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参考人(
戒能通孝君) 最近、
公害が非常に深刻になってまいりました。十一月九日に
川島自民党副
総裁がおなくなりになりましたが、ちょうどあの日、
——八日、九日と申しますと、
大気の
汚染は非常にひどかった日でございました。おそらく
東京の町というふうなものは非常に
大気汚染というものが強かったのではないかと思うのでございます。
川島副
総裁がおなくなりになったというのは、ちょうどその
大気汚染の非常にひどい日でございましたので、
ぜん息性の発作が急激に起こったのではないかというふうに考えられるわけでございます。従来から
公害の
被害者と申しますというと、貧しい漁民であるとか、あるいは農民であるとか、
労働者であるとかいうふうに考えられていたわけでございますが、最近ではとうとう
自民党副
総裁というふうな方までも
大気汚染の
影響を受けるようになってきた、というような
状態であるわけでございます。そこで
公害の問題につきましては深い
関心を持ってぜひとも強力な
法律によりまして、
公害防除のために
努力をお願いいたしたいと思っていたわけでございました。
ところが、今年八月十日でございましたか、私、参議院の
公害対策特別委員会に
参考人としてお呼び出しを受けたことがございます。私の陳述はほとんどできませんでしたけれども、その日、
中山総務長官がちょうどおいでになっていらっしゃいまして、たいへん深い情熱を示されまして、必ず
公害防止に対して有効な
法律を立案する、
自分は
佐藤総理大臣のいわば
一種の代官としてこの仕事に当たっておるんだというふうにおっしゃいました。
山中長官は、私のほうを
ごらんになりまして、
山中のような
しろうとが何がわかるというようなおしかりを受けたが、というようなお話でございました。それで一連の
公害関係法案の準備に当たっていらっしゃるのだと考えるのでございます。
しかし非常に失礼な申し上げ方でございますけれども、
山中長官は、
公害防止のために真剣に御
努力になったと思いますけれども、もし、そうだとすればやはり
しろうとでいらっしゃったという感じがするわけでございます。いままで提出されました
公害関係の
法律案の大部分というのは、
東京都の
公害防止条例のあと追い
法律案といったような気がいたすわけでございます。そして
東京都
公害防止条例の中にきめられていなかったものといたしまして、特に提出されたものがここで御審議されている
公害罪法の問題であるというふうな気がするわけでございます。しかしこの
公害罪法によって具体的に適用を受ける場合がどれだけあるかというふうに検討してみましたところ、私が知っている
範囲におきましては、実を申しますとゼロでございます。
まず第一に、
公害物質、特に
大気汚染、
水質汚濁によって他人の
生命、健康に
影響を与えるような
物質と申しますと
有機水銀でございます。特に
炭素が
奇数のついている
有機水銀でございます。偶数のついた
有機水銀でございますというと、いままで
水俣病の原因になったという事実はございません。
奇数の
炭素がついている場合におきまして、むしろ
水俣病の
病因物質になるというおそれも起こるわけでございます。しかし、いまになりまして
有機水銀を大量に放出するような、
ばか者はもはやなくなっているんじゃないかと考えられるわけでございます。毎日五百グラムとか、六百グラムとかいう
有機水銀を、水の中に
工場廃液といたしまして
——毎日毎日五百グラムなり、六百グラムなりを一年間、二年間にわたって放出するような
企業はもはやなくなっていると考えられるわけでございます。したがって
有機水銀の放出がこの
法律案にひっかかるということはもはやないと考えていいのではないかと思うのであります。
第二に、いままで
訴訟の
対象になっている
汚染質の中で最も有害なものは
カドミウムでございます。ところが、
カドミウムにつきましてはどれだけの量を放出するかというと、いかなる
条件のもとでどれだけの量を放出すると人の健康あるいは
生命に
影響をもたらすか、これは科学的にはわからないものでございます。
カドミウムが有害であるということは、これは間違いございません。定性的に有害であるということは、これは間違いない事実でございます。しかし
定量関係になってまいりますと、これは全くいまの
段階では不可解でございます。証明不能でございます。
富士地方裁判所で起こっている
イタイイタイ病の
損害賠償事件に関連いたしまして被告、
