○喜田村
参考人 神戸
大学の
医学部で公衆衛生学を担当いたしております喜田村でございます。本日労働省
関係の
委員会がございまして、おくれて参りました。まことに失礼いたしました。すでにほかの先生方お話がお済みになっておられまして、あるいは私がこれから申し上げますことは、一部、先生方が先に申し上げられたことと重なるかもわかりませんが、その点、あらかじめ御了承をお願いいたします。
カドミウム汚染の
人体影響ということにつきまして私の
意見を述べろということでございますので、これを十分間ほど申し上げるわけでございます。
たん白毒だとかあるいは細胞毒と呼ばれております
重金属、これの
一つでございます
カドミウムが、これが異常大量に
体内の
臓器に
蓄積したときは、これはもう当然
人体に
障害をもたらすものでございます。で、古くから特殊な職域におきまして、高濃度の
カドミウムの粉じんあるいはフューム、これを
長期間吸入しました作業者に、呼吸器
障害あるいはじん機能
変化といったものを伴いました慢性
カドミウム聖母というものが発生したという報告はございます。これは、職域におきましては、吸入いたします
カドミウムの量も多い上に、呼吸器内に沈着いたしました
カドミウムというものがすべて
体内にとけ込んで
吸収されるからでございます。
〔
委員長退席、
始関委員長代理着席〕
重金属はもとより、どのような化学
物質でございましても、これが異常大量に
体内に
吸収、
蓄積すれば、
人体に
障害を与えます。これは食塩でもビタミンでも、致死量というものは存在いたします。ことにビタミンのDというのは、これは過剰投与の害があるということは、これはよく知られておりまして、くる病あるいは
骨軟化症といったものの
治療にあたって注意を要するということは、これは医師の常識といってもよいのでございます。しかし、それだからと申しまして、こういった食塩だとかビタミン類というものの少量を持続的に摂取するということは、
人体に何らの
障害をもたらさないどころか、これがなくてはならない。これは周知のとおりでございます。すなわち、大量をある期間、短期間ですね、継続
吸収したときに
障害があらわれるからと申しまして、少量が
長期間継続して
吸収されまして、総
吸収量が前者にひとしくなったから、あるいは前者を上回ったからといって、
障害が起こるというふうに単純に
考えますことは正しくございません。このことは、有害
物質の生体への
蓄積理論計算からも、あるいは
動物実験の成績からも証明されております。また、このことは、逆に言いますと、いかなる有害
物質であろうとも、ごく
微量が
吸収され続けても
人体に
障害を与えるものではないということを示すものでございます。たとえば、有毒
物質の代表的なものと申してもよろしい
水俣病の
原因毒物メチル水銀、これを例にとってみますと、このメチル水銀は、
微量ではございますが、マグロだとかメカジキだとかいうものをはじめといたしまして、海水産、淡水産の魚介類には、古くからみなこれは含まれております。これは何も最近の
環境汚染によりまして含まれるに至ったというものではございません。われわれの教室では、もうすでに、世界各地のと申しますか、あっちこっちの海域の魚介類を、数千匹に達するばかりの魚介類を分析を行なっておりますが、いまだかつてメチル水銀を含まないといったものを分析したことはございません。このことは、スウェーデンでも、あるいはアメリカでも同様の結果が得られております。
〔
始関委員長代理退席、
委員長着席〕
こうした一般の魚介類に含まれております
微量のメチル水銀の含有濃度からいたしまして、一日大体百グラムから二百グラム
程度の魚介類を食べ続ければ、三十年ほどで
水俣病の発病量
程度のメチル水銀が
体内に
吸収されることになります。もしも、大量短期摂取の場合の総
吸収量と少量
長期の場合の総
吸収量が同じであるかあるいは後者が上回れば、同じ
障害を起こすというのでございましたら、昔から魚介を摂取しております民族、特に漁業従事者あるいはその家族に
水俣病症状を示す者が多発していたはずでございます。ところが、現実にそのような者は一名もおりません。これは結局、
吸収されました有害
物質というものが
体内に
蓄積する一方ではない、分解やあるいは
排せつというものが行なわれるからでございまして、結局、有毒
物質の
体内蓄積というものは、ある
時点で平衡
状態に達しまして、それ以上は、引き続き有毒
物質が入ってまいりましても、
吸収が行なわれましても、
体内の
蓄積量は増加しない、こういうことになるからでございます。もちろん、その平衡
状態に達しましたときの
蓄積限界量というものは、一日の平均の
吸収量に比例いたしまして、二倍量
吸収していた人は
蓄積量が二倍量にはふえるわけでございます。こういった
蓄積の原則というものは、
重金属を含めた有毒
物質全般に共通して当てはまるものでございますが、一般の人々はもちろんのこと、医師の中にも、こういった点を誤解されている人がございまして、しばしばこれが——しばしばといいますか、ときによりましては、こういったことで社会不安を起こしたりあるいは混乱を招くこともございますので、こういった点は十分御理解願いたいと思います。
カドミウムもこの例には漏れないのでございまして、御承知のように、
カドミウムは尿中に
排せつされます。しかもその量は、
カドミウムの
吸収、
体内蓄積が多いほど尿中への
排せつが多いということでございますので、これは
汚染地域の
住民検診あたりにも用いられております。このことは、結局、
吸収された
カドミウムが
体内にたまりっぱなしではないということを示す証拠でもございます。
一般の生活環境では、特殊職域におきますごとく、高濃度の
