○村山富市君 私は、
日本社会党を代表いたしまして、ただいま
趣旨説明のありました
労働者災害補償保険法の一部を改正する
法律案について
質問をいたします。
先月二十日、水俣病裁判の判決がありました。公害の原点といわれ、争われていたこの裁判は、住民の全面勝訴となったことは御承知のとおりであります。特に注目に値するのは、その判決文に、「いかなる工場といえども、その
生産活動を通じてその環境を汚染、破壊してはならず、いわんや地域住民の生命と健康を侵害し、これを犠牲にすることは許されない」と述べていることであります。これは、戦後一貫をしてとられてきた高度
経済成長政策がすべてに優先をして
生産活動が推し進められてきた結果であり、人命や
生活環境、自然環境の破壊を必然的にもたらしたという今日の日本の姿、
政府や
企業の姿勢に対する鋭い批判となっているのであります。(
拍手)
企業による人命や
生活環境の破壊は、公害問題として広く
国民の糾弾を受けているところでありますが、しかし、より直接的には、
企業内で働いている労働者に日々のしかかっている問題であります。公害や交通事故、労働災害は、日本の
社会の構造そのものが生み出す災害でありますが、労働災害は、そうした
社会的災害の原型といえましょう。労働災害は、
政府においてもその絶滅をたびたび言明されているのでありますが、重大災害は逆に増加の一途をたどっているのであります。労働災害による死者は、毎年約六千人を数え、
昭和四十六年の
業務上疾病は二万九千三百五十六件と、
昭和四十年に比べ五割以上の増加を見せているのであります。特に、最近における労働災害の特徴は、建設業関係に最も多く、死亡者のうち四〇%を占めていることや、PCB中毒に見られるような化学薬品による疾病、冷房病、神経障害、内分泌障害など新しい職業病が
発生していることであります。
私は、最近問題になっている顕著な労働災害の二つの事例を申し述べ、労働災害に対する総理並びに関係大臣の
所見を承りたいと思います。
その一つは、電電公社における労働災害についてであります。
電電公社が
施行している工事関係の死亡者は、四十六年に六十三名、四十七年は八十名に及ぶといわれております。これらの事故は、電柱からの墜落事故、マンホールのガス爆発事故、作業中の交通事故などであります。
そして、これらの事故の
原因は、工事規模が膨大であるのに対し、技術者や安全要員の配置が十分でなく、事前の安全教育訓練が徹底しないこと、工事請負業界の下部構造が三重にも四重にも拡大をされて、保安上の責任が不明確なまま工事が
施行されていること、そのために保安の設備が十分でないことなどによると思われるのであります。末端の請負工事の現場では、出かせぎ労働者が多く、労働
基準法も労災法も安全衛生法もその適用効力が及ばず、無法地帯となって、深夜に及ぶ工事が強行されているというのであります。
国が責任をもってやる工事がこういう現状でよいのかどうか。こうした無責任な事故の多発をそのままにして、新五カ年計画を強行しようとしている電電公社の姿勢は、下請業界のあり方も含めてきびしく追及されなければならないと思います。(
拍手)
まして、
田中内閣の一枚看板である
日本列島改造が、このような現状を無視して推し進められるとするならば、単に、土地の
価格を急騰させるだけではなく、労働災害もまた急増するでありましょう。
第二の例は、白ろう病についてであります。
山林労働者が使っておるチェーンソーや刈り払い機、石山などで使用されるさく岩機など、振動の激しい機械を使用することによって起こるのであります。
わが党の
調査によれば、国有林関係で機械を使用しておる労働者一万四千三百九十七名のうち、白ろう罹病者約五千名、病状を訴えている者のうち、そのほとんどが機械要員として使用を続けているのであります。
白ろう病も早期に治療すればなおるといわれておりますが、病状が悪化をしてまいりますと、ついに廃人同様となるのであります。労働者は、機械を使用すれば病状が悪化することを知りながら、職場をかえられると賃金が下がる、認定患者が出てもあとの補充をしてくれないと訴えているのであります。病状を隠して働いている労働者もいるのであります。
