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磯野参考人 ただいま御
紹介にあずかりました都立大学
生物学教室の
磯野でございます。
上田先生、
立川先生がお話しになりましたことと重複する部分があるかと思いますが、それはあらかじめお許しをお願いいたします。
さて、私は、この短い時間でございますので、
汚染の実態というもの、それが
人体にどういうふうな影響を及ぼすかという見通し、それから今後の
対策の三点に分けてお話を進めたいと思います。
まず
汚染の実態でございますが、これは世界でも
日本でも、かなり魚とか鳥とか、そういうものの
汚染実態が報告されております。
分析方法が違いますので、そのまま比較することはほんとうは無理かと思いますが、
外国のうちで一番よごれておりますといわれておりますニューイングランドから東カナダのあたり、そこら辺の魚は
外国では一番よごれているといわれておりますが、一番よごれているものでも、たかだか一
PPMをこえるかこえないかというところでございます。それと比べますと、
日本の場合は、東京湾などは一
PPMをこえる魚がかなりとられておりますし、琵琶湖の南部のほうの魚でございますと一〇ないし二〇
PPMというふうに、
外国のものと比べますと、大体十倍、それ以上の開きがございます。おまけに
日本人は魚をたくさん食べますので、先ほどの話にもありましたように、
人体の中にもかなりたくさんだまってまいっております。
私、
生物学なものでございますので、そのほうの観点からお話を進めたいと思いますが、この
PCBと申します
物質は水に溶けません。
生物の
からだの中に入りましたものは、水に溶けますものですと、これはじん臓を通して尿に排出することができますが、
PCBのように水に溶けないものは、その経路からなかなか排出できません。ほんとうはそういうものを分解すればよろしいのでございますが、実はこの
PCBに限りませんで、
DDTとかBHC、いわゆる有機塩素
化合物といわれるものでございますが、これは天然にはほとんど存在いたしておりません。でございますので、
生物の側もその
対策を備えていない、つまり分解する手段を持っていないというのが普通でございます。それで、自然にも
PCBの場合には分解しにくいというのが
特徴でございますので、これは入ったら分解もされない、排出もされないというわけで、
からだの中にたまるということになってしまいます。そして、これは油の中に溶けやすい
物質でございますので、
脂肪の中に蓄積いたしまして、そこの中で保存されるわけでございますが、鳥などで知られておりますことによりますと、体力を消耗したとき、たとえば鳥が渡りをするとか子供を育てる、そういうときになりますと
脂肪を大量に使いますので、そこの中にたまっておりました
PCBが出てまいりまして、そして別の
脂肪の多いところ、肝臓とか脳、そういうところにたまりまして毒作用を発揮すると考えられております。
DDTも同じでございます。
いま、排出の道はほとんどないと申し上げましたが、実は幾つかの道がございます。その一つが、母親の
からだの中で直接胎児に移すというやり方でございます。第二番目が母乳。母乳は
脂肪分が三ないし四%というふうに多いものでございますから、そちらのほうを通して捨てるという道、これが第二の道だと思います。
あと、先ほどの
上田先生のお話にもありましたように、胆汁を通すとか、皮膚の
脂肪を通すとか肺を通すとか、そういう捨て方もございますが、私が考えますに、母乳を通す捨て方というのがかなり有効な捨て方である。その結果は、生まれてくる子供に一番しわ寄せがいくわけでございます。つまり、
からだの中におりましたときは母親から直接
PCBをもらいまして、生まれ落ちてからは母乳として
PCBをもらう、そういうかっこうで、子供に対する蓄積並びに子供に対する影響というのを一番憂慮しなければいけないのではないかと私は考えております。
現実に人間にどのような影響が出てまいるかということを考えますと、これは先ほどのお話しにもございましたように、肝臓の酵素の作用が増加いたしまして、その結果、性ホルモンの分解などが起きる、こういうことが実際に
生物でも知られておりますし、それからカネミ
患者の場合でも、聞くところによりますと、ホルモンなどに多少の異常があるようでございます。また、同じカネミ
患者の場合に、どうも免疫力などが低下しているという報告を私、聞いたことがございます。
生物のほうでも同じような実験がございまして、烏に
PCBを食べさせておきまして、それからウイルスを打ちますと、そのウイルスによる死亡率が数倍に高まるというふうな実験もございます。
あとは、次の世代に対する影響でございますが、これも最近、
外国で
学者が発表準備をしておる実験でございますが、やはり同じ鳥に
PCBを食べさせまして、そして第一世代、第二世代と飼いますと、第一世代の場合、卵のふ化率は普通の鳥と同じなのでございますが、第二世代になるとそのふ化率が非常に落ちる。約二〇%までに落ちてしまう、そういう実験もございまして、その場合、調べてみますと染色体に多少異常が起きている、こういう報告もございます。人間に影響が出るといたしますれば、いきなりカネミ
