○瀬谷英行君 私は、
日本社会党を代表して、ただいま
議題となりました人の健康に係る
公害犯罪の処罰に関する
法律案に対し
反対の
討論を行ないます。
反対の何よりの理由は、この
法律案が、今日までの両院の
審議の経過及び
参考人の意見に照らしましても、実質的な効果を期待することがほとんどできないからであります。元来、
公害防止の根本は、
公害をその発生前に予防し、
規制をして、
発生源において食いとめる行政上の
措置と、そのための
法規の
整備を急ぐことであります。したがって、
公害の刑事責任を追及することは、いわば終末
処理にもひとしいのでありますが、しかし、もしそれなりの効果をあげようとするならば、断じて伝えられるような骨抜き、あるいはざる法になってはならないのであります。
ところが、この
法律案が原案として誕生しようとする段階で、経団連等財界の有力筋がこの
法律案の成立をはばむため、きわめて積極的に、あつかましく
政府及び与党に対して働きかけたということが伝えられました。そしてこのことは、
政府の否認にもかかわらず、
国民にとって、もはや公然の秘密といってもよいのではないかと思うのであります。なぜならば、「公衆の
生命又は身体に危険を及ぼすおそれのある状態を生じさせた者」という原案から、単に「危険を生じさせた者」に、ずるずると後退したからであります。つまり「おそれ」の削除であります。
佐藤総理は衆参両院において、この点を追及されるや、財界の圧力はないと色をなして反論いたしましたが、総理がいかに弁明しても、このことは
野党の単なる憶測によるものではなく、
公害国会の推移を細大漏らさず克明に報道してきた各新聞によっても一様に報ぜられたところであり、忍ぶれど色に出にけむ
公害罪で、客観的にも、もはや疑う余地はなかろうと思うのであります。もしも総理が強弁するように、
公害罪の後退もしくは骨抜き説が
政府自民党の全く関知するところではなく、マスコミのデマであるとするならば、われわれは三島由紀夫の割腹事件すら信用できなくなるはずであります。
参議院法務
委員会に出席された戒能通孝
参考人の言によれば、この
法律案は、もともとがかかし同然であったのだが、「おそれ」が削除されたのでは、全くのでくの坊にしかすぎないということであります。せめて、
法律である以上は、
公害発生の源である
企業に対して、かかし程度のにらみをきかせることができなければ存在の価値はないのであります。そのかかしから頭と衣装をむしり取って、棒だけになったのではスズメもカラスも何らおそれなくなります。まさに骨抜きの最たるものであります。
本法第二条によれば、「
工場又は事業場における
事業活動に伴って人の健康を害する物質を排出し、公衆の
生命又は身体に危険を生じさせた者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。」となっておりますが、現在の
企業経営者の中には、少々くさいめしを食い、三百万の罰金を払っても、何十億、何百億の利益を大切にするものがないとは言えないのであります。むしろ
公害の発生で名をあげた大
企業にとって、この程度の罰金は、おそらくものの数ではないでありましょう。今日の深刻な
公害の
原因は、一つには手段を選ばずもうけることに専心して、住民の迷惑をかえりみない無責任な
企業が存在したからであり、また一つには、
政府がこのような
企業のあり方を黙認し、甘やかし続けてきたところにあります。したがって、
公害発生の根幹である
企業の責任は最も明確にしなければならないはずでありますが、法人に犯罪能力なしという原則によって、両罰
規定は
事業主とともに
工場長、事業場長等にも責任を分担させる結果となります。
そもそも
企業が事業を計画する場合は、いかなる原料を用い、どのような製造過程を経て何をどれだけ排出するかは当初より計算されているはずであります。この場合、
企業の責任者は当然
事業主であって、
工場長以下ではありません。また、通常、
公害をもたらす薬物、毒物は、長期にわたり体内に蓄積し、おもむろに症状があらわれる場合が多く、それだけに危険の発生についての
因果関係の立証も複雑かつ困難な場合を想定しなければならないのであります。はたして限定された形式的な推定
規定をもって実効をあげることが可能かどうか、わずか七条にすぎない本
法律案について検討した限りでは、いずれもはなはだ心もとないのであります。要するに、この
法律案では、善良なる第三者が
生命または身体の危険を
公害からあらかじめ守るのに役立つようにはなっておりません。実際の運用は、現実に
公害の
被害者、
犠牲者を生じ、その
被害者が不幸にして
生命または身体に危険を生じてから、初めて
企業の責任が追及され、条文がものを言うようになるのでありましょう。これではどろぼうをつかまえてから手錠となわをさがしに行く仕組みによく似ております。本法は手続上からも実効のないざる法になることを
参考人は述べておられますし、
審議の経過における
政府側の答弁でそのことは裏打ちをされております。ただし、ざる法と言っても、引っかかるもののないワクだけのざるで、これではドジョウすくいにも役立たないのであります。
法律は役に立たなくとも、あればよいというものではありません。
公害という明白な結果に対して
企業は責任を回避すべきではなく、法は抜け道を与えてはならないのであります。有機水銀中毒、
カドミウムあるいは
食品公害、薬品
公害等々による取り返しのつかない悲惨な
犠牲者の存在をわれわれは忘れてはならないと同時に、今後において、国が同じ失敗を繰り返さないためにも、無
過失責任の立法化を急ぎ、実効のない本法のような
法律は勇断をもって
修正をすべきであります。
本
法律案の
審議にあたり、
政府はみずから法の不備を認めております。ないよりはあったほうがましという考え方かと思われます。しかし、ぬるま湯のようなふろに入ってかぜを引くよりは入らないほうがはるかにましであるということを申し添えまして、
反対の
討論を終わります。(
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