○古館
説明員 刑法におきましては、犯罪の事実を立証する場合には、厳格な証明によらなくちゃならないというたてまえになっております。これは被告人の人権保障という見地からだろうと思います。そこで、厳格な証明によるといいますと、たとえば犯罪要件、事実、これを厳格な証明によって立証するわけでございますけれ
ども、中にはこの犯罪要件、事実を立証することが不可能なことがございます。たとえば
公害罪の場合でも、
被害を生じさせたという場合には、ある企業が有害
物質を川に流したという場合に、その有害
物質が
被害者に到達したということを立証しなければなりません。ところがよその企業が有害
物質を排出して、それがまじったという場合には、その混在している
物質の中からいまの被告人の企業の排出
物質はこれでございますといって取り出すことは不可能でございます。こういう場合に、立証ができないからといってそのまま放置しておくというのは、これもまた実情に沿わないだろうと思います。そういうことになりますと、これは被告人に不利益にならない合理的な範囲内で、きびしい要件のもとに、そういった直接犯罪を立証しなくても、その前提をなす間接事実、これについて厳格な証明によって立証すればそれでいいじゃないかというふうな
考え方も出るだろうと思います。しかし、これはいまの刑事訴訟法のたてまえからいいますとできません、何も規定がない場合に。そういう場合、この
公害罪の場合では推定規定を置いたわけでございます。したがって、間接事実を立証することによって直接犯罪事実を推認し、認定していいという規定を置いたわけでございます。ところが民事裁判の場合でございますけれ
ども、この民事裁判の場合につきましては、刑事裁判とたてまえを異にしております。どういうふうに異にしておるかと申しますと、民事訴訟法百八十五条などによりますと、裁判官は権利義務の存否に直接必要な要件、事実、これを認定するにあたりましては自由心証で認定してもよろしいというたてまえになっております。これは刑事と非常に異なっておる点でございます。そういうことから、結局裁判官は権利義務の発生、変更、消滅の要件につきましては、その直接事実については間接事実からそういった直接事実の存否、これを推認し、認定してもいいというふうなたてまえになっておるわけでございます。ですから、たてまえといたしまして、結局民事の裁判では刑事裁判と異なりましてそれほど厳格な証明は要らない、つまり
法律の規定がなくても、自由心証あるいは経験法則によりまして裁判官は間接事実から直接事実を推認し、認定してもいいというたてまえになっておるわけでございます。したがいまして、一般論からいたしますと、民事の場合には刑事の場合と違いまして、結局事実上の推定によりまして直接事実を認定することができるということから、特に推定規定を置かなくても裁判の扱いとしては別段不都合は起こらないだろうと思うわけでございます。ところで、この間の関田先生のお話、そういう
意味では私は非常に理解ができなかったわけでございます。
さらに関田先生のお話によりますと、結局推定規定がございますと訴訟の迅速に役立つ、それを落としたのは非常に不十分であるという強い御
指摘でございます。しかし関田先生の推定についての御理解のしかたは、結局
被害者のほうで一応証拠を出せば、加害者のほうで反対の立証をしなければ、
被害者の主張が認められるというふうな御理解のしかたなんですね。ところがこの
法律上の推定、あるいは事実上の推定といいましても、
被害者が証拠を出す、それで
被害者の言い分が一応認められた場合に、今度は加害者のほうで反対の証拠を出すというたてまえではございません。
被害者、加害者自由に、少なくとも時期におくれない限りは自由に証拠を出せます。証拠を出しまして、裁判官が最後にそういった権利義勢があるかどうかという
判断をする際に、そのある要件事実について立証が不十分な場合に、だれに不利益を負わせるかということでいまの推定が問題になるわけでございます。したがいまして、私、関田さんが実務家といたしまして、推定規定がありますと訴訟の迅速に非常に役立つというふうに言われたのが私はどうも理解ができないわけでございます。ただこういう問題はございます。推定規定を置きますとその立証の
対象である間接事実、これは特定されます。ですからそういう
意味で、争点が特定されるという
関係で訴訟の迅速に役立つという
意味はあるかと思います。しかし事
公害につきまして、これは特に問題は因果
関係でございますけれ
ども、この因果
関係について、直接これを立証するのは非常に困難だろうと思います。この場合に、これは一般的に言いまして、やはり関接事実を立証することによって直接事実を立証しようとしているわけでございますけれ
ども、その間接事実につきまして、一般的に企業が原因
物質を排出した、その汚染経路、到達経路、それから
物質と
被害者との
関係、こういった間接事実、前提事実を立証しようということを、これは
法律家であるならばだれでも考えるかと思います。それの立証には努力するわけでございます。そうしますと、いまの因果
関係の推定の場合も、推定の
対象は大体同じでございます。こういうことになりますと、結局いまの
関係では
対象物質となる、立証の
対象となる間接事実、これは推定規定がなくても、一般に
法律家はそれを理解し、大体限定しておる、それについて立証しておるので、そういう場合には事実上の推定によりまして裁判官はその因果
関係を認めていくというふうな形になっておりますものですから、推定規定があってもなくても裁判の扱いには変わりがないであろうというふうに私は考えておるわけでございます。