これは私は公共負担というのはあまり考えますと資源の不適正配分を起こしますけれども、そういう意味から申しまして、これまでの経緯ということを考えますと、すみやかに国鉄のあかを落とさなければ、今後も財政回復ができないという観点から考えまして、これは一応妥当だと考えております。
  30. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) お答えをいたします。  特に、私に対しましては二点ございまして、たしか一つは新幹線整備計画というものが国策として決定せられた以上は、財政負担で実施すべきではないかということが一つと、もう一つは国鉄の再建整備計画というものが、十カ年の長期計画でございますが、そういう長期的な計画というものを立てるべきかどうか、こういう二つであったと思いますけれども、間違いございませんでしょうか。
  31. 森中守義

    ○森中守義君 そのとおりです。
  32. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) では第一点につきまして申し上げますと、新幹線整備計画というものが国策として決定せられました以上は、しかも、これはいかに新幹線といえども、新幹線だから必ず全部黒字、東海道新幹線のようなふうにはまいらない、全国的なものでありますれば赤字のものもある。こういうような新幹線整備計画というものを、国有鉄道という公共企業体に負わせるということではなくて、国家として、もちろん財政負担で行なうべきである、こういうふうに私は思います。  それから二番目の十カ年間の長期計画でございますが、長期計画は確かに必要でございまして、したがって国民全体についても何々五カ年計画とか十カ年計画、経済社会発展計画とか基本計画とか、そういうものが行なわれておりますけれども、計画期間が完了しないうちに改定せざるを得ない。こういう状況になっております。これを見ましても、この十カ年間という長期にわたって長期計画を立てて、しかもその十カ年間に四回の運賃値上げを含みながら、そういう計画を立てていくということがはたして妥当かどうかということを考えますというと、結論だけ申し上げますというと、これはあまり妥当ではない。つまり長期計画というものが、ほかの国全体の長期計画が次々にくずれ去るようなものでございますので、こういう流動的な状況を前提とすれば、こういう計画は途中にして崩壊するのではないか。しかも、四回の運賃値上げといっても、これはとてもあれだけではあるいはできないかもわからない。かえってそういう値上げ計画を前もって示すということはその値上げを必要ならしめるような状態に追い込むこともあり得る、こういうふうに思います。こういう十カ年計画というものが可能なためには、まず何をおいても、通貨価値なり物価というものを安定させるという福祉政策の根本、原点に立ち返った政策をまずやる。そうしてもう少し経済を安定化させる、そういうことが前提になければいけない。そういうことをさしおいて、まず十カ年計画だ、運賃を上げるんだということでは、これは悪循環になるのではないか、こういうふうに考えております。
  33. 澤富彦

    公述人澤富彦君) お答え申し上げます。  最初の問題の賃率旅客運賃の二三・二%、貨物運賃二四・一%が妥当であるかという御質問でございますが、私の見解は、旅客運賃二三・二%の値上げは必要ないと思います。原価を償っております、現在で。そうして貨物運賃の二四・一%というのは、私はいまの原価に見合うような賃率といいますか、たとえば一七〇原価がかかっておるとしますと、七〇%上げるということが理想だと思います。そうすべきだと思います。しかし、それをトラックのほうの対策なしにやりますと、それは貨物トラックにいくのは当然でございます。ですから、トラックのほうの運賃を管理しまして、運賃管理機構というようなものが、外国にございますが、そういうものをいち早くこさえまして、運賃の管理をして、そうしてトラック運賃のほうも貨物が逃げないぐらいに単価を上げてやって、そうしてそれに並行しまして貨物運賃を、いわゆる原材料関係運賃を上げることは、原価に見合うほどの運賃を上げることは早急にすべきだと思います。しかし、この中で注意しなければなりませんことは、原材料関係運賃は当然原価に見合うべく上げるわけですが、現在運んでいます国鉄貨物の中の生活必需品、米麦、そういうものは、ぐっと開きまして上げるべきでないと思います。そういう配慮が必要だと思います。以上が賃率に対します私の意見でございます。  次に公共負担の問題でございますが、政策運賃的な割引、これはどうするかということでございますが、まず政策的な割引をする相手を考える必要があるわけであります。現在の大企業運賃ですね、しかもそういうものを扱っています原材料運賃に対して割引をするなどということは必要ないわけであります。当然その運賃負担力を持っております。ところが政策的な割引といいますのは、たとえば、物価問題に対するようなものをとりました場合には、これには現在の物価高を押える意味においては、早急に政策的な割引を必要とする事態にあると思います。相手を見て、いわゆるそれが公共一般に利用されておるという面におきましては、大きく割引をし、一部の企業のための割引はすべきでないと、こうお考え願いたいと思います。  次に競争原理の導入の件でございますが、鉄道トラックのために、競争させられたために原価がとれなくなった、同時に営業用トラックもきわめて縮小化しております。全部のトラックの中に占める比率は、昭和三十五年当時は一三・七%になっておりました。ところが最近に至りましては全部のトラックの六%に減っております。シェアが縮小してしまっております。鉄道もしかりです。取り扱い量が非常に小さくなったというのと同じように、営業用トラックのほうも小さくなっているわけです。政府が運賃をきめて、認可運賃をして、そうして公共的なものだと、こうするサービス機関が、両方とも競争原理導入によって小さくなってしまっております。国民の利用に供せられなくなっております。自家用トラックという私的な輸送機関がむやみやたらにふえて消費者物価を押し上げておるわけであります。そうしたときに、競争原理の導入がいいか悪いか、一言にしてわかると思います。必要ないことであります。  次に、十カ年計画でやることがどうかというお尋ねでございますが、近代化のために公共投資をやり、国鉄のおくれを取り戻すということは、当然おやりになるべきことだと思います。十年や二十年かかろうとも、計画的におやりになることは必要だと思います。ただし、赤字をこの計画にありますような、五年も六年も続けてやることは許されないことだと思います。赤字を起こさないような運賃制度にすれば簡単に済むわけであります。赤字を起こさないようにするためには、まずトラックを取り締まる必要があるわけで、そうして公共輸送機関の両方の面を運賃規制をいたしますと、収支はたちところに——たちどころとは言えませんかもしれませんが、この一、二年のうちには私は明瞭に戻ることができると思います。両方とも競争さして、何で日本公共輸送機関というものを無視してしまうかと言いたいのであります。  以上であります。
  34. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 澤公述人に対する質問は、いま私が聞こうとしたことについてもある程度お答えいただいたわけでありますが、ただ岡本議員の見解とだいぶ食い違ったわけです。いま岡本議員のほうは、御質問の中では、貨物輸送に対する不信感ということを強調されたわけですね。つまり俗なことばで言えば当てにならないといったようなことからそうなったんだと、その中にはストライキということも言われた。年じゅうストライキが行なわれているということも付言をされたけれども、澤公述人のお話によれば、制度上もしくは構造上の問題である、貨物赤字は、というふうに一言でいえば聞き取れるわけです。岡本議員の発言によれば、これは経営手腕の問題あるいは企業努力の不足であると、こういうふうなことになるわけですよ。だからそこでだいぶ赤字に対する見解が食い違っているわけでありますけれども、それならば、企業努力によって克服できるような、経営手腕を発揮することによって何とかなるような赤字の内容であるのかどうかということが問題になってくるわけですね。その点は、だいぶこれは見解の食い違いがございますので、いまの問題について、貨物赤字を克服するための、賃率の問題はよろしゅうございますけれども、根本的な問題になってくると、これは総合輸送体系の不備ということに落ちつくような気がするわけですね。つまり輸送計画というものをもう少し根本的に考え直せというふうに聞き取れるわけですけれども、その場合に、それじゃ貨物輸送はどういう形をとったらいいのかということになってくるので、総合原価主義といったようなことのよしあし、旅客運賃との関係についても、あわせてお考えを聞かせていただければ幸いだと、こう思っております。  それから中西公述人にお伺いいたしますが、中西さんは、先ほどお述べになりましたことばの中で、立法府が今日のような借金政策をとったために、結果としてはこうなったのだという意味のことをおっしゃいました。いわば赤字が今日のような状態になったのは立法府責任じゃないかということを指摘されておるわけです。
  35. 中西睦

    公述人中西睦君) それだけだとは申しておりません。
  36. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 まあそれが大きな原因だという意味のことですね、大体において。  それで、立法府責任が大きいという点ではいいと思うんですが、そういう意味のことですね。それならば、今回の再建計画に対する政府の補助といったようなものは適切妥当であるというふうにお考えになるかどうかという問題が一つあるわけです。今回の再建計画だと十兆五千億になるわけですね。十兆五千億のうち約半分の四兆八千億というのは新幹線の整備計画であります。ところが、いままで委員会で私も質問をいたしましたけれども、新幹線の問題は、必ずしもどれだけ要るかという金額ははっきりしておりません。特に、問題になっております東京都、埼玉県、この辺の住宅密集地に対してどういう補償をするのかという点はっきりしておりません。具体的に言うと坪当たり一体どれくらい補償するのかという問題が出てくる。こういう点は相当膨大なものになるんじゃないかということが考えられるわけです。  それからもう一つ、たとえば東北新幹線ですけれども、東北新幹線はいま盛岡までですけれども、盛岡でおしまいになる東北新幹線でこれは事足りるとは思わないわけです。これが青森まで延びて青函トンネルくぐって北海道まで行く、そのために青函トンネルもつくっているということになると思うんですが、青函トンネルを含めての北海道新幹線は総額で、それだけで二兆二千億だという答弁がありました。そうすると、今度は北陸新幹線は幾らかというと、北陸新幹線は長野県からアルプスを突き抜けて富山を抜けて大阪へ行く、これが一兆一千億だ、こういう答えがありました、具体的に。それにプラスされて上越新幹線があり成田新幹線があり、さらに九州新幹線があるということになってくると、これらの新幹線というのは、今後十カ年計画の十年以内にもとが取れるという見込みはないと思うんです、どの線をとりましても。できるかできないかというよりももとが取れるか取れないかきわめて疑問だと思う。  これだけの大きな計画が新幹線だけでもあるんだが、それに対する政府の出資というものはたとえば一兆五千億である。こういう割合になってくると、新幹線だけでも相当な負担になるんだが、あらかたは独立採算制のワクの中における国鉄負担になってくるということになるわけです。これで一体赤字を出さないでいけるのかどうかということも問題じゃないかと思うのでありますけれども、もし立法府責任大なりとするならば、借金政策はとらせないというようにするのがほんとうじゃないかと思う。借金政策をとらせないために、はたしてこの十兆五千億の中の、これだけの内容を持った計画に対して、政府がいまとろうとしておる措置がこれで妥当であるかどうかという疑問も出てくるわけなんでありますが、その辺の見解をお伺いしたい、こう思います。  それから、井手公述人と佐藤公述人にお伺いしたいと思うんですが、お二人のおっしゃったことは、きわめて対照的で、特に個別原価主義についての見解が全く相反しておる。個別原価主義が不可能かどうかという問題、これは運賃の割り出し方にも関係してくるわけでありますけれども、佐藤公述人は非常に、たとえば同じ共通費等があるからこの計算の割り出し方、個別原価主義というものは実質的にはむずかしいんだ、こういう意味のことをおっしゃいましたが、しかしそれじゃ建設費といったようなもの、たとえば新幹線なんかはっきりしておりますが、これらの建設費というものをかりに政府が全額負担をするという形をとった場合に、個別原価主義というものはよりはじきやすくなるんじゃないかという気がいたします。そういう方法をとって——とらなくたって私はできると思うんだけれども、そういう方法をとれば、個別原価主義の算出の方法というものもそんなにむずかしくなくなってくるんじゃないかという気がいたしますが、そういう方法でもって個別原価主義というものを割り出した場合には、やはり旅客運賃貨物運賃のアンバランスというものが出てくるわけです。その旅客運賃でもって取り過ぎるといったような問題について、これは個別原価主義というものを一応取り上げてみて算出をするというほうが、利用者負担原則から言ってみても正しいのじゃないかという気がするわけでありますけれども、この個別原価主義の割り出しといったような問題について、井手公述人並びに佐藤公述人の、相反した御見解だったもんですから、その点もお示しをいただければ幸いだと、こう思います。
  37. 岡本悟

    ○岡本悟君 関連。  瀬谷委員が私の発言を指摘されたんでありますが、私は、私の意見を述べて、あなたとの食い違いということを澤公述人に申し上げたんじゃないんです。  澤さんの具体的な提案、こうすれば財政再建がなるという具体的な提案が必ずしも明確でないから、もう一回明確に述べていただきたいということを申し上げたんであります。結論としては、澤さんがおっしゃるのは、営業トラックを全部規制して運賃管理までやる、もちろんその半面自家用トラックを極端に制限するわけですね、そして、それと国鉄とのシェフというものを確立して、相互の競合というものをなくして、そして、本来理想的な澤さんの理想とするところの負担力主義に戻すこと、そして原材料にもっと高い運賃をかけて、いわゆる適正な運賃を取れば、それで貨物赤字がなくなると、こういう説なんです。それを確かめておったんです。ということは、それは私は、まず現在の行政能力をもってしては不可能だということが前提にあるもんですから、その明確な主張を求めておったんです。  そこで、いままた再び、瀬谷委員が私を引き合いに出されたもんですから、もう一つつけ加えてお願いしたいことは、あなたの理論というものをもっと完成するためには、海運が御承知のように、輸送トンキロでは六%近いシェアを持っていますから、海運の運賃管理といいますかね、これの競争制限もやらぬと、たとえば大量の資材輸送、原材料輸送、たとえば鉄鉱ですね、これはほとんどいま海運ですよ。だから、そういうところも含めて管理しないと、あなたの言うような、理想的な理想体系というものを理論的に描かれて、そうすれば貨物の適正な運賃値上げが、それでカバーできるんだということにならないんですよ。それもつけ加えておっしゃっていただきたい、瀬谷委員の御答弁の際に。  どうも失礼しました。
  38. 澤富彦

