○
國場委員 沖繩の
通貨は、
沖繩の
県民がこれを欲してやったわけでもございません。去りし
日本の終戦後外貨の乏しいときには、
沖繩にコンスタントに基地から落ちる
ドルは、コンスタントにほとんど八〇%まで
日本にいわゆる吸収されたわけでございます。そのときの
ドルの
日本本土におけるところのいわゆる貢献度というのは、まことに大きなものがあるということを信ずるわけでございます。このたび
日本が、御案内のとおり、世界の自由陣営の中では第二位というだけの大発展を来たしてきた。このいしずえをなした一役を買ったというのも、
沖繩は一県でありながら、このいわゆる
ドルの収入によって大きな貢献をもたらしたということも考えるわけでございます。
ドルを持ち過ぎるがゆえに、円貨の
切り上げをせなければいかないというような事態に落ち込んで、それで、またいままでの貢献度は、全然無視された逆のほうに、また犠牲を払わねばいかないというようなみじめな目にあう
沖繩を、私はもっともっとそれにタッチされる大蔵省のほうでもやはり
沖繩住民のいまの
立場というのを御理解いただきまして、この
変動制に移行する前に——私が承るところによりますと、ある
大臣は、その
変動制になるのはいいが、しかし
沖繩がどうなるかということを考えてくれということも言われたということを承っております。
そこで、私は過ぎ去ったことは申しません。しかし、現実において、
沖繩の住民がいかような不安を持ち、そして一人一人が
流通する
ドルを持って、きのう一
ドルで買えたのが、きょうは一
ドル二十セント、こういうように現実においてそれだけの
損失を受けておる。そして先行きに不安を持っておる、こういうような現実を見ました場合に、はっきり輸出、
輸入というものもいままでの統計上出ております。
参考までに申しますと、
ドルの保有高から申し上げましょう。これは一九七一年六月末の琉銀
調査によるところの資料でございます。
ドルの保有総高は十一億七百五十万
ドルでございます。その内訳は現金
通貨が二億二千一百九十万
ドルでございます。それでこの一億二千一百九十万
ドルの内訳は、
流通高が八千四百万
ドル、銀行手持ち金が二千九十万
ドル、対外預金が一億一千七百万
ドル、合計して二億二千一百九十万
ドル、それから
預貯金残高が八億八千五百二十万
ドルでございます。合わせて約十一億七百万
ドルでございます。
それから貿易におきましては、一九七〇年度の統計でございますが、四億七千七百二十六万九千
ドル、それに対する約七五%が
本土からの
輸入でございます。
沖繩県民が欲しておることはこの七五%、すなわち三億五千七百七十五万
ドル、去る一日現在の
ドルの
相場高は約六%の値下がりでございますから、それに対するところの
沖繩の全需要に対して、いままで
取引されたものの実情を踏まえ、それに対してのいわゆる
差損金に対して、
政府は何とかひとつ救っていただきたい、こういうような切なる願いでございます。
いまさっきの
総理府長官の御
答弁を伺いますと、
アメリカにいま
輸入課徴金撤廃を頼んでいるところだ。
輸入課徴金という、
アメリカに輸出されるものは一千万
ドルにも足りないものでございます。それにおいて一〇%といいましても、もちろんこれは
施政権を持つところの
アメリカが
責任を負うべきだ、こういうようなことも私は考えるわけではございますが、しかし内政問題として解決のできるような、同じ
日本国民の中にありて、
沖繩県民が長年にわたる異民族の支配の中で忍従に耐えてきた、こういうことを考えました場合には、やろうと思えばできることでございまして、私はそれに対するような私案を持っておるわけでございます。
と申しますのは、まず日琉間の貿易におきましては、
特別なるいわゆる貿易制度を設けるということで、これを両
政府の管理下に置き、そして認証制にするということ、それにおいて円建てをし、貿易させて、それに対するところの
差損金を
政府が補てんとか、そういうことは
政府間においての管理でございますので、
政府制度によってやりますれば、いま言うところの認証制、これにはこれこれは適用させる、こういうことになりますから、それにはおっしゃるとおりの横流しとか、いろいろこういうことはないではないか、こういうことを考えるわけでございます。承りますと、これの範疇に入るという
品目もございますが、また、いまさっき
総理府長官のお話も承っておりますが、いま一番問題になるのは、もちろん
食料品あるいは必需品でもございますが、
沖繩の立ちおくれたところの復興、振興、それに対するところのせっかくの
日本からの援助をいただきましても、それが消化できないという現実というものを理解していただきたい。
と申しますのは、
政府も予算はその予算で組む。と申しますと、約四五%が援助で持っておるわけでございますから、五五%は地元財政をもって構成されておる。それにまつわるところの市町村もそのような構成で、やはり援助というものに対しての、いわゆる
ドル建てをやっておるわけでございます。でありますから、市町村の事業にしましても
政府の事業にしましても、その
変動そのものによって、それだけの狂いがもうすでに出てきておるわけでございますから、請負師にしましてもあるいは
政府にしましても、その
リスクをだれが買うか。ましてや
日本からの資材
輸入にいたしましても、
日本のいわゆるサプライヤーあるいはメーカーそういう方
たちは、
日本政府そのものの
沖繩に対する輸出に対してはこうだというような保証制度がないがゆえに、もちろん犠牲を払うわけにはいきません。でありますから、貿易はとまったり凍結状態にあるというようなことで、そしてまた、一番問題になるのは
沖繩の住宅難、
日本に
復帰すると
物価が高くなるであろう、こういうようなことで、いわゆる住宅を、いま住宅ブームとよういわれております。それは借金をして、それでいままでの一
ドルに対する
相場においての建築をなしておるわけでございますが、こういうようなことも、途中において執行ができないというような現実を考えました場合に、私はいわゆるそういう諸問題を、この
復帰前において何とか住民に対して、安心して、母国としての
日本、慕われるところの、信頼するところの、信ずるところの
日本、それに対して、親心を持って何とか御援助していただきたい、こういうことを考えるわけでございます。どうぞ
大臣、いまの私の注文に対しまして、いかなる御所見をお持ちでありますかお尋ねいたします。