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西村公述人 西村でございます。私は、
環境あるいは
生態学というものを十分に考えた上で今後の産業のあるべき姿というものを考えようという、新しい学問である産業エコロジーというものを
研究しておる者でありますが、特にその中でも
瀬戸内海を対象にして
研究を進めておるものであります。その過程で、今回の問題に関連をしまして、気づきました点を二、三申し上げて
公述にかえさせていただきたいと思います。
埋め立ての
環境への
影響ということにつきましては、
埋め立てそのものが生態系または
漁業にどういう
影響を与えるかということがまず第一であります。これにつきましては、すでに
菊池先生のほうから御指摘がありましたので簡単にさせていただきますが、ただいまお配りした資料によりましてもおわかりになりますように、たとえば二という図を見ていただきますと、
瀬戸内海の
漁業生産の中で、カニとか
クルマエビとかタイとかというような漁獲が非常に激減しております。これは主として
モ場の減少に基因しているものと考えてよろしいと思います。なぜ
モ場がこれだけ減少したかということは、
水産庁の調べによりますと、その次の三という表に書いてありますように、
埋め立てによって消失した
モ場の割合が圧倒的に多いわけであります。このように
埋め立てということは、直接
漁業生産に大きな被害を与えているということをまず第一に指摘したいと思います。
しかし、この点に関しましては、すでに
菊池先生も御指摘になったことでありますし、これでとめさせていただきまして、私は、現在の
埋め立てというのが、単に
埋め立てという側面だけに注目するのでは不十分でありまして、むしろしゅんせつ
埋め立てという方式をとっておる、そのために、むしろ
埋め立ての直接の
影響よりもしゅんせつに伴う
影響のほうがはるかに大きい、この点を十分に考慮していただきたいということを訴えたいと思います。
そのために、これはもうよく御存じの方もあられるかと思いますが、念のために現在におけるしゅんせつの方法を簡単に紹介させていただきますと、しゅんせつの
埋め立てはこういうふうに行ないます。つまりプロペラ状のものを持ったスクリューのようなものを使いまして、それを海底に、おもに砂地のところですが、砂地のところに持っていきまして海底をひっかき回す。そして底の砂を浮遊させます。浮遊させて砂と水との混合物、これはスラリー申しますが、そのスラリーをつくりまして、そのスラリーをサンドポンプで、パイプでずっと運んでまいります。長いパイプ、または船で運ぶこともありますが、パイプで運びまして、水と砂のまじったスラリーを
埋め立て地に運んでくるわけです。
埋め立て地では仕切りをつくっておきまして、その水と砂のまじったスラリーをワクの中に入れますが、そのときに大
部分の砂はそこで沈でんをしまして
埋め立てに使われますが、水は当然海に返ってまいります。その返っていく水の中に
かなり大量の微細などろが残っておりまして、それが一種のこまかい砂の
汚染となって海に広がっていくわけであります。
ですから、しゅんせつという方法を使いますと、二つの
地域で浮泥、つまり砂の浮遊化による濁りが生じます。
一つはしゅんせつを行なったその
場所でありますし、
一つはそれが
埋め立てられた
場所であります。
それで、そのような浮泥による濁りの
範囲がどのぐらいになるかということを考えてみますと、三つの面から考えられると思います。
一つは、ある個所を
埋め立てるという場合に、しゅんせつををする
場所というのは
埋め立てられる
場所よりもはるかに広いんだということを指摘したいと思います。お配りした資料の中で八図を見ていただきますと、これは四国の番の州というところの
埋め立てをしたときにどの
地域からしゅんせつしたかということでありますが、そこに書いてある直線の道は航路でありまして、この広い
地域の航路をしゅんせつしたどろでもって香川県の番の州というところの
埋め立てが行なわれております。
埋め立てられた
地域は数平方キロメートルの比較的小さいところでありますが、しゅんせつの
範囲が教十キロメートルに及んでいるということを指摘したいと思います。
それで、まず第一義的に申しますと、しゅんせつ
地域において浮泥によって生じた濁りというのは潮流によって運ばれてまいります。どのぐらい運ばれるかといいますと、この
備讃瀬戸の
埋め立てのときに実測した
データがありますが、約十キロぐらいの
範囲にわたって運ばれるわけであります。明らかに濁りが認められる海水が、十キロの長さにわたって広がってまいります。それらがさらに沈でんいたしまして、そこの下にある
モ場その他に損害を与えるということになろうと思います。
さらにその先のほうで、一応濁りは目には見えなくなります。それは、そのように浮き上がりました砂が海水とまざってしまうために、濁りは一応見えなくなってしまうわけでありますが、ここで注意したい点は、一応目には見えなくなった砂でありますが、砂の中でも五ミクロンというような非常に微細な砂は、海の中で決して沈降することがないということであります。これは海の中に乱れがあるために、沈降しようとしますと乱れで巻き上げられるということになりまして、一度巻き上げられた五ミクロン以下の砂というのは決して沈降を起こすことがありません。ずっと濁りとしてとどまってしまいます。これは目にははっきりと見えませんが、実は