この白ろう病をつくり出しておる
原因は、山林労働者の出来高払い賃金という雇用のあり方、労働環境、低賃金など、労働者を虫けらのごとく扱い、人命を軽視して
生産にかり立てている林野行政にあるといわなければなりません。(
拍手)
以上、最近における労働災害、新しい職業病などについて申し述べましたが、これは、新しい技術や資材、機械装置が、労働者の健康や安全にどのような影響をもたらすかを検討することなく採用されているからであります。労働災害が、その
原因を個人の不注意などに帰せられるものではなく、労働条件、賃金、職場環境、
生活環境、そして職場の安全、衛生、保安施設などに基因するものであり、
国民総
生産資本主義世界第二位という数字の
背景には、人間が物よりも、労働者の生命と健康が
商品生産よりも、軽視され、そのために生ずるおびただしい犠牲者のあることを知らなければなりません。
それらを無視して労働者に合理化を押しつけ、
生産第一主義の
経済政策を強行してきた
政府、
企業に、強く反省を求めるものであります。(
拍手)
総理は、一体、このような労働災害
発生の傾向、新しい職業病の続出などについてどのような認識と
見解を持っておられるのか、所信を明らかにしていただきたいと思うのであります。
また、郵政、農林、労働の各大臣に、労働災害防止についての今後の具体的な
対策を承りたいと思います。
次に、労災法の
内容についてお尋ねいたします。
今回
提案されましたこの改正案は、通勤途上災害を
業務上災害とみなさず、単に保険給付のみを行なうという
内容のものであります。したがって、被災労働者に一部負担をさせるだけではなく、労働
基準法第十九条の解雇制限も受けられないのであります。通勤途上災害を受けた労働者になぜ解雇制限を適用することができないのか、理解ができないのであります。わが党が長年主張し続けてきた、通勤は事実上
事業者の指揮のもとにあり、当然
業務上災害とみなすべきであるという認識と著しく異なるものであり、労働者の期待を裏切るものであるといわなければなりません。
通勤途上災害を
業務上災害とみなすことは、すでに国際的常識であります。ILO第四十七回総会における百二十一号条約に関する
報告書によると、西ドイツ、フランス、オーストリア、ニュージーランド等五十カ国が、
業務上災害とみなしているのであります。なぜ、
わが国において
業務上災害とみなすことができないのか。かりに労使の意見の対立があったとしても、
政府はもっと権威をもってやるべきではないのか、労働大臣の率直な意見を聞かしていただきたいと存じます。(
拍手)
第二に、リハビリテーションの問題であります。
労働者が、労働災害により通常の
業務につくことができない重度の身体障害となった場合、その労働者が働きたいという意欲がある限り、
社会復帰のための必要な施設を利用できるようにすることは当然であり、国の責任でもあります。しかし、現状はまことにお粗末の限りであります。労災による重度の身体障害者が
社会復帰を願って懸命に努力をしておる、そのほとんどの人々が放置されたままになっているといっても過言ではありません。
労災法がその第一条に、労働者の
福祉に必要な施設をなすことを
目的としている法の
趣旨からするならば、現在までの
政府の態度は、そしてその
施策は、きわめて無責任であり、怠慢であったといわなければなりません。労働大臣は、これらの被災者に対してどのような責任を果たしていると
考えているのか、その
見解と今後の方針を承りたいと存じます。
第三は、補償の範囲についてであります。
労働によって身体に障害を受けた労働者が、その障害に対して十分な補償を受けるのは当然でありますが、その労働者の将来はさらに重要であります。労災で負傷したことが職業上のハンディキャップとなり、あるいは雇用の不安定化をもたらしておるこの現状は、何としても改善されなければなりません。
労働災害は、単に災害補償の給付をするだけではなく、リハビリテーションの整備、充実をはかるとともに、職業復帰をする労働者の雇用の安定、労働条件の向上まで含めた労災補償制度とすることがぜひとも必要であると思いますが、労働大臣の
見解を承りたいのであります。
