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大澤参考人 私、大澤でございます。ちょっとのどを手術しまして声が出ませんから、お聞き苦しいでしょうけれ
ども、どうぞじょうずに聞いていただきたいと思っています。
先輩の方からいろいろ
生産、
市場の
関係のお話がありましたから、私は
小売りの
関係について、ちょっとお話しをいたしてまいりたいと思います。
私
どもの
小売り商は、東京では私
どもの組合外の者もいますから、小さい、行商まで入れますと約一万二千人くらい。それから
全国では、やはり小さい、車を引いて売って歩いているのまで入れますと約八万ばかり。それだけの者が、東京は東京でまとまり、さらに
全国は
全国でまとまりまして、連合会ができております。その連合会を私が引き受けておるわけであります。
私
どもの業者は、あきんどは元にありというから、仕入れが一番大事なのです。さりとて、零細な業者が多いものですから、いまのはやりの
産地に
直結だとか、
産地へ買いに歩くとかということは、できる者もありますけれ
ども、大
部分ができません。そこで、
全国にある
市場を利用しまして、大
部分の者は
市場から買っておる。御案内のとおり、年を通じますというと約四百
種類からありますから、少しずつの品物をまとめるには、どうしても
市場以外では用をなさない。そんなことでやっておりますが、ただ違う点が二つある。
それは地方は地方の
事情がありますけれ
ども、特に大都市を比較しますと、関西と東京、これを
中央市場の
取引で見ますと、東京は
仲買い人というものはございますけれ
ども、大都市のわりあいには少ない。少ないのはどういうわけかというと、東京は、
小売り商が
消費者の代買い人という
考え方で、ほとんどが
中央市場に直接参加をして買っております。関西は御
承知のとおり、もう全部仲買いが買って、仲買いから仕入れをして、そして売っておる。ここが関東と関西の違いですな。
そんな
関係で
取引をしておりまして、東京で申し上げますと、
中央市場の取り扱いが千五、六百億あります。それから、そのほかにもまだ、三多摩であるとか、
中央市場に入りそこなった昔の類似
市場その他のものを加えますと、全部では約五十ばかりあります。そこで私
どもの組合員はみな買いまして、それに加えて、最近は青果物だけではない、やはりパパママ・ストア式に、店に余裕がある者は関連商品の
販売もいたしておりますから、大体一年に二千億ぐらいの売り上げを得ております。東京の話ですよ。二千億円の売り上げをしております。
そんなことで、
市場を一番たよりにしまして、大体のものを
市場から仕入れまして、そして
販売をいたしておるわけであります。
それから、いま前の方からもお話がありましたけれ
ども、その買う気持ちは、特に東京は、
消費者の代買い人として、自分たちが
中央市場のせりに参加をするのだから、
消費者本位でなければいけないというので、なるべくいい品物をなるべく安く買いたいという気持ちで、みなせりに参加をいたしております。仲買いは要らないじゃないかという話もありましたけれ
ども、いま申し上げました一万からの小売商の中には、ほんとうの小さい業者もおりまして、一人でもってそうたくさん、何から何まで買うわけじゃありませんから、少量に分けてもらうのは、
仲買い人が買ったものを少しずつ、
希望だけ買うほうが便利だというので、仲買いを利用しておる人が多いと思う。そういうようなことで、
市場にもよりますけれ
ども、
中央市場から買っておりますものは、仲買いと
小売り商で半々くらいでしょう。そういうようなことでやっておるわけであります。
ただ、われわれによって値段が左右できないというのは、なるべくいい品物を安く買って、そうして安く売ろうという
考え方でいる者が集まって、そしてせりですから、それで
価格ができるのです。
需給関係というものはなかなかむずかしいものでして、しろうとが