瀬戸内海全域にしゅんせつによる浮泥が広がっているということを、私は最近の
研究の結果確かめたものですから、そのことをちょっと御紹介したいと思います。
濁りということを考えます場合に、直接的な指標として海の透明度というものが考えられております。その四図に書いてありますように、
瀬戸内海というのは、以前にはどの
場所をとりましても約十メートル近くの透明度がありました。どの
場所でも十メートル近くまでは底がずうっと見えていたものであります。ところが、去年の
環境庁の
調査結果を一図に示してありますが、これを見ましても透明度が四メートル以下という非常によごれた
海域が大きく広がっておりまして、
瀬戸内海の半分ぐらいが四メートル以下というような濁りを生じております。
このような濁りがいつから生じたかといいますと、六〇年代に入りましてから特に急激に
進行しておるということが特徴的なことであります。もう一点は、一図を見ていただいてもわかりますように、
備讃瀬戸、播磨灘、大阪湾というところが濁りがひどい。特に
備讃瀬戸のようなところは、前は非常に透明度の高いところであったものが、近年非常に透明度の低下が激しいということが指摘されます。これは四図を見ていただいてもおわかりになると思います。
さて、そのような濁りの原因として二つのものが考えられております。
一つは植物性のプランクトンでありまして、
一つはいろんな微細な砂、無機物のこまかい粒子であります。このうち、近年の濁りの
発生、濁りの増加がどちらによるものか。赤潮その他プランクトンの増加によるものであるという説と、砂の粒子によるものであるという説、二つのことが考えられるわけであります。まだむずかしい問題でありますが、私の
研究によりますと、まとめてみますと五図のようになると思います。
つまり、この図では
瀬戸内海各地における植物プランクトンの量をあらわすものを横軸にとりまして、濁りをあらわすものを縦軸にとったわけであります。この斜線で響きましたところは、植物プランクトンだけであるならばこの
程度の濁りが生ずるはずだということの
範囲をあらわしておりまして点であらわしてある
部分は実際の濁りです。これを見ていただきますとわかりますように、実際の濁りは、植物プランクトンだけから推定される濁りの約倍
程度になっております。つまり、現在の
瀬戸内海の濁りというのが、半分が無機性の砂のような粒子によって起こされているということが
かなりはっきりしたわけであります。
しからば、そのような無機性の微細な粒子というのが一体何に原因しているかということでありますが、
一つには、産業側または都市排水その他から排水とともに出てくる微細な粒子というものを考えなければならないと思います。その量を大まかに見積もってみますと、
瀬戸内海の場合一日に約二千トンという量になります。これに対しまして、しゅんせつ
埋め立てによって排出される土砂の量というのは、たとえばしゅんせつされる量そのものは一日に約百万トンのオーダーに達しております。そのうち何%が、先ほど申しましたように沈でんせずに水とともに海へ返っていくかというのは非常にむずかしい推定でございますが、約五%
程度と考えてよろしいと思います。そうしますと、一日に五万トン
程度の土砂がしゅんせつのために
瀬戸内海の中にいろんな形で放流され、それはほとんど沈むことなく水の濁りとなっております。先ほど申しましたように、産業排水側から出てくるものが二千トンでありますと、片やそれの二十倍
程度の量が土砂となって放出されておるわけでありまして、この
瀬戸内海の濁りのおもな原因というものは、やはりしゅんせつによるものと考えざるを得ないわけであります。そのことは、先ほど濁りが増した時期が六〇年代の後半である、それから
場所が特に播磨灘を中心にしているということを申し上げましたが、しゅんせつが盛んになった時期というのが、七図を見ていただきますとわかりますが、これは
瀬戸内海沿岸の
埋め立て実績の経年変化を示した図であります。以前は一年間に〇・一平方キロメートルで推移しておりましたものが、六〇年代に入りましてから、一年間に約十平方キロメートルというふうに多くなっております。つまり百倍以上にふえたわけでありまして、透明度が低下した時期とよく一致しております。また六図に書いておりますものは、どこでしゅんせつがよく行なわれたかということでありまして、これを見ていただきますと、兵庫県及び岡山県でしゅんせつが進んでいるということがわかります。つまり、播磨灘が透明度の低下が最も著しいということとよく符合するわけであります。
以上のように、濁りがしゅんせつに大きく基因しているということが確かなことであろうと思いますが、そのような濁りが生態系に対してどういうふうな
影響を与えているかということでありますが、
一つは、先ほど
菊池先生が御指摘になりましたように光が届かなくなり、
モ場が死滅してしまうという
影響が
一つあります。もう
一つの
影響といたしまして、赤潮の深刻化、頻発化とその悪性化という問題を指摘したいと思います。
御存じのように、播磨灘では去年非常に大
規模に赤潮が
