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野村参考人 今度の新
法案について
参考意見を述べられる機会を与えられましたことを感謝いたします。
新
法案の内容につきましては、先ほど中川会長からるるお話があったように、おおむね
審議会の結論を採用しているので、私といたしましては大体賛同するところが多い、こういうように思っているわけです。
著作権制度というのは一国の
文化制度の基準である、こういうふうに
考えられているのですが、これによりましてそういうものが実現して、ようやく
日本が国際水準に追いついていけるということになりそうなことについてはまことに喜ばしいと思います。
しかしながら、ただ
一つ日本の国際
著作権上非常に重要な問題がある。これは非常に大きな問題で、十分にお聞きを願いたいのですけれ
ども、このある条項があるために、われわれが基礎に
考えていたところの一九四八年のブラッセル条約、あるいは一九六七年のストックホルム条約、そういうものに
日本が未来永劫入れなくなる。そうして一九二八年のローマの
著作権条約というものにとどまっていなければならないという国際状況が出てくる、これを申し上げます。
これは
法案の附則第十四条では、端的に言うと、非営利
目的に
レコードの中の作詞、作曲の
著作権を使っても、それは
著作者の許諾も要らなければ、あるいは料金も払わないでもいい、こういうことにしようという附則第十四条の規定
並びにこれから出ようとする政令をあやつるとそういうことになります。この政令では、
音楽を不可欠の要素として使っているもの、でないものについては自由利用である。したがって、喫茶店とかホテルとかパチンコ屋とか、こういうような利用については、
音楽著作権についても何ものも支払いをしないでもいい、
著作者の同意を得ることもない、こういうことになっているわけであります。この規定があるためにブラッセル条約にはいれないということになるわけであります。
ここでベルヌ条約の
関係を少しごめんどうですがお聞きを願いたい。御
承知のように、現在
レコードを
放送あるいはその他の公演に使うということは、
レコード自体についてもあるいは
レコードの中の作詞、作曲というような
著作権についても無料、無認でいいということは、現行法第三十条第八号にそういうことが書いてあるからであります。ベルヌ条約でということで、その中の
レコード自体のことでなくて
レコードの中の作詞、作曲の
著作権、その
関係を申し述べます。
現在のローマ条約、これは
日本の現在の
著作権法のある意味では基盤条約である。そうして国際的には第三十条第八号の自由利用の根源でもあるわけであります。その十三条は何が書いてあるかというと、
著作者というものは録音権を持っておる、それから録音したもので公演もすることができる、公の演奏をすることもできる、こういうことが書いてあります。ところがその第二項のほうに持っていって、だけれ
どもその公演をしたりあるいは録音をしたりすることについては、各締約国
政府は適当な留保をしたりあるいは条件を書くことができる、こういうことを書いてあるわけであります。この条項に基づいて現行法の第三十条第八号を書いているものと思います。しかしこれは、この条項を制定するにあたっての国会の議事録を見ると、そこのところは議事録をストップしてあって、根拠はあまりはっきりしていない。国際的には、この
レコードの中の
著作権の利用をこのように制限することに第十三条を読むことについて、反対論が二つあるわけであります。
一つは、ここに書いてある留保や条件をつけることができるということは、この新
法案六十九条で今度新しく制定する
レコードの強制許諾、一ぺん
レコードに録音を許諾したならば、三年たてばだれでも
文部大臣の裁定を得て使うことができる、こういうことの、
レコードの録音の強制許諾、現にアメリカな
どもやっておりますが、そういうことを言っているので、
レコードをただで使っていい、ただで公の演奏をしていいというのではない、こういうことであります。
もう
一つの反対論は、一体この
著作権というものは、最終には使えば金を払うというのが原則である。留保、条件を付するといっても、それは料率の制限をするとか、あるいは許諾を得ないでも金だけ払うとかといようなことをいうのであって、全くただであるということはこの条約の
精神ではない、こういう解釈があるわけであります。
そこで、一九四八年のブラッセルの
著作権条約、これではいまのような事情を
考慮しまして、十三条のあとに
一つ加えて、どんな場合でも金は払え、官憲の仲裁を経てもいいけれ
ども、とにかく公正な補償を払うべきであるというふうに
改正したわけであります。それすらも当時の説明では、新たにそういうことを
改正したのではない。理論上当然なことを確認のために条項を入れたのである、こういう説明さえあるわけであります。
さらに非営利と営利、営利
目的で
音楽を利用する場合と非営利
目的で
音楽を利用する場合とで区別をする主義、これはかって昔は存在した。いまから七十年前に
日本の現行
著作権法ができる前の脚本楽譜条例、そういうものの中では、
