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白木参考人 私は
武内教授と同じように病理学者でございますが、その中で特に脳のあるいは神経のほうを
研究しております神経病理学者というようなそういう立場にあるものでございますが、きょう午前中のいろいろお話を伺っておりまして、それから、四月の二十六日にやはり同じようなこの
委員会が持たれて、そこでも私証人として出てきてしゃべったわけでございますが、きょうこれからまたどのような議論が展開されますかわかりませんが、私はやはりきょうの午前中と、この前ございましたような
委員会と
二つの問題が同時に折衷されたものが真実の姿ではないのかというような感じがいたしますので、そういうような視点に立ってお話し申し上げたいと思います。
それから、まあ私、時間も短いことでございますので詳しくは申せませんが、つい最近、岩波の講座で現代都市政策という講座が出ておりますが、その中で市民の健康というのを私受け持っておりまして、それをやっと書いて書き送ったものがございます。これは数カ月
あとに出ると思いますので、その中に
水銀汚染についての詳しい
データを書いておりますので、また何かの参考にしていただけたらと思います。
私自身は、これから申し上げますことの中で、午前中のお話を伺っておりまして、第三
水俣病も重要でございますけれ
ども、あまり議論にならなかった、
水俣地区それ自体の新しいどうも
患者の発生があるという点がむしろ私は重要ではないのかと思っております。午前の議論にもございましたように、第三
水俣病というのは、おそらく第二の
水俣病であった新潟の
水俣病と同じような時期に発生しているということでありますし、そうだとすれば、他の
日本の
地区にも同じような
工場があったわけでございますから、第四、第五の
水俣病が発生してくる。
——発生といいますか、もしやれば必ずその実態が把握できる。そういう可能性がある。
しかしそれよりもむしろ重要なことは、現在
水俣湾の魚の
水銀量は、
メチル水銀にしまして、〇・一から〇・五
PPMの
メチル水銀を持っておる。これはほかの海域の魚の
メチル水銀に比べますと明らかに高いわけでありまして、おそらくマグロと同じぐらいの量を持っておる、そういうことだと思います。そして
武内先生もすでに最初にお話しございましたように、私は数は忘れましたが、現在
水俣地区で
慢性にじわじわと
水俣病が非常に発生している。これはここ数年の新しい発生であるというようなお話がございました。
水俣地区は
メチル水銀汚染の濃厚なところでございますから、
初期の
汚染というのは特に
沿岸の漁民には相当高いはずでありた。がしかしその当時は
発病していなかったわけですけれ
ども、やはり漁民というのは魚をよけい食べる。その魚自体が市販のマグロと同じぐらいの
メチル水銀を持っておるとすると、
初期の上積みにまた新しい
汚染というものが起こって、それがだんだんと蓄積されていく、そして新しい
発病が起こっている、こういうことではないのか。この点の議論があまりなかったわけでございます。
この問題がもう少しはっきりしなければならないということ、このことを、私この前にもお話ししましたような、
日本のほとんどすべての国民のからだの中に
メチル水銀がたまっているという事実とあわせて
考えていかないといけないのではないのか、そういう気がいたしますと同時に、問題は
水銀汚染だけではなくて、数日前もPCBが問題になっている。あるいはBHCあるいはカドミウム、これは四大公害
汚染物質でありまして、
日本は世界の百倍近くあるいはそれ以上の蓄積量を持っている、こういう事実であろうと思います。したがいまして、問題を
水銀あるいはPCBあるいはカドミウムというふうにばらばらに
考えて、そしてそれに技術論的に、またそういう現状を認めたままの中で魚をどれだけ食べたらいいとか、あるいはその魚の
水銀の量で規制をしたらいいとかいうような
考えではもう済まない問題がある。したがって、やはり本質的には、なぜこのような
汚染が起こってきたのか、またこれ以上の