考えたようなわけにいきません。自分が買いたいという値段でも、それ以上にせり値を突く者があれば、そのまた上やりを突いていかなければあぶれてしまいますから、自分は買えないのだ。そういうようなことで、落ちつくところに落ちつくわけです。
御案内でしょうけれ
ども、
中央市場は規則といたしまして、ある品物を最高幾らということでいくわけですけれ
ども、かりに十円といきます。十円が一番最高のせりだとするというと、十円でぱっと落とすのじゃないのです。きまるのじゃないのです。それを三回繰り返す。十円、十円、十円、まだないかというわけで、三回繰り返して念を押しまして、その上が出なければそれで落札する、こういうような規定になっておりますから、それによってやっておる。
それから、さっき
金井さんから、何しろ狭隘だというお話がありましたが、神田の
市場は日本一の売り上げをしておるのですけれ
ども、狭くてしかたがない。とんでもない話があった。この間も、
市場の中で仲買いの車にぶっつけられて、
小売り屋が一人死んだんです。ですから、なかなか余裕のある買い出しはできません。そこで、なるべく早く
市場に買い出しに行かなければいかぬというので、たいがい、勉強の人はうちを出るのが四時です、遠くからも来ますから。四時にうちを出まして、そして五時までには
市場に来る。おそい者でも六時、もうせりが始まりますから。そういうようなことで、それから始まるセリでもって買い歩くわけですけれ
ども、そのときの
状況によって、なかなか思うように楽な買い出しはできない、こういうことです。これが実情です。
それから、いま、まるで私
どもは、
小売り商が被告人みたいなことを新聞なんかに書かれます。新聞社いるでしょうから……。私も、朝起きて新聞見て、実際憂うつなんですよ。何も自分が高く買ってきて高く売っておるわけでもない。きめられた二割か三割の利益でもって売っておるのに、元があるのに、それをまるで
小売り商が犯罪人のように、いわゆる追跡
調査だとか、まるで悪人か犯罪人でも追っかけるようなそういう形。ちゃんと正式に税金を払って、そして自分では
消費者本位の安売りの商売をしようと思ってやっておるのに、私は実に残念なんです。けれ
ども、何しろ世論がこうやかましいですから、何かひとつやりたい。自分でできなければ、卸、仲買いと相談をして、協力してもらって、犠牲的に商売をしようと思って、実はいろいろ
考えてみた。ところが、残念ながらいまの
状態ではできない。何しろ相場というものは――元がない、品物がないのですから。
市場に出てくれば、
市場の相場というものは入荷のいかんによって決定するのですから、なかなか安いものが買えない。
実は数年前、やはり物価が高くて困ったときに、私
どもいろいろ主婦連の方や何かと相談をしまして、経済企画庁にも行って相談をして、何かこの際安売りの方法を打ち出そう、どうしたらいいだろうと相談の結果、実は東京は割引デーというのをやったのです。毎月一回木曜日。そしてずいぶん長くやってきました。これは非常に評判がよかった。定価の一割引き。八百屋がそれをやったものですから、魚屋もやる、肉屋 もやる、鳥屋もやる、しまいにはつくだ煮屋もやるというので、東京で一カ月のうちに十五団体が、日を変えて安売りデーをやった。これが評判になりまして、
全国で二百五十の団体が安売りデーをやった。私はあのときに非常に愉快だったことは、東京都の当時の経済局長は常陸という人でしたが、この人が熱心に毎日、私らと一緒に八百屋の店を回って歩いて、まじめにやっておるかどうかということをすっかり調べて歩いて、非常にごきげんもよかったから、私も非常に喜んでおったわけです。
ところが、どういうかげんか知りませんけれ
ども、それを相談なしでぱっとやめられてしまった。だれがやめさせたのかというと、いまの知事がやめさせてしまった。前の知事は、御
承知の東竜太郎さんです。
消費者の団体によばれて歓迎されて、ごちそうになったこともありますよ。賞状をもらったこともありますよ。ところが、いまの知事さんになってから、どういう
関係か知らないけれ
ども、やめろというのでやめさしてしまった。相談も何もなくやめてしまった。
