○
藤田(高)
委員 これは私の持ち時間の中では、とうてい私自身が納得いく
結論は出ません。というのは、いわば最終的な、
結論的な
答弁があったわけですが、放射性の固形
廃棄物については、これはできるだけ貯蔵していこう、海洋投棄は見合わせよう。しかし、研究の結果海洋投棄もやろう。しかし、私は、この海洋投棄の問題は、公式にここでそういったことが論議されて、正式な政府
見解として国際的に発表されたら、重大な問題になると思うのですよ。そうしたら、どこへ捨てるんだ。
日本だって、
日本の近海でなにすれば、当然またこれは問題が起こる。だから、太平洋のどのあたりに持っていくのか、場所によっては国際的にたいへんな反響を呼ぶと思うのですね。海洋投棄の問題は、国際的な通念からいって海洋投棄はすべきでない。国際
会議の
方向としても、それは低レベルの問題となにはありますよ。ありますけれども、海洋投棄の問題については、少なくとも公式
見解として、たとえば政府が固形
廃棄物については海洋投棄をするのだ、そういう
方向で研究を続けていくのだということは、私は賛成できません。これが
一つ。
それと、
気体廃棄物の再
処理工場の問題ですね。これはクリプトン八五のガスの発生の問題については、いまから鋭意研究して、そして再
処理工場についても、そういうガスが出ないような、かりに出ても影響のないような
施設をつくりたい、いまそういう
答弁だったのですけれども、私は、少なくとも一これはもう五十年といったら目の先なんですね。二年、三年といったってすぐですよ。目の先に、もはや
東海村で再
処理工場が完成して動き出す、こういう
段階に、この有毒なガスの発生
処理方法についての権威ある
処理方法というものができてないまま
原発をたくさんつくっていく、そういう最終
処理の方法、
安全性の問題について安心できる
施設ができてないままこの
東海村の工場をつくっていくということについては、全くこれは
産業レベルというか、資本の利潤追求そのものにすべてを置いた
産業開発じゃないか。人間の命、国民の生命なんということは、どのように考えておるんだ。被害をもし受けたらたいへんなことになるという地域住民の
立場というものは、この
開発計画の中には何も考えられてないじゃないか。
したがって、私は、
原発を推進するのであれば、いま最終的に
質問をしておる、
気体廃棄物についての
処理の過程において、
公害は起とらない、
安全性についてはだいじょうぶだ、放射性の固形
廃棄物については、政府の
計画は六十年までのはや十何年先の
計画ができておるのですから、少なくともその
計画ができるのであれば、固形
廃棄物についてもその
段階まではずっと累積していくわけですから、ずっとそれこそ幾何級数的に累積していくので、固形
廃棄物をどう
処理するのだということがきちっとできてこない限り、私は、やはり
原発問題については、
科学技術庁としても、
原発を増設することについて、ここで一ぺん
原発それ
自体の
開発を科学的な
安全性の
結論が出るまでは見合わす、こういう
方向をとるべきじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。それについて最終的にひとつ
開発銀行の、われわれのやりとりの過程で少しく常識的な
——私の
質問は常識的だと思いますけれども、
原発についての
安全性の問題に
理解を深めることができたのじゃないかと思うのですが、そういう観点から、
開発銀行が
融資をする場合の基本的な姿勢の問題としてどうでしょうか。
それと最終的に、一番最初の
質問に返りますが、やはり
原発問題は、
公害がいまの
段階では起こるということは、はっきりしておるわけですね。そういう
企業に対して
融資を現実に行なおうとしておるわけですけれども、そういう
立場からいけば、実際の問題と
目的、第一条にうたうこの
目的に、
銀行局長の
答弁のありました
公害を発生させないということが前提だと言いながら、事実はそういうきれいごとでは終わりませんよ。そういう実態に即して、この
条文のうたい文句をどうするかということについての
見解をひとつ聞かしてもらいたい。