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参考人(
田上穣治君) 私は憲法学のほうを専攻しておりますので、先ほどの
磯村参考人それから
佐藤参考人の
専門とされますところとやや角度を違えまして、憲法学の
立場から、この特例
法案につきまして簡単に
意見を申し上げたいと思うのでございます。
地方自治法では、第六条で、
都道府県の廃置分合につきまして法律できめるというふうになっております。したがいまして、現行法のもとで廃置分合を、合併を行なう場合には、法律をもってすればよろしいわけでありまして、むろんこれは憲法九十五条の特別法として
住民投票が必要でございますが、この点で、同じく
地方自治法の第七条にある
市町村の合併の場合とはこの規定が、方式が違っております。
市町村の合併は、御承知のように
関係市町村の議会でそれぞれ合併の議決をし、そしてその所属の県にこれを持ってまいりまして、県知事が県の議会にはかって、そして決定をする、こういう仕組みでございます。ところで今回の特例
法案を見ますというと、この
地方自治法の七条、つまり
市町村の合併の方式、これを
都道府県の合併についても認めようというふうに私は見るのでございます。むろんこれにつきまして、さらにそれだけではなくて、そういう合併を一応好ましいものとし、その合併を容易ならしめるためのいろいろな方策が条文の中に盛り込まれておりまするから、したがって立法の
趣旨から申しますと、合併をできるだけ促進する——促進とは書いてございませんが、そういう合併が適当であるというふうな
意味が含まれていることは明らかでございます。そこで私の申し上げたいのは、その
府県の合併が好ましいかどうかという問題もございますが、むしろそれよりも、
府県の合併にあたりまして現行法のような法律の形式によることと、それから特例法にあります、この
関係府県の議会の議決、その申請によって政府が国会の議を経て決定をするという方式、これを比較して簡単に申し上げたいと思うのでございます。
まず第一点といたしまして、現在の憲法は、現在ある
府県の存在、将来これが存続するということの保障をしていない、
府県という制度の保障についてはこれも若干議論がございますが、二重構造が、つまり
府県、
市町村という二重構造が憲法で保障されているという
意見は、今日多数の学者の見解でございます。その場合に、しかしながら保障されるのは、
東京都であるとか神奈川県とかいうふうな個々の具体的な
府県の存在、将来これが維持されるということ、それの保障とは必ずしも考えられないのでありまして、
府県という制度、
市町村という制度が憲法で保障されている、あるいはもう少しこれをばく然と申し上げますと、
地方公共団体という制度を、憲法は、法律をもって維持すべきであり、たとえ法律を改正しても
地方公共団体という制度をわが国から抹殺することは許さない、かように考えるものでございます。その理由はいろいろございましょうが、簡単に申し上げますと、
町村合併できわめて明瞭でございまして、現実にこれまで存在した
町村が合併をするということは、すでにその具体的な個別的な
町村の存在がそれによって否定される、あるいは大きく変わることでございますが、これは現行憲法に何ら反するものではない。といたしますというと、
市町村の合併が行なわれている、これを認めるならば、
府県について特に合併そのものが憲法に反するということにはならない、この点は明瞭だと思うのでございます。
府県を全部廃止するということになって、
市町村のみを残すということになりますと、二重構造が否定されます。そういうことになりますと、そこで
府県という制度の保障が憲法に含まれているとすれば、そういうやり方は憲法違反ということになるでありましょうが、この点はしかしながら学界においてもむろん
意見が分かれているところでありまして、憲法の条文の上では
都道府県とか
市町村ということは何も書いてない。マッカーサーの案にはそういうことばが使ってありましたが、憲法の中には、ただ
地方公共団体とありまして、その内容、これが二重構造を含むものかどうかというふうな点も必ずしも明白でないのでございます。しかし、その制度ではなくて、当面問題になっておりますのは、特定の
府県、必ずしもこれは
東京とか阪奈和とかというふうにこの法律では指定しておりませんけれ
ども、とにかくある具体的な個別・特定の二つなり三つなり、数