そんな
関係で、私は、そういうことを二度繰り返してやる勇気はない。ということは、一万人からの人に納得させなければ、利益を代表するものが、一割割り引いて売れということはできないんです。商店街だとか特定の人がやる分には、だれでもできる。けれ
ども、東京のすみずみまで、全部の人が同じように看板をあげて、同じような
販売の方法をやって安売りするということはできない。そこで、私は四十日ばかりかかって東京じゅうの各支部を回りまして、みんなに納得さして、一年じゅう
消費者のおかげでわれわれは生活をしておるのだから、一日ぐらい無口銭で売ってもいいじゃないか、こんなに物価が高いといって騒いでおるのだから、みんながまんしてやってくれということを頼みましたら、みんな賛成してくれました。賛成してくれてふたがあいたわけです。それがそういう結果になってしまった。何てだらしがないことだというので、私は利益代表ですから、下の組合員から突き上げを食って困った。
そんな
関係で、いまさらそんなことを繰り返すことはとてもできない。けれ
ども、何かしなければならぬからというので
考えたのが、実はタマネギとジャガイモをホクレンからまとめて、五千万か六千万持っていって買ってこよう。そして運賃がかかりますから、ひとつ運賃は卸のほうに相談して、卸のほうで心配してもらおう。仲買いにも手伝ってもらおう。そうして最後の
販売は無口銭でもよし、最小限度の手数料ぐらいでもって
販売するようにして
消費者は喜ばれようじゃないかということを
考えまして、
産地を回ってみた。いいことですねとほめてはくれるけれ
ども、
産地ではみんな売ってくれない。品物がそれほどあり余るわけじゃない。そういうような
考え方とは私ら
生産者はちょっと違うのだ。やはり
生産者は幾らか余裕のある生活がしたいから、自分でつくったものは少しでも高く売りたい。さっき話が出ていたように、あれがほんとうの気持ちだ。だから、現金をぶつけてくれて、まとめて買ってくれるものに、
市場相場を無視してうんと安く売るということはできない。いま
手元にある品物を
市場に出す場合には、一ぺんに出すと値が下がってしまうから、
出荷の調整をはかって
価格を維持させようと思って苦労してやっておるのだから、金もほしいし、まとめて買ってもらいたいけれ
ども、どうもいまの場合そういうことはできないと、どこへ行っても断わられてしまう。とうとうこれは実現しないですよ、
市場の相場で買うなら同じことですから。
それで、卸のほうにもせっかく相談したのだけれ
ども、しかたがないから、じゃ何かほかのことを
考えようというので、その後またいろいろのことを
考えておるのですが、何しろ原価があるものですから、原価が安く買えなければしかたがない。どんなぐあいにわれわれの手数料がかかるかということは、
生産者が物をつくって、いろいろな
段階を経て、包装したり何かして、運賃をかけて
市場に出す。
市場で売ってもらえば、
野菜は八分五厘手数料を払わなければならぬ、こういうことです。
それから、私
どもは、どんな年をとった人間でも、八百屋を昔からやっておりまして熟練工ですから、
市場に行って十分買い出しはできる、どんな人でも。けれ
ども、中には病人もおりますし、それから、年をとってわれわれみたいになると、自動車の運転をして二トン、三トンの品物を積んでくることもできない。もしそういうような人が運送屋に頼むと、リンゴ一箱三十円、ダイコン五本まるきでもって三十円、こういうような割合で運賃をとられる。トラックでもって神田の
市場で買い出しをする者が、新宿まで持っていってもらえば二千五百円、立川まで持っていってもらえば五千円、これが運送の相場です。これはだれでも、買った品物は自分で始末する。いまの
市場の規則では、売るまでは
責任は
卸売り人にある。売ってしまえば売ったとたんに、その一切の
責任はみんな買い手にあるのですから、買った品物は、自分で遠くの自動車の置き場まで持っていって、それに積んで帰ってこなければならぬ。よその商品のように、買ったものをうちに届けてくれたり、運送するときに手伝ってくれたりするのじゃないのですから。自分の買ったものはみんな自分でやるんだから。そういうようなことで、引き取りということは相当にたいへんな
