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参考人(
前田義徳君) 第一点につきましては、概括的に申し上げますと、非常に成功していると思います。
昭和三十五年に想定した場合、第一次五カ年計画の最終年度にはおそらく人員は、もし合理化といいますか、近代化をしなかったならば、一万八千ないし二万になっていたと思います。それが第一次五カ年計画の末期に一万五千余りであった、それが
昭和四十七年度
予算では一万六千五百であるという点は、これは非常に高い効率をあげたものだと私は
考えます。おそらく今日、
昭和三十五年にその近代化をスタートしなかったならば、現在の
事業量から
考えますと、また同じような仕事をし、しかも、その仕事の分量が
NHKの三分の一程度しかないBBCを
考えたときに、今日の
NHKの
職員の総数はおおよそ二万五千を必要としただろうと
考えております。そういう
意味では、私は、いろいろな見方もあるかもしれませんが、私自身としては非常な成績をあげているという
考え方を持っております。
第二点につきましては、私は、実は先生以上の方策を
考えております。先生がおっしゃった程度の方策は、これは先ほどちょっと申し上げた十年前に私
たちが制度の中に取り入れた制度でございます。しかし、この制度の運営は今日、依然として多少問題がございます。しかし、私がいま
考えて、それぞれの
担当に指示している問題は、
NHKの機構と制度を根本的に改めることであります。その改め方は何かといえば、まあ、今年度も多少御
質疑を受けたかとも思いますが、たとえば私は、本部の機能というものを前小限度に改めるべきだ、たとえば
放送局のあり方、その系統にしても、中央局は廃止すべきだという
考え方を持っております。ただ、中間的処置として地域本部という形に変えております。ただアメリカ式な方向でそれじゃ突っ切っていけるかというと、
日本の慣習的伝統と申しますか、
日本人的感覚はやはり実際の給与よりは位置に恋々としている心情がございます。課長よりたくさん金をもらっていても、あるいは収入がかりにあったとしても、課長という名前のほうがよろしいという気分が多分に現在の
日本社会にはまだ残っている。この問題と現実の問題をどう組み合わせていくかというのが、新しい制度を
検討する上での
一つの問題点でございます。しかし私は、むろん、明年八月、
放送センターの完成とともに——これは明後年度になりますが、根本的な機構の改廃をいたしたいと思っております。
一例をとりますと、地方の県庁所在地の局を
考えますと、聴視者と直接接触しているのはこの局であります。しかし、いままでの方式はたとえば、東京は本部であり、そのほかに中央局がある。したがって、その人員配置は局の位による配置であって、実際の仕事との
関係は必ずしも密着していない。こういう
意味で、私は、地方の、全国の県庁所在地の局に対等の権威を与える方法を
考えたい、一例をあげますと。
それから、東京を見ましても、たとえば
教育局、
報道局、いろいろな局がたくさんございますが、この局は全部廃止いたしたいと思います。
番組の
担当によって、
一つの
番組を深く掘り下げ、その
番組を通じて、それの
担当同僚が完全な知的能力を発揮できる一種のチーム制度をつくりたい、その中で私は、現在の位を中心とした
考え方の地位を、仕事を中心とした人の、そのリーダーを基準として位を
考えていきたい、こういうように
考えておるわけです。はなはだ簡単ですが。
ただ、アメリカ式にいかない。なぜかといえば、アメリカは、企業と労働者の
関係は制度としても、慣習としても簡単に言えば、終身雇用という感覚はございません。しかも、アメリカの制度は実際生活と直結している制度でありますから、したがって、収入の多寡が問題であって、地位は問題でない、こういう感覚に
日本社会が到達するまでには半世紀はかかるのではないか。それに到達する
一つの経過
措置として、少なくとも
NHKは聴視者に奉仕する
意味で、いま申し上げたような構想を実現したいというように
考えておるわけでございます。