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須藤参考人 私、
日弁連の
交通事故相談センターにおります
弁護士の
須藤でございます。
私
ども日弁連は、去る五月二十六日の総会におきまして、
自動車損害賠償責任保険、
自賠責と申しますが、これの現在額を
倍額に
増額すること、すなわち
死亡、
後遺症、
傷害ともに倍にする、
死亡については、現在の五百万円を一千万円にしてほしい、それから
後遺症並びに
傷害は、現在五十万円ずつでございますが、これも上げてほしいというようなことを決議いたしまして、こちらの
委員会を含めまして各
方面にお願いに上がった次第でございますが、この私
どもが倍に上げていただきたいという倍ということの
根拠と申しますのは、これは御
承知のとおり、
死亡につきましては、もうすでに現在の五百万円につきましては、四年たっております。それから
傷害につきましては、もうすでに四十一年から七年間据え置きになっております。現在の
社会情勢、
物価上昇あるいは
賃金の
高騰などと比べますと、これではあまりにも低過ぎるのではないか。ほかのいろいろな
人身事故に見ますに、このいろいろな
補償と比較いたしまして、まことに少な過ぎるのではないかというので、この
程度であれば、容易に上げられるであろうということの
意味でもって倍増をお願いする次第なのでありまして、私自身としては、もっとよけい上げていただきたいといいますか、もっと幅広いものでなければならないと
考えておるのでありますが、現在のところ、このくらい上げることはきわめて容易であろうという
前提のもとに、倍に上げるべしという一応の
結論に達した次第でありまして、一面からして
自賠責保険の収支が好転したら、
黒字になったから上げてしかるべきだという
意見もあるようでございますが、これが
黒字であろうと
赤字であろうと、本来からいったら
損害てん補を
幾らでやるかということが
前提で、そのために必要とする
保険料をどうきめるかは
あとの問題でなければならないと思うのであります。ところがどうも本末転倒のようなことで、
黒字になったから上げるのだというのでは少しおかしいだろうと思うのであります。
ただ、これにつきまして、おそらく一番問題になってまいりますのは
自動車の
保有者、
所有者でございますが、これの
負担がふえはしないかという面でもって懸念される向きもあるかと思うのではございますが、しかし、
考えてみますと、かりに私
ども申しますように倍に上げるといたします。と申しましても、現在のいわゆる
家庭用自動車、
ファミリーカーでございますが、これが一カ年の
強制の
保険料というものは御
承知かと思いますが、一万八千六百五十円でございます。月にいたしますと千五百円でございます。倍に上がりましたって三千円なんです。車を使っていて三千円くらいのものを
保険料としてどうして払っていけないのかという問題でございます。一番
保険料として高いのは、いわゆる
東京を含めての大都市におけるタクシーでございますが、
営業用乗用自動車、これが現在十二万三千七百円です。したがいまして、月にいたしますと一万円強に
なりますか、しかし、これもかりに
稼働日数を一台について二十五日といたしますれば、一日四百円の
負担でございますから、倍に上げましても八百円じゃないか。一日の水揚げから見ますと、八百円というものはそう大きいものとは私は
考えないので、したがいまして、
自動車保有者の
負担が過大になるという点は一応ネグレクトしてもいいのではないかと、かように
考える次第であります。
それで、
自賠責増額ということにつきまして、
二つの点から必要を感じているのでありますが、その
一つは
任意保険との
関係でございます。それからもう
一つは、
交通事故の
裁判に対する
関係でございます。こういうふうに申し上げます。
この
任意保険との
関係におきまして、現在、
自動車の
任意保険はか
なりふえてきたそうでございますが、大体全車両の六〇%くらいになっているというふうに伺っております。しかしながら、これは近ごろ採算が合ってきたので、そういう
傾向がか
なり減ったようでございますが、いわゆるダンプとかトラックという危険を包蔵すること大である車につきましての
任意保険の
加入について、過去においては
保険会社があまり積極的でなかったという事実もあるようでございます。実際面から見まして、
事故の発生する車というのは、
任意保険に入っていない車について多いのではないかというふうに私
考えるのでありまして、私
ども手元で調べました四十四年七月から十二月までの
裁判所の
判決の結果と申しますか、これは
東京その他
主要都市七カ所の総合でございますから、全体からしてみればきわめて一部ということも言えるのでありますが、
判決に
なりました
事件のうち五八%というものは
任意保険に入っておらない、それから和解の場合は四五%入っていない、こういうのが
実情でございます。
