○下徳
公述人 私は、現在、
国会で
審議されております
健康保険法などの一部
改正案について、働く者の
立場から、
労働者の
立場から
意見を申し上げたいと思います。
今日、
医療に関する一番の
問題点というのは、患者数が非常にふえるに応じた現状の中で、
医療の供給体制というものが完全であるかどうかという問題と、
医療費が高くつくことについての不安と疑問、こういったものが非常に大きな問題としてあるのではないかというふうに考えます。
私たちが加盟をしております総評が、ことしの二月に北海道、新潟など
五つの都市で十九の国立、公立病院を対象にして
医療に関する実態調査をいたしました。この中で明らかになったことは、やはり
医療費が高くついているということ、しかもその
内容は当初予想したよりはるかに高額であったという事実であります。たとえば
家族五割
給付による病院への
治療費の支払いよりも、
差額ベッド料の問題なりあるいは付き添い費の問題食事の補い費の問題、雑費の問題など、その他の費用というものが、この病院に支払う
医療費よりは多くなっているという事実が明らかになってまいりました。特に
差額ベッドの問題付き添いの問題あるいは食事の補いの問題については、今日の
医療供給の実態をまさに如実に物語っているものではないかというふうに考えます。一番の問題は、
差額ベッドについて厚生省の見解では、希望する人のみが入るということになっておりますけれども、実態は普通ベッドより差額部屋の多いのが今日の病院の実態であるかと思います。また、病院によりましては差額部屋が六〇ないし七〇%に達しており、いわゆる患者が選択の余地のない、まさに強制的に入らざるを得ないといったのが現状のようであります。
このことにつきましては、私ども調査をいたしました長野日赤病院のある患者は、
保険で支払う部屋はほとんど空室にはなっておらず、どうしてもその部屋に入ろうと思えば一カ月も待機をしなければならない、自分たちの病状からいって待つわけにはいかないので、しかたなく差額部屋に入ったということを言っております。このことばが、今日の差額部屋の問題が個人の選択によらずして、まさしく強制的にその部屋に入らざるを得ないという実態を如実に物語っているのではないかというふうに考えます。またその
差額ベッド料も、御存じのように一日五百円から千円あるいは二千円となっており、それだけ支払うだけの値打ちのある部屋になっているかと申し上げますと、ベッドとベッドの間はただカーテンで区切っておるだけであり、そのベッドは木でつくられており、ぎしぎしとして非常に病人にふさわしくないものになっており、あるいは、冷蔵庫なり自炊施設というものがほとんどないというのが今日の
差額ベッドの
状態であるわけであります。
付き添いの問題にいたしましても、基準看護であれば付き添いをつけなくても行き届いた十分な看護が行なわれるのがたてまえになっておりますけれども、看護婦不足による看護体制の不十分から、軽い
病気の人を除いて付添人をつけざるを得ないというのが今日の実態であります。その費用も一日千五百円から二千円、非常に大きくかさんでおります。
病院の給食につきましても、入院患者の九割の
人たちが非常に不満を持っておりますし、そのため一日百円から二百円、自前でもって食事の足りない面を補っております。もちろん病院という特殊な
環境の中で、それぞれの個人の好ききらいがある中で、病院給食のみをもって一〇〇%満足されるということはないと思いますけれども、その不満の
原因が、病院
経営の合理化や下請によって給食材料費を切り詰めたり、あるいは料理士、配ぜん婦、看護婦などの要員不足から来ているとすれば、大きな問題でなかろうかというふうに考えます。
このようにして
医療費は、かりに本人が一日千円の
差額ベッドに一カ月入院して
治療を受けたといたしますと、食事の補い費、雑費を合わして大体四万円から五万円の費用がかかっているということであります。もちろんこれは
治療費あるいは診療費とは別のものでありますし、これに付添人をつけるといたしますと、高額な費用がかかるということが明らかであります。
家族の場合はどうかと申し上げますと、それぞれの
病気の
内容によって違いますけれども、
治療費として毎月三万円から四万円、手術や検査の多い月は何と十万円から二十万円という高額