三井金属側は、次のような
事項につきまして
鑑定を申請しているわけでございます。
一つは、
カドミウムの
人体吸収率はどれだけあるかということでございます。これは
人体実験をしない限り現在の
段階では確定することができません。したがって、いかなる
科学者でありましても、現在の
段階で
人体吸収率がどれだけあるかということを科学的に判定し、それを
鑑定書として提出することはできないのでございます。しかもこれは
個人差が非常に多いことになってくるであろう。したがって一律に人がどれだけ
カドミウムを吸収するかという、そういう法則を出すことはできないだろうと考えるのでございます。
それから、次に、
カドミウムによる、
カドミウムを口からとった場合に、
じん臓の
細胞関係がどのような変化を起こすであろうかという
鑑定事項、それが提出されているわけでございますけれども、これも現在の
段階で科学的に証明することは不可能である、おそらくモデル的なものの
説明はできると思うのでございますが、モデル以外のものについての
説明をすることは不可能であると考えていいと思うのでございます。
それから、次に、尿でございますが、
じん臓細胞障害がある場合に他の要因がなくても骨格に、骨の何か
症状を呈するかという
鑑定事項が提出されていたようでございます。これも現在の医学の
範囲におきまして、はっきりした回答を出すことは不可能であると考えていいように思うのでございます。
カドミウム中毒ということになってまいりますと、
現実に人が死んだりそれから
病気になったりして初めてこれは
イタイイタイ病である、ここではこれが
カドミウム中毒症状であるということがわかるのでございまして、あらかじめ予期することは不可能であると考えていいわけでございます。したがって
カドミウムをある
企業が排出する場合におきまして、その
カドミウム排出がどの
段階に達したら人の健康に危険を及ぼすものであるかということを判断することはできないと考えていいようでございます。
人間がそこで
病気になったり死んだりすればはっきりいたします。
人間が
病気になったり死んだりしない限りこれは
人間の健康に
影響を、危険を及ぼしているというふうに判断することはほとんど不可能であると考えていいと思うのであります。したがってこの
法律によって
カドミウムを排出している
企業者を
起訴するということは実際上はできかねると考えていいのでございます。
第三に、現在、
訴訟になっている
物質といたしまして
硫黄酸化物がございます。
硫黄酸化物も確かに
大気を汚します。しかし
硫黄酸化物による
大気汚染がどれだけ起こったら、どれだけ強くなったら、濃くなったら人の健康に危険を及ぼしているかということは、これも不可解でございます。
不可知でございます。まず第一に
硫黄酸化物というふうなものが大量に空に上がりましても、それだけでは必ずしも
ぜんそく性気管支炎症状を起こすということは申すことができないのでございます。
大気の中に
硫黄酸化物がわりあいに少量に上がっても、その
大気の中に、たとえばバナジウムみたいな
触媒物質があるような場合、それからカーボンが浮かんでいるような場合には、これはわりあいに早く硫酸ミスト化することが起こるわけでございますので、したがって、このような場合におきましては、
ぜんそく性気管支疾患というようなものを起こしてまいります。しかし量が多いからといって、
硫黄酸化物が濃厚になったからといって、すぐ
ぜんそく性気管支疾患が起こるわけではございません。そうなってまいりますというと、
硫黄酸化物がどれだけ地上に上がったら、どれだけ濃厚になったら、そこで人の
生命、健康に
影響が起こるかということは、これは判断することができないのでございます。したがって、これについてはほとんど
起訴はできない。
病人が出て初めて
起訴するということにならざるを得ないのではないかと思うのでございます。
病人が出て初めて
起訴するということになってくれば、これは
現行刑法の
傷害罪、業務上
過失傷害罪、もしくは
過失致死罪というふうなものと同じことになってまいりまして、
公害罪というふうなものは、新しいアイデアではないということになるのではないかと考えられるのでございます。で、
公害罪法というふうなものがその他の
物質にどのように適用されるかということになってまいりますと、もっと明らかでございません。
たとえば
硫化水素でございます。
硫化水素の濃厚なのが
発生いたしますというと、これはもはや、
においがいたしません。
