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華山親義君
決算委員会において、この一年の間に特に論議になりました
幾つかの問題について、
日本社会党を代表し
お尋ねをいたします。
一つは、米のことであります。今日、
食管会計は
余剰米をかかえ苦しんでいますが、これをえさその他に処分するために、四十五
年度に約八百億円、四十六
年度から四十九
年度までに約六千億円が必要であると推計されています。この
合計は六千八百億円に相なるわけであります。また、米の
生産調整には、四十五
年度に一千百億、四十六
年度に一千七百億円を計上し、さらに、四十七、八年にかけて三千七百億が必要と予定され、
生産調整に要する額は六千五百億であります。したがって、
余剰米の
損失補てん及び
生産調整に要する国費の
合計は、実に一兆三千五百億にのぼるのであります。
このような
積極性を持たない
うしろ向きの巨額の出費を招いたのは、四十二年当時の農政の失敗によるものと私は
考えます。もし
政府に当時先見の明があったならば、少なくともこの
損失は縮小することができたと思うのであります。四十一年以前の米の
傾向を見ますと、
生産量は千三百万トンに近い千二百万トン台に安定し、その中に増産のきざしが見えておりました。消費は千三百万トン台から次第に千二百万トン台に落ち込む
傾向を示しておりました。私は、この推移の中で、農政よろしきを得るならば、米の需給は近く平均するものと
考えておったのであります。しかるに、四十二年、各地方においては、県あるいは農協を中心として、思い思いの目標を掲げて米の増産を推進してまいったのであります。私は、その年の
予算委員会分科会において、このような情勢が続くならば、近い将来米の生産過剰になることはないかと質問をしたのに対し、時の倉石農林大臣は、何ゆえか答弁を回避して、
政府委員は、米の生産
確保の
方針を述べ、近く生産過剰になるのではないかということには確答を避けたのであります。はたせるかな、四十二年は一割三分の増産となって千四百万台に乗せ、これが四十三、四年と続き、消費は次第に減少して千二百万台を割り、今日の巨額の
財政負担を生み出したのであります。
農林大臣、あなたは四十二年当時とられた米の増産
対策について、今日の
事態と思い合わせ、
責任を感じておられるかどうか、所懐を伺いたいのであります。(
拍手)
しかし、日本の農政は出たとこ勝負であり、その日その日の農政であります。農林大臣は短い期間で幾たびかかわった。この間、かわらなかったのは佐藤
総理大臣であります。任長ければその
責任も重いはずであります。
総理大臣は、米の今日の一兆三千億円にも及ぶむだな出費について、これが
国民の税金によってまかなわれることについて、どういう
責任感を持っておられるか、お伺いをいたしたいのであります。(
拍手)
さらに、今日の米の減産政策に関連し私の憂うることは、都会と農村の人心の隔離であります。かつて、
物価の上がるのは米価の上がるためだと宣伝され、私にこのように答えた農林大臣もありました。しかし、米価は上がらなくても
物価の
上昇はとどまるところを知りません。そして、いま
物価の上がるのは野菜の上がるためだと言い、
物価の上がるのは農民の
責任であるかのごとき印象を与えております。しかし、一般農民は決して裕福ではありません。米作地からの出かせぎは米収入の減少とともに増大し、彼らは都会の中で最も下積みな重労働に、不安定な労働条件と最悪の生活環境の中で黙々として働いているのであります。農村の主婦は、大雪の中で家と子供を守りつつ、都会に表象される日本の繁栄をテレビで見ているのであります。しかも、ときどきこのテレビは、
物価について都会と農村の主婦を集めて対談させ、露骨な反感の中に論争することを、私は見るにたえないのであります。ここにおのずから日本人の間に調和の乱れを生ずることはないかを憂うるのであります。
総理大臣は、このことに重大な関心を持っていただかなければならない。これについて、いまでもすぐできることは、都会の人と農村の人との接点である出かせぎ者に対し、保護のための立法に踏み切っていただきたいのであります。今日までわれわれの主張によって、
関係各省はそれなりの施策をいたしてまいりました。しかし、いまだ不十分きわまるものであります。これらの施策の前進、
制度化のために立法に踏み切っていただきかい。百万にもなんなんとする出かせぎ者を暗やみから日の当たる場所に引き上げ、労働者として堂々と日本産業
発展のための重責をになわしていただきたいのであります。
次に、委員会において論議されました薬の問題であります。
わが国の薬の生産額は、四十四年八千四百二十五億円であって、
世界第二位、おそらく今日は一兆円の巨大産業になっているでありましょう。しかし、その
輸出は生産の三%にも達せず、まことに話にもなりません。
世界に通用しない薬なのであります。売り上げ高に対する研究費の割合はわずかに三%、英国の一〇%を筆頭とする文明
諸国に比して、これまた話にも何にもなりません。しかるに、広告費の売り上げ高に対する割合は五・四%の高率であって、文明
諸国においては、薬品の広告は専門誌以外には許されておらないのであります。薬に関して日本は特別の国であり、薬天国といわれるのはこのゆえんであります。
この一兆円に及ぶ製品の大体七〇%は医療用であり、三〇%が一般用として市販されておりますが、今日、
赤字に苦しむ
政府管掌健康保険において、治療費の四〇%は薬品代であり、外来においては四九%が薬品代なのであります。薬価及び投薬のあり方に手をつけないで、
健保の立て直しはでき得るはずがありません。
健保改革の第一歩はここから始まらなければならないと思うのであります。(
拍手)これについて、根本的には、医師の技術に対する報酬が低額であるために、このような結果を招いているのではないかとも思うのであります。これについて厚生大臣の
所見を伺いたい。
市販される薬品について、日本特有のものとして、広告がはんらんし、広告料の額は四百億円に達するものと推計されます。これが薬価を高めるとともに、
国民の間に薬の乱用、多用を招くことになり、これが
国民の健康にまことに危険なものであることを思わねばなりません。これについて、昨年十一月、
国民生活審議会は、「大衆保健薬については、消費者との関連も深く広告の及ぼす影響が大きい上、消費者がその品質を判定しがたい点にかんがみ、マスコミ広告の禁止を含めて、
制度の
検討を行なうこと」と
総理大臣に答申いたしておるのであります。この答申を受け、
総理はいかなる
検討と
措置を今後なさるおつもりか、お伺いしておきたいと思うのであります。
私はここに、
決算委員長が委員会の精力的に論議された中から取りまとめた要望を中心として、次の提案をいたします。
一、今日世にはんらんする薬は二万から二万五千種類ともいわれ、その薬効について疑わしいものがあります。ここで薬の効果の再審査を行ない、審査は二重盲検法、科学的、客観的審査によるものとし、審査に当たる者には薬学系に限ることなく、医学系、生物科学系の学者を入れるべきであります。
二、薬品の一般向け広告は、前に述べた答申のとおり、廃止を目途とし、その前提として、広告
内容については直ちに許可制に移すべきであります。現在の薬事法や厚生省の
指導あるいは業界の自粛申し合わせでは不十分であり、これにさえ違反する者が七〇%あったと報道されておるのであります。
三、販売薬品には製造年月日及び有効年月日を記入していただきたい。あのような化合物質に、いつつくったものともわからないものが、変質したとも保しがたいものがわれわれの健康のために飲まされることは、まことに危険きわまりないのであります。(
拍手)
これらにつき、厚生大臣の
方針を承り、さらに、
決算委員会の要請により昨年十一月厚生省内に設けられた、薬効洗い直しのための懇談会のその後の活動と、今後の
方針を承っておきたいと存じます。(
拍手)
〔
内閣総理大臣佐藤榮作君
登壇〕