○
参考人(
村野孝君) 村野でございます。
国際通貨基金における
特別引出権の問題につきまして
意見を具申するようにとお招きをいただきまして、たいへん光栄に存ずる次第でございます。与えられた時間が少のうございますので、私の考えておりますところを足早に申し上げさしていただきたいと思います。
まず、私のお話し申し上げることは、この「
国際通貨基金における
特別引出権」
——以降「
特別引出権」と略称さしていただきますが、
特別引出権というもの及び
特別引出権という
制度はどういうものであるかということを、その
本質論に触れまして、そうして
本質はかくかくのものであるが、この
特別引出権というものの
創造及び
国際通貨基金の
制度を改正するということは、これは他の問題と同じように、一定の歴史の段階における
一つの改正でございまして、そこで
本質がはたしてそのままうまく運営されるかどうか。ある特殊な
利害関係によって、この運営が本来所期した方向からずれるのではないかという懸念があるわけでございます。ですから、
本質論に触れ、それが現段階においてどういうふうに運営されるのか。もし所期の方向に運営されないなら、それに対するいわば歯どめをつけておく必要があるが、それにはどうしたらいいだろうかということにつきまして触れたいと思います。
それから、その問題を論ずるにあたりましては、どうしても現在の
国際通貨制度が当面しておる
問題——私はこれを危機的な状況というふうに理解しておりますが
——その問題につきましても触れなければならないと思いますので、それにも若干言及するつもりでございます。
さて、この
特別引出権というものはどういうものであるかと申しますと、まずその
本質は、私は結論的に言って、これは
一つのやはり第三の
国際通貨の
創造の試みであるというふうに考える次第でございます。なぜ試みと申しますかと申しますと、この
特別引出権なるものは決して完成したものではないのでございます。これは約四年かかりまして、そうして昨年のブラジルの
リオ・デ・ジャネイロにおける会議におきまして
合意に達し、これを
創造しようではないか、そうして将来の
国際通貨制度上有効に使おうではないかという決議、
合意をいたしまして、一応その
制度ができかわけでございますが、これは今後完成されるべきものであって、現在では非常に過渡的、中間的な色彩が強いわけであります。したがって、これを完成したものとして理解するならば、そこには問題があるように思われるわけでございます。しかし、その中にやはり
本質をのぞくことができるわけでございまして、私は、これはやはり第三の
通貨の
創造であるというふうに考えます。なぜかと申しますと、第三の
通貨であると考えるよりどころでございますが、第一に、
通貨は、国際的なものであっても国内的なものであっても、
一般的受容性——つまりそれを使って相手方に一般的に受け入れられる
性質——を持つべきものである。つまり、債務の弁済において、
相手国に対して
一般的受容性、これをゼネラル・アクセプタビリティーと言っておりますが、一般的な
受領性ないし
一般的受容性でございます。これを
SDR——国際通貨基金における
特別引出権というものは持っていると考えるわけでございます。もちろん、これには現在では限定がございますが、それは後ほど申し上げることにしまして、もう
一つは、使用の
無条件性でございますね。
一般的受容性ということのうらはらのような形になりますが、使用の
無条件性——無条件に使えるということでございます。
通貨は
無条件に使えるところに特質の
一つがあるわけでございまして、これを条件的にしか使えないなら、それは
通貨としての完全な資格を持っていないわけでございます。もちろん、これにつきましても現在では制約がございまして、必ずしも完ぺきなものではございませんけれども、しかし、やはり
特別引出権なるものは
通貨としての性質を強く持っているものである、そして将来一そう
各国は
合意によってこの
通貨性というものを完成していこうという気持ち、意思を持っていることは明白だと思うわけでございます。ただ、先ほど申しましたとおり、いろいろ完成された
通貨ではないわけでありますね。限定があるということは、
一つは、
一般的受容性と申しましたが、この
特別引出権を発動してこれを使おうじゃないかという
合意に達した