    公述人澤富彦君) いまの岡本先生からの御質問のほうに先にお答えさせていただきます。  海運も当然競争の相手としているわけですが、海運の運賃というのは比較的小さいわけであります。その輸送費の面、いわゆる物価に入った輸送費という見方からしますと、海運の運賃というものは、比較的物価全体に与えるところの量というのは少ないわけです。ところが、陸上の運賃のほう、営業トラック運賃、それから自家用トラック運賃国鉄運賃というのは、運賃、輸送の対価、価格としてのシェアが非常に広いんです。ですから荷物の取り合い、そういうことを考えずに、物価に与えている影響という立場で考えてみますと、海運のあり方というものはそうたいして問題にならなくなります。  ですから私は、物価に対する輸送費の影響を考えてトラック鉄道を管理すれば、運賃負担力制に戻せる。そして世界の中で、アメリカ、あの自由な国が、一番運賃を強く管理しております。日本の場合一・二四対一になっておりますが、アメリカはきょう現在でも一八対一なんです。負担運賃の上下差が一八対一あります。自由な国の代表たる国アメリカがそういう負担運賃をいまも維持している。それからヨーロッパのEECの国にしてしかりです。イギリスだけが自由制をとっておりますが、各国の場合に、負担運賃をやはり行政力で——日本の場合はそれは不可能だと、こういう見解をとっておられるわけでありますが、トラックの場合に運賃負担力制ということをおつくりになって不可能となったのかどうか。そういうことを全然おやりにならぬで不可能としてさじを投げられたのは、現在の日本運輸当局じゃないかと私は思います。  それから、先ほどの御質問にお答え申し上げますが、私の説明が悪かったためにちょっとこんがらがった感じがあるわけですが、総合原価主義として旅客貨物とを一緒に考えないのかと、こういうような意味であったんではなかったかと思いますが、そうじゃなかったでしょうか……。
  39. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 岡本さんの話が出ましたからね。だから引き合いに出すとまた関連で——やられてもけっこうですがね。  岡本さんの話によれば、これは国鉄赤字というものは、不信感、つまり当てにならないといったような不信感が原因にある。だから、もっと突き詰めて言うならば、これは、国鉄にしてみれば、企業努力が不足をしている、経営手腕が不足をしているというふうにも聞き取れるわけです。そういう構造上制度上の問題なんだ、これは赤字は出るべくして出た。澤さんのお話は、大企業中心の、引き込み線の問題も例に出されましたが、これは赤字は出ないほうがふしぎだと、出るべくして出ているんだ、こういうお話があった。それに対して岡本さんは、当てにならない、要するに経営手腕の問題であるという意味の御発言があったわけです、ストライキを引き合いに出されてね。だから、これは現在の機構の中でも、企業努力によって赤字を克服することができるような性格のものであるのかどうかということなんです、根本的には。だから、その辺を私は、引き合いに出したけれども、そういう性格のものであるかどうかということを再度お聞きしたかったわけです。
  40. 澤富彦

    公述人澤富彦君) わかりました。  企業努力が悪かったとは私は考えません。企業努力が悪くて赤字が出る場合には、一割か二割のものだと思います。五割も赤字が出るということは、運賃制度が、運賃の取り方が、収入の取り方が、いわゆる、先ほど私はおかしな例で話しましたが、一山幾ら式の運賃の取り方ですね、これでは利益があがらない、赤字になるのは当然だと、こう言っているわけです。  例をあげますと、昔の黒い貨車での十五トン車、十トン車という貨車の場合は、この貨車からは五万円取る、同じ十五トン車でこの貨車からは一万円取ると。同じ距離の運送で五万円、一万円取りおったわけです。ところが、今度はコンテナになりまして、色は青くなりました。そして全部五トン車なんですが、内容のいかんにかかわらず均一運賃を取っておるわけなんです。いわゆる一山幾らの、何を入れても同じ運賃。こういうやり方をしたら、これは少なくとも運送を事業としてやった者であれば、赤字の出ることはあたりまえだということなんです。ですから、決して私は、企業努力が足らなくて赤字が出たとは思いません。  以上であります。
  41. 中西睦

    公述人中西睦君) もう一ぺん瀬谷先生の御質問に対して確認をさせていただいてお答えさせていただきたいと思います。  私が、現在の国鉄赤別の基調化というようなものの非常に多くの、主要な原因の一つとして立法府責任があるというように申し上げたこと、その辺はもう御了解していただいたと思います。  しかしながら、そのあとにも、私最初の公述のときにも申し上げましたように、いわゆるわが国産業構造変化、立地の変化、それから地域構造変化というものが、大きくこの国鉄赤字関係を与えたということも申し上げたと思います。そうして、それに対しまして、私ども全体、私どもも含めまして、国民も含めまして、いわゆる政府自体並びに国家自体と言ってもよろしいと思いますが、国鉄自体責任において行なうべき配分というものが、いろいろ努力をされてきたのだけれども、それが適正なものでなかったがゆえに、今日の形が生まれてきたのだ。そういうところで、私どもは国鉄の今日の危機を緊急に打開するためには、やはり国鉄の努力並びに国民負担、そして受並者の、利用者負担という三本立てに頼らざるを得ないであろうという法案の原案には私は賛成であると申し上げたと思います。  その割合において、現在五、五、八というような割合になっておりますけれども、これがどうかということになりますと、非常に微妙な問題がからんでまいります。私は現段階において、これが正しいとは絶対に言い切れませんけれども、いろいろなものを考えた結果、一応妥当な線であるというふうに考えているということも、これは森中先生にもお答えしたと思います。  そういう意味で、考えてまいりますと、この独立採算制というものを、ある程度今後も堅持していく際の十兆五千億の内容についてでございますけれども、それは先ほど瀬谷先生からも言われましたように、私は経済計画のお手伝いをしてきて十年間、それがそのまま正確に実施されたということは、世界の中でも古今東西行ない得なかったものでございます。これは御確認いただけると思います。すなわち、この状況の変化に応じながら国民のコンセンサスを得つつ、しかも公正妥当なものとして、こういう計画は推進されるべきものであると、私自体考えております。そういう意味では、すでに森中先生にも申し上げたように、私は十年間、いまの需要予測、想定輸送市場分野というものが確立されたときには、これは実施可能であるけれども、状況の変化が起こったときには、これは変更せざるを得ないだろう。そのときには、やはり英知を集めてこれは改正せざるを得ないであろうという趣旨のことを申し上げたと思います。  そういう意味で、十兆五千億という今日におけるところの公共負担につきましては、一応私自身は妥当な金額だと思っている。しかし、それを総額で考えるべきであるということも、私は森中先生に御回答申し上げたと思います。その中で新幹線——瀬谷先生が申されましたけれども、その中のいろいろな状況変化の中で、新幹線に四兆八千億円ばかりのものを費やされる、ことにその中でも、現在の維持のためにかかるという形のものが一兆円ぐらいということがあったと思いますが、主兆八千億円をはたして今後わが国の新しい鉄道交通体系として整備していくという過程の中においては、私自身は、それがどちらにその十兆五千億円が配分されるべきかという点においては、その重要、非重要というように分けることはむずかしいかもしれませんが、その辺では私は疑問を持っているということも、前にお答えしたと思います。  そういう意味で、私は私個人の見解を申せということになるだろうと思いますけれども、私はやはり現在のわが国の今後の、これはどういうふうに変化するかわかりませんが、現在見られる輸送環境の変化、輸送市場変化というものに対しまして、その需要の増大はいろいろな需要予測の中に、四倍、五倍云々のものがございますけれども、それはその実数値は別といたしましても、今後増大してくることは間違いないわけでございます。われわれ国民のいわば空間克服に対する要望も質的向上がもたされることも事実でございます。  そういうものに対して、現状のままでいいのかということになりますと、二つの分野からわれわれは考えていかなくてはならない。新しき時代のためのシステム変化、現在におけるところの不足能力をいかに克脱して、多くの大衆に満足を与えるか。この二つの観点から考えてまいりますと、私は現在の三千六百キロという一つの想定は、国民のコンセンサス並びに私の個人的な現在の感覚から申し上げても、それはある場合によっては、少し他の通勤通学のための投資というような形に回してもいいんではないかというような感覚が現在の私の心境でございます。しかし、それを的確にこうだ、これはこういうように配分すべきだということに対しまする私の確信は、またその数字的には、私自身は現在のところ持っておりません。  お答えになりましたでしょうか。
  42. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 私が申し上げたのは、十兆五千億、これは妥当かどうかということじゃないんです。一応十兆五千億という数字が出てきた。しかし、その半分は新幹線経費だ。で、私は、いままで委員会の中で質問をして出てきた答えとしては、青函トンネルを含めて、東北新幹線から北海道までの新幹線、これだけで二兆二千億だというのです、費用が。それから北陸新幹線が、これだけで一兆一千億だというのです。そうすると、東北新幹線、北海道新幹線、北陸新幹線だけで三兆三千億になるわけです、これは。しかも、この東北新幹線にしても、北陸新幹線にしても、これはでき上がるまではもちろんだけれども、でき上がってからでも、すぐに東海道新幹線のようにもとを取るというわけにはいかないのじゃないか、こう思われます。つまり、間違っても今後十年の間にもとが返ってこない、俗なことばでいえば、もうからない投資だということになる。それを独立採算制のワクの中で国鉄がしょっていくということになると、これまた借金依存の経営は立法府責任だとおっしゃったけれども、同じような過失を繰り返すことになりゃせぬかということを私は言いたいところなんです。立法府責任だということは、別にここで遠慮しいしいおっしゃる必要はないのです。何かわれわれに対して遠慮しておっしゃっているかのように聞き取れたのですが、前の石田総裁ですら、これは立法府責任じゃないか、政府の責任だ、国会の責任でもあるということを言っているのですから、それはそのとおりなんです。そのことを私は決して非難してはおりません。しかし立法府責任であるということが指摘をされる、過去においてされたんだが、今後においても、この十兆五千億のうち半分の新幹線計画、それに対する政府の出資というものは一兆五千億だ。そうすると、東北新幹線と北陸新幹線の半分にも満たないというのが政府の出資だということになると、そうすると、あらかたは国鉄独立採算制のワクの中でまたしょい込まなければならぬ。そうすると、その分は、これまた運賃をよけいに上げて、取れるところから取ってまかなっていかなければならぬという悪循環を繰り返すのじゃないかということは、いままでの推移の中から想像されるので、その点について、はたしてどのようにお考えになるかということを私はお聞きしたがった。これは中西公述人に、もう一度おっしゃることがあったら言っていただくと同時に、あとで述べていただく井手公述人並びに佐藤公述人からもお答えいただきたい。
  43. 中西睦

    公述人中西睦君) では、その点だけにお答えいたします。  私には、いまの御質問に対しまして、確実にこうだと答えられる根拠をいま持っておりません。しかし私は、経済計画というようなものを考えていく際に、先ほど最後で申し上げましたように、新しいわれわれの交通システムを確立していく問題と、それから現状におけるところの能力不足を解決していくという問題の中で考えていくべきであろう。だから、いま申されましたような瀬谷先生のそのポイントだけの問題にしますと、私もいわば同じような疑問をある面では持っていることは事実でございます。というのは、はたして新幹線というようなものに対する補助とその相関関係において、これがあとでまた問題にならないだろうかということについては、私は確信はできませんけれども、そこに対する疑問は持っているということでお答えをさしていただきたいと思います。
  44. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) 私に対する御質問は、一つは、順序が逆になりますけれども、いま問題になっておりました新しい新幹線整備計画の問題でございます。それからもう一つは個別原価主義の問題、この二点にあったと存じます。  話の続きといたしまして、新幹線整備計画のことに触れますと、これは先ほどの御質問のときにも答えましたが、この新幹線整備計画は、ただいまも申されましたように、そして私も先ほど申し上げましたように、新幹線が必ずも黒字とは限らない。東海道新幹線というようなもうけ道ばかりがあるわけではない。たいへんな赤字になるだろうと思います。当然これは、先ほども申しましたように国策として決定され、そうして国民経済全体の今後の発展のための基盤として行なわれる、そういうことで国策として決定されたと思うのです。とすれば、しかもそれは、当分はこれは赤字になるわけで、こんなものを独立採算的な国鉄に負わせるということは無理でありまして、これは国が責任をもってやるべきではないかと、私はこういうふうに思います。したがいまして、政府出資一兆五千億というようなものは、これは非常に少な過ぎるので、これは徹底的にふやさなければならないと、こういうことでございます。  ただし、その場合は、やはり金の出どころということもございますので、財政の体質の改善ということはやはり必要だと思います。それは支出面は申すに及ばず、税制の改革でございますね、そういうような財政の体質を改革しながらこの政府出資を大幅に認めていく、こういうことでないといけないのじゃないか。独立採算制を標榜するということが問題でありますけれども、この独立採算制を一応標榜しておるこの国鉄責任を負わせるということでは、これはますますどろ沼に入っていく、私自身はこういうような感想を一しろうととして感じております。  それから個別原価主義の問題でございますけれども、これは先ほども申しましたように、大体旅客部門と貨物部門とに分けまして、そして一方が黒字で一方が赤字だというようなことを四十六年度経営実績報告として出したのは国鉄当局自身であったというふうに私は思っておるわけでございまして、それ自体が、すでに部門間の個別原価主義というものが可能であったからそういう報告が出されたんだと、私はそう思います。  そのあとで、先ほども言いましたように、こういう報告をもとにして旅客運賃の引き上げ反対の一つの論拠にされてくると、レールや鉄道保安施設など共通の費用があるからこの旅客貨物関係ははっきりわからないのだ、共通費用の振り分けぐあいでどっちが赤字になるかわからないのだと、こういうように話が少し変わってきた。これが非常におかしい。私は、初めに出されたことが実際であって、やればやれるんだと、そういう気がいたします。もしそうでなかったならば、振り分けぐあいを変えまして、どういうふうに振り分けぐあいを変えるならば、この貨物旅客の黒字、赤字がどういうふうに変わってくるか、関係が、あるいは貨物のほうが黒字になって旅客のほうが赤字になるかもわからない、振り分けぐあいによっては。そういうようなことを数字をもって示して、このように変わるんだからはっきりしないんだということを国鉄当局はお示しになるべきであろうと思います。初めにはっきり一方は黒字で一方は赤字だと言っておいて、実ははっきりしないのだと、こういうふうにあとで変わるというところがおかしい。私はあまり詳しくないので、そういうふうな素朴な疑問を持っております。  それから、もし設備投資を国がやると、財政負担で国がやれば、これはもっとはっきりとこの両部門間の個別原価主義というものは可能である、こういうふうに私は感じております。
  45. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) 瀬谷先生の質問の第一点が、個別原価計算は不可能と考えているようだが、そうか。それから政府が建設費を負担した場合にそれはどうなると考えるか、というふうに承りました。個別原価計算につきましては、学者の研究はいろいろ進んでおるようでございまして、そういう意味で、理論的な原価計算をある程度するということが不可能だとは私も考えておりません。特に線別の原価計算というようなことは、若干のフィクションが入りますけれども、ある程度研究が進んでおるように私も承っております。  現に、国鉄運賃につきましても、新線建設をした分について別個の原価計算をし、それに対して運賃を設定するというような経験があったやに伺っておるわけでございますが、しかし、これは一応原価計算ということが理論的に可能であるということでございまして、私はその計算に基づいていろいろな運賃を設定するという場合に、必ずしも計算だけで運賃は設定できないということもあわせて申し上げたわけでございます。  端的に申し上げますと、先ほど来お話が出ておりました、たとえば旅客貨物原価配分についてはいろいろの問題がある。したがって、いまお話がございましたが、私も国鉄にああいうようなものをどういうことで発表したのかということを伺いましたら、あれは実は内部の検討資料でやった、つまりそれぞれ旅客貨物担当の者が経営の指針にするというような観点からでございましょうか、そういうものを参考までに発表したんだということで、これに基づいて厳密に原価算定をし、またそれに基づいて運賃を考えるということではなかったんだというふうに私は承っております。これはさらに国会の御審議でいろいろお話が出るかと思います。  で、その際に、特に問題となると思いますのは、共通経費の配分でございまして、一例を申し上げますと、たとえば旅客用であれば高濃密輸送をするために電車化をするという必要がある線区があると考えまして、しかもその線区では貨物もあわせて扱っておる、したがって電車運転に必要がある設備をしたという場合に、単に扱い量だけで配分をするということでいいかどうかというような問題があると思います。その辺を研究をいたしまして、さらにそれを計量化して、厳密な計算をするということがやはり問題があるというふうに私は考えておるわけでございます。  それから第二点の、一体政府負担をしたらそれじゃ計算はどうなるか、建設費をまるまる政府が持った場合どうなるかということでございますが、これは原価計算項目から利子というようなものがなくなるという効果はあると思いますけれども、しかしやはり減価償却の計算というようなものは、当然原価理論上は出てまいりますので、そう著しくその情勢が違うということには相ならぬと思います。もっとも償却というようなものは国鉄には要らぬのだというような御議論があるそうでございますので、そういう前提に立てば資本費は全部計算外にして、ランニングコストの計算だけということになると思いますが、ランニングコストの計算においても、先ほど申し上げましたような事情はやはり同じように出てくるというふうに私は考えます。そこで問題の十カ年計画の中で、新幹線というようなものをどういうふうに評価し、それに対する収支あるいは運賃のあり方についてどう考えるかという点でございますが、私は十分、詳細に内容を承知しておるわけではございませんが、問題になりました新幹線建設計画に合わせまして、並行する在来線の性格を貨物輸送を強化するという点に変えるという計画があるやに承っております。したがいまして、新幹線だけの経済計算をすることは、そういうような点からしても若干問題があるのじゃないか。それから収支についての見通しでございますが、これは専門家の方がいろいろ御計算になると思いますが、非常に大ざっぱな言い方でございますが、線区の状況によってはそれぞれ変わってくると思います。その点は御指摘のとおりでございます。したがいまして、建設の計画速度等についても配慮が払われてなされておる。東海道新幹線というような、非常に高密度の線区の収支状態はお話のとおりでございまして、そういうような輸送密度、それから開発効果の及ぶ時期等を勘案されて、この建設は当然計画されるでありましょうし、またそういう配慮のもとにすべきであるというふうに私は考えております。
  46. 小柳勇