府県、そういうものの合併ということについての規定でございますから、そういう
府県の合併ということを考えること
自体がいまの憲法で疑義があるということにはならないし、またそのような説は私は聞いていないのでございます。おそらく当然だと思いますが、ただ適当かどうか、
府県の合併が必要かどうかになりますと、それはいまお二人の
意見を横で拝聴しておりましたが、やはりいろいろ問題があることは私も認めるのでございます。ただ一言その点つけ加えますと、
府県につきましては、
町村合併の促進法が二十八年から三十一年までの間にかなりの
町村の合併を実現したのでございます。そのほかにもいろいろそれに同調する
動きもございまして、そういう
意味で
町村の規模が次第に大きくなりますというと、補完
行政的な任務を持つ
府県の
立場というものもおのずから変わってくるのではないか。必ずしも従来の
府県の規模が適当かどうかということについて、私は簡単に言えないと思うのでございます。
それからもう
一つは広域
行政の問題でございまして、この点は従来から私
どもは、
市町村に対して
府県というものは広域
行政を担当するに適しておる。しかもその
府県の機構から申しまして、その総合的な
行政というか、その運営にも適している。それに反して国の方、中央でありますと、俗に言う縦割り
行政という、つまり官庁の間のセクショナリズムによりまして、きわめて足並みがそろわない。こういう
意味で、われわれ
府県の
立場に立ちますというと、中央の縦割り
行政は好ましくない。できるだけ
行政事務を
府県のほうに移すべきであるという考えを私もとっているのでございます。しかしその場合に、広域
行政ということばが、よく御承知のように最近の
府県ではまだまだ少し狭過ぎるのではないかという見方がございます。そういう、何も私はこれを一々の例をあげて、いまの
佐藤参考人のように
専門的に申し上げる知識はございませんが、ただきわめてばく然とした考えでございますが、補完的な
行政を担当する
府県、また広域
行政を担当する
府県といたしまして、最近の
状態であればある程度の合併によって
府県の区域が拡大されるということは必ずしも不適当と思わないのでございます。
その程度でこういう立法が必要かどうかということにつきまして、
一つの私の感じを申し上げたのでございますが、本日の私が特に申し上げたいのは、もう
一つの合併の手続でございます。合併にはいろいろな方式がある。大きく分けますと、一般的な法律によって全国的に
府県の統廃合を行なうという、あるいは
市町村についても同様でございますが、そういういき方が
一つございます。この場合は特別法ではない、特定の少数の
地方公共団体のみに適用する法律ではありませんから、御承知の道州制のようなものをもし法律で実現するとすれば、これは特定の
地域の
住民投票を要する場合ではないのでございます。国会が法をおつくりになって、そういう根本的な変革、改革をすることも憲法上は不可能ではない。ただ道州制ということばに私は必ずしもとらわれませんが、そういう
府県制度の本質を変えてしまうと、完全
自治体は
市町村の一種類ということになりますと、二重構造とは変わるわけでありまして、もし二重構造が憲法で保障されている制度として、保障の中に含まれるとすれば、そういうやり方は憲法違反となりますが、今回の場合はそういう行き方ではありませんので、これは省きまして、そして第二の合併の方式は、従来の
地方自治法第六条の規定のように、特定の二、三の県が法律をもって合併する。この場合は憲法九十五条の適用がございます。それから第三の方法が、今回の特例法のような、つまり
市町村の合併の方式でございまして、これは地元の申請によって国が決定するという——国というのは、
市町村合併の場合には
府県知事が国の
立場において決定をする、この方式をもし
府県の合併に当てはめますというと、今回の特例
法案のように、内閣総理大臣が、
府県議会ではなくて今度は国会の議を経て決定するという方式になると思うのでございますが、こういう三つの方法が考えられる。
この場合に、私の申し上げたいのは、たまたま現在の
地方自治法は、
府県についてはもっぱら法律によって合併、それから
市町村の場合には地元議会の申請によって合併が行なわれるとなっておりますが、この区別は憲法上の必然的なものではない。でありますから、
自治法の改正をして、あるいは
府県の合併についても法律ではなく
