○
豊田参考人 一昨日こちらのほうから御連絡をいただきまして、さっそくにおじゃまをいたしました三重県議会に議席をいただいております
豊田でございます。私は四日市に住まいをいたしておりまして、御
承知のように、昭和三十五年以降四日市
公害の問題がたいへん大きく喧伝をされるわけでありますが、ずっと住まいをしております
関係で、若干
経過をたどってみまして、気のつきました点を申し上げてみたいと思うわけであります。
たしか昭和二十四年ごろだったと思いますが、占領軍の政策から解放されまして、石油精製が自主的に手がけられるということになりましてから数年たちまして、昭和三十年代に入りましてから、旧四日市海軍燃料廠の
あと地に石油コンビナートを形成をしようということが方針としてきめられました。四日市には御
承知のように、南のほうに第一コンビナート、まん中に第二コンビナート、そして北側に第三コンビナートが形成をされて稼働しておるわけでありますが、昭和三十一年に三菱油化、昭和三十二年に四日市昭和石油が立地をいたしまして、すでに稼働しておりました三菱化成あるいは中部電力三重火力発電所等々と結合いたしまして、四日市の石油コンビナート、いわゆる第一コンビナートが形成をされていくわけでありまして、旧市街地域をまたいでコンビナートが西のほうに伸びていったわけであります。並行しまして、先ほど申し上げました第二コンビナートが、大協石油を中心にして形成をされてまいります。さらに霞ケ浦というところの地先の公有水面の埋め立てを行ないまして、第三コンビナートが立地稼働をしておるわけであります。
御
承知のように昭和三十五年に
東京築地の中央卸売市場におきまして、伊勢湾の魚はくさい、これから入る伊勢湾の魚については厳重に検査をする必要があるということが発表されました。県の水産課が調査をいたしました結果は、臨海工業地帯の周辺四キロにわたる地域でとれる魚についてはほとんど油のにおいがする、さらに周辺四キロの外周面でも七割
程度の魚がくさい、こういうことが発表をされました。魚が買いたたかれるということになってまいりましてから問題がクローズアップされてきたわけであります。
私どもも地元におりましてよく海へ釣りに出かけたわけでありますが、そのころからくさくて食えない、釣ってまいりまして焼いておりますと変なにおいがする、さしみにいたしますと変な油のげっぷが出るというふうなことになってきたわけであります。そうしたして多量の排水中に含まれる油による魚の
汚染から出発をいたしまして、騒音とガスの苦情、さらには刺激臭のガスが出る、小学校の休校を余儀なくされるというふうになってくるわけであります。
三十六年に入りますと、市の
公害対策
委員会が四日市の磯津地区の亜硫酸ガスをチェックいたしましたところ、他の地域の六倍近い数値が出たというふうに報告をしておるわけであります。そういうことで磯津における新しいタイプのぜんそくの問題が表面に出てまいります。
昭和三十七年に入りますと公立病院での無料診断、
公害防止の市条例の早期制定、国に対する陳情、こういうことが議会で問題にされます。同年八月になりまして、県立の大学の塩浜病院で
公害病患者の検診が開始をされることになります。十二月になりまして初めて亜硫酸ガスの測定器が
関係地域に設置をされる。
三十八年に入りますと大量の降下ばいじんによる
被害、刺激臭のガスの増大ということにだんだんとエスカレートをしていきます。そして磯津地区の漁民と
公害企業との間に、排水口を土のうでふさぐというトラブルが起きてまいります。そしてこのころになりまして第二コンビナートが完成をしていくわけでありますが、ようやくにして政府の
関係者が現地四日市を訪れて調査を始める、こういうふうな形になってきております。
昭和三十九年の十月、四日市市議会におきましては、
公害が
原因と診断された
患者の治療費の全額
負担を早期に実施することを決定いたしまして、市長に要請をしておるわけでありますが、昭格四十年度より
公害患者の医療費無料化が進むわけであります。四十年の五月になりますと、第一回
公害認定患者十八名が決定をされる、
認定が見られるということになります。
四十一年から御
承知の昨年結審のありました
公害裁判の準備が始まるわけでありまして、七年を経ましてやっと裁判の結果が出てくるということに相なります。そういたしまして、裁判をやったのは九名が五つの
企業を相手どって七年越しにやったわけでありますが、その