汚染をとめるにはどうするのかという基本的な議論をいたしませんと、問題が技術論に終始してしまうということでは困る、私はそう思うわけでございます。それはしかしながら、科学者の立場を越えた一市民と申しますか、そういう立場の発言になることを私はあえてここで
考えた上での発言でございます。
そこで、たとえばなぜ総市民があるいは一億の国民が
メチル水銀を持ってしまったかということを少し
考えてみないといけないわけでありまして、これはこの前も
委員会でお話しいたしましたが、
一つの元凶は
水銀農薬そのものであります。これは過去十七年間にわたって六千七百トンの
水銀農薬というものを人工肥料にまぜて、ヘリコプターあるいはスプレヤーを使って全国にまき散らしてきた。したがって、それは計算してみますと、過去十二年間一ヘクタール当たりに何グラムの
水銀が蓄積しているかという計算がございますが、それは
日本は七百三十グラム。欧米を見ますと、アメリカの
データはちょっとはっきりいたしませんが、ヨーロッパは一番高いのがオランダの九グラムであり、西ドイツは六グラムでございますから、したがって
日本国土に蓄積しております
水銀というものは百二十倍の蓄積を持っている、こういう事実でございます。
水銀農薬はフェニル酢酸
水銀でございますから、これは簡単に土の中で分解して
無機の
水銀に変わり得るわけでありますけれ
ども、先ほどの
松野先生のお話もございましたように、土の中で
メチル水銀に変わっていく、あるいはそれが川に流れ出しまして、海に行きまして、マグロの
肝臓の中で
メチル水銀に合成されるという事実はすでに東大の薬学の浮田
教授によって明瞭に実証されている。そうなりますと、問題は、ただ単に過去にまきました
水銀だけでなくて、現在各
工場がたれ流しをしている、あるいは過去に蓄積しているおそらく
水銀農薬よりももっと膨大な量の
無機水銀も、事と次第によっては魚の中で、特にマグロの
肝臓の中で
メチル水銀に合成されている。それをわれわれが食べてわれわれのからだの中に現在
メチル水銀としてたまってきているということになると思います。六、七年前の
データでは
日本人の髪の毛の
平均した
水銀値は六・五
PPMであって、最近の東京都の調べによりますと、全部
平均してみないとわかりませんけれ
ども、どうも七・五
PPMに上がっているようにも思われます。つまり一
PPMくらい増加しているのではないかということが
考えられます。これは年齢によってみな違いますので、あるいは魚をたくさん食べるか食べないかによって違いますが、そういうものを全部
平均したとしてそのようなことになっておって、そしてそのうちの半分が
メチル水銀でございますから、約三
PPMないしは三・五
PPMくらいが一般市民が持っている
メチル水銀である、こういうことになるわけであります。私自身の髪の毛も三、四年前に調べた段階では三
PPMの
メチル水銀を持っております。おそらくここにいらっしゃいます
皆さんも全部お持ちであろうというふうに
考えるわけです。
したがって、そうなりますと、どれくらいの
メチル水銀が髪の毛にふえあるいはからだの中にふえてきたならば
水俣病になるのかどうかというような問題になってくるわけですが、そこはそう簡単にまだ結論は出ていないという段階であろうと思いますが、そういう意味で現在でも
水俣地区の中に新しい
患者が少しずつふえているということを、
日本の縮図として私はこれを受け取りたいわけです。そしてそれが一体全国民についてどのように
考えたらいいか、そういうポイントが非常に重要ではないか、こう思うわけです。
そこでもとへ戻りまして、なぜ一体外国の百倍あるいはそれ以上の
汚染をしてきたかという問題に対して基本的にものを
考えませんと、私は幾らワクの中で議論をしてみても始まらない、そういう気がしてならないわけです。そこでなぜ一体そのようなばかげた蓄積を起こしてきたかということを
考えてみますと、
水銀農薬について申しますと、これはやはり戦後の食糧政策と申しますか、それが問題になる。確かに農薬の使用というものは私は三期に分けて
