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内藤小
委員 私が心配しておりますのは、そろそろ予算編成の時期になってきておるわけですね。私たちいままで運輸でやってきておりますが、総合交通体系なるものができて、
国鉄の位置づけができた、そういう段取りの上に、前の大蔵大臣福田さんは、四十七
年度の予算では抜本的な
国鉄財政再建の予算を組む、こうしばしば言っておられるわけだ。そういう中で小
委員会ができて、私など、ない知恵をしぼっていろいろ聞いているわけです。
ただ、ここまで来まして、
国鉄の
総裁からは、大ざっぱな理解で恐縮でございますが、持っている二万キロを半分に分けて、間に合う一万キロと間に合わない一万キロを、まあこれは分断するわけじゃないということはわかっていますけれ
ども、大きく分けて、間に合わないほうに対しては、国なり地方自治体なり、いわゆる他の力を借りたい、こういう発想だと思っております。間違いありませんか。——ところが、どうも
国鉄の財政問題は、今日出た問題ではなく、だいぶ前からいろいろやっておるわけでありますけれ
ども、苦しくなってまいりまして、例の固定資産税にかわるべき問題、その場合に、
国鉄のいわば納付金をなくそうとする作戦は、いま振り返ってみますと、必ずしも成功してなかったような
感じがする。
赤字路線の廃止も、その衝に当たりますと、なるほど
赤字路線を切りたいという気持ちもわかるけれ
ども、これも住民から総スカンといってもいいのじゃないでしょうか。今度の一万、一万に分けてやるのも、私は、どうも国民的な感覚からはあまり賛成されないような
感じでおります。間に合うものだけやって、間に合わないものはぶん投げちゃうというのは、非常に感情的な
考え方ではないか。そういうような中でここまで来ちゃったわけです。またじんぜんするうちに、四十七
年度も間に合わせの予算でいくようなかっこうになるんじゃないかしらという予感のようなものを持つわけであります。何かだらだらしたようなかっこうで今日の
国鉄財政問題が進められておる。
しからば、どうしてそういう状態になるのか。私が言いたいのは、その衝に当たる
国鉄が、もうこれより方法がないんだ、だれが何と言おうと、これはアメリカが言おうとソビエトが言おうと、例が悪いけれ
ども、佐藤さんが言おうと総理が言おうと、もうこれよりないのです、
国鉄あるいは五十万人近い従業員含めてこれよりないのだ、そういう決定版のようなものがまだ出てこないような
感じなんです。国民に向かっても、国会に向かっても、従業員諸君に向かっても、世界に向かっても、
国鉄はこれよりないのだ、そういう再建策なりあるいは
国鉄一丸となった迫力なりが、どうも私は国民的にまだ受けてない、あるいは出てないというような
感じです。
ですから、この小
委員会なるものもどういうぐあいに持っていくか。これは私たちいまのところは、
久保先生等ともまだまだわれわれの中でも
結論は出てませんけれ
ども、国会の中で、各党派が一致するところの
結論というのはなかなかむずかしいのではないかと思っております。だから私は、みずから置かれている小
委員なる立場からもこれはどうなるのだ、無責任な話だけれ
ども、そんなような
感じも持つわけです。
私、いままでの討議をいろいろ聞いた中で、きわめてしろうとくさい考えだけれ
ども、この前
關谷先生がいろいろお話しになったことは、私たちもなるほどとお聞きしていましたが、いまの
国鉄で困っておりますのは、とにかく多額な支払い利息がある、これはあるいは私の理解かもしれませんが、それから貧乏かまどのくせに出資をしなくちゃならぬ
鉄道建設公団に対するあれな
どもある、あるいは納付金のようなものもある、こういうのを何だかんだいいながらやってきているわけですね。そういう現実がある。
国鉄は
赤字、
赤字といいながらも、
一般国民から見ても、そんなへんちくりんなものをなぜ出さなければならぬのか、出せるならそれは
赤字じゃないのじゃないか、やっていけるのじゃないか、やはり親方日の丸だ、こんなようなぐあいにもなるのじゃないかと私なりに思っているわけであります。千何百億円の利息をたな上げするとか、あるいは
鉄道建設公団の出資を断ち切ってしまうとか、市町村の納付金なんかも全部断ち切ってしまうとか、国民的にあるいは
国鉄内部の皆さんから見ても、なるほどと思われるようなことがまず進んだ上でなければ、二つの分断案だとか何だかんだいいましても、どうも私は議論にならぬような気がしてならぬ。だから、いま私が申し上げたような支払い利息、納付金あるいは出資金ですね、だれが何と言おうと、こういうものを