市町村と同じ方式をとるというふうにいたしましても、私は憲法に直ちに反するとは思わないのでございます。あるいは現在の特例法のように、
自治法の六条の原則は残しておきまして、ただそれに並行して、十年間の間でありますか、その間は
市町村と同じような合併方式を採用するといたしましても、そのこと
自体特に憲法に反するというふうには考えないのでございます。憲法九十二条で、
地方自治の運営
組織は法律をもって、
地方自治の本旨に従って定めるとありますが、この場合の法律は一般的な法律でございます。一々の具体的な特定の
自治体について異った法律をつくるという
趣旨でないことは明瞭でございまして、制度として
地方自治の制度を法律できめるという
趣旨でございます。したがってそのことから直ちに、合併について特別法でなければならない、地元の申請による
市町村の合併の方式をとることができないという結論は出てこないはずでございます。
そこで、次にいろいろな方法についての比較ということになりますが、現在の
府県合併についての法律の形式、なるほどこの場合は地元の
府県の
住民投票が必要ということに憲法上相なっております。しかしながらイニシアチブというか、合併の発案といいますか発議は、これは法律でございますから、必ずしも地元
府県の議会なり
住民のほうから出してくると、そういう明確な形にはなっていないのでございまして、国会のほうで通常の法律案を提出すると同じ要領でできるわけでございます。むろん実際はそんなことはなくて、地元の
府県の意向をよく尋ねてからでありましょうが、形の上では通常の法律案の出し方、そして国会が法律をおきめになる、その法律に従って
住民投票となりますから、最後の決定には
府県住民が参加いたしますけれ
ども、やはりどちらかと言えば国のほうの発言力と言うか、これが現在の制度、合併の方式では強いのでございます。そしてそれは必ずしも憲法から直接に要求する方式ではない。ところがこの考えは、おそらくは——だから
府県が過去において不完全な
自治体であった。
市町村と違うということの影響があると思います。国の発言権は
市町村の合併の場合よりは
府県の場合のほうに一そう強く認められなければならないという気持ちがあったのであろうと考えます。ところが私
どもはこれに対しまして、
市町村の合併方式あるいは特例
法案の認めておるような手続、これを考えますというと、このほうは地元の議会から申請をするのでございます。だからこのほうは、まず口火を切るというか、合併を言い出す、合併の手続を求めることが地元
府県のほうに認められておる。これはだから
地方自治の
立場からいいますと、一般的な議論でございますが、
地方の考えというものが現在の現行法よりはこのほうが徹底している、しかしそれだけにまた国のほうの発言力は弱くなる、かように見るのでございます。もちろんその場合であっても、この
地方自治というのは単なる私的な、プライベートな
自治ではなくて公的なものであり、
行政権、これに付随する若干の立法権も
地方に認めているのでございますから、これは
国家の、国の政治と不可分の
関係を持っております。したがって普通の会社の合併のように地元
府県の話し合いだけでできるなんという方式は憲法上許されないと思うのでありまして、内閣総理大臣がこの特例
法案に従って合併を決定する場合にも、そこに相当広い政策的な考慮あるいは自由裁量、裁量権が認められなければならない。地元の
府県の話し合いだけで九分どおりきまってしまう、極端に申しまして、総理大臣はこれを機械的に国会に伝達しなければならないというふうな
意味には考えないのでございます。そういう
意味において、従来のこの現行法の法律によるということとそれほど違いはない、けれ
ども程度におきまして地元
府県の意向というものが現行法以上に特例
法案では尊重されている、かように見るのでございます。
そこで、もう
一つ最後に申し上げたいのは、特例
法案によりますと、この
関係の
都道府県の議会で合併をきめる、そのときに単純な過半数の場合と、三分の二をこえる特別多数によって可決された場合とを区別しております。特別多数の三分の二以上でこの
関係の
府県議会できめますというと、もはや
住民投票を要しない、これは総理大臣から国会に提案されて、国会の議決があれば総理大臣が決定できる、こういう仕組みでございますが、単純な過半数で、三分の二に達しない程度の多数で可決された場合には、あらためて、総理府に持ってくる前に
