○竹田現照君 私は、
日本社会党、公明党、民社党、
日本共産党並びに第
二院クラブを代表して、
通産大臣田中角榮君
問責決議案について、
提案理由を説明いたします。
まず、
決議案文を朗読いたします。
通商産業大臣田中角榮君
問責決議(案)
本院は、
通商産業大臣田中角榮君を問責する。
右決議する。
理 由
田中通商産業大臣は、
わが国繊維品の輸出に関し、米国の一方的な圧力に屈し、
繊維業界ならびに
繊維労働者あげての反対と
国民世論に反し、しかも「米国は
輸入制限をすべきでない」との
衆参両院の決議(昭和四十四年四月十五日、昭和四十五年三月二十六日の
参議院商工委員会、昭和四十四年五月九日の
衆議院本会議)を無視して、米国と
政府間協定の
仮調印を行ないその実施を強行しようとしている。
かかる暴挙は、憲法を無視し、国会を軽視する
国民不在の政治であり、はなはだしい
屈辱外交というほかはない。のみならずこの協定が実施されれば、
わが国の
繊維産業は壊滅的な打撃を受け、
繊維労働者は
生活権をうばわれ
国民生活に与える影響は甚大であり、
田中通商産業大臣の責任はきわめて重大である。
これが本
決議案を提出する理由である。
以下、少しくこれを補足いたしたいと思います。
本院において国務大臣に対する
問責決議が議題となりましたのは、去る昭和三十九年六月二十日、
賀屋法務大臣に対するものと、過般の十月二十八日、
福田外務大臣に対するもの、及び、ただいま議題となりました
田中通産大臣に対するものを数え、わずかに三件であります。まことに異例に属すべき議題と言えるのであります。
とりわけ、今回の
問責決議案は、前二者のものとは違い、
院議無視に対するものであります。これは、良識の府としての本院に対する最近の世評にかんがみ、本院の権威を守るためにもきわめて重要なものであることを、まず最初に申し上げます。(拍手)
田中通産大臣は、今日、政府・与党の中にあって、そのすぐれた頭脳と
政治的手腕をもって将来を嘱望される有能なる
政治家であり、
ポスト佐藤の有力なる
後継者の一人とも見られるだけに、本
院史上その例を見ない
問責決議案を突きつけざるを得ないことは、私としてはまことに遺憾にたえざることであり、本院はもちろん、
田中通産大臣にとっても惜しむべきことであると言わなくてはならないと存ずるのであります。
しかし、事は立法府たる本院の権威に関することであり、また、一国の産業の存亡にかかわる問題であります。国会の決議が行政府のかってな解釈によって踏みにじられるならば、
わが国の
議会制民主主義は根底からくつがえるものと言わなければなりません。
一面、
繊維産業のみならず、
繊維機械工業を含め、さらに、
中小企業者や、そこに働く
労働者及びその家族のことを考えますならば、あくまでもその責任の所在を明確にしなければなりません。
御承知のごとく、
佐藤内閣は、国会の決議を無視し、
関係業界、
労働組合等の反対を押し切り、全く
国民的合意のないままに、
繊維政府間協定の
了解覚書に
仮調印を済ませ、強引に
政府間協定の締結を行なおうとしております。もちろん、その根本をなすものは
佐藤内閣総理大臣にあることは、いまさら申し上げる必要もありませんが、しかし、当面の
責任者として
仮調印を行なった
田中通産大臣は、まず、その責任を負わなければならないことは、これまた当然のことであります。
そもそも、日米繊維問題の発端は、一九六八年、
アメリカ大統領選挙に臨み、私が当選したら毛・合繊を含む全製品に対し国際取りきめが締結されるようすみやかな措置をとるという
ニクソン公約にあることは明らかであります。それが、対
日輸入の
増大規制という経済問題にすりかえられて、
わが国への理由なき要求となって突きつけられてまいりました。
これに加うるに、一昨年十一月、
沖繩返還交渉協議のため渡米した
佐藤総理は、
ニクソン大統領との会談で、当然の
国民的要求であるべき
沖繩返還の実現にこの繊維をからませ、これを
政治取引の具に供したといわれることは、いまや公然たる事実となっています。世に、「佐藤・
ニクソン密約説」「糸を売って、縄を買った」といわれるのは、これをさしているのであります。
ともあれ、
アメリカの要求に対し、
わが国業界は、第一に、被害なきところに規制すべき理由なし。第二に、もし規制するにしても
包括規制は受け入れられない。
特定品目だけの
選択規制にすべきである。第三に、
ガット第十九条によって、二
国間協定でなく、
ガットの場での
多国間協定にすべきであるという
反対理由に問題をしぼって、あくまで筋を通し、あいまいな解決をすることは、かえって
日米友好関係にマイナスだとの見解を表明しました。これに対し、
一般世論もほとんど、この際、変な妥協をするよりも筋を通すべきだとの意見が強かったのであります。