国——参加国と申しますが
——この国は
無条件一般的受容性といいましても、これは現在では一応限定がございます。これはやかましく申しますとたいへんむずかしくなりますが、要するに、
特別引出権なるものを
各国が割り当てられた場合に、その一定の額だけを受容する義務があるということになっております。どういうことかと申しますと、まずこの
制度を運用するのに、最初五カ年
間——これを
基準年と言っておりますが
——五ヵ年間を限るわけでございます。五ヵ年間にわたって、年間十億
ドルなら十億
ドル、二十億
ドルなら二十億
ドルというふうに、
各国に
国際通貨基金の
割当額に従ってこの
特別引出権が配分されるわけでございますが、この
累積配分額の二倍だけを受け入れる義務があるわけでございます。ですから、
無条件一般的受容性とは、かなり限られているものでございます。しかし、これがあるからといって、これは
通貨ではないというふうに言うことは私はできない。
それから第二の限定は、いわゆる特別な
ことばでございますが、復元の義務があることになっております。復元の義務というのは、使いましたらそれをもとに返すということでございますね。これにもやかましい規定がございますが、要するに、
累積配分額の三〇%、つまり一〇〇のものを使いましたら、その三〇だけは弁済しなければならないという、復元という規定があるわけでございます。したがって、
通貨というのは使用の
無条件性でございまして、
債務弁済のときにこれを返さなければならないという条件がつくのは、厳密な意味では
通貨ではないわけでございますが、しかし、
通貨性を持っているということは、これはいなめない事実だと思います。
それから、第三の
国際通貨をつくったといいましても、これにもやはりいろいろ問題があるわけでございまして、この
考え方によるなら、
世界通貨、国際的に通用する
通貨は、何か本元的なものによって裏づけられていなければならないという
一つの学説がございます。本元的なものというのは、その
通貨が金に裏づけられていなければならないということでございますね。こういういわゆる
貨幣通貨論上の厳密な意味での
金属主義者によりますと、この
特別引出権は
通貨性に欠けるところがあるかもしれません。なぜと申しますと、
特別引出権は金について絶対的な保証があるわけでございまして、
特別引出権につきましてはいかなる場合でも一定の金を含有するものとするという保証がついております。しかし、それは保証するだけでございまして、
特別引出権は金への
兌換性はない。同時に、金でこれを買うわけにはいかないということで、金の保証があるだけで金との?換性がないということでございますね。これは現在の国際的に使われている
通貨、たとえば
ドルと比較しますと、
ドルは御承知のように非常に苦しくはなっておりますが、
アメリカの政府・
政府機関は外国の政府・
政府機関に債務を負った場合には、その
公的対外流動負債——対外公的短期債務は、
相手国の選択によって金で弁済を求められた場合には、御承知のように金一オンス三十五
ドルをもって無制限の
兌換に応ずるという規定がございますね。ですから、現在の
ドルは、非常に苦しくはなっておりますけれども金との
兌換性があるという、国際的に使われる
通貨でございます。ところが、この今度の新しく
創造されるべきものは、金との
兌換性がない。それなら国際的な
通用性があるかどうかということがたいへん問題になるわけでございますが、それはやはり今後国際的な
合意に基づいてこれは
国際法になるわけでございますから、法的な
通用力を持たされるということになるわけでございますね。で、本元的なものに裏づけられない
通貨が、単に国際的な
合意によるだけで、法的な内容のものではあるけれども、
合意だけではたして
通用性があるかどうかということは問題にすれば問題にはなると思います。しかし私は、やはりこれは
国際通貨性を厳密に傷つけるものではない。
通貨論に「
代表貨幣」という
ことばがございますが、この「
代表貨幣」の
一つではないかというふうに考えるわけでございます。で、こういうふうなやはりいろいろ限定があり不完全なものではありますが、国際的な
通貨であるというものであるように私は考えられるわけでございまして、これを、
国際取引が今後増大するのであるから、
国際取引をまかなうためには、ちょうど