    ○小柳勇君 私も各公述人に質問をいたしたいと思います。  貴重な時間を、せっかくおいでになりましたので、お忙しいと思いまするが一、二問ずつ質問いたします。  まず、佐藤公述人でございますが、民鉄協の理事長でございますから、そういう意味も考えながら御質問をいたします。さっき、物価公共料金抑制では下がらぬということをおっしゃいました。ことばじりをとらえるわけではありません。澤公述人意見では、貨物輸送のために運賃及びコストで十兆円もかかるのであるから、この貨物が、鉄道貨物運賃を上げれば当然トラック運賃も上がるであろう、したがって二四%のアップというのは物価に相当影響するという、そういう公述がありました。佐藤公述人のほうでは、物価公共料金抑制では下がらぬというような意向がありましたが、旅客のほうが大体概算いたしまして約二兆、鉄道と自動車、飛行機合わせまして約二兆、で、鉄道旅客が上がりますと、また民鉄のほうもおそらくこれに追随して料金が上がるのではないか、また飛行機も上がるのではないかと考えますと、二兆の二割三分という考え方もあながちこれは即断ではない。したがって私どもとしては、いまこそ公共料金を抑制することが物価の値上がりを抑制するのだと、これが一番大きないま私どもの考えです。おそらく国民の皆さんもそうではないかと思う。  したがって、この面についてのお考えをもう一度お聞きしたい。特に国鉄が上がりますと、また民鉄なども運賃値上げを申請するのではないかと、そういう心配もありますから、この点、重ねて御意見を聞きたいのであります。  それからもう一つは、労働集約型の産業である鉄道あるいは民鉄、そういう産業では、人件費が上がりますと、やっぱりすぐ運賃値上げしなければ収益がない。ただ民鉄の場合には付帯事業というのがあります。現在国鉄では付帯事業をうんとやることを許していません。ただ民間企業に出資を若干認めることにいたしましたけれども、付帯事業というものを認めていない、大きな付帯事業を認めていない。したがって将来の国鉄を考える場合に、民鉄がやっておるほどとはいいませんけれども、もう少し付帯事業について考えてよいのではないかという、こういう考えもあるのでありますが、この点についての佐藤さんの御意見をお伺いしたいのであります。佐藤さんに対しては以上でございます。  それから井出公述人に対しましては、これは公述にありませんでしたけれども、私ども、この国会が始まって、この運賃法が国会に出されまして以来、新聞報道を十分注意をしてまいっています。各新聞あるいはラジオ、テレビ、ほとんどの報道陣が運賃値上げ賛成を主張していません。社説に一回も今回の運賃値上げについてはやむを得ないというふうなものを書いてない。したがって経済学者として、全体的な国民経済感覚から見て、運賃値上げするよりも、むしろいまの段階では国民の足として、税金でこの赤字を補てんしたらよいのではないかという国民的な感覚があるのではないかと、私どもとしてはそういうふうに考えておるのでありますが、井出公述人としてはどういうお取り上げ方であるかお聞きしたいのであります。  それから中西公述人には、四人のうちで一人だけ労使関係をおっしゃいました。労使関係の是正です。私どもも労使関係については非常に心配をし、是正しなきゃならぬ、そして国民の足としての愉快な旅行ができるようにしなきゃならぬと常日ごろ考えています。現在の国鉄の労使関係というものをどうお考えであるかということ、もう少し付言いたしますと、国鉄の労働者の賃金は全体的に比べてもいいほうではありません。また最近の情勢を聞きますというと、高等学校を出ました優秀な若い労働力が国鉄に入社を希望していないという、そういうふうな実績を聞いています。それからもう一つは、もうここ数年来、合理化というものが非常に、あらゆる機会に言われています。昔も合理化はありました。新しい機械が来れば、その職場で人が減るのは当然だとわれわれは考えてきた。ところがいまは、まず合理化というものが先に出まして、それから職場が改まってまいるということです。したがって労働条件がよくて、職場が住みよくて、簡単に異動する心配がないなら、そう労使間の紛争は起こるはずはないと私は思うわけですね。労使間の紛争が起こるには起こる理由があるだろう。その理由は、労働条件の不満がありましょう、賃金の不満もありましょう、あるいは常に合理化によって職場を離れるという心配もあるのではないか、こういうことも考えるわけです。そのやさきに、今度の国鉄再建法では十一万人合理化というのが正面に打ち出されてきています。これから十年間でありますから、もちろん新しい機械も研究されましょうし、ある職場では全然人間が要らぬようなことも起こるかもわかりません。これは機械の日進月歩の段階では、あるいは起こり得ることかもわからぬ。しかし、それかといいまして、初めから十一万人合理化だということで打ち出しましたこの再建法については、先生方が考える以上の恐怖心、不満があるわけですね。そういうものが全体の日本の労働者に広がっていきます。こういうものをどうお考えであるか。たまたま労使関係についての発言がありましたから、重ねてこれをお聞きしておきたいと思うんです。  それから澤公述人には三点だけ聞きますが、一つは物価の抑制は、運輸調整によって可能であるということを冒頭に発言されました。この問題について御発言を願いたい。第二は、運輸規制するには、さっき岡本委員からも発言がありましたが、現在の行政能力ではたいへんではないかと思う。一体この運賃規制をやるにはどういう具体的な構想があるのか、考えがあるのか。この運賃管理機構についてのあなたのお考えをお聞きしたいのであります。それから最後は、私もこの国会で、一つの大きな問題は、自家用トラックのはんらんを何とかしなければならぬ、これが総合交通体系を整備する根本であると考えて、あらゆる場で発言してまいっておりまするが、自家用トラックの規制の方法及び規制した場合の運転手の失業問題などについてのあなたの平素の御研究の結果を御発表願いたいと思います。以上、三点を質問いたします。
  47. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) お尋ねの第一点の、物価に対する影響がないと言ったではないかというお話でございましたが、私が申し上げましたのは、ないとは申し上げませんけれども、その程度が必ずしも非常に大きいということではないんじゃないか。専門家の試算によりますと、消費者物価の中に占める国鉄運賃のウエートの計算がございますが、これはもう先生方御承知のとおり、旅客におきまして〇・三三八%というような計算、貨物におきましては、シェアの低下を考えて〇・〇九二%というような計算があることは御承知のとおりでございます。現実に、一体家計の中に運賃がどういう形で出てくるか。これはいまお話しのように、物の値段その他をくぐって出てくる関係もあるかと思いますが、昭和四十六年の人口五万以上の都市世帯の消費状況を調べた数字が手元にございますが、この中で消費支出全額九万七百四十円という数字が出ておりますが、この中で国鉄、民鉄を合わせまして、電車、汽車、定期代というものを合計いたしまして千十四円、つまり一・一%という数字に相なっておるわけでございます。自動車等関係費、マイカーその他を利用されるものの平均が千九百四十七円、二・二%、つまり国鉄、私鉄と合わせて消費生活の中ではマイカーの数量のちょうど半分というのが四十六年における都市世帯のウェートでございます。  したがって、こういう点からいいまして、むしろこういう数量的なものよりは、私が申し上げましたのは、いわゆる精神的な影響その他に対する波及効果というようなことではないか、したがいまして、そういう点を考慮されまして、公共料金ストップというようなことが従来とられたけれども、それは非常に一時的な効果で、むしろ輸送施設投資促進するというような観点からいいますと、長期的な観点からひとつ決断をもって踏み切っていただくべきではないかということが、私が申し上げた趣旨でございます。  なお、お話の中に、私鉄の運賃値上げを出すのではないかというお話でございますが、昨年の七月にすでに申請を提出済みでございます。  それから第二番目には、国鉄のようなこういう労働集約型の産業においては民鉄と同じように付帯事業が考えられるべきじゃないかという御趣旨でございますが、全く御趣旨のとおりだと思いますので、私は国鉄の公共企業体としての性格を害しない限り、あるいは国鉄事業にプラスになる性質のものについては付帯事業を考えていただいてしかるべきものではないか。ただし、そういう性格上の制約、あるいはそう言っちゃたいへん失礼ですが、国鉄の方がもしそこにおいでになって事業をされるというようなときには、経営経験というようなものもございましょうから、その辺の問題があるかと思いますが、基本的に申し上げますれば、先生の御趣旨まことにけっこうだと、こういうふうに考えております。
  48. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) 私に対する御質問は、マスコミ、新聞報道、ラジオ、テレビ等々を見ても、この運賃値上げ賛成というような意見はあまり見られない、こういうことから、一般国民経済感覚としては、運賃を上げないで税金で補てんすべきだということが国民感覚としてあるのではないか、こういう御質問でございますが、まさにそのとおりだと思うのです。  これは私けさ、ちょっと国鉄運賃値上げ問題で参議院に行ってくると家内に申しましたら、運賃値上げは困りますよなんてことを申しましたけれども、これは私の家内によく事情わからぬわけだけれども、一庶民として運賃が上がったら困るとびんときたと思うんですね。そんなことを言われて実は玄関を出てきた。別に女房から言われたから国鉄運賃値上げ反対しているわけじゃありませんけれども、そういう一例を見ましても、私の家内のようなものが、平凡な一婦人が、一女性が、打てば響くように、国鉄運賃値上げというと困りますよと、これは事実なんですよ、けさ出るときに言いました。こういうことから推しましても、庶民感覚としては国鉄運賃値上げ困る、すぐ家計に響くぞ、それで自分がどれだけ汽車に乗るか、国鉄を利用するかは別として、とにかくこれでまた値上がりが、波及効果で物が上がるということがびんとくる、これはどうもそういう感覚になっていると思うんです。それで、インフレというのはムードもございまして、政治というのは、そういう数字で机の上でコンピューターで計算をして、これだけだからこうなるということだけではいかぬわけでして、国民の心理とか、そういうものをキャッチしないといけないと思うんです。したがいまして、今日のこういう庶民感覚というものが値上げというものに対して非常に敏感だ。普通のときならいいですけれども、最近の情勢は非常にあぶないと思うんです。予算も非常に大型でありますし、ですから政府のほうでも、公共事業の繰り延べなどで一生懸命になっておられる。四十八年度で間に合わなければ四十九年度にでも公共事業費を多年度にわたって繰り延べようじゃないか。単年度主義とか会計年度独立の原則ということにあまりこだわらないでいこう、上期から下期に繰り延べるだけでは間に合わない、四十九年度にでも公共事業費を繰り延べようじゃないか、こういうようなことすらもいわれて、単年度主義なり会計年度独立の原則というものに対して非常に改定しなければならぬ、考え方を改めなければならぬ、そういうふうに深刻になってきておる。国際収支の関係もありまして、金融界の過剰流動性ということもございますから、たいへんなインフレムードになっておる。ですから非常に国鉄運賃というようなものをまた国がやるのか。こういうのが、あまりわけのわからない国民一般の感じ方であろう。ただ上げなければ税金だ、税金はやはりあなたたちの負担だぞということまではぴんとこない。つまり運賃値上げ反対だ、たいへんなことになるぞ、何でも上がるぞ、私鉄も上がるぞ、そういうことなんですが、それじゃ税金が上がるぞというところまで考える人もあれば、私の家内のように、税金というようなところまで考えないで、ただ運賃値上げに拒絶反応をするというようなものも多いと思うんですが、しかし一般には公共料金、特に運賃値上げというのは、現時点において引き上げられるということのインフレ促進効果というものに対して非常に恐怖心を持っておる。恐怖ということは、ことばがひどいようでございますけれども、ほんとうに物価が上がってきて、それこそ国鉄の計画ではございませんけれども、われわれ庶民の生活の計画というものが立たなくなってきておるわけですから恐怖的なんですね。  ですから税金でやってもいい、そういう気持ちがあると思うんです。ただその場合に、税金というのが不公平だということは御承知のとおり、いまの税制でいいとはちっとも思わない。個人と企業との関係なり、あるいは大企業と中小企業関係なり、あるいは個人の中でも高額所得層と中小所得層との間なり、あるいはまた資産所得層と給与所得層との間なりにおいて、非常に御承知のような不公平があります。したがって運賃値上げしない、貨物運賃旅客運賃値上げしない、税金で負担するというときに、いまのままの税制で負担するということになると、うっかりすると、これは個人なり庶民なりの負担増になって大企業はそれほど打撃を受けないということになって、またそこに不均衡が生ずるおそれもある。   〔委員長退席、理事江藤智君着席〕  ですから私は、税金をもって補てんすべきであるが、その前に、税制を思い切って公正なものに改革しなければならぬ。今日の税制は、やはり改革すべき段階にきているわけです。これはどなたでも認識されていると思われるわけです。この税制の改革をして、公正な税制のもとにおいて、税金で補てんすべきである。そんなことを言っておったら税制の改革もできない。しかし、それはそう抽象的に、やれ法人擬制説だ、実在説だといいまして、根本原因にさかのぼっていけば、また長期的に考えていかなければならぬ。しかし、さしあたってやるべきことはやれると思うんです。ですから、さしあたって補正予算なり、来年度の予算なりで税制の改革のやれることはやって、さしあたり公正化することは公正化しておいてどんどんやって、そうして税金で赤字を補てんしていく、そうして国鉄運賃は絶対値上げをしないというタイミングの問題として、先ほどいろいろ申し上げました条件のもとにおいて考えなければならないけれども、いまの時点において国民のコンセンサスを得ないような、いろいろな面が、国鉄運営上ある上に、いまのタイミング、インフレムードということの中においては、上げずに税金でやる、税制の改革は、補正予算ででも、四十九年度の予算ででも、直ちに手をつけられるべきところからやる。そうして長期的には、もっと税の理論に従った長期的な改革はあわせて考えていく、あまり長期的なこと、根本的なことばかり言っておりますと間に合いませんので、両方、拙速と長期と並行した税制改革を考えていく。こういうことが必要じゃないかと思います。こういうふうに思っております。これでよろしゅうございましょうか。
  49. 中西睦