通産省首脳も、この問題で原則を曲げた妥協をすると、
日米貿易だけではなく、
世界貿易の発展にも禍根を残すと、がんばっていたはずであります。
本
院商工委員会においても、昭和四十四年四月十五日、米国の
繊維製品輸入制限阻止に関する決議を
各党一致をもって行ないました。この決議は、同年五月九日、
衆議院本
会議決議の内容とほぼ同様のものでありましたが、その後の諸般の情勢にかんがみ、昨年三月二十六日、より
具体的内容を示し、再度決議を行ない、本問題に対する私どもの重大なる関心を明らかにしたのであります。
その内容をあらためて申し上げますならば、
米国の
繊維品輸入制限に関する決議
米国の求めている毛・
化合繊製品の
輸出自主規制は、明らかに
ガットの精神に違反するものであり、かかる制限は、
目下構造改善を推進しつつある
繊維工業に深刻な打撃を与えるのみならず、
中小繊維業者にとっては死活の問題であつて、これを容認できないことは昨年四月の決議で表明した通りである。
政府は、繊維の
輸入制限問題についてはあくまで
ガットの精神に基づいて解決すべきであるとの
基本的立場を堅持し、次の諸点を厳守すべきである。一、
米国繊維産業の被害の立証を前提とすること。一、
輸出規制は業界の納得をえた上で、重大な被害又はその恐れのある品目に限ることとし、
包括規制はあくまでさけること。一、関係多数国の協議で問題の解決をはかること。
右決議する。
以上のものでありました。
翌三月二十七日、本
院予算委員会において
民社党向井委員はこの
国会決議についてただしたのに対し、
佐藤総理は、「政府がその国会の決議を無視して行動するということは、これはできることではございません。私はそれをたてにするとかいうわけではない、当然のことだと、かように考えておりますので、その点でいわゆる二
国間協定というものはないと、かように私も考えておりますし、
皆さん方も期待しておられると、かように思っております。」と答弁されているのであります。
また、昨年十二月三日、本
院商工委員会においてわが
党大矢正委員の、「かりに
日米政府間で話がついた段階において、その内容を業界に提示して業界の理解、納得を得るよう努力するということでありますが、もしその段階で業界は、とてもこれは大幅な縮小であるから、のむわけにはいかないという場合には、日米間で合意された内容といえども、それをもう一回やり直しをするという可能性は残されているのか」という質問に対し、
宮澤通産大臣は、「それが国会の御決議の私は趣旨だというふうに考えております。」と答えているのであります。
この
政府答弁と今回の
仮調印との隔たりは、一体何と弁解なされようとしているのか。責任の継承という点からも、
田中通産大臣のとった行為は断じて承認するわけにはまいらないのであります。(拍手)私どもは、国会における
政府答弁を、単にその場のがれのものとして見過ごすことは決して許してはならないことであると思うのであります。
本年三月八日、
わが国業界は、繊維問題が投げかける
日米経済間の摩擦を防ぐため、大乗的な見地に立ち、七月一日から対
米繊維輸出の
自主規制宣言を行ないました。この措置は、自由、無差別の
ガット原則を無視した筋の通らない
アメリカ側の要求に対する最大限の譲歩でありました。政府は、この業界の
自主規制に対し歓迎の意を表し、
官房長官談話をもってこたえたのであります。いわく、政府は、
わが国業界が自主的に
輸出規制の実施に踏み切ったことを歓迎し、この困難な問題が円満に解決する見通しが立ったと考える、というのであります。
この
自主規制は、日米間で
話し合いの進んでいた「秩序ある輸出」の趣旨にのっとったものであるにもかかわらず、
アメリカ側は、政府間の
公式ルートを通さず、さまざまな動きを示してまいりました。
わが国政府もまた、
歓迎談話を出しながら、一面では、これと違った動きを示していたことを私たちは見落としてはいなかったのであります。
参議院選挙後の
佐藤改造内閣で
外務大臣に就任した
福田赳夫氏は、その就任にあたっての
記者会見で、どういう問題から手がけていくかとの質問に、まず繊維問題、
日本業界の
自主規制でようやくスタートを切ったが、問題は終わっていない、何とか片がつかないと、いろんな問題に波及することになりかねないと答え、また、
日米経済委に先立って、業界に
政府間協定締結を打診したり、
総理自身、業界の一方
的規制宣言が出されているのに、本年四月、
ケネディ特使と二時間近く会談、さらに六月末、また、七月二十四日には、二時間四十五分に及ぶ
長談議など、
政府側の奇径な動きを考え合わせるとき、
佐藤総理が
ニクソン大統領に「善処する」と約束した責任をいかに果たすかに頭を悩まし続けていたと言うことができましょう。
