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国務大臣(
山中貞則君) いま私たちの
祖国における
沖縄論議が、ともすれば、立地条件が軍事的な極東のかなめとしての議論が多過ぎるような気が、私はしてならない。そちらのほうは私の
所管外でありますから、やはり地球儀をながめてみても、
沖縄の置かれている地位というものは、
経済的にも私はその立地条件を高く評価すべきものがあると思うのです。ことに、わが国の最南端の列島で、相当な人口が住んでおる島の群れでありますから、八重山群島になりますと、基隆よりは緯度は南になりますし、そうすると、大体本島を除く先島においては、キビ、それからパイン、畜産、そして水産、そういうもの等に重点を置いていきますと、大体現在でも糖価安定法に基づく
沖縄産糖買い入れというような法律で
沖縄の砂糖
産業は保護してありますし、パイン
産業も、一ぺんかって内閣で自由化を決定いたしましたけれども、
沖縄の
基幹産業であるということを反省いたしまして、前例のないことでありましたが、自由化を取り消したことがございますが、そのような保護
措置並びにサトウキビと結びつけたバガスなりトップなりの畜産への飼料化というようなことを考えていきますと、立地条件は、私は、たいへん先島のほうは農林、畜産等についてはいい条件がある。さらに水産等についても、漁船の近代化、大型化等を心がけて
指導していけば、先島については、私はあまり心配要らない。むしろ
西表みたいな、アメリカが占領中にたった
一ついいことをしてくれたと言っちゃ語弊がありますが、マラリア蚊を撲滅してくれましたので、あそこに二千名くらいの人が住むようになりました。戦前は立ち寄れなかった島でありますけれども、そのようなことの結果、私としては、
西表島は非常な
開発の未来を秘めておる島であると考えて、今度の五島の
循環道路につきましても、大蔵省は二千名しか住んでいない島に
循環道路通したって何に使うんですかと言って最後まで抵抗したんですけれども、未来を一番持っておる島という意味では踏み切れということで、五島全部に
循環道路がついたいきさつもございます。こういうようなふうに
展望いたしますと、問題は、特殊な
産業形態にささえられた本島に問題がある。本島でも北部のほうはパインとキビが
中心でありまして、パイン工場が非常に零細でありますから、これの企業合同、合併等を今後二十億の米の
援助資金の二十年無利子、現地では少し利子が二分か幾らか実費がかかると思いますけれども、サイトの長い、金利の低いものでそういうことを進めていけば何とかなる。しかし、問題は、
米軍基地の密集しております中南部、これらの
地域をどうするかという問題にあると考えます。
那覇市においての第三次
産業の従事者が七三%、コザは戦前の一寒村でありましたが——寒村ということばに語弊があるなら——普通の村でありました。しかし、それが人口数万の大都市にふくれ上がって、サービス業を
中心とする三次
産業の占める比率が七九%、まことに
本土のどこにも見られない異常な形態だと私思います。これらの形態の
方々を、どのような形で
本土復帰の際に、ショックを与えることなく所得を
維持し、さらに未来に光明を与える方法があり得るやいなや、この問題、一番のポイントだと考えて、いま日夜考えておるところでありますが、
一つの方法としては、就任の早々に——五分後に、私特別会計構想というものを発表いたしました。これは思いつきではありませんで、
沖縄問題はずいぶん長い間、気持ちの上では、
沖縄が国
会議員を選出できないうちは、自分がかわって
沖縄のために働きましょうということを口にも出したくらい一生懸命考えておる。陰に陽に御加勢を申し上げてまいったつもりでありますけれども、ずっと
沖縄については私自身の構想を抱いておりましたので、就任直後にあのような思い切った構想を出したわけでありますけれども、奄美大島が返ってまいりましたときは、
予算上の復興法に伴う
措置をいたしただけでございまして、特別会計的なものはとっておりません。奄美大島は、御承知のように、前期、後期、十年の復興計画を、前期、後期でいま最終の後期五年の二年目に差しかかっております
振興計画によって、二十年の特別
