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1968-05-07 第58回国会 参議院 社会労働委員会 第11号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十三年五月七日(火曜日)    午前十時三十五分開会     ―――――――――――――    委員の異動  四月二十五日     辞任         補欠選任      杉山善太郎君     森  勝治君  四月二十七日     辞任         補欠選任      森  勝治君     杉山善太郎君      森中 守義君     柳岡 秋夫君      大橋 和孝君     野溝  勝君      小平 芳平君     二宮 文造君  五月六日     辞任         補欠選任      沢田 政治君     佐野 芳雄君      野溝  勝君     大橋 和孝君      二宮 文造君     小平 芳平君  五月七日     辞任         補欠選任      横山 フク君     林屋亀次郎君     ―――――――――――――   出席者は左のとおり。     委員長         山本伊三郎君     理 事                 鹿島 俊雄君                 黒木 利克君                 大橋 和孝君                 藤田藤太郎君     委 員                 植木 光教君                 紅露 みつ君                 山本  杉君                 横山 フク君                 杉山善太郎君                 藤原 道子君                 小平 芳平君                 中沢伊登子君    衆議院議員        社会労働委員長        代理理事     佐々木義武君    国務大臣        厚 生 大 臣  園田  直君    政府委員        経済企画庁水資        源局長      今泉 一郎君        科学技術庁科学        審議官      高橋 正春君        厚生政務次官   谷垣 專一君        厚生大臣官房長  戸澤 政方君        厚生省環境衛生        局長       松尾 正雄君        厚生省医務局長  若松 栄一君        厚生省薬務局長  坂元貞一郎君        厚生省児童家庭        局長       渥美 節夫君        厚生省保険局長  梅本 純正君        社会保険庁医療        保険部長     加藤 威二君        水産庁次長    森沢 基吉君        通商産業省化学        工業局長     吉光  久君        運輸省船員局長  河毛 一郎君        労働政務次官   井村 重雄君    事務局側        常任委員会専門        員        中原 武夫君    説明員        文部省初等中等        教育局特殊教育        課長       寒川 英希君        文部省大学学術        局大学病院課長  吉田 寿雄君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○理事補欠互選の件 ○清掃施設整備緊急措置法案内閣提出衆議院  送付) ○社会保険労務士法案内閣提出衆議院送付) ○船員保険法の一部を改正する法律案内閣提出、  衆議院送付) ○社会保障制度に関する調査  (サリドマイド児の問題に関する件)  (阿賀野川流域の水銀中毒問題に関する件) ○医師法の一部を改正する法律案(第五十七回国  会内閣提出、第五十八回国会衆議院送付)     ―――――――――――――
  2. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。  まず、理事補欠互選の件についておはかりいたします。  去る四月二十七日、大橋和孝君が一たん委員辞任されましたので、理事が一名欠員となっております。この際、その補欠互選を行ないたいと存じます。  互選方法は、先例により、投票の方法によらないで、委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  3. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 御異議ないと認めます。  それでは、理事大橋和孝君を指名いたします。     ―――――――――――――
  4. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 清掃施設整備緊急措置法案議題といたします。  まず、政府から提案理由説明を聴取いたします。園田厚生大臣
  5. 園田直

    国務大臣園田直君) ただいま議題となりました清掃施設整備緊急措置法案において、提案理由及び要旨を御説明申し上げます。  清掃施設整備については、政府は、下水道整備とあわせて生活環境施設整備緊急措置法に基づき、昭和三十八年度を切年度とする五カ年計画を策定し、これによりその促進をはかってまいったのであります。  しかしながら、近年の産業構造高度化と、これに伴う就業形態の変化により、人口の急激な都市集中市街地域拡大が見られ、また、生活様式高度化に伴って汚物排出量が著しく増大したため、新たに清掃施設整備に関する計画を策定し、これを強力に推進することが必要となってまいりました。  他方、昨年、下水道行政所管が変更されたことに伴い、下水道及び終末処理場整備に関する計画の策定を骨子とする下水道整備緊急措置法が第五十五回特別国会において制定され、すでに施行を見ているところであります。本法案につきましては、第五十五回特別国会提案いたしましたところ、同国会では継続審議となり、続く第五十六回臨時国会では審議未了となったところでありますが、右のような事情から、再びこの法律案を提出することとした次第であります。  この法律案では、新たに屎尿処理に関する計画及びごみ処理施設整備に関する計画を策定することとし、このための手続として、厚生大臣は、あらかじめ経済企画庁長官及び建設大臣所要の協議を行なって計画の案を作成し、閣議の決定を求めなければならないことといたしております。  また、これらの計画の円滑な実施を確保するため、政府は必要な措置を講ずるものとし、また、地方公共団体も、これらの計画に即して清掃施設の緊急かつ計画的な整備等につとめなければならない旨を規定しております。  なお、本法案の制定に伴い、生活環境施設整備緊急措置法は廃止することといたしております。  以上がこの法律案提案する理由でありますが、何とぞ慎重に御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
  6. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 本日は、本案に対する提案理由説明聴取のみにとどめておきます。     ―――――――――――――
  7. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 次に、社会保険労務士法案(衆第三十六号)を議題といたします。  提出者衆議院社会労働委員長代理理事佐々木義武君から提案理由説明を聴取いたします。佐々木君。
  8. 佐々木義武

    衆議院議員佐々木義武君) ただいま議題となりました社会保険労務士法案について、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  今日、社会経済の進展に伴い、労働社会保険関係法規はその重要度を増すとともに、その内容も次第に複雑かつ専門的なものとなりつつあります。一方、今後の経済成長労働力不足傾向考えますと、労務問題の重要性は将来ますます高まり、特に中小企業における労務管理近代化が切実な問題となってくると思われます。  このため、これら労働社会保険関係法規に通暁し、適切な労務指導を行ない得るような専門家が多く生まれることはきわめて望ましいことでありますし、また、中小企業では、労務及び社会保険関係専門部課企業内に持つ余力もないため、これらの専門家を部外に求めているのが現状であります。  労働社会保険関係事務は、経営者のため的確に処理する必要があるだけでなく、労働者権利の確保にも関係するものであります。  このような観点から、国家が一定資格者について試験を行ない、その合格者に対し免許を与え、その業務の適正をはかるため、社会保険労務士制度を定めるものであります。  そのおもなる内容を申し上げますと、  第一に、社会保険労務士とは、主務大臣すなわち厚生大臣及び労働大臣免許を受け、社会保険労務士の名称を用いて、労働社会保険諸法令に基づく申請書届出書報告書等の書類の作成及び労働社会保険に関する事項について相談、指導を行なう者をいうことといたしました。  第二に、社会保険労務士試験に合格した者及び弁護士は、社会保険労務士となる資格を有するものとし、社会保険労務士試験受験資格一定の学歴または経験を有する者とすることといたしました。  第三に、他人求めに応じ報酬を得て社会保険労務士事務を業として行なう社会保険労務士は、あらかじめ、氏名その他の事項主務大臣に届け出ることとし、また、社会保険労務士でない者は、他人求めに応じ報酬を得て労働社会保険諸法令に基づく書類作成の事務を業として行なってはならないことといたしました。ただし、他の法律に別段の定めがある場合及び税理士、公認会計士等政令で定める業務に付随して行なう場合にはその制限に触れないことといたしました。  第四に、社会保険労務士は、労働争議に介入してはならないこととするとともに、社会保険労務士の資質の向上をはかるため主務大臣が必要な援助を行なうことといたしました。  第五に、以上のほか、社会保険労務士業務の適正をはかるため所要の規定を設けるとともに、法施行にあたり当面の需要を満たすため主務大臣の選考により一定の知識及び能力を有する者に社会保険労務士となる資格を与える等必要な経過措置を定めること等であります。  この社会保険労務士制度の創設によりまして、中小企業労務管理改善に画期的な役割りを果たすとともに、労働社会保険行政外延的存在として、行政の浸透にも大きく役立つものと考えられ、特に今後の労働社会保険小規模事業所への適用拡大実施にあたっては欠くべからざる存在となるものと期待されるところであります。  以上、簡単でございますが、この法律案提案理由及びその概要につきまして御説明申し上げた次第であります。  何とぞ御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
  9. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 本日は、本案に対する提案理由説明聴取のみにとどめておきます。     ―――――――――――――
  10. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 次に、船員保険法の一部を改正する法律案議題といたします。  政府から提案理由説明を聴取いたします。園田厚生大臣
  11. 園田直

    国務大臣園田直君) ただいま議題となりました船員保険法の一部を改正する法律案について、その提案理由を御説明申し上げます。  今回の改正案は、陸上労働者についての失業保険及び労働者災害保償保険との均衡をはかるため、船員保険失業保険金算定方法並びに職務上の事由による障害年金及び障害手当金障害等級表を改めることとするものであります。  改正の第一点は、現在失業保険金支給日額については、その最低額を含め、具体的に法律で規定されているため、社会経済情勢の推移に応じ迅速に改善を行ない得ないうらみがありますので、この点を改め、法律においては失業保険金金額算定基準を規定するにとどめ、この基準に基づく具体的な金額については、厚生大臣社会保険審議会意見を聞いて定めることとしたことであります。  改正の第二点は、労働者災害補償保険障害等級表について、昨四十二年十月、一酸化炭素中毒症対策の一環として精神神経障害に関する等級格づけの改正が行なわれたこと等に伴い、船員保険職務上の障害等級表について、この際、労働者災害補償保険障害等級表と同じ内容とするため改正を行なうこととするものであります。  以上がこの法律案提案する理由でありますが、何とぞ慎重に御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
  12. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) これより質疑に入ります。御質疑のある方は、順次御発言を願います。
  13. 大橋和孝

    大橋和孝君 一、二の点について少し伺っておきたいと思うわけであります。  社会保険におけるところの保険料の徴収、あるいはまた、年金等給付算定基準については、労働省のほうの関係労災保険失業保険では賃金の立額によっておるようでありますし、厚生省関係船員保険厚生保険、あるいは健康保険のほうでは標準報酬によっておるようでありますけれども、それは別といたしまして、今度のこの船員の場合は、やはり船員であるということを十分に配慮の上で、陸上の人よりは悪くあってはいけないというのが法のたてまえだと思うのであります。そういう観点からして、保険料を受け取るような場合、陸上労災の場合に比べて少ない場合があり得るように思うわけでありますが、そういうことのないようにしなければならないと思うのですが、そういう点についてのお考えをお聞きしたいと思います。
  14. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) ただいまの御指摘の点でございますが、保険料のとり方の問題だろうというふうに思いますが、御承知のように、船員保険法総合保険でございまして、陸上労働者が持っております社会保険も全部集めて船員保険という形にしております。御指摘のように、船員保険法におきましては、厚生省所管いたしております厚生年金健康保険、そういうような関係もございまして、従来から保険料をとります基礎といたしまして標準報酬制をとっております。ところが、陸上失業保険とそれから労災保険につきましては総報酬制をとっておるわけでございます。この点、陸上海上との保険料基礎になります点が違っておりますのは、前から問題にはなってきております。しかし、いろいろの点におきまして、それでは総報酬制に統一するか、あるいは標準報酬制に統一するかというような問題がございます。けれども、一応われわれのほうのとっております標準報酬制度につきましては、特に職務外年金部門、そういう点におきまして、長期にわたって被保険者であった全期間について報酬を把握しておく必要がある。それからまた、現金給付事務簡素化という上からも、ほかの保険厚生省所管では標準報酬制をとっておりますので、これの一部門だけを総報酬制にするということになりますと、事務簡素化の点からも問題がございます。そういう点がございますので、標準報酬制をくずすということにつきましては非常に問題があると思いますが、いずれにしましても、この点は、両省におきまして所管しておりますものが違っておりますので、従来から問題になっておりますので、今後、社会保険審議会――ここにおきましては、いわゆる船主関係、それから船員関係労使の両者が出ておられますので、今後社会保険審議会十分労使意見を戦わしていただきまして、それを参考にしまして今後抜本的な改正の際に考えていきたいというふうに思っております。
  15. 大橋和孝

    大橋和孝君 その点は私もよくわかっておるのですが、標準報酬制をとっておられるということに対しては大きなまた別な問題があるので、私は、それを統一云々ということは、遠い問題だと、まだいろいろな点を考えなければならぬと思います。ただ、私がここで言いたいことは、陸上で働いておる人より海で働いておる人のほうが非常に危険度もあるし、いろいろな状態でより厚くしなければならぬという観点から何とか――今度の法の趣旨も結局それでもって改正されるわけでありまして、実際問題として陸上で働いておる人より海で働いておる人のほうが少ないということは何とかひとつ払拭できないか、そういう観点からどういうふうにしたらいいかということを十分配慮してもらいたい、こういうのが私の質問趣旨であります。そういう点は、あとから労働省のほうからも来られましたらそのほうの御意見も伺いたいと思いますけれども、保険局のほうでも特にそういう配慮ができるものであるかどうかということを少し念頭に置いてこういう問題もひとつ深く掘り下げて考えていただきたい。言いたいことはそこなんであります。危険度もあるし、条件も悪いし、家族から離れて働いておる人が病気をし、項症になったことを考えますと、陸上で働いておる人より以下であるということはどうも納得ができないのであります。法律のたてまえもそうでありますから、何とかその辺のところが具現化しなければいけないと思うのでありますが、特にその点を配慮してもらいたいというように思います。
  16. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) ただいま先生のおっしゃいましたとおりでございまして、船員保険におきましては、船員労働過激性とそれから家庭と離れて海上労働に従事する船員生活特殊性ということから、特別な保護船員には必要であるというふうにわれわれも考えております。また、国際条約におきましても、たとえば、船員のための社会保障に関する条約というふうな条約におきましても、船員産業労働者が受けるものに劣らず有利な給付を受ける権利を有するというような精神国際条約にも出ております。これらを考慮しまして、船員保険給付は、御指摘のように、できるだけ陸上制度に比較して手厚いものにしていきたいというふうに考えておりますし、ただいま先生の御指摘の具体的な問題としましては、たとえば先ほどの保険料の問題でございますと、給付につきまして、標準報酬制をとっておりますためにいわゆる上限がきまっております。そういう点が労災におきましてはその上限がございませんので、そういう点を御指摘かと思いますけれども、今後、先ほど申しましたような精神で、できるだけ抜本改正なりそういうときには考えてまいりたいというふうに考えます。
  17. 大橋和孝

    大橋和孝君 それから失業保険部門船員保険における失業保険金給付日数、これに対しましても、陸上失業保険と同じように被保険者期間に応じて定めるべきじゃないかと、こういうふうにも思うわけですが、こういうところにも少しハンディキャップがあるのじゃないかと思いますが、どうですか。
  18. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) 船員保険失業保険金支給日数でございますが、これは御指摘のように一律に百八十日というふうに定められております。この点、陸上失業保険におきましては、非常にきめこまかく、被保険者の被保険者期間十年以上は二百二十日分まで、それから五年以上十年未満は二百十日分まで、五年未満は百八十日分までというふうな形で、最低が九十日というところまで段階がきめられております。この点につきましても、前から社会保険審議会でもいろいろ問題にして議論をしていただいているところでございますけれども、かりに船員保険におきまして陸上失業保険に合わせまして支給期間段階を設けるということにいたしますと、一部の方につきまして、支給期間が短縮される、従来に比較して不利になるという方が出るわけでございます。そういう点がございますので、この点がいろいろ議論の難点になっておりまして、先ほどの船員労働特殊性というふうな点から、できるだけ不利な形の人が出ないようにというのが議論のポイントでございます。そういう点、社会保険審議会におきまして今後御検討をいただきまして、できるだけそういう不利な方が出ない方法で合わせていくという方向に持っていきたいというふうに考えております。
  19. 大橋和孝

    大橋和孝君 おっしゃっているとおりに、法のたてまえが下にならぬようにということを主体にしているわけですから、特にこの次までにはこの点について配慮していただきたい、こういうふうに思います。  それから今度の改正によりますと、厚生大臣は、失業保険金日額陸上失業保険と同様に二百四十円にする、こう言っておられる。この最低日額はちょっと低過ぎるのじゃないかと思うのですが、この点はどうなんですか。
  20. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) その点につきまして、先ほど大臣から提案理由で御説明申し上げましたように、陸上労働者におきましては、すでに四十一年の八月から改正されております。今回お願いをいたしましたのは、船員保険法におきましては法律で明定されておりましたために、その陸上労働者改正になりましたときに直ちにやり得なかったということがございますし、また、この法律につきましては、五十五回、五十六回というふうに提案はいたしましたけれども、審議未了になったような事情がございまして、今回は法律によって明定することをやめまして、社会保険審議会意見を聞いて厚生大臣が定めるようにお願いをしたわけでございます。その点、御質問の点でございますけれども、一応先ほどのようなお考えでわれわれのほうも海上労働者につきましては考えていきたいと思いますけれども、一定の線につきましてはできるだけ陸上労働者と合わせていくという点も一つの国の制度としては考えなければなりませんので、この点、今回のお願いをしました点につきましては、とりあえず早急に陸上労働者に合わせて二百四十円という線にいたしたいということでございますので、今後増額につきましては努力してまいりたいというふうに考えております。
  21. 大橋和孝

    大橋和孝君 それから適用範囲拡大ですが、現在、漁船船員は、原則として二十トン以上の漁船に乗船する者だけが船員保険を適用されておる、こういうわけでありますけれども、これは五トン以上の漁船に乗船する者についても適用されるべきではないか、こういうように思うわけです。これは船員法にも出ておるわけでありますけれども、こういう問題についても少し配慮しなければならぬのじゃないか。案外五トン以上の漁船というのは多いわけですから、そういうものがこの船員保険の中に含まれないということになれば、非常に問題じゃないかと思うのですが。
  22. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) ただいまの点も、前々から国会でも御議論され、いろいろ各方面から聞いておりますが、船員保険法につきましては、もとになります船員法という母法がございまして、船員法におきまして船員という形で特別の法律的な保護なりあるいは規制というふうな形が行なわれておりますが、船員保険法におきましては船員法の上に完全に乗っかりまして総合保険という形で運営しておるわけでございます。その点は、今後船員法におきまして海上労働特殊性を考慮して適用範囲拡大するというふうな点がなされました場合には、直ちに船員保険法におきましても並行して範囲を広げるというふうにいたしたいと思いまして、われわれのほうの所管船員保険法のほうを船員法と離れまして独自に範囲を広げるということにつきましてはちょっといたしかねますので、船員法のほうの範囲拡大を待ちまして船員保険法範囲拡大していきたいという考え方でございます。
  23. 大橋和孝

    大橋和孝君 それはいまの御答弁のように船員法のほうにもあるわけでしょうから、そのほうの意見も少し聞いておきたいと思うわけでありますが、それはあとにしまして、第四十三回の国会附帯決議に、これは参議院の社労でやられたと思うのですが、「船員保険法失業保険法との通算を計るよう、速に検討すること。」というのが出ておるわけですが、この附帯決議をどのように尊重し処理されたか、このことについてちょっと……。
  24. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) 船員保険の被保険者期間陸上失業保険の被保険者期間通算の問題でございますが、これは、先生承知のように、被保険者期間計算方法、それから失業保険金給付日数、それから保険金日額算定方法というような点などにつきまして相当相違がございます。そのような点から見まして、通算措置を講ずることにつきましては、相当いろいろ検討をし、また、むずかしい問題がございます。しかし、先ほどもいろいろ御質問がございましたが、現在、社会保険審議会船員保険部会におきましては、その他こういう問題を含めまして十数目の懸案事項がございます。それを正式の審議会にかける前にじっくり委員で懇談をして、一つずつ問題を解決していこうというふうなことで今後御検討願うことになっておりますが、そのような場がございますので、これも先ほど御指摘のように国会のほうでもそういう御意思でございますので、社会保険審議会船員保険部会におきまして今後検討していただいて、その結論によりまして善処いたしたいというふうに考えております。
  25. 大橋和孝

    大橋和孝君 もう一つ、四十三国会における参議院の附帯決議で、「療養給付における、一部負担制度は、船員法との関係船員労働特殊性にかんがみ、早急に、その改善を計ること。」ということが決議になっておるわけです。これもまた同じだと思うのですが、こういう一連のものに対してはもろもろの問題があるということは私も承知しているのですが、いま局長のおっしゃっているとおり、国会の意思を受けて、少なくとも抜本改正までにはきちっとこうした問題を処理できるような形でやってもらいたいと思うのですが、そういう点についてひとつ……。
  26. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) ただいま御指摘の点は、先国会附帯決議だけでございませんで、もう十年くらい前から御質問を受けておりますし、たびたび附帯決議も衆参両院にわたりましていただいております。この点につきまして、従来から、われわれのほうといたしましては、船員法船員保険法との関係におきましては、一応被保険者に負担にならないように法律的な手当てがしてございます。そういう点をたてにしましていろいろ現状の点につきまして申し述べてきたわけでございますし、また、いろいろ災害というふうな点を勘案しました場合に、その一部負担制によりまして災害の負担の公平をはかるというふうなことも申し上げてまいったわけでございます。しかし、いずれにしましても、長年から懸案として国会のほうでもお取り上げになっておる問題でございます。たまたま、一方におきまして――先ほど問題点をいろいろ船員保険部会で御審議願っておると申し上げましたが、その中で、一方におきまして、船員保険労災部門につきまして、陸上労災についてはメリット制をとっておる。その点は船員保険においてもそういうものをやはり同じような制度考えるべきじゃないか。これについてまた賛否両論ございます。いままでのこの点につきましての国会の御質問なりは、解決方法として保険料でやるべきであって一部負担制でやるべきでないというのが一つの線でございます。保険料という観点になってきました場合に、災害との関連がございますので、先ほど申しました陸上労災船員保険労災部門のメリット制というふうな観点から申し上げまして、今後そういう問題もあわせまして一つの重要問題としまして抜本対策の際にはぜひ解決をはかっていきたいというふうに考えております。
  27. 大橋和孝

