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田中一君 どうも根本さん、あなた
住宅問題あんまり勉強しておらぬよ、いかぬよ。いま
住宅金融
公庫に対して自分が
融資をしてくれという申し込みが減っているんです。
住宅金融
公庫に対する申し込みの人は減っているんです。なぜかというと、借りても自分の住む家が建たぬですから。自分の手持ち
資金を百万円持っている、だから何とか二十五坪の家をつくりたいといったって、
住宅金融
公庫から借りる金が足し前にもならないのです。
金額を百万円のものを二十万円貸してやって、五人にやったほうが得だという、そのほうが公平だという考え方は不公平であります、かえって。いいですか、地価というものの高騰を考えてくださいと言うんですよ。その五人の人たちはどうしても土地を求めなければならないのです。これを仮需要と言うのです、仮需要。すぐ建たぬけれどももらえたらやろうという。それじゃ、建たないんです、結局。だから私が申し上げているのは、もはや戦後のころの、戦後の混乱時代、私もバラックに住んでおりました。米かついでうちの家族を養った時代であります。その時代に合ったところの公営
住宅法なり何なりは、根本的に変える時期が来ているんだ。その
対象では満足いたしませんよ、現在の国民はと、こう申し上げている。もう少し心も生活も豊かになってきている、当時から比較いたしますと。インフレも続きました。しかしながらややもすれば自分の家が完全に建つんだというような施策に変えるべきであろうかというんです。これも
一つなんです。したがって根本的な考え方を変えてくれというのは、ほしいときに必ず自分の家はできるんだというこの希望であります。
私は一面、
住宅公団が低家賃、十年前に入った家賃が安いんです。これは新しく
建設された
住宅の
建設費に見合う家賃でありますから高いんであります。ある時期には
住宅公団は
住宅公団という慣習じゃ問題でございますから、いわゆる
法律によって
住宅公団家賃という家賃法をつくりなさいと言ったことがあるんです。たとえば十年前にあるいは十五年前に公団
住宅に入居したものがそれこそ、いま多少上がっておりますが、一万円か一万二、三千円のところもございます。最近つくる同じ二DKであっても二万五千円、二万八千円という
金額になるわけでございます。建築
資金に見合う家賃ということになりますと、それは建築材料が上がったり、土地も上がったりしますから、コストが高くなっているということなんです。ある時期はそうした形の
改正をして均てんをする。十年前に
住宅を持ったというしあわせを受けた人たちは安い家賃である。ようやく八畳一間一万五千円で家族四人が暮らしたという人が十五年暮らして得たときには二万五千円だということになると、これを不公平というんです。政治の貧困というんです。われわれ社会は連帯であります。一人で生きているんじゃございません。資本家と勤労者という、労働者の違いはございますけれども、みんな一生懸命働いているんです。
住宅ぐらいはせめて十五年ぐらい前に得た安い家賃の人、これはがまんしてもらう。その方はきっと収入がふえております。八畳一間を一万五千円で借りている人は十五年苦しんできた。同じように収入が
増大しているんです。おれの既得権だといっておれの家賃を上げちゃならぬという気持ちはならぬと思います。そこで、いま抵抗をされるとするならば、これは
政府の姿勢が悪いからです。
政府がみんな、十五年前でも二十年前でも、みんなそれぞれこれから入る人でも生活し得る家賃にするんだという姿勢を示すとこれは納得します。したがって公営
住宅法にいたしましても
住宅公団法にいたしましても、ましてや
住宅金融公庫法などは方向を、戦後二十五年たったこの青年たちが不満なく住めるような質にすることと家賃にすることであります。いま戦後の若者たちが結婚しているんです。いま家を持ちたい時代なんです、戦後の若者たちがですよ。これがアットホームを持ちたいという願望を持ちたい時代なんです。われわれはやみ米を買って家族を養った時代のことを、立法の姿勢がそのまま今日に続いているということはあり得ないんです。転換をしなければならないんです。おそらくこのいろいろな、あなたが指名していろんな意味の答申を受けるというこの学識経験者または利害
関係者はおそらく