住民投票が必要であるという規定になっております。この点は大体もっともというふうに御理解いただけるかと思いまするが、民主政治は、特別多数ではなくて本来はそのときどきの過半数できめる、単純な過半数できめるというのが民主政治でございます。三分の二ということは望ましいことでありますが、初めから三分の二を欠けると、三分の二に達しないと議決できないという方式は、これは必ずしも民主政治に合わないのでございます。つまり三分の一のものが非常な強い決定権を持つことになるのでありまして、多数ではなく少数が決定権を持つという
意味において非民主的であるとわれわれは考えております。ただし憲法改正のようなそういうきわめて重大な政治をきめる場合であり、
現状維持が原則である、よほど極端な場合でなければ
現状を変えるべきではない、こういう問題につきましては、現在の憲法でも総議員の三分の二というような特別多数の規定がございまするし、これは
地方の政治についても同様だと思うのでございます。ところで従来の
市町村合併の方式を見ますというと、むろん単純な多数決、出席議員の過半数で
関係市町村議会が合併を議決をする、そして知事のほうに申請をするわけでございますが、この方式によると、しばしば地元で反対があり相当紛糾することがございます。訴訟に持ち込まれる。つまり
住民の一部の中では議会が合併をきめたことには反対である、極端な例では議会のリコールが成立いたしまして、合併をきめたその直後に
町村の議会がリコールによって解散させられてしまう、そしてその次に一般選挙、そしてその結果はむしろ合併反対の議員が多数当選するというふうな事実もないわけではございません。しかし現在の
地方自治法では、一たんこの合併の議決があり、そしてその
関係の議会の議決が一致いたしますと、県のほうで知事が県の議会にかけて合併を決定することができるのでございます。そうするとちょっとわれわれは変な感じがするのであって、どうも
市町村の議会があるいは
住民の意思を無視して軽率に合併をきめてしまうと、そしてそれがしかも抜き差しならない形でその合併が本ぎまりになるというふうな印象を持つことがございます。私は、やはり合併ということは
関係自治体にとってはきわめて重大なことであり、従来の
府県が合併によって消滅をするというふうにとりますというと、これは国の場合には憲法改正を類推してもよかろうかと思うのでございます。つまり特別多数の議決が必要ではないかと、したがって現在の
地方自治法七条で、
市町村の議会で単純な過半数で合併の議決ができるということになりますと、これは疑問がある。その
意味でこの特例法が三分の二ということを一応考え、もし
関係府県の議会で三分の二の多数できめることができるならばそれでよろしいと、あとは政府のほうの、国会の手続をとればよろしい。しかし、過半数ではあるが三分の二に達しないという場合には、やはり慎重を期して地元で
住民投票まで行なうという態度がとられていることには賛成でございます。そういう
意味で、ちょっとこの点は特別なくふうがこらされていると思いますが、結果的に私はこの特例
法案に賛成でございます。繰り返し結論を申し上げますと、この
地方制度
調査会の答申の大体線に従って二重構造をこの
法案では維持するというたてまえであり、そしてそれは強制的画一的に全国に通じまして合併をさせるということではなくて、自発的に近隣の
府県が話し合って合併について話がまとまるならば合併ができると、その場合は、だから
関係の
府県の議会のほうで申請をすると、そして国会にむろんかけるのでありますが、特別法という形式はとらない、こういうやり方になっておりまするので、この点で賛成でございます。ただし、初めに申し上げましたように、
専門が憲法学のほうでございますから、以上申しましたのは憲法に反しないと、憲法上決してこの
法案が不適当と思わないし、違憲とは思わない、こういうことでございまして、この
法案に従ってどの程度に合併を進めるべきであるかというあたりになりますと、これは
都市社会学なり
行政学の御
専門の、先ほどからお話がある
参考人の御
意見は私もふだんからいろいろな機会で聞いておりまするし、非常に私
どもも参考にしているところでありまして、その点で必ずしもそれほどの食い違はないと思いますが、私の申し上げた憲法論、この
法案が現在の
地方自治法と比較して憲法上疑義があるかどうか、あるいはその
意味できわめて不適当かどうかという点につきましては、以上申し上げたとおりでございます。
以上をもって私の
意見を終わります。