音楽については利益を得る
目的で興行をすること、そういうときには
著作権が働く、こういうことが書いてありました。ところが明治三十二年に現行
著作権法を制定して、そしてベルヌ条約に入るにあたって、現在の
著作権法第一条第二項にあるがごとく、前の営利を
目的とする、あるいは利益を
目的とするという字は取って、ただ「興行」と書いてある。
音楽の
著作権は興行権を有すと書いてあるわけでありますが、それはベルヌ条約では営利
目的、非営利
目的ではなくて、公衆の前で、公衆に聞こえるような状況で
音楽を利用すれば
著作権が働く、こういう要請があるので条約に入るにあたってそういうような
改正をしたのだと思います。ことに御
承知のように現在の
著作権法は明治三十二年、まだ
日本が治外法権を持っているときにできた
法律で、治外法権撤廃条件の
一つになってベルヌ条約に入っているわけであります。
さらに、この営利、非営利の区別の国際的状況はどうかというと、現在たった
一つ残っているのはアメリカの現行
著作権法、
音楽は営利を
目的とするものでなければ金を払わないでもいいということになっております。ところが、現在第九十一議会上院で、いま
著作権法を
日本と同じように全文
改正をやっておるのですが、その中では営利
目的を取るということが
音楽著作権について重要なことになっております。現在でも営利
目的とはどういうことかということについては、どこの国でもなかなかむずかしいのですが、アメリカ法では非常に広くと申しますか、狭くと申しますか、解釈している。たとえば先ほど申し上げましたパチンコとかその他の利用、こういうものは営業の助けになるのだから営業的利用である、こういうふうに判例はなっているようであります。これらの状況を見ますというと、附則の十四条のような営利、非営利の一応区別を出してくるということは、国際的には
時代錯誤ではないか、こういうふうに
考えられるわけであります。
このような事情から現在の諸国の立法例の中で、
レコードの中の
音楽著作権をただ使ってもいいという立法の国は、ベルヌ条約の中にはどこにもありません。ただ
日本がそういうものを持っているだけであります。したがって、先ほど会長が申し上げました
審議会の答申におきましても、すべて
著作者の許諾を要することとしたい。しかし、
レコードの使用ということは、長年
レコードに許諾を得ないで、かってに使えるというような長い間の習慣があるのでありますから、社会的な慣行も
考慮する必要がある。また、使用料の額とかあるいは徴収
方法についても、現実には現状に急激な変更を加えないようにしておいてもらいたいということを答申しておるわけであります。したがって、
審議会としては、当初からブラッセル条約というものを見て、それを基準にした国際水準に達しようということを
努力していたので、ブラッセル条約にはもう入れないのだというようなことを
考えてみたこともないと思います。
以上が、十四条という附則があるためにブラッセル条約に入れなくなったという実体的理由であります。
さらに、このほかにめんどうな条約というものの形式的理由には、次のような事情があります。
一九六七年のストックホルム条約、ブラッセル条約はもう二十年も前の条約で古いから、新しい
会議をやったわけでありますが、その条約の中で、ストックホルム条約が効力を発生すれば、ブラッセル条約にはいかなる国でも入れない、こういう規定を置いたわけであります。ベルヌ条約はベルヌ同盟の規約でありますから、規約が
改正になったのに古い規約に入るというのは、これは困るのは当然でありますから、そういう条項を置いてある。いかなる国もあとからは入れない、条約が発効すれば入れない。このストックホルム条約の中では、条約の発効は、七カ国が批准または加入すれば条約は発効する、こういうことになっているわけです。現在はまだ発効しませんが、七つくらいはじきにできるのではないかというふうに思います。それだから多くの諸国で、おくれた諸国も急いでブラッセル条約へ入ろうという
努力をしているのではないかと思います。現にオーストラリアは、
日本のような膨大な
著作権法を全文
改正して、今年の四月一日加入書を寄託して、この六月の一日からブラッセル条約が同国について発効したという状況にあります。さらに昨年南米で
著作者団体が集まって
会議を開いたのですが、その
会議で、この中南米大陸ではメキシコ、ベネズエラ、ブラジル、
アルゼンチン、これがベルヌ国ですが、これらの諸国にならって中南米の諸国
政府が、ブラッセル条約が五年で閉鎖されるのだから、その閉鎖される前に条約に入るように
政府に勧告をしようではないか、こういうような決議もしております。これにはベルヌの同盟の事務局の役員も列席しているところであります。
さらにこのストックホルムの
会議では、先ほど申し上げたローマ条約の十三条あるいはブラッセル条約の十三条の規定、それの中の
レコードの中の
著作権の公の演奏の規定と、それから第二項に書いてある各締約国はそれにおいて留保または条件をつけるという条項を全部削ってしまった。これは締約国の中においてもだんだんなくなっていく。
