○安里
委員 対策要綱といたしまして
文部省の
考えておりますいまの統合の
方向、そうして
内容も充実していこうというこの
方針は、先ほど申しましたように決して否定するものではございません。ただ、この統合と申しましても、従来あった
沖繩大学の施設、資産、それもいまの統合される大学に
寄付行為として出されるものではなくして、これらは除かれたものということになってくるわけです。いろいろな施設、それから十何年にわたりまして築き上げられたところのものが、復帰の段階にあたって無に帰するというような結果になるということは、大学当局にしましてもたいへん忍びないことでありましょうが、それよりもこういうことが
考えられぬだろうか。結局、
沖繩におきます統合の問題というのも、従来の
沖繩私大というものが、教授陣その他いろいろなものが本土の
基準に達しないということが大きな原因になっておると思うわけです。それとも、私大が幾つもあったのではぐあいが悪いのだというような立場ではなかろうかと私は思うわけですが、
沖繩においては私大が
一つでいいのだというような
考えでもってやられたとすれば、また私は議論があると思うのです。しかし、せっかくある、あるけれ
ども、いろいろな都合から施設あるいは
基準に合わないものがある、だから統合して
一つの合うものにする、これは一応わかるわけでありますけれ
ども、それは非常に実情に沿わないものであるとともに、あまりに
一つの型にはめた
考え方ではないかという
気持ちもするわけです。そのいろいろな
基準に合いないのが今日まできたということは、これはもちろん言うまでもなく、
沖繩が政治的にも切り離されておった、本土
政府の私大振興に対しまする援助も十分及ばないし、あるいは教授陣に人を得るにいたしましても、そういう切り離された中にありまして十分ではなかった、こういろ結果が私は
基準に達しないような大学になったのだ、こう思うわけです。
大学があればいいというのではなくて、もちろんそこに学ぶ者が十分なるところの学業が修得できることが目的でございますので、学生でございましても、大学卒業という肩書きさえ取ればいいというのではなくして、どれだけ学び得たか、それがものをいうわけなんです。その点から言いますならば、
基準に合わない点は合わすようにしなければならぬと思いますけれ
ども、これまで
沖繩でやってまいりました私大の計画から見ますならば、こういうすべての
基準に達しない隘路をつくった条件というものが、復帰によって除去される、私はこう思いますし、また、要請書も大学等からも出ておると思いますけれ
ども、大学自体としても
基準に合うようにいろいろ
努力をしておる。学部、学科の縮小
整備、教授陣の充実あるいは施設の完備、あらゆる面に対しまして
基準に達するような
努力を続けておられるものと思っております。そうしますれば、いままでの
基準に達しなかったものも、復帰後におきまして十分達し得るところの道がある。だから、
基準に達しないからもうなくしてしまえというのではなくして、むしろ積極的に
基準に合うような指導あるいは援助をする、そういったことによって、せっかくあるものをさらに充実していくという
方向に積極的に進められるところの方途はなかったものであろうか、こういうふうに思うわけですが、いかがでしょうか。