医療費が必要となってきております。これでは、貧乏人は
医者にかかれないという昔のことわざどおりの
状態というものが、今日の実態というふうになっております。したがいまして、これら入院患者のほとんどがその費用の捻出に困っており、何とかならぬのかという訴えを私どもにしております。
しかもこの
医療費問題は、単に
治療費問題だけにとどまらず、ひいては家庭
生活そのものを根底からくつがえし、あるいは夫婦離婚の問題にまで発展することを、この実態調査の中で入院患者が非常に心配をしているという事実を注視をしなければならないというふうに考えます。
なぜ、これだけ
医療費が高くつくかということを考えますときに、その理由は厚生省当局も十分に承知のこととは存じますけれども、私なりに考えてみますと、今日の
国民の健康
状態、受診率の増加、すなわち
医療の需要が拡大しているにもかかわらず、それに
対応した十分な
医療の供給体制というものが、あるいは
医療保障というものがなされているかどうかということが大きな問題であろうかというように思います。
昭和四十六年、厚生省の
国民健康調査によりますと、
国民の有病率は人口千人当たりで百十・三と、
昭和三十七年の五十三・七に比べましてまさに二倍強というように発表されております。これは
国民十人当たり一人は病人かけが人だということであります。当然のこととして、年齢が高くなるにつれて急カーブにふえております。特に私どもが重視をしなければなりませんことは、一歳から四歳の乳幼児が
昭和三十七年が三十・六であったものが、
昭和四十六年では九十二・四、三倍強となっているこの事実は、次代をになう乳幼児の健康破壊がきわめて早いテンポで進んでいるという事実を私どもは見のがすわけにはいかないと思うわけであります。
また傷病の種類別を見てみましても、循環器系統あるいは呼吸器系統の患者が約三倍、消化器系統におきましても約二倍になっており、患者数も
昭和三十五年に四百四十九万人、
昭和四十年五百八十一万人、四十六年には七百二十四万人と著しくふえているという事実は、御承知のとおりかと思います。
このことは、大気
汚染によって、せきやたんがとまらない、あるいはのどが痛い、鼻がただれるという病人がふえている事実を物語っているものでありますし、このことは明らかにもうけ第一主義の高度
経済成長のひずみが、産業公害は
日本列島をなめ尽くし、食品公害と薬の害などは人間のからだにまさしく赤信号を点滅させているという、
環境と健康破壊の結果を生ぜしめたといっても、私は過言でないというふうに考えます。それだけに、
政府と大
企業の責任がきわめて大きいといわざるを得ないのであります。
先ほども
吉田先生が申されましたように、私ども働く者は好きかってに
病気になるわけではありません。
病気やけががこうした社会的な要因から生じたものであるとするならば、これこそ
政府と大
企業の責任において十分なる保障をすることは当然であろうかと思います。
しかしながら、現在の
政府の
医療行政を見てまいりますと、率直に申し上げまして、私先ほど申し上げましたように、高額
医療費の例に見られますとおりに、これとは全く逆の方向に行政がなされていると言えます。たとえば国立、公立病院の社会性、公共性ということを忘れて、いわゆる独立採算制、
企業化の方向に移行するというこのこと、安上がりの
医療費政策による
診療報酬制度の問題あるいは医師や看護婦不足の実態を放置をしていることなどなど、
医療保障の抜本的な対策が全くなされていないという事実を私は指摘せざるを得ないと思うわけであります。
いま一番重要なことは、交通事故や公害などの
生活環境、社会
環境からいかにして
国民の命と健康を守るかということであります。
医療の社会化、公共性、こういうものが叫ばれている今日、
病気やけがをした場合は、いつでもどこでも無料で
医者にかかれるようにすることこそが、
政府の
医療行政の中心でなければならないというふうに考えます。そのためには私は、これから幾つかの
問題点について、特にこの機会に要請なりお願いをしたいというふうに思います。
その
一つは、私も先ほど申し上げましたように、真の
医療行政というもの、真の
医療を保障させるためには、