    大橋和孝君 私のおも立って伺いたいのはそんなところでありますけれども、私は、先ほどから質問の中でずっと展開してきたように、船員の人たちに対してより厚くするということが大臣の先ほどの趣旨説明の中にもあるわけですからして、そういうことに対してまだ不十分な点は早急にあれをしてもらって、そうした趣旨が十分に反映するようにしてもらいたい、こういう観点質問を展開したわけです。その点につきましては大臣のほうから所信をお伺いするとともに、少なくとも今度の大改正をする場合にこういうようなことがすっかり払拭されることが必要だと思いますので、その点について御所信を聞いておきたい。
  28. 園田直

    国務大臣園田直君) ただいまの御質疑の中にあらわれております趣旨の点は、十分拝聴をいたしまして、特に海上の者に対する手当てを陸上の者よりも高くするということは、早急に御方針のとおりにやりたいと考えております。  なお、先ほどの質問の中にも、二十トン未満漁船の問題でありますが、これを拡大した場合には八万人被保険者がふえるだけであって、私のほうには何ら事務的には支障はございません。特に小さい漁船のほうがけがなど多いわけでありまするから、私のほうでもぜひやらしていただきたい、御協力を願いたいと考えております。  それからただいまの問題でございますが、いろいろ問題があるようではございまするが、これは衆参両院においてしばしば附帯決議をつけられたところでもありまするし、それからもう一つは、現実の問題として、一部負担は最終的にはまあ均衡になるというものの、なかなか船主と乗組員との間というものはわれわれの想像以上のものがありまするので、実際に払わないというような場合も中にはあるのじゃないか、あるいは擬装でいろいろな問題も出てくるのじゃないかということもありまするから、抜本改正の際にはぜひ御趣旨のとおりにやりたいと、こう考えております。
  29. 藤田藤太郎

    藤田藤太郎君 私も一言言っておきたい。  いまの失業保険労災保険、全部一本の保険として船員保険というものはあると思うんですね。そうすると、ほとんどの陸上勤務は労働省で扱っておる。船員に関するだけは厚生省の一本の保険になる。たとえば労災保険のようなものをとってみると、業者が個々に補償をするというのを、全体の労災保険というかっこうでいまメリット制になっておりますけれども、やっぱりそういう趣旨労災の補償なんというものが貫かれる。失業保険にしても、先ほどから御答弁がありましたけれども、三カ月から始まって六カ月ですか、陸上の勤務の失業保険金が支給される。そういう別個の運営の中でいろいろ問題が出てきやせぬか。監督政は、一方は厚生省がやり、片一方は労働省がやる。ここらの失業保険労災保険、まあ健保もそうですが、健保でも組合管掌、政府管掌、日雇健保というぐあいにあるわけですね。そこらの思想的な統一化、それから思想的な協議、一体性というものについて、厚生省は、ただ法律にあるからこれでよろしいということできたのか、どういうぐあいに改善していこうということを検討されているのかどうか。そういうところが同じ政府でありながらものの考え方が違ったかっこうで両方が走っているというかっこうでは、将来問題を起こすのではないか。特別の事情があるなら、特別の事情というものをもっと明らかにしてこの問題と取り組む、失業補償、労災補償、健保というぐあいに取り組んでいくということが行なわれなければ、きょうそうせいとは言いませんけれども、そういうものがやっぱり頭の中で描かれて、将来政府としてはどういうぐあいに統一していくというようなことが協議されてこなければ、何か上塗りだけで終わっている。だから、肝心の通算制の問題もできないし、同じように船乗りであっても限度が行なわれておるということになると、これは問題があると思うんです。そういう思想的な問題ですね、失業保険労災保険、それから医療補償というようなものが、どこのポイントでそれじゃ労働省と打ち合わせをし、健康保険のほうは別ですけれども、どこのところで思想統一をしてこれに当たろうとしているのかというような問題が将来問題になると私は思う。そうなってくると、一面では真剣味が足らぬじゃないかという議論があるし、一面では事なかれ主義ということにもなろうし、いまの質疑の中でも、これから検討しますと。これはもう私は三年も五年春前から同じことを聞いているわけで、いつになっても終点なしということになるわけですね。ですから、私たちは、社会保障なら社会保障一本にしてという提案国会にしているわけです。そういうことにならなければ、たくさん制度ばっかりこしらえて、なかなかむずかしい問題が残っているわけです。だから、特殊事情があったら、かくかくの特殊事情があるからこうこうなんだということを明確にしてこの問題と取り組むということでなければ、これはやっぱし問題が残る。それがいつも残っている。いつもここで質疑したら同じことを答弁しているということになりはせぬかと思う。そこらの点はどういうぐあいに計算をしてどういうぐあいに協議をしてやってきたかというようなことをひとつ聞かしておいてもらいたい。
  30. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) 御指摘の点は、社会保険なりあるいは社会保障という観点から申しました場合には、ごもっともな御意見というふうに考えております。われわれのほうでも、そういう一つ考え方というものを常に頭に置きまして行政を進めておるわけでございますが、ただ、たとえば船員という形をとりました場合に、先ほど申しました海上労働特殊性ということにおきまして、ただに社会保険というふうな観点でものを論ずる以外に、そのもとになりますその一つの職域というものが独立性があるんじゃないかというふうな点がございます。社会保険は、一応社会経済機構の実態の上に乗りまして保険施行していくというふうなことをやはり考えざるを得ない。そのときには、船員というものは昔から特別な労働者ということで、労働関係におきましても、一般の労働者労働基準法なりそういうことで規制されているような現在におきましても、船員法というふうな特別な法律をもちまして一つの別個の形をつくっております。その上に社会保険が乗っておるわけでございまして、先生の御指摘の点に対まして、われわれ事務当局でございますけれども、昨年医療保険の抜本改正という試案を出したわけでございます。そういうふうな観点からいたしまして、われわれの現在の考え方としましては、従来のおのおのの制度につきましては、ばらばらでございますけれども、いろいろしさいに検討いたしましたときには、先ほど船員で申しましたように、やはりそこに至った歴史と沿革におきまして特別のものがあるのではないか。だから、皆保険になりましたから理論的に全部の制度をすっきりと統合し、労災労災、あるいは年金は年金というふうにはっきりするのが確かに筋かと思いますけれども、やはり従来から発生してきました歴史と沿革に基づきまして、社会保険部門におきましては皆保険と、年金にしましても医療保険にしましても一応皆保険ということになったわけでございます。そういう点から、現行の制度というものを基盤にしまして、それが発達してきたやはり一定の母体がございますので、母体の特殊性を認めて、その上に乗っかりました保険というものをそのままの形にしまして、できるだけ皆保険下におきましては被保険者の負担を不公平でないように、あるいは保険料負担を均衡をとれるようにというふうな形で進めていけるのではないかというふうに考えておるわけでございます。
  31. 園田直

    国務大臣園田直君) ただいまの藤田委員の御質問でございまするが、私のほうと労働省との間に問題があるのではなくて、むしろ私のほうの中に問題があるのではないか。それは、概括的に申し上げますると、労働省と私の省との関係の場合には、海上勤務者は、陸上勤務者よりも諸般の状況において特異性があるから、それを上回るようなものも考えろというようなことで、今度私のほうでやる場合には、一般の年金やその他の各種の保険のワク内に見合ってやるものですから、そこに事務的に問題が出てきておる。したがって、抜本改正の際は、年金、保険の中にも海上勤務者、船員保険は別個だという考え方をこの際確立しなければならぬのではないか、そういう点から御趣旨の方向に具体的に進めていきたい、こう考えております。
  32. 藤田藤太郎

    藤田藤太郎君 どうも、梅本局長、ちょっと口をすべらしたかなにかしらぬけれども、住民の福祉を守る、主権在民の国家ですから、できるだけ国家が中心になって社会保障というものは進めていかなければいかぬ。医療は抜本改正を出しましたと言ったって、十割給付を七割にするのをわれわれに押しつけるようなものの考え方で答弁するのは、少し場違いじゃないか。そういうことまであなたのほうで便乗して言うなら、われわれは承知しない。そういうことを言っているのではない。十割給付を七割給付にするんじゃと、それで抜本改正で統一するんじゃ、皆保険じゃと、そんな理屈をいまここで言うのじゃなしに、あらためてまた場があれば大いに言っていただきたい。それはちょっと過ぎるのじゃないのかな、そういう見解は。
  33. 梅本純正

    政府委員梅本純正君) 先生指摘のように、間違えた点がありましたらいかようでも取り消しますが、先ほどおっしゃられました点は、制度の立て方につきまして今後すっきりした一本あるいは二本の制度の立て方というように先生おっしゃったように私とりまして、あのときにも試案のほうに書いてありますように、現在の制度を前提にして――給付とかそういうことは全然関係こざいませんで、前提にして、皆保険下におきまして、保険料負担の不公平でないように、あるいは被保険者給付についてアンバランスがないようにというふうな点はわれわれとしましては現在はその方向で実現ができるというふうに考えておりますと、こういうことでございます。ひとつ御了解願いたいと思います。
  34. 大橋和孝

    大橋和孝君 船員局長が来られましたからちょっと伺っておきたいのですが、先ほど厚生省保険局のほうにはいろいろ伺っておきましたが、漁船が二十トン以上でなければ船員保険にはいれないというのですが、先ほどお話の中にもありましたが、五トン以上くらいの漁船をあやつっておる人の数は非常に多いし、しかも、そういう方の業務上における疾病、傷害も多いわけでありますからして、こういうものを入れる範囲拡大するということは非常に必要なことじゃないだろうか。非常に問題があるようでありますけれども、もろもろの問題を乗り越えてそういうような方向に持っていくべきではないか、そういうふうに考えておりますので、そうした方向に進めていただきたいということを大いに要望して、ちょっとお伺いしておきたいと思います。
  35. 河毛一郎

    政府委員(河毛一郎君) 二十トン未満漁船に対しましては、御指摘のとおり、現在の船員法は適用されておりません。したがいまして、船員保険も適用されていないという現状でございます。現在、船員法は、一般的に海上労働特殊性に着目いたしまして、陸上労働法の規定をそのまま適用することが適切でない海上の乗組員につきましてこれを適用しているというのが法の制定趣旨でございます。したがいまして、同じ海上の乗組員でございましても、むしろ陸上労働条件と非常に近いもの、たとえば湖川港を動いておる船というようなものにつきましては、むしろ基準法を適用したほうがいいだろうというのがその判断でございます。そういう一般的な判断から、御指摘のように、漁船につきましては二十トン未満のものは適用していないということでございます。  ただ、漁船に関連いたしましては、いままでの船員法改正経緯を見ましても、昭和三十七年までは三十トン以上であったものが、三十七年の改正で二十トンまで下げられるというようなことがございます。したがいまして、少なくとも現行の船員法が二十トンということをきめておりますのは、もう一つ船舶安全法の適用範囲といったこととの関連も考慮いたしましてきめておるのではなかろうか、こういうふうに考える次第でございます。しかし、御承知のとおり、最近、漁業の操業実態の変化というものが相当ございまして、たとえばこのように船員法の適用をされていない船につきましても相当遠距離まで出ているというような実態もございまして、海上労働特殊性というものに着目してこれを考える必要があるのではなかろうかという点がございます。そこで、私どもといたしましては、大体船員法適用範囲は安全法の適用範囲というものと非常にうらはらの関係にございますので、今後船舶安全法その他の関係法令との関係を十分に考慮しながら相まって船員法を今後このような部門に適用していくかどうかということを前向きの方向で検討する必要があろうかと考えております。  ただ、このためには、運輸省といたしましては、漁船に関しましては関係する省庁が非常に多うございます。船員保険法関係はもちろんでございますが、漁業一般につきまして監督されております農林省、あるいはまた、現在二十トン未満漁船について基準法の運用をやっておられます労働省、その他関係省庁と十分相談いたしまして、その相談の結果に基づきましてできるだけ早い機会に前向きの方向で検討させていただきたい、こういうことに考える次第でございます。
  36. 大橋和孝

    大橋和孝君 問題はいろいろ各省にまたがってあると思います。それは承知いたす次第でありますけれども、特に趣旨趣旨でありますので、こうした向きの人たちに早くそういう手が伸べられるということが非常に必要な条件だと思います。これはまた労働省にも関係があります。ですから、労働省のほうも一緒にこの点について配慮をしてもらって、すべて各省ともにそういう方向に進んでもらわなければなりません。労働省も私もまだほかの点について伺いたかったのでありますが、時間の関係もありますから、特に一括して申せば、趣旨はやはり海で働いている人のほうが条件が悪い、また、いろいろな条件からして、いままでそうしたたてまえでこの法律についてはいろいろ考慮されてきているわけですが、まだその問題点は、これをしてもらったからいいというわけではなくて、先ほどからちょいちょい私の感じた点はつまみ上げてお話しをしているわけでありますけれども、どうかひとつすべての点に各省ともに力を合わせて、先ほどから申し上げて大臣からもその決意を伺いましたが、特に根本的な改正のときにはこういう落ちこぼれのないように各省とも十分な配慮をしてもらいたい。少なくとも陸上の人を上回るところの補償というものがされていかなければこれはいけない、こういうふうに考えておりますから、どうかひとつ各省ともそういう点で進めてもらいたいと思います。そういうことをお願いをして、私の質問を終わります。
  37. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 他に御発言もなければ、質疑は尽きたものと認めて御異議ございませんか。
  38. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 御異議ないものと認めます。  それでは、これより討論に入ります。御意見のある方は、賛否を明らかにしてお述べを願います。――別に御意見もないようですから、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。
  39. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 御異議ないものと認めます。  それでは、これより採決に入ります。  船員保険法の一部を改正する法律案を問題に供します。本案に賛成の方の挙手を願います。
  40. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。  なお、本院規則第七十二条により議長に提出すべき報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  41. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 御異議ないものと認め、さよう決定いたします。  ちょっと速記をとめて。
  42. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 速記を起こして。     ―――――――――――――
  43. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 次に、社会保障制度に関する調査を議題といたします。  これより質疑を行ないます。御質疑のある方は御発言を願います。
  44. 藤原道子

    ○藤原道子君 私は、この際、サリドマイド児の問題についてお伺いをしてみたいと思います。サリドマイドの奇形に関しては、国の賠償責任について、関係者が京都地裁あるいは東京地裁に提訴いたしておりますので、この結果は裁判の判断をまつことにいたしまして、それには触れないで、ほかの面についてお伺いしたいと思います。  サリドマイド児は、三十三年から三十八年の六年間に九百三十六人が生まれましたが、現在はその二割程度と伺っておりますが、その人数をこの際お示し願いたいと思います。
  45. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) ただいま御指摘サリドマイド児の数の問題でございますが、厚生省といたしまして、昭和三十八年までの発生状況につきまして、東京大学の森山豊名誉教授に研究を御依頼いたしまして、森山先生の手元におきまして全国の医師あるいは助産婦からの報告の集計をしていただいたわけでございますが、お話のように、昭和三十三年から昭和三十八年までに九百三十六名の方がサリドマイド児といいますか、フオコメリーとして集計されております。このうち死産をされた者が三百五十八名でございますので、五百七十二名の方が、これは大体六一%に当たるわけでございますが、お生まれになっていらっしゃる。ただ、その後の状況によりますると、死亡された子ともさんもいらっしゃいまして、現在――その当時の現在でございますが、生存者が百九十七名というふうなことが報告されておるわけでございます。
  46. 藤原道子

    ○藤原道子君 外国で見ますと、サリドマイド児は生まれた子どもの四分の三は生きているわけですね。ところが、日本は二割にも満たないような状態なんです。それは、適切な保護がなされなかったのか、どういうふうに見ておいでになるか、伺いたいと思います。
  47. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) 外国の例に比べますると、わが国におきまして生存の児童が少ないのではないかという御質問でございます。私のほうでも、いま申し上げました調査はその生存者につきましての調査でございまして、どういう理由で、あるいは適切な介護がなくてお亡くなりになったかどうかという点の調査まで突きとめておりませんので、外国の例と比べましてわが国がどうかという点につきましては、まことに残念でございますが、明確なあるいは具体的なデータがないわけでございます。
  48. 藤原道子

    ○藤原道子君 私は、日本の厚生省は冷たいと思うんです。今日生存しております子供たちが、もう学齢に達します。いままで閉じ込められた子供たちが、これから社会生活に出ていくわけなんですね。ところが、これを通じてもいろいろトラブルがあるんです。私は、これを聞くにつけても、自分自身胸の痛む責任感というものを持っております。  御案内のように、これはドイツで最初発明されたお薬であります。ところが、ドイツで、三十六年の十一月に、人類遺伝学者のW・レンツ教授が、サリドマイドの被害の根拠を学界に発表しております。そして、「これをもし一カ月このまま禁止を猶予するならば、五〇人から一〇〇人の不具の子供が出生する。直ちにこれは回収すべきである」と、こういうふうに人道上の立場から強く主張された。そして、ドイツでは、旋風を巻き起こして、いろいろ協議した結果、一週間以内に全部回収し、製造禁止に踏み切ったわけなんです。そのときに、これは大きく報道されましたので、私は当委員会で厚生省に迫ったのでございます。こういうふうなことが、ドイツでも禁止され、世界各国が回収に回っているときに、日本はそのまま野放しではいけないのじゃないか、直ちに回収すべきだと厚生省に迫りましたところが、当時の薬務局長は、当時の日本ではまだそれほど発生しておりません、と同時に、いろいろ検討中でございますからと、こういう答弁があった。日本に発生していなくとも、発明元のドイツでそれが奇形児が生まれるというので禁止、回収に踏み切っているんだから、生まれてからではおそいのじゃないか、直ちに厚生省はこれを回収すべきであると、こういうことで私は要求いたしました。ところが、繰り返し答弁は、日本ではまだそれほど発生もしておりませんし、日本でも研究中だというようなことで逃げてしまいました。そのとき私はもっと追及すべきであったと、いまでは自分の怠慢のような気がして、こういう子供を見るにつけても心痛むものがあるのでございます。  そうして、ドイツでこれを禁止して十カ月後に、日本は、しかもそれは製薬会社の自主的判断によって回収するということになったんです。ところが、そのとき、厚生省の製薬課長は、「メーカーが自主的に回収に踏み切ってくれ、敬服する」なんてことを言っている。私は、あまりにも製薬会社に弱い厚生省と、こう言わざるを得ないと思います。  しかも、ここで私が問題にしたいのは、ドイツの警告の十カ月も後に回収に着手いたしましたが、イソミンから胃腸薬のプロパンMというものに名前が変わって――それまで広告にイソミンの広告がうんと出ていたんです。イソミンは影をひそめました。ところが、当時の新聞あるいはテレビを思い出していただけば、それと時を同じゅういたしましてプロパンMという名前で在庫一掃の販売強化が行なわれて、これは人殺し作戦と言われても、もうけのためならばこうした人道上のことまでも無視したやり方だと私は思う。こういうイソミンが名前が変わったというようなことは、ちゃんと検査するのではないですか。どうなんですか、名前を変えて売ればそれが許されるのかどうか、それをきょうは明らかにしていただきたいと思います。
  49. 坂元貞一郎

    政府委員坂元貞一郎君) サリドマイド事件、いま御指摘のいわゆるイソミンでございます。当時、藤原先生からいろいろ御説明がありましたように、製造中止なり回収の時期等について日本の場合は若干おくれたという御指摘があったわけであります。いまお述べになりましたプロパンMというもの、これは胃腸薬でございます。当時、やはり同じようなことで、イソミン等が入っているということで同様な措置をとってあると、こういうふうに承知しており、現在この薬はございません。そういう事情でございます。
  50. 藤原道子

    ○藤原道子君 現在あるはずがない。在庫一掃のために名前を変えて売ったんですよ。製薬会社に弱い厚生省と、世間一般がそう言っております。その証拠には、回収されたにもかかわらず、サリドマイドの子供が生まれたのは、三十三年に七十六人、三十四年に六十一人、三十五年に九十七人、三十六年に百五十三人です。ところが、三十七年には三百三十七人生まれている。三十八年になおかつ二百十二人生まれている。はっきり回収されたならば、まあ三十七年は当初に生まれたならやむを得ないということになりましても、三十八年になって二百十二人も生まれているということはどういうふうに解釈したらよろしいか。外国では、ぐっとこの間になくなっている。ところが、日本は、むしろ回収された後においてサリドマイドの子供が多く生まれている。これは一体どういうわけでしょう、それをお伺いしたいと思います。
  51. 坂元貞一郎