仕事です。
それから、その次は何かというと、買った品物が大体水ものですから、このごろは、汽車で来るよりは、自動車で来るもののほうが三分の二あるそうです。これが遠くからゆられてくるのですから、品物の目方が減ってしまう、目切れというやつです。容器には十五キロとか二十キロとか書いてありますけれ
ども、それは幾日か日がたって、プラットホームに積んでおいたり、あるいは自動車で東京まで持ってくると目方が減る。これは必ず減る。ふえっこないのですから。それと腐りです。買ってきたものをそのまま売るのじゃないのですから、仲買いと違うのですから。すっかりばらして、お客さんの料理のしいいようにそれを整理して売るのですから。ですから、ロスと目切れでもって約一割近く出る。
それから今度は、そのときに、皆さんそんなことお
考えないかもしれないけれ
ども、ごみが出るのですよ。このごみがどのくらい出るかというと、去年の東京の
中央市場のごみの費用が一億三千万ですか、それから
中央市場以外にたくさんの
市場がありますから、その
市場のごみ代を調べてみますと、両方で二億かかる。ごみ代を負担していないのは
消費者だけですよ。売るやつはみなごみ代を払っている。八百屋は、このくらいのバスケット一ぱい三十円から三十五円。自動車一ぱい自分で積んで持っていっても、ごみ捨て場に持っていくと千円払わなくちゃならない。これがなかなかたいへんな負担ですよ。ちょっと売れるうちになると五万、十万、もっと大きいやつがありますよ。どんな小さい八百屋でも、ごみの出ないという店は
一つもないですから。そういうようなごみ代も出る。そういうものを含みますと、約一割出るということです。
それからその次に、ここにちょっと持ってきましたから置いていきますが、お客さんが、昔のように手づかみで持っていかないですよ、コンニャク買っても何でも。これは卵の入れものですが、置いていきます。これもそうです。これはみんな札が入ってるから、あとでごらんなさいませ。それから、コンニャクを入れるやつからミカンを入れるやつ。何でもかんでも、みんなお客さんに入れてあげるのです。手づかみで持っていってくださいよなんて言ったら、そんな八百屋、買いに来ませんよ。それから、こんなハイカラなものができました。あとで何かに利用ができる。これが卸相場だ一個四円です。これはみんな札がついていますから、ごらんくださいまし。
こういうようなのが大
部分使われておるわけです。
それから、果物になりますと、包装をしてくれというので包装をします。包装してひもでゆわえてくれというと五円かかりますから、これが、店によってですけれ
ども、一割まではかかりませんけれ
ども、大体五分や六分はかかる。これもそうです。山積みなんかはこれに入れる。
ですから、まず最初に申し上げた運賃、それから目切れ、ロス、ごみ代――ごみ代というのはおかしいけれ
ども、ごみも払わなければならない。それから、これがお客さんへの包装紙。
それから、手間賃ですよ。いま八百屋の奉公人なんかなり手がないですから、安定所に頼みにいったって、何の商売、八百屋、ああ八百屋さんはあきらめてくれ、こう言うのですよ。集団で来た従業員でも、みんな集まって、おまえ八百屋かといってばかにされるというのです。骨が折れるし、朝四時、五時に起きて、労働時間は十二時間。五時ころに
市場に行って夕げまで商売すれば、どうしても十二時間くらい働かなければならない。ばかにされる。どうしたって、泊めてやって、めしを食わせて、着せてやって、給料払う、たいへんですよ。お役所やなんかの給料も、初任給聞いたら、四、五万で来るそうですね、大学出た人が。八百屋はそんなことでは来ませんよ、あんなくたびれる商売。ですから、ちょっと運転でもできるようになると、十万円から払わなければならぬ、主人のかわりに買い出しでもできるようなやつは。そんなことですから、なかなか