国内取引と同じように
流動資金というものがどうしても要るのだから、国際的な流動、つまり
国際貿易、
国際サービスあるいは
資本取引が非常に増大するわけだから、それをまかなう国際的な
流動資金と申してもよろしいかと思いますが、この
国際流動性をふやすということが必要であるという
各国の認識が、
リオ・デ・ジャネイロにおいて、過去四年間の研究の結果がそこでいわば具体化したわけでございまして、この
特別引出権の
創造というところに具象化したわけでございますが、
考え方としては、これは私はかなり前向きの進歩的なものではないかというふうに考えるわけでございます。ただ、問題なのは、いまはこの
特別引出権についてのいわば
本質論の一部に触れたわけでございますが、しかし、先ほど申しましたとおり、
特別引出権の
創造及び
特別引出権という
制度を加えて
国際通貨基金を改定するということは、いわば歴史のある一定の段階においてのことでございまして、これが何か特別な緊急的な要求によって、これがあらぬ方向へ運営されるおそれはないかというと、私は大いにあるのではないかというふうに考えるわけでございます。つまり、具体的に申しますと、
ドル危機——かつては強大な経済、そうして豊富な
金準備を踏まえて、強大安定無比といわれた
ドルが、
アメリカの
国際収支の打ち続く巨額かつ持続的な
赤字によりまして、
対外債務が非常にふえる、そうして
金準備は減っていくということで、そのいわゆる
アメリカの
対外金融状態というものが非常に悪化するわけでございます。で、現在
アメリカが持っている
金準備では、
世界諸国に負った
対外流動負債を、一斉に金をくれと言われた場合には金の
兌換に応じられないような状況にあることは御承知のとおりでございます。それにもかかわらず、
ドルを金にかえてくれという例の
金請求ドル疎外、
ドルを疎外し金を選好する、
ドル疎外金選好というものが、昨年の三月半ばのいわゆる
ゴールドラッシュに
集中的表現をとったわけです。これによりましてもはや
アメリカは一オンス三十五
ドルでの金の
兌換をやめたわけではないが、当面やらないように
各国に協力を求める、そうして金というものを、たとえば
世界最大の
金市場であるロンドンの
金市場を、これは需給に基づいて上下をする
一つのマーケット・プライスの金、それから実際にはそれをやめたわけではないが、現在
各国に差し控えてもらっている一オンスの三十五
ドルという金のいわゆる二重
価格制を取っ払ったわけでございますね。そして
アメリカへ金の請求が殺到しないような対策、
緊急対策をとったわけでございます。金の二重
価格制度と言いますが、私は、これは
制度ではない、
緊急措置にすぎないというふうに考えますが、これも
アメリカの
国際収支が今後
均衡化すれば、金の二重
価格制は保たれ、そして
アメリカヘの金の請求はないと思うのですが、
アメリカの
国際収支が
赤字が続くというようなことになりますと、それにもかかわらず、その金の二重
価格措置を乗り越えて
アメリカに
金請求が殺到する、そして
ドルは
アメリカは
金兌換の停止をする、あるいは
金価格を改定するといういわばかなり限界的な状況、つまり、これを私は
現行通貨制度の崩壊というような
ことばで表現したいわけでありますが、そういう状況にならないという保証はないわけでございますね。こういうふうな
アメリカの
ドル、いわゆる
世界の
基軸通貨である
ドルの
危機回避のために何か対策をとらなければならないというのは、やはり非常に根本的な、それ自体としては
アメリカのためではございません。この
特別引出権という
制度及び
特別引出権という第三の
——私の規定します
——第三の
通貨は
アメリカのためではなくて
世界諸国全体のためである。つまり、長期的に
国際流通資金をふやすために必要なら、それはみんなの
合意に基づいてふやそうではないかという考えに基づいている。何も
アメリカのためではないのですが、しかし、
アメリカの打ち続く巨額かつ持続的な
国際収支の
赤字、そして
ドルの
国際的信認がなくなっているということ、それを何とか
ドル防衛のために、これが使われないというおそれがないかというと、それは大いにあるというふうに考えられるわけでございます。したがって、
制度的にはこれは十分前向きに考えていいものだと思います。四年間の
