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太田(康)
政府委員 サケ・マス、ニシンにつきましては、御
承知のとおり、三月一日から日ソ
漁業委員会におきましてモスクワにおいて話し合いが続けられております。御
承知のとおり、ことしはわりあいに話し合いはスムーズに進んでおりまして、
資源評価につきましても、もちろん、個々のものにつきましての完全な意見の一致は見ませんでしたが、一応
資源の評価としては、ことしはマスの不漁年ではございますが、一九七〇年の水準とほぼ同じであろうということに意見が集約されたわけでございます。現在非公式会談が続けられておるわけでございますが、漸次
規制措置も明らかにされてまいっておりまして、そろそろ漁期も近づきますので、最終の詰めの
段階に入っておるのでございます。
そこで残された主要な問題点でございますが、まずサケ・マスの
漁獲量でございますが、当初ソ連案は公海における
漁獲は九万トンにしよう。御
承知のとおり、昨年からソ連は公海における
漁獲を始めるということで、一九七一年は十万五千トン、そのうち日本側が九万五千トン、ソ側が一万トンということになったわけでございます。そこで九万トンを大幅に減らす必要があるんだというようなことを言っておったのでございますが、その後、ソ連側の
提案は、ソ連側の
漁獲は一万トンで日本側が八万トンということを言っておるようでございます。なお、その後さらに折衝の経過におきまして、いろいろな
規制措置をのむのであれば八万五千トンまでは認めてもよろしいというようなことも言っているようでございますが、なお、
漁獲量につきましてはそういった
規制措置とのからみできまるわけでございまして、まだはっきりした
数字は申し上げかねる
状況にあるわけでございます。
それから、減船の
措置でございますが、これもここ二、三年来日本海側で五割、それ以外では二割の減船というようなことを強く言っております。減船につきましては、私
どもとしては、これはあくまで国内の
措置の問題であるからということで、減船は拒否をしてまいっておるのが従来の実態でございますが、まあ、これまでの
経緯等を
考えてみますと、やはり
漁業の
経営の安定あるいは管理上の面からいいましても種々問題があるということで、ある程度の減船はやむを得ないということで、昭和三十七年でしたか、減船をいたした事例がございます。今回も約一割程度の減船はやむを得なかろうというように思っておりますが、ソ連側の言い分を全くのむというようなことはなしに対処いたしてまいりたい、かように思っております。
それから、毎度問題になりますのは禁漁区、休漁区の設定でございまして、これも、本年度は不漁年であるにもかかわらず、一九七〇年にはブリストル系の紅サケが非常に回遊が多かったというようなことで、いわゆるA
区域におきますところの休漁区の設定というようなことものんだわけでございますけれ
ども、ことしはそういった事情もございませんので、休漁区の設定ということには強く反発をいたしておりますが、この点につきましては、ことしはかなりきびしい
規制をソ連側は要請をいたしておるのでございまして、この点が残された最も大きな問題、これをいま詰めておるという
段階でございます。
それ以外に、これも毎度言うわけでございますけれ
ども、ソ連船によるB
区域への乗り入れによる取り締まりという問題がございます。これはB
区域設定の
経緯にかんがみまして、あそこには小
漁船が多数入り会うわけでございますから、ソ連側の船が来て日本側を取り締まるというようなことは絶対認められないということで、これも拒否をいたしております。
大体サケ・マスにつきましてはそういう
状況でございますが、いま休漁区の設定問題にからみ、これが
漁獲の数量ともからみまして、最終的な詰めが非行式会談で行なわれておるという実情でございます。
それから、索餌ニシンにつきましては、私
どもある程度は予想をいたしておりましたが、これをまた
規制いたしたいということを言ってきております。私
どもといたしましては、御
承知のとおり、昨年抱卵ニシンの禁漁をせざるを得なくなったわけでございますけれ
ども、コルフォ・カラギン等につきましてはかなり
資源の回復を見られるから、この海域については解除してはどうかというような
提案もいたしたわけでございますけれ
ども、なかなかこれもきびしいようでございます。カラギン、カムチャツカとかオホーツクにつきましては、従来から、オホーツクもカラギンも同様でございますが、
調査船を出すということで禁漁もある程度やむなしというような感じでおるわけでありますけれ
ども、索餌ニシンの
規制は、当初の案は一九七〇年水準で押えてもらいたい、これは二万トンないし二万五千トンという
提案でございました。このときにはソ連は三十万トン以上とっておるのでございます。そういったこともございますし、昨年は抱卵ニシンの禁漁等もございまして、日本側は四万六千トンの
漁獲をあげております。ソ連側も第二次の
提案におきましては、索餌ニシンにつきまして、一九七〇年ではなしに七一年並みの水準でどうかというようなことを言っておるようでございますが、そういったことは索餌ニシンについては必要なしというようなことで、これも強く私のほうが拒否をいたしておるということでございます。おおむね最終
段階に至っておるのでございますが、すべての問題をからめて——まだカニの御質問がこざいませんからカニについては申し上げておりませんけれ
ども、すべての問題をからめるのは、私
どもとしてはいかにも理屈のないことだということでがんばっておるわけでございますけれ
ども、ソ連側に言わせれば、交渉上のテクニックというのですか、すべての問題をからめて交渉に当たっておるようでございまして、まあ最終
段階に来ておる、残された問題はいま言ったような点である、こういうことでございます。