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森喜朗君 私は、自由民主党を
代表して、ただいま
趣旨説明のありました
国立学校設置法等の一部を改正する
法律案、いわゆる
筑波大学法案に関し、
政府の所信をただしたいと思います。(
拍手)
かつてアメリカの
プリンストン大学の
卒業式で、一人の優秀な
学生が表彰されたことがございます。
大学総長に名前を呼ばれ、その
学生に表彰状が渡されようとしたその瞬間、突然
学生は叫びました。「
総長、待ってください。私が表彰されるべきではありません。表彰されるべきはあの人であります。」そう言うと、その
学生は
父兄席の一隅を指さしたのであります。そこには、すでに頭に白いものがまじった
老婆がほほえみを浮かべてすわっておりました。
学生は再び叫びました。「先生、あの
老婆は私の母親です。私が今日あるのは苦労して育ててくれたあの母のおかげです。きょう表彰されるべきは私ではなく、あの私の母です。」こう言うと、
学生は、
老婆の手を引いて演壇の前に立ったのであります。(
拍手)満場、寂として声なく、やがて万雷の
拍手がわき起こったのであります。この親思いの
学生こそ、後の
プリンストン大学の
総長であり、やがてアメリカ合衆国の大統領となった
ウッドロー・ウィルソンその人であります。(
拍手)
さて、ひるがえって
日本の
大学の
現状、
日本の
大学の
卒業式の風景はいかがでありましょうか。
三月二十五日午後、私の母校である早稲田
大学で、
卒業生、
父兄九千人を集めて
卒業式が開かれました。
卒業生の
代表は何と言いましたか。「私
たちは
うしろ髪を引かれる思いで
キャンパスを去る。
学園は荒廃している。暴力の嵐の前に、私
たちにはむなしい
脱力感しかなかった。諸悪の根源は
大学当局と硬直化した
教授会にある。責められなければならないのは、無気力で無責任な
大学当局である」ときびしく批判しているのであります。(
拍手)他の
大学も大同小異の
卒業式の光景であるやに聞いております。親子の情愛も、師弟のあたたかい交流も見られない荒廃とした
大学の姿。
冒頭に、まず
目標感覚を喪失した現在の
大学の実態を指摘して、さらに、本日御列席の
総理大臣、
関係閣僚、また国民の大いなる期待を一身に受けられている
国会議員各位が、現在の混迷した
教育を根底から究明して、新しい
教育百年を踏み出す歴史的な年であることを自覚して、勇気をもってこの課題に取り組むことが、
政治家としての命題であろうと訴えるものであります。(
拍手)
警察庁の調べによると、これまでに
内ゲバで
死亡者を出した事例は、四十四年七月、中央
大学で
同志社大生が
死亡した
事件以来十件、十一人を数え、昨年だけでも、二件の
死亡を含め、
内ゲバは百七十四件に達し、三百二十二人が負傷しているのであります。全国四十四
大学が何らかの形で、学内の教室、
研究室、寮が
学生に不正
使用されているのであります。
こうした
大学の
キャンパスが荒廃している背景を究明するためには、現在の
大学が
教育、
研究にふさわしい
環境に置かれているのかどうか、これまでのしきたりや
制度に致命的な欠陥があるのではないか、そうした根本的な問いかけがなければ、いまの
大学の問題の
解決にはならないと思うからであります。(
拍手)
「
白雲悠々と去り、またきたる」とは
白居易の詩であります。「
白雲なびく駿河台……」明治
大学の校歌であります。しかし、今日、東京の
大学のどこに
白雲がなびき、
白雲がゆうゆうと来たりて去る
大学がありましょうか。あるのは薄よごれたスモッグであり、
教授と
学生の不信の念であります。
四十六年十月に、文部省が実施した中学校及び
高等学校の
生徒の
進路指導に関する調査で、
大学進学の
理由を、希望する職業につくため必要だからと、将来の
就職用実利一本張りの
