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下村参考人 日本の
経済が当面しております
国際収支黒字問題には、
二つの面があると思います。
一つは
アメリカの
インフレによって生まれたことです。これは
ドルの弱さを示すものであります。もう
一つは
日本の
経済の
国際競争力が強いことになって出ている
黒字でありまして、これは円の強さを示すものであります。
ドルの弱さということはどういうことかといいますと、これは
アメリカの
経済がIMFの規約でいいます
赤字の基礎的不
均衡になっている、そのために生じた
赤字状態ということじゃないかと思います。御
承知のように、
ニクソン政権成立以来いろいろな
赤字打開のための
措置をとってまいりましたけれども、成果があがらないで今日に至っております。つまり、そういうような
国内政策によってなかなか
打開できないような
赤字状態にある、そういう
意味でこれは基礎的不
均衡であるといわなければならないと思います。基礎的不
均衡におちいった
経済は、それを
調整するために
為替レートの
切り下げをする以外にないというのが常識でありますが、そういうわけで今日の
アメリカはまさに
ドルの
切り下げをすべき
状態にある、
ドルの
切り下げが必要であるし不可避であるというような
状態にあると申してよろしいと思います。
ニクソン大統領がとりました
ドル防衛措置、いわゆる新
経済政策の
本質は、そういうようなわけで
ドルの実質的な
切り下げを行なうための
措置であった、あるいはそのための予備的な
措置であったというように考えてよろしいと思います。
輸入課徴金が非常に問題になっておりますけれども、
輸入課徴金の
本質は
ドルの
切り下げにかわるべき迂回的な
手段であると考えてよろしいのではないかと思います。
輸入品に対して一〇%の
課徴をするということは、これは
為替レートを一〇%下げたときと同じような
効果が
輸入にあらわれるわけであります。
輸出に対しては何らの
措置をとっておりませんから
効果が半分だけしか出ておりませんが、その
本質は、いろいろの
制約、条件はありますけれども、
ドルの
切り下げにかわるべき
措置を
アメリカ政府もついにとらざるを得なくなったということではなかろうかと思います。
円の強さの問題はそれならばどういうことであるか。これは
日本の
経済が
国際競争力をだんだん強めてまいりまして、今日の
日本の
経済の
状況からいいますと、
国際収支は年とともに
黒字幅を大きくせざるを得ないようなところに来たということではないかと思います。三百六十円
レートができました
昭和二十四年の
位置では、
日本の
経済はたいへん弱体な
赤字基調の
経済であったわけでありますけれども、それ以来十数年間、
日本の
産業界の必死の
努力によってその
赤字から脱却する
経済をつくり上げたわけであります。したがって、今日のような
黒字状態に入りますと、この
あとは
黒字幅が年とともに大きくならざるを得ない、そういうような
経済状況になっているということではないかと思います。
現実の
黒字は
アメリカの
インフレによって増幅されておりますし、
日本の
不況によって増幅されておりますけれども、その
背後にはやはり
日本の
国際収支が
黒字であるという根本的な
事態があることを否定することはできないと思います。ただ、今日の
日本の
国際収支の
経常勘定の
黒字が過大であるということはいえないと思います。
日本の
経済の今日の
黒字そのものはまだ過大ではありませんけれども、この
状態が
あと何年か続く間には、過大というべきような
黒字もあらわれざるを得ないようなところに来ている。したがって、今日の
段階においては、
日本の
経済はそのような
事態に対して適当な、適正な
調整をしなければならない
位置にあるということではないかと思います。
どのような
調整が必要であるかといえば、何よりもまず第一に
輸入の徹底的な
自由化と
関税の徹底的な引き下げが必要であるということじゃないかと思います。その次に十分な
資本の
輸出、
経済の
援助が必要であるということじゃないかと思います。と同時に、その
背景としましては、積極的な
経済拡大政策によりまして、
日本の
国民の
所得水準なり
福祉の
水準を高めるということが必要である、こういうようなことではないかと思います。そういうような積極的ないろいろな
措置を通じまして、
日本の
経済の
状態を、適当な
黒字を
前提にし、適当な海外的な
活動によって、
総合勘定に
黒字を出さないような
措置をしなければならない、そういうような積極的な
措置を必要とする
段階に
日本の
経済は今日到達をしているというように考える必要があるのじゃないかと思います。
これは単に今日の
不況克服のための
不況対策として必要であるというようなことではなくて、そもそも
経済の
成長を追求する場合にはそういうような
考え方で考えていく必要があるのじゃないかと私は思います。われわれの
能力の限りにおいて、
能力の
限度までいろいろなことをすべきであるというような
考え方が
経済政策の運営の基準でなければならないと思いますけれども、今日の
日本の
経済状況に即して申しますと、たとえば
公害や
過密のない国土を建設するためにできるだけの
投資をしなければならない、あるいは
世界に平和を建設するためにできるだけの海外的な