予算措置をいたしたのでありますが、
沖縄の場合には、この
予算措置だけではとても間に合わない。形がどうしても違った形になってしまっております。たとえば関税形態でいいますと、こちらのわれわれの
本土のほうでは、時計、貴金属、スコッチ・ウイスキー、宝石そういうようなものは当然奢侈高級消費物資として高い関税、消費税がかかっておりますけれども、現地では観光政策上から関税を一律五%という最も低い率に押えて、内国税をかけておりませんから、内地から戦跡巡礼とかいろいろな観光団とか行かれますけれども、何といっても
那覇市の国際通りの安いあの商店街に魅力のあることは人間として否定できない。そういう形態が私成り立っているのは、関税政策、内国税政策にそのような政策をとっているということであります。ですから、日本の現在とっておりまする
本土の政策と全く違う形態が
一つある。しかも、内国税の問題に目を向けますと、国内においては、
本土側では考えられないような税というものがあります。私たちはいま日常生活必需品、ましてや食べものなんかに税をかけておりませんが、
沖縄ではみそ、しょうゆにも税がかかり、あるいは魚にも、高級魚、中級魚、大衆魚に分けて、大衆魚まで全部物品税がかかっておりまして、これは現地
産業の保護という立場もありますけれども、ビールが、一八〇%の税の
格差の上に成り立ってビール
産業があるというような特殊な形態がございますから、これはどうしても三次
産業形態の特殊な重みとともに、これらのものを相当期間存置しながら特別会計構想の中でめんどうを見ていく。そして、急速なショックを与えて
沖縄経済なり個々の生活が、
本土に
復帰したらはだしとイモの生活になるぞと言っておられるスローガンそのもののような感じがするような生活に断じてしてはならない。また、
本土のほうに失業者その他が来ることもあるであろうとおっしゃいましたが、そのような現象面としては私も肯定しますが、私の考え方は、
沖縄を過疎県にしないで、よく使っておるのですが、美しい空、きれいな水、そしてきれいな島の緑ですね、サンゴ礁の島として、自分の郷里に誇りを持って定着できるような島にしたい。こういうことを、私は念願に思っておるわけであります。ことし五島
循環道路というものを着工いたしまして、
復帰の年までに約七、八十億かけましてこれを
一周道路に持っていきたいと考えておりますが、このようなことも、現地の
建設業者が本島のほうはできても、一体
離島のほうまでできるのかどうか、ここらの点も疑問があるところでありますが、
建設省から人を派遣して、何とかしてこれを消化させよう、大蔵省のほうはそんなこと消化できませんよと言っておるわけでありますが、私のねらいは、そのようなものを消化することによって、台湾を例にあげると、思想に関係なしにあげますからすなおに聞いていただきたいと思うのですが、台湾でやはりある時期に大陸から渡ってきました軍の
方々が大量に年齢的に失業する時期が来ました。そのときに退職金はもちろん見たでありましょうが、台湾の横断
道路というものをやりまして、その人たちに日給月給というようなものをつないだということは、やはりいい例はいい例として見習っていいと思いまして、もちろんホワイトカラーの人々が、みんなそのような土木
事業に従事するとは思えません。当然、そんなことは安易に考えておりませんが、その五島
循環道路が、五島全部に一斉にそのような労務需要というものが起こるということは、少なくとも間接的に中高年齢層の
方々にも好影響を与えるものであることは間違いない、こう思っております。まあ、それが直ちに
離職者の全面吸収のための
対策事業であるとは断じて私申しません。これはあくまで
沖縄の体質を、各島それぞれ動脈を張りめぐらして
完成させることによって、その
地域の立地条件に応じた
産業の
発展ということを願うわけであります。このような構想のもとに、まだあと詰め残しておりますのが
那覇市並びにコザ市に典型的に見られる、そのような関税なり、軍事
基地依存の典型的な形態の職業の
方々をどのようにして新しい、しかも所得があまり変化なく、将来に望みのあるような
地域にして差し上げられるのかどうか。フリー・ゾーン等の構想等も念頭に置きながら詰めていってみたいと考えております。この作業を急いでやりたいと思っております。