○
佐藤参考人 このたび
日本政府におきましては、三
条約を
批准するという
政策を打ち出されたことを私はまことに欣快に存じております。
そこで、
ILO条約と
国内法との
関係につきまして、従来
日本政府がおとりになってきた
政策その他を私見として申し上げ、御参考に供したいと思います。
従来、
ILO条約は、主として
ILOに加盟する諸国の義務
創設文書と申しますか、
ILO総会で
採択された
国際労働条約についてしかるべき機関に付託をして
批准を
促進し、そしてそれを
国内法化するということを義務づけている
文書と考えられています。
したがいまして、この点につきましては、
ILO条約は他の
条約とかなり異なっておりまして、通常の
政府間
条約になりますと、取りきめによってかなり即時的な効果が出てまいりますが、
ILO条約の場合には、しかるべき機関に付託をして、と申しますのは、
ILO条約そのものが、各
加盟国に模範的な
労働立法の
内容を提供するという性格を持っておりますために、
批准を通じて、そして
国内法化をはかるという性格を持っております。こういう点につきまして見るときに、
ILO条約がそれならば
わが国の
労働政策あるいは
労働力
政策に一体どういう影響を持ってきたかという点を考えてみますと、
戦前から、
わが国の場合には
条約の
批准の
政策についてはきわめて消極的であったということをいわざるを得ないのであります。
たとえば
戦前に
採択された
ILO条約の中には、その
条約の中にかなり
日本としての特殊条項を挿入しておりまして、そしてその特殊条項が国際的な先進国で
採択された
国内法の
基準よりもかなり低いという条項が多かったわけです。この点は他の
参考人が御指摘になりましたように、このことが当時の
日本の国力と申しますか、
産業発展の
状況と申しますか、そういうものとのからみ合いで
わが国の特殊性だけが強調され、そして当時の
日本の国際的な地位と申しますか、力によってこういう特殊条項が入れられたという点で、かなり
世界的に評判を落としていたことは事実なんです。これがいわゆる
戦前のソシアルダンピングと申しますか、血と肉の
輸出によって
日本の
輸出がはかられたといわれている国際的な
一つの理由だと思います。
それと同時に、
わが国の場合には、
ILO加盟国として有力な地位にあったわけでございますけれ
ども、いま申しましたような各
労働基準関係における
条約に特殊条項を挿入して非常に特殊な
取り扱いを国際社会で強調している。それから同時に、基本的な人権その他の面に関する
ILOの
政策その他に関しましても、たとえば
団結権その他の問題に対してもかなり消極的な
政策しか、当時の
国内事情としてはとり得なかったということも、あわせて
日本のソシアルダンピングの非難を、先進諸国をして非常に正当化させる理由になっていたのであろうと思います。
戦後
ILOに復帰いたしまして、
わが国のこれまた二重経済構造を軸にしました
労働保護政策は、それは
国内の
事情によっていたし方なかったのかもしれませんけれ
ども、一歩進んで
わが国の
労働基準法が、
戦前採択されました
国際労働条約のエッセンスを
労働基準法の各
規定の中に盛り込んだといわれておりますけれ
ども、やはりこの面では、純粋な、理論的な面から見まして、
ILO条約そのものを
内容とした
労働基準法にはなっていなかったと考えられるわけであります。
と申しますのは、たとえば
労働時間八時間制
一つとってみましても、
わが国の
国内経済における二重経済構造そのものが反映をしていたということでただし書き、例外条項が
労働基準法にかなり多くございます。これは
労働時間に限らず、女子、年少
労働者あるいは今次の
批准をいたします
労働安全制諸法規につきましても、同じようにただし書き、例外条項が非常に多くございまして、この面からも、
ILO条約の面から見て、
わが国の
労働基準法そのものは、決して
ILOの
条約の
内容を結晶化されたものではなくて、その表面的なものしかとり得なかったということがあると思います。このことが、またおそらく私は戦後の新しいソシアルダンピングの非難を受けてきた今日的な
日本の
事情ではないかと思っております。
こういうことを総体的に見まして、
ILO加盟国の中には、いずれの国においても、自国の
国内のいろいろな諸
事情を擁護しようというナショナリズムが反映をしていることは、これはいたし方ない事実ではございますけれ