このようなことを、田中さんは、
自民党幹事長として、また
改造内閣の
通産大臣として、知らないはずはありません。しかるに
田中通産大臣は、去る九月、
日米経済閣僚会議において、
アメリカ側に対し、
政府間協定を結ぶ意思がないと強硬な態度を伝え、その主張は認められ、田中さんの言によれば、オール・セーフだと、たいへんごきげんであったように伝えられたのであります。さすが田中だ、
実力者だと、世間はこれを評価するにやぶさかではなかったのであります。それが、一体どうなったのでありましょう。
アメリカから帰国した直後、九月二十一日、「
アメリカ大統領は、日本はじめ
極東四国に対し、十月一日までに
品目別個別規制に基づく
政府間協定を結ぶ交渉を行なう。協定に応じない場合は、十月十五日から米側は一方的に
輸入規制……」という外電が舞い込んできてからの
田中通産大臣の動きは、
君子豹変どころの騒ぎではなく、
協定締結に向かって一直線、十月十五日、
ケネディ特使との二度にわたる会談で
仮調印という、まさに電光石火の早わざをやってのけたのであります。しかも、その内容は、
ガットの原則を完全に無視した
アメリカ側の一方的主張のまるのみと言っても差しつかえないものであります。常日ごろ、「日米間に
話し合いで解決できぬものはない」と力説されていた
田中通産大臣の言う
日米話し合いの実体はかくのごとしであります。政府は、
仮調印と同時に、国益上やむを得なかった旨の声明を発表しましたが、なぜ国益に結びつくのか、私
たち国民の前には明らかにされてはいないのであります。今
臨時国会における
所信表明から両院本会議、
予算委員会の質疑を通しましても、「
見切り発車」の具体的な理由は何ら明らかにせず、ひたすら、やむを得ない措置であったの繰り返しのみであります。私は、やむを得ずということばは圧制の口実であるという
詩人ミルトンの言をあらためて思い起こすのであります。
ニクソン大統領への約束を果たすため、国民には、何も納得させ得る説明もできず、「やむを得ず」の連発では、業界には甚大な被害を与え、大量の
失業者と
産地ぐるみ倒産の危機に立っている現状に目をおおうのであれば、まさしく圧制以外の
何ものでもないと思うのであります。(拍手)
仮調印後、ニューヨーク・タイムスは、十月十六日付社説で、「
アメリカ政府は、
極東四国を
輸入割り当てという
経済的原爆でおどして、これら緊密な
同盟国に降伏をしいた」。また、ワシントン・ポストも、「
アメリカのおどしに
日本屈服」と報じています。国民には納得のいく説明もできず、
アメリカの要求の前に屈服と言われようと何と言われようと、わき目も振らず一もくさんに
政府間協定に踏み切ったことは、
屈辱外交以外の
何ものでもなく、外交上の
一大失態と言わなくて何と言えましょうか。これを推進した
田中通産大臣の責任ははなはだもって重大であります。(拍手)
私は、日米間の繊維問題が
政府間協定という形の終止符を打たれようとすることについて、本
院決議とも関連して、次の諸点からきわめて重大な問題があることを指摘いたします。
第一に、
アメリカの
繊維輸入量は、国内の
繊維品消費量に占める輸入の割合で見ますとわずかに八・四%、
わが国からの
輸入量はその三分の一の二・五%で、金額にして六億ドル足らずであります。また、
わが国からの
繊維製品は低
価格品が多く、
アメリカの中低所得層の需要を充足しており、むしろ、
アメリカの
インフレ抑制の役割りすら果たしていると言えるのであります。しかも、
アメリカ側が提示した
被害立証資料によっても、繊維の輸入が
アメリカ繊維産業に被害を及ぼしていることが立証できないばかりではなく、これまで
アメリカ繊維産業で倒産した例は一つもないのであります。このような事態からするならば、
繊維協定は明らかに、「被害なきところに規制なし」という
ガットの原則を踏みにじるものであり、
米国繊維産業の立証を前提とすること、という本
院商工委員会の決議の第一項を無視するものであり、まことに遺憾であると言わざるを得ません。
第二に、今回の協定は、六百十一品目に分類され、その
一種ごとにこまかな規制が行なわれているため、品目が少し違えば、直ちに規制される仕組みになっております。このような
品目別、
グループ別規制では、
伸び率が
化合繊で五%、毛で一%とはなっていても、この数字は死んだものと同じであります。
繊維製品は、周知のごとく流行を追うのが特色でありますから、それを前年度の実績でワクをはめられては全く輸出ができなくなるという実態があり、ものによっては七〇%も減少するものすらあります。
田中通産大臣は、こうした繊維の実情を無視して、
弾力条項をつけたとか、
伸び率が確保されたとか主張していますが、これは群盲象をなでるがごとしで、かってな解釈をしているにすぎず、「