住宅問題に関しては年寄りでございましょう。二十二、三の若奥さんや御主人じゃないでありましょう。そういう方々が現在の青年の心というものが何を求めておるかということを的確に握るのが政治の姿勢、これからの日本のあり方なんです。私どももこうして二十何年間
国会で
住宅問題でやり合っておりますけれども、もう転換する時期であります。そういう意味で、まあ変なことを言うとおかしいけれども、保守党内閣が二十何年間もあぐらをかいていれば前進がない、あったかいです。そうでないところにいまの若者たちの、あるいは母親たちの、父親たちの願望があるのです。若者たちのこの革命的な行動が、学園におきましても勤労者の中におきましても起こっております。何を求めているかということを明確にすること、私がいま
住宅問題について質問しておるのでありますから、
住宅に関する諸姿勢というものを堅持するときがきておるということを言っておるのです。そこから出発しなければ国民はそっぽを向きます。政治にそっぽを向くのです。そうして現象的には多岐多様にわたるところの
住宅産業、
住宅供給
事業、たくさんなくふうなり発明なり、あるいは資材の
開発などを供給しておる現時点を考えなければなりません。最初にアメリカの
住宅産業は上陸するだろうと言ったのはそれであります。むろんアメリカのような高賃金のところで1高賃金といったところで、日本人とアメリカ人の社会
制度の違いであって、アメリカには御
承知のように全然社会保障というものはございません。賃金オンリーで、それも労使の間で話し合って賃金をきめておるのであります。日本には、鼻くそでありますけれども社会保障
制度がございます。しかし、これも社会保障
制度に対して完全に適用されておるというものも少ないのであります。ここに将来の日本の社会なり姿を考えた場合に、まず切実にだれも彼も同じように求めておるのが
住宅なんであります。
住宅に対するところの窓口は六つも五つもあるようなこの
住宅政策、
政府が持っている
住宅政策、
住宅の
建設、これらを
検討して、ほんとうに求められるものを与えるのだという姿勢を持たなければならない。そういう意味で私は申し上げておるのです。
住宅供給機関というものも、民間を含めて大幅に変貌しております。都市、大都市におけるいまの公害の問題も、ある面まで
住宅で解決し得るものもあるかもわかりません。おそらくあると思います。そうした
住宅建設、土地の問題、
住宅そのものの問題、たとえば小さなうちでも冷房、暖房も見込まれる時期がくるのです。質の
改善です。再び軍備を持って戦争に追いやるような形の徴兵
制度なんというものをちらちらさせたのでは、国民は
承知できない。ほんとうに平和の中で安住する、自分を見つめるというのはやはり家庭であります。そういう意味で私は再度申しますけれども、わが国の持ついまの
住宅政策というものは、非常に変貌しておるところの全体の
住宅供給
事業、
住宅供給の現象というものをとらえながら、膨大な金を注ぎ込んで、国民の税金を注ぎ込んで、国民から預かっておるところの財投を注ぎ込んで、この
法律並びに方向というものを根本的に変える時期だ、こういうことを指摘するわけです。だから、あなたはまあもう一期ぐらい
大臣をおやりなさい、一年ぐらい。あなたはよくものを突っ込んで真剣にやるので非常に好きなんです。だからこういうことを言うのです。何も佐藤と競って総裁になろうと思っていないでしょう。かまわないでしょう、びしびしと方向を求めるのです。あなたはよく発言するからぼくは言うんです。どうかひとつこの点について、あなたのいままで一年近い間自分で、そこにいる並び大名から聞いたようなものじゃなくて、あなたが身をもってぶつかっていく——お嬢さんに聞いてごらんなさい、何て言うか。そういうことで、せめてひとつ置きみやげでもいいから方向づけをする。
予算は多いに限りませんが、いまのような
予算の立て方ではだめです。そうして、いまいろいろ多治見君言っとったけれども、これは現状から
一つも出ない。四十万円を四十五万円、八十万円を八十五万円にしたところが、物価の値上がりでもってそんなものペイなんです、できないんです、八十万円を百二十万円にしよう、これならまあ少しは足しになりますけれども、何にもならないんです。こういう点ひとつ、口先とあなたのいままでの短い経験で、そういう並び大名の、あなたのそばにいる部下の言うことだけを聞かないで、ひとつ私の言うことがおわかりならばですよ、置きみやげとしてでもいいから、この方向を求めようではないかというような発言をしてくれて、私の期待にこたえる根本さんになっていただきたい。ひとつ御答弁願います。