給付の
改善はもとより、当然にして
家族を含めた十割
給付というものを早急に確立をしてもらいたいというふうに考えております。
家族の五割
給付、
国民保険の七割
給付では、もちろん
給付がないよりはましだというふうなことはいえますけれども、多額の自己
負担というものを余儀なくされている
国民生活に大きな影響を与えている事実は今回の調査でも明らかになりましたけれども、
政府の考えております
家族六割
給付と、高額
医療の
負担については三万円の
改善点を示しておりますけれども、この六割
給付は五割に比較をして五十歩百歩というにすぎないのであります。しかもこの高額
給付の問題については、一レセプトについて三万円をこえる
給付では、第一には一カ月三万円の
負担が可能な家庭というものは非常に少ない、あるいは第二には一レセプト三万円というのは一人一カ月三万円をこえる場合ということであり、
家族一人一人が三万円をこえた場合にしか
給付をされていないこと、あるいは第三には総合病院の外来ではいわゆる内科とか眼科とかあるいは外科とかいうように二つの科以上にまたがって診療を受けた場合でも、一科ごとに三万円をこえる
給付をしなければならない、こういうことが事実であるとするならば、実際に考えているほど
給付改善にはならないのではないかというふうに考えているわけであります。したがいまして私はこの機会に強く、
家族を含めた
医療費については十割
給付というものを
実現をしてもらいたいというふうに考えます。
その第二は、差額徴収の問題であります。あるいは患者
負担による付き添いの廃止の問題、いわゆる
診療報酬以外の
負担を一切なくするということについて私は処置をしてもらいたいというふうに考えます。
先ほども申し上げましたように、現在
家族給付五割による病院の診療費の支払いよりも、
差額ベッドの問題あるいは付き添いの問題あるいは食事の補いの問題は、まさに診療費よりたくさん払われているという事実から考えまして、私はどうしてもこの問題についてメスを入れなければならないというふうに思います。したがって、 こういった問題について患者
負担が増大をするというこのことについて、早急に是正をしてもらいたいというふうに考えます。
第三の問題といたしましては、病院給食の
内容の貧弱と、あるいは給食時間というものが非常識に早いというこの苦情を、何とか患者の気持ちを率直に吸い上げる、そういった処置をしてもらいたいというふうに思います。
第四には医師並びに看護婦をはじめとする
医療従事者の充足の問題であります。すでに御承知のとおりでありますけれども、
日本病院管理学会が
昭和四十二年に行なった
世界病院管理専門調査報告によりますと、国際的な一般水準の
医療従事者数は百ベッド当たり二百人から三百人と報告されているものに対しまして、
わが国では同じ百ベッドで六十人
程度になっているのが今日の実態であります。これは厚生省の調査でも明らかになっております。したがって、
世界的な水準に比較をして三分の一から五分の一の人数では、とうてい
医療内容の充足ということができないわけでありますから、こういった面につきまして、少なくとも医師並びに看護婦を含めた
医療従事者の充足の問題について大きくメスを入れなければならないというふうに思います。少なくとも最低基準というものを設定をして現行
医療法に基づくそういった基準を大幅に引き上げることが急務であろうというふうに考えます。
〔
委員長退席、山下(徳)
委員長代理着席〕
第五の問題といたしましては、今日のいわゆる
政府の安上がり
医療費の政策の問題であります。
現行の
医療法は、御存じのように
医療審議会におきまして
医療機関と
医療費の二点を
審議するということになっておりますが、
医療審議会では
医療費問題を
審議することなく、
医療費決定にあたっては中医協すなわち中央社会
保険医療協議会が大きな役割りを果たしておりますし、その中医協は
医療費値上げに要する財源と
保険財政との関係にとらわれざるを得ない性格を持っておりますし、したがって
保険財政が先に立つ以上、必要な
医療の確保より大
企業中心の
健保組合のふところぐあいと
政府管掌健保における国の
負担を少なくさせる傾向のもとでは、
保険財政に従属をし、
医療内容の充実を無視した
