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長井最高
裁判所長官代理者 速記官制度が別に
裁判所法の規定によりまして設けられておりますことは、御指摘のとおりでございます。ただ、速記官制度はその目的が違いますので、その点をちょっと御説明させていただきます。
新しい訴訟制度が新憲法のもとで受け継がれまして、民事訴訟も刑事訴訟も交互尋問制に尋問の制度が切りかえられました。従前は訴訟の記録によりまして、
裁判所の書記官も尋問内容があらかじめほぼ予測されましたので、尋問とこれに対する供述が書記官の要領の筆記によりましてほぼ正確に録取することができたわけでございますが、交互尋問になりましてからは、ことに反対尋問におきましては、予想外の
質問によりまして相手方の陳述の信憑性をくつがえすというような方策がとられますために、反対尋問の当初の
質問の内容が、録取者に十分のみ込めないまま記録せざるを得ないというようなことから、調書の内容が必ずしも正確を期しがたいというようになったわけでございますが、録取の制度につきましては、従前の
裁判所書記、現在で
裁判所書記官の制度に引き継がれたまま、録取について何ら手当てがなされなかったわけでございます。この点に非常に短所を見出しまして、何らかの手当てをせざるを得ないということで、昭和三十二年に
裁判所法の改正をいたしまして、速記官制度を設けたわけでございます。
それで速記官制度は、ただいま九百三十五名の定員にまで、現在在職の書記官、事務官の定員を漸次改めてまいったわけでありますが、何ぶんにも速記官という職務内容は高度に長時間の緊張を要し、しかもその緊張を指の先に反映しなけねばならないという、
人間の心理と肉体とを極度に緊張させた状態でするという特殊の職業でありますために、その人の適性な性格がないという場合には、法廷に立ち合ってもなかなかついていけないという非常な回復しがたい欠陥を露呈いたします。このような
関係で、優秀な速記官の素質を持っておる方を採用することにつとめ、当初は外部からも採用いたしたわけでございますが、だんだん経済の成長に伴いまして、公務員である速記官の予定者に素質の十分な方が来てもらえない。しかも外部から速記の養成部門に入所していただきましても、養成の過程でその素質の欠格者であることが発見されますと、これは早期にそのことを本人に伝えませんと、将来回復しがたい損失が生じてきます。このような
関係で、養成部門に入れましてから欠格者も非常に多数出てくるというような
関係から、外部の採用にたよることもきわめて希望者本人に気の毒な結果が出るということから、部内採用に切りかえてまいったわけでございます。部内採用でありますれば、適性に欠けることが発見されました場合でも、もとのポストに戻ってもらうことができるという
関係になるわけでございます。
このようにして速記官制度の育成をはかってまいったわけでございますが、九百三十五名の定員にまで完全に充員することは、適性な素質の所有者を得るという観点からきわめて困難に逢着いたしまして、常時五十名を上回る充員の困難という
関係が出てまいり、また現に養成中の方は事務官の身分を持っておりますが、その
関係の人員の充員の困難さ、それから養成を終えまして実務につきましても、いろいろな
関係で退職する者が多いために、相当数の欠員を出さざるを得ないという結果に相なっておるわけでございます。
しかしながら、速記の制度はやはり
人間という高度の頭脳が活躍する場面でございますから、同時に幾つかの
発言がございましても、どれを録取すべきかということの選択ができるわけでございますが、先ほど申し上げました録音機による録音反訳という方法では、機械の限度というものがございまして、同時
発言等がございました場合には、そのとるべき録取ということができないというような
関係もございます。それぞれの特色がございますので、決して録音反訳方式の採用によって速記官制度が無用になるというようなことはございません。やはり速記官の制度にたよらなければならない特殊の複雑な
事件が相当数ございますので、この制度は、その特色によりまして今後も維持していかなければならないものと考えている次第でございます。ただ、この充員が意にまかせないということは、非常に残念なことでございます。
〔羽田野
委員長代理退席、
委員長着席〕