あと磯津地区の住民百四十名の
公害患者による
企業を相手にした自主交渉が行なわれまして、裁判とほぼ同水準の
補償が得られたというふうなことになります。
現在三重県では、御
承知のように協力財団の設置をめぐりまして、先般来
患者側と財団側との間にかなり激しいやりとりがありましたし、トラブルがございました。これは協力財団が設置をされましたときの
補償の額が最終的に問題にされておるわけでございますが、その前提となる加害者が明らかにされ、当然のこととしてそれらが
被害補償、
救済をするということが明確にならなければならないという前提があっての紛争でございますが、これが現在県、市が入って調整が進められておる、こういうことでございます。
そこで私どもは地方におりまして、まず発生源対策をきびしくやらなければならないということを早くから主張をしておりました。やればできるものをなぜやらないのだということを言っておったわけでありますが、なかなか規制が整ってまいりませんでした。とにかく発生源対策をきびしくやりませんと、
公害の
被害はますます拡大をされていく。とどまるところを知らない。発生源対策をきびしく行ないながら当面
被害者の
救済に全力を注ぐべしということを主張しておったわけでありますけれども、なかなか市なり県なりという一地方公共団体の
立場に立っての問題の取り上げとしては、問題が複雑でございましたし、非常に大きな問題であったわけであります。さらにまた、財政的にも地方自治体はたいへん弱いわけでありまして、十分な対応能力を持ち合わせてはいませんでした。私どもはそのように見ておるわけであります。一日も早く国のほうが発生源対策、
環境基準をきびしく整えてもらいたい。そして明確に発生源等の対応ができるように整えたいと思っておりましたし、
被害者に対する
救済、
補償の
措置につきましても四日市が独自に手がけまして、かなりたってから昭和四十四年にそのための
特別措置法ができたわけでありますけれども、こういった
経過を見ておりますと、国のこの種の対応がきわめて手ぬるい、こういう感じを免れないのであります。たとえば排水中の油分、先ほど申し上げました伊勢湾の油のにおいがする魚を何とか始未をするとしますと、排水中の油分は一PPM以下に規制をしなければだめだというふうにはっきりしておるわけでございますけれども、経済企画庁によります実際の規制は暫定
措置として昭和四十一年、異臭魚が出ましてから七年後のことでありますけれども、石油化学は三PPM、石油精製は四PPM、合成ゴムは九PPMというふうな段階にとどまっておったわけであります。これでは防ぎようがないという結果に相なります。昭和四十六年になりまして三重県の独自の条例規制ができました。活性汚泥法という方法を使っての、一PPM以下に規制をするということが出たわけでございまして、四日市で実施をされておるわけでございます。
東京の異臭魚事件以来実に十二年目の話であります。このように
公害対策が後手後手に回っておるということから、最近争われております、やまれない住民の気持ちとして四大
公害裁判がその結論が逐次出てきておるわけであります。さらにまた亜硫酸ガス、ばい煙規制をとってみましても、国の規制値はたいへん手ぬるい数値でございます。しかし最近それらも逐次整備をされてきておりますので、さらに一段とこの規制がきびしく整備をされていきますことを心から期待したいというふうに
考えるわけでございます。先ほど若干触れましたけれども、手ぬるい行政ベースではとても自分たちのみずからかかえる問題の始末ができないという
公害患者の気持ちざらにまた、それでは拡大をされてくればどうにもならぬじゃないかという、地域住民の支援をする体制が逐次
企業に対する抵抗の姿勢を高めてまいりまして、新潟、熊本の水俣病、富山のイタイイタイ病、四日市の
公害裁判の結審、そういうことに進んできたのだと思います。結果は御
承知のとおりでございますけれども、それぞれ地域ごとに、対象ごとに共通な点もございますけれども、特異点もそれぞれございまして、判決が示されました。将来
公害にどう対応するかについて大きな示唆をしておるのだと思います。今日私どもがここに呼ばれまして、
公害に係る
健康被害の
救済に関する
特別措置法を発展的に
公害健康被害補償法に改めていこう、そのために
意見を述べてもらいたいということでございまして、まかりこしたわけでありますが、このように新しく改善をされていく、従来は医療