各国通貨の頭脳を集めてつくったものでございまして、これは一
特定国及び
特定国群のためのものではないので、
世界全体のために必要だと思うのですが、しかし、特定の
利害関係にこれが歪曲されて使われないものではないということでございます。たとえばそれを幾つか申し上げますと、こういうことでございますね。この
特別引出権というものは、まずこれをいつ
創造しようかということでございますね。実際運営するためには、この原則的にきまっているものをいつ発動しようかということになるわけですが、この
特別引出権の配分をいつにしようかということが問題になるわけでございます。それから、どれだけ配分しようかということが問題になるわけでございますね。現在
アメリカはこの発動をなるべく早くしていこう、そしてなるべく多くの
特別引出権を
創造しようというふうに考えているようでございます。これは言うまでもなく、
アメリカの
国際収支赤字による、いわゆる
国際収支の天井が非常に低くなっているわけでございまして、低いどころか天井はもうなくなっているというふうに言ってもいいかと思いますが、まずこの
国際収支の天井を高くしまして、そうして
国際収支面から来る圧力を免れるために
国際収支均衡化を
アメリカも熱心にやるでありましょうが、この
SDR——特別引出権というもので
国際収支の天井を高くしておく。そして
国際収支均衡化の絶対
至上命令と言ってもいいかもしれませんが、
アメリカにとって、
世界にとってそうでございますが、これを時間を少し長引かせるというために使おうとする意図を持っているというふうに考えてもいいのではないかと思うわけでございます。したがって、たくさん
創造しようという
考え方になるわけでございます。これに対して必ずしも
アメリカの
考え方に同調をしている者が多いわけではないので、たとえば
ヨーロッパ、これは特に
フランス、例の昨年の五月のあの
騒乱状態、
革命状態でございますか、その前の
ドゴール政権はこれは
アメリカの
考え方に絶対反対で、この
特別引出権の
創造すら非常に反対していたわけでございますね。これは
通貨ではない、これは
一つの
信用手段であるというふうに考えて、もし
通貨とするなら、われわれはこれを認めないというふうに強く言っていたわけですが、その後、妥協的と言っては言い過ぎかもしれませんが、それほど
アメリカに対する
フランスは強い反発を示していないようでございますが、しかし、依然として
アメリカの
考え方と違う。そうして
フランスを一国とする
共同市場六ヵ国でございますね、
フランスのほか西ドイツ、イタリー、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグというふうな、要するに
欧州共同市場諸国、これは
貨幣観というのが
アメリカと非常に違うのでございまして、
特別引出権というものの
創造に
合意はしましたけれども、そんなに
よけいは発動しないようにしようじゃないか、もしそんなに
よけいに発動するならばこれは
世界に
インフレ圧力を起こすかもしれない、したがって発動は十分慎重に考えなければならないし、その発動の、その
創造の額もなるべく控え目にしていこうという
考え方があると思うわけでございます。そういうふうなことで、いつ発動するか、どれだけ発動するかということが非常に大きな問題になると思いますけれども、これを、
アメリカの
考え方が強く貫かれて、そうして非常に多くの、まあ大体年間十億
ドルないしは二十億
ドルぐらいの発動をしていく。その
特別引出権を
参加国に配分していく。五年間
累積幾らというふうになるわけでございますね。大体年間十億ないし二十億ぐらいということが現在言われているところでございますが、これなら、そう急に
インフレ圧力を
世界的に波及させるものだとは考えられないわけでございます。しかし、一説でございますが、必ずしも確かなよりどころがあるわけではありませんが、
アメリカは五十億
ドルぐらいの発動を考えているのではないかという情報があるわけでございます。これは必ずしも
アメリカの当局の
考え方をついたものであるとは思いませんけれども、五十億というものを、
アメリカが多い目にやるという
ことばで置きかえるならば、そういうふうな違いがあるわけでございますね。こういうところに問題があるわけで、長期的、全般的な必要がある場合にはその