考えることができると思います。第一期は戦後の
日本人が飢えのために死ぬか生きるかという時期であったと思います。したがってその時期は、毎年豊作を続けなければ
日本人それ自体が飢え死にするわけでありますから、そこでしかたなしにかどうかわかりませんが、
水銀農薬をまいてきた。ここでお断わりしておきますのは、外国では
水銀農薬を使用する場合には種の消毒あるいは苗床の土の消毒だけにしか使っていないのでありまして、田畑に作物が育ってから、これを人工肥料にまぜてまくというような国は、
日本以外には、まあアメリカの一部、それを除いてはどこもやっていない。つまり農薬というものは回り回って口に入ってくるものでございまするので、しかも、農薬というのは一種のやはり毒薬でございまするから、それを医薬並みに規制すべきであるという厳重な衛生思想が外国にはあったわけですが、
日本はそれはなかったわけです。
第二期になりますと、これは
日本のGNPが伸びていくという現象の中で、やはり農村のGNPは上げていくということで、まあおそらくそういう経済的な発想だけから短絡的に直結していった。つまり、第一期の時点で、そこで農薬の持つ国民の健康に対する
一つのどういうデメリットを持つのかというようなことを
考えた上で、そこで反省をした上で第二期に入らなかったというところが大きなポイントではないのか。それはそうとして、それが二期の
状態で、そのときの大きな蓄積というものがまあ
水銀、カドミウム、BHC、そしてPCBという世界に冠たる四大公害
汚染というものの蓄積を来たした
原因になっている。
それで、この四つのものは、まあカドミウムと
水銀は、これは重金属でございますから絶対分解いたしません。PCBもBHCも、有機
塩素でございますので、これは容易なことでは分解しない。おそらく今後数十年にわたって国土を
汚染し続けていくであろうということが
考えられるわけです。
第三期の農薬の乱用というものは、もっと私は事態は深刻だと思います。それは結局、工業生産が非常に進んでいく。その中で、農村の若手労働者というものが、人口が工業のほうに吸収されていく。したがって、農村には
老人とかあちゃんという質、量的に低い労働人口しか残っていないということになります。そうしますと、当然その人
たちは田の草を取り、堆肥を使っていくというようなそのような時間的な余裕もあるいは肉体的な余裕もないと思います。ですから、農薬を使わざるを得ないということになるわけでして、その証拠に、農薬の生産量は依然として上がっておりますし、反当たりの収穫も毎年上がっているということは、まさに農薬が使われているという確実な証拠でございます。しかし、その農薬を使っている労働の内容は質、量的に非常に低いものである。ことばをかえますと、工業生産が進み、工業
汚染が進めば進むほど農薬
汚染を引きずっていく、連動していくという、こういうような観点に立ってわれわれは
考えなければならないわけであります。
このことが、幾ら魚の
水銀量あるいは、BHC、あるいはPCBを規制しようと、この現実を何とかしない限りにおいてはどうにもならない、そういう時期にきている。つまり、食糧産業と工業産業というもののバランスがすでにくずれている。このことを復元しない限りにおいては、いまの問題は私は片づかないと思う。これは医者の立場を離れまして、国民の健康ということを
考えてみた場合に一番基本的な問題ではないのかというふうに思わざるを得ません。そうして、その確実な証拠として、あらゆる国民が、
水銀だけでなしにBHCあるいはPCBというものを、もともとからだの中にあってはいけない毒物をすでに持っているということであって、ただしかし、それが明瞭な健康崩壊という形で出ていないというだけの話である。私は、これに対しまして、
専門用語として不顕性中毒ということばを使います。外にあらわれていない形の中毒、つまり
水俣病はだれが見てもわかる、あるいは医学者の
専門家が見ればわかる顕性中毒、それは氷山のごく一角にすぎないのであって、そうではなくて、その底辺をなしている、いわゆる臨床的にははっきりつかむことができないけれ