第四は、労災補償制度の認定の問題についてであります。
冒頭に申し述べましたように、労働災害はきわめて多様化しているのであります。そして、現在の労働災害の特徴は、内部疾患、神経障害、化学薬品による新たな疾病が増加をしておるのであります。しかし、現在の労災法は外傷を基本に組み立てられているために、
業務上災害であるにもかかわらず、内部疾患、神経障害の場合、
業務上であるかどうかの認定がたいへん問題となっているのであります。そのために、新しい職業病として認定を受けられるまでに相当の期間を要し、その間被災者は、不安と
生活難に苦しみ悩みながら生きているのであります。しかも現状は、
業務起因性や
業務遂行性から見ても
業務上でないと断定できる根拠もないのに、認定からはずされる場合が多いのであります。
国際的に見ても、イギリス、フランス、西ドイツ等、多くの国々では、
業務上災害でないという反証のない限り、すべて
業務上災害として救済をしているのであります。疑わしきは適用せずというのではなく、労災法の立法の
趣旨からいっても、積極的に救済するという態度こそ必要であると思うのでありますが、労働大臣の
見解を承りたいと思います。(
拍手)
第五は、労働災害補償額の問題であります。
労働災害による補償額はあまりにも低額に過ぎることは、いまさら申し上げるまでもなく、たびたび指摘されているところであります。特に、最近の公害における補償額や、労災が民法で争われた場合の補償額、さらに、現実に労働組合が協約で取りきめている補償額は、すでに一千万円をはるかにこしているのであります。それに比較して労災補償額はあまりにも低く、一家の大黒柱を失い、また、廃人同様になるほどの重大災害にあった本人や遺族の最低
生活すら保障するものではありません。たとえば、月給六万円、日給二千円の労働者が労災で死亡した場合、遺族に対する一時金はわずかに千日分であり、その額は二百万円にすぎないのであります。他の災害補償と違い、労災法が無過失賠償責任制をとっているという
理由だけでは済まされない問題であります。労災法による補償が、他の災害補償と比較をして著しく低いこの格差を、いかなる
方法で公平化する
考えであるか、承りたいのであります。(
拍手)
特に今日、国際通貨がやかましく論議されている国々、すなわち、イタリア、フランス、西ドイツ等と労働災害による遺族年金を、ILO百二十一号条約の
基準である妻と子供二人、三人家族の場合を比較してみますと、日本の五〇%に対し、フランス六〇%、西ドイツ八〇%、イタリアは九〇%となっているのであります。さらに、その給付の最高限を見ますと、日本の六〇%に対し、フランス八五%、西ドイツ八〇%、イタリアは一〇〇%となっており、ILOの
基準をはかるにこしているのであります。
政府は、ILO百二十一号条約の
基準だけを取り上げて、
わが国もようやく国際水準に達したと、おくめんもなく宣伝をしておりますが、それがいかにまやかしものであるかは、この数字が明らかにしております。しかも、日本の場合は、約四カ月分にも相当する期末手当などは、給付の基礎額に算定されていないのであって、外国の場合とはたいへん異なるのであります。しかるに、給付する場合は算入しないにもかかわらず、健康保険法の改正案に見られるように、総報酬制と称して、取るほうは期末手当からも保険料を徴収するというこの
政府のやり方は、まさに盗人たけだけしいといわなければなりません。(
拍手)労働大臣の
見解を承りたいと思います。
最後に、総理にお尋ねをいたします。
以上、幾つかの問題点を指摘してまいりましたが、ILO条約に示された
基準は、到達すべき目標ではなく、乗り越えるための最低の一つの
基準にすぎません。
わが国の現行労災法は、国際的水準から見てもきわめて立ちおくれた低いものであり、そのワク組み、補償の範囲、認定の問題、補償額など、
社会、
経済の変動に対応し得ず、はなはだしく現状にそぐわないものとなっているのであります。したがって、わが党は、この際全面的な法の改正を要求するものでありますが、
経済大国をもって任ずる総理に、現行労災法の抜本的改革をはかる決意があるかどうか承って、私の
質問を終わります。(
拍手)
〔
内閣総理大臣田中角榮君
登壇〕