生徒が実に四四%と、断然トップを占めており、豊かな教養を身につけたいという答えはわずか一一%にすぎないのであります。
青春のほとんどを灰色の
受験勉強に費やす
学生が、それでもようやく
目的の
大学に入学できたとして、彼らがそこで見るものは、お粗末な
教育施設と十年一日のごとき講義、そうして、緑も森もグラウンドもない、暗くてせせこましい
大学の姿なのであります。マージャンにうつつを抜かし、喫茶店に入りびたり、五月病にかかる
学生がふえるのは、ある意味では当然かもしれないのであります。多少元気のよいのが、こん棒でもふるってやろうかとなるのも理解できないことでもないのであります。
しかし、
受験勉強のみに
少年期を過ごした、主体性のない、
付和雷同的学生の多いこのごろでは、
特定の、無責任な政党や
革命家にあおられて、
羽田デモ、
成田闘争とエスカレート、一連の
赤軍派事件、
浅間山荘、テルアビブと、
世界にまでその罪悪を及ぼすに至っては、私
ども政治家は、これに目をふさいでおられないのであります。(
拍手)
まず、
総理にお伺いをいたしたいのであります。現在の
高等教育のあり方、
大学の
存在価値、これが
教育百年を迎えた
成果なのか、率直なお
考えを承りたいと思います。
こうした
現状分析と、大都市における
教育環境の悪化を
考えますとき、
筑波大学の新
構想、つまり、
自然環境にも恵まれ、新しいシステムによる
研究学園都市の建設は、まさに時宜を得たものであります。(
拍手)
この全く新しい
国立大学の誕生は、
教育の
創造革新への道に通じ、
巨大科学時代に一石を投ずるものであり、これこそ、
世界史にいどむ
日本の若者に新しい
哲学思想をもたらす場であると信じて疑わないのであります。(
拍手)
しかし、これで現在の
大学問題のすべての
解決にはなりません。この
構想は
一つの
自主的解決でありますが、このほかにどのような方策をなされようとされているのか、
文部大臣の具体的な
方針を伺いたいのであります。
次に、今回の
筑波大学について若干の
質問をいたすのでありますが、その第一は、
予算規模であります。
この
構想の総額は約六百億円、四十八年度が五十億となっておりますが、はたしてこの
程度の
予算で、真に二十一世紀の社会に沿い得る
大学が建設されるのかといった素朴な疑問であります。
この三月十九日、私は
筑波に参りました。緑の森の中にタータンのトラックが伸び、広大な
スペースに
球技場、
体育施設が点在し、ところどころには池もある。それは実に牧歌的で、青年が活力を発散させるにふさわしいみごとな
環境をまのあたりにして、深く感銘したのであります。
ところが、目を転じて、
教授、職員の
宿舎となる
住宅団地を見て、今度は深い
失望感に襲われたのであります。これが未来を先取りする
教育研究者の住む
住宅とは申せません。都心の
団地と同じ
程度の、従前の
公務員宿舎と全く変わらない。
大蔵官僚の頭には、この
構想に理解ができているのかということを、問いたださずにはおられないのであります。(
拍手)
大蔵大臣、
文部大臣、この
計画に関し、両省間の連絡がはたしてできているのか。どのような
協力体制をお
考えなのか、両
大臣のお答えをお願いしたいと存じます。
ただでさえ、内職には不便だとか、ガマの出るところなんか高度の
研究はできないなどと、
理由にならない
理由を唱えている学者もいるやに仄聞しておりますが、少なくとも、
研究できる書斎くらいは完備して、また、
学生たちに、「おい、君
たち、今夜おれの家で
すき焼きでも食わぬか」と言えるぐらいな
スペースを用意しなければならないと思うのであります。(
拍手)
学生と
教授の断絶が埋まり、肌の触れ合いが
すき焼きでできれば、
住宅投資も安いものであります。入れものは
内容をつくる、形が
内容を整えると申します。大
学校舎にしてもそうであります。
先年、私は
モスクワへ参りました。あのレーニンの丘の上にそそり立つ
