○土井たか子君 私たちは、いま、心ある全世界の人たちの高度成長日本に対する驚異の眼が一変して、世界の環境破壊と人命の
危機をもたらす、地球侵略の先兵日本という非難に変わりつつある事実を直視しなければなりません。(
拍手)私たち全
国民がいま、有機
水銀と
PCBなどの汚染にすっかり包囲されている今日の事態は、そのきびしい非難を裏書きしているのであります。
政府に対して、一刻も猶予を許さぬ、このわれわれの命運にかかわる当面の重大事について、私は、
日本社会党を代表し、
緊急質問をいたします。(
拍手)
最近、
東京都内において、魚を食べ続けた三歳以上のネコに足がふらつく奇病がふえ始めているといわれます。ある江東区の獣医さんのところに、
昭和四十五年には奇病ネコが三匹、四十六年に七匹、そして昨年は二十七匹も持ち込まれたのであります。いま直ちに
水銀蓄積による水俣病とは断定できませんが、ネコの毛から異常に高い、七二PPMという
水銀が検出されるなど、容疑は十分であります。ネコの大好物の魚が
水銀や
PCBで汚染されてしまったいま、ネコは最初の受難者であるかもしれません。
このことは、かつて熊本県の水俣で、人間が発病する直前に、ネコやカラスや豚などに異常があらわれたことを思い起こさせるのであります。よろよろ歩いていたネコが、ある日、てんかんのような発作を起こし、よだれを流して踊り回り、狂い死ぬ。そして家々からネコの姿が消えていったとき、水俣病は、人間にはっきり姿をあらわしていたのであります。
カネミ油症では、人間の発病が表面化する半年も前に、
PCBが混入したダーク油配合のえさを食べた鶏が五十万羽も死亡しております。
小動物の異常を軽視するとたいへんなことになりかねないと、識者は警告しているのであります。
水銀による健康破壊は、熊本県の日本チッソによる水俣湾沿岸の第一水俣、新潟県の
昭和電工による第二水俣、そしてこの五月二十二日、全
国民にはかり知れない深刻な衝撃を与えた有明海の第三水俣病であります。
第一水俣は、企業と
政府が否定し続けたにもかかわらず、水俣病が表面化してから実に十七年、その水俣病を熊本大学がメチル
水銀中毒と判定してからでも十四年、何ら根本対策らしい対策の講じられないまま、第二から第三、そうしておそらく第四、第五と、その被害は、
政府の高度成長を通じて、重化学工業を
中心とする臨海工業地帯を起点とし、日本列島全域を汚染したばかりでなく、北半球全域から地球全体を汚染し尽くしつつある惨状に目をおおうことはできないのであります。(
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すでに第一水俣病だけで死者は七十八人、そしていま認定されている患者五百五十八人、続々と認定のときを待つ申請者千人余り。だが、潜在患者の数は一万できかないとも、二万をこすともいわれております。いや、私たちすべて、一億総
国民が潜在患者というべきでありましょう。(
拍手)今後二十年、三十年を待たずして、私たちが顕在患者にならないという保証はどこにもないのであります。
そこで、第一に私の問いただしたい点は、
田中内閣の環境保全対策に対する基本的な姿勢であります。生産過程を通じて排出される無機
水銀が川を流れ、海に流れて猛毒の有機
水銀に変身転化するという学説は、もはや定説であり、一たび環境外部に出ても分解されない
PCBは、生物の体内に濃縮、蓄積をされ、しかも、たちの悪いことには、孫子の代に至る慢性毒性を持つというのが常識であります。しかるに、一体、日本の
政府は、この定説や常識をいまだに承認していないのではないかといわれております。環境破壊においては、疑わしき場合といえども、これに対処する対策を確立することが、健康破壊を未然に防止する最も重要な基本的姿勢であることを忘れてはなりません。昨年、
国民のごうごうたる声に押されて、使用中の
PCBすべてを外に流出させないクローズドシステムに踏み切ったといわれる
政府が、満足に、全国の
水銀、
PCB使用工場の
実態を掌握していなかったばかりか、常に事実を