輸出規制は業界の納得を得た上で、重大なる被害又はその恐れのある品目に限ることとし、
包括規制はあくまでさけること。」という決議第二項とは全く異なるものとなっているのであります。また、この協定が実施されると、
わが国の
繊維産業は
壊滅的打撃を受け、二十万人以上の
失業者が出ることになり、繊維の産地はほとんど倒産してしまうことは先に述べたとおりでありますが、それだけではなく、
田中通産大臣は、この協定の締結によって他の製品への波及は食いとめ得たごとくに申しておりますが、その保証は全くありません。現に、
ホワイトハウス当局は、十月十五日の
記者会見で「
アメリカ繊維衣服産業の現状」と題するパンフレットを配布、その
説明文の中で、
品目別の
アメリカ国際収支として繊維以外のものも取り上げ、たとえば
国際収支の赤字は、
合繊製品十三億六千五百万ドルに対し、鉄鋼十五億ドル、
自動車二十億ドル、
家電製品十六億ドルといった
ぐあいに数字を並べ立てているのは、問題が繊維だけではないことを示しているとしか思えません。また、
ニクソンに繊維の
政府間協定を公約させるための陰の立て役者ともいわれるキャラウェー二世は、「もう
貿易戦争は始まっている、いまや繊維だけでなく、
自動車も鉄鋼も
電子機器も同じように
政府間協定を結ぶことを要求するときが到来した」と語っていることを見ても、他の
わが国製品の
貿易制限のための
政府間協定を、
ドル危機に悩む
アメリカが、国の威信にかけて要求してまいりましょう。こうしたことを予想するかのように、政府はすでに業界の
輸出自主規制を引っぱり出そうと動き始めているではありませんか。これは
日本経済と
国民生活に深刻な打撃を与える結果を招来することは明らかであります。繊維のみ犠牲にすれば何とか
アメリカの要求をつぶせるだろうと考えた
田中通産大臣の決断が
日本経済の将来にいかなる結果を生むのか、これは重大な問題であり、政府の失態を業界の協力によって償おうとするようなことは絶対に許されることではありません。(拍手)
第三に、政府は、
政府間協定は
行政協定であり、政府の権限だとして、国会未
承認事項として逃げ込もうとしています。
行政協定というものは、その執行のために国内的な新しい
立法措置や多額の
財政支出をしないことが条件となっていますが、今回の協定によって、
業界救済のためだけでも二千億円以上の
財政支出が必要であると田中さん自身が語っており、この点だけでも国会の承認が必要であると思います。さらに、政府が、
協定期限が三カ年だから国会の承認を必要としないと主張します。これは国民を欺く以外の
何ものでもありません。
通産大臣と
ケネディ特使の間で取りかわされた書簡によれば、
ケネディ特使は、取りきめの期間は一九七一年十月一日から五年間とすることを要求し、これに対し
田中通産大臣は、閣下の希望をテーク・ノートした、と返事をしていることは、
繊維交渉におけるこれまでの経緯から見て、
日本政府が拘束されることは必至であり、韓国、台湾、香港と結んだ協定の
仮調印が五年間の
期限つきになっていること、韓国との
仮調印の際、
韓国側が日本の
規制期間が三年で韓国の五年に比べ有利なことを指摘した際、
ケネディ特使は、「それは主として技術的な問題で、三年後に二年間延長されることは確実である」と説明されたといわれることなどからしても、
協定期間が事実上五カ年間であることは間違いありませんし、
綿製品協定のようにさらに延長されることになると思われるのでありまして、理屈とこう薬はどこへでもつくと申しますが、世間には何事も理屈では解けない一種の道理があるはずで、サギをカラスと言うがごとき
田中通産大臣の言は、国会を
冒演ずるもはなはだしきものと言わざるを得ないのであります。
また、政府は、事あるごとに日米間の
友好云々を口にしますが、
わが国が
アメリカの圧力の前に屈服したことは
関係各国に大きな迷惑をかけ、
ヨーロッパにも、次はわれわれであるとの
危機意識を強めさせているともいわれています。とするならば、アジア、
ヨーロッパを含めた諸国間との友好はどうなってもよいということなのでしょうか。私は、一国のウェートよりも、
ガット等国際機関のウエート、多国間との友好をこそより重要視すべきだと思います。
田中通産大臣の今回とられた措置は明らかに失敗であります。一毫の差は千里の差となるのたとえもあります。失敗を謙虚を反省され、すみやかにその責任をとられることこそ、大
政治家たらんことを指向される
田中通産大臣の今日とられるべき道であると思うのであります。(拍手)
最後に、この機会に、
与党自民党の皆さんにもとくとお考えをいただき、本院の権威を守るために、本
決議案に対し
全会一致の賛同を賜わることを心から期待いたしまして
趣旨説明を終わります。(拍手)