補償のみでとどまっておったのが、さらに拡大整備をされようということについては、大いに賛同をしたいところでございますけれども、繰り返すようでございますけれども、
公害にかかるいろいろな規制とともに、なぜ
救済のこの種の
法案がもっと早く整備をされなかったのかというふうな感じがするわけであります。ここで今日皆さん方が御
審査をなさっております
法案につきましての
意見を申し上げたいと思いますが、何せ先ほども申し上げましたように、一昨日の連絡で、きょう出てきて何か
意見をというお話でございましたので、なかなか十分に資料を整えて記録を求めるというひまがございませんでした。思いつくままに申し上げますので、この点はひとつお許しを賜わりたいと存じます。
まず、
被害者の迅速かつ公正な保護をはかるための諸
条件を整備をしていただきたい。これはいろいろなことがあると思いますけれども、
患者の側から申し上げますと、どうも市なり県なりへ行って
お願いをすると手続がうるさくてしょうがない、
認定をされるまでたいへんいろいろ日数がかかるし、めんどうな手続が要る、こういうふうなことがございますし、さらにまた、かかる病院につきましても、近くにいい病院があります場合にはそう問題はないわけでありますけれども、四日市のぜんそく
患者のような状態でありますと、空気清浄器がついてないといけませんし、暖冷房の設備もある
程度整っておらないと困りますし、ベッドもきちんとしておらなければなりません。そういうふうな行政上の事務手続上の問題、それから
あとで収容される、ないしは通院をする病院の内容整備の問題これは特に
お願いを申し上げておきたいと存じます。内容整備と申しましても、器だけがりっぱでありましてもやはり看護婦さんなり担当のお
医者さんなりがきちんとおっていただかぬと困るわけでありまして、案をみせていただきますと、病院がそれぞれ指定をされるようでありますけれども、特に公的な病院にはこの種の
患者を収容する受け入れ態勢を十分に整えられるように、公的にひとつ御配慮をいただきたいと思う次第でございます。
それから、先ほども問題になっておりますけれども、地域及び疾病の指定の問題でございます。
四日市では、同じ四日市市内といいましても、道路
一つ隔てて指定地域と指定外地域の境があります。線路
一つ隔てて境がございます。しかも
公害対策のための
企業の側の投資ないしは公的ないろいろな
条件の整備の
関係で、地域指定のされておる中身を見てみますと、年次的にやはり変化がございます。先ほど坂口先生からもらい
公害という話が出ておりますけれども、これは、四日市の南にあります楠町に隣接をして、
公害裁判で有名になりました磯津地区があるわけであります。すぐ隣地でありながら、四日市のほうは地域指定がなされておる。楠は指定がなされていない。しかも第三コンビナートの隣接の地区である。わしらは四日市から
公害をもらって、何もしてもらえぬということから、もらい
公害の話が出ておるわけでありますけれども、地域指定をいたします際には、
環境の変化に十分にそのつど対応ができるように、これはいろいろと変化をするわけでありますから、その変化に応じた判断が的確にそのつどできるという状態を整えていただきたい。これは国のほうでそういう御示唆をいただきますれば県のほうで十分に対応していくであろうというふうに思います。かつて
公害激甚地であったところが、最近ではそうではなくなってきている。と同時に、たとえば煙突が高い煙突にかえられて拡散が行なわれ、範囲が拡大をされていく、こういうふうなことがあるわけであります。したがいまして、先ほど黒あるいは灰色、あるいは白というふうにおっしゃったわけでありますけれども、私は、まっ白だと確認できる地域は除外をされるのは当然でありますけれども、少なくとも
影響があると思われる地域についてはすべて指定地域として
認定をすべきではないか、このように
考えるわけでございます。
それから、
患者を一人一人お
医者さんの診断に従って
認定をしていかれるわけでありますけれども、
患者個々人の体質にもいろいろと問題があるように思うわけであります。それからお
医者さんの判断のしかたにも、お
医者さんそれぞれによって判断があるのであろうというふうにも思うわけであります。したがいましてこれらを公平、厳格に、どう取り扱うのが適当なのかは、私は
専門ではございませんのでよくわかりませんけれども、少なくともトラブルが起きないような方法をひとつぜひ見つけておいていただきたい、かように思うわけであります。