患者のような激しい症状が出ることはまずないと私は思っておりますが、こういうふうにホルモンのバランスが乱れるとか、それから免疫力が低下する、そういうふうに、一見してはわからない形で異常が進行していくおそれが現在でも多分にあるのではないか、こう考えております。
なお、
毒性に関しまして一言申しておきたいことでございますが、普通
PCBには、塩素の
含有量がいろいろのものがございます。一般には塩素化の
程度の高いもの、高
塩化物のほうが
毒性が強いといわれておりますが、これはどうも場合によってだいぶ違うようでございまして、私自身が魚などで影響を調べますと、カネクロール三〇〇——三
塩化物が主体になっているものでございますが、このカネクロール三〇〇の致死効果が最も強い。その次がカネクロール二〇〇、四〇〇。五〇〇、六〇〇はかなり弱いというふうな結果を得ておりますし、
外国でも同じような報告がございます。ですから、低塩素化物のほうが安全だということは決して言えないと思います。
次に、現在の
PCB環境汚染によります
人体中への
PCBの摂取でございますが、先ほど
上田先生もお話しになりましたように、これはカネミで最低発症量というものがわかっております。
九州大学の倉恒先生が、「労働の
科学」という雑誌がございますが、それの最近号にこう書かれております。「油症
患者のカネクロール摂取総量を調べてみると、二人の成人
患者がそれぞれ三カ月、五カ月間にわたって〇・五グラム摂取しているのが最小摂取量である。かりにこの二人が体重五十キログラムであったとし、平均四カ月間に〇・五グラムを摂取したとすると、発病最小量は六十七ガンマ・パー・キログラム・デーとなる。」つまり、一日当たり、体重一キログラム当たり六十七マイクログラムで発病した、こう書かれております。そして倉恒先生は、それに続きましてドイツの母乳の例を引かれまして、これは〇・一
PPM、
PCBを含んでいるわけでございますが、この状態を計算いたしまして、非常に憂慮すべき状態であるというふうに書かれております。
先ほ
ども上田先生のお話にありましたように、体重当たり一日にどのぐらいとるかということが、普通われわれが使う方法でございます。それで、では、いま普通の
日本人がどのぐらい食べるかということを計算いたしますと、たとえば琵琶湖の南部地帯では、魚が平均して一〇から二〇
PPM、
PCBを含んでおりますが、かりにこれを一五
PPMといたしまして、一日に平均して七十グラムぐらい食べるのが普通の
日本人の魚の食べ量でございますので、それを用いまして計算いたしますと、その魚を普通に食べておりますと、一日に体重一キログラム当たり二十マイクログラムずつ
PCBを取り入れていくということになります。これは、先ほどの
カネミ油症の
患者の場合の七分の二でございます。ですから、魚をたくさん食べる人、かりに普通の三倍量食べる人がいたといたしますと、大体カネミ
患者の最小摂取量と同じだけとることになります。
また、母乳の場合で申し上げますと、大阪の場合、平均が大体〇・二六
PPMの
PCBを含んでいたといわれます。これから計算してまいりますと、この赤ちゃんは、体重一キログラム当たり平均して一日四〇マイクログラム、つまりカネミ
患者の場合の半量より少し多く取り入れることになります。また、最高の量でございます〇・七
PPMの場合を計算いたしますと、これは一日に体重一キログラム当たり一〇五マイクログラム、つまりカネミ
患者の場合よりも多い
PCBを取り込むという計算になります。これはあくまで計算でございまして、このとおりの数字になるからすぐあすに発病するというものではないと思います。先ほど
上田先生もおっしゃいましたとおり、摂取のしかたが多少違います。そういうこともございますので、あらわれ方は、すぐ病気になるというものではないと思いますが、きわめて憂慮すべき状態だと私は考えております。
そこで、
対策に移りたいと思いますが、
対策の第一点は、これはやはり、魚から人間の
からだの中に入っているのが大筋だと私は思います。そこで、そういう食品に
基準をつくらなければならないと思いますが、
アメリカのFDAでは、現在、魚の食肉部分に五
PPM、鳥の食肉部分に五
PPM、ミルクに〇・二
PPM、卵に〇・五
PPMという一応の暫定
基準を採用しているようでございます。ところが、最近の向こうの報道を参照いたしますと、先ほど
立川先生も言われましたように、魚に関しては少し高過ぎる、つまり五
PPMではちょっと高いのではないか、もう少し低めなければいけないのではないか、そういう声が
科学者からあがっております。次に鳥でございますが、これはいままで全体の量の五
PPMだったのでございますが、今後は
脂肪の中の量の五
PPMというふうに変えよう、そういう動きがFDAの中にあるそうでございます。こういたしますと、この
基準のきびしさが大体十倍
程度きびしくなります。また、ミルクの〇・二
PPMももう少しきびしくする方針のようでございます。さらに、現在はございませんが、幼児用食品に関しまして、