    政府委員坂元貞一郎君) 私ども、当時の調査によりまして、昭和三十八年までの数年間で、当時の厚生省から依頼を受けました学者グループの調査によりまして、八百名くらいの奇形児の発生があったということがわかったわけであります。これの年次別の数字は、いま藤原先生もお述べになりましたが、大体そういう数字になろうかと思いますが、三十七年の九月に回収をいたしたのでございますが、おそらく若干の時間的なズレ等もあったかと思いますが、いずれにしましても、三十八年ごろまでの奇形児発生は八百名くらいということが言われております。そのうち大部分のものは死亡しているという結果が出ておりますが、薬剤の服用の時期とそれから奇形の発現との関係、これはいろいろむずかしい学問的な問題があるように伺っておりますが、三十七年から三十八年ごろにこのような奇形児が生まれたから、それが薬剤の関係かどうかということについては、はっきりした断定ができる資料をわれわれ持っておりませんので、これはやはり諸外国等の調査の結果、あるいは現在進行しております裁判等の結果によってそこらは学問的、科学的に究明しながら判断をすべき性質のものであろうと、こういうようにわれわれは考えております。
  52. 藤原道子

    ○藤原道子君 日本では、九百二十六人が厚生省が確認した子供だけで生まれたんですね。これは、レンツ博士が「解明に要する一カ月の猶予は、五〇~一〇〇人の不具児出生を意味する」と言われているように、もしドイツが禁止し回収されたときに厚生省がこれに踏み切っておりましたなら、サリドマイドの子供たちは半数以下で押えられたんです。私は、行政当局の適切な努力さえあったならば、いまの悲劇は相当少なくて済んだものと、それが残念でたまらないのです。こういうところは、厚生省、国の責任と言われてもやむを得ないところがあるのではないか。外国ではそういう子が生まれたかわからないけれども、日本ではまだ検討中でございますと。いま、あなたも、サリドマイドの結果かどうかはまだ云々という御答弁がございましたけれども、そういうことでは国民は安心していられないじゃありませんか。それでもってばく大な――大日本製薬ですか、利益をあげている。こういうことは許しがたいと思いますので、今後は、製薬基準ですか、こういうものにはもっと責任を持ってやってもらいたい。いまでもとかくのうわさがあるんです。私は強くこの点を要望したいのでございますが、ことに、自分がやらないでおいて、「メーカーが自主的に回収に踏み切ってくれ、敬服する」と、十カ月後にやっと回収したんです。私はそういうことでは困ると思いますが、大臣はどうですか。
  53. 園田直

    国務大臣園田直君) サリドマイド児の問題については、いままでいろいろ問題があったし、それから非常な悲惨な状態で、かつまた、サリドマイドの奇形児の子供さん方は頭脳が優秀な方が多い。まことに悲惨でございますが、これはここではっきり厚生省が反省をし、今後の問題を明確にしたいと考えます。  ということは、第一は、これを契機にして薬というものに対する厚生省の基本的状態をはっきりしたい。薬というものを機械的に理論的に許可するということはよくないのであって、やはり理論的な上に動物実験、人体実験、臨床実験を経て、万間違いのないという場合にこれははじめて許可すべきものであって、しかも、この薬が病気の治療であるとか生命を救うための万やむを得ない薬というなら別でありますけれども、鎮静剤でありますとか睡眠剤というものを許可したことについては厚生省は非常に責任があると思います。  それから二番目には、ドイツで昭和三十六年にこういう奇形児が出るということが発表になったと同時に、おかしいと思ったら直ちに製造中止を命じて、そして販売中止を命じて、その上で実験をすべきであった。調べてみますると、そういう事実を知り、厚生省のほうでは大学に頼んで動物実験をやっておるようでございます。その間しばらく見送っておった。そして、製造中止を命じておる。次に、販売中止をやっておる。この二つの手抜かりがあった。こういう問題は、率直に、製薬会社と、それからこれを許可し販売させた厚生省、及びこういう事件が起こったあとの処置等についての厚生省の責任は私は痛感をしており、これに対する処置をしなければならぬと思います。  なお、また、今後の問題でこれは非常に大きな問題でございまして、サリドマイド事件だけではなくて、薬に対する考え方がそのような考え方であるならば、今後新薬がどんどん出てまいりまするから、これ以上の問題がどんどん起きてくると思います。したがいまして、厚生省としては、許可する場合の慎重な態度、あるいは、理論的なあるいは依頼した学者の方の御意見が妥当であると言われてみても、何か事件があった場合には直ちに生命に関することでありまするから、製造中止なり販売中止を命じてからその上で検討するということに考えなければ、薬というものが、一般の薬ではなくて、人間の生命につながるものであるというもっと深い精神的な愛情をもって今後処置するということをここで深刻に厚生省並びに担当官は考えなければならぬ。  また、同時に、製薬会社についても、私どもはそういう方針で、こういう問題については裁判になってそして法的に争うというような態度はよろしくない。ドイツあたりは、さっそく政府も処置をし、会社のほうも被害者と話し合いそれぞれ補償をやっていく。少なくとも製薬会社というものは、生命につながる企業体でありますから、一般企業体ではありません。製薬の企業だけは厚生大臣企業の育成という責任を負わされておるのは、そこにあると思うのです。したがいまして、そのような責任と同時に、製薬会社も、自分のところで出した薬にもし間違いがあったら、いかなる方法を講じても、それは万々慎重にやったのではあるが、間違いがあったら私のほうでは責任を持ちますという、薬というものに対して国民の信頼をつなぐ意味においても、製薬という特殊な企業の道徳という点から考えなければならぬ。  それで、まずこの際に第一に明確にしなければならないことは、いままでずいぶん調べてみましたが、正直言って、許可した場合、それからその後の措置について、あいまいな責任のがれのことばを言っておりまするが、たとえ訴訟になっておりましょうとおりませんとも、政府と製薬会社がその責任をとって今後の処置をそれぞれやるべきだ、この点をまず第一に明確にいたしておきたいと思います。  それから次は、サリドマイドの奇形児の方々に対する問題でございますが、御指摘のとおりに、推計でございまするが、ドイツに全部で生存しておられる方が大体六割でございます。日本では、いま御指摘のとおり、死産であるとかあるいは分娩後に亡くなられたということで、残っておられるのは二百名で、二割が生存しておられるようなことでございますが、このサリドマイド児に対する対策は、一般障害児に対する対策とは別個に、それぞれの経緯に関する問題からもう一。へん振り返ってそれぞれ検討して、早急に関係製薬会社あるいはその他とも相談をして話を進めて、その上でこれと並行して対策を講じなければならぬと思いまするので、この点を、この際、非常に手おくれでございまして申しわけございませんが、過去の問題を率直に反省をして、ここに厚生省としてサリドマイド児及び今後の新薬に対する方針を明確にいたしておきます。
  54. 藤原道子

    ○藤原道子君 知能が、一般の子供と変わらない、むしろ優秀な子供がある。このあいだも私は施設へ行ってまいりましたけれども、ほんとうに気の毒で、ことばでは表現できないものがある。一度大臣にもこの施設を御視察を願って、真剣に心あたたまる対策を立てていただくことを強く要望しておきます。同時に、薬というものは、人の命に関する問題でございます。ぜひその基準とか監督等については格段の態度で臨んでほしい。この前の委員会でも大橋委員が言われたけれども、はしかワクチンにしても、出てからではおそい。だから、よりよき方法があるならばそれをとるべきだと、こう主張いたしましたが、大臣が、あやしいと思ったら直ちに中止して即座に検討したほうが正しいんだと。そのとおりです。それを励行するように私は強く要望いたします。  そこで、これから子供たちが学校に行く年齢になります。これに対してどういうふうな方針をお持ちでしょう。
  55. 寒川英希

    説明員(寒川英希君) サリドマイド児の発生状況から推定いたしますと、学齢に達した子供及び学齢に達する予定の者も含みまして、生存しているサリドマイド児は、三十九年度から四十五年度にわたりまして就学が予想される子供でございますが、百八十四名であろうというふうに推定いたしております。これらの子供の障害の程度は、薬の服用時期によりまして種々様々でございます。たとえばフォコメリーと称しまして、上腕骨全部欠損、それから上腕骨部分欠損、あるいは拇指欠損、あるいは耳の部分的欠損といったような症状の子供でございまして、ただ、幸いなことに、こういった子供たちのうち重度の奇形はごく数が少ないわけでございまして、軽症の者がかなり多いわけでございます。私たちの立場といたしまして、この子供たちの教育措置をいかにするか。これにつきましては、症状の程度、障害の程度、これをもちろん判断の基準にはいたしますが、やはり知能において障害がないというふうな点も十分考慮をいたしまして、また、あるいは家庭の状況、あるいは個人の社会生活、子供の社会生活能力あるいは運動能力、そういった状況等を総合的に教育的な見地から十分に判断いたしまして、最も子供にふさわしい教育の場、つまり、普通の小学校が適当であるか、あるいは肢体不自由の養護学校が適当であるかというようなことを慎重に判断をいたしまして手厚い配慮をとるように学校等に対しまして十分指導をいたしてまいっておるわけでございます。手足が不自由であるというふうなことから、肢体不自由の養護学校であるとか、あるいは肢体不自由の施設であるとか、そういったように、一律に機械的にきめがたい。やはり子供のいろいろな全人間的な立場からの判断をいたしまして、それに最もふさわしい場というものを考えていくように指導いたしておるわけでございます。
  56. 藤原道子

    ○藤原道子君 ところが、このあいだ新聞でだいぶん騒がれましたけれども、熊本の典子ちゃんですか、あの子供の入学までに至る経過ですね、涙なしには聞かれないですね。あそこへ行ったらいい、ここへ行ったらいいと。それで、療養学園に行けと言われて療養学園に行ったら、重度過ぎるからだめだと。重度といっても、その子供はこういう絵もりっぱに足でかくんです。それで知能指数は一三〇、非常にすぐれているにもかかわらず、だめだと。次の養護学校に行ったら、ここでは、とんでもない、先約がつかえておりますから、とてもお入れするわけにはいきませんと断わられる。学校ではいろいろトラブルがございまして、教育委員会の判断、校長の判断、いろいろもめました結果が、ようやく小学校に入学できました。そのときの親の喜び、子の喜びというのは、はたで見ていても何とも言えない感じにうたれたということを御近所の方からお手紙でいただいております。  これから学齢期に入るわけでございますから、どの程度でどうということはお考えになっていただいて、その子供の家庭事情あるいは性格的な問題等々でいろいろ個人差はございましょうけれども、学校に入りたいという子供、養護学校でもいいです、それに入りたいという子供が、サリドマイド児なるがゆえに拒否される、こういうことは私は許せないと思う。いま典子ちゃんは学校に支障なく行っておるようでございますが、何でもできるけれども、ただ、パンツの上げ下げができないというだけなんです。これはお母さんなりあるいは近所の奥さんたちが交代でついていってくれる、こういうことでやっと許可になったようでございますけれども、やはり人間はもっと尊重されなければならない、こう思います。ことに、手が欠損しておりましょうとも、その子が将来どういう人間になるかというととはわれわれにはわからないわけであります。すべての子供がひとしく教育が受けられる、これを文部省では真剣に考えて――重度の者というと、いろいろございましょう。手がなければもう重度になるのじゃないですか。そういうことで、ひとつお考えを願いたい。それについては、厚生省と文部省との相談は行なわれておるのですか、どうなんですか。
  57. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) 私どもといたしまして、こういったフォコメリー症の子供たちにつきまして、御承知のように、一般の病院の整形外科等にもお通いになる場合もございますし、あるいは、厚生省におきます肢体不自由児施設の中におきましていろいろと機能訓練なりを行なうということもやっておりまして、私どもの調査におきましては、肢体不自由児施設におきまして訓練を受けて相当の効果がもたらされたという子供さん方が三十人以上になっております。また、外科的な手術につきましても、最初は上腕骨の成形手術等がいいのではないかというふうなことも言われたのですが、最近におきましてはむしろ義手を装着いたしましてだんだんとその訓練をするという方向のほうが一般的になっております。そういうふうな関係で、肢体不自由児施設におきましても、当然中には養護学校あるいは特殊学級等もございます。そういうふうな意味で、文部省ともよく連絡するとともに、地域におきましても教育委員会と都道府県のこういった担当の部局等ともよく連絡をいたしまして、今後ともその間のバトンタッチといいますか提携を円滑にやるように進めてまいりたい、かように思っております。
  58. 藤原道子

    ○藤原道子君 児童福祉法によりましても、子供はもっと国家社会から愛護されなければならないと。きょうは、私、身障児の問題も御質問する予定でしたが、時間の関係で次回に譲りますけれども、これらの学齢児童が他の一般児童に伍して学校生活が送れるように援助してやる責任は国にございます。これははっきりお約束しておきたいと思うのです。それから民事上あるいは司法上の責任があるなしにかかわらず配慮しなければならない問題であるということ、こういう立場からこの子供たちの身体上のハンディキャップを何とか埋めて、少しでも心あたたまる対策をぜひお願いしておきたいと思います。  児童福祉法によれば、育成医療を行ない、また、義肢を与えることができるととになっております。それで、百八十四名のサリドマイド児のうちの何人に対してどのような援助が行なわれておるか、また、何人が義手によって身体的機能の補充を現に行なっておるか、これについて御質問いたしたいと思います。
  59. 園田直

    国務大臣園田直君) いまの御質問についてはあと事務局からお答えをいたしますが、教育その他の問題でございますが、私どもとしては、身体障害児――サリドマイド児を含むこういう方は、特殊に知能が低いとか、あるいは本人が出たがるのはいやだとかいう場合には別でございますが、社会と切り離さないことが一番大事であると考えます。したがいまして、こういう不幸な人々に、国で手術をするなり、あるいは義肢を与えるなり、この義肢が残念ながらおくれておりますので、この点についても留意いたしたいと思いますが、できるだけ本人みずからが自分の力でほかの一般の人と同じようにやりたいということに重点を置きたいと思いますので、なるべく一般の学校に収容してもらいたい。本人ができない者、あるいは他が迷惑する者、こういう者だけ養護学校のほうで万やむを得ない者をやる。こうやって身体障害児がおとなになるにつれて、明るく、しかも人には負けないという自信を持ってやれるように、文部省とも相談してやりたいと思います。  なお、また、特に薬の問題は、念を押すようでございますが、十分考えておりますので、ただいままで避妊薬を許可しなかったことは非常によかったと思っておりますし、それからまた、つい最近パラチフスのワクチンについて問題が起こっておりますから、これは法律で国民全部にやれということは書いておりますが、国会でもおしかりを受けないと思いますので行政指導でとにかく遠慮するようにということで、その方向へ向かって指導を進めていきたいと考えております。
  60. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) 御指摘の、どのくらいの数が児童福祉法による育成医療の対象になったか、あるいは児童福祉法によりますところの義手の交付を受けたか、こういうことでございます。先生承知のように、フォコメリー症の中にも、重度、あるいは比較的軽度、中度というふうにございまして、児童福祉法によりまして育成医療を受けた方々は非常に数は少ないのでございます。と申しますのは、実は昭和三十八年にこのフォコメリー症の治療に関する研究を学界の方にお願いをいたしまして、先ほど申し上げましたように上腕骨の成形手術がいいじゃないかというふうなこともそれまで言われておったのでございますが、いまの研究によりまして成形手術よりはむしろ義手装着によって機能訓練をしたほうがいいというふうな一般的な結論が出てまいりました。そういうふうなことで、児童福祉法によりますところの育成医療、つまり手術を行なった数はほんの数例にとどまりまして、大部分は義手の装着でございます。この義手の装着につきましても、御承知のように、重症の者につきまして三十から五十ぐらい児童福祉法によりまして給付を受けております。  なお、一般の義手の場合につきましては、単価が大体二万円どまりくらいになっておりますが、こういったフォコメリー症の場合につきましては、非常に複雑な、したがって高価な義手が必要になるという場合もございまして、現在までのところ六万円ばかりの義手を装着しておるという例もございます。  なお、こういった義手の装着以外の義手の修理等におきましても、児童福祉法におきまして給付をするということで進めてまいっておるわけでございます。
  61. 藤原道子

    ○藤原道子君 身障者センターの義肢課長の話によれば、いまの日本の技術水準ではこのような幼い子供が使いこなせるような義手は残念ながらできないということを言っておりますが、いま与えておるのは日本の義手でしょうね、どうなんですか。
  62. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) これは子供さんの使う、しかも上腕骨が全然ないというような子供さんもいらっしゃるわけでございまして、私のほうでいろいろと研究はしておりますけれども、特に関節部に当たる点につきましては、実は国産ではほとんど用いられておりません。逆を申し上げますれば、関節部分につきましては輸入する以外にないわけでございまして、そのほかの部分につきましてはわが国でつくれる。そういった問題点がございまして、今後この義手関係の研究の大きな課題になっておるというふうに考えられます。
  63. 藤原道子

    ○藤原道子君 聞くところによると、徳島大の野島助教授が電気で動く義手を開発した、六月ごろから量産化にはいれるということを聞いておりますが、これはどういう欠陥があるか、子供でも使いこなせる重量であるか、一体どういうことでございますか。
  64. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) 徳島大学の整形外科の野島助教授によりまして義手等につきましての研究をされておりますことは、御指摘のとおりでございます。現在のところ、一般にこれを実用化することにつきましては、機能の問題につきましても、あるいは金額、経費の問題につきましてもまだ多少問題がございまして、なおもうしばらく時間が要るんじゃないか、かように考えられます。
  65. 藤原道子

    ○藤原道子君 西ドイツでは、石炭ガスを動力源にして義手ができている。そうして、国の責任で三千人に及ぶサリドマイド児にこれを貸し与えているということでございます。日本でそれを取り寄せるとなると、四十万円から五十万円ぐらいかかるということも伺っているのです。そこで、親の負担では不可能だといわれておりますが、そのドイツで使っておる石炭ガスを動力源にした義手というものについて何かお考えがございますか。
  66. 渥美節夫

    政府要員(渥美節夫君) いま御指摘の石炭ガスによるものにいたしましても、あるいはメディカル・エレクトロニクスによるものにいたしましても、ドイツ等におきましていろいろ研究されております。そういったことにつきましても、やはり同じ徳島大学の野島助教授のところにおいていま研究していただいているところでございますが、ただいま申し上げましたメディカル・エレクトロニクスによりますところの義肢と同じように、まだもう少し研究の余地があるというふうに私は聞いております。
  67. 藤原道子

    ○藤原道子君 ドイツでは、社会保障の非常に進んでおる国でございますが、子供に対する愛情はほんとうにうらやましいくらいだと私も視察に行ったとき考えました。サリドマイドの子供たちがハンディに負けないで、看護婦さんが付き添いでスキーを楽しんでいる。こういうスキーをやるところまで看護婦さんが付き添いでみているのがドイツの現状なんです。ところが、日本では百八十四名の子供に対して義手を貸し与えているのが四十か五十ぐらいだ。しかも、それも十分なものではない。これをそのまま放置しているところに私は文句があるんです。もっと真剣に考えてもらいたい。ドイツで三千人からの子供にガスをあれにしたのを使っているというならば、それぞれの子供たちの使用がどういう状態だろうか、はたしてそれで子供たちが助けられているか、それを使用しこなしておるかどうかというくらいのことは知っているでしょうね。どうなんですか。
  68. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) お話のように、MEによるものにつきましても、そのほかの動力を用いたものにつきましても、現在のところ、徳島大学におきましていろいろと研究をしておるわけでございます。その研究の成果によりまして、これが普及することができるということになれば、これにつきまして新しくまた児童福祉法等によりまして十分な給付の対象にするということも当然これは考えなくちゃならない、かように考えております。
  69. 藤原道子

    ○藤原道子君 私はそれを聞いているのじゃないんです。ドイツで三千人からの子供に石炭ガスを原動力としてできた義手を貸し与えていると、国がね。こういうことで、それがスムーズにいっているのか、はたしてそれが使用上どういう欠陥があらわれておるかくらいのことは調べてあるでしょうねと、こう言った。野島さんのことばかり聞いているのじゃない。
  70. 渥美節夫

    政府委員(渥美節夫君) ドイツにおきまして「ディスメリー児のリハビリテーション」という文献もございまして、私どももつとめてこれを読んでおるわけでございます。したがいまして、野島助教授だけでございませんで、特に京都大学等におきましても、いま全国の整形外科の先生方がチームワークを持ちましてこういったフォコメリー症のリハビリテーションにつきまして各国の文献を全部入手いたしましていろいろと研究をしておることは当然でございます。したがいまして、こういった研究の成果を早くわが国にも適用できるようにしたいと思っておるわけなんでございます。
  71. 藤原道子