    公述人中西睦君) 小柳先生から私に受けましたのは労使関係の問題なんでございますけれども、私そんなにこまかく、詳しくこの問題を知っているわけではございませんので、ただ私のいままでの勉強した範囲での問題としてお答えしたいと思います。  私自身は、国鉄の職員の性格というようなものを昔からいわれているように半農半鉄、いわゆる地域の中に非常に根をおろされて働いておられる方々が非常に多い労働環境をつくってこられた、いわば労働構造であったということが一つだと思うのです。だから、あるところに地域構造産業構造変化が起こって、それを流動せしめようとしてもなかなか困難な問題がある。これは私、日本通運にも言い得る一つの方向だと考えております。その辺がやはり調整するときには非常にむずかしい。  それからもう一つの問題は、やはり戦争中から戦後、非常に激しい時代にわが国の輸送の動脈としての中でたいへんな御努力をなさった方々、また、ある場合には海外まで出られた方々を吸収して、そして今日の労働構造の中で、年齢構造から申しますと非常に中高層の年齢の方々が多い構造を持っている企業であると考えております。  そういう二つの構造が現在、やはり国鉄の労働問題を考えるときに、非常に慎重に考えなければならない問題だと思われます。その場合に、先生が申されたように、十一万の整理ということがうたわれたときに、そういう方々に相当な不安を与えるであろうということは、言われたとおりだと私考えております。しかし、だからといって合理化に対して、それに対する努力も、これは経営者が非常に考えて、そういう不安を起こさせない施策をとっていくことが非常に重要でございます。そういう意味から申しますと、この十一万人の中には、私こまかくは言い得ませんけれども、そういう中高層の年齢の方々が自然に退職されていかれる数、それからいろいろな形での問題も含まれていることだと考えておりますし、おそらく国鉄経営者の中でこれを推定されたのには、いろいろな根拠を考えられてされている問題も多いのじゃないかと思っております。しかし合理化の問題でございますけれども、私交通学者といたしまして、いろいろな各国の生産性とそれから労働力の問題の相関を考えてみますと、わが国の場合は、これはいままでの関係で、そういうシステム化だとか新しい問題が解決されてない分野がありまして、一がいには申せませんけれども、ただ労働力の関係生産性の関係から申しますと、相当多いという関係は出てきております。しかし、これはわが国の今後の労働問題から考えてまいりまして、非常に重要なポイントでございまして、私は国鉄も非常な教育機関をお持ちでございますし、私自身が今日勉強しております物流問題というような点から考えても、ああいう職場の中で、非常に熟練をされた方々というものが、私は今後の生命の延長から考えましても利用させていただかなければ、また働いていただかなければならない環境というのは、私は生まれてきているのだ、またくるのだという信念を持っております。そういう意味では、そういう不安解消というような意味も兼ねて、私は国鉄職員の方も、ある種の、いわば弾力性を持たれて、私たち大学教師も同じでございますが、毎年勉強をしていないとだめなのと同じように、やはりこの問題につきましてのある種の努力を労働者自体も考えていかなければならない問題もあるのではないかと、私、個人は考えております。  私はいろいろな勉強をしてまいりまして、やがて、たとえば倉庫管理一つにしろ輸送管理一つにしろ、国鉄で学ばれたいわば技術がある程度これから再教育自身でされる、また国鉄自体責任をもってされることによって、相当な能力の方々が結集しているすばらしい能力集団であるというふうに私は考えております。そういう点を考慮されていって、先ほど先生の御指摘のように、この十一万の人間の方々に非常な不安感と圧力を与えるものとするならば、これは両者で非常によく話し合われて行なわれる必要があると思います。私が先ほどの論述の中で申し上げた問題は、そういう不信感というものがいつの間にか生まれてしまった。そういう不信感のゆえをもっていわばほんとうの人的能力が国鉄内部において発揮されているだろうかという点に私は疑問を持っているわけでございます。   〔理事江藤智君退席、委員長着席〕  それが、いわば現在のように各種交通機関が発達し、そして選択の自由が生まれてきた場合に、やはりこれは問題ございますが、われわれ国民企業も、いわば輸送機関を選択する機会というものはふえてまいっております。そういうときに、いわばわれわれは信用ある交通機関、私の子供のときから最も正確だと思われていた交通機関の信頼というようなものが薄れてきていることも事実でございます。そういうものは、システムと申しますものは変更いたしますとなかなか返ってまいりません。私たち個人にしろ、また個人が流動を行なうためにも慣性を持ちます。しかし、それと同時に企業が物を流す場合にも慣性を持ちます。そういうものが一挙に返ってくることはできないのでございます。そういう意味から申しますと、私は自分自身が私的なことを申し上げますけれども、鉄道研究会などに入って非常に鉄道を子供のときから愛してきている人間として非常に悲しいということを、研究者と同時に考えざるを得ないわけであります。そういう意味で、私は、早くそういう関係を改善していただいて、新しい前途に向かって進んでいただきたいと申し上げたのが公述の趣旨でございます。
  50. 澤富彦

    公述人澤富彦君) お答えいたします。  物価貨物運賃関係につきまして、当初申し上げましたのですが、さらに詳しく御説明しますのに、パネルを準備したのですが、出してよろしゅうございますか。
  51. 長田裕二

    委員長長田裕二君) どうぞ、どうぞ。
  52. 澤富彦

    公述人澤富彦君) これは昭和三十五年と四十五年の輸送の需要等の違いを出しておるわけでございまして、この三十五年当時は輸送機関というものが、大企業輸送機関も小企業輸送機関も——赤が自家用車、水色が公共輸送機関——いわゆる鉄道営業トラックというものでございまして、両方共通して使われておったわけでございます。そして大企業の製品がこの輸送機関を利用して卸売り物価輸出物価を押える、そしてこの製品がまた小企業を経過してこの輸送機関を利用して消費者物価国民に渡る、こういう経過を経ていたのであります。ところが、この輸送機関が十年間の間に、ここで貨物運賃の公共規制の解除ということが四十一年当時行なわれたわけであります、そうしましたところが、この輸送機関の配置が、鉄道営業用トラックというものが大企業だけの輸送機関に集中する結果を来たした。それから赤い自家用車の存在が、大企業自家用車を使うことをほとんどやめました。ということは、小企業自家用車が非常にたくさん集まりました。こちらに赤いのが非常にふえてきたわけでして、この青いのと赤いのが乖離現象を起こしたわけであります。どうしてこういうふうなことが起こるかといいますと、これはピグーも申しておりますが、単純な競争の条理におきまして、私的限界生産物の価値と社会的な純生産物の価値が乖離現象を起こすということを言っております。社会的な限界、純生産物の価値というのは、いわゆる価格でありまして、いわゆる営業用トラック国鉄運賃というような価格であります。それと私的限界純生産物、いわゆる私的なサービスというようなものは、輸送費というものは、自家用トラックとして小企業のほうに寄ってしまった、こうなったところが、大企業運賃が非常に安いものですから、卸売り物価輸出物価というのが非常に安くなったわけであります。そしてこれでできた物価指数というのは非常に安定しております。ところがこれから小企業に回って、この流通段階、小企業の流通段階の自家用トラックの段階を経て消費者物価ができるわけですが、この消費者物価が非常に上がった。消費者物価が上がり、卸売り物価が上がってない、比較的安定しているという状態が起きておるわけなんですが、これは運送機関の公共規制をやめたという現象によって乖離現象が起きておるわけなんであります。こういう現象卸売り物価と消費者物価乖離現象が起きているんじゃないか、こういう私、意見を持っておるわけでございますが、こういう状態で起きました卸売り物価と消費者物価が、じゃ運輸を調整した場合に乖離現象が直るかということを一度やってみたいと思います。  消費者物価昭和四十五年で一三〇・八という指数になっております。この指数は昭和四十年が一〇〇であります。そうしまして、昭和三十五年から四十五年までの十年間の経済の伸びを考えてみますと、名目のGNPが四・五二倍、国民所得が四.四五倍、消費支出が四・一五倍、経済の伸びは約四・五倍程度の名目の伸びを来たしております。  そうして、この消費者物価に占めるところの輸送費状態を見てみますと、昭和三十五年で自家用車輸送費が八千九百九十億円であったのが、四十五年には八兆二千九百五十八億円という推定の数字が出るわけであります。そこで昭和三十五年に八千九百九十億円という自家用車があって、そしてこれらのGNPとか国民所得、消費支出をつくっておったんでありますから、経済が全般的に均衡して伸びたとしますと、自家用車もこれが四・五倍になっておけばいいわけなんであります。八千九百九十億円の四・五倍をしますと、四兆四百五十五億円になります。ところが現実には八兆二千九百五十八億円という、自家用車の猛烈な増加のために、いわゆる輸送効率が非常に悪くて、車がふえて空車で走る状態がふえましたので、八兆二千九百五十八億円という自家用トラックの経費になっております。そこで四・五倍した四兆四百五十五億円というものを、必要なだけの自家用トラックを、昭和三十五年当時にあったと同じぐらいの比率の、四・五倍した四兆四百五十五億円の自家用車をこの八兆二千九百五十八億円から引きますと、四兆二千五百三億円というものが、いわゆるむだにふえたということになります。  ですから四兆二千五百三億円という自家用車のむだな伸びを、何とかこれならぬかと考えてみた場合に、営業用トラック自家用トラックのむだにふえた分、超過してふえた分を代替してみるということを考えてみます。そうした場合に、営業用トラックのほうは自家用トラックよりも輸送効率が、先ほども私、説明の際に申しましたように、営業用トラックは二十円、自家用トラックは百二十円という単価になっております。ということは、約六倍の輸送効率を営業用トラックは持っておりますので、営業用トラックを持ってきて超過分の自家用トラックと代替してみるということを考えてみますと、四兆二千五百三億円の六分の一、いわゆる七千八十四億円という自家用トラックを持ってくれば代替がきくということになります。四兆二千五百三億円から必要な七千八十四億円を引きますと、三兆五千四百十九億円という代替による節約が出てまいります。この三兆五千四百十九億円というのは、昭和四十五年の消費支出三十七兆五千八百五十八億円の九・四%に相当します。九・四%の指数が減るということは、一三〇・八という物価指数の九・四%が減るということになるわけでして、物価指数は一一八・五になります。いわゆる自家用トラックの非常にふえた分だけを営業用トラックと代替してみますと物価指数は一一八・五に減ると、これは運輸の代替だけでこれだけの指数に減るということが言えます。そうしまして、これは直接波及で一一八・五ですから、間接波及を入れますと、まだこれはさらに下がる可能性があります。  一方、卸売り物価指数のほうですが、昭和四十年一〇〇の指数が、これを四十五年に一一一・三と、わりあい消費者物価指数に比べましてふえておりません。一一一・三なんですが、この際に、国鉄貨物赤字が千八百二十二億円出ております。これは本来からいいますと、先ほど私、説明しましたように、原材料輸送費なんかが多いわけで、大企業者がほとんど使っているわけですから、この千八百二十二億円の赤字というのは当然荷主に持たせるべき額なんです。実際の実収額が二千六百七十五億円ですから、これと合算して四千四百億円ぐらいは、かかった経費は当然大企業に持たせるべきなんです。決して、公共財じゃないから私的財だからということで、やめる必要はありません。対価をとればそれでいいわけですから、その赤字分を当然卸売り物価負担させるということが考えられるわけです。ところが、この運賃を倍にしますと、当然荷物が逃げるという現象が出ます。そこで、逃げる先は営業用トラック、または自家用ということも一部考えられるかもしれませんが、いずれにしてもトラックに逃げるわけです。ですからトラックのほうも運賃を管理しまして、その単価を上げてやると逃げなくなります。じゃ幾ら営業用トラックのほうの運賃を上げればいいかといいますと、昭和三十五年から四十五年までに二十九円が二十円に下がったという説明を先ほど申し上げましたが、その二十九円が二十円に下がった分の半分、これは道路がよくなり車も大きくなったということもありますので、その半分はそういう合理化のために安くなったんだと、こう考えまして、あと半分は、いわゆる競争原理の導入で、営業用トラック自家用トラックまたは国鉄と大いに競争を始めたというために単価が下がったんだと、こういう観点に立ちまして、トンキロ当たり四円だけふやして、二十円を二十四円の単価にすれば、貨物国鉄から流れてこないということになります。  ですから営業用トラック運賃も、二十円を二十四円に上げて、そして運賃はピシャッと管理させるということをしますとどうなるかといいますと、この四円上げたことによって、その年の扱いトン数、六百七十三億トン、これを一トンキロ当たり四円上げるわけですから、掛けますと、二千六百九十二億円という金額が大企業運賃負担としてふえるわけでございます。そうしますと、国鉄の千八百二十二億円と、いまの営業用トラックの増加分の二千六百九十二億円、合計しまして四千五百十六億円という金額を、大企業のほうに輸送費をふやしたということになりますとどうなるかといいますと、卸売り物価のほうは、生産財と消費財と二面ございます。生産財は三十九兆九千億円、消費財が二十三兆円、合計しまして六十二兆八千億円、非常にその間口が広いわけです。それにもってきて、その四千五百十六億円の運賃がふえることは、物価指数に対する影響は比較的小さいということになります、この面だけでは。どれだけになるかといいますと、六十二兆八千億に対する四千五百十六億円というのは、〇・七%の影響ということになります。一一一・三に〇・七%の指数をふやしたものを考えますと一一二・一になります。そしてこれは、こちらの場合と同じように、間接波及を入れますと、この場合にはさらに上がる。これよりふえる可能性はあっても、減る可能性はない。少なくとも一一二・一以上になるだろうというごとは考えられます。そうしますと、消費者物価のほうが一一八・五で、これはまだ減る可能性がある。卸売り物価のほうは一一二・一でさらにふえる可能性がある。ということは、一一八と一一二の中間は一一五ぐらいであります。一一五に対して、両方が、片っ方は下がる可能性がある、片っ方は上がる可能性があるということで、一一五に近づいてくることになります。そうしますことは、昭和四十年が一〇〇なんですから、四十五年に一一五の指数にお互いが近づくということは、五年間に一五ふえたということです。五年間に一五ふえるということは一年間に三%です。昭和四十年から四十五年までの五年間に消費者物価指数と卸売り物価指数が三%ずつふえて、そうして消費者物価指数が一一五になった、卸売り物価指数が一一五になったと、こういう状態になるわけであります。  昭和三十五年以前は物価に一つも問題が起きておりません。そうしてそれまでの物価指数の伸びというのは、大体年間、対前年度比で約三%前後の伸びを続けてきておったわけでございます。そうしますと、いま申し上げたような運輸の調整をやりますと、消費者物価指数も、卸売り物価指数も一一五、いわゆる年間三%前後の伸びで、理想的な経済の成長ではないかということが言えると思います。  消費者物価指数の一三〇・八を一一八・五に減すためには、少なくとも三兆五千四百十九億円という金額のいわゆる合理化が必要なわけです。ところが三兆五千四百十九億円というような、消費支出総額の中から約一割程度の大きな金額のものを節約できるものは、これは輸送費を除いては一切ありません。こういう大きな金額を節約できる。生産性の合理化をやらなければ物価は下がらないわけなんですが、三兆五千四百十九億円というような大きな金額が、生産性の合理化ができるということは、いわゆるむだなエネルギー浪費をしています自家用トラックの余分な分ですね、昭和三十五年の四・五倍した自家用車はそのまま残すんですよ、そのまま残して、超過した分だけを営業用トラックに切りかえただけで、物価指数はお互いに年間三%の伸びで五年間進んだということになり得るわけです。  かように貨物輸送費と物価との大きな関連性がございますので……
  53. 長田裕二