アメリカでは、近々〇・一
PPMという
基準を設けるそうでございます。
こういうふうな
基準がどういう計算から出てきたかは、私詳しくわかりませんが、どうもカネミ
患者の発病量を
基準にして計算したようでございます。ですので、かりに一応これを、
日本でもそのまま採用してもいい、私はかように思っております。ただし魚の場合、
日本人は
アメリカ人よりたくさん食べますので、これは五
PPMでなくてもう少し低く、たとえば二
PPMとか一
PPMとか、そういうふうな低い値でなければならないのではないかというふうに考えております。
さらに、同じ食品のことでございますが、いますぐにでもできることが一つございます。それは魚の食べ方について、これは
指導すると言うと大げさになりますが、ある助言をしてもいいと思います。たとえば、
分析によりますと、魚の中でも内臓部分に非常に高い
PCBが見られます。
PCBが非常にたくさんだまっております。ですから、魚のあら、内臓はあまり食べないようにするとか、それから魚ばかり食べるような偏食、こういうことが非常に危険でございますので、偏食をしないように
指導をするとか、ことに母親に対してこういう
指導をする、これはあすからでもできることではないかと思います。
次に、今後の問題でございますが、先ほど
立川先生もおっしゃいましたように、回収の問題がございます。回収の問題に関しましては、これは全部回収することは不可能だと思っておりますが、一番困りますのは、現在どういう
製品にこの
PCBが使われているか、私たちでもつかみかねているというのが実情でございます。ですから、
メーカーの方なりまたは加工業者の方なりが、これこれの
製品には
PCBが確かに入っているということをお調べになる、または発表なさる、そういうことがまず第一ではないかと思います。その上で、できる限り回収してこれを処分するわけでございますが、処分の方法は、残念ながら、いまいい方的はないようでございます。ただ一つ可能な方法は
焼却だと思います。これもかなりむずかしい問題がありまして、
立川先生も言われましたように、
アメリカでもなかなかいい方法がないようでございますが、これの研究をやはり進めていくのが第一だと思います。
そのほか、最近ではバクテリアによる分解とか紫外線による分解、放射線による分解などがいわれておりますが、こういうものはまだ実用化にはほど遠いと思いますし、もし実用化いたしましても、これが実際に応用できる範囲というのは非常に狭いのではないかと思います。あまり過大な期待を持ってかかることはかえって危険かと思います。
最後に、
PCBが使用禁止になりますと、必ず次の
物質が出てまいります。だいぶ
立川先生と重複するようでございますが、あえてもう一度申し上げますと、有機塩素
化合物というものは、初めにも申し上げましたように、
生物にとっては全く異質のものでございます。ですから、
PCBがほかのものにかわっても、その影響はたいして変わることはない。つまり、本質的に危険である。また、それでは塩素がついていなければいいか。このごろよく、これは塩素を含んでいないから安全である、こういうふうな報道が目立ちますが、確かに塩素がついておりませんと分解しやすい、その点は一歩前進すると思いますが、実は
毒性の点では大同小異というものが多いようでございます。私、
生物学のほうの立場から申しますと、人間がつくり出した
化合物の大半は、
生物にとってなじみのないものでございます。もちろん人間も
生物でございます。こういうものは本質的に危険である、こういうふうに初めから考えてかからなければならないのではないか、これが私が考えております持論でございます。その上で、どうしても必要な場合に限りまして、十分なテストを繰り返した上で必要な部分にだけ使う、こういうふうにしていかない限り、今後第二、第一二の
PCB様の公害がまた出てくるのではないかと、私は非常に心配しております。
最後に、同じことでございますが、現在新聞等の報道で見ますと、
PCBのみが取り上げられておりまして、農薬の問題とかほかのいろいろな公害
物質の問題は、非常に影をひそめております。しかし、農薬はなおかつ、われわれの
からだの中に残留しております。たとえば、
アメリカで計算したところによりますと、
DDTを使用禁止にしても、
からだの中の
DDT量が現在の十分の一になるのに四十年かかるそうでございます。
PCBは
DDTよりこわれにくいものでございますから、おそらくもっともっと長い年月がかかるのではないかと思いますし、また
PCBだけが取り上げられて、
DDTとかそういうものが忘れ去られるということはかえって非常に危険ではないか、こういうふうに私は思っております。ですから、
PCBに限らず、いま申しましたように、われわれがつくり出した
化合物全般をこの機会に見直して、そしてあらためて将来を考えていく。もし
PCBの公害を災いから福に転ずることができるといたしますれば、そういうふうに私たちの姿勢をちょっと変えてみる、そういうことが大事ではないかと私は考えております。
以上でございます。