それから次に
補償給付の問題でございますけれども、従来の医療給付からさらに各種拡大をされて給付をしよう、こういうふうになっておるわけでありますが、先ほど触れました四日市の協力基金財団がいま四日市
公害患者と対応しております中で問題になっておりますのは、昨年の七月二十四日、
公害裁判の結果として出されました給付ないしは
補償の額、それから
患者の自主交渉によって出てまいりましたその種の水準、これに水準を合わしてもらいたいという希望がたいへんに強いわけであります。県のほうも財団に対してできるだけ水準を合わせるようにという指導をしてきておるわけでありますけれども、各種の裁判でこの種の給付についての一応の水準がそれぞれに出ておるわけでありますから、これよりも見劣りがするということでは、せっかく法を制定をしていただきましても、なかなか住民に期待をされるものには結果としてならない。したがいまして、これらの
公害裁判の結果出てまいりました給付の水準とのバランスをひとつ十分に御配慮をいただきたい、かように
考える次第でございます。
さらにまた、原案を見せていただきますと、
あと整備をしていかれる内容がたいへん多いわけであります。
政令によって定めるというふうに記載をされておる部分が多いわけでありまして、中身はよくわかりませんけれども、四日市の県立大学塩浜病院の入院
患者の事例を若干申し上げてみたいと思うわけでありますが、先ほど申し上げましたように、四日市が医療費だけをめんどう見ましょうということでスタートをさせました。そして
生活のめんどうを見ようというところまでいっていなかったわけでありますが、そういうときの事情を見てみますと、一人前の漁師さんが
公害患者として
認定をされる。そしてしばしば発作を起こす。しかし、一家のにない手でありますから、そうそう病院に安心をして寝ておられない。かせがなきゃならぬ。漁ができるときにはこのときに魚をとって売っておかなければというせっぱ詰まった気持ちだと思いますけれども、行ってみますと、病院のベッドにいらっしゃらない。どうしたのだということを聞いてみますと、ここで寝ておったのでは
生活ができませんという返事が返ってくるわけでありますので、そういうことがないように、
公害患者が安心をしてベッドに寝ておれるような
生活の補てんまでもやはりしてあげないと、
公害患者に対応することがむずかしいのではないか、こういうふうに思うわけであります。
さらにまた財源の問題でございますけれども、発生源が中心的な役割りを果たす、そして国と地方公共団体がそれぞれの分に応じて
負担をして事務経費を担当する、こういうことのようであります。しかしながら、
公害発生源を持つところ、持たないところ、さらにまたその規模がきわめて大きいところ、小さいところ等、いろいろ状況が異なりますし、御
承知のように三割自治といわれるほど地方の財政余力は十分ではございません。試算をする資料がございませんので見当がつかないわけでありますけれども、ところによってはかなり膨大な持ち出しが必要になるのではないか、こういうふうな気がするわけであります。常でさえ弱い地方財政を圧迫することのないように、国の交付金なり助成金なりの配慮をさらに
お願いを申し上げておきたいと思う次第でございます。
最後に、昨今の世相にかんがみまして、昔のように食えないという時代ではございませんけれども、諸物価の高騰が相次いでおるわけでありますし、消費の高度化、多様化が進んでいる中にありまして、夫婦共かせぎというのが一般の庶民の
生活の実態ではないかというふうに思います。そういう状況でありますから、必要経費は特別に制限をせずに支給されるという内容部分はよろしいわけでありますけれども、絶対額をきめるという部分につきましては年々歳々社会情勢が変化をしていく。勤労者の賃金を見ましても年額一万四千円をこえる賃上げが行なわれるというふうな御時世でございますので、この固定部分についていつまでも見直しをしないというふうなことではなしに、きめこまかく社会的に対応できる水準に常に配慮をしていく、こういうことを最後に
お願いを申し上げたいと思う次第でございます。
冒頭申し上げましたように、十分にお話を申し上げる内容整備ができておりませんので、思いつくままに大きく五つほどの問題に区切りまして
お願いを申し上げた次第でございますけれども、よろしく
お願いを申し上げたいと存じます。以上でございます。(拍手)