    ○藤原道子君 そこで、大臣にお伺いしておきたいと思いますが、結局このドイツのいま申し上げたのは、たいへんいいもので、軽いんだそうです。そして、国が貸し与えておる。そこで、日本で四十万、五十万の金を父兄が負担するということは不可能でございます。あの子供をかかえてきょうまで育ててきた親の苦労を思うときに、この経済的なものくらいは国でみてやるべきだと思う。ことに、児童福祉法にも規定があるわけでございます。そこで、百八十四人の全員に対してこれを国が貸し与えるといたしましても九千八百万円です。けれども、これを適当でない子供もいるわけですから、百八十四人全員ということにはいかない。全員にしても九千八百万円の予算があれば可能なんです。もしこれを検討してこれがいいということになったら――この前、ドイツがいけないといって禁止したとき、日本はごたごたした。したがって、これがいいならば、この親子に対して、特に子供の福祉に対して当然国がこのくらいのことをしてやってもいいじゃないかと思いますが、大臣のお考えを伺いたい。
  72. 園田直

    国務大臣園田直君) 先ほど申し上げましたような観点から、直ちに薬務局長と児童局長の両者に検討を命じましたので、ドイツから輸入したほうが早いか、あるいは野島助教授に助成金を出してお願いをしていくほうが早くなるか、いずれにいたしましても、必ず御趣旨に沿って予算的措置をしたいと考えております。
  73. 藤原道子

    ○藤原道子君 私は、何もドイツのそれをぜひやれと言うわけじゃないんですよ。よりよいものならば、そして野島助教授がやるにしても相当な予算がかかると思うのです、製作費に。したがって、これはあくまでも国の責任で――国でも本来責任があるんですよ、こんな子が生まれたのは。ということになれば、国の責任で少しでもその子たちの苦痛をやわらげてやり、親御さんたちに少しはほっとした気持ちを与えてあげたいと思うのです。  私は、このあいだ行ってみましたが、足で御飯を食べておりました。足にスプーンをはさんで実に上手に食べるんです。足にエンピツをはさんで絵をかく、字をかく。その子が、「ぼくはママが悪いんじゃない。ママは恨まない。薬が悪いんだ」と言っておるのです。「ママ、ぼくはこんな絵がかけたよ」と、ほんとうに私たちの孫なんかよりもはるかに上手な絵を足でかいている。私はこういう子供に少しでも喜びを与えてあげたい。親の精神的な苦痛は死ぬまでなおりませんけれども、経済的にさらに追い打ちをかけるようないまの状態は一日も早く解消してあげたい。こういう願いで一ぱいなので、私はそのことを心から訴えまして、最初にあのとき私はもっと強く繰り返し委員会でやればよかったといま自分の良心が痛んでおるわけなんです。したがって、きょうは法案審議がございますのにお時間をいただきましてこのことを特に申し上げまして、一人でも見放されることがないように、人間として尊重されるようにということを繰り返し訴えまして、文部省にしても、どうか進学のときにせめて善んで学校へ行けるような方法を――でも、とうしても子供の気持ちが弱くて養護学校でなければだめだという子供は、それは養護学校でいいけれども、できるだけ義務教育で普通学校で教育してやるようにしてほしい。こういうことはお互いの責任だと思いますので、強く要望いたしまして、私の質問を終わりたいと思います。
  74. 園田直

    国務大臣園田直君) 答弁は要求されませんでしたが、あらためて申し上げておきます。  国の責任でもありまするが、同時に、先ほど申し上げましたとおりに、両親並びに本人に対する謝罪の意味においても、早急に確実に予算的措置をしてこれの解決に尽くすことを申し上げておきます。
  75. 中沢伊登子

    中沢伊登子君 一つだけ関連して。いま藤原先生質問をいろいろ伺っていたわけですけれども、このあいだ私のところに一つこういう問題が持ち込まれました。つわりになった人――いま厚生大臣が避妊薬を使わなくてよかったと、こういうふうに言っていらしたですが、あまりひどいつわりなものですから、お医者さんに飛んで行く。そうすると、ビタミンKを下さる。ビタミンKを飲むとつわりがだいぶおさまるそうです。しかし、そのビタミンKをあんまり飲んでおりますと、骨のぐにゃぐにゃの子供ができる、こういう話を私は聞きました。そういうことがほんとうにあるのかどうか。もしあるとすれば、藤原先生が、先ほどから、あのときにもつと自分は訴えればよかったと、こういうふうなことを再三言われたものですから、もしもこういうことがほんとうであれば、私もいまこれを見放しにするわけにいかないので関連質問に立たしていただいたわけですが、私どもがいろいろふびんな子供を見るにつけて涙なしには見られないので、こういう点は十分調査をして手を尽くしていただきたい、このように思います。
  76. 坂元貞一郎

    政府委員坂元貞一郎君) 妊娠中の薬剤使用の問題でございます。確かに、妊娠中、つわり等の関係で痛みどめの薬剤を服用するという例が過去習慣的にあるわけであります。私どもとしましては、妊娠中のそういう鎮静なり鎮痛等の薬剤の服用をできる限り厳禁していく、こういう方向で従来から指導をして、一般のそういう妊娠中の妊婦等にも指導をしているわけでありますが、これは各個人の自覚の問題としましても大事な点でございますし、また、われわれ役所のほうからも当然そういうような指導をしているわけであります。  そこで、基本的な例として、ただいまビタミンKのお話を御指摘になりましたが、私どもも、ビタミンKの一部のものについて若干そういうようなことが言われておりますので、従来からビタミンKを妊娠中に服用するということを禁止をいたしてきております。そうして、薬の効能書に妊娠中の方は服用を差し控えてほしいということを注意書き等に厳正に書かせまして指導をしておりますが、今後もそういう指導は十分徹底して、末端のほうにまでよく趣旨が徹底するように行政指導を強化してまいりたい、かように考えております。片一方、また、薬局等の小売り店でそういう妊娠中の方に薬を売る場合も、妊娠中の方はできる限り薬等を服用しないようにという指導も薬局等を通じてやっておりますが、いろいろな手を講じまして妊娠中の方にできる限り痛みどめ等のための薬剤の服用を差し控えてもらうような方策を従来からやっておりますが、さらにこの方策はいろいろな手を講じまして十分徹底をいたしていきたい、かように考えております。
  77. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) サリドマイド児の問題に関する件の質疑は、本日はこの程度にとどめておきます。  午後一時三十分まで休憩いたします。    午後零時三十七分休憩      ―――――・―――――    午後一時四十一分開会
  78. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 休憩前に引き続き、社会労働委員会を再開いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  本日、横山フク君が委員辞任され、その補欠として林屋亀次郎君が選任されました。     ―――――――――――――
  79. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 医師法の一部を改正する法律案議題といたします。  これより質疑を行ないます。御質疑のある方は順次御発言を願います。
  80. 大橋和孝

    大橋和孝君 医師法の今度の改正につきまして、いろいろ伺ってみたいことがたくさんあるわけでありますが、まず、その一部分として、いままでのインターン制度が長く行なわれた間に、いろいろ改良すべき点があった。そういう観点から、一体、このインターン制度をやってどこにプラスの点があって、どこにマイナスの点があったかということを相当ここで明確にしておいてから医師法改正点を考えてみる必要がある。そういう観点から考えると、どこに問題点があって、どこをよう注意することによってどうなっていくのだということに話が進むわけだと思うのでありますが、このあいだからお話を承っておったのですが、まだそこのところで時間的な関係もあって十分な話を聞いていないわけなんであります。  そういう観点で申しまして、いままで行なわれているインターン制度というものは、いろいろ外国のほうのものについて初めはスタートされておったのじゃないか。特にアメリカのシステムについてこれが導入されてきた過程があるだろうと思いますが、その後の外国の例との比較なんかもしておく必要があるのじゃないか、こういうふうに考えるわけであります。  アメリカのものを輸入してやったと考えてみて、アメリカと日本とでどういうところで開きがあって、アメリカではかなりうまくいっている。しかし、いろいろなものを調べてみますと、現在、アメリカの州の中で、もうそういうことはいけないからやめようといってやめている州もだいぶあるわけです。それからまた、年限の問題についても改良していっているところもある。一般的にいうならば、欧州の先進国であっても、もう前からやっていないところもあるし、ドイツあたりでも切り縮めていこうという形になっておるように、ことに二年のやつを一年にしようとか、いろいろそういうことがあるようであります。米国にしましても、一九六六年ですか、市民委員会ではインターンというものは廃止しようという勧告を出して、一九七〇年をめどにしてやめようというような勧告が出ておるやに聞いておる。また、一九六七年のころから六八年に至って、ノースウェスタン大学、ボストン大学などは、もうすぐハイスクールで医学コースに入っていって、インターンというものはやめてしまう、こういうふうな傾向になっておるようです。  それからまた、医学全体からいっても、医学の教育の中には、徒弟制度といいますか、そう言うのはちょっと言い過ぎかもしれませんけれども、比較的封建的なものがある。世界各国では、これに対して何とか改良しようという方向で進んでいるわけであります。そういう点からにらみ合わせてみて、卒業前の医学部の教育と、卒業後の医学部の教育ということで、いろいろそこらの間に問題があるわけであります。こういう点をいろいろ考えてみて、アメリカの状態を見ましても、アメリカはもうだいぶ何州といいますか、インターンを廃止して、インターン制度をやっていないところがたくさんあるわけです。また、フランスのほうでも、フランスは一年くらいたぶん学校の中が長いはずですが、あとからのそういうインターン制をやっていない。これは、ソ連でも、チェコでも、あるいはスウェーデン、あるいはハンガリー、そういうようなところをずっと見ましても、ないわけです。いろいろな点からいって、私は、いまインターン制度の問題というのは世界的にいって廃止するという機運もかなり出ているのじゃないかというふうに考えます。  そういうようなところから考えてみて、今度は日本で考えて、日本でインターンというものをやってきて二十何年間、もうどうにもならぬという状態になってきている過去を考えてみると、二十七、八年ですか、あのころにもインターンの問題を議論されたことがある。あのころには、インターンというものは廃止ということにならなくて、いまのインターンのやり方では悪いのじゃないか、これを何らか改良しようじゃないかという運動が起こったように聞いています。それが何とかそのままになって、三十七、八年ころになって、私は何かのもので見ましたが、アンケートなんかとってみると、インターンを廃止すべきだという意向が三八%、それで六〇何%は廃止はしないほうがいいかもしれぬが、内容だけは変えなきゃいかん、インターン制度というものは大きく改革をしなければいけないということが言われておったのですが、そういう経過をたどって今度の三十九年から四十年ころになってきてから急にあれになってきた。  ずっと経過を見ていくと、学生運動の中にも、いままでは去勢されたような状態で申しつけられたような形が、ようやくそれに耐えられなくなって、あまりにもそういうことに対してじっとしていられない、やり方の悪さからそういう反発が出てきたんじゃないかと思います。  そういうことをずっと経過を考えてみますと、いままでの二十何年間にこういう問題をかかえておる文部省なり厚生省がやってこられたことを一ぺんずっと過去を振り返ってきてみて、これは悪かったということがいろいろあるだろうし、また、これはよかったということもあるだろうと思うのですが、そういうことの問題を、文部省は文部省で、それからまた厚生省厚生省で、いまの時点でどれくらい把握しておられるかということが、この改正にもあらわれてくるだろうし、今後の医学教育というものに対して考えの大きな支点になるのではないか。ただ単にその場当たりの状態で改革をされるということは非常に問題じゃないかと思うのです。私は、初めから、総括的な考え方としては、今度の医師法改正というものはつまみ取りで、いいところだけをやっていこうということで、ほんとうに根本の問題を考えていない、そこに大きな一つの問題が起こっているのじゃないかと、根本的にはそう思うんですね。そういう観点から、一体、いままでのインターン制度をやってきた責任者であるところの厚生省及び文部省ではどう把握しているか、この点を少し明確に功罪を一ぺんお示し願いたい、こういうふうに思うわけです。これをやっぱりやっておかないと、あと議論がどうもぼけてしまうし、あるいはまた、考え方もぼけてしまって、結局はこのような法案になって出てくるのではないか、こういうふうに思うわけです。
  81. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) わが国に実施されましたインターン制度というものの歴史的な経過の中にどのような功罪があったかということを主眼にいたしまして、諸外国の例等を勘案しながら御質問があったわけでございますが、最初に、諸外国におけるインターン制度というもの、これは実は非常にいろいろでございまして、一様にインターン制度ということばで言いあらわしていいかどうかということは疑問がございます。そういう意味では、日本のインターン制度ということばが一番似合いますのはアメリカの場合だと思います。先ほど例に出ましたフランスのような場合に至ってはまさに全く違った形で、ことばはインターンということばこそありますけれども、内容においては全く違ったものでございます。そういう意味で、諸外国のものを一々比較するというのはかなり困難があると思います。  主として日本のインターン制度が範をとりましたアメリカという点で考えてみますと、なるほどアメリカにもインターン制をとっている州いない州がございますし、そのやり方もまちまちであろうと思います。そういう意味で、これまた一様にアメリカのインターンはこうだと言うこともかなり疑問があろうかと思います。それにもまして問題になりますのは、インターン制度を育てようとする医育機関並びに医療機関のあり方がアメリカと日本では非常に違っていたということが、結局、日本におけるものとアメリカにおけるものの分かれ道でなかったかと思います。その端的な例といたしまして、日本でインターンの修練が最も多く行なわれました大学病院等におきまして、インターン制を受け入れる素地が全く――全くといいますか、非常に手薄であったということは、結局、日本の大学の附属病院におきましては、インターン以前にいわゆる無給医局員あるいは研究生というような方々が非常に膨大な層として存在いたしまして、これが実質的に各講座における研究を担当し、あるいは医療を担当し、また研修も行なっている。そこに、日本の場合、さらにかぶさっていわゆる実地修練の修練生が入ってきたわけでありまして、ある意味では大学においてもかなりやっかい者扱いにされ、これを十分にめんどうを見、活用していこうというような体制ができていなかった。これに対して、アメリカ等の病院においては、これも御承知のように、大学というものは初めから附属病院を持たないのがむしろ原則であって、後に附属病院ができるようになりましたけれども、附属病院というのは原則としてむしろ持たないのがならわしであったわけでありまして、したがって、インターン生は一般のいわゆる教育病院にどんどん出ていってそこで十分な受け入れ体制のもとで修練をした、こういう点が一番大きな差であったろうと思います。そういう意味で、日本においては受け入れ体制というものがまずかったけれども、アメリカにおいては、むしろこれを育てる土壌があったわけであります。  それにもかかわらず、アメリカにおいてさえ最近インターン問題が非常に批判を浴びるようになってきた。これは、先ほどお話の中に出ましたように、医学教育というものが非常に長くかかる。一般の各科に比べて長くかかる。したがって、欲ばって十分に医学教育というものをアンダーグラジュエートでやろうとすると非常に無理がある。むしろアンダーグラジュエートはある程度切り詰めても、ポストグラジュエートでしっかりやるべきだという考え方がかなり根強く高まってきておりますし、また、インターンとレジデントというものも、これもある意味では重複したもので、制度的には必ずしも十分に結びつかない。むしろアンダーグラジューエートを短くし、そしてポストグラジュエートに重点を置き、しかもインターンとレジデントを一緒にした形で新しい形でやっていくという方向に向いているように私どもも見ております。そういう意味で、アメリカのように比較的インターンを持てる土壌の肥沃なところにおいてさえそういう状態でございますのに、日本においてはその土壌が非常にやせていた。さらに、しかも、情勢の変化というものが起こってきて、一そうこれが不適合性が顕著にかつ迅速にあらわれてきたということであろうかと思います。特に具体的な面としては、医師の身分の不安定、あるいは医師でもない学生でもないというようなぬえ的な資格というようなものがさらにそれに拍車をかけたことは申すまでもありません。基本的にはやはりそういうような日本の土壌というものがこれに合わなかったということが一番大きなマイナスの起こる原因ではなかったかと思います。  そういう意味で、非常に大きなプラスというようなものは、初期においては従来の研修制度というものを一応何か形をつけたというような利点はあったかもわかりませんが、後半においてはそういう利点さえも薄れてきたということではないかと存じております。
  82. 吉田寿雄

    説明員(吉田寿雄君) インターン制度につきましては、プラスの面、マイナスの面、いろいろとあったと思いますが、どちらかと申しますと、ただいまの医務局長の御説明の中にもございましたけれども、はるかにマイナスの面のほうが大きかったというのが関係者のいわば一致した意見ではなかったかと考えておるわけでございます。その原因を考えてみますと、いろいろございますけれども、およそ二つあったと考えております。一つは、何といいましても指導体制が不十分であったという点ではなかろうかと思います。大学附属病院は、いわばその他のインターン病院に比べまして比較的指導体制が整っているはずでありますけれども、それにしても大学附属病院においてすらもインターンに対する指導体制は決して適格なものでなかった、あるいは整備されておらなかったということは、率直に申しまして認めざるを得ないかと思います。  もう一つは、インターンに対する処遇と申しますか、ことに経済的な裏打ちと申しますか、そういう面におきましてはなはだしく欠けておったということも、これまた否定できないところではなかったかと思います。  要するに、こういうような理由によりまして、インターン制度趣旨はともかくといたしまして、結果といたしましてマイナスの面のほうがはるかに大きかったということでございまして、この点につきましては医学教育内外の関係者の方々の批判が集中したと私ども考えているわけでございます。ことに、一昨年から昨年にわたりまして一カ年に及び医卒懇におきまして専門家の方々が十分に御審議されたわけでございますけれども、その結果は、いろいろと評価したあげく、すみやかにインターン制度を廃止すべきであるという結論に到達されましたわけでございまして、こういう方針を踏まえまして、厚生省とも十分御相談いたしまして、私ども文部省におきましてもこの制度はすみやかに廃止すべきであるという結論になったわけでございます。  以上、簡単でございますが、文部省からの見方あるいは判断ということを簡単に申し上げた次第でございます。
  83. 大橋和孝

    大橋和孝君 そういうふうにしてインターンに対しましての功罪を見ると、功よりも罪のほうが大きかったということを認めて今度の改正になったと、それはそうだろうと思うのでありますが、それの反省の中で、指導体制がいま両方ともおっしゃっているが不十分であると。これは今度の改正のときに、じゃ指導体制というものは、ある程度予想した見込みを立てられたのかどうか。あるいはまた、もう一つは、そういう人たちの待遇というもの、あるいはまた処遇というものが十分でなかった。特に、また、その中でも、勉強する場所が受け入れがうまくいっていなかったと、こういうことがあげられておるわけですが、いまの改正の時点において、ほぼこういうふうにするというふうに認められて改正するのか。いままでの衆議院の中で討論された点から考えましても、そういう肝心なことをほったらかされて、二年にするだの、あるいはまた登録をするだの、いろいろ修正もされてまいりまして報告をするだのというような案を出してやられているのは、そういうことのほうが先行して、いま振り返って考えてみると、インターン制度の中でしなければならなくて、そういうやめてしまわなければならぬという状態になってきているということであれば、そこの問題点はどういうふうに把握しておられるのか。いままでの論議の中ではあまりそういったものが明確に出されていないというふうに考えているのですが、その点はどうですか。
  84. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 指導体制の充実ということにつきましては、従来も若干指導医に対する謝金というような形で指導体制を整備するということにつとめてまいったわけでございまして、最近数カ年、軽微ではございましたけれども、指導医の謝金等も増額してまいりました。本年度においては、御承知のように、総額で約八億四千万程度の経費がこの新しい制度を運営するために計上されておりますが、この中で、指導医の充実ということで、教育病院その他国立病院等、そういう一般病院につきましては、研修生五人につき指導医一人という割合で非常勤職員というような形で指導医を充実することができるという体制を組んでいるわけでございまして、そのほかに、研修生並びに指導するための諸雑費といいますか、いわゆる庁費的な費用を一人当たり七万円計上するということで、従前に比べまして指導陣もはっきり五人に一人という形で整備されたわけでございまして、この点、文部省におかれましても昨年と今年にわたって指導医の充実をはかってきたわけで、それは文部省から御説明があると思います。
  85. 吉田寿雄

    説明員(吉田寿雄君) 国立大学の附属病院について申し上げますと、国立大学の附属病院の場合、診療科でございますけれども、これは御承知のとおり医学部の臨床講座と表裏一体の関係をなしておりまして、教育研究及び診療要員として一診療科当たり教授以下数人あるいは十数人の教官が配置されているわけでございまして、指導教官は相当に整備されていると考えておりますけれども、なおかつ、いわゆる無給医局員を含めまして医学部卒業後の臨床研修を行なう医師に対する教育指導体制は必ずしも十分とは言えない、こういう状況にあるわけでございます。  こういう事情を踏まえまして、四十二年度昨年度に病院教官――これは講師でございますけれども、百名を増員し、さらに引き続き今年度も病院教官――講師でございますが、百名を増員して、新しい制度が発足した場合に十分臨床研修医に対する指導が行なえるということのために備えたわけでございますが、文部省としては今後ともこれらの指導要員の整備充実について努力を続けていきたい、このように考えております。  なお、単に指導要員がいるだけでは不十分でございまして、やはりカリキュラムに基づいて、また、どのような指導方法によって臨床研修の効果をあげるかということが非常に重要な課題でございますが、これにつきましては、関係各大学においても御検討いただいておりますし、また、ただいま文部省の審議会の中に医学専門委員会というのがございますけれども、そこで関係委員の方々に鋭意御検討お願いしているところでございます。  そういうことで、その結論を待って、指導要員を整備すると同時に、また、カリキュラムあるいは教育の指導方法、こういう面からも一そう効果があがるように努力してまいりたい、このように考えている次第でございます。
  86. 大橋和孝

