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政府委員(
橋本龍太郎君) たぶんこれは申し上げますと、いきなり渋谷
先生におしかりを受けることになりそうだと思いますが、
一つの例として、
理学療法士あるいはは
作業療法士の場合、国家公務員であります場合、高卒三年の学歴で
医療職は三万二千百円の初任給であります。それが特に得がたい職種ということで、ようやく一号俸上位の三万三千五百円の初任給の格づけをようやく今日とっておる状況であります。いま
先生が御
指摘になりましたように、この
視能訓練士一つとってみましても、現実に人を確保していく上において、その処遇というもの、また位置づけというものが非常に大事な要素になると私
どもも思います。しかし、現実にそれでは私
ども厚生省の立場でやり得ることがどれだけあるかと申しますと、実はほとんどありません。今日までにも非常に
関係事務当局が苦労して人事院等と折衝しながら、わずかに一号俸とはいえ、上位のランクづけをといって、わずかながらその努力というものに報いておる次第でありますけれ
ども、私
ども、これが決して十分なものだとは
考えておりません。基本的に、先ほど
小柳先生に申し上げました部分とも重複する点がございますが、私
どもの世代の者ということばを使いましてたいへん恐縮でありますけれ
ども、私
どもの世代の者から、過去また今日までの日本という国を振り返りました場合に、国の行政の中において、また民間の企業その他の
組織の上においても、技術というものが
わが国ほど
評価されにくい、また
評価されないで来た国というものは非常に少ないという感じがいたします。これは他省の所管のことに例をとって恐縮でありますが、たとえば大学教授の
研究費等を
考えましても、欧米の場合なら人文系、文化系の教授の
研究費と理科系、医学系の教授の
研究費というものは数十倍開きがございます。ところが、日本の場合に、これが補助その他を含めましても、実はようやく十数倍
程度の比率にしかすぎません。いわゆる悪平等という形がこういうところにもあるわけであります。私
どもは、今日、そういう意味で
技術者というものの処遇を、これは国もそうでありますし、民間を含めて国民全体もでありますが、
技術者というものの
評価をこの国ではもう一度根底から
考え直さなければならないのではないか。事務の代理というものは比較的簡単につくることができますけれ
ども、
技術者というものをつくり上げるのには非常な時間と費用がかかります。それだけの力を注いで育て上げてきた
技術者というものにそれだけの処遇がなされないということは、非常にもったいないことでもあります。そういう意味で、今日までも
厚生省は
厚生省なりに人事院等との折衝を行なってまいりました。しかし、根本的に国の行政の中において特殊な
分野の
技術者、決して私
どもは
医療職ばかりを申すつもりはございませんが、
評価を十分し得る体系にしていく努力というものは今後とも怠るつもりはございませんが、人事院当局そのものにも再
検討を願う点として今日
考えておる課題であります。