においがしないときに、逆に人が気絶する、意識不明になるということになるのでございますが、どんな
条件のもとで人が
においをかぐことができない
程度まで濃厚になるかということは、これは風の吹き方その他がございまして、必ずしもすぐ即断することができないわけでございます。
弗化水素などにつきましても、同じ問題が起こりますけれども、
弗化水素の
影響ということにつきましても、いまの
段階で、量的にどれだけ出したら、どんな
条件でどれだけ出したら必ず人の健康に
被害が起こるであろうかということ、これを判断することはほとんど不可能であろうと考えられるわけでございます。したがって、危険を起こした者、公衆の
生命または
身体に危険を生ぜさせた者というふうな基準で、ある人を
起訴するということになってまいりますと、現在はまさに
白紙状態でございまして、
検察官はおそらくこういう
法律を与えられましても、
起訴不可能の場合のほうが多いであろう、人死にが出たり、
病人が出たりして、初めて
起訴することになるのであろう。おそらく
病人が出る前に
起訴するということは不可能であろうと考えられるわけでございます。わずかにそれができるのは、
有機水銀だけでございますけれども、
有機水銀につきましては、いまの
状態において大量に継続的に出す
企業はもはやなくなっているであろう。で、現在どんなばかな
企業でもまさかそういうことをするわけにはいかないであろうと考えられるわけでございます。その
意味におきまして、この
公害罪法というのは、これは
一種の
かかしにすぎないわけでございますが、その
かかしも実は手もなくそれから顔もないような
かかしでございまして、これは
一種の
でくの坊にすぎないということになりはしないかと思うのでございます。いわんやこの
法案を、
最初の
原案から「危険を生ずるおそれ」というふうな
条項まで取ってしまいますと、もはや
かかしとしての役もしないのではないかと考えられるわけでございます。
こんなわけで、もし
公害の
発生というものを何らかの方法で強力に
規制していただくことができるとすれば、実はこの
法律案ではないのではないか、別の考えが必要ではないかというふうに考えるわけでございます。たとえば
東京都
公害防止条例の第三十五条でございます。どうしても
大気汚染を引き起こし、
水質汚濁を引き起こし、それからその
改善命令を出しましても、
相手が言うことを聞いてくれない場合には、
水道水もしくは
工業用水の
供給停止を
知事が要請することができるようになっているわけでございます。この
条文というのは、初めには
電気、
ガスの
供給停止を要請することができるというふうにあったわけでございますが、通産省の反対が強かったものでございますから、これは削除されまして、そして
東京都が
自分で経営している
水道局及び
工業用水というものについて
供給停止の要請をするという形に切りかえられたものでございます。しかし、もし
法律でこのことに処するということでございましたならば、むしろ
東京都の
条例よりも強くしていただいて、
知事あるいは
市町村長が、
電気、
ガス、
水道水の
供給停止を要請することができるというふうに改めていただいたほうが、はるかに有効ではないかと思うのでございます。で、
東京都は実際の問題といたしまして、
水道水の
供給停止をする意思は目下ございません。
知事もございませんし、
公害局長もございません。ただしかし、
相手方と交渉する
段階におきまして、どうしても言うことを聞いてくれない場合におきましては、そんなにおっしゃるならば水をとめますよと言っておどすことになるわけでございます。そうしますというと、どんな頑強の間柄でございましても、水をとめられては困りますので、それではかんべんしてくれというふうに話が変わってまいります。それではかんべんしてくれと言われて初めて、かんべんしてあげますから
施設を何とかしてくださいとか、
施設をするにつきましては、金がないとすれば、金融のほうは何とか御用立ていたしますとかという話に移っていくわけでございまして、同じ
かかしでも、現在の
状況ではまだ水をとめるということは相当有力な
かかしであるということができるわけでございます。もちろんこれは
かかしのつもりでございますけれども、しかし
相手の出ようによりましては、場合によっては実際に水をとめることが起こらないという保証はないわけでございます。しかし事実
認定を誤まって、そして何らの
公害も出さず、何らの大きな
公害も出さない
企業に対して、水をとめた、あるいは
電気をとめた、
ガスをとめたというふうな場合におきましては、都道府県なり