特別引出権というものを発動するのだということの食い違いが出てきているわけでございますね。みずからの
ドル危機を救うために
国際収支の
均衡化を先に繰り延べる、そういうところに使われるおそれがあるのではないか、これはやっぱり問題だと思うわけでございます。で、もちろんこれには歯どめがないのではございませんで、大体この発動するかどうかということが、
一つは
参加国の八五%が同意をしないとできないわけでございます。しかし、これに対して
国際通貨基金の表決の
制度を変えまして八五%にしたわけでございますね、八五%では前にはなかったわけでございますが。これは、
ヨーロッパ共同市場が一致して反対を投票しますとこの
SDRの発動というものは食いとめられるわけでございます。つまり、
ヨーロッパ共同市場は
拒否権を持っているわけでございますね。それからもう
一つの歯どめと申しますのは、
オプティング・アウトという
ことばを使っておりますけれども、
国際通貨基金の
加盟国は
——この
特別引出権に参加しようという国は、
加盟国ではなくて
参加国になるわけですが、メンバー・パーティシパントという
ことばを使っておりますが、この
加盟国になるかどうかということは、これはオプション、つまり任意でございます。私はそれをやりたくないんだと言えば参加しなくても済むわけでございます。したがって、この
オプティング・アウトをする、
特別引出権の配分は要らないのだということがたくさん出てきますと、これは非常にむずかしい問題になるというので、それも
一つの歯どめだと思うわけでございます。だから、
制度その中にも歯どめが十分あるわけでございます。しかし、幾ら発動するかということにつきましては、やはりそれは
国際会議で発動する必要はないという
意見が強いならばたくさん発動されないということも十分考えられるわけでございます。しかし、何といいましても、どれだけこれを配分するかという問題は、
国際貿易にうんとシェアを持っている国、大国すなわち英米というふうな国、この問題も
国際通貨基金の持っているいわば
大国アプローチというふうに申しますか、それを完全には拒否されていないわけでございまして、そういうところに問題があるのではないかというふうに考えられるわけでございます。したがって私は、この
特別引出権というものは原理的には非常に画期的なものである、また、その
制度そのものについては国際的な
合意に基づいて大いに将来完ぺきなものにする方向に向かうべきものではあると思いますけれども、しかし、これがへたに運用されるということになりますと問題が非常に多いわけで、有害な結果があらわれることが十分想像されるわけでございます。いずれにしましても、この
特別引出権というものを有効な第三の
通貨にし、
特別引出権制度というものを
世界経済の
安定成長のための
通貨面の
制度であるというふうに完ぺきなものにするためには、何としましても
ドルの
アメリカが
国際収支を
均衡化させ、そうして信認の衰えた
ドルの
国際的信認を高める。つまり
国際収支を
均衡化するということ、したがって、国際的な信認を高めるということがまず
前提条件でございますね。これがない限り、つまりこの
特別引出権というのは、もし発動された場合には、配分された国、たとえば日本の
国際収支が
赤字になりますと、
国際収支の黒字の国にこの
特別引出権を提示してそうして
通貨基金の第八条国、つまり
交換性のある
通貨をもらってきて、それで支払い、
収支の
赤字の穴を埋めるわけでございます。たとえば日本が
SDRを
アメリカに提示して
ドルを獲得してそれを相手に支払おうとしても、
ドルはほしくない、
ドルが疎外された場合にはどうにもならないわけでございます。したがって、国際的に使われる
ドルそのものが
健全通貨に回復してもらわなければどうにもならないわけでございます。したがって、
国際収支の
赤字を、つまり
ドル危機を延命させるということによって何とか
ドル危機を緩和させようということは本来間違いでございまして、まず
ドル危機を根本的に解消しない限りはこの
特別引出権そのものはうまく運用されないということになるわけでございます。実際は、現在の
国際通貨ですね、
基軸通貨国の
国際収支の
均衡化によって
通貨を安定強大なものにするという、まずその作業が前提になるわけでございます。ですから、この