ども、やはり
ILOが
条約を設定して、そして
ILO加盟国に対して訴えていこうとしたものは、少なくとも国際経済社会、
国際労働社会における公正取引の原則、いわゆる
労働力の適正な
保護を通じて価格の公正な競争原理を打ち出し、そしてそれによって国際社会の秩序のある経済社会、
労働者の基本的人権を尊重した上での秩序のある国際経済取引慣行を意図しようとしていたということは、これもまた否定のできない事実ではないかと思います。このことが、いわばインターナショナリズムと申しますか、国際的な正義あるいは国際的な協調
主義ということになりますと、当然にナショナリズムとインターナショナリズムと申しますが、国際協調とが少なくともかみ合わさったいわば法の体系というものが、あるいは行政の体系が考えられなければならなかったと思います。この点から見ますと、少なくとも
わが国の
条約の
批准を通じて見る限り、やはりこの点にも私は慎重さに名をかりた逆の意味での消極さが欧州諸国に比して見られるのではないかという気がいたします。
そういう点から見まして、今次の三
条約の積極的な
批准の
政策というものは、私個人としてはきわめて賛意を表したいと思っております。
とりわけ
ILO機関憲章の
改正につきましては、いわば
ILOへの
加盟国の
増加、それから
ILOの
条約作成という
戦前から戦後の機能に加えまして、
ILOの果たす国際社会における技術的援助、その他公正競争の
実現というものを通ずる多面的な活動の拡大化に対応して国際的ないわば政治諸
関係との
配慮を兼ねて
理事の増員をいたすということは、この点
世界的な
産業国家として、同時に
常任理事国として
わが国は当然
批准をされるということについては、私自身は全く賛意を表したいと思っております。
次に、
電離放射線保護条約、
ILO百十五号につきましては、
慶谷参考人も御指摘のように、これに対応する
国内的な措置としましては、従来、この
条約に照らしてきわめて不備であったわけでございますけれ
ども、昨今の技術革新に伴う多面的な放射線利用、そのための
関係労働者のいわば被曝に対する人体
保護、そのための措置が急務であったということ、それに対して
政策的には十分対応し得なかったということを補完いたしまして、若干の疑義はございますけれ
ども、
労働安全衛生法、
昭和四十七年法五十七号の制定に伴いまして、同時に
電離放射線障害防止規則、
昭和四十七年
労働省令四十一号を制定をいたしましたことは、この
電離放射線保護条約と
国内法との
関係で、当然
条約批准に値する
内容を持つものとしてこれまた賛意を表したいと思っております。ただ個別的、こまかい点につきましては理論的にはもう少し
国内法について検討すべき点もございますけれ
ども、現在の
労働安全衛生法とそれに伴います
電離放射線障害防止規則の作成に伴いまして、この
条約は私は
批准ができるという点で賛意を表したいと思います。
それから三番目に、
機械防護条約、
ILO百十九号の
批准につきましては、これに対応する
国内法は
昭和四十七年法五十七号をもって
労働安全衛生法の制定が見られたわけでございます。それに伴いまして
昭和四十七年ですか、これまた
労働省令三十二号によって
労働安全衛生規則を持って、そしてその
労働安全衛生規則の第三章第一節、
機械等に関する規則、それから第二編、安全
基準その他の対応する措置がとられたわけでございます。この
条約は先ほ
ども慶谷参考人が御指摘になりましたように、人力によって作動する
機械を
対象にしまして、
条約で定める法定の危険部分について適切な
労働者保護のための
防護措置のされていない
機械の販売、賃貸並びにそれ以外の方法による移転並びに展示の禁止並びに特に
使用の禁止を包括的に定めていると理解をされます。これに伴いまして、
わが国の法もほぼこれに対応しているというふうに私は理解をいたします。この点につきましては、先ほどの
電離放射線保護条約並びに
機械防護条約に対応する立法措置がとられたことには私は賛意を表しますけれ
ども、この点、とられることが実を申しますと、高度経済成長下の技術革新に伴う
産業社会で、いろいろな
労働者の安全並びに衛生を脅かす諸条件が増大をするまで対策が十分にとられずに来て、そして今日こういう法をもってしたということは、私は非常におそきに失したと思います。しかし、おそきに失しましたにしても、
わが国の現代の