しかも、一方これが
判決後の
支払いの
履行状況を見ますと、
判決後三カ月以内に全額支払われて
事件落着したものは六一%、それ以外は三カ月以内では片づいておらない、はなはだしいのは二年たっても全然払われていないというのが、いま申しました間の
判決のうちで二三%ございます。一文も払われていない。これが
任意保険がありますれば、これも相当大幅に解決する問題ではないかという点がございますので、
任意保険なるものがもっと普及すれば格別、さもない限りにおいては、現在は
強制保険の額を
増額して解決するより手がないのではないかということを申し上げます。
それから、次に
交通事件の
裁判所に対する
関係についてでございますが、本来
裁判所は、独自の見解でもって
損害賠償、
慰謝料その他をきめるべきではありますが、過去における
実情を見ますと、
自賠責保険というものをある
程度意識していると申しますか、にらみ合わせておる。現在、
東京地裁での
遺族の
慰謝料の額でございますが、これは
遺族が何人おりましても四百万ないしは四百五十万、これが
限度でございます。いま
裁判所の見方として一番高い
慰謝料の額を見ているのは、京都が六百万というのがございます、これもきわめて安いものでございますが。これも、四百万に
なりましたのは
自賠責が三百万から五百万になった後であります。それまでは三百万
程度が
慰謝料と見られたわけで、履行可能という点をおそらく
考えたからかもしれませんが、そのにらみ合わせと申しますか、
自賠責が
幾らであるかということを
考えに入れるということは、どうもやむを得ないような状態なのでありまして、その
意味におきまして、現在の四百万、四百五十万というものは、ほかの
各種の
事件におきまする
慰謝料と比較いたしました場合に、はなはだしく均衡を失しているのではないかと
考えられます。こういう
意味におきましても、
基礎となるところの
自賠責を上げることによって、
裁判所の認容する
慰謝料その他も上げられるということが当然に望まれますので、そういうことをぜひやっていただきたいということなのであります。
と同時に、かりに自賠の
限度額を一千万に上げますと、
交通訴訟になるのがある
程度減るのではないか、
訴訟前に片づくものが多いだろうし、
訴訟に
なりましてもきわめて容易に片がつくということが言えるのでありまして、と申しますのは、現在の
東京の実例を申し上げるのですが、
交通部の
訴訟というものがほんとうの
意味の
訴訟かどうかということは疑問なのでありまして、もうすでに型がきまっている。何人いようが、
慰謝料というものは
一山四百万だ、四百五十万だ。と同時に、それがきまっていますので、
訴訟の
進行自体がきわめて事務的といいますか、型にはまったことをやるので、
被害者の
遺族そのものがその
意味では満足しない。私、扱いました例で、たしか
遺族四人かを三千分で
本人尋問をしろと言われて、述べることは何もないのです。と申しますのは、これはやはり人情といたしまして、
裁判所の面前に出まして恨みつらみを並べて、その上でもって
判決をもらう場合には
本人も比較的満足するのですが、何も聞かれないでぼさっとやられた場合に、はたして満足するか。これが一番問題なので、
裁判所は何も聞いてくれなかったというのが
遺族たちの言い方なんで、そういう点もありますので、
訴訟自体も丁寧にやるためには、
件数を減らさなければならない。そのためには、
保険金額を上げておけばある
程度減っていくということが言えるのではないか。大体
慰謝料というものは
遺族一人一人について
各種の
事情に応じて発生すべきものでありまして、
一山幾らということ
自体がおかしいと思う。そういう点についても、今後の是正のためにも、いまの
自賠責の
増額ということは望ましいことなのであります。
なお、次に
自賠責の
傷害の
倍額ということ、
倍額で済むかどうかという点について、私
どもか
なり疑問は持っております。ものによっては倍以上かかるというものが
幾らでもありますけれ
ども、しかしながら、過去におきまして全部が
医療費、
治療費に持っていかれて、
本人の手に全然行かない例を幾つか聞きます。
医療費というもの、医者の
治療というものが非常に技術的なものであることもわかるのですが、ですから中を一
段階なり二
段階ぐらいに分けて、かりに百万円としたら五十万は
治療費だ、
あとの五十万は
本人の
慰謝料、
休業補償だと、ワクを
二つに分けるような
方法をとっていただきたいということが
一つ、それからそれにつきましては、公的な
医療機関をもっと整備していただきたいということをいろいろお願いしたいのであります。
それから、この
自賠責についてわれわれ一番
考えますのは、
請求手続が非常に繁雑でございまして、これが
しろうとでできない。といいまして、二十万、三十万というものにつきまして、私
ども弁護士のところに持ち込まれても、まことに申しわけないのでございますが、手数だけかかるという問題がございます。したがいまして、ここにいわゆる