活動をしなければならない、あるいはそれに関連してできるだけ
日本の
市場を
世界に開放しなければならない、あるいはさらに、そういうようなことを
前提としまして
国民の
生活水準なり
福祉の
水準をできるだけ高めなければならない。できるだけ高めなければならぬということは、おのずからそこに、
経済力の
限度までしなければならないし、
限度以上にしてはならないという
制約があるということじゃないかと思います。われわれの持っております
経済的な
能力の
限度までそれができたとしまして、どこがその
限度であるかということは、これは何によって示されるかといえば、与えられた
為替相場を維持しながら
国際収支がいかに
均衡を維持できるかというところで示されているというように考えるほかないと思います。
そういうような観点から、今日の
日本の
経済状況は、われわれがもっと積極的に
国内の
公害防除のために、あるいは
過密の
防除のために、あるいは
社会環境施設の整備のために積極的な建設ができる、あるいはもっと積極的な
海外援助や
資本輸出ができる、あるいはもっと積極的な
生活水準の
向上や
社会福祉水準の
向上ができるのだ、そういうような余地が示されているということではなかろうかと思います。そういう
意味で、今日の
日本の
経済はもっと積極的な拡大的な
経済政策が要求されている、こういうことではなかろうかと思います。
アメリカの
輸入課徴金によって
日本に非常に
不況の影響が出てきそうであるということが
心配されておりますけれども、これは端的にいいまして、
アメリカの
ニクソン大統領の
措置によって引き起こされる
インフレというべきではなくて、
日本の
経済がたまたま
アメリカの
インフレによって
不況が激化することが緩和されておった、この
状態が、
アメリカの
インフレ調整の
努力によって表面化しようとしているというように考えるべきではなかろうかと思います。根本的に重要なことは、ただいま申しました、ようないろいろな面から、
日本の
国内において積極的な
成長政策といいますか、
拡大政策を行なうべきであるということであって、そういうような
政策が十分に行なわれればおのずから処置される、解消される問題であるということではなかろうかと思います。
そういうわけで、われわれが当面しております問題は
二つありまして、
ドルの弱さの問題をどのように
調整するか。この問題は
ドルの
切り下げが問題の
本質でありますから、その
切り下げの問題をどのように処理するか、当然に
多国間調整の問題になります。
多国間の
調整によってそれをどういうように落ちつけるか。この問題の
背後には
ドル、
アメリカ経済の安定、あるいはすでにたまりましたいろいろな
ドル資金の梗塞といいますか、そういうような問題がありますから、そう簡単には片がつかないかもしれない。時間をかけてゆっくり処理しなければならぬ問題になるかもしれません。もう
一つは
日本の円の強さの問題でありますが、この円の強さの問題に対して、われわれは積極的な拡大的な
経済政策によって処理すべきであると考えるのが当然の
態度ではなかろうかと思います。
多国間の
調整の問題に対して、われわれはあせってはだめだということじゃないかと思います。非常に急速に
解決が生まれれば非常に望ましいわけですけれども、必ずしもそうなるとは限らないということを覚悟して、じっくりと腰をおろして、時間をかけて
解決に到達してもしかたがないというような
態度をとる必要があるのじゃないかと思います。
当面の
日本の
経済状況では、今日の為替不安のためにいろいろと取引が停とんして困ったというような話が強くなっておりまして、そのことを
背景にして、何か急いで
日本が飛び出して
為替レートを大幅に上げてもしかたがないんじゃないか、こういうような
考え方も出ているように
承知しておりますけれども、それは少し早まり過ぎではなかろうかと思います。今日、
日本の
経済界にいろんな問題が起こっておりますのは、
変動制に円が移行したことの結果というよりも、そのことに関連しまして為替不安があって、
為替リスクに対して非常にそれを負担しにくいような不安な
状態があらわれてくる、このことが根本ではなかろうかと思います。したがって問題の
本質は、
為替レートをわれわれが上げないというようなこと、あるいはもっと上げたらどうだというようなことではなくて、
為替リスクに対する負担をだれが負担するかという問題について安定した
状況をつくり上げるということではないかと思います。そういう点では、率直にいいまして、
政府がそのような
為替リスクを負担するのが当然であると私は思います。今日の
状態は、いわば非常に一時的な特殊な不安、
動揺の過程でありますから、これはそう長く続くわけではなくて、いつかは
固定レートを
前提にした安定した
秩序に戻らなければならないし、戻るはずだと考えることができると思いますけれども、その
過渡期間をどう処理するかという問題が問題の
本質じゃなかろうか。そうだとしますと、その間の
為替リスク、為替不安の問題は
政府が何とかカバーするというのが本来の
政府の
責任であるというように考えるべきではないかと思います。
金融秩序の安定ということはもともと
政府の
責任でありますから、今日のような
国際金融秩序の安定の問題につきましても、
政府がまず手をかして
状態を安定へ導いていくという
努力が必要であるということではなかろうかと思います。
以上であります。