国民に公開することを拒み続けてきた
態度は、公害企業と癒着した
政府自身の行政が
国民に背を向けた公害・汚染
促進行政であったと言わなくて何でありましょう。(
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いま
政府のなすべきことの第一は、すでに吐き出された
水銀と
PCBを完全に封じ込めること、生産過程で使用中の
水銀、
PCBの使用禁止
措置を直ちに講ずることであります。
総理、これができないと言われるのであれば、何らなすところのない
田中内閣の無策と怠慢に対して、もはや被害者
国民の
不信と怒りは爆発寸前にあることを知らねばなりません。(
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さて、二番目の問題は、規制に対する
政府の施策であります。
一昨日二十四日、厚生省はやっとのことで、総
水銀で〇・四PPM、メチル
水銀で〇・三PPMという暫定基準をきめました。これも
昭和四十三年八月に「
水銀暫定対策要綱」が
決定され、その中で
水銀の許容限度を設定することにしながら五年もの間放置し、第三水俣病事件が起きてからやっと
決定するという後手後手づくりであります。しかも、魚介類の基準については、最大の汚染が問題にされているマグロをはずし、摂取量については、感受性の高い妊婦や乳幼児に対する適用を心もとない行政指導にゆだねるという、平均値論の化けものであり、産業調和思想の妖怪であります。(
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それは第一に、乳幼児、妊婦、病弱者にとっては全く救いがありません。第二に、沿岸汚染
地域の
住民、ことに漁民に犠牲を押しつけるものであります。そして第三に、主なる食
生活のたん白源を失い、物価高にあえぐ主婦たちの日常の買いものにはますます不安と
疑惑が高まるものであります。
規制ができると、それがどんなに欠点だらけで
国民から
批判されようとも、結局はまかり通らせているのが
政府の常套手段であります。昨年八月に食品中の暫定安全基準が出された
PCBのときも、そうでありました。
いま、私がただしたいことは、これら
政府の規制基準とその施策についてであります。
政府のきめた規制基準
そのものは、官報の一ページで事足りるのであります。しかし、重要なことは、その規制を維持できる体制が
政府にあるかどうかであります。現実に中央市場に入荷する魚をチェックアウトできる機能がなければ、それは単に絵にかいたもちにすぎないではありませんか。全国の府県、自治体レベルでそのための情報、組織、検査、研究、指導、監視の体制がどのようになっているかを、
政府は御存じでありましょうか。
PCBを測定するガスクロマトグラフィーの機材が、
PCBのメッカ太平洋ベルト地帯や瀬戸内でお話にならないくらい少なく、それを扱う技師の人手不足に悲鳴をあげているという現状一つを見ても、この規制に対する無
責任ぶりが知れるのであります。(
拍手)
PCBも含めて今回の
水銀規制を実効あるものにするため、予算、人員、施設の拡充に
政府はどのような用意があるのか、
総理並びに厚生大臣、これをはっきりお示し願いたいのであります。これを明らかにせずして、一体何のための、だれのための安全基準でありましょうか。
しかし、この際忘れられてならない、より基本的な問題は、そもそも規制の時が間違っているということであります。
農薬にしても、工業原料にしても、簡単な急性毒性テストぐらいを経て、あとは企業の猛烈な生産競争にゆだねているのが、そもそも日本の
政府、行政の間違いであります。(
拍手)農民や消費者
国民は、これらの物質を使うのではなくて、使わせられているのが現実であります。単位
面積当たりアメリカの十倍近い農薬が狭い国土にまき散らされたわが国の、食糧も土壌も人体も、ひどく汚染されてしまうのは当然でありましょう。