診療報酬制度になっているというのが今日の実態であります。しかも
日本の病院の八〇%は民間の病院によって占められ、しかも独立採算制というたてまえをとらざるを得ないという実態から、
差額ベッドの徴収の問題その他雑費徴収の問題についてはどうしてもそのことを避けて通るということにはならないと思います。したがいまして私は、使用者と国の責任でまともな
医療内容が保障できる
診療報酬制度の確立を急ぐべきであろうというふうに考えます。
〔山下(徳)
委員長代理退席、
委員長着席〕
第六には、国立あるいは公立病院を大幅に増設をして、あるいはできるならば民間病院に対する公費補助をしてはどうかというふうに考えるものであります。教育問題などでもそうでありますように、
医療は、先ほども申し上げましたように、いつでもだれでもがどこでも十分な
医療を受けられる、こういうふうな
権利としての
医療保障が確立されなければなりませんが、そうした
医療の公共性あるいは社会性に立つとするならば、
日本の病院の八一%、診療所の九五%が独立採算制をとらざるを得ない私的
医療機関に占められている現状から、国及び地方自治体が運営する国立、公立
医療機関を大幅に増設をして、その国公立の病院が指導的な
立場の中で
医療機関配置を行なう必要があるのではないか。この際特別会計制や地方公営
企業法による独立採算的な運営を排し、一般会計からの大幅な繰り入れによって
医療サービスに徹することこそが、今日
国民全体が望んでいることではないかというふうに考えます。したがって公共性の
立場に立つならば、採算
医療の弊害になっておりまする設備費の問題あるいは運営費の問題について大幅な公費補助というものを何とか考える中から、
差額ベッドの徴収禁止の問題、付き添いの費用徴収の問題あるいは
医療従事者充足の問題について義務づけを行なうことが、今日非常に重要な問題でなかろうかというふうに考えているところであります。
第七番目といたしましては、
医療従事者の資格、教育体制の確立であります。
先ほども申し上げましたように、今日の
医療供給体制から申し上げまして非常に看護婦不足は慢性化の傾向にありますし、そういった面から考えまして
医学、
医療の進歩に即応した資格
内容というものを持たせるとともに、その教育の面におきましても、充足の面におきましても、公費による体制というものがはかられなければならないというふうに考えているところであります。
こういったもろもろの問題について抜本的な対策を考えなければ、今日
医療行政という問題、
医療保障という問題が、先ほども申されましたように、
保険あって
医療なし、こういうことをいわれてもしかたがないのではないかというふうに思います。このようにして、今日早急に解決しなければならない
医療制度の確立に目をそらしながら、ただ
政府管掌健康保険の
赤字解消を
保険料の値上げという勤労
国民の犠牲と
負担の増大によってなされようとする今回の
健康保険改正案には、どうしても納得ができないものでありますし、反対をするものであります。
しかも、この
赤字原因の問題は幾つかあげられますけれども、特に製薬単価と薬剤ウェートの高さにある事実に何らメスを入れることをせずして、抜本的な
赤字解消にはならないと思うのであります。
いずれにいたしましても、
政府は、今日の
医療の現状から考えまして、
医療の社会性、公共性に見合った
医療供給の拡充をはかるとともに、
医療費を軽減させるなど、
医療保障
制度の
抜本改正をはかりながら、
国民の
要望にこたえていただきたいということを強く申し上げたいと思います。
最後に私は、
わが国の
健康保険制度が
病気の予防、保健指導食餌療法、栄養指導などの対象になっていないという欠陥を持っておるということについてであります。疾病の発生
原因にメスを入れ、非常に強い勢いで上昇しております有病率の問題あるいは患者数の増大に歯どめをかけるための処置というものを何らかの形でしなければならぬと思います。特にそのためには予防
医療の確立についてぜひとも取り組んでいただきたいということを最後に申し上げまして、私の
意見といたします。(
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