ども、あってはならない毒物を持っているという意味での不顕性中毒というものが、ことばを大げさにいえば、一億総国民になっているというこの現実をわれわれはもっと基本的に
考えない限りにおいては、ここでどんなにPCBだろうと、あるいは
有機水銀だろうと、そういうものを各論的に議論していたのではどうにもならないのではないかという気がしてなりません。そうしてこの不顕性という意味は、いまの医学の力では確実に把握できないというだけのことであって、もし医学が進歩するならば、この不顕性中毒の
状態においてすでに健康崩壊が起こっている可能性はあると思います。
そういう点を言いますと、もう少し極端なことばを使わしていただきますと、憲法二十五条に明確にうたっていることは、国民は健康にして最低限の文化的生活を送る権利があるということが規定されておりますけれ
ども、この健康にしてということははたして守られているのか。すでに不顕性中毒という
状態にある以上は、決してこれは健康とはいえない。非健康あるいは不健康、この
状態におちいってきている。そうであるならば、憲法二十五条はすでに守られていない。どんなに文化的生活を送っておりましても、その一番基盤になっている健康にしてということが守られていないということの中に一番大きな公害の原点を求める以外には私はないと思うわけです。そうしてそれをどうしようということであれば、どのように魚の問題、それをどう食べたらいいかというような問題で片づく問題ではない、そう思うわけでして、しかもそれがどこに一番しわ寄せがくるかということは、もう再々議論になりましたように、われわれの次の世代、つまり胎児あるいはその遺伝的な問題、そこに必ずしわ寄せがいく。そのいい証拠が
胎児性水俣病です。これは母親は
発症していないあるいは
症状が軽くても、生まれてきた子供はまさに
重症心身
障害、つまりひどい精薄とひどい脳性麻痺を合併したそういう子供
たちであるという中でたくまざる人体実験がすでに行なわれている、そこに確実な証拠があるというふうに思うわけでございます。ですから、いまわれわれのからだにたまっている
水銀は、これはわれわれ自身にとっては問題でなくても、次の世代というものに対してこれを保障するということはとうていできないということにならざるを得ないと思います。しかもそれが
水銀だけではないわけです。何百、何千あるかもしれないそういう
汚染物質というものを、一々そのような形で取り上げていたのでは、問題はどう
考えても片づかないというふうに
考えざるを得ないわけでありまして、しかもわれわれ現世代のおとなが次の世代を一方的に被害者に仕立てていく可能性があるとするならば、これはどう
考えても、次の
日本というものはあり得ないとしか私は思えないわけです。過密な飽和人口、狭い国土、これはどうにもならない条件がございますし、それともう
一つは、天然資源というものが
日本は非常に少ない。たった
一つあるものは、われわれの頭脳しかないわけです。その頭脳というものがもしゃられたとしたら、一体われわれはどうやって今後生きていくのか。
日本はもうその時点では完全に崩壊していると
考えざるを得ないわけです。
そうして私はここでこういうことを申し上げますのは、まだそれに対する確実な証拠があがっていないからこそ、いまそれをやらなければならない。もしそのことを、確実に証拠があがってきてからでなければ自然科学者というのは発言できないとしたならば、その証拠があがった時点では、それは膨大な数量に達しているに違いないわけであります。そうなってからでは、もう時すでにおそいということをどうしても
考えざるを得ないので、やるならいまだということしかございません。そういうことになりますと、私は午前中の議論は、やはりある限られたワクの中で、そういう現状を認めたワクの中で、どう対応したらいいかという議論がされてきたにすぎないというふうに理解いたしますが、その中で、最初に私が申しました、
武内先生の
水俣の中で現在新しい
患者がぼつぼつ起こりつつあるというこの事実をもっと重視すべきだろう、そういうふうに
考えます。
ちょうど時間になりましたので、これだけにいたします。