    大橋和孝君 答弁を聞いていると、いいかげんにまやかしで言っているだけで、ぼくが言っている趣旨に沿わぬわけです。やってみますやってみますと言って、じゃ大学のほうに聞きますけれども、いままでのインターン制度というものは、一年間ほんとうに習熟をして力を上げることによって今度は国家試験を受けさすということになるわけですから、やはり臨床実習を十分やらせなきゃならぬ。ところが、いま、去年は百名ふやして、また今度百名ふやします、体制をつくっていきますと言っていますけれども、現実にあなた見たことがありますか。大学でもその人たちはやっていないんですよ。無給医局員の二年か三年上の人が指導に当たっているだけです。ほんとうの講師が何をやりましたか。そういうことを十分把握せずにそのままずっと行ってしまうから、今度の改正案にも根本の問題がえぐられていないのだというそういうことを指摘して、十分一ぺん考えてほしいと思うわけです。大学のほうで考えてみて、大学病院はいいほうなんですよ。あなたがおっしゃるとおり、大学病院は、ほかの病院に比べましたら、実習やら勉強にはいいぐあいにできておる。ところが、一体、何をいままで行なわれてきたかというと、私の子供もいま行っているわけですので私も様子を見ておりますけれども、それは実際若い人たちが教わっているのは、講師が直接、あるいはまた助教授なり教授が指導している面がありますか。全然やらず、無給医局員が三年か四年たった人がやる。できれば、もう二年ほどたった人がすぐ指導に当たっているわけです。  そうして、また、あなた方医務局のほうに聞きたいのですけれども、ここらの人は免状も持っていないんですね。だから、これは医者じゃない人ですよ。ところが、医者でない者は全然第一線に加わらしていませんと言っておりますけれども、こんな人たちが治療に参画しているんですよ。そういうようなことは一つの勉強になりますし、ちゃんとついておって指導すればいいと思うのですけれども、その指導する人たちが、いまおっしゃっているような責任のある人じゃなくて、少し古い人で、しかも無給の人が教えている。それが野放しにされておって、自分が努力して勉強しようと思うような者は勉強していけるけれども、アルバイトに行って勉強しないで、それで済んでいってしまう。こういうルーズなことがいままで行なわれておったわけです。  それからもう一つここでよく考え方を聞いておきたいと思うのですけれども、いままでの研修の一年間というものは、これはたてまえとして全然勉強ができていないものを一年間勉強さして、そうしてベッドサイド・ティーチングなりあるいはまたスモールグループ・ティーチングなりグループ診療なりをやらしていこう、そうして、臨床の実際の場を研修させようというのが目的で、それを研修した人が一年間でもって習得した時点で試験を受けさせるんだ、こういうような形であります。だからして、これは効果をあげるべくやられていないという点はきびしくここで反省をしてもらわなきゃならぬ。その反省に立ってこの次が行なわれなければ、また同じことが繰り返されて、その延長だけになっていくわけです。私は、いまのような答弁を聞いておると、そのままでこの間されていくのならば、また同じことが続くわけだと思うんです。だからして、悪かったという点はもっと明確にして、指導体制なら指導体制はどういうふうにしていくのか、あるいは身分保障なり、処遇に対してはどうするというものが確立されなければだめだと思うんです。  先ほど申したように、いままでのいわゆる医学研修というものは、ほんとうに足りないものを補うための医学研修である。今度は、しかし、卒業されたら国家試験をされるわけですね。国家試験の目的は何ですか、それを一。へん尋ねておきたい。国家試験に合格した者は医者としての一人前だということを認めて、国家試験をして医師免許証を与えるのです。この二年をやられて云々とされた今度の改正のためには、一体、文部省なり厚生省なりは、その二年というものの間を区切ってやる目的、これは何ですか。これはいままでと同じようにやはり足りないものを補うための二年間か。そうすれば、免許証を出すのはちょっとおかしいと思う。医師の免許証を足らぬ者に出すというのはちょっとおかしい。もしそうでないとすれば、二年間の研修というものは、二年間に区切る区切らぬは別問題として、今日までのインターンの間の勉強というものとは意味が違ってくると思うが、その辺のところの見解を明確に一ぺん教えていただきたい。
  87. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 御指摘のように、従来のインターンというものは、医師の国家試験を受ける資格要件として課せられたものでございましたので、医学部卒業後実地の修練をある程度やってそれで一般的に医師として十分な資格を得させるというたてまえであったわけであります。今度、法改正によりまして、医学部卒業後医師の国家試験を直ちに行なうということは、これによりまして医師としての必要最小限度の資格、能力が十分であるということで国家試験を行ない、医師の資格を与えるわけであります。しかし、これも御承知のように、医師というものの必要最小限度の資格要件を備えたということは、これはある意味では完璧のというか、扶能の非常にすぐれた医師ということでは必ずしもない。したがって、医師として担当し得る分野もおのずから浅く狭いというような欠点があるわけでございます。医学の分野におきましては、知識をさらに広め、あるいはさらに深い研究を行ない、あるいはさらに高い技術をつけるということは、これは医師としての一生の任務でございますので、医師となった者も一生さらに研さんを続け、さらによき医師になるということは、これはもう当然のことでございます。  しかし、そういうように医師が一生研修を必要とするにかかわらず、なぜ二年間だけ特別の規定を設けて研修をさせるのかという点につきましては、これはいわゆる医卒懇の答申にもありましたように、新しく医師になった者の最初の二カ年という程度のものは最も医師として研修意欲も高く、また精力的であって、効率的な研修ができると、そういう時代にできるだけいい環境でできるだけいい指導を集中的に与えるということがいい医師を将来にわたってつくっていくというために非常に効率的な仕事であり、また、日本の医療水準それ自体を高めるために効果的であるという考えから一応二年間と規定したわけでございますが、これも決して二年でいいという趣旨ではございませんで、少なくとも二年間についてはそういう環境の育成その他の問題について国が責任を持ってやっていこうと、こういう趣旨に出るものでございますので、その後においても当然研修は続けられるべきであり、また、その後においても国としても医師の一生の研修に必要な援助ということは当然あってしかるべきものと考えております。
  88. 大橋和孝

    大橋和孝君 大学のほうではどういう考えでありますか。
  89. 吉田寿雄

    説明員(吉田寿雄君) ただいまの厚生省のお答えに特につけ加えることはないと思いますけれども、要するに、インターンを廃止しても、今度は卒業の段階で直ちに国家試験を行なうということによりまして、それに合格すれば当然一人前の医師としてりっぱに進まれるわけでございます。なぜ二年以上と、あるいは二年ということで、最小限を二年ということで限定するかということでございますけれども、医師につきましては、ただいまの御説明の中でありましたように、いわば一生が研修の道であるということすらも言われているわけでございますが、この最初の二年間におきまして一定のカリキュラムに基づましていわば集中的に研修を深めることが将来にわたりわが国の医療水準の向上に資するものという観点から、いわばその土台をつくるということにこの二年の大きな意義があるというふうに私どもも考えているわけでございます。  いずれにしましても、二年だけが医師としての研修の期間ではございませんけれども、その量切の二年間におきまして集中的に一定のカリキュラムに基づきまして臨床研修を行なう、そのことがひいてはわが国の医療水準全般の向上に非常に大きな役割りを果たすことになる、こういうような観点から二年というものはぜひ必要ではなかろうか、このように考えている次第でございます。
  90. 大橋和孝

    大橋和孝君 この点も、お話を聞いておって、私は焦点がぼけていると思う。では、卒業してすぐ今度は国家試験をして免許証を渡す、それで一応は医者として認めますと、こういうことなんですね。二年間やることがより向上のために望ましいと。それは言ってみればそういうことになるかしれぬが、そこのところを明確にしておかないと、免許証を渡すということは、これは一応資格を認定しているわけですね。だからして、それを渡すということ自身は資格を与えたわけですから、今度はあなたのほうは望ましい方向であることは私はわかります。望ましいことはもっとすべきだと思いますよ、いまの状態よりは。ですから、それはよくわかるけれども、資格を与えたそのことに対しても、そこのところにもう少し明確な考え方をしてもらわなければいけない。そういう点からいって私はこういうふうな質問をさせていただくわけですが、それじゃ一ぺんそうした免許をもらったお医者さんですね、卒業したばかりの、国家試験を通って医者になった人、こういう人は、独自の責任においていかなる場所においていかなる制限もなく医業を行なうことができると理解していいんですね。
  91. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) いかなる場所でいかなる制限もなしに医療を行なうことができます。しかし、先生も御承知のように、医師というものにはおのずから自分の能力の範囲といいますか限界といいますか、また、技術能力というものが備わっておりますので、それを十分に承知しながら、自分のなし得る範囲というものもまたおのずから承知しているわけでございますので、これは基本的にはやはり医師の良識にたよるということがどうしても出てくることと思います。
  92. 大橋和孝

    大橋和孝君 そうすると、国民の側になってみたら、医療を受ける側になってみたら、医者は独自の技量を自分で十分わきまえてそしてその医療範囲考えるものだ、そういう考えのもとにそういう者にちゃんと医師免許証を与えるということ自身に少し問題があるんじゃないですか、受けるほうの側になってみれば。そういうところなんかも、今度の法の改正には、いままでの段階で十分な反省のもとに立ってそういうことをきちっとしておいてもらわないと、非常にあいまいなものができるわけですよ。だから、私は、今度の直後に行なわれた文部省で千二百時間に時間を改めてここでベッドサイド・ティーチングをふやすんだ、そこで十分教えるからして、卒業すればそこでほんとうに資格ができるんだという考えのもとにいかれるのなら、それで筋が通ると思う。あなたのおっしゃっているように、自分で医者というものは技量がわかるから、十分自分で考えて勉強するでしょうということで免許を渡すとすれば、この免許の渡し方に国民の受け取り方は不安を持つことになる。医者に対しての信頼感もなくなってくる。そういうことになれば、医者というものが医業を行なうときに――私は、医者と患者さんというものは、ほんとうにぴしっとした人間関係ができなければ医療というものは行なえないと思うんです。患者のほうが、これはたよりない、何をされるかしれぬということでは、医者にかかる医業の目的は達せられないのですからして、医者の地位というものはそれだけ明確に保障されなければいかぬわけです。そういうことがされて、はじめて国民はその医者に対して信頼するわけですね。厚生省においては医者に免許を渡す、卒業のときはかくかくかくかくでこれでよろしい、しかし、その上にいわば医学の進歩というものがあるから、こういうふうにしてもらうことをすすめるんですというのなら話はわかるけれども、医者はあれしているからやるでしょう、やらぬでしょうというあいまいな態度でもし医者に免状を渡すとすれば、国民の側に医者に対する不信感ができてくると思うわけです。そこのところを明確にして、少なくとも厚生省でやったら文部省に連絡して、文部省で六年間の基礎教育期間中にぴしっとそれだけの能力ができるものにカリキュラムを改めるということでなかったら、こんな医師法改正は根本的に悪いんじゃないですか。私はそう思うのですが、どうですか。
  93. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 医師免許を与える以上は、どこでもどういう患者でも一応扱えるということは、これはもう当然でございまして、それに必要な学識経験を備えた者に医師免許を与えるということは、このたてまえは全くくずれないと思います。  ただ、従来、一年間インターンをやっておるのに、今度はそこをはずしてしまって、それじゃ学力の低下はないか云々という問題はあろうかと思います。インターンがいかに有効でなかったかということを例証される一、二の先生のおことばに、インターンをやる前とインターンをやってからあとを比較してみると、かえってインターンをやったあとのほうが学力は落ちていたということをおっしゃる方もございます。そういう人の見方がでるきようなことがあるいはあったかも知れませんが、これは現実的にはやはり疑問があると思います。また、一面、インターンそのものが非常に充実した一カ年間でなかったということもまた事実でございます。一面、このようなインターンの問題が起きましてからは、むしろ学部教育の中におけるベッドサイド・ティーチングを強化すべきであるという考え方がすでに起こっておりまして、早いところは二、三年前から、特に岡山大学等におきましては、医師法改正ということと関連なしに、すでにそのようなベッドサイド・ティーチングとかスモールグループ・ティーチングというものを強化しております。そういうような傾向も一般的になりつつありますので、そういう意味で、現在の状態におきまして従来の一年のインターンをやらずに国家試験をするということは、必ずしも不合理でないという判断ができるわけでございますが、しかし、それと同時に、さらにすぐれた状態を確保するためにはアンダーグラジュエートの教育を一そう充実したほうがはるかにいいことは間違いございませんので、文部省におかれても、学科時間を強化し、さらにベッドサイド・ティーチングを充実する方向で、従来よりも一そうすぐれた、あるいは場合によっては従来のインターンをやるよりもさらにすぐれた教育を学部教育の中に完成しようということを努力されているわけでございます。  また、私が先ほど申し上げました医師の良識にまつ云々ということは、多少誤解を招いたのではないかと思いますが、医師というのはそれぞれ得意もありということは、端的に申しますと、内科の医師が勝手に外科の手術はやりませんし、外科の医師といえども簡単に婦人科の手術はやらないことは、これは常識でございますので、そういう意味でおのおのが分を心得ているというふうに申し上げたわけでありましてそのような意味から、やれる範囲内と、あるいは他のそれぞれの専門家にまかすことを判断するということも、これまた医師としての非常に必要な条件であり、それがまた医師の基本的な条件であるというふうなことを申し上げたかったわけでございます。
  94. 大橋和孝

    大橋和孝君 それで、だんだん研修というものが考えてもらうと浮き彫りになってくると思うんですね。そういうことであれば、もう一つ私は尋ねておきたいけれども、二年間やるのが一番能率があがるし、みな心では勉強しようと思っているんだ、二年は一つの最小限としてやるんだということを先ほどの御意見として聞いた。しかし、私は、そこで二年ということを区切ることは、むしろやぶへびになるんだと。二年をやったら、二年が済んだといわゆる報告をしてもらって、そして資格が二年やったということでいいということで一つに区切られるのじゃなくして、いまのあなたの理論から進むならば、もう医学の進歩というものは日に日に進んでいきます。私どもでも、しばらく診療に携わっておらないと、新しく出た薬はわからないという調子ですね。ですから、毎日毎日進んでいる医学に対しての研修はせなければならぬ。開業しているお医者さんがそのような研修の場を与えられて絶えずやるのがあたりまえだ、それが一番望ましいんだとわれわれは考えるわけですが、それであれば、いまの二年間で区切ってこういうことをすること自身がむしろおかしいのであって、ほんとうに医者となった人はずっと死ぬまでもっと自分から進んでやっていけるような環境と、あるいはまたそういう場とそれから条件をつくることのほうが大事であって、二年間なんて区切ることはナンセンスだと私は解釈する。いまのあなたの理論からいえばそういうふうに考えられる。  それからまた、先ほどおっしゃったように、医者というものは大事な人の命を預かるわけですから、いままでおっしゃったとおりです。たとえば外科をやっているものが内科、小児科の患者さんをみたら判断に苦しむわけです。やらないのが常識であるし、そういうような形になっておることはけっこうなんで、そのけっこうな状態をそのままにしておくのじゃなしに、むしろそういうことの責任を持っているところの厚生省であり、あるいはまた教育の場で文部省が責任を持っておるとすれば、そこの人はそれがもっとうまくいけるようなことを考えなければいかぬのであって、二年に研修の目標を置くということ自身ももっとおかしい。二年たてば、三年目というものは二年間やったよりもっと意欲的に勉強できるような場をこしらえて、その人たちがやりながら医業というものに携わっていけるほうがよりベターじゃないか。そういう点を考えてみたら、私はこういうところに疑義を感ずるわけです、何のために二年としたか。それは二年間くらいを目標にしておくのがいいと。そこはわかりますけれども、その目標たるや、逆に利用されれば、二年たてばそれでもう一つの区切りがついているんだという解釈になる。いままでは、一年間インターンをやって、そうして資格試験を受けさせた。あるいは、そのインターンのうちによく勉強しておかなかったらその次の国家試験に通らない、うしろに試験というものが待っているから勉強せざるを得ないという状態に追い込んでいるわけですね。それでも、場所が悪かったり何かすればその効果がなかった。いまあなたのおっしゃっているように、一年たったら医学の程度がおくれておったという例もあると言われているとするならば、今度の場合、二年間たって、やり方が悪かったら、二年だけかえってやらなかったほうがましだったという人が出てくるかもわからないということがいままでの経験から言えるわけですね、いまのあなたのお話からいえば。そういうことからいえばただ年限を区切ることなんかかえって逆効果かもわからない。持っていき方の運営いかんによってはたいへんな問題が起こってくるのじゃないかと思うのですが、その点はどうですか。
  95. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 二年間という区切りは、決して二年間でそれでいいとかいう意味のものではございません。医卒懇の審議の過程で出ました意見も、大学等で勉強をしていて、そうしてよそへ出て行って一人前に働くことを容認する場合に、安心して外へ出せるというような限界は大体二年だというようなお話もございまして、二年が適当であろうというお考えが出たようでございます。したがって、二年でいい、あるいは二年で研修打ち切りという意味では決してございませんで、二年後においても、あるいは一生そういう研修をするために必要な場をつくっていくということは確かに必要なことであろうと思います。そういう意味で、大学あるいは教育病院というようなものが将来ますます充実してまいりますと、二年後であろうが、あるいは開業して五年たってから、あるいは十年たってから、また研修をやろうという場合に、十分これも利用できるように、あるいはまた、教育病院あるいは大学がそのような便宜も与え得るような体制に将来は持っていきたいというようなことを考えておりまして、二年間で十分であるというようなつもりは毛頭ございません。
  96. 大橋和孝

    大橋和孝君 そういうふうになってきますと、二年間とは思わないわけだから、いまあなたが言っているように、ずっと続いて医業に携わっている間じゅう何かできるような形に将来は考えよう、あなたのほうではそういうふうに考えていくのだからということは、そのように受け取らしてもらっていいわけだと思いますが、それでいいだろうということを念を押しておきたいと思います。そういうふうなことから考えますと、卒業後国家試験をやって免許証を授ける、そういうような状態になった人は、今後勉強は、二年間云々は別として、一生勉強していくんだと、こういう過程にあれば、このあいだ藤田委員もそのことを質問でされておったんですが、その後開かれた保健所長会議の席上、厚生省のある方が、厚生省の方針としては今後この二年間の研修を行なわなかったらもう雇わないようにするんだ、こういうようなことを、くしくも言っておられた。あとから話を聞いてみたら、その人の個人の感覚であって、省内ではそういうことになっていないんだという話でございましたけれども、たまたまそういう議論が出ておったということを耳にしておるのだが、それは雑誌なんかで見たわけでありますが、そういうようなことから考えてみると、そういうような二年間ということについて何らかそういうクレームがつくかつかないのか。もっと言うならば、保険医とか、麻薬取扱医師、あるいは、また、審査員とかいうのをやるとすれば、基金の審査委員会ではそういうものを持っていない者は将来はやらせないんだ、あるいは麻薬使用者というような許可もそういう人でないとあぶないから渡さないというような、そういう差別をつけるということになると、おかしなことが今後出てくると思う。そういうものを持っていないということになると、あとからいろんなものがついてきて、そしてそれをやらないことによって大きな差が出てくるというようなことになれば、これはまたたいへんな問題だと思うんですが、そういうことに対してはいまどういうふうに考えておられるのですか、はっきりした態度をいまの考え方を示しておいてもらいたい。
  97. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 二年間の研修を行なった行なわなかったということで実際の医師としての差別はいたさないということを申し上げております。したがって、国立病院は研修をしない者は採用しないということは一切考えておりませんし、また、保険医なりあるいは麻薬取扱医師なりあるいは審査員というお話が出ましたが、そのような医師として制限を受けるようなことは一切ないというふうに御理解いただきたいと思います。
  98. 大橋和孝

    大橋和孝君 そうなると、臨床研修というものは努めるものとすると、こういうふうになっているのですが、これは自由に医療を行ない得る能力、医業を行ない得る能力というものの制限はないということでいいわけですね、いまおっしゃったように。それからまた、同時に、研修そのものについて努力規定――努力規定というふうなことになるわけですね、二年間ぐらいやったほうがいいということですから。こういうものの基盤の考え方は、そうなると、普遍的にこれは考えてみれば、医者ばかりじゃないと思うんです。どんな職業についている人でも、やはり勉強していかなければついていかれないことですからして、それを勉強するのに都合のいい条件を与えて操作するんだ、特に生命に関係しているんだからそういうことが必要だという、こういう点で、その基盤を受けた努力規定なんだと、こういうふうに解釈して、そうしてそれは自主的にやっていくんだ、そういうたてまえで考えているわけですね。
  99. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 医師たる者は研修に努めるものとするという考え方にもあらわれておりますように、これは医師自身のたてまえとして医師というものはそういうものであるという自覚と良識を裏に考えたものでございますので、どこまでもこれは自主的にやるべきものでございまして、強制すべきものではもちろんございません。しかし、国民としてあるいは国家として期待されているがゆえに、また、国としても、その限度においては十分な援助をいたしたいという気持ちがあらわれており、この予算措置等が行なわれたわけでございます。
  100. 大橋和孝

