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大出委員 これは
組合運動というものは生きものでございますから、いまの世の中に
労働組合主義を云々する人はあまりなくなっているのと同じように、しかし逆な面では、もう一ぺん見直すべき必要のある問題をたくさんかかえている。これは私の経験上そう思うのですけれ
ども。たとえば総評あたりが
産業別組織にすべきだと打ち出しましたが、私は当時反対でございました。私は反対でしたが、きまって総評大会に
提案したのです。一年たったら、
企業内
組合に戻るべきであるという方針に総評
自体がなってしまった。なぜならば、
企業内でやるべきことをまだやってないのではないか、壁にぶつかっていないじゃないか、満足にやらないでおいて大
産業別といったって成り立つはずがない。歴史的必然がないということになるのです。私の
意見に戻ってしまったのですね。だから、そういう
意味では
欧州でも、歴史的に長いものですから、いまの
産業別の形でいいと思ってやっているのだけれ
ども、ダイナミックなところがなくなる。アメリカなんかもそうでありますけれ
ども。そういうところから見ると、たとえばチームスターの
組合なら
組合がなぜ除名されて伸びたかという問題だってあるわけであります。そういうところから
考えますと、やはり見直す必要のある問題である。それは、いままでの
日本の慣行から見て、あるいは労組法二条なり七条なりの
規定から見て反対だという立場にお立ちになることはわからぬではない。ないけれ
ども、動いている
日本の
労働組合をながめたときに、民間にしても、あるいは
公務員組合にしても、やはり
そこらをもう一ぺん見直していかないと、
労使の正常化というものがはたしてどこまで正しくとらえられるかという点。特に最近は、マル生だとか、やはりそれに類するいろいろな問題が官民を問わずずいぶん起こっておりますが、
そこらを振り返って見ると、もう少し
企業というものを大事に
考える必要があるのではないかという気もするのであります。そうすると、つまり四条三項なり
五条三項なりというものを
改正をしましたが、はたしてそれだけでいいのかという問題が出てくる。歴史は繰り返すということばが出てまいりますけれ
ども、やはりそういう見直しをいまの労働
運動の中でする必要がある、こういう気がする。
給与なんかもそうでありまして、いま人事院が
勧告してきている方向をながめてみると、ほんとうを言えば、理論的には絶対額を上げろということに尽きるのでありまして、住宅手当なんかというものを区切ってこしらえなければならぬことはない。私は、
制度をつくってくれ、金は幾らでもいい、あとからふやすからと言ったのですが、本来その必要はない。これは絶対額がふえればいいのだ。絶対額が少ないところにいろいろな諸手当が必要になり、かつ
日本では永年勤続者に賃金が自然に上がっていくという方針を政策的にとっておりますから、そういう
意味では、職場に入って三年か五年で仕事はできる、年寄りよりはできるけれ
ども給料は安い、ほかに行ってしまう、だから困るというので特殊勤務手当なんかというものをこしらえた
時代もあった。いま若い層がいろいろ力を持ってきている職場ですから、筋は通らぬけれ
ども住宅手当みたいなものをこしらえる。そういう生活給の面、家を出て交通費から始まってそういう面に相当力が入っている
給与政策になっている。しかしこれは歴史的に見ると、どうしてそんなことになっちゃったのかというようなことを
考えなければならぬような過去がある、
日本の場合でも。
同じ
意味で私は、やはり10というのは、反対は反対でいいのですけれ
ども、重視をして検討する必要がある、こういうふうに実は思っているわけなんです。したがって
そこらを、まあ私
どものように
労働組合を実際にやってきた立場でない
大臣各位おいでになるわけでありますが、それにもかかわらずおのおの所管されるのでございまして、いま法規課長さんとやりとりをしておりますが、ここらのところをどういうふうに
勧告を踏まえてお
考えになるかという点を、
労働大臣、総務
長官、民間、官業おのおの分かれておりますけれ
ども、どういうふうな御認識になるのか、差しつかえなければ
——まだあまり
勧告をお
読みになっておられぬのかもしれぬかと思いますが、もし所見がおありになりましたら、ひとつ伺っておきたいと思います。