労働安全の
状況に、新しい技術革新に伴い
労働の安全を脅かすという事態がすでにまた出ているわけですが、そういう事態にこれから、いま申しましたような
国内法が対応するという前提で
条約が積極的に
批准をされて、
国内法もそれに対応するような措置をとるという
政策的表明を
政府がなされたということについては、これまた賛意を表するものでございます。
最後に、
わが国の
労働条約の
批准に伴う
国内法化の措置の問題でございますけれ
ども、従来
わが国の場合には憲法九十八条の二項との
関係がございまして、これは確立された
国際法規を順守する義務があるという意味で、若干学説間には議論がございますけれ
ども、
わが国の積極的な国際社会への加入ということを前提にして当然国際法優位の原則がとられたというふうに理解をいたし、そういう理解に立ちまして
政府の従来の
条約批准に伴う
国内法措置の実態を見てまいりますと、
条約そのものを
批准をする前に
条約に抵触をするかあるいは
条約から見て、欠落をしているものがあればこれを制定をして、そして
条約批准を進めていくということをおやりになっているのが
日本の
条約批准に伴う
国内法採択のルールというふうに、こういうルールが一応確立をしているというふうに理解をいたしております。したがいまして今次の三
条約、まあ三
条約と申しましても主たる
労働基準関係の実体に影響を及ぼす
条約は先ほど申しました
電離放射線保護に関する
条約並びに
機械防護に関する
条約でございますけれ
ども、この法措置は私は適切であったというふうに理解をいたします。
ただ最後に、この
条約の
批准の多い少ないということが国際社会で問題になるのかならないのかという点でございますけれ
ども、欧米諸国とりわけ米を除きますとヨーロッパEC諸国並びに北欧諸国に比して
わが国の
労働条約の
批准度は、先ほ
ども慶谷参考人が申されたごとくきわめて少ない。ただ、この多い少ないということを問題にすべきではないと私も思います。欧米諸国の
労働条約の
批准の多いこと少ないことというのは、その国の
国内情勢も、もちろん
産業の発展、歴史的な発展条件その他がございますけれ
ども、
わが国の
条約の
批准のうちその
内容がかなり問題となる。今次のようにこの二
条約を積極的に
批准になるという
政策が私は非常にいいことだと思います。と申しますのは、従来
条約が
批准をされた
内容を見てみますと、実質的な今日の
労働関係の変化、
労働力不足下の技術革新下の状態に適合する
内容の
労働条約を
採択をしているかと申しますと、きわめて
労働基準法の実態に適合するような意味での、いわば先ほど冒頭に申しましたように、特殊例外条項を
わが国に残すようなものに、かなり残しているような、慣行に抵触するような実質的な
労働条約、たとえば
労働時間に関する
条約あるいは婦人
労働に関する
条約あるいはその他に関する
条約がきわめて
批准が少ないということについては、今後私は
日本政府は非常に一考の余地ありというふうに考えております。
この点につきましては、もちろんEC諸国が、あるいは北欧諸国が積極的に
労働基準に関する
条約を
適用するというのは、もちろん一国だけでは今日国際社会で主人公になることができない。少なくとも国際協調によって、それも
労働者の
生活水準を高めることによって資本
主義、かりに社会
主義、共産
主義社会でもそうでございますけれ
ども、それによって成り立つという
ILOの原則に忠実であるということと忠実でないということになるのではないかという気がいたします。
この点から見て、今次の
条約の
批准を契機にいたしまして、それも非常におくれていると申しますか、
戦前採択された
条約が、今日、戦後になりまして、
ILOではやはり
国際労働情勢の変化に対応しまして新しい時代の要請に基づいた数多くの
条約の改定をなしております。そうしますと、現在、
労働基準法の
改正にまずその一角として
労働安全衛生法が特別法として制定を見、その一環として各種規則の改定を見、今次の
批准に至ったわけでございますけれ
ども、
日本の現在の国際的な地位その他を考え、同時に
ILOにおける
常任理事国としての
立場を考えますと、もっと実体的な
条約を積極的に
批准をなされることが私は
日本のとるべき
政策ではないかというふうに考えます。
非常に時間をたくさんいただきまして、ありがとうございました。以上で私の陳述を終わります。(拍手)