モスクワ国立大学の威容を見て驚きました。三十七階
建て、二百五十メートルの
中央棟。スターリンが何と一九五三年につくったものだそうでありますが、上のほうが雲にかすんでいる。まさに
白雲なびくであります。このくらいのやつをつくらないと、気宇壮大な
研究、
学問なんぞできないのではないか。ひとつ百階
建ての校舎を建築して、てっぺんに上がれば、霞ケ浦はおろか、太平洋が見える、そのぐらいりっぱなものをつくるように、
関係閣僚にお
考えをいただきたいのであります。(
拍手)
質問の第二は、人の問題であります。
学長の
補佐役として副
学長を五人置くということでございますが、どういう人材を置くか、その辺の
構想を伺っておきたいのであります。と申しますのは、この人材いかんが、新
大学の性格決定にたいへん影響があるからであります。
私見でございますが、
世界各国のノーベル賞受賞者を思い切ってどんどん招聘して、副
学長や
教授陣に加えたらいかがでありましょうか。
学問の国際化がいわれておりますが、聞くところによりますと、国際舞台で通用する学者は、
日本の学者のうち三割もいないそうであります。外国のまねばかり、横のものを縦に翻訳する
程度のことしかしていないから、自然科学、人文科学とも人材不足の感があるのであります。そうして、若い有能な学者は、すばらしい
研究環境の与えられている外国へ行ってしまう。頭脳の流出が叫ばれてから久しいのに、何
一つ歯どめをかけていない。これは政治の怠慢であります。ドルをため込むばかりが能ではない。輸出入で申せば、頭脳の出超ではなく、入超でなければならぬと思います。この
構想を
推進する機に、たまり過ぎたドルで
世界じゅうの優秀な頭脳を集めて、この
大学に来なければ利用できないというような
世界最高の
研究器材を購入すれば、これはドル減らしとして一石二鳥の効果があると
考えますが、いかがでありましょうか。
総理のお
考えをお伺いしたいと存じます。(
拍手)
さらに、現在の
計画では、既存
国立大学の出店
程度に終わってしまう。天下り
教授の就職先の
一つとなり、特に医学専門
学群では、白い巨塔がまた
一つふえるだけの結果になりかねないのであります。この際、一部学者の都合のよい閥づくりにならないように、歯どめをかけておきたいと思いますが、
文部大臣の明確なる御決意を伺いたいと存じます。
最近の
大学の
現状を見るにつけ、
大学教授の無能が露呈されてきております。紛争
一つ見ても、理想と口はうまいが、手をよごそうとはしない。極端なものは、
学生のセクトと取引して身の保全を
考え、
教授が現行犯でも起こさない限りその身分は保障され、講義をしなくても学校にぬくぬくとしておることができるという。任期制も配置問題も、議論されながら、いまだ
政府としての確固たる指導
方針が出てこないのは、一体どうなっておるのか。今回の法改正にも全く取り入れられていないのは、
政府の弱腰であると思う。国民は正しいことと正しくないことのけじめをしっかり見ていると思いますが、この際、
総理の御決断が必要と思われます。御決意を伺いたいと存じます。(
拍手)
質問の第三は、こうしてできたすばらしい
環境と施設、豪華けんらんたる
教授陣の
筑波大学方式を、積極的に他の
大学にも及ぼすべきではないかということであります。
大学自治あるいは
学部自治に対する干渉になるのではないかという批判をおそれるのあまり、
筑波方式の導入は各
大学の自主的
判断でということを、しきりに
政府は強調されているわけでありますが、私に言わせれば、よき
考え、よき方法はどんどんと各
大学で採用されてしかるべきであり、憶病になることは毛頭ないと思われるのであります。(
拍手)
ある全国紙のコンピューター調査によりますと、
国立大学の拡充を希望している国民は、何と六三%の多きにのぼっているということであります。
筑波大学は、単に