    委員長長田裕二君) 澤公述人、まだほかに質問者もございますから、簡略にお願いします。
  54. 澤富彦

    公述人澤富彦君) じゃ、運賃の規制について御説明申します。  先ほどから私、岡本先生の御質問に答えて申し上げたわけですから必要ないと思いますが、営業用トラックのほうも国鉄運賃のほうも、野放しにするのではなしに、やはり公正な運賃、だれに対しても差別をしないという公正な運賃を規制することは、当然私は必要じゃないかと思います。運賃制度は、こういう状態になっているわけです。原価運賃を目ざして負担運賃の規制をやめたわけです。ところが、実際は原価運賃になるのではなしに、逆進運賃になっているわけです。こちらは税金の場合ですが、累進税というのがございまして、非常に金持ちに対して重くかける、貧乏人に軽くかけるという累進税がございます。ところが、比例税といって一定比率をかける税金、それから逆進税といいまして、金持ちに軽くかける、貧乏人に重くかける、一例を言いますと均一人頭税、同じ十万円ずつかけるということにしますと、金持ちは非常に楽なわけですが、貧乏人は非常に重く感じます。  これと同じように、運賃負担力も、上級品に対して、ぜいたく品に対しては重くかける、生活必需品の下級品に対しては安くかけるという制度が従来されたわけです。ところが原価運賃ということで、同一額でいいじゃないか、これのほうが合理的じゃないかということで、この規制をやめたわけです。これになるつもりだったわけです。ところが現実には、これになるのではなくて、大企業には安い運賃、小企業には高い運賃。先ほどから私、説明してきておりますように、大企業原材料輸送費が非常に安くなっております。そして小企業自家用トラック輸送費が非常に高くなっておる、国民全体での輸送費負担が、かように逆進運賃状態になっておるわけであります。  そこでこれをもとに戻す必要があるわけです。この原価運賃になるということは、これは負担運賃よりもさらに強い規制をやりませんと、この原価運賃というものは維持できないわけなんです。決して規制をやめて原価運賃が維持できるということはとうてい考えられません。規制をやめたら必ず逆進運賃にしかならないわけであります。そういう逆進運賃制度の状態が、現在、日本貨物運賃制度全体の運賃制度だと言えると思いますが、これを規制するためには、当然営業用トラックのほうの管理機構というものが必要になってくると思います。  一番自由なアメリカで、トラックの場合、ICCという州際交通委員会がその予算の七割を営業用トラック運賃の管理に充てております。あとの三割で鉄道を管理し、ハス、タクシーを管理しております。七割をトラックの管理にまず充てております。これは管理機構といって、決して民間でやるものじゃございませんで、政府的なものであります。ところが民間的には共同集金制度というのが全国にできております。ヨーロッパのEECの各国におきましても、トラック運賃の管理機構というのは整備されておりまして、ヨーロッパの場合は伝票を検査する制度、共同集金というよりも伝票を検査する制度で運営をされております。運賃の規定の幅以外に出たものは訂正させる非常に強い規制をしておるわけでして、そういうトラック運賃の管理をやっております。日本みたいに、免許だけはするのだが運賃の管理機構は全然ないというのでは、いわゆる逆進運賃になるのは当然なんです。大きな企業者に安くして、自分にやらしてくれやらしてくれと、そして今度は小さな企業が言うてくると、認可運賃の三倍も五倍も取っておるというのがきょう現在の実情なのであります。いわゆる需助運賃になるおそれが当然あるわけでありまして、これを管理するということは、それは国の役割りじゃないか、こう思うわけであります。  この負担運賃を、実際に日本トラックに施行する場合には、荷主トラック会社の中間にその運賃管理機構というものをこしらえまして、この運賃管理機構と荷主との間では負担運賃をとらせるわけです。そして管理機構と業者との間には原価運賃を支払わせる、こういう運賃管理機構が必要かと思います。そうしますと、トラックといえども負担力運賃制トラックの面におけるところの管理が十分に——十分とは言えませんが、確立可態じゃはいかと思います。各国ともトラック運賃の管理、これについては大いに努力をしておるわけでありまして、日本みたいに、むずかしいからもうやめたというような体制ではないわけであります。  次に自家用トラックの規制について御説明申し上げますが、この自家用トラックは、現在小型以上で五百八十万台近くありますし、転トラックは約二百万台近くございます。そうした場合に、この自家用トラックの抑制をおやりになる前に、まずおやりいただきたいと思いますことは、経済企画庁で、各国各地に駐在員が出ておりますが、それをして、貨物輸送費がどれくらい物価に入っているかということのまず調査を始める、いわゆる貸物運賃に対する注意を喚起させるというようなことが、まず準備として必要じゃないかと思います。  規制手段としましてはいろいろございますが、まず第一に、この場合も大事なことは、代替的な輸送機関を準備してからじゃないことには、ただ自家用トラックはエネルギー浪費をしておる、物価騰貴の原因になっておるということで、単にそれを使うなというようなむちゃなことは言えないわけでありまして、おやめなさい、こちらのほうが便利ですよという、いわゆる認可運賃どおりにいつでもやりますよという営業用トラックの準備をして、そして自家用トラックを規制にかかることが必要かと思います。  次に、ドラスチックな方法をとりますと、トラックの製造台数を押えるとか、または燐料の供給量を押えると、これはすでにもうエネルギー資源の浪費を押える意味でアメリカなんかでは始めておるわけなんですが、日本の場合、自家用トラックというものは必要以上に非常に大きくなっておるわけですが、まず燐料の配給面で規制しますと、不要不急の、いわゆる一番積載効率の悪い、利用効率の悪い自家用車からまず使わなくなるという動きが出ようかと思います。  それから直接的な抑制の方法としましては認可制にする、いわゆる自家用トラックを置くといったときに認可制にして、エントリー制限を多少加えていくという方法もあろうと思います。  それから課税の方法としまして、重量税を自家用トラックに少し大目にぼっとかけて、そして徴収された費用でもって生活必需品輸送機関の補償運賃に充てるということが、非常に現在の情勢に合った方法じゃなかろうかと思います。生活必需品のほうには安い運賃を適用しなければならないわけですから、そちらのほうの運賃補助に充てる、そして自家用トラック全体に対しては重量税をかけるというやり方をするわけです。  それから、これは各企業ごとに輸送費のワクをこさえる。これは八兆二千億というような大きな金額になっておって、実際は四兆円ぐらいでいいんだという状態にあるわけですから、浪費を押えるという立場に立つわけですから、交際費が一兆円をこえた、非常にむだな経費だということで各企業にワクをこさえました。それと同じ考え方で、各企業輸送費のワクをこさえる基準をこさえまして、それを越えたものは、決して使用してはならぬということを言うのではないが、その経費の負担を利益から落としなさいというやり方をすれば、これはてきめんに効果があらわれると思います。  それから物品税の場合に、乗用車のほうには課税しておるがトラックに課税していないと、そのためにトラック買ったほうが有利だというような動きも出ております。自家用乗用車のほうは、これは直接その費用が物価に入っていないという面もありますが、ほんとうはトラックのほうが物価に与えておる影響は大きいわけですから、こちらのほうにやはり負担をかけると、自家用トラックのほうに負担をかけるという配慮が必要じゃないかと思います。  生活必需品の輸送を担当するところの配送センター、こういうものを各都市にこさえられまして、米や主要食糧、野菜、魚、そういうものに限った輸送を、いわゆる認可運賃どおりでやるところの輸送設備を各都市に設けられますと、そういう生活必需品がたちどころに下がるということは、これは最初申し上げたようなドイツ人経験に基づいて、日本もそうなるんじゃなかろうかと思います。おそらくそうなるはずです。  以上でございます。
  55. 小柳勇

    ○小柳勇君 自家用トラックの失業者の問題は……。
  56. 澤富彦

    公述人澤富彦君) 自家用トラックの失業者の問題でございますが、現在八百三十万台近くの自家用トラックがおるわけでして、これを半分にしろというふうなことをしますと、これは当然失業が出るじゃないか、もちろんその面からの失業は出ます。しかし日本の総人口の半分が労働人口でございまして、約五千万人が労働人口なわけなんですが、現在は休日を短縮するための人がいないわけです。極端に失業状態が小さくなっておるわけでして、労働条件としての八時間制を七時間制にする、また土曜日をやめるというようなことをしますと、当然人間の数が必要なわけなんですが、その面に充てることによって失業はおそらく出ない。いまやる時期ではなかろうか、こう考えております。  以上であります。
  57. 阿部憲一

    ○阿部憲一君 いままでの公述人のお話、それからまた各委員からの御質問などの中におきまして、大体公述人のお考えというものを理解することができましたんですが、なおかつほんの一、二だけお伺いしたいと思いますのでお答え願いたいと思います。  まず中西先生にお伺いしますが、先生は最後に労使の協調ということを非常に強調されておりました。また先ほどの御質問の中にも、御返事として、国鉄職員の努力ということを御強調なさっておられましたが、労使の協調についての具体的な何か策といいましょうか、具体策、これについてお考えがありましたらひとつお述べ願いたいと思います。  それから井手先生にお伺いしたいと思いますが、今度の国鉄運賃値上げ問題につきまして、先ほど来、庶民の立場国民立場からのお考えというようなことで、お断わりになって御説明なさったと思いますが、私もそれなりによく理解することができましたんですが、運賃値上げ、これは非常に国民生活に影響する、要するに国民の反発を買っているということは私、先生のお考えと同感でございますが、しからば国鉄運賃値上げ、これについて先生は、先ほどタイミングがよくない、ということは、非常に物価騰貴のさなかだからという意味だと思いますが、それじゃタイミングのいいときが近い将来といいましょうか、期待できるか、あるいはまた、じゃ物価がいまのように一一%も上がっている時期でなくて、たとえば三%か五%のときならばタイミングがいいというふうにお考えになるか、その点についてお伺いしたいと思います。  それからさらに、このような運賃値上げ物価騰貴に非常に大きなはねっ返り、影響を及ぼすわけでございますが、しかし国鉄赤字を解消するための一つの手段としての運賃値上げでございますると、それじゃ運賃値上げをしなければあとどうするかということに対しまして、先生からは、これは税金で、言うならば財政負担でというような御意見かと承りましたが、この辺について、もう一度、恐縮でございますけれども御説明願いたいと思います。  さらにまた財政でということになりますると、結局いまの国鉄企業性と申しましょうか、独立採算制というものから一歩、さらに国営的なものといいましょうか、いままでの国有鉄道というような考え方に近づくように思われますが、そのような経営方式をとった場合に、いわゆる能率の向上とか、あるいはサービスの向上ということについて、何か不安がないかというふうに思われるんですけれども、その辺、先生のお考えをお伺いしたいと思います。  それから佐藤先生にお伺いいたしますが、佐藤先生のお立場から申されたかと思いまするが、今度の運賃値上げ、さほど国民生活に影響はないだろう、物価についてのはねっ返りもそうではないだろうというようなお考えでございまするが、しかし私は、いまのような、先ほどからもいろいろのお話がありましたような、非常に物価騰貴が激しい時期におきまして、このような大幅な運賃値上げをするということは、やはり避けるべきじゃないかと私は思います。したがいまして、国鉄の今度の値上げ法案そのものには、私どもとしては反対しているわけでございますが、その辺につきまして、もう一度先生のお考え、要するに国鉄運賃値上げということは、非常に国民生活を苦しめることなんだ、こういう立場に立って、ひとつ政策が正しいかどうかということについての御批判をいただきたいと思うんでございます。  以上でございます。
  58. 中西睦