特別引出権制度というものは、
制度そのものとしては非常に善意なものである。そうして国際諸国の、
世界的な意味での
安定成長を実現するためのよき
制度であるものをよき
制度たらしめるものは、その現在の
国際通貨制度の中心国である
アメリカあるいはイギリスというような国で、やはり中心国であることを十分自覚することによって、
国際収支均衡化、まずそれを達成するということでございます。これが何よりもまず
前提条件であるということでございます。ただ問題なのは、それなら
アメリカ、イギリスの
国際収支の
均衡化というのが簡単にできる問題かどうか、これはやはり非常に大きな問題でございまして、御承知のように、
アメリカはことしは非常にいわゆる粉飾決算をしまして、そうして
国際収支が総合勘定においてわずかながら黒字を計上しております。しかし、この総合
国際収支の黒字の内容を見てみますと、将来の
アメリカの
国際収支の見通しについて非常に懸念されるべきものがあるわけでございます。ということは、
アメリカの
国際収支というのは貿易
収支が非常に大きな黒字でなければならないのに、貿易
収支はごくわずかの黒字でしかない、一九五八年度でございますね。で、資本
収支、これはここでは御説明申し上げませんが、
ドル防衛の一環として、
アメリカの債務を、
相手国通貨建ての中期の証券を発行しまして、そうしてそれを
相手国に買ってもらう。それで
ドルをもって
アメリカヘの
金請求を食いとめるような
制度、これは前の財務次官のロバート・ローザ氏の名前をとってローザ公債ということを言っておりますが、ローザ公債を相手に買わせるというようなこと、たとえばカナダあるいは台湾、韓国というような国もこれを買っておりますが、それをたくさん買わせることによって資本
収支のつじつまを合わしたというふうな
国際収支の均衡状態でありますね。で、今後
アメリカの
国際収支の見通しは、これは非常にむずかしい問題でありますけれども、そう簡単に黒字になるというふうには考えられない。
もう
一つの
基軸通貨国であるイギリスの状態はどうかと申しますと、御承知のように、イギリスは一昨年の十一月に戦後二度目のポンドの切り下げをやるというような非常措置を講じまして
国際収支を
均衡化させようと思いましたけれども、輸出にはやや見るべきものはございますが、輸入は一向に減らない。いわゆる賃金インフレ、コスト・インフレというものが起こりまして、需要が非常に強くて、相当強い財政引き締め施策をとっても、コスト・インフレでございますから、いわゆる所得政策をうまく講じないと、これから来る需要の増、したがって、輸入の増大は防ぎ得ないわけでございます。現在も強い引き締め政策をとっておりますが、輸入は一向に減らない。イギリスの
国際収支の見通しは非常に寒々とした状態でございまして、現在では、もはやイギリスの一ポンドにつき二
ドル四十セントというのはいわゆる割り高なレートではないかというふうに考えられているわけでございまして、再々切り下げのうわさすらなきにしもあらずということでございます。特に問題の西ドイツのドイツ・マルクに対しては明らかに割り高である。ちょうどあの
革命状態後のフランが非常に弱くなってドイツ・マルクに対しては割り高になっているように、ポンドも大きな割り高になっておる。したがって、国際為替関係というものは非常なひずみができておりまして、これは何とか調整しなければならないという問題も現在起こっているわけでございますが、しかし、ここではその問題に触れることはいたしませんが、中心国
通貨、
基軸通貨である
アメリカの
国際収支、イギリスの
国際収支の改善の見通しは非常に明るくないわけでございます。もしこの
アメリカ、イギリスの
国際収支が黒字にならない。そうして
アメリカが、失った
ドルをまたあらためて過去の強大無比な
ドルの基礎を築くかどうかということは非常に問題なわけでございます。簡単にデフレ政策をやって財政引き締め政策をやったぐらいで
国際収支が均衡するのかどうか。第二次大戦後の歴史の進行過程において、現在では
世界経済の構造変化を遂げているんではないか。もはや
アメリカを中心とする
世界経済の循環条件というものはもはやないんではなかろうか。
アメリカは、したがって、
国際収支の
均衡化というものは、もっともっと別な対策をとらない限り