カドミウムを
地域住民が持続的に吸入するというようなことはございません。
カドミウム汚染地域でありましても、
住民が暴露を受けるといいますのは、ほとんど飲食物を通じて経口摂取される
カドミウム、こう申してよろしいのでございます。大気の呼吸あるいは喫煙などによりまして少量は入ってまいりますが、これは量的に見まして問題にはならない。
この経口的に口から入りましたものは、すべて
体内に入ったというふうに一般には解釈されておりますが、これはとんでもない間違いでございまして、口から入った
重金属、特に水に溶けておりますような
重金属でございましても、ほとんど腸管を素通りしまして大便の中に
排せつされます。したがって、腸から
吸収されるというのは、無機の
重金属では大体五%以下といってよろしいのでございます。
これもしばしば
水俣病の
原因毒物のメチル水銀と間違えられて——あのメチル水銀は、口から入れば、腸管から一〇〇%
吸収されます。あれも
重金属だ、だから
重金属というものは、口から入ったら一〇〇%腸から
吸収されて
からだの中に入ると思われておりますが、これは大きな間違いでございます。
それと、
カドミウムの
汚染地域でありましても、米にべらぼうに多量の
カドミウムが
蓄積することはございません。やはり稲は
重金属の
カドミウムによりまして
障害を受けるから、
カドミウムをあまり多量に
吸収しますと稲が登熟しなくなります。このために、
汚染地区の農家の保有米でも、大体
カドミウムは平均一ないし二PPM以上含まれるということはないといわれております。したがって、
汚染地区の人々がいわゆる持続して食べます米の平均の
カドミウム濃度というのは、やはり一、二PPMをこえることはないとみなしてよろしいと思います。この点に関しましてもやはりメチル水銀と間違われる。メチル水銀は魚介類に非常に
蓄積しやすい。しかも、
蓄積しましても魚介類に
障害を与えないで、それでこれを有毒化いたします。人がそれを食べて初めてそのおそろしい
障害作用を発揮する、こういったのがメチル水銀のメチル水銀たる特色でございますが、これと同じように何でも食物に
蓄積されて
障害を及ぼすのだということではございません。
一方、
厚生省のほうでは、
動物実験の成績などを考慮いたしまして、約八十分の一の安全率をとりまして、一PPMの
カドミウムを含んだ米なら毎日五百グラム食べましても
長期間異常はないということを申しております。米の
カドミウム安全基準一PPMと申しますのはこういった基準でございまして、一PPMを少しでもこえた米なら、
長期間摂取すると
慢性カドミウム中毒の危険があるという、そんな意味ではございません。これは極端な言い方をいたしますと、
動物実験の結果をそのまま人に当てはめるならば、八〇PPMの
カドミウムを含んだ米を
長期間食べ続けても
障害が見られない、こういった意味の数値でございます。
そういうことになりますと、
慢性カドミウム中毒といわれております
イタイイタイ病が発生した
神通川の
流域では、
住民が飲用したといわれます川の水あるいは井戸水というものの
カドミウム濃度が高かったのではないかというふうに思われるかもしれませんが、これも現在のところは否定的でございます。この
研究が始められた当初は、川の水や井戸の水の中に〇・五から〇・七PPMの
カドミウムが検出された。その当時でございまして、昔はもっと高いというふうに
考えられておったのでございますが、結局、その
カドミウム流出源あるいは
神通川の年間の流量ということから
考えまして、往時といえ
どもその川水あるいは井戸水の中には〇・〇一PPM、これは現在の環境基準あるいは飲料水の基準でございますが、それ以上はなかったというふうにいわれております。
もう時間がなくなりましたので、簡単に
結論だけ申しておきますが、
カドミウム汚染地域、全国で幾つかの要観察
地域がございますが、結局そこで
イタイイタイ病あるいは慢性の
カドミウム中毒とみなされる者は一名も発見されておらない、それは御承知のとおりだろうと思います。
ただ
最後に、誤解のないようにちょっとお断わりいたしておきたいのですが、結局、
人体に
影響があろうとなかろうと、
カドミウムの人為的な
環境汚染というものは、これはもう自然生態系に
影響を及ぼすかもしれませんし、あるいはひいては将来の人類の生存環境への
影響という点も考慮しなければいけません。だから、決してそういったものは好ましいものではございません。したがって、
カドミウムの人為的な
環境汚染というものは極力減少せしめて
汚染防止に努力すべきである、これはもう申すまでもございません。現に
イタイイタイ病が発生していようと、しておるまいと、
カドミウム汚染対策、
地域住民の
カドミウム暴露
対策というものは、
汚染地域ではとられております。
イタイイタイ病の
原因が
カドミウムであるというならば、これで
イタイイタイ病の発生防止には十分でございますが、
原因がもしもほかにあるということになりますれば、今後状況いかんによりましては、これは
イタイイタイ病が発生するおそれも生じてくるわけでございます。現に、
カドミウム汚染と無
関係にいわゆる
イタイイタイ病とそっくりの
骨軟化症が発生しているというところもございます。わが国でもそうしたことが起こらないとは限りません。そのときの責任というものは一体だれがとるかということになりますと、これはやはり
イタイイタイ病あるいは慢性
カドミウム汚染の
人体影響というものを
研究いたしております学者にあるというふうに私は
考えております。その意味で、この際、徹底的に科学的究明を行なうべきである、このように私
考えておる次第でございます。
以上でございます。