    公述人中西睦君) 非常に、たいへんむずかしい御質問を阿部先生からいただいたわけでございますが、具体策がもしも私、はっきり言えるならば、先生方からも御支持いただいて、国鉄の対策はもう終わっていたんじゃないかと、そういう協調関係はでき上がっていたんじゃないかと思います。私いま感想を持っているものだけ具体的に申し上げます。  まだ私は、部内における、そういう十一万削減に対するほんとうの意味での広報活動が、ほんとうに徹底されているんだろうか、現場の末端まで。非常に御努力はなさっているんだろうと、私、国鉄当局に対して思いますけれども、その辺が非常に数字のほうが先に出てきてしまって、その中におけるところの先ほどの国鉄の特殊的な労働構造の中で、こういう形で進めていくんだよということが、非常にこまかく末端まで、正しい意味で伝わっていっているだろうか、例のいろいろな事件もあって、そういうものの不信感ができているときですから、非常にそれがむずかしい問題をかかえているけれども、これはやはり努力をしていただくしかないんだと、これは非常にじみだけれども、これをやっていただく必要がある。  第二番目の問題は、先ほども申し上げたように、今後のやはり貨物輸送重要性というようなものは、国家的にも国際的にも重要性を増してまいります。そういう人材は要請されてまいります、社会から。そういう意味で、いろいろな形で再教育を施されることが非常に必要だろうと、私自身が、現在考えておりますと、やはり非常に、職務の業種が専門化され過ぎているんじゃないか。それはまた重要でございます、専門職がいるということは。もう少し応用動作のできる、たとえばほんとうの貨物営業ができるのはどのくらいいらっしゃるか。私、貨物関係のほうを特に勉強しておりますので、見ますと、やはり運転管理だとか、そういうような方面が非常にお強いんですけれども、実際の意味で、現在の物流管理というものに対して、どういうふうに国鉄は対応しなくちゃならないか、そういうような訓練は、やはり私は、これから必要だと思います。そういう訓練ができ上がったときには、私は非常に、いろいろなところの社会から要請される方々になり得るような素材の方々が一ぱいおられるんじゃないか。具体的には、現在私の考えていますところは、この二つでございます。
  59. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) ただいま、大体二点について御質問があったかと思いますが、第一点はタイミングの問題で、現在は事実物価は騰貴しつつありますし、国民も全体あげてインフレムードで危険な状態である、だからこういうときに公共料金を引き上げるということは、最も望ましくないことであるということを、私は申し上げたわけでありますが、それに対して、それならばタイミングというか、時期を得たならば上げていいか、そういう時期は近い将来にやってくるか、こういう御質問であったろうと思いますが、非常にむずかしい問題でございますが、まあインフレであるかないかという議論がそもそもあるようでございますけれども、そういうインフレとは何ぞやという定義は別として、物価が、特に消費者物価がどんどん上がってきていることはもう事実であります。  そういう物価騰貴、貨幣価値の低落というようなことに対する政策というものは、これは一つ一ついろいろ政策がありまして、それこそポリシーミックスでございまして、ただ一つの政策でもいけないし、それからあれやこれやの政策を、何らの連絡もなく、個別的に思いつくままにやってもいけない。これはいろいろの対策、国の政策を有機的に結びつけてやっていかなければ効果はあがらないと思います。もちろん、したがって、そういうようなやり方で経済を安定して、そして安定成長の路線へ持っていかなければならない、国鉄政策というのも、その一環として行なわれなければならないと、そしてそういう安定成長路線へ持っていくことができたときに、それがまあタイミングを得たときでありまして、そのときにあらためてこの運賃引き上げ問題ということが考えられるということ。それでは、それが近い将来かというと、それは国のやり方、非常にこれはむずかしいからこういうことになってきていると思うし、よその国でも、アメリカその他も困っているとは思いますけれども、やはり日本だけについて言えば、ある程度、私が文字を一、二度使いましたあの蛮勇的な政策というもの、オーバーキルでもかまわないというぐらいの心がまえでないと、ずるずるといくのじゃないか。ですから、政府のほうでどういうようなふうにやられるかということによって、このタイミングというものがきまってくるということなんです。  それから、どの程度に値上げをするかしないかということにつきまして、じゃタイミング——一応その安定成長路線に乗ったから値上げがいいかというと、そうはいかないわけで、先ほどからいろいろと納得のいかない点があると申し上げましたわけでして、そういうような納得のできないような点、わかったようでもありわからないような点もある。そういうような事情を国民に対して政府側で、あるいは国鉄側で懇切に説明をして、そして国民の合意を得た上で、どうしてもこれだけのものは運賃引き上げによって補てんし、あとは税金で補てんする、そういう合意を得た上でやる。そういう非常に抽象的でございますけれども、そういうところだろうと思います。時期は政府の政策、インフレ、物価騰貴に対決する政府の政策いかんによってそういう時期が来る。それから国民に対してどの程度親切にコンセンサスを得るために努力がなされるかと、そういうことだろうと、この点、第一問についてはそういうぐあいに考えられます。  それから第二番目はサービスの問題だったと思いますが、大体国営企業というものは非常に非能率的なものであるということはアダムスミス以来、もういわれているわけです。それで、もとは国鉄も特別会計で国が直接やっておった。まさに文字どおり国営企業であったわけですけれども、それではいけない、もう少し民間企業の効率的な経営方式を取り入れ、またサービスもよくしなきゃならぬと、こういうことで公共企業体になったと思います。専売公社、電電公社、日本国有鉄道というものが公共企業体ということになったと思いますが、専売公社は財政収入を目的としているのでちょっと違いますが、とにかくそういうことで、実質的には国営企業のようなものだけれども、民間企業の経営上の長所を取り入れてやろうと、こういうことで公共企業体になったと思うんです。  そしてまた、同時にそれが、独立採算制でいこうというのは、そもそも国が国営企業でやっていくという場合に、なぜそのように非能率的になるかというと、なに赤字が出ても税金で埋めればいいというようなことなんです。民間企業だったら倒産でしょうけれども、国営企業であれば税金というもので埋めてさえおけばいいと、こういうようなことで、きわめて非能率的、無責任な経営が行なわれるということもある。だから公共企業体にして、そしてひとつ独立採算制でいって税金で埋めぬぞと、こういうこともあったと思うんですね。それはそれなりに理由があったと思いますし、またある時期までは、国鉄も今日のように赤字ではなかった時期もある。そういうようなことだったと思うんですが、もとは国鉄はかなり独占的であって、そのためにある程度非能率的でも、あまり赤字を出さぬで済んでおった。ところがシェアがだんだんと、先ほどからのお話しのように低下してきまして、独立採算ということが非常に困難になってきておるという事情ですが、私から言わせますというと、公共企業体であるにしても、これは国がやっていることなんですが、国がこういう事業をやる以上は、独立採算というのはそもそもおかしい。独立採算ができるくらいならば、これは民営に移すべきです。ですから私は、いまの国鉄というものはこれは独占的でもないし、民間の私鉄がかなり発達している。私鉄だけではないトラックもある、あるいはまた飛行機もある船もある。ですから、独占じゃないんです。だから、これはパブリック・ウオンツを、公共欲望を充足する一つの手段でありますけれども、パブリック・ウオンツの中の社会的欲望を充足するための手段というよりも、むしろマスグレイブのいわゆるメリット・ウオンツという、価値欲求といいますか、価値欲望を充足する手段になっていると思うんですね。そういう、話がわき道に入りますと、少し長くなりますのであれしますが、そういうわけで、今日ではこの独立採算でいくべきであるということが不可能になっておると同時に、独立採算であってはむしろならないわけなんです。先ほどから申しましたように、税金分と料金分でいかなきゃならない。その割り振りがむずかしいところであるということを私は主張しております。  したがって税金で埋めるという部分があるとすると、税金で埋めさえすればいいじゃないかという考え方がまた出てきて、非効率的な運営とか、あるいはサービスに欠ける、もとの木阿弥といいますか、もとの特別会計でやっておったときのようになってしまうという心配がある。公共企業体にした理由がないという心配が出てくるわけですけれども、そこはやはり、税金依存ということで、非能率的になり、サービスも悪くなるということではもちろんいけないわけですけれども、そこはやはり公務員というか、公共企業体の運営を預かる方々のこれは一つの責任観による以外にないと思いますね。税金で埋めるから、非能率的であっていいとか、サービスを悪くしていいと、そういうことであっては当然いけないわけです。ですから、そういう心配があるということは確かにある。独立採算制でいけということであれば、うかうかしておれないということもある。そういうことでしょうけれども、それだからといって、そういう効率経営が非効率的になりはしないか、サービスが落ちやしないかということのために、独立採算でいかなければならない、何が何でも財政負担から別個の独立採算でいかなければならないということは、これはおかしい。公共企業体というものにしたということが即独立採算制でなければいかぬということにはならない。そこは心がまえの問題も当然出てくるわけです。デメリットもそれはあるかもわかりません。効率の低下、あるいはサービスの低下ということ。しかし、そのためにもう一つのメリットを失ってはいけないわけですから、デメリットのほうはできるだけ最小限度に押えるという努力というものが必要だし、これはまた制度上、あるいは人間の心がまえというようなことと関連すると思いますが、具体的なやり方ということにつきましては、またいろいろあり得ると思いますけれども、ここではこの程度のことで、ひとつ。
  60. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) 先ほども申し述べましたが、公共料金が抑制ぎみに運用されておるということは事実でございます。昭和四十六年の数字とりますと、十一年に比較して、消費者物価が六倍なのに、国鉄等の運賃指数が三倍程度ということは、その結果であろうかと思います。  ところが、運輸政策審議会の中間答申に実はこういうことが書いてございます。たとえば交通部門がなまじ低料金で大都市通勤輸送に安易に追従対応した結果、交通部門みずからが赤字に苦しむこととなったばかりか、大都市は未知数に膨張し、住民は長距離の過密通勤をしいられる結果になったのではないかという論破もできないわけではない、つまり運賃料金の水準によって投資ができないというようなもの、あるいは必要以上にそこに需要が集まるというようなことというような現象が考えられるというような点から、料金の適正化ということがこの審議会において非常に強く叫ばれたことも、先生御承知のとおりかと思います。  で、われわれといたしましては、この中に立ちまして、実はいつも相悩んでおるというところが現状でございまして、かりにこの物価の問題が、非常に短期的に解決をするというようなことが望めるというようなことであるにしても、この運賃扱い方につきましては、御承知のとおり、非常な時間を要する。その間のタイミングの問題等も、先生御指摘のとおり、あるわけでございますので、やはりわれわれの立場からお願いを申し上げますと、長期的な観点に立って、皆さん方の御了解をいただいて、運賃の適正化をはかっていただくということが、将来、利用するものにとっても利益ではないかというふうに考えておるわけでございます。
  61. 木村睦男

    ○木村睦男君 予定の時間が大体参りましたので、ほんとうに簡単に、二点だけお伺いしますので、御答弁も簡単でよろしゅうございます。  井手公述人に一点お伺いいたしますのは、運賃の形成のもとをなす総合原価主義か個別原価主義かと、いろいろお話がございました。で、井手公述人のお話では、いままで、国鉄の説明等が、ある場合には総合原価主義を唱え、ある場合には個別原価主義を唱えて、その辺がきわめて恣意的であるというお話があったわけです。で、井手公述人のお考えでは、一体総合原価主義に立って国鉄運賃は形成したほうがいいか、個別原価主義に立って国鉄運賃をきめたほうがいいか、それから両方ともある程度調和をとってやるということであれば、あなたが恣意的だとおっしゃっておられるので、理論的に両方を調整、調和した運賃形成をやるということはどういうことなのか。それをちょっと教えていただきたいと思います。  それから澤公述人にお尋ねしたいことは、先ほど来、非常に御熱心に自家用関係トラックのお話がございましたが、御承知のように、トラック運賃は、営業、要するに事業用の運賃はこれは認可制できまっておるわけでございます。自家用車貨物を運ぶのは、これは自家用貨物を運ぶので、運賃という観念はないわけです。もしそこに運賃という観念があるとすれば、道路運送法違反の営業類似行為をやるから、そこに運賃という考えが浮かんでくる。そうすると、営業類似行為をやります場合には、もちろん違反行為ですから、一体運賃をどういうふうに取っておるかということは、調べようにも調べようがないと私は思うのでございますが、あなたのお話をずっと聞いておりますというと、その自家用車貨物運送について、運賃というものが一つの基本になっておるような計算をなさっておられるように感じたのですが、その点はどういうふうにお調べになっておったか、簡単でよろしゅうございますから、お二人とも簡単にお答えをいただきたいと思います。
  62. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) 私は、企業会計上の知識はあまりございませんので、十分なお答えができないかと存じます。  私の先ほどからの陳述は、先ほどもございましたように、国鉄側が、あるいは政府筋で、あるときは総合原価主義あるいは個別原価主義というように、適当にそれを振り分け、利用して政策の論拠にされておる。この辺が納得がいかないということを申し上げたわけです。  ただ、しいて申しますというと、路線別の原価主義というものはこれは必要じゃないか、可能でもあるし。というのは、先ほど申しましたように赤字線というものも二種類ありまして、真の意味で、国民経済的に見て、必要な赤字線というものが、先ほどからの新幹線にいたしましても、これからの新幹線は赤字線のものがかなりある、しばらくの間。そういうようなものを抱きかかえなきゃならない。そこがまた民鉄あるいは私鉄と違った国鉄の特徴であり任務であると思うわけなんです。  さっき申し違えましたけれども、路線別においては個別原価主義が可能であると思いますけれども、しかし路線別的には総合原価主義でいくべきであると思います。というのは、いま言いましたように、真の意味において、国民経済的に見て望ましい必要な赤字線というものがあり得るわけで、そういうのは、民鉄ならば切り捨てるべきだけれども、国鉄は公共性の立場から切り捨てるべきではない、そういうような赤字線ならば。ですから、そういうものは黒字線によってカバーするということが必要になってくる。赤字線だから高い料金で運賃を取らなきゃ間に合わないから高い運賃と。それから黒字線は安い運賃でも間に合うから安い運賃だというように、地域によって、路線によって別々の運賃体系を立てるということは、私は望ましくない。北海道であろうと沖繩であろうと関東地方であろうと、一キロ当たり幾らという運賃ならば、その運賃が適用されるべきであります。したがって赤字線は高い運賃を取らないから赤字になる。しかし、それは黒字線で埋める。そうなれば総合原価主義一緒にして、赤字だから別個の原価主義で高い運賃だと、そういうことはやめるべきである。だから路線別では個別原価主義が可能だろうけれども、総合原価主義でいくべきである。個別原価主義で一応立てて、その上で総合原価主義でいくべきであるというふうに思います。  それから部門別の場合に、これが個別原価主義が可能かどうかということでありますが、これが私自身よくはっきりしない。国鉄側では一応部門別原価主義で貨物旅客との間の赤字、黒字を出しておいて、あとでそれが必らずしもそれとは限らないんだということで、否定的な意向を出されておるわけでありまして、門外漢の私としては、その辺のところに疑惑を持つということを申し上げたわけでございますが、しかし、もし可能であれば、この場合は個別原価主義でいって、特に大企業と個人との間の不均衡ということについては是正しなきゃならぬ。こういうふうに可能であればやらなきゃいけない。それから先ほどのように、設備投資を国で持つと、財政負担で持つというときには、多少御意見もございまして、必らずしも簡単にはいかないという御意見もございましたけれども、かなり部門別の個別原価主義というものは可能ではないかと、こういうふうに思っております。
  63. 澤富彦