収支は均衡しないのではないかということが考えられるわけでございます。もしそうだとするならば、このIMF
——国際通貨基金における
特別引出権というものは、善意の、かなり見るべき
国際通貨制度の改革でございますが、これがうまく運営できないという心配が大いにあるわけであります。こういうふうなわけで、この
制度そのものについては、繰り返すようですが、私は高く評価したいと思うのですが、しかし、さまざまな問題がこれを取り巻いている。そして所期の定めた運用をするためには非常な困難が伴うということを十分覚悟していなければならないというふうに考えるわけでございます。
最後に、この
特別引出権の日本との関係について申し上げたいと思うわけでございます。これにつきましては衆議院の
外務委員会におきましても
参考人が陳述しているようでございますが、日本という国は、御承知のように、
世界最大の成長率を遂げて高度成長をしている。匹敵するのはドイツあるいはイタリーくらいなものであるというふうな高度成長を遂げておりますが、また同時に、
国際取引の非常に大幅な増加を遂げているわけでございます。これはいまさら申し上げることはないと思います。貿易の規模において画期的な伸び方をしておるということでございますね。で、
国際取引が増大をするならば、どうしても
——これは非常に算定のしかたがむずかしいわけでございますが
——やはり
国際取引をまかなうためには
国際流動性——まあ厳密に言うとそうは簡単に言えないでしょうが、先ほども使ったように国際
流動資金というものがどうしても
よけいになければならない。これは長期的な意味では言えるわけでございます。非常に短期的に、はたして
流動資金をふやさなければならないかどうかということは問題があるにしても、ごく長期的に見るならば、国際
流動資金というものはふやさなければならない。ところが、金というものの産出高は一定している。現在、南アは集中生産をとっておりまして、金の生産は増大しておりますが、しかし、一九七〇年以降くらいからは集中生産をとっても金の産出高は減るであろうと専門家にも言われております。また、
アメリカは戦後
国際収支赤字によって
ドルをばらまいてきましたけれども、もう
国際収支の
赤字をおきますと、
ドルそのものが絶滅的な危機を招き、
ドル崩壊に到るであろうということになりますと、どうしてもそれを補う国際
流動資金というものがなければならない。それが
SDRであるというふうに
国際通貨基金の特別引き出しというものを考えているわけでございます。したがって、日本は非常に貿易は伸びているわけでございますから、国際
流動資金が多ければ、それは確かにそれだけの利益はあると思うのですが、しかし問題なのは、
国際通貨というもの、
SDRを含めて
国際通貨制度の問題が、理想的な形では、
国際取引が増大するに応じて
流動資金がふえるような
一つのメカニズムを持っていなければいけない。これをわれわれは流動性アプローチ
——国際流動性を量的に供給する方法。それが
一つ。しかし、流動性をふやすといったって、
国際収支が
赤字なら幾らでもふやさなければなりませんから、
各国が
国際収支をうまく均衡するような
制度をつくらなければならない。これが
国際収支の調整過程でございます。これがなければならない。第三は、
国際通貨は信認されたものでなければなりません。これを信認アプローチと言っています。この三つの面が満足に十分兼ね備えられていない限りよき
国際通貨制度とは言えないわけでございます。したがって、日本の場合は
国際貿易が非常に増大して貿易の成長率が高いわけだから、
流動資金が必要なことは言うまでもない。その面からするならば、この
特別引出権というものが
創造されれば日本にも非常に有利だということが言えるわけでございます。しかし、それだけで問題が片づくかというと、そうではないので、やはり
世界諸国、特に
アメリカが
国際収支の
均衡化をうまくやってくれなければ、
制度そのものが危機に瀕するわけでありますから、それだけでは問題が片づかない。特に
アメリカの
ドルが現在信認を失って、もう
ドルを捨てて金がほしいということで、いつまた再びいわゆるゴールド・ラッシュが起こるか、これはないとは絶対言えないわけでありまして、量的に多くても、それが質的に悪く、そうして価値を切り下げるようなものであったら何にもならないわけで、したがって、日本の