事件屋というものが活躍するという余地があるという点でございます。これは何とかもう少し——と同時に、いろいろ
書類を添付しなければならぬのですが、これは
被害者側で手に入らないような、
加害者側のサイドから出してもらうような
必要書類を添付しなければならぬ。こんな無理なことはないので、おそらくたしか自賠の
調査事務所というのは、八十何カ所、九十カ所ぐらいあるかと思いますが、これがもっと職権的に
自分のほうでお調べになって、ある
程度やっていただけるようにしませんと、まことに
書類をつくること
自体普通の
しろうとには無理でございます。と同時に、
一体五百万、一千万の
請求も二十万、三十万の
請求も同一
手続でいいのか、こういうことがあります。ですから、実際トラブルの起こります例を聞きますと、小さい二十万、三十万というようなものについて
事件屋が請負でやるという例があるそうでございます。あなたの場合、これは二十万だといって
書類一切全部
自分がとって、それで三十万
なり四十万
なりを
保険会社から取る、これが実際行なわれておるそうでございます。私
ども日弁連交通事故相談センターとしては、
全国でもって自
賠請求手続の代行を、若干の実費はいただいてやっておりますが、とてもわれわれの手で
全国まで及ぼすことはいまのところ不可能でございますから、何とかもっと簡易な
方法でやることを
考えていただきたいという点でございます。
それから、むろんこれは
増額されることによりまして、
支払い基準と申しますか、
査定基準というものは変わっていかなければならない。現在でございますと、
死亡者本人の
慰謝料が五十万、そのほかに
遺族としては、
遺族一人の場合には百万、二人であれば百五十万、三人以上になると
一山でもって二百万、これが現在の
自賠責の
査定基準でございます。これが
実情に合わないのはあたりまえのことでございまして、それからそのほかに、いろいろ
休業補償とか
逸失利益とかを計算いたします
基礎になるものにつきましても、いろいろの
統計資料をお使いになっておるのですが、これが現在のものはたしか
昭和四十三年の
賃金センサスとか
統計資料に基づいている。もう四年たっておるのです。ですから、これは少なくとも最も最近の
時点における
統計資料によって流動的にやるべきではないか。少なくとも
事故発生時におけるところの
資料でなければならないのではないか。と同時に、現在のような
物価指数といいますか、
物価の変動がありますときに、ある年度のものをきめておいて、それを三年
なり五年
なり据え置くということ
自体が不合理ではないか。新しい
統計資料は
幾らでも手に入りますし、それによるところの改定ということもきわめて容易だろうと思いますので、これはぜひ最も近い
時点におけるところの
統計資料に基づいてやっていただきたい。逆にいいますと、現在、
生活費の
控除でもいまだに一人について一万五千七百円です。ですから、一万五千七百円という
生活費の
控除というのはおかしい話です。ですから、その
意味からすると、ある
意味では不当によけいなものを払うことにも
なりますので、この辺のところをもう少し
考えていただきたいという点が
一つ。
それから、この
査定基準というものは、もう
自賠責のように公的なものについては、これは公表されてしかるべきではないか。われわれは特殊の
関係でいろいろわかりますけれ
ども、一般の人がおわかりにならないので、
一体幾らもらえるかということについて納得されないという点もございますので、これはどうしても公表されてしかるべきものだろうと思います。
それから、
一体強制保険を今後どうすべきかという点にいきますと、私
なりの
考えといたしましては、全部をもっと
増額された二千万
なり三千万のものにして、そのうち一千万はいわゆる
社会保障と申しますか、そういう
意味で
無過失責任の
保険にして、その上に双方の
過失の存否を考慮したところの普通の
責任保険を乗っけて支払うという、
一つのものの中に二
段階に分けてやるべきでございまして、これでもし、かりに合わせて二千万までにいたしますと、大体私
どもの知っております
関係で、
昭和四十六年度の
判決のうち、千五百万をこえて認容されたという例は
死亡については六つしかございません。千五百万以下でもって片づいたものは六百十件あります。ですから、この底にありますのは、むろん五百万の自賠でありますか、あるいはその前の時代の三百万でありますかしますからして、合わせて二千万ということでもって大体片がついていくのではないかというふうに
考えます。ですが、
被害者複数という点を
考えますれば、三千万までにしておくのが一番安全じゃないかと思うのですが、大体そんなような
考えで、中でもっていわゆる
無過失責任の
保険と、それからいわゆる
過失を考慮したところの
責任保険と二
段階にやってしかるべきではないかと、かように
考える次第でございます。
一応私の
意見はその
程度にしておきます。(拍手)