    公述人澤富彦君) お答えいたします。  自家用トラック輸送費用というものは、これは価格としてやりとりされたものじゃございませんので、明確に出すことはできません。しかし推定で出すことは可能であります。これは例を農業生産の場合にとってみるとよくわかるわけですが、農家が米や野菜をつくって、それを販売した額、これが農業生産総額になっているかといいますと、そうではなくて、農家の自家生産、自家消費した分、いわゆるわが国の一億人の人口の中で二千五百万人は農家人口とこういわれておるわけですが、自家生産、自家消費した分の農業生産も、また推定で出されて、それを販売額と合算して農業総生産に入っておるのであります。農業総生産を出すことによって、それに対する肥料の計画もできましょう。それからあらゆる計画はすべて農業総生産に入るわけでして、GNPに入っております農業総生産には、いわゆる農家の自家生産、自家消費した分、これは価格として明確には出されませんが、推定でその消費しただろうという量と市場単価を掛けて出しておるわけでございます。  これと同じように、自家用輸送費というものですね、車が走っておりますと当然費用がかかります。それを販売して、それが幾らになったという営業用トラック運賃国鉄運賃の場合と違いまして、自家用トラックの費用というのは、これは推定で出す以外にございません。その推定で出す出し方につきましては、「運輸と経済」といいう昔の本は何通りも出ておりますが、私だけが出したわけでございませんで、幾通りも出し方が出ております。出した方もおられます。私は昭和三十年ごろから四十四年までの毎年の自家用トラックの費用というものを四通り出してみました。その一つの公式はここにございますが……
  64. 木村睦男

    ○木村睦男君 ちょっと、私のお聞きしたのは輸送費じゃなくて、運賃輸送費は違いますから、運賃のことでお尋ねしたので、輸送費のことはわかりますから、けっこうでございます。
  65. 澤富彦

    公述人澤富彦君) だから輸送費運賃とを合計して、それが総貨物輸送コストだと、こう考えて物価への影響を考える必要があるわけでございます。
  66. 江藤智

    ○江藤智君 長時間にわたって、たいへんに貴重な御意見を各公述人方々から拝聴いたしまして、たいへんよく御意見はわかったつもりでございますが、井出先生に一点だけお伺いしたいと思うんでございます。  ということは、今度の財政再建案では、いわゆる独立採算というものは、これはやっておらないと私は考えております。いわゆる先ほどからお話がありました三本の柱でやっておることは御承知のとおり。したがいまして、三兆数千億に上ります過去債務についての利子は、実質上財政再建期間には、これは政府の助成によってたな上げをいたしております。それから将来に対しまする、国鉄の近代化に対する十兆五千億という投資に対しましても一五%の、いわゆる政府出資と、それからその残りのものに対しましては、三分五厘になるまでの利子補給を国がいたしております。したがいまして、十兆五千億の投資に対しまする利子というものは三分というところまで国が助成しておる。したがいまして、ただいま財政投融資などの利子も大体七分でございますけれども、それを三分になるまで国が助成している以上は、五割以上、六割近いいわゆる金を政府が出しておるということになっておりますから、これはもう独立採算と私は言えないと思うんですね。  ただ私が、非常に疑問に思うと申しますか、どこから出して、税金で出していいかどうかという点で迷っておりますのは、いわゆるランニングコストの問題でございますね。ほんとうに、もう利子も償却費も考えないで、人件費といわゆる物件費、列車を動かすだけの金について考えてみた場合にどうすべきであるかということでございますが、四十七年度の収支の内容を見ますというと、これは昨年度でございます。運輸収入に対しまする人件費の割合が七七%でございます。それから物件費、これはいわゆる修繕費であるとか、もろもろの、燃料費であるとかいうような、ほんとうに列車を動かさなければいけないお金でございますが、その物件費の割合が二六%、これだけですでに一〇〇%こえております。利子は一八%でございます。したがって償却費を除きまして一二一%、その中で、利子を除きましても一〇三、四%ということでございますか、いわゆるほんとうに列車を動かすための金がすでにマイナスになっておる。今年度の分は、これは予想でございますけれども、すでに決定いたしておりますのは、仲裁裁定によりまして、御承知のように、千二百八十六億、一六・五%の人件費の値上がりがきまっております。物件費につきましても、最近の卸売り物価の増加の傾向から見ますというと、ある程度の値上がりというものが考えられる。しかし物件費を除きましても大体五、六百億の、いまのままでいけば増収しか考えられないわけでございまするから、人件費の増加だけで約六百七十億というものが、さらに国鉄のランニングコストに穴があいてくる。こういうものも、やはり税金で補うほうが国民のコンセンサスが得られるものであるか、あるいはそういうものについてはやはり、直接国鉄を利用しておる方が負担をなすったほうがいいか、どちらのお考えであるかという点をひとつ聞かしていただきたいと思います。
  67. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) 非常にむずかしい問題でございますが、一つは、この十カ年計画、私よく実はこういう方面あれなんですけれども、十カ年計画でいろいろ、十兆五千億、その中の一五%の出資というようなことで、あるいは利子補給等々で事実上独立採算制はくずれて、国の負担、こういうものがかなり入っておるということ、まずこの点は一応評価をいたしますが、十カ年計画——まあ物価の変動その他は一応別として、あの十カ年計画でもたしか赤字は解消していないで、相当、十カ年計画をやっても、十カ年間再建計画をやってもなお赤字の累積負債、赤字の負債というものが相当残るような仕組みになっておりますので、そこのところが私としては、十カ年間努力されるのだったら、もう少し思い切って出資をふやすなり、思い切った手段によって十カ年間でひとつ赤字解消、債務のたな上げも含めましてそういうことができなかったものだろうか、そういう計画を立てるということは少し無理であろうかとしろうと考えに一つ思ったことでございます。独立採算制をやるのならば、思い切ってそこで、十カ年間でケリをつけると、こういうようなことが、そういう計画が立てられなかったのだろうと、こういうことを一つ考えました。これは全く詳くないしろうとの感想でございます。  それからもう一つは、いろいろ申されましたけれども、人件費の問題でございますが、この人件費の問題は非常にむずかしい問題で、たしかあの十カ年計画でも十一万人ぐらいの整理が考えられておる。これは、いままで国鉄の中に多くの、四十何万人という巨大な方方がおられて、それがまた戦後のいろいろないきさつで、戦争と敗戦というようないきさつで膨大な人員をかかえられておったという事実もあるでしょう。したがってまた、人件費も多くなったということもあるかもわからない。それからベースアップは、これはまたほかの一般のベースアップとの関係で、国鉄の方だけが特に高かったかどうか、私いま急にあれですけれども、普通並みのベースアップが行なわれ、一般並みのベースアップが行なわれていたのじゃないかと思いますが、戦争から戦後へかけてのいろいろないきさつで過大な人員をかかえられておったということはちょっと聞いております。それが十一万人ですか、大体四分の一——現有人員の四分の一ぐらいの整理を十カ年間に考えられておる、こういうようなことがこの計画に入っているようですけれども、この辺のところ、いろいろ問題がデリケートにあると思いますが、ある意味においては、もっと総合的な国全体の産業構造なり労働配置計画との中においてこういう問題も考えなければならないということ、かりにこの十一万人の方のことを考えましても、かりにそうなったとしても、新しい労働配置関係の中で決してその生活条件なり何なりが落ちない、生活が安全である、そういう形において新しい就業戦線に出ていかれる、こういうふうに経済全体の構造なり体質の変化の中でこういう国鉄の十カ年計画も考えていかなければならぬのじゃないかと思います。  それから、人件費が非常にふえていくということで、その金額の計算をしてみますというと数百億になります、これをどうして埋めるか、国の負担か、税金か、あるいは運賃値上げ負担すべきかということでございますが、これはよくわかりませんけれども、国鉄全体の収支の関係で、人件費だけを取り上げて人件費がこれだけで、これに対応して運賃収入値上げがこうだ、運賃値上げ運賃と人件費だけを出して対応させるというのがいいのか、その辺のところですね、運賃収入——運賃値上げすることによって人件費の増大をまかなわなければならぬかとか、あるいは税金で人件費の増大をまかなうほうが合理的であるか、これは一がいに言えないと思うんです。税金で充てるのか、運賃収入なのか、財源が運賃収入と税金と一方にあって、一方にいろいろの経費があるという場合に、物件費は税金だとか料金だとか、あるいは人件費は税金だとか料金だというふうに区別すべきものか、支出と収入と一体そういうふうに分けてやるべきものであるかどうか、私、こういう企業経営の原理について詳しく存じませんので、ここで確たることを申し上げられませんけれども、ただ人件費がふえた、人件費がふえたのを税金で、国民全体の負担でやるのはおかしいじゃないか、国鉄を利用する者が負担すればいいじゃないか、だから運賃値上げで人件費をまかなえばいいじゃないか、国鉄を利用しない者からも徴収する税金というのはおかしいじゃないか、こういうふうに短絡的に言えるかどうか、ちょっと疑問に思っております。
  68. 江藤智

    ○江藤智君 よくわかりました。
  69. 田渕哲也

    ○田渕哲也君 だいぶ時間も経過しておりますので、二、三の点について簡単にお伺いしたいと思います。  初めに澤公述人に対してお伺いをいたしますけれども、国鉄競争力の低下のところで、投資技術革新はけっこうだけれども、トラックとの過当競争を放置しておいてはいかぬということをおっしゃったわけですけれども、そうすると、このトラック鉄道との調整を、先ほどからのお話を聞いておりますと、運賃制度の管理ということをおっしゃったわけですけれども、運賃制度の管理だけでトラック鉄道との調整が可能とお考えなのかどうか、あるいはそれ以外の何らかの調整措置というものもあわせてやられるのかどうか、この点が第一点です。  それから第二点は、自家用トラック営業用トラックの問題でありますけれども、確かに輸送コストが現在営業用トラックが二十円、自家用トラックが百九十円ということをおっしゃったわけです。ところが現在においても、中小企業自分のところの貨物自家用で運ぶか営業用で運ぶかは、自由な選択の余地があるわけですね。それにかかわらず、コストの高い自家用トラックを使っておるのはなぜだろうか、これも先ほど言われた運賃制度の管理を行なえば、この点は解決するのかどうか、あるいはそれ以外に、営業用トラックに現在問題点があるのかどうか、この点についてお伺いをしたいと思います。  それから第三点としましては、貨物等級を減らし均一運賃制物価政策に反する、特に生活に必需物資は特別な措置をとるべきだと言われましたけれども、これはいわゆる負担力主義をとって、生活必需物資運賃を安くして、その分はより高級な貨物によってカバーするという趣旨なのか、あるいは生活必需物資については、特別な政策割引を実施して、その分をたとえば国庫負担をするというような考え方は含まれているのかどうか、この三点についてお伺いをしたいと思います。  それから次に、中西公述人についてでありますけれども、確かに借金依存というのが赤字の大きな原因だと思います。特に数字を見てみますと、借金がふえてきた、これは特に工事費が昭和三十五、六年前後からふえてきております。そして見てみますと、この工事費がふえた、大体それに見合った額が借り入れ金の増加になっておるわけです。したがって、まるっきり借金に頼って工事をやってきたということが、大体明らかだと思うのですけれども、問題は、それなら工事費というものをどうして調達すべきか、もちろん理想的には政府の出資ということが一番いいと思いますけれども、政府の出資と工事費の割合というものをどれぐらいに考えるのが妥当なのか、これからの十カ年計画では、十兆五千億の投資に対して、政府は一兆五千億の出資であります。しかし、そのほかの金利の助成によりまして、まあ大体三%の金利ということになりますと、事実上は半分くらい政府出資で、あとが財政投融資と、財政資金というふうに考えられないこともない、損益の計算上はそう考えられないこともない、この点について、大体どれくらい政府出資があれば望ましいのか、この点についてお伺いをしたいと思います。  それから二つ目は、総合原価主義について修正が必要ということを言われました。そして幹線系線区と地方交通線の分離が必要である。としますと、先生の趣旨は幹線系線区については、幹線系線区の全体の原価によって料金を出す、それから地方交通線は地方交通線の原価によって料金を出して、二本建てにしたほうがいいというお考えなのか、あるいはそうすると、地方交通線はかなり高くなると思います。その分は特別に国あるいは地方公共団体の補助によってそれをまかなうという考え方なのか、この点についてお伺いをしたいと思います。  それから次に、佐藤公述人にお伺いをしますけれども、佐藤公述人総合原価主義はやむを得ない、現状では総合原価主義をとるべきだということを言われましたけれども、特に総合原価主義の矛盾という点で大きく出ておるのは私鉄との関係だと思います。特に大都市近郊におきましては、国鉄の大都市近郊は、黒字線がかなりあるわけですけれども、ところが地方の赤字線の分を負担して国鉄は私鉄に比べて、現在でも割り高になっておると思います。こういう矛盾をどう見ておられるのか。したがって、この総合原価主義というのは、特にその地域における他の交通機関との競争関係において、非常に大きな矛盾があると思うのですけれども、特に佐藤公述人立場から、この問題についての見解をお伺いをしたいと思います。  以上です。
  70. 長田裕二