東京教育大学の場所的移転ではないと思います。従来の型にとらわれない、全く新しい開かれた
大学をこしらえるのだという心意気が大切なのであります。(
拍手)正々堂々とその
教育効果を世に問い、
日本の
大学の範となる
大学づくり、他の
大学の改善、改良の引き金的存在にするよう心がけてほしいと思うのであります。(
拍手)全国民が期待した田中
総理の国土改造
計画、この
計画の柱こそ新
研究学園構想でなければならぬと思います。
四十八年度
予算要求のありました新
研究学園公団の
構想がなぜ実現しなかったのか、今後再
検討の
計画がないのか、
大蔵大臣のお答えをいただきたいと思います。
また、さきごろ広島県西条町に総合移転をきめた広島
大学、在日米軍が返還した春日原地区への移転を希望している九州
大学、さらに、現在金沢城の中に
建てられている金沢
大学、赤旗やゲバ棒に貴重な文化財が侵されている
現状を考慮して総合移転を要望しているのでありますが、いずれも用地、膨大な
予算に行き詰まっているわけであります。
この際、
総理の御決断で、四十八年度
予算に計上されている新
学園建設調査費を有効に活用され、続いて次年度から、
学園公団方式でこれら地方
国立大学の拡充
整備を
年次計画で建設されるお
考えはないか、所信をお伺いしたいのであります。
以上、私は問題点の二、三を指摘いたしたのでありますが、野党その他
関係者の批判、また、最近配布された民主
教育を進める国民連合の反対
理由、大体列挙いたしてみますと、
一、
学長の権限強化で
大学の自治と
学問が侵される、
二、これを突破口に他の
大学に導入する、
三、
教育が国家統制の道を歩む、
などがあげられているわけでありますが、大体、私の
質問に対するお答えでそのすべては解消されると思うのであります。(
拍手)
なかんずく、
政府が
教育に責任を持ち、
教育の
運営にその責任を果たすための施策を行なうことは、大なり小なり差はあろうとも、
世界のいずれの国でも当然のことであります。社会党や共産党が目標とされている社会主義諸国に
学問の自由があり、国家管理が全くないとでも思っておられるのでありましょうか。もうそろそろ時代の
進展の中で
考え直す時期に差しかかっていると思うのであります。まして、変化に富む現代から未来にかけて、いかなる人間づくりをするか
教育が志向せねばならないときに、旧態依然とした
教育論争では、
教育の進歩のためではなくて、政治のかけ引きのために
教育をもてあそんでいると批判されてもしかたなかろうと思うのであります。(
拍手)
学問の自由と独立は、私どもが命をかけて守らなければならない原理の
一つであることは論をまちません。私もその点の認識では人後に落ちないと自負いたしております。と同時に、ビッグサイエンス時代にはビッグ投資がなされていなければならないというととも真理であります。公害企業に投資するのではありません。
学問の
研究に投資をするのです。これなくして
日本の将来はあり得ないと思うのであります。
私
たちの子供、孫、子々孫々に残すものは、土地でもなければ金でもないと思います。残すにふさわしいもの、それは新たなる文明を創造するに足る頭脳、英知、教養であります。(
拍手)
田中
総理、失礼ではありますが、
総理は
大学へはおいでにならなかった。にもかかわらず、苦学努力をされ、一国の宰相におなりになった。学歴偏重の社会にあっては、
日本の若者に大きな夢と希望を与えられたのだと思います。(
拍手)
そこで、
大学をお出にならなかった
総理が、その
内閣の責任において、二十一世紀の文明のゆりかごともなり、母体ともなる真の
大学を後世に残す、これほどすばらしい業績、遺産はないと信じます。(
拍手)
事柄は、私どもの祖国
日本国家の進運にかかわる問題であります。
総理はじめ
関係閣僚の大胆かつ率直な御答弁をお願いして、私の
代表質問を終わります。(
拍手)
〔
内閣総理大臣田中角榮君
登壇〕