    大橋和孝君 そうすると、いまの二年間研修をすることが望ましいという努力規定であって、いまおっしゃっているとおりに自主的にやるべきものだ、こういうふうに解釈するとするならば、二年間に対して、国のほうでは努力目標であるけれどもやってほしいというのがいまの法律であるわけですが、そうなれば、二年の間というものは、いままでの議論では、国のほうからできるだけ二年の間は勉強をしてもらいたいというふうなことの希望的なあるいはまた任意的な規定ではあるけれども、なるべくそうしてもらいたいということを国のほうから要請をしておる、こういうふうに解釈するとするならば、国家公務員がどこかでいまやっておりますね。保健所のお医者さんを厚生省が集められて講習会をやる場合と同じような形に、国家公務員が国の要請で研修をすると同じようなたてまえで今度の法の場合も身分というものも考えるべきじゃないか。一方でそういうことをやられているわけですから、身分的なことを考えてみれば、そのことまでするのがむしろ筋が通っているのだと思うんですが、その点はどうですか。
  101. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 国家公務員が研修を受けるという場合は、これは国の意思によって、雇用関係にある者の上のほうの意思によってそういうふうに計画的にやるわけでございますが、あるいは民間企業等における社内教育というようなものも同じようなものと思います。しかし、この医師法における研修は、どこまでも独立の人格を持った医師が、何らそういう雇用関係その他の関係なしに、独立の人間として医師自体が自主的にこれを行なうということを規定したわけでございまして、したがって、その限りにおいて、命令で行くのでもなければ、指示を受けてやるのでもない。どこまでも自主的にやるものであり、国は国民医療の向上という立場から援助するのだというたてまえで、ただいまのお話とは若干ニュアンスが異なるものと考えております。
  102. 大橋和孝

    大橋和孝君 一方は公務員としての職務でやっておりますけれども、たとえばあなたのほうの国立病院であるとすれば、そういう人を第一線で使うのだ。その医療いままではおそらく臨床をやらせないと思っておりますと言ったって、臨床はやらせることになる。そういう点からいえば、私は、身分的にはやはり公務員、準公務員のあれにすべきではないか、そして研修したということにするほうが筋が通るんじゃないか、こういうふうに思うわけです。ところが、四月八日でしたか、「医療新聞」にはこういうことを書いてあるんです。山本事務次官は、新しい臨床研修は自主的に研修するのだから、それに金を出すのはどう考えてもおかしいのだと、こういうことを言っておられるとすると、やっぱり身分的な問題に対してそういう人に出すのはおかしいということになってくる。あなたのおっしゃっていることとおのずから違うということに相通ずるようなものができてくるような感じがする。大臣は、このあいだの衆議院などでも、私もちょっと質問の中に触れておきましたけれども、前段でおっしゃったように、十分に医者が希望する所で、そしてまた、みずからが進んで研修を受けられる環境をつくらなければならないのだ、そして十分整備された教育環境でそういう人たちが二年間ほんとうに気持ちよく研修してもらわなければならないという、こういうふうな答弁をしておられたと思うが、こういうような大臣の答弁と、いまの事務次官あたりの身分の問題についての考え方というものは、ずいぶん考え方が違うわけですね。私は、そこらのところが、いろいろな場所で発言されているのをずっと合わせてみますと、こういう今度の問題については終始一貫したものがない、何か欠けているような気がするんです。私は、そういう人たちの身分を考える場合に、相当十分に配慮しなければならないように思うわけですが、そこらの食い違った考え方をある場所において発表せられている、そういう発表のしかたに問題がある。そういうことが、一般の若い医師の側の受け取り方、新しい青年医師の受け取り方、そこらに非常に危惧の念が出てくるだろうし、国民全般からいっても、あいまいな状態になっているということは、私が先ほどから申し上げているように、おそらくそういうことが繰り返されているからではないかと思うが、その点を少し明確にしてもらいたい。どうですか。
  103. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) ただいまのお話の中に、たしか二つの問題があると思います。  第一の問題といたしまして、医師が研修を行なう場合に、生活の安定なくして研修を行なえと言っても、これはなかなか無理なことであり、実効のあがらないことであります。現に、従来のインターン制度の欠点の中にも、これが大きく取り上げられているわけでございます。そういう意味で、今度新たな研修という制度をつくるにおいても、研修をする医師の生活の安定ということがなければ、やはり同じように絵にかいた餅になってしまうおそれがあると思います。そういう意味で、生活の基盤を確立してやるということは非常に重要な前提条件であると思います。そういう意味で、私どもとしても何とかそういう生活の安定ということに配慮をしたい、これはもう一般と何ら変わりないところでございます。  ただ、第二点として、これをどういう形でその生活費といいますか生活の安定をはかるかという段階になりますと、これを国家公務員にするというような考え方は必ずしも適当ではない。したがって、その生活安定のための経費を国が直接的に出すということは適当ではないという考え方が、おそらくいま先生のおあげになった事務次官のおことばの趣旨であろうと思います。そういう意味で、どこから金が出るか、どのようにして金を出そうかということについては、私どもも非常に頭を悩ましておるわけでございますが、何とか生活を安定させたいという気持ちにおいては全く同感に考えているわけでございます。
  104. 大橋和孝

    大橋和孝君 どこから出してくるかに矛盾を感ずる云々と言いますけれども、もう少し根本的にそのことを考えてみれば、卒業したら一人前の医者として認めて免許状を渡すとあなた言ったですね。そういう人が国立病院に来て医療に携われば、もうこれは当然医療を担当したことになるわけです。それはやらせないと言ったって、ベットサイド・ティーチングをする中でそれを実際にやるわけです。それに連れて歩くだけで、注射一本うたせないし、あるいはまた手を触れさせないというのでなしに、ずいぶんやらすことに事実上なると思う。指導者は、監督はされるだろうと思う。しかし、それだけ実際患者の医療に従事するわけです。だから、割り切って医者の公務員としての手当を出すべきだ。その間じゅうにまたその人がもしいろいろなことを教わるとすれば、教わり料としてのものを出す。収入を得たかわりにまた支払うべきだという考え方から持っていけば、はっきりしたものが出てくるのじゃないか。だからして、私は、そのくらいの筋を通すべきじゃないかという考え方を持つわけです。ところが、一方では、司法修習生というのがあるわけです。義務づけて、その間じゅう勉強さすことになっていますから、今度の新しい法とは違うかもしれませんが、もし国が義務的に二年間なら二年間やらせようとするならば、そういう制度考え方も入れるべきじゃないかというようなことも考えられるわけです。だからして、これは、自由に診療に従事できる能力を認めて、そしてそれに見合う所得を自由に得てもよい、こういうようなふうに見るべきがほんとうじゃないか、医師の免許状を渡す限りは。二年の間は所得はもらっちゃいけないということにならぬわけです。となってみれば、自由に診療にも従事する、あるいはまた、その能力に応じて支払いも受けるということを認めて免許状を渡したと考えるべきですね。先ほどからのお話を聞いておれば、事実上はどうあろうとも、そういう形で考えられるが、一方で、また、国のほうが、まあ言い方はあれにしても、できるだけ二年間やってくれということになれば、やはり所得保障というものはある程度国がしなければならぬということは理論的に出てくるわけですね。理論的に出てきたものを、そういう意味合いのものだからして、働いた分だけ収入をもらって、教わる分だけ払うという形になればまたすっきりすると思うわけでありますけれども、いろいろすっきりしないで渡せば、矛盾が非常に多いわけであります。  こういうのはやはり修習生なんかで考えてみるのも一つ方法だろうと思うが、そういうことで考えると、人命を尊重するという意味と、修習生の場合では人権を尊重するということで、司法修習生の立場も大事だから、あの間じゅうは相当保障してひとつ十分やってもらおう、それをやってもらうのは、将来人権というものを尊重するために必要だ、こういうふうになっておるが、私はそういう観点からいうならば、人命というのもやはり人権で、人命をどうするかというむずかしいことになってきて、一概には理論的には言えぬかもしれぬが、しかし、生命のほうが大事じゃないか。生命があって人権の云々が出てくるわけでありますからして、生命は決して人権に劣らないだけのウエートがあるということから考えれば、これはやはり修習生に対して行なっているような国の手当というものは、働く条件はいろいろ差異があるかもしれませんが、二年間やってもらいたいという国が方針を出すとするならば、当然こういうものも同じように保障をして、少なくも司法修習生並みは最低するほうが、こういうことに対しての保障づけというか、国がそういう人たちに経済的な保障をするという観点からいったら、むしろこれも一つ考え方じゃないかと思いますけれども、こういうことについてのお考え方を……。
  105. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) よく司法修習生の問題が引き合いに出されるわけでございますが、司法修習生は昔からあった制度で、判検事という国家公務員に将来なるべき者を養成するということが基本であり、また、その一部はもちろん弁護士になりますが、これもまた、判検事、弁護士というものは、法曹一体化といいますか、一元的なものとして人事その他の交流もその範囲内でしか行なわれれません。そういう意味で、総体としてかなり公共性あるいは公務員性とでもいいますか、そういうものの強いものだろうと思います。したがって、これを国の要請に従ってはっきりした義務づけで研修を行なわせるということは、一つのあり方であると思います。医師においても、国民医療に奉仕するというたてまえから、何らかの形で国家公務員にするという考え方もあり得ると思います。しかし、司法修習性の場合とその程度においてかなり差のある、また、大部分の者は半数以上の人は開業し、あるいは民間に勤めるというような経過をたどるものであることもまた間違いございません。したがって、これを何らかの形で国家公務員としてやるということは、少なくとも司法修習生の場合と比べて、かなりなじみの薄いものではないかと思います。  しかし、司法修習生との比較は別にして、とにかくこの二年間は国がめんどうをみるべきものじゃないかという考え方は、これはあり得ると思います。国家公務員ということでなしにも、できるだけ何らかめんどうをみたい。しかし、国家公務員でないために、国が直接サラリーに相当する部分を出すことができない。したがって、何らかこれにかわるような方法でその実を得たいというようなことが、民間病院に対して研修をお願いする場合も年間一人当たり三十六万円というような経費を何らかの形で助成するというような、ある意味では便宜的な方法といいますか、あるいはあまり形にこだわらない流動的な助成といいますか、そういうような形を現段階においてとらざるを得なかったということであるわけでございます。
  106. 大橋和孝

    大橋和孝君 この問題も、いまのお話を聞いていると、ピントが当たっていないと思うんですよ。とらざるを得なかったと言ったって、それならこれらの人たちを身分的にあるいはまた経済的に保障するのだとするならば、これは問題がありますですよ。司法修習生を見たって、司法修習生の人は月額三万七千円が何ぼもらっているが、それはどういうふうになるかといえば、甲地では六%、乙地では三%の調整手当をもらっている。期末手当、勤勉手当、通勤手当も入っている。こういうふうにして所得保障の中にいろいろなものが入っている。特に、共済組合員として社会保険の適用も受けている。ところが、いまあなたのやっておられる二年間の研修生というものにはこんなものはみなないわけですね。漠然としたものをちょっぴりもらって、社会的の保障もなければ、あるいはまた期末の手当もなければ、あるいはまたいろいろな加算もされていない。こういうようなことで、一つも保障されていないわけですね。実際からいえば、そういうものが漠然とぼやけてしまったら、これは受けるほうの側になったら病気をしても保険はないわけですから困るでしょう。また、失業手当金もなければ、いろいろな保障的なものは何にもないわけです。そういうことに対しても非常に不合理を感ずるだろうと思う。司法修習生は、先ほどあなたは、みな判事になり検事になる人をつくるためにやっているのだということを言っておりますけれども、これを見てみましても、判事になり検事になる人は非常に少ないんですね。十分この点は御存じだろうと思うのですけれども、その進路をこの表でずっと私は見せてもらっているのですけれども、三十九年度に判事、検事へ進んだ者は二三%、四十年度に二八%、四十一年度でも二四%、四十二年度に二五%と、これは四分の一以下ですよ、判事、検事になるのは。あとはみな自由業の弁護士になる。これは、弁護士であっても、私は、権利を守るためのとうとい職業であるから、どうこうとは申しません。そういうようなことを考えてみてずっと表を見てみますと、ほんとうに判事、検事になられる人は少ないですね。だから、そういうようなことから考えてみたら、判事、検事ばかりでもないわけですね。だから、そういうような人は、人権を守る意味の一つの保障をされるための行ないだと思うのです。そういう意味なら、検事にしてもらうためにこういうことをするというより、むしろそういうことに対して、国民からの信望を集めるための研修をさせるんだということで行なわれていると思うのです。  それからまた、別な方向で考えてみるならば、たとえばわれわれが病院で看護婦を使用する場合に、高校を卒業した看護婦を看護婦学校にやるときに、それならその賃金はどうして払っているかといえば、勉強の学校にやらせながら賃金もやっぱり高校卒並みの賃金を払っているわけですよ。そういうことは、ほかにも医業従事者の中にもあるわけですから、今度の場合にはそういうことにはならぬということではなしに、やっぱり大学を卒業してそうして医者になるための医療職というものに値をして、それから研修させるというのが普通じゃないかと思うんですよ。ほかにもそういう例はあるわけですね。  そういう面から言って、所得保障というものは相ならぬという形でなしに、むしろそういうりっぱものを渡して、それから勉強は自由にしてくれと、こういうことにするのが本筋ではないか。さらに、少なくとも理由はどうあろうとも、大体二年くらいはしてもらいたいというようなことを国が意思表示をするなら、当然そうさすべきではないかと思うのですが、もう一ぺんこういう人たちの経済保障に対して考え方を明確にしておいてくれませんか。いまのようなあいまいなことで行なっていくならば、趣旨は全然またぼけてしまうのではないかと思うのですが、どうですか。
  107. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 通常、国家公務員も、採用した上で現任教育、現任訓練というものが行なわれますし、一般民間企業等においても、初任者の教育研修ということが行なわれるのは当然でございます。医師の場合は、それとは若干異なりますけれども、医師が研修を行なうという場合に、そのような雇用関係等のもとで初任者的な教育を行なうところであれば、そのサラリーをもらいながらやるということは当然であろうと思います。  ただ、ただいまの研修制度においては、その施設に雇用関係を結んでその施設のために労務を提供するということではなしに、その施設を利用して研修を行なう。どこまでも研修自体は研修を行なう医師自体の自主的なものであり、自分の独立した医師としての責任において行なうものであって、決して雇用関係に立って研修を命ぜられる云々というものではございませんので、その意味において、研修を行なう施設が当然としてサラリーを出さなければならぬということにはなりかねるのではないかと思います。  しかし、生活の安定のない研修というものが実質的に効果の少ないものであるということは、これもまた事実でございますので、そういう意味でできるだけ生活の安定が得られるような方便を何とかつくりたい。したがって、一般の教育病院等においては、できるだけ一般のサラリーを出せるものなら出してもらいたいということをお願いしておるわけでございまして、国立病院においてもできるだけのことはしたいということでございますが、残念ながら、国立病院あるいは官立大学というようなところにおきましては、予算的の手当が月一万五千というようなことになったことは、これは、これでいい、十分である、これで満足しているという意味では決してございませんで、将来においてもできるだけ生活の安定にふさわしいような実体が得られるように努力したいというふうに考えております。
  108. 大橋和孝

    大橋和孝君 そうすると、先ほどからお話があったように、将来としてはもっと身分の保障というものは、私が先ほど申し上げておったようなぐあいの線に努力してもらうというふうに解釈していいですか。いまのようなあいまいな一万五千やとか二万五千やとかいうどんぶり勘定では、社会保障も何もないわけですね。だからして、先ほど私が話したように、国家公務員の医療職並みというような考え方を将来は確実にやっていけるというふうな形でもっていってもらえると解釈していいですね。これはそういうふうに努力してもらうと解釈していいですね。
  109. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 確実な生活の基盤の安定というためには、十分な俸給という点においても一人前として扱うということは当然だろうと思いますので、そういう方向で努力してまいりたいと思います。
  110. 大橋和孝

    大橋和孝君 時間もだいぶ制約を受けていますので、こうたくさんあるので、ここらで一度区切りをつけてみいたいと思うのですが、そういうようなことでいえば、研修をすることになって保障はそういうふうにしていくとなると、研修のあり方もちょっと考えてみなければいかぬわけですが、私は、これを医者として前のように一人前のあれをするとなれば、そういう人が努める、努めれば報酬をそういうふうにして出そうということであれば、まあ努めに対しての一つの契約と申しますか、一つのワクがあるだろうと思うんですが、そういうもののことだとか、それにまた、研修が加わってくるから、研修をさせなければならぬ。また、われわれ、看護婦なんか雇った場合でも、看護婦を雇ってある程度の働きをしたけれども、これだけの間は勉強にやるということは話し合いのうちに話を進めて、そうしてその間じゅうは看護婦業務をやらなくても給料だけは払っておるということがあり得るわけですから、そういうようなことを考えると、やはり研修はさせなければならぬが、研修の時間が診療とは別のことになる。また一緒の分もあるでしょうけれども、別個に研修しなければならぬ面も出てくるし、研究しなければならぬ面も出てくるのであれば、そういうようなことは話し合いで進めていく。私、考えるならば、たとえば医学の教育の学会とか――文部省あたりでもそういうようなことをもうちょっとハイレベルで、どういうふうにして医学の日々の進歩に対して医学の研修をやっていくかということは、二年間というようなことは一つの問題としてやっていかなければならぬとするならば、その医学教育をどういうふうにやっていくかということをもう少し実際的にやっていく方法として、医学の教育学会とか、これは私がただいまひょっと考えてみたことですが、何にせよ、でき上がったところの何かのそういうふうなところに文部省と厚生省、実際それを受けるような学生とかあるいは若い青年医師の代表も加わって、それでたとえば労使間で話をきめて雇い入れていくような形で、まあそれとはちょっと話が違いますけれども、勉強というものあるいはまた研修というものを一生続けていく意味において、そういうことの話し合いができ、カリキュラムもそこで組め、あるいはまた、もう一つ言うならば、経済保障もいろいろ考えられるというような、少しレベルの高いところで話をして今後カリキュラムも考え、身分保障も考え、経済保障も考え、また勉強の内容もより充実さすというような、そういうふうな何か機関というものでも考えて十分やっていかないと、このことは問題がなかなか解決しない。ついまたとんだところに行ってしまって、肝心なところは手が抜けてしまって、そうしてまた同じような悪さを繰り返すというようなことがあるのではないかというようなことを考えておるわけでありまして、これは外国でも何か専門の雑誌なんかも出て、「ジャーナル・オブ・メディカル・エデュケーション」なんというのをちょっと読んだことがあるのですが、そういうものも出ておるやに聞いておる。そういう医学教育についての専門誌もあるぐらいなんですね。ですから、やはりそういうふうな教育問題をほんとうに真剣に考えて、文部省側も厚生省側も、また、それを受ける若い医者側も、あるいはまた医師会あたりもそこに入って、もっとこういうふうな問題を真剣に考える機関でもつくられない限り、なかなかふわっとしたことだけではだめじゃないかと、私はこういうふうなことも考えたりしているのですが、そういうことに対しての真剣な取り組み方はどういうふうに考えておられるのか。いまのままでいけば、何か答弁の中にもふわっとしたものが出てくるし、また、ふわっとしてしまえば、肝心なものはいわゆるお金が要って、保障しなければならないというものは後回しにされてしまって、形だけの規定が上に乗っかってくるだけの結果になると、私はそう思わざるを得ない。そういうことに対して、一体、厚生省も文部省も、歯どめしていくためにどういうふうにしていくか。私はいま言ったようなものを考えたのですが、そういうことに対しての意見はどうなんですか、どうされるかということを具体的に示していただきたい。
  111. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 医学教育というもの、特に学部教育から卒業後全体を含めた医学教育というものは、世界的に非常に関心を呼んでおりまして、御例示がありましたように「ジャーナル・オブ・メディカル・エデュケーション」というような医学の教育それ自体の方法論を研究する雑誌さえ出ているという次第でございますので、われわれといたしましても、文部省とも十分連絡をとりながら、学部教育、さらに卒業後教育、あるいは就業しながらの一生の教育というものを体系的に組み立てていく必要があるということを考えております。そういう意味で、今後、この新しい制度による大学あるいは教育病院というものを逐次整備充実をしてまいりますと同時に、この医師法あります単なる二年間でなしに、その前後の教育研修というものをいかに効率的にやっていくかということについてこれから十分研究してまいりたい。特に、私どもの責任におきましては、教育病院等を中心にした一般医師の教育、つまり一生研修を行なうという意味の実地についておられる医師の教育研修という問題について今後十分配慮してまいりたいと考えております。
  112. 大橋和孝