企業の活動は何にも増して優先され、犠牲者が出るまで十二分の利潤追求が許され、犠牲者を確認して初めて行政はその対策に取り組む。そしてまた結局、企業には実害のない、
実態に見合った規制値がきめられ、企業は再び代替物質を生産することによって利潤を吸引していく。このメカニズムは、
昭和四十五年の公害
国会で追放したはずの、古い公害対策基本法一条二項にいう、産業との調和のもとに
国民の健康を考えるという、もはや許されない根本思想が、いまだに
政府の手によってまかり通っているということにほかなりません。(
拍手)今回の規制はまさに、水産業をも含め、産業との調和に基づく
政治的妥協の産物であるといわれて、何の反論がありましょう。
水銀汚染の最も悲惨な犠牲者の一人、十七歳の胎児性水俣病患者上村とも子ちゃんの、生まれながらにして動かぬからだで何ごとかを訴えたげなまなざし。その取りかえしのつかない犠牲者が、そのしゃべれぬくちびるからおそらく訴えたいことはこうでありましょう。すべての化学物質が合成され実用化されるまでには、徹底的な毒性テストが
国民に対する公開のもとに慎重に行なわれ、安全性の確認なくして絶対使用させてはならないと。環境庁長官並びに厚生大臣のこれに対する施策をお伺いしたいのであります。(
拍手)
公害による被害は、もはや取りかえしのつかないと言えるほど人間の健康と命、魚介類に及んでいることはすでに述べたとおりであります。
人間の健康被害に関する救済
措置については、今
国会に公害による健康被害損害賠償制度が提案されるなど、幾つか前進した
措置がはかられておりますが、財産や資源など物的被害についてはこうした制度が確立されておりません。
水銀、
PCB等の汚染による魚介類の被害に対し、すでに漁民は直接汚染源企業に損害補償を要求してはおりますが、魚介類の汚染による被害は漁業だけでなく、魚介類の流通を受け持つ仲買い人や小売り商に至るまでその損害は発生しております。
第三点は、これらに対する損害賠償をどのように講ずるのか。また、直ちに漁業及び関連企業に対する損害賠償制度を確立すべきだと考えるのでありますが、明確な答弁を
政府からいただきたいのであります。(
拍手)
次に、魚食民族である日本
国民は、主たん白源をすっかり汚染されているのであります。今日、
国民は食
生活に不安を非常に感じておりますが、
国民のたん白源の確保についてどのように考えられるのか。農林大臣、これを明らかにしていただきたいと思うのであります。(
拍手)
最後に申し上げたいのは、忘れもしない一年前、この衆
議院の本
会議場で、七項目にわたるポリ塩化ビフェニール汚染対策が満場一致で決議されたのであります。あの後、
総理に就任された田中首相に間髪を入れず私は
質問主意書を
提出し、最も汚染のはなはだしい瀬戸内海汚濁対策に対してただしたのであります。
PCBや
水銀など汚染物質対策も含め、この際早急に瀬戸内海対策特別法が必要ではないかとの問いに答えて、
総理の答えは、このときに及んで沿岸
地域の開発のあり方について環境保全面からどうすべきかを検討した、という消極的なものでありました。この際、本
会議決議に従って何一つ実施されなかった
政府の
国会軽視と、末梢療法的な施策に終始している
政府の
態度は、強く糾弾さるべきでありましょう。(
拍手)
どんなに日本列島が改造されても、そこに生きて働く人間の食べものが汚染されて、奇形児や難病、奇病が常態化するような社会がつくられていくのでは、それはまさに日本列島破滅論以外の何ものでもありません。(
拍手)佐藤前首相の新全国総合開発
計画を大きく上回る、
昭和六十年GNP三百兆円を目ざすウルトラ超高度成長政策列島改造論を撤回し、筑波大学
法案や防衛二
法案の強行採決に狂奔する
態度をきっぱりとやめ、いま
議員立法として今回成立を目ざしてわが党がすでに提案し努力している瀬戸内海環境保全特別
措置法の実現に熱意を示されるべきであります。
総理、その熱意のほどを、不安と絶望のふちに追い込まれた
国民の前にただいま明らかにされることを求めて、私の
緊急質問を終わります。(
拍手)
〔
内閣総理大臣田中角榮君
登壇〕