発生いたしまして、特にそれが悪質であったために養殖ハマチが大量に死にまして、数十億の被害を出しておりますが、赤潮が起こる。なぜこういうことでいまの濁りが赤潮を助長したかと申しますと、海底の砂を巻き上げたときに、海底にいままで蓄積された有機物を巻き上げて、いわゆる窒素、燐という栄養物を海水中に補給したことが
一つあります。それともう
一つ、非常に悪質な赤潮というのは、最近の
研究で明らかになりましたところによりますと、ビタミンまたはチアミンというようなビタミン類を要求する赤潮、双鞭毛藻という赤潮で、これは非常に悪質なわけでありますが、そのようなビタミンとかチアミンとかいうものは、海水中にあるバクテリアの
生産物であります。つまり、たくさんの濁りが
発生して、そのまわりにバクテリアが巣をつくって、そうしてたくさんのビタミン類を
生産するために悪質な双鞭毛藻類というものの繁殖が助長されたのではないかと考えられます。
以上のようなわけでありまして、私は結論としていままでの話をまとめてみますと、しゅんせつの
埋め立てによる
影響の
範囲というのは非常に広い。またその
影響が、先ほど申しましたように微粒子は決して沈降しない。海水の交換で
瀬戸内海から水が出ていかない限りそれが消えないという
意味で、非常に持続的であるという点を指摘したいと思います。ですから、
瀬戸内海のように閉じられた海の中では、しゅんせつ
埋め立てという方法は今後とるべきではないんではなかろうかと考える次第であります。
それで今回の
法案に関連いたしまして私の
意見を述べさせていただきますと、旧法が
改正されるということはたいへん喜ばしい、賛成いたしますけれども、いま申し上げましたようなことに関連して
意見を申し上げますならば、こうなると思います。つまり、しゅんせつ
埋め立てという方法によりまして、先ほど申しましたように
影響する
範囲が非常に広いということを指摘したわけであります。それでその
範囲というものも、いわば
生態学者、
海洋学者が十分に
審議いたしますれば、ある
程度予測可能なものだと思います。ですから、いわゆる
埋め立てにより直接
影響を受けるものばかりでなく、間接に
影響を受けるものの
範囲というのは、専門家の
意見により
かなり正確に予測できると思いますので、
影響が及ぶ
範囲を確定するための
審議会というようなものをぜひつくっていただきたいと思います。それで、そういうふうな
審議会によりましてこの
範囲まで
影響が及ぶということが確定されたあとで、その
範囲におられる権利者の同意を必要とするというふうに改めていただければと思います。もちろん、権利者の中にはそこで
漁業をする
漁民ばかりでなく、市民も含められるべきではなかろうかと思います。
それに関連しまして一言だけ実例を申し上げますと、特にいままで、
埋め立ての中で直接の利害
関係者だけに権利が認められていたということのための弊害が著しく出ている例が、別府湾における
埋め立てであろうと思います。御存じのように、別府湾では鶴崎地区を第一期
工事といたしまして、さらに鶴崎から佐賀関に向けての
埋め立てが行なわれようとしております。第一期
工事として大野川から別府のほうに近い側の第一期
工事ができておりまして、そこはもう多くのコンビナートが建っておるわけですが、現在第二期
工事が進められようとしております。この
部分は、ほとんどは
漁業者が
漁業権を放棄しております。ところが最後に、一番佐賀関に近い側に神崎という
場所がありますが、ここの
漁業者は
漁業権を放棄して、
漁業組合が
漁業権を放棄していないためにまだ
工事ができないでおります。ところがよく調べてみますと、佐賀関にいる
漁民はその
部分の
漁業権を放棄することに賛成なのであります。ところが、それを含めた佐賀関漁協は反対という
立場をとっております。市民も
埋め立て反対という
立場をとっておりますが、なぜ神崎の
漁民が賛成をするかといいますと、神崎の隣のところまで
漁民が
漁業権を放棄して
埋め立てが行なわれてしまいますと、それと隣接した漁区である神崎は、
埋め立てをしなくても漁区の破壊ということは同じことでありまして、全然
漁業ができなくなる。全く
漁業ができなくなるのであれば、自分たちはむしろ
漁業権を放棄したほうがましだという考えに立っておるわけであります。つまり、
漁業権を放棄したいというわけではないんだけれども、隣まで
埋め立てられれば漁区の破壊は目に見えておる、ですから
漁業権を放棄したいということであります。
いままでの
埋め立てによります被害——
埋め立て地域が広がったメカニズムというのは多分にこれと同じメカニズムをとっております。つまり一部が放棄する。そこでの
汚染が当然に広がるにもかかわらず、その間接的な
影響を受ける
部分の権利者は
保護されていない。そのために補償もされない。ですからその
部分はむしろ放棄したほうがましだということで、その
部分も放棄する。その次には、また隣接した
部分が放棄するという形で進みます。つまり、これはいわばドミノ作戦と全く同じ形で進んでおるわけでありまして、そのために、
漁民が欲するといなとにかかわらず
埋め立てが広がっておるというのが
現状であろうと思います。ですから、必ず隣接する漁区または間接的に
影響を受ける漁区の権利者の利益というものは十分に考慮されるべきであろうと考えます。
以上をもちまして私の
公述を終わらしていただきます。(
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