    大橋和孝君 時間もあれですから、ここで区切りをつけたいのですが、いずれにしても、そういうふうなことを考えてみると、よほどこの問題について深く考えないと、根本が逸脱されるために非常に困ると同時に、いまの若い医者、ことに実際試験を受けた研修なんかに入ろうとする若い医者たちがいま現状でどういうふうなことを願っているか。考えると、非常に不安に感ずるわけです。たとえば四十二年の卒業とかなんとかいってもう何年間も卒業試験をボイコットし、あるいは国家試験もボイコットしているようです。これらの人たちを、非常にはね上がった行動だと、こういうふうにいろいろ非難したりしている向きもありますけれども、また、一面、じっくり考えると、彼ら自身は、私もあちらこちらで接触してみましたけれども、考えているのは非常に純粋さがあると思うんです。その行動とか言い方については、少しは過ぎた面もあります。私もそのことも感じないこともないわけではありませんけれども、しかし、実際に彼らのほんとうに考えていることをじっくり考えてやると、そこに非常に問題があると思うんです。そういうことで厚生省の方々に話しをしてみると、いやもうこの法律さえ通してもらったらみんな試験を受けますよと言っていますけれども、そこらのところにいままでの議論の中に出てきたようなあいまいさがあるし、ほんとうに言うならば、若い人たちが考えておるのは、勉強にふさわしいような場ができていない、あるいは身分保障についても、あるいはまたカリキュラムについても、あるいはまたその環境についても、いろいろ考えてみて十分じゃない、そういうことであるために非常に反発をしているわけだと思いまして、いまの段階から考えて私はいまの法律をつくろうとしておられる気持ちもわからないではないのですけれども、それをやったところでいまの卒業する若い人たちにほんとうに受け入れられるような実体が伴っていないのではないか。だからして、またああいうふうな反発をよけい注ぐんじゃないか。逆に言うならば、北爆をやめなかったらなかなかベトナムの戦争がおさまらぬと言ってじゃんじゃん北爆しておったらいけないという形と同じで、今度でも、医師法改正で爆弾を投げ込めばよけいそれが炸烈するんじゃないかと、そういうふうに言えるほどいまの若い学生の人たちは真剣に考えている。自分らがこれから研修に出ていって将来の医学の勉強に携わろうという、学校を卒業したての人は、頭が悪い人たちでもない、あるいは思想的にそう偏向した人たちばかりでもないと考えるわけでありまして、そこの行き過ぎはある程度若さのためにあるとしても、あの人たちが純粋に考えて受け入れられるようなものが実体としてないのも一面じゃないかと思うのです。  そういうことからいって、今度の医師法一部改正について私は非常に慎重に考えてみたけれども、そこらの人が言った、ああいうのははね上がった学生運動で弾圧せにゃならぬというのも一つの方向かもしらぬけれども、そうでなくて、彼らの言っておるところは那辺にありやということをよく聞いてやれば、やっぱり真剣に勉強したいということを言っておるわけです。私の子供もいま大学院の二年におりますけれども、それらの話を聞いても、勉強したいと言っておる。勉強はしたいのです。ところが、それに対してのいろいろな環境の裏づけというものは非常に不自然ですね。やっぱり無医村なんかがあるからして、無医村に課程中に出されているのも事実です。月謝を納めている人を無医村に出している。話を聞けば、別に月給をもらっているから、差し引きすれば同じじゃないかといえば、それはそうかもしれぬ。それは理由になるかもしれないけれども、理屈は何にしても、そういうことから考えれば、いまのところは矛盾だらけです。そういうところがあるわけですから、この法を改正されるのも、そういう矛盾を将来直すための第一歩であるとすれば、それでいいと思います。そういうことが十分に前に出なくて、そして出されていく。いまのような所得の問題を考えても、教育の場の問題を考えても、あるいは免許状を渡す時点でいままで過去からどういうことをやったかということを考えても、そういうところに明確なものがない。また、実際そういう真剣に考えている若い人たちに説得力がないのではないかということも私は考えるのです。  そういう意味から、私は、各地で盛んにストライキ、ボイコットが行なわれておると聞いておるわけですが、そういう観点に対して文部省も厚生省も一体どういうふうに考えておられるのか。私はこういう法律をあいまいなままに出すことはかえって混乱を招くのじゃないかというぐらいに考えているんですけれども、あなた方は、この医師法改正が通ったら、そこらの人は十分国家試験を受け、そして医療に対して積極的に前向きに出てくるんだと。そういうことでなかったら、いまの無医村の問題なんか、とても医者が少ないのは解決できないのじゃないか。地方自治体でも、いま医者がなくて閉鎖している病院がたくさんあるという現況で、一体あなた方はどうそこを把握し、どう対処されようとするか。今度のこの医師法改正が将来若い医者の人たちに混乱を招くようなものであれば、医療全体の面からいったら非常に悪いことを及ぼす医師法改正になると思うのです。私は、そういうことに対してどういうふうに考えておられるかということを聞いて、あとのことはまたあとの機会に回したいと思います。両方の考え方を聞いておきたいと思います。
  113. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 結局、ただいまお話しがありましたような現在の医学生あるいは青年医師の混乱の一番の大きなきっかけは、インターン制度の不適切さということにあったわけでございまして、それに端を発して現在のようなさらにそれよりも非常に広い範囲の問題に関して、あるいは本来の医師法の問題とは全く別個の問題についてもいろんな学生運動の対象になっている状況でございます。したがって、現在の学生あるいは青年医師の間における混乱というものは、決して医師法の問題だけで解決すべき問題ではございません。したがって、この際、医師法が成立するということによってこれがおさまるというようなことは考えておりませんけれども、しかし、少なくともインターン制度を廃止しろという当初の熱烈なる運動の発端、さらにその後におきまして研修懇談会その他において成案をいただきました新しい研修の方法ということについては、もちろん一部には納得されない向きもあり、かなり強烈な反対を受けている向きもありますけれども、多くの大学においては何とかこれをいまの段階一つの収拾策あるいは転換策の重要なるポイントとして強く期待されている向きも多々あることも、これまた事実であろうと思います。そういう意味で、現在も非常に期待を寄せられている向きもございます。私どもも、今度の法律改正が医師の研修問題その他について万全のものであり最高のものであるというようなことは決して考えておりませんが、少なくとも現時点において、まずここから出発して、さらに積み上げ積み上げしていい制度にいたしたいというふうに考え、また、これによって少なくともそういう現在の不安というものも一部は除かれ、そして新しい方向に展開していけるのではないかと考えているわけであります。
  114. 吉田寿雄

    説明員(吉田寿雄君) インターン問題に端を発しました医学部の紛争でございますが、一応、数大学を残しまして、他の大学ではおさまっておりますけれども、ただいまの先生のおことばの中にありましたように、かなりこの根は深いわけでございまして、今回の法案がかりに通ったとしても、それだけで直ちにこの問題が解決するというような性質のものでは必ずしもないということも私ども承知しているところでございます。  いずれにいたしましても、相互の――いわゆる大学側と申しますか教官側と、学生側あるいは青年医師側との相互の不信というものがございますので、当面やはりこの不信を解くことに双方全力をあげなければならないのではなかろうかというふうに私ども考えております。  インターン制度が廃止ということになりましても、学生あるいは青年医師の方々が標榜されておりますような、たとえば医局の民主化というような大きなスローガンもございます。この医局のあり方につきましては、長い歴史がございまして、簡単には一朝一夕にはなかなか解決できにくい問題だとは思いますけれども、これは文部省といたしましても、大学当局と十分御相談いたしまして、何とかして本来の正しいあり方を実現するということにおいてこの紛争を将来にわたってできるだけすみやかに解決しなければならない、このように考えているわけでございます。
  115. 大橋和孝

    大橋和孝君 私は、特にこの問題は重要視して考えておいてもらいたい。ことに、大学並びに厚生省の方もそうだと思いますが、一つの別な、いまおっしゃったように、大学の封建制ということもあるでしょうし、また、いろんなこともあるだろうと思います。けれども、いま医科大学で行なわれているようなインターンの問題をじっくり踏まえての運動でありまして、これは先ほどから私が申したように、非常に根も深いし、あるいはまた、インターンの問題から端を発しただけに、インターンの問題を処理することがうまくされて、将来これが医学の教育あるいはまた医学の将来の進歩というものにこういうふうにして結びついていくんだというふうな一つの大きなサゼッションというか、あるいはそういう方向づけというものが明確に出てこないと、今後のいろんなことに悪影響を及ぼしてくるのではないか。これは別にストライキ行為とかそういうことに対しての教育じゃなくて、ほんとにそういう人たちが真に何を考えておるかという気持ち、同時に、また、そういう若い人たちはもっとまじめに考えておるというものを生かしてやらないと、今後、医者不足というか、医者というものの将来というものに対して非常な暗影を及ぼしてくると思いますから、そういう観点から考えて、今度の医師法案をこうして議論をしている中に、文部省としても厚生省としても、将来、医者の教育というものに対してはかくかくである、そうしてこれが医療というものの将来の進歩に対してマッチしていくものである、これがまた医療全体の体系の中にこうなっていくのだというようなある程度の展望を考えないと、将来ともこの問題の解決のためには大きな支障を来たすと思うのです七  そういう観点から、私はこの次にもまたいろいろとお伺いしたいことがありますので、また御意見を伺いたいと思いますけれども、その御意見の中に、できるだけこういう機会を通じて、文部省なり厚生省なりの考え方が、医療というものの、教育というものに対してはかくかくである、これは非常にいいものだという筋を明確に示していただきたい。むしろそういうことをこういう機会に国民の前にはっきりと出してもらわぬ限りは、今度の医師法改正の意味もなくなるだろうし、あるいはまた、そういうことを介してのそういう若い人たちの考え方に対してほんとに正しい将来の方向を示していく上からいっても大きな問題だと思いますので、私はそういうことを要望しまして、まだたくさんお伺いしたい点は持っておりますけれども、きょうは時間の関係でこれで終わることにいたします。今後、お話を承る中で、文部省においても、厚生省においても、そういう明確なものを出しながら進んでいただきたい。そういうことを明確にしてもらうことが、こういう混乱を防ぐことにもなるし、将来若いお医者さんたちがほんとうに国民の要望をになって、生命をあずかるためのあれをしてもらう発展に続くわけです。いまのことをあいまいに、先ほどの答弁の中にあるように肝心のところをさっさとぼやかしていく形で受け取らしていくならば、私は、将来、国の医療に対して暗影を残していくことになると、こういうふうに思いますので、特にそれを要望しておきたいと思います。
  116. 山本杉

    山本杉君 若松医務局長にちょっと伺いたいのですが、今度の研修制度というのはインターン制にかわるもので、私たちは二年の研修で非常に医学のレベルアップになると受け取っているのです。それで、新しく卒業して国家試験を受けた人が研修生になるというのはあたりまえなんですけれども、あくまでもそれが自主的に自由である、研修することが望ましいというたてまえですと、受けない人もあるかもしれない。そういう人があとから受けたくなったようなときに、また新しい卒業生の中にまじって研修ができるものでしょうか。
  117. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) やはり医師は一生研修を必要とするということで、先ほど大橋先生のお話にもありましたように、いつでもそういう研修の場を与える。たとえば、開業して五年たったらまた研修をしたい、あるいは十年たったらまた研修をしたいというような場合にも、いつでもそういう環境の整備された研修の場があるということが必要であろうという意味で、教育病院というようなものが将来に向かってはそういう役目を果たしていくべきであろうということを申し上げておるわけであります。
  118. 山本杉

    山本杉君 いままで、五年たっても、十年たっても、研修したいという人は、研究室にはいれたわけですね、無給だろうと何だろうと。いま私が質問しているのは、その研修制度の中で新しく二年間研修する人たちと一緒に研修をするのかどうかということを聞いたのです。
  119. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 相当経験のある方と、それから卒業後すぐ研修する方では、おそらく研修のやり方もカリキュラム等も違うことでございましょうから、実質的にはやはり違った形でインサービス・トレーニングみたいな形になるのじゃないかと思います。
  120. 山本杉

    山本杉君 それじゃ、最初に研修を受けなかった人は、そういう研修はもう受けられないというわけですね。
  121. 若松栄一

    政府委員(若松栄一君) 最初の研修というのは、いわゆる学校を卒業してすぐでございますから、おのずからそれにふさわしいカリキュラムあるいは研修計画というものがあるはずでございますので、数年たってまたそれと同じような研修を受けようという方があれば格別でございますが、通例はおそらくそういう形にはならないのじゃないないかと思います。
  122. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 他に御発言もなければ、本案質疑は、本日はこの程度にとどめます。  ちょっと速記をとめてください。
  123. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 速記を起こしてくださ     ―――――――――――――
  124. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 次に、再び社会保障制度に関する調査を議題とし、阿賀野川流域の水銀中毒問題に関する件について質疑を行ないます。御質疑のある方は御発言を願います。
  125. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 新潟県の阿賀野川の有機水銀中毒事件の原因について、これは実は科学技術庁の長官にそのものずばりでお答えを願いたいのでありますが、たぶんお見えにならないだろうということも推定をしておったわけでありますが、はたせるかなお見えになっていない。しかし、質問の目的意識は、まず第一番目には、阿賀野川の有機水銀中毒事件の原因が一体どこにあったのかという事項について、一体全体、政府の統一見解なるものが、国の了解を得て、しかも国の責任において、国の費用で、かなり大がかりな研究調査も行なわれておる。社会通念からいっても、科学的であるということの内容と意義は、これは今後十分論議の爼上にのる問題であるとしても、それがやはり国の責任において国民の前に公表される責任と義務があるわけでありますが、およそ常識のものさしであまりにもあまりにも事理明白なことが伸び伸びになっておるのだ。だから、要約いたしますれば、今日的な時点では、科学技術庁の長官の口から、政府の統一見解なるものが、閣議の了承を得て、国の責任において、国民は心配しておるわけですから、一体いつ公式の発表があるのか、その辺の点について、きょうは技術庁からは高橋審議官がお見えになっておりますので、ひとつ大臣になったつもりでお答えをいただきたいと、そういうふうに思うわけであります。
  126. 高橋正春

    政府委員(高橋正春君) 杉山先生は、経緯につきましてはすでに大要御承知のことと存じますけれども、かいつまんで多少さかのぼって経緯について申し上げますと、厚生省の御研究、並びに一部水棲動物に関しまするところの農林省の御研究、これらのものがいわゆる研究班の報告といたしまして昨年の四月に科学技術庁のほうに御提出に相なったわけであります。当方に御提出いただきましたのは、これも御存じおきのとおり、この研究が各省の総合研究ということで私のほうの特別研究促進調整費をもちまして経費を支出いたしましたことによるものであります。その際、報告書の内容につきましては、臨床研究班、試験研究班、疫学班の三つの各研究班の御報告がそのまま列挙と申しますか、報告書に載せられておりますので、研究班全般といたしましての一つの結論と申しますか、これを厚生省お願いを申し上げたわけでございます。厚生省は、したがいまして、これを食品衛生調査会のほうに諮問されまして、その結果、昭和四十二年九月に調査会の答申を得られました。厚生省といたしましてはこの食品衛生調査会の答申のとおりであるという御意見をいただいたわけであります。引き続きまして、先ほど申し上げましたとおり、この研究は各省の総合的な研究ということで、研究の当初におきましても、厚生省、農林省のほかに、通商産業省並びに経済企画庁、それから当庁のいわゆる五省庁で研究の進め方をきめました関係もございますので、統一見解を出しますにあたりまして関係の各省庁の御意見を伺いまして、企画庁と農林省のほうからは、特に厚生省意見すなちわ調査会の意見につけ加えることはないというお話がございました。通産省のほうからは、ことしの二月に御回答をいただきまして、一般的な見地並びに今回の特殊的な点につきましてなお解明をいたす点があるのではなかろうかというような御解答をいただいたわけでございます。  これらのような状態でございますので、ただいま各省庁の間で技術的な見解の調整をいたしておるわけでございますけれども、御承知おきのとおり、なかなか事柄が複雑でございますので、現在事務当局におきましていろいろと検討調整を行なっておるわけでございます。できるだけ早期に、先生の御指摘もございましたように、研究の結果を統一的に解明いたしたいと存じておりますが、現在の時点で申しますると、正直に申し上げまして、期日をいつまでにということをここで申し上げるような事態ではございませんので、お許しを願いたいと思いますけれども、繰り返しになりますけれども、できるだけ早い機会に責任をもちまして統一見解が出ますように努力を続けたいと、このように思っております。
  127. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 私は、いまの高橋審議官のお話について、省庁の関係当事者スタッフから直接は聞いておりませんけれども、大体推定の上で、そのような経緯の過程を経ておるというふうには常識的にとらえておるわけでありますが、しかし、私がいまいろいろなことばのあやを交えながら聞こうとしたことは、常識のものさしではかってあまりにもあまりにもと、そういう形容詞を使いましたのは、実は、鈴木厚生大臣大臣であった時代に、これは暦の上では昭和四十一年の暮れ、その時点で、新潟で一日厚生省というものが開かれたことがあるのでありますが、その当時、被害者の代表、たとえば患者代表であるとか、あるいは経済的に非常に困惑をしておる漁民の代表などが、一体原因というものがあるはずだし、あるからこういう結果があらわれているわけだが、いつごろということに対して、いや年内にはむずかしいだろうけれども、明けたならと、その当時私もいろいろとことばのやりとりでそう思っておりましたが、その当時における鈴木厚生大臣も、科学的な一つの調査、そうして判断というものが出たならば、いろいろなルールはあろうけれども、真実は一つしかないことははっきりしておるわけでありますけれども、その真実に近い最短距離の科学的判断が出た、そういうものが大体常識的に見て国の判断だというふうに理解をしておられたようでありますし、したがって、タイミングの面からいけば、しょせん去年中に出ることが常識的だ。今日になってみて、なるほど厚生省からあるいは科学的な判断が出た、それに対して関係省庁の意見も徴して、それをやはり科学技術庁でコントロールをされる、そして閣議の了承を得ると、念には念を入れるけれども、それが科学的な真実の方向へ行くならいいけれども、法華の太鼓と逆で、だんだんだんだんとあやしくなってきているのだ。このままの状態じゃ、第二の水俣病が新潟で食い止まらずして、第三のほうへも行く。こういう龍頭蛇尾的な解明のしかたじゃ問題があるのじゃないか。そこで、私は、あまりにあまりにと、もう出ておるじゃないかと、そういうふうにわれわれは理解をして、また、世間も学者もおそらくそう理解をしておると思うのであります。  しかし、また、今日の時点で私どものはだで感じたりいろいろ耳にしておる点については、去る四月の十九日の閣議であるとか、あるいは去る四月の二十六日ごろ出そうだと。そんならば言えるということになれば、選挙を前に控えたこの機会の、会期が十日延長になっても、審議の状況というものに対していつまで一体引っぱっていくのか。  そういうような、あれを思い、これを思うときに、一体どうしてそんなに延びるのだ。だから、今日ただいま事務的なレベルの段階で、あすとかあさってといかぬけれども、見通しという点については、おととし出たものが、しかも、この奇病は確かに水俣病だと学者が判断をしてから三年になっているんだ。その辺のところで、一体、見通しはどうですか。その辺について、まだずっと長引いていくのか、見通しもまだお先まっ暗だと。それならそれでもいいんですけれども、しかし、それでは少しおかしいんですが、そうなってくるという、政治的背景だとか、あるいは圧力があるんじゃないか。変なことを、勘ぐらぬでもいいことを勘ぐるということになっちゃうと、こう思うんですが、そういう点について、ありのままを、私の問わんとするところを、そのものずばりと、もうじき出るとか、出かけておるとか、その辺のところはどうなんでしょうか。
  128. 高橋正春

    政府委員(高橋正春君) これも先生すでに御承知おきと思いますけれども、私どもの検討をいたしております段階におきまして、私どものほうの考え方と申しまするか、あるいは問題点と思いますような諸点につきまして、先月の半ばでございますかから関係の各省にお話しを申し上げまして、いろいろ疑問点の説明、あるいは相反する意見の解明というようなことをいたしております。したがいまして、問題点と申しまするか、調整すべき事項はどういう点であるかというようなことにつきましては、これはずっと煮詰まってきております。  ただ、そういう煮詰まってきた問題自体が非常に重要な問題でございます。したがいまして、それの解明、調整ということがいつできるかということにつきましては、たいへん申しわけございませんが、いつまでというようなことはできないと思いますけれども、ただ、御指摘のございましたように、私どもが作為的に不公正な、あるいはいろいろ政治的な点等を考慮いたしましてこの検討を引き延ばしておると、こういう事実は全くございません。端的に申し上げまして、各省庁の御意見をいただきましたのがことしの二月でございますので、それからも、何回でございましたか、二十数回も連日私どものほうで検討会を開いてやっておるような次第でございますので、不公正な結果を出すとか、あるいはその他のいろいろな影響を考慮いたしまして期日を延ばしているということは決してございませんし、ただいま申し上げましたように、争点、問題点というものもだんだんと煮詰まってきておりますので、従来のように長い間期間をかけまして各種の状態からもう一度検討すると、そういうような作業はないということは申し上げられると思います。したがいまして、たいへんお答えにならないので申しわけございませんけれども、先ほど申し上げましたとおり、できるだけ早い機会に統一的な見解の結論を出すということを公正に慎重に事を運ぶという心づもりでやっております。御了承いただきたいと思います。
  129. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 できるだけ早い機会ということですけれども、おそくとも今月じゅうというようなぐあいに判断をしてもいいですか。その辺のところはどうですか。
  130. 高橋正春