市町村なりが
損害賠償義務を負担するという
条項をつけてくださっても、もちろん妨げないわけでございます。しかしこの
法律案によって警告をすることに比べますというと、はるかに
ガスや
水道をとめるということのほうが有力ではないかと考えるわけでございます。その
意味におきまして、この
法律案が実際に成立し、実際に施行された場合におきましても、この
法律案によって
起訴される
企業というのは、おそらくないであろう、ゼロであろうというふうに考えられるわけでございます。もしあるとすれば、小さな
企業であって、わりあいに小
範囲の地域に限り、ごく濃厚な
汚染物質を流すところ、そういうように限定されるのではないかと考えられるわけでございます。
その
意味で、たとえば
東邦亜鉛の
安中精錬所、これは
カドミウムを相当大量に出しているわけでございます。しかもあれだけの
精錬所を動かすにつきまして、
工場長あるいは
工場の一部の課長というふうなものの
責任だけではなくて、これは会社全体が
責任を負うことでございますので、もしこうした
法律案に十分な
効果があるとすれば、
企業の
最高責任者——社長、副
社長あるいは
専務取締役という方が
起訴の
対象になるわけでございますけれども、現在の
段階におきまして、
東邦亜鉛を
起訴するということは、この
法律では不可能であると考えていいと思うのでございます。
東邦亜鉛の出します
カドミウムの
拡散範囲というものの中には、すでに指の曲がってしまった方もございます。しかし、これが
イタイイタイ病なのかどうかということになりますと、
カドミウム中毒なのかどうかということになりますと、現在の
状況ではわかりません。というのは、
カドミウム中毒症状というものを実際に診療に当たった経験を持っていらっしゃる富山県の
萩野医師は、指が曲がるという
状態での
イタイイタイ病というものをまだ
ごらんになったことがないのでございます。指が曲がるというふうな
病例は、いままで
医師によって発見された事実がないわけでございます。したがって、指が曲がっているというふうなのが
カドミウム中毒であるかどうかということは、いまの
段階では判別できないわけでございます。もし判別するということになれば、これはよほど大量の
病理解剖かなんかを経なければならないのではないかと思うのでございます。そうなると、この
法律案によりましても、実は
東邦亜鉛の
安中精錬所は
起訴されないということになります。それからさらにまたこの
法律は、
複合汚染の場合には適用されないように
説明があるそうでございます。そうなりますというと、
田子の浦というふうなところの
ヘドロにつきましても、手が出ないということになるわけでございます。
田子の浦の港にたまっておる
ヘドロというのが、これが
硫化水素発生の源泉ということは間違いございません。したがって
ヘドロを動かすということになってまいりますと、おそらく
硫化水素が相当拡散いたしまして、何人かの方が意識不明におちいられるであろうと懸念いたします。しかし、それにもかかわらず、
田子の浦の
ヘドロに基づいて
発生する
硫化水素影響というものについて、
大昭和製紙というものをつかまえて、そして
起訴することは、この
法律ではできないということになるのではないかと感じられるわけでございます。あの
ヘドロというのは
大昭和製紙だけが出したものではございません。他の
企業も出しておりますので、
複合汚染でございますから、
大昭和製紙の
責任を追及するということはできないわけでございます。
いずれにせよ、この
法律案が実際に成立いたしましても、おそらく適用される場合はない。適用しないでもいいのでございますが、せめて
かかし的な
効果を持たしてもけっこうでございますが、それにはこの
構成要件では不足である。せめてこの
法律案の
最初の
原案に立ち返って、「危険を生ぜしめるおそれがある」というふうな場合までいっていただかなければ、
かかしの効力にもならないというふうに感じるわけでございます。「おそれがある」という
条文にいたしましても、実際に
起訴される例はほとんどない、絶無であるというふうに考えても間違いございません。しかし
起訴しなくても、
かかしとして置いておけばいいのだということでございましたら、これは「おそれ」というところまで発展していただいてもけっこうではないかと考えるわけでございます。現在の
状況では、
かかしにもならない。せいぜい、
でくの坊だということになっているのではないかと感ずるわけでございます。
以上所見を申し上げます。