○船後
政府委員 初めに
環境庁原案の因果
関係の推定規定が、いかなることを推定しようとしていたかということにつきまして御
説明申し上げます。
一般に
公害にかかる健康事案におきまして、因果
関係の存在を証明しようとする限りは、第一に病気と
物質との
関係、第二には
物質が当該
工場から排出されたこと、第三にはその
物質の到達
経路、この三点を
被害者が証明することを要するわけでございます。
このうち特に
物質の到達
経路、これを直接に
被害者におきまして、たとえばその
工場の当該
物質が自分のところに到達したんだということを証明いたしますことは非常に困難でございますので、
環境庁原案におきましてはこの点につきまして考えられる一つの代表ケースを
設定したわけでございます。すなわち
被害者がこの病気と
物質との
関係及び
物質が当該
工場から排出されたこと、このことの証明を行ない、かつこの到達
経路につきましては
被害が生じ得る地域に同種の
物質により
被害が生じているということを証明いたしますれば、すべてにつき因果
関係が認められるという推定をしようとしたものでございます。
一般的に
法律上の推定は、甲という事実があれば乙という事実があるものと推定する、こういう構成をとるわけでございますが、
環境庁原案におきましては、乙という事実すなわち当該損害は当該排出によって生じたという事実を証明することにかえまして、排出があり、かつ
被害が生じ得る地域に同種の
物質により
被害が生じているということの証明をもって足りるとしたものでございます。
それから第三点でございますが、この推定規定を削除した理由でございますが、このような推定規定は事実上の推定ではなく
法律上の推定になるわけでございます。ところで、
法律上の推定になりますと、この
被害が生じ得る地域に同種の
物質による
被害が生じているというこの生じ得る地域ということの解釈をめぐりまして、一方におきましてはたとえば
事業者の排出量がきわめて微量でありましても
被害が生じ得るというような場合にはこの推定規定の適用があるという解釈も生じ得るわけでございます。他方、
公害事案につきましての最近の判例動向を見ますと、一般的には
被害者に因果
関係のすべてにつきまして厳密な
科学的な証明を要求することはなく、いわゆる蓋然性の理論と申し上げますか、阿賀野川の裁判でも申しておりますように、状況証拠の積み重ねにより
関係諸
科学との関連において矛盾なく
説明できればよいというような、事実上ゆるやかなしかたで因果
関係の存在が認められる方向に動きつつございます。このような方向に即しまして、因果
関係の推定規定を置くといたしました場合に、推定の
方法といたしまして一般的な形で推定をするかあるいは一つの代表的なケースを取り上げて推定するかという二つの
方法があるわけでございます。私どもは一般的な推定規定を設けることは困難でございますので、第二の代表的なケースすなわち
汚染経路につきまして一つの推定を設けたのでございますが、しかし推定の前提事実をどのように定めるかということにつきましては現段階ではあまりにも判例の集積がないわけでございまして、現在因果
関係につきまして明文の規定を設けますと、かえって判例動向を決定づけてしまうというようなおそれも出てまいったのでございます。
以上のような理由から、今回
政府案におきましては、因果
関係の推定は置かないことにいたしたのでございますが、今後の問題といたしましては、判例の動向も見守りながら判例の集積を待って、その方向がほぼ定着したと見られるような時期には成文化をはかるという方向で
検討を引き続き進めてまいりたい、かように考えております。
それから最後に、因果
関係の推定を
政府としていわば公約したことがあるかというお尋ねでございますが、従来
政府といたしましては、以上のような認識を持っておりましたので、この因果
関係の推定を成文化することは
技術的に非常に困難である、こういうことを申してまいったわけでございまして、無過失につきましては、これをぜひとも成文化いたしたいということを申してまいりましたけれども、因果
関係につきましては、この種のことをいわゆる公約として言ったことはございません。