    委員長長田裕二君) たいへん恐縮ですが、時間も過ぎましたので、お答えを簡明にお願いできればありがたいと思います。
  71. 澤富彦

    公述人澤富彦君) お答えいたします。  技術革新は大いによろしいが、トラック国鉄との競争をやめさせるべきであると、こういうふうに私、申しましたが、これを自由競争させましたところが、いかにも単価が下がったわけなんですが、一面自家用トラックという存在が倍もふえたわけです。この八十円が百二十円になった、片一方、二十九円が二十円に下がったと、総合すれば多くなったと、こういうわけなんであります。そこで私の申し上げたい点は、この自家用トラック輸送費と公共輸送の国鉄並びに営業トラックの費用、全体を足したものが総体的に減るような施策をしてもらいたい、かように考えておるわけでございます。その片面だけじゃなしに、両方総合したものが、輸送費国民負担総額を減すことを考えてもらいたい、こういうふうに考えております。  第二番目のお尋ねの、この自家用トラックのほうは非常に高くつく、営業用トラックは安い、どうして——その選択の自由はあるじゃないか、こうおっしゃるのですが、この営業用トラックのほうの運賃管理をやっておりましたときには、だれにも公平な運賃を要求しておったわけですね。ところが最近は、大企業にだけは非常に安い運賃を申し出て、やらしてくれ、やらしてくれと、こう言うのですが、一見のお客さんなんかがたのみますと、まあこの東京都内で二トン車で十キロぐらいの認可運賃というものが実は二千五百円ぐらいなんです。ところが一回の運賃を一万円から一万二千円、いま取って、しかも陸運局当局は何らそれに対して監督してないわけです。一方、大企業のほうに対して、たとえば鉄鋼の荷主に対しては、二トン車をトン当たり八百円ということで契約しております。二トン車だったら千六百円、民間運賃よりも安い状態であります。  そこで、そういう大きな雲助現象がありますので、自家用トラックを小さな企業者は入れざるを得ない。一回々々一万二千円払っておったのでは商売とうてい成り立たないという考え方のもとに自家用車を入れる。それが非常に数多く、どの企業営業用にやってもらえないということになると、商品を扱っておる企業はすべて自家用車を入れなければ事業の継続はできないということになりますので、ふえておるのでありまして、この営業用トラック運賃を公正な運賃で二千五百円でどの企業に対してもサービスするような状態をつくりますと、自家用トラックを使っておるものが公共輸送の営業用トラックのほうに切りかえるかどうか、一回実験してみるとすぐわかると思います。  それから第二番目の、均一運賃にした場合に負担運賃に戻すのか、こうおっしゃいましたと思いますが、当然負担運賃に戻すことをすべきだ、こういうふうに私申し上げたわけなんでありまして、一挙に全部を負担運賃をきめてこのとおりやれ、こういうわけにまいりませんから、過渡的な方法として、一時国庫から補助しても、まず生活必需品におけるところの特別賃率を、割引した賃率の実現を早急におはかりになって、そして時期を待って高いものから高い運賃を取るという、ぜいたく品からずっと高い運賃を取って、そして総体的な総合原価主義状態、いわゆる負担力運賃制に基づくところの総合原価主義状態に持っていかれることを希望します、こういうふうに申し上げておるわけであります。過渡的なものです、国庫から補うものは。  以上です。
  72. 中西睦

    公述人中西睦君) ではお答えいたします。  私は、やはり運賃交通サービスの対価であるから、最終的には最初に申し上げましたように、利用者負担原則であると考えます。しかし公共負担というようなものが、いわゆる所得分配政策、いわゆる運賃政策の中の一つの重要なこれはメルクマールでもございます。そのために非常に評価できる問題があるわけであります。しかし、それが過ぎますと資源配分がゆがめられてくるというまた欠陥を持っているわけです。だから、できるだけ公共負担は押えながら、できるだけ利用者負担にのっとるべきであるという考え方は、私、従前から持っております。おそらくいままでの過程の中で行政府その他も、その考え方を是認して今日に至ったんだろう。その段階に至った場合に、国鉄財政再建をどうするかという問題に立ったときには、私は公共負担というものの役割りをふやしていかざるを得ない環境に追い込まれてきたんだ。いま現時点において、国鉄のあかを落とさない限り、永久にイギリス国有鉄道のように、非常な国民負担になってしまうんだ。そういう意味で、いま現時点が段階である。では御質問のように、現在の公共負担の額でいいか、これはいろいろ先生方からきょう質問を受けた一つの点でございますが、私は先ほども申し上げましたように、国鉄がこれから非常な努力をして、三本柱の中で考えた場合に、五を受け持とう、それからあとの五を、やはり国鉄の努力に対応して、これは国民全体で持とうという割合の中で、国鉄を基準として考えた場合に、あの金額はある程度妥当であるし、また八という割合利用者負担という形の割合か大きいという点でも、ある意味での国民的なコンセンサスを得られるであろうし、私も納得できる。そういう意味で考えまして、御質問のように、いまのようなあり方で、現時点においては妥当であると考えます。   〔委員長退席、理事江藤智君着席〕  それから第二番目の問題で、総合原価の問題でございますけれども、これにつきましては、私はこの幹線系線区と地方交通線の決定は、これは国鉄内部でなされたものでございます。すなわち前者の幹線系線区は、国鉄が、これからも自分としては経営も運営も可能であるという線区として認定されたものであり、それから地方交通線は、運営はできるけれども、経営としてはこれ以上できないんだということで認定された線区でございます。それでその線区は、これからの経済状況の変化の中で、このままの状態で続くかどうかということは、私は常に国鉄当局が修正を行なっていただきたいと考える線区でございます。そういう根拠に立って、この両線区を分けた場合に、私は前者においては、いままでの関連からいって、収入収支が、それまでの運賃値上げが適正であったかどうかは別として、常にこれがある程度カバーされ、バランスのとれた線区である。私は今後も、その辺ではいろいろな論議があるけれども、これは自主的に国鉄が経営を行なっていくべき線区であろうというふうに考えます。しかし後者の点につきましては、すでにいろいろなところで論議をされておりますけれども、やはりこれは高くなっていいとは、私は申し上げてはおりません。論述のときに申し上げたように、地域の開発、それから国土の総合的な開発との調整、それから地域住民の福祉という三点から考えますと、これは井手先生も言っておられたと思いますけれども、重要な赤字線、国民にとって重要な赤字線、また地域住民にとって重要な赤字線と、そうでない赤字線とに分けられると思います。そういうところで考える場合には、ある場合には、これが国家財政補助という形で、地方住民がそれを分担できないとするならば、これは行なわざるを得ないでありましょう。しかしながら、これは東京の黒字線のものが、その同じ国民であるものの赤字線を全部受け持たなくちゃならないのか、赤字を持たなくちゃならないのかというと、これはまた不公平でございます。そういう点から考えますと、常にいわれるように、国鉄の基礎的な施設並びにそれに関連するようなものを、これを国家が持つとか、または当該地域の住民の直接受益者から工事負担金としてそれを取得するとか、第三セクターの経営に移すとか、いろんな形で、その国民の需要とするネットワークは維持していかなければならぬ。その辺の判断が非常に重要であるし、この分け方も、私は固定的なものでないということを申し添えさしていただいて、私の意見とさしていただきます。
  73. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) 実際原価運賃との乖離ということは、かりに先生がおっしゃいましたような個別原価主義をとる場合にも生ずると思います。たとえば同一路線を走るトラック、あるいはフェリー等の場合にも、新規参入と前からの事業者との間には実際原価との乖離、違いというものはあるわけでございます。この際に運賃をいかに設定するかということは、政策当局の運賃政策の判断に待つよりほかはないのでありまして、必ずしも正確に実際原価に即応する運賃が設定されるということではないと思います。
  74. 山田勇

    ○山田勇君 山田でございます。私がおそらく最終質疑者になろうかと思います。長時間たいへん御苦労さまでございます。簡単に、重複を避けて質問させていただきます。  まず中西公述人にお伺いしたいと思うのですが、今回のこの国鉄再建法というものの十カ年という期限について、できましたら御意見をいただきたいと思います。   〔理事江藤智君退席、委員長着席〕  先ほど来の質疑応答の中で、交通体系変化地域構造変化等述べられました中で、社会変革のテンポが非常に早くなっております。その中で、十カ年という長期の計画を立てられた国鉄側に私は問題がある。先ほど来、立法府責任云々等も出ておりましたが、ここでぼくは、一番重大ないわゆる自然というものを忘れていると思うのです。たとえば、まあこういう小説を引用させていただいてたいへん恐縮かもわかりませんが、最近ベストセラーを続けております「日本沈没」という本を私も一読しました。その中で、島嶼の爆発というのは阿蘇山の爆発だとか海底爆発、北海道の火山帯の活動というようなことが列記されております。事実そのようなことが徐々に新聞等で報ぜられている。そうしますと、この十カ年という計画の中で、そういう大きな天地異変というふうな問題が出てこないとはだれしも断言できない問題だろうと思います。その中で、そういう天地異変というその中、それとまた、そういういろんな地域構造変化とか社会変革のテンポの早い中で、十カ年のいわゆる再建計画を立てられたという点についての御意見を伺いたいと思います。  それと次に、これは井手先生にお伺いしたいのですが、これは私の理解度の確認だということで、もう一度重複をして申し上げたいと思うのですが、さっき最初の質疑の中で、岡本先生と井手公述人の間の質疑応答の中で、若干私もわからないところがありますので、その確認という意味でちょっとお尋ねいたしますが、井手先生のいままでおっしゃった中では、一応国鉄近代化をするためには、これは一つの公共投資であると、そうして総合交通体系というものを維持していくということは、それは全国民に対する利益である、だからこそいわゆる税によって負担をしてもいいじゃないかと、そうして貨物運賃値上げ幅を少し低く押えたらどうかということだろうと思います。岡本先生の発想は、国鉄の近代化をすればこそ旅客運賃のほうにも負担をしてもらって、その中から国鉄近代化をはかっていくと、大きな発想の時点で、こうお互いに意見が違ったのだろうと思いますので、再確認のために井手先生にこの問題をもう一度お答え願いたいと思います。  最後に、佐藤公述人にお尋ねをしたいと思います。東京と関西との私鉄と国鉄の競合路線というのは関西のほうはたいへん多うございます。その中でこの十カ年の間に四回国鉄運賃が上がるわけですが、その四回の中で、民営鉄道が、今後料金の問題に対してどの程度の値上げということをお考えになるのか。端的に申しますれば、いままで国鉄運賃が上がれば若干の期間はおいたにしろ、必ずといっていいくらい民営のほうの運賃値上げの申請が出てきて上がっていくと、もちろんそういうことから考えていきますと、民営鉄道としても、これから四回上がる値上げについてどのようなお考えを持っておりますのか、その点をお尋ねして、私の質疑を終わりたいと思います。よろしくお願いします。
  75. 中西睦

    公述人中西睦君) では、山田先生にお答えさせていただきます。  私個人といたしましては、自分自身がいままで経済予測をし、経済計画を立てた形から申しますと、先ほどからもお答えしてまいりましたように、五年後の問題というものも非常にむずかしい問題がある。だから前提条件としては、いまの環境がそのままで伸びていった場合に、このような形で考えられるということで考えなくちゃならないとすれば、私はある面では、五年というような形で考えたほうがよろしいんじゃないか。しかしながら、国鉄はいま非常なシステムチェンジをしていかなくちゃなりません。これはたいへんな能力不足でございます、いろいろな面で。そういうものを考えますときには、五年単位で考えますと、いろいろな財政投融資の問題から、いろいろな問題がからんでまいります。そういう意味で、一応十年ということを選ばれて、そして非常な御苦心もあったのではないかと思いますが、やっと償却後損益が黒字になりますよという線、非常な御努力もあっただろうと思う。そういう点では、この数字の中に、これはもう先生方すべてが御存じのように、すべてこれは正しいとも言えないし、これをいけないともまた否定できないいろいろな問題があります。だから十年間でお選びになったのは、長期的な投資その中で初めて三本柱というものを大きく打ち出して、そして国家役割りと、また利用者役割りというものも国鉄の努力というものも、それを考えていこうじゃないかと、そういう意味で、大体こういう計画は五年でやめるものでございますが、それでも二十年先とか十五年先とか、私たちはエイヤーでパーッと延ばしますが、そういう形できめるものでございますが、毎年度毎年度出さなくちゃならない。そしてある程度の御理解をいただかなくちゃならない。これがやっぱり私は、苦肉の策として十年が出てきたし、これがまた成否ということは、だれも言えない問題があるのではないかということでお答えをさしていただきます。
  76. 佐藤光夫

    公述人(佐藤光夫君) 先ほどもお答え申し上げましたが、民鉄につきましては、やはり輸送力増強投資あるいは人件費の高騰等によりまして、政府に運賃改定の申請を出しております。国鉄に合わせて、十年間に何回かというような、たいへん御親切なお尋ねがありましたが、はなはだ残念ながら、将来につきましては、そういう具体的な計画はただいまのところ持っておりません。
  77. 井手文雄

    公述人(井手文雄君) 税金か料金かということでございますけれども、国がそういう輸送というサービス国民に提供する場合には、個別的な受益者というものがはっきりしております。と同時に個別的な受益者がはっきりしていない、国民全体に不可分的に効用が与えられる部分もある。そこのところを勘案しまして国鉄の財源としては運賃収入と税金との二つの要因によってカバーしていかなければならない。運賃だけではいけない、税金だけではいけない。国民の生命財産を守るというようなサービスは税金だけで行なわれる。いわばただです。われわれはただで国から生命財政を守ってもらっておるわけです。たくさん税金を出したからといって、民間のガードマン会社のように、たくさんの人が守ってくれるわけではない。そういう意味におきまして、ただなんですね。ただということは、実は税金だということですけれども、個別的にはギブ・アンド・テイクの関係はないのです。これが本来の公共財の性質なんですけれども、効用が可分的なものもありますので、それは個別的な国民国家との間のギブ・アンド・テイクの関係というものが出てきて、料金で財源をまかなう部分がかなりある。しかし国がサービスを提供する以上は、国民全体に、だれということなく不可分に効用を及ぼすものでなければいけない。そういうものがなけりゃいけない。そこのところは税金。ですから、ただというわけにはいかぬと同時に、費用を全部料金でまかなうということもいけないと、これが一般論でございます。  それからもう一つは、もう少しこまかく貨物旅客との関係で、国鉄による貨物輸送のシェアが低下するということは好ましくないので、大幅な貨物運賃の思い切った値上げができないのだ、だから、その部分を旅客運賃の引き上げでカバーするというようなことが、今回の値上げの中にも含まれておるようでございますけれども、それは国鉄の輸送のシェアが、貨物輸送のシェアが低下しちゃいけないのだということは、低下したら総合的な交通輸送体系というものが好ましくない状態になるのだ、国鉄のシェアを高めるということが総合輸送体系というものを適正化することなんだという考え方が背後にあるわけですね。そういうことのために運賃を上げられない。思うように運賃は上げられないということであれば、それは全国民にとって望ましい総合的な輸送体系実現のために国鉄運賃を思うように上げられない、そのための赤字ですから、それは国民全体が能力原則に従って税金によって埋めるということが、まず考えられなければいかぬ。すぐ、国鉄を直接利用している者だけが運賃値上げによって、旅客だけがそれを埋めるために値上げをこの際受ける、そういうことはおかしいのじゃなかろうか。こういうことを言ったわけでございます。
  78. 長田裕二

    委員長長田裕二君) 公述人方々には、まことに長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、ありがとうございました。  これをもって公聴会を散会いたします。(拍手)    午後五時五十八分散会