人件費も高い。そういう人が、こうやって一日に何百人ものお客さんを一人で商いできるものでもありませんから。お客さんの気に入ったのをついて歩いて売るのですけれ
ども、そういう
人件費。
それから税金ですよ、事業税その他。家賃は別ですよ。
そういうことの計算をこまかにしますと、二割や三割もうけて、目切れ、ロス、ごみでもって一割くらい出て、運賃は、頼めばそういう話です。けれ
ども、自分で運転していけますよ。どんな年寄りでも、みんな自分で運転免許証持っているから、みんな自分で運転してきますが、昔からやっている労働ですから、なれていますから驚かない。
私も実はいま、あれはないけれ
ども、
流通改善協会というものを
農林省から頼まれてやっているんですよ。どういう団体かというと、物価問題に協力させるため、ばらばらじゃしようがないから、食料品全部が一本になれというので、お米屋から酒屋、菓子屋、八百屋、魚屋、肉屋、鳥屋、卵屋、そういうような
市場も入れると、二十九団体ありますよ。全部で七十万人いるんです、その組合に。その組合が、昨年の五月の十三日に東京で旗上げしまして、いまやっているのですが、私が見た目では、八百屋ほど勤勉な業者は少ないですね。朝四時に起きて、五時に買い出しに行って、十時間も十二時間も一日働いて、それできたないかっこうして、もう頭を下げて歩かなければ商売にならないのですから、そういう商売はないですよ。これ以上無理なことを言ったら、奉公人は来ません。ですから、よほどじょうずに使って、そして将来の相談でもして、家を心配してやるとか、女房を心配してやるとかなんとかしなければ、とてもだめですよ、来ないですよ。人手不足の
対策として、ずいぶん地方も回っていろいろ頼んでみるけれ
ども、「八百屋さんですか、八百屋はどうも」――これですね。地方に行って、八百屋の兄さんや弟が安定所の職員をやっている人なんかに頼んでもだめですよ。みんなお断わり。そういうように、ほんとうに最低の生活をして、最低の売り上げをして、最低の商売をしているのですから、これはよほど皆さんも
考えていただかなければならない。いまの組合は、中小企業協同組合法という、小さいものを基本に、一人前にして食えるようにしてやってくれということを頼まれて、組合が世話をしているのですから、そういうことを
考えると、実際、私は組合を代表しているから言うのではありませんが、八百屋ほどばかばかしい商売はないと思っております。
八百屋をしたつもりでもってほかの商売をやったら、必ず成功する。いま私のうちで家内がぐあいが悪いので、秋田から人を頼んでいる。耳が悪くて、おばあさんで、六十幾つでもって幾らかというと、二千六百円ですよ、めしを食わして。亭主も来ているが、亭主はマル通に行って働いて三千五百円。せがれも出てきておる。丸井に行っておって、これも三千円くらいもらっているのではないですか、労働ができる。そうすると、米の転作でもって見込みのないようなものをつくるよりも、三人そろって東京に来て一日に一万円ずつでも入れば、そのほうがいい。それですから、農村の労働というものがだんだんと都会に移って、御案内でしょうが、ことしは八十五万だというのですね、去年からことしにかけて。そういうように労働者がだんだん都会へ入ってきてしまう。そのほかに、いま申し上げたようななにがあるでしょう、季節労働者が百万人もある。そういう
生産をしていたという人がみんな
消費者になって買うのだから、逆になってしまったのだから、だから品物が足りないのもあたりまえだ。
農林省も非常に苦心しておりますよ。
農林省も苦心しておることはよく知っているし、私らも手先で動いておりますから、いずれは何とか間に合ってくる時代が来くると思いますから、それを楽しみにしてわれわれはいまがまんしている、しんぼうしているのだ。ほんとうなら、もう出かせぎと同じように、八百屋なんかの労働をしているようなつもりでもってよそへ行って働けば、下っぱの人はもっといい商売になるかもしれない。そういうわけでございます。
まことにすみませんが、質問してください。幾らでも材料がありますから……。