国鉄としてはもう払えないのだ、そういうことだけでもあなたのほうでそういう決意があるなら、国会のほうだって各党だって、これは道理の立つ話だと思っております。各党派あるけれ
ども、その話は私は一応皆さんが御納得できるものじゃないかと思います。時間がありませんから言いません。そんなことはいままでの議論の中でおわかりだと思います。冒頭に申し上げたように、何かそこら辺が私はぴんとこない。
私の言っていることは、個人の意見かもしれませんけれ
ども、もうすでにここまで来て、大体国民の皆さんでも、われわれいろいろ話し合ってみましても、いま話したようなことを話してわかってくれるのです。千何百億円の利息を払っているのだ、市町村に百億ですか税金を払っているのだ、あるいは
赤字路線をつくっているような鉄建公団にまで出資をしているのだ、そんなむちゃなことがあるかと言えば、
一般の方はわかります。
鉄道でもそういう不退転の決意で、大蔵当局なり政府なりに
国鉄が
国鉄だけのコンセンサスといいますか合意、少なくとも
国鉄の五十万近い人間がその気持ちになって当たるようなことができぬものだろうか、あるいは気魄が——気魄といってはちょっと妙な表現でありますが、そういうものが今日必要ではないかと思っているわけです。これは時間もありませんから、別段答えは要りません。
それから、例の支払い利息は、不当ということばが当たると思いますが、要らざる経費は切っていく、
久保先生もお話しのように経費を詰めて
収入を増していく、最近の場合は簡単にいいますとこれよりないですね。ところが、今度話がこまかくなりまするが、
貨物の問題でも貸し切り問題、これは小さいものを集めるよりなかなか率がいいわけでしょう。
旅客の場合でも、ぼくらちょいちょい地方へ行きましても、貸し切りの
旅客なんというものはある
意味ではペイする仕事じゃないかと思うのです。ところが
国鉄の団体旅行、貸し切り車の場合はひどい車が配車されるので、それはお断わりだと、団体を誘致にいった方がけんもほろろに断わられるような現状です。一方、バス会社ではデラックスなバスを用意して、団体客にはきわめてサービスをよくしている。
国鉄は団体の場合はぼろ車をよこしてくる。これではとても今日のレジャーの、しかも今日の国民の皆さんの御要望から見ると全然当てはまらない。だから、出先の連中が幾らかもうけの多いような仕事にかかろうとしても、自体そういう道具がそろってないということも聞いております。
あるいは、これもこまい話ですけれ
ども、そういう企画の問題だけではなくて、そこまで末端まで行き届いておらないのかという気持ちでも言いたいのですが、これはちょっと具体的でこまかい話で恐縮でございますけれ
ども、あぐらをかいてマージャンをやる
列車がなかなか需要が多いのだそうです。冗談のような話ですけれ
どもね。これは、そういうぐあいにこしらえた
列車は畳を敷いて、一時間、二時間マージャンをやりながら目的地に行く。これは団体のあれです。その客車が引っぱりだこだそうです。私はやはりこれもある
意味では、今日の
旅客と
国鉄との
関係をついておるのではないかと思うのです。私の知っている範囲では、車両が一車両くらいしかなくて、需要が何倍で引っぱり合いでどうにもならぬ、それを持ってくればもうかるのだがということですけれ
ども、それもできないということらしいですね。だから、こういう点な
ども収入を増す面はまだまだあると私は思います。答えは要りません。
これは蛇足のようなものですけれ
ども、やはりそういうような面もお考えになりながら、もう少し何か実の入った真剣なといいますか、いま先頭に立ってがんばっている
総裁に、おまえふまじめだというのではないのですが、五十万人が真剣にやって、これより再建策がないのだ、国会の皆さんもこれをやっていただきたい、政府もこれだ、こういう状態を内部的にももう少し
検討をしていただきたいし、また、いまぼくは素朴なことを申し上げたようだけれ
ども、そういう三つの問題だけでも固めて出てくるならば、案外国会でも超党派の意見が出るかもしれぬというような気もしますが、どうも納付金をやめてしまうとかということは地方自治体にかかっていく、
赤字路線も住民から、あるいは分断説、二つに分けるあれも何か国民的には反発が出るようで、どうも国会でも
総裁の御意見も、あまり真剣に皆さん御論議しておらないようであります。
久保先生もちょっとお話がありましたが、人間問題も当然ございましょう。しかしその前に、やはりいまのような容易じゃない
国鉄の場合は、人間もありますけれ
ども、客観的に見てむだな経費なりあるいは不当な支払いのようなものは、これを押えるような
方向、それで一応固めた上で人間問題に入っていく。
何だか締まりのない発言になりましたが、以上申し上げまして終わりたいと思います。