日本の様子を見ても、
日本では
審議会の答申を見てもその他を見ても、そういうものを放棄するということになっている。三十条第一項第八号はやめるということになっている。多数決でその条項は削って、もうそういう
レコードの中の
著作物を公に利用することを無許諾、無料で自由にきめることができるということの規定を削ってしまった、こういうことになるわけです。したがって附則の十四条、あれがある限りはストックホルム条約にも入れない。十四条は「当分の間」と書いています。西欧のことわざでも、当分というのは永久のことだ、
日本ばかりではないそういうことわざがあります。したがって、このようにして今後相当の期間にわたって国際基盤を定めたブラッセル条約――ブラッセル条約というのは現在の国際間の基準的条約である、それには入れない。それでは閉鎖されたら、飛び越して一九六七年のストックホルム条約に入れるかというと、いま言ったようなことで附則の十四条を適当にごまかして入ろうかとしてもなかなか入れない事情に、またもう
一つの事情がある。
もう
一つの事情は南北問題です。どこの
著作権の分野でも開発途上国の援助、すなわち南北問題というものは重要な問題である。ストックホルムの重要な議題の
一つは、それがために特別
委員会まで開いてやっていたのは、開発途上国の援助条項、
著作権を、少なくとも
日本の入っている一九二八年のローマ条約の程度にとどめて、あるいはもっと下回って、そして開発途上国を援助しようということをはかったわけなんです。ところが、あんまり下回り過ぎたものだから、先進国の利害
関係者の突き上げが多くて、ロンドンタイムズなんかは社説でリーガル・パイアラシィである、白昼海賊を働くものであるという論文を書いたくらいですが、それに従ってイギリスはこの条約にはもう入りそうもない。先進国も入りそうもない。現在条約を批准したのはセネガルだけである。先進国はこの条約を批准しそうもない。小さな国だけで五カ国入って発効しても世の中には行なわれそうもない。いま国際間では大問題になって、それをどうしようかというので、万国
著作権のユネスコとベルヌの事務局が集まって、これからだんだん国際
会議を開こうというところまでいっているわけであります。したがって、当分長い将来――はっきりわからないのですが、
世界に行なわれておる
著作権条約というのはブラッセル条約である。
日本が締め出しを食うかもしれないところのブラッセル条約である、こういうことになるわけです。
そこで、いまベルヌ同盟でどういう分布になっておるかということを申し上げますと、ベルヌ同盟の加入国というのは現在五十九カ国、
日本のようにローマ条約にとどまっているのはブルガリア、カナダ、セイロン、サイプラス、チェコ、ハンガリー、アイスランド、
日本、レバノン、マルタ、オらンダ、ニュージーランド、パキスタン、ルーマニア、これらを見ると、カナダ、
日本、オランダを除けば開発途上国であるかあるいは共産国であります。このうちオランダも現在
著作権法改正案が国会に出ているので、近くブラッセル条約を批准するのではないかというふうに私
どもは
考えております。これに対してブラッセル条約国というのは四十三カ国。前は十四カ国だけれ
ども、ブラッセル条約のほうは四十三カ国、先進国は全部これへ入っている。もっともタイ国のように一九〇八年のベルリン条約に入っておる国というのは一国ありますけれ
ども、これは例外であります。
このような国際事情で、今日の
日本の国際的地位にかんがみてブラッセル条約にはぜひ加盟を実現したいものだと思います。
審議会の四年間にわたる
審議もブラッセル条約を横目ににらんで
審議をしていたので、
委員もあるいは見ている業界も利害
関係者も、ブラッセル条約へ入るということで国際
文化が向上するというから、自分の主張を押えてでも大
目的に賛成していたものがあるのではないかと思います。
日本が一九二八年のローマ条約にとどまるということは――一九二八年というのは、
日本では一九二五年にラジオができた、FMも短波もない、テレビもない、蓄音機は場合によってはラッパのついた蓄音機である、そういうような
時代の条約であります。
映画もサイレント
映画である。そういう
時代の条約に、全くわずかの、
音楽著作権のちょっとした利用で四十年も前のこういう古い条約状態に国際的に縛られておらねばならぬ。まことにつまらない話で、国際的分野においては
日本として非常に大きな問題ではないかと思います。主義の問題だというならこれはたいへんですが、要するに経済の問題である。これはよけいなことですが、けさの
新聞を見れば、GNPは
世界二位だ、ここでまたエコノミックアニマル性を出して、そういうふうにとどめていかなければならぬというのが、私としては非常に残念なことだと思います。他に
方法がなければ別ですけれ
ども、何とか
方法があるのではないか、賢明な先生方のことでございますから、どうかその点を御議論になって、ブラッセル条約に入れるようなふうに御
審議を願いたいと思います。
以上でございます。
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