国際貿易が増大するからそれをまかなう国際
流動資金の
一つとしてIMFの特別引き出しをふやす、それだけを考えて早くそれを発動するようにと考えるのは私はとらない。それよりは、
アメリカに、あなたの国の
国際収支を
均衡化させて、あわよくば大きな黒字を残して、そうして
金準備を十分にするような方向へ持っていってほしいということ、まずこれを要求して、そうして
ドルの
国際的信認を高める。
アメリカの
収支はいつでも
赤字であって
赤字が一方的に累積するのではなくて、
国際収支を黒字にするというふうな
アメリカに要求を出すということ、これは私はあえて少しも遠慮することはないと思う。それが達成されない限りは、この
特別引出権制度そのものが危殆に瀕するわけですから、この要求はあたりまえの要求でございます。現行
国際通貨制度の中心国
アメリカヘの要求として正しい要求であるというふうに考えるわけでございます。要するに、繰り返しますと、日本は
国際貿易が増大し、商品、サービスの輸出が非常に多いわけです。これだけ外貨がたまりますと、いわば低開発国援助というようなことも今後やっぱり末広がりに大きくなると思うのでございますが、そのためには外貨がたくさん要りますけれども、しかし、その外貨そのものが、量的に多くても質的に悪いものだったら何も意味がないわけですね。したがって、単に量をふやすということだけの配慮では、これは事を仕損ずる、それだけでは十全なものではないというふうに考えるわけです。したがって、日本は非常に大きな外貨、なかんずく
ドルでありまして、金というものは非常に少ないわけでございますが、その持っている
ドルの資産の健全化をはかるためにも、やはり
アメリカの
ドルの国際信認を高めるように、
国際収支が
均衡化するようにという強い要求をするのは、これは当然なことであります。
アメリカがもし
国際収支節度を守らず、あるいは国際金融節度を守らず、依然として
赤字が続くのであれば、
制度そのものをそこでつぶしてしまう。いわば、若死にどころか、誕生しない前に殺してしまうわけで、これは非常に大きな問題だと思うわけでございます。したがって、日本としましても、単に
国際貿易が増大するから、それをまかなうために
国際流動性をふやすことは賛成というふうにだけ言ってもらうのでは十全の対策ではないというふうに私は考えるわけでございます。
国際収支、先ほど言ったように、三つのアプローチ、三つの問題がうまく動いていて、すなわち、流動性の量的供給を満足する機構、
国際収支を
均衡化できるようにして、
赤字になっても黒字にすることができるようなシステムをつくってもらいたい、そうして信認を高めるという三つの条件が満足されて初めて
国際通貨制度はうまく運用されるわけでありますから、どうか、その三つの観点を十分に意識して
——一つだけの問題が解決して一切を解決したと言われても私は困ると思うのです。それは
アメリカ自身がそういうことを考えているわけでございまして、これは前政権
——ジョンソン政権時代に上下合同経済
委員会の国際為替及び決済に関する小
委員会というのがございます。ロイス上院議員を
委員長とする専門機関でございますが、確かに
国際通貨基金における
特別引出権は、さっき言ったように、流動性アプローチ、つまり量的な増大については一応問題の解決の途上に置いたと。決して解決したとは言っておりません。「オン・ザ・ウエー・トゥ・ソリューション」という
ことばを使っておりますね、この報告では。「解決の方向に向かっている」。量的な増大のための問題の解決には向かっている。しかし、
ドルの信認を回復するということ、
アメリカの
国際収支を均衡させるということについては、
国際通貨基金における
特別引出権というものは無力である。そういうことを言いまして、別な対策を講じているわけでございます。たとえは金を国際的に集中してしまえとか、あるいはここでは申しませんが、変動為替相場制をとるようにというような幾つかの今後とるべき対策を指示、アドバイスしているわけでございます。この小
委員会の報告の名前が、「
国際通貨改革に対する次の手段」というような名前がついておりますのに見られますように、
アメリカでも、決して
特別引出権をつくったから
国際通貨制度の問題は解決したのだというふうには考えていないわけでございます。