    政府委員(高橋正春君) 各省庁にさらに私どものほうがいままでお伺い申し上げました諸点につきまして私どもの考え方をさらに改定すべきところは改定し、あるいはさらに御了解を得なければならぬ点等につきましては、できるだけ早い機会にこれを事務的に行なおうということは考えております。ただ、こちらのほうで申し上げますと、私どもの意見がそのまま関係省庁の御了解を得られますかどうか、そういう点につきましては、私は必ずしもいまの段階で推定はできない。変な言い方でございますけれども、相手もあることでございますから、そういう点で少しでも互いの了解がとりつけられますようにせっせとせいぜい努力をいたしていくというつもりでございます。
  131. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 厚生大臣がいずれ来られますので、それで質問の柱というものは十本ぐらい立てておるわけですけれども、これはあす、あさって原因を発表するのだというようなことになればそれでいいのですけれども、どうもそうでないということになりますというと、たとえばきょうお越しいただいている中で、農林省であるとかあるいは経済企画庁のほうは、実際に当事者から、厚生省の正式見解なるものを踏まえて、これを了承するとか、支持するとか、そういうニュアンスの差はあっても、まず異議はないのだと、私どものほうは新聞の報道を客観的に受け止めてそういうふうに感じておりますので、いずれそれなりに当事者からまたお聞きすることといたしまして、さしあたって通産省のほうの吉光化学工業局長がお見えになりますね、あなたのほうは、いろいろな視点や角度でとらえていろいろと御検討なさって、二月の初旬に科学技術庁のほうへ見解を出しておられるというふうになっておるわけでありますが、どういう見解を出しておられますか。われわれは、新聞の中では、異説である、異論であると、そういうふうに聞いておりますけれども、それはそうだと思いますけれども、一応当事者の口からそれをお聞かせ願いたい、こう思うわけであります。
  132. 吉光久

    政府委員(吉光久君) 通産省で御回答を申し上げたのは、先ほどお話の出ましたことしの二月でなくて、昨年の十二月二十八日付で、ちょうど年末年始の休みでございますので、一月の初めに科学技術庁のほうに受理されておるわけでございます。通産省といたしましても、この事件が起きます原因物質が有機水銀であるということ、あるいはまた、昭和電工の鹿瀬工場からもメチル水銀が排出されておったということにつきましては、決して異論があるわけではないのでございます。ただ、阿賀野川の水銀中毒事件というものが、ある一定期間内に多数の患者が集中的に発生したという事実につきましてどのような理解をしたらいいかという点につきまして、実は確信をもってお答えすることができなかったわけでございまして、その旨を科学技術庁のほうへ申達を申し上げた、こういう状況でございます。
  133. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 一つの統一見解、そうしておのおのの見解というものがコントロールされるそのパイプが、あるいはパイプ・ラインのステーションが科学技術庁である。しかし、お互いに話し合ったり理解し合ったり説得し合ったりするというような形で延び延びになっているのは、やはり通産省のほうの側の異説といいますか、そういったような問題の調整というものが――これは推定ですよ、長引かしておるのではないか、そういうふうに推定しておりますが、そこで、さらに化学工業局長にお尋ねをいたしますが、もちろん、そういう見解を出しておられるのはあなたのほうで、あなた方自身がよく御存じでありますので、私のほうが聞かしていただたり、あるいは新聞の社説や週刊誌などで書いてあることを伺いもして、これは少なくとも通産省の見解というものが活字になって出ておるのだと、そういうふうに受け取っておるわけでありますが、しかし、極論しますれば、あなたのほうの見解は、語るに落ちた異説の表明であるというふうに私は指摘をする、また、せざるを得ないわけであります。なぜそういうふうに私は論理の飛躍でなくて申し上げますというと、これは「新潟日報」の社説の一部でありますけれども、ちょっと読んでみますと、   通産省が問題点としてあげているのは①有機水銀による人体中毒の機序(しくみ)についてなお一層の究明が必要である②この事件の原因である有機水銀の汚染源には諸説があるが、いずれも資料が不十分である③加害者の究明が困難な結果、被害者をいつまでも放置するのは遺憾なので、その救済措置を早急に講ずることが望ましい――の三点である。  こう書いてあるわけであります。そこで、私は、これを、いま申し上げたように、語るに落ちた評価だと、こう言っておるわけです。なぜならば、たとえば、過般の熊本における水俣の病気に対して、その時点時点においてほんとうの科学的な判断に基づくけじめが国の責任においてついていなかったから、今日でも――あと厚生大臣にお伺いするわけでありまするけれども、事態の形式上の収拾はついても、有機水銀の中毒にさいなまれている多くの人が、一体、産業公害から政治の場はどうなっているのだろうかということでみな嘆いている、こういう現実であります。科学技術庁あるいは通産省のほうでこの問題に対してすでに一千万円近いところの調査費が出て、そうして学問の権威と学者の良識と科学的な判断によって厚生大臣に対してそれぞれの答申が出ているわけです。でありますから、当然この科学的な判断というものを客観的にとらえて、学問の権威というものを十分信頼をして、そうして一つの科学的判断というものを容認をするという、煮詰めて言うならば、国の責任において発生原因を加害者はだれだれであるということの原因が究明されなくて、それをやりっぱなしにしておいて、それをヘビのなま殺しのようななまはんかの状態に置いて、ただ出ておる現象面についてと、そういう思想からいきますれば、たとえば富山なら富山の三井金属でやはり廃液が工場から出てきた。それに対してはいろいろな問題があると思うのです。たとえば、いろいろな中毒の原因を出すとか、あるいは被害者と加害者がいろいろと話し合って示談でというような、それは古い形式の中の問題の煮詰め方であって、そういうことを今日通産省が行政指導面で産業公害を事前に防御する、そういう立場で、何にしても原因はあるに違いないのだから、早くそういうところへ追い込んでいかれるべき立場のものを、結局、このようなことについては、語るに落ちた――このことは悪いとは言いませんよ。確かに思いやりがあっていいけれども、問題は、その被害者の医療なり生活保障なり漁民の経済補償というものが、原因というものがはっきりしているならば、国でもあるいは地方自治体でも打つべき手は政治の揚ではおのずからそこを足がかりとして出てくるわけだ。そういう点について、私は、語るに落ちた一つの見解であって異説である、そういったことが陰に陽になって科学技術庁で政府の統一見解をコントロールする一つの障害になってくるのじゃないか、そういうふうに考えておるわけでありまするから、その点について、あなたとはずっと古い、まあこの問題について力を入れておった向かい合った立場でありますから、いろいろとその後科学的な問題が出てきておりますので、いろいろと見解を承りますと、いまの点についてはどうですか。
  134. 吉光久

    政府委員(吉光久君) 私ども、いままでの第一の水俣、本案の水俣の事件でございますけれども、これが有機水銀中毒事件であるということにつきまして、決してこれを否定するつもりもございませんし、まさにそのとおりであるというふうに考えておるわけでございます。今回の阿賀野川の中毒事件につきましても、これが有機水銀中毒事件である、この点につきましては、先ほどもお答え申し上げましたとおり、決して異存はないわけでございます。ただ、現在、私ども実は何も科学技術庁あるいは厚生省との間に論戦をいたしておるわけではないわけでありますけれども、私どものほうで先ほど申し上げました科学技術庁に意見書を送りました段階におきまして、実際に御指摘いただきましたように、現地調査等はいたしておりません。いたしておりませんが、ただ、いろいろな意味での調査報告書、あるいはまた食品衛生調査会におきまして議論されました内容、あるいはそのときに参考にお使いになった資料というふうなものにつきまして厚生省のほうからお話をお伺いし、それらの資料をもとにいたしまして意見書を出したわけでございます。  実は、先ほどございました一般的な問題でございますけれども、これは今回の事件究明といいますよりか、むしろ将来に対しましてこういう水銀中毒事件を二度と繰り返さないということのためにもさらに研究が必要ではないであろうかというところに主眼を置いたわけでございまして、先生御存じのとおり、有機水銀に対しますところの分析技術というものが最近とみに発達いたしております。昔でございますと、同じオーダーでしか分析できなかったわけでございますけれども、最近におきましては〇・〇〇〇幾つというふうなところまで分析できるようになっておるわけでございまして、こういう分析技術の進歩と相まちましてそういうふうな有機水銀による中毒の一般的機序と申しますか、そういう点についてさらに検討が進められてしかるべきではないかという考え方に立ったわけでございます。  今回の阿賀野川の特殊的な問題につきましては、先ほど申し上げましたように、要するに工場廃水説を否定いたしておるわけではないわけでございますけれども、はっきりとこうだと言い切るだけの確信がなかったというわけでございます。私ども、科学技術庁で出されます結論に対しましては、これに対して決して異論を差しはさむつもりはないわけでございます。
  135. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 園田厚生大臣がお見えになりましたので、実は始まりから大臣に出ていただきたかったわけでありますが、貴重な時間でございますので、勘どころは大臣は押えておられますから、これこれかくかくの論旨を話し合っておるということは蛇足でありますから申し上げませんけれども、要するに、阿賀野川の有機水銀中毒事件の原因が一日も早く国の責任において国民の前に公に発表されるというならば、公害の科学的な判断というものが国の責任においてかくかくであるということが公に公表されないというと、被害者の医療保障にしても生活保障にしても漁民の経済補償にしても、また、地方の自治体で、あるいは新潟県議会、あるいは新潟市議会、あるいは人権擁護委員会、さらに各種学会、さらに新潟では歴史的な一つの裁判に発展する様相を呈しておりまするけれども、一つの公害裁判が回を重ねられていっておる。しかし、常識のものさしから見て、国の公害に対する科学的な判断というものが権威ある姿において発表されて常識の線で出ていい時期だと思うのにもかかわらず、いまなお出ていないのはどうしたことかという点について、やはり早くこれを出すべきじゃないか、そういう論議をしながらそのパイプ・ステーションである科学技術庁は一体どうしているのだ、自説を唱えておられるのだというふうにわれわれは受けとめつつ、なおかつ語るに落ちた一つの見解を出しておられるんじゃないかという形でいまいろいろとやりとりをしておると、こういう段階であります。  そこで、大臣がお見えになりましたから申し上げるわけでありますが、阿賀野川有機水銀中毒事件の原因がどこにあったかという問題について、科学技術庁は、発生原因者が阿賀野川上流の昭電鹿瀬工場であると断定するだけの資料がないという政府の統一見解の原案をまとめたと、そういう一つのことをわれわれはいろいろなケースで知っておるわけだ、真偽の程度は別でありまするけれども。しかも、これを関係各省庁に内示をしたようであるが、われわれは、かくのごとき問題の本質を故意にそらし、企業擁護、被害者不在の立場に立った無責任きわまる事務的処理は、これを断じて了承することはできない、そういう立場です。  本件に関し、問題の性質からいって、人命尊重、社会開発の観点からして、この取り扱いいかんによっては、人道問題、あるいは社会問題、さらには政治問題にまで発展する様相を内蔵しておると、こう思うわけであります。したがいまして、国民の生命と健康を守る行政の最高スタッフであるところの厚生大臣は、この問題の推移と取り扱いについてはどういうようにお考えになっておられるか、どのように受けとめておられるか、そういう点について大臣の見解と所信をまず最初に伺っておきたい。もちろん、この問題については、関係省庁としては確かに科学技術庁あるいはその他の通産省にしても農林省にしても経済企画庁もありまするけれども、国民の生命や健康というものに対する科学的な判断というものを国の責任で出してほしいという、そういう一つの柱、核は、やっぱり厚生大臣だというふうに判断をいたしまするので、この問題はどうしても厚生大臣にがっちりやってもらう必要があるのだという見解からいまそういう点をお尋ねをするわけでありますので、お答えいただきたいと思います。
  136. 園田直

    国務大臣園田直君) 公害に対する問題は、御指摘のとおりでありまして、最終責任は生命と健康を守るべき所管である私の責任においてやるべきであると考えております。  なお、科学技術庁で政府の統一見解を出されたということでございまするが、さような事実はまだございません。私は、先般新聞に出た科学技術庁の意見を拝見をして、その日に科学技術庁の長官にお会いして、新聞に出たような意見であるならば自分は納得できないということを言って、いままでの所信を技術庁長官に申し述べたわけでありまするが、技術庁長官は、事務的に検討しておるが、まだ自分のところに来ないからということで、なるべく急いで結論を出して、最終段階は私と話の上に結論を出すと、こういうことになっておりまするが、その結論につきましては、私が最終の責任者でありまするから、公害というものの本質を十分考えて結論を出したいと考えております。
  137. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 漸次、厚生大臣を中心とし、さらに関係省庁のそれぞれの最高レベルの事務的なスタッフの関係官がお見えになっておりますので、それぞれお答えをいただくことにいたしまするが、問題を少し先に進めてまいりたいと思います。  具体的な問題といたしまして、昭和二十八年から三十五年にかけて熊本県の水俣湾の周辺に発生した水俣病の発生原因の問題に関しては、昭和三十四年の十一月一日、厚生省の食品衛生調査会は、厚生大臣の諮問に答えて、発生原因はある種の有機水銀化合物であると、そういう答申をしておるわけであります。さらに、熊本大学医学部は、その汚染源は水俣湾の沿岸にある新日本窒素水俣工場の排水であることを突きとめた。しかし、政府は、その当時水俣病総合調査連絡協議会というものをつくっておったわけでありますが、どうしたことか、確かにそういうものがあり、時間は費やしておったけれども、汚染源について何らの結論を出そうとする努力もしていなかった。そればかりではなく、そういうふうに食品衛生調査会の答申というものが大臣に出されたその後において、三十六年の三月に協議会は自然消滅した、解散をしてしまったというような龍頭蛇尾に終わっているわけであります。  したがいまして、このようなことは、熊本の場合は過去の済んだことでありまするけれども、同じようなケースである新潟の場合に、前者の災いを二度と繰り返すようなことがあっては断じてならないと思うのであります。すなわち、新潟県阿賀野川有機水銀中毒事件の汚染源について、すでに昭和四十二年の四月十八日に、厚生省の特別研究班が科学的な調査研究の結果、汚染源は阿賀野川河口を六十キロさかのぼったところの昭和電工鹿瀬工場の廃液であるということに診断するということが多くのデータやいろいろなものに記されてあるわけであります。さらに、私どもは、しろうと判断からして、強く主観的希望からいって、要するにこれは科学的判断だから、これがそのままの形で実は国の権威ある一つの公式の発表の内容であるというふうに判断しておったわけであります。  しかし、その後、すでに御承知のように、食品衛生調査会で、熊本の当時のスタッフとかなり違って手のこんだ大がかりなスタッフが、しかも、その中から専門特別委員というものを選んだ。その時点でわれわれはやはり厚生省のやり口に対して疑心暗鬼を持ったわけであります。それは、その五十名に近いところの食品衛生調査会のメンバーの中から、さらに重要なことであるから念には念を入れて特別専門委員というものが選ばれた。その特別専門委員については、覆面的な選び方で、名前は伏せておったわけである。私は、その当時、坊厚生大臣に対してこの席上で非常な長いことばを費やしてやりとりしているわけでありますけれども、しかし、結局、その当時の舘林環境衛生局長は、かりそめにこういうことを言ったわけです。これは一つはぼくも一歩譲歩しなければならぬ面だ。ということは、この専門委員が、外部からの政治的圧力、どんな雑音にも耳をかさず、学者の良識と専門的知識をしぼって結論を出すためには、どうしてもこれは事務的に必要でありますので、事務的にはどうしてもこの揚では公開するわけにはいかんと。そんなばかなことはないということで、結局、委員長がとりなして理事会の席上で質問する云々という経過があったのでありますが、この食品衛生調査会の出した結論と、前に大臣に答申されておった内容とを比べてみるというと、私どもの主観的希望のものさしでいけば、四十二年の四月十八日に十名の科学者やそれから学問の権威と学者の良識によった科学研究よりも、つまり「診断」と「基盤」ということばのあやからいっても、どうも後退しておる。しかし、これは昭電の一つの工場廃液であるという、そういうことをあわせ考えてみれば、国の責任において原因は公害というととの公式の発表があるなら、ここを足がかり手がかりにして、受忍限度をこえた公害が出てきておるならば、当然加害者が被害者に対する補償をする、もしその加害者が死の商人のような欲張りで道義も人情も考えないものであるならば、そのときこそ行政権力で十分痛めつけてもらってというようなことを意識して、とにかくそういうふうなことは考えておったわけであります。  でありまするから、私どもといたしましては、当然この出た結論が一つのルールとして、なるほど科学技術庁のほうから金が出ておるわけですから、一つの窓口として科学技術庁のほうから発表されることはいいにしても、そういうような点からも、結局、この工場の排水がやはり原因だというふうに思っているわけであります。それが、今日の時点において、科学的判断がどこかでだれかによってひん曲げられて、そのためにまだ結論が出ていないんじゃないかというような気がするわけであります。したがって、国民の前にどうしてもすみやかに見解を発表してもらいたい。そういう関連の中で、今日的な時点において、科学技術庁の長官からお答えいただいても、しょせん回り回ってこれは国民の健康と人命に関する問題でありますから、そういうような点で、私どもは、もはや科学的な判断というものは出ているんじゃないか、その科学的な判断が出ているにもかかわらずそれの答えが出ないということは、出すべき科学的判断を拒否をしているという――一体、拒否をしてしまったらどういうことになるかというわけであります。原因を明確にしておいてそして政治の場でということになろうかと思うのでありますが、その辺についてどのようなお考えをお持ちになっておるわけでありますか。
  138. 園田直

    国務大臣園田直君) 公害に対する問題は、公害基本法の精神に明記してありますとおりに、あくまで国民の健康を守るという人間尊重が第一にあって、ややもすると、いままでのような企業というものが主体であって、その企業が人間になるべく損害をかけないというのではなくして、人間の生命と健康というもののワク内において今後企業が進められていくということがその基本であることは、御指摘のとおりであります。  なお、私といたしましては、結論がそろそろ最終段階に来ておりまするが、科学技術庁のほうでも、いままでの原則を否定されておるわけではなくして、いろいろ資料その他をわれわれのほうにもっとないかという請求を受けております。われわれのほうでも、できるだけ資料を出しまして、そして人間尊重の理念に立った基本的な将来を見通したこれに対する国としての責任においてこれに対する判決――判決と申しますか、裁定を下したい、このように考えております。
  139. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 科学的な判断は、そのままどんぴしゃりと真実でなくても、いずれ歴史が解決する問題であっても、今日的な時点においては、国民の生命と健康を守る中核である厚生大臣が、どうしてもこの時点で――この前の水俣のような形で、何々連絡協議会というものがあって、答申もあって、熊本大学医学部がそうだということになって、一人や二人の学者の異説だけが大勢を支配したようなかっこうになっちゃって、結局、同類の化学工場の装置というものが、立ち入り検査の点、あるいは防御施設などの浄化装置施設について、そんな企業資本家に、そういう施設はいいけれども、マイナス装置だ、金がかかって企業採算上云々だということを言わせずに、行政指導をしたらそういうことはなかったんじゃないかというようなふうにも判断をいたしているわけでありますから、特にその点は強調しておきたいと思うのであります。  それでは、順次話を進めていくわけでありますけれども、実は、一つの権威ある科学的な判断を国の責任においてしてもらうためには、いろいろな意見、いろいろな見解というものを聞いていただきながら最終の断案を早く出してもらいたいということで、蛇足ではありますけれどもこの点も申し上げておきたいと思うのであります。昭和三十九年八月から四十一年の七月にかけて阿賀野川の川口に発生した原因不明の病気を、新潟では、奇病だ、おかしいと。猫が川っぷちで踊って、しまいには水の中へもぐっていってしまうというようなことは、どうも猫の脳みそが有機水銀中毒にかかってしまったのではないか。その当時、第二の水俣病であるとかあるいはどうであるという名前はつけてなかったわけでありますけれども、その時点で原因不明の病気であったのでありますけれども、新潟水俣病と断定して、その汚染源の究明を続けてきた新潟大学医学部神経内科の椿教授は、これまでの研究結果を取りまとめて、四月二十四日に新潟市で開かれた日本神経内科学会で講演をし、この中で、椿教授は、新潟水俣病の原因は、昭電鹿瀬工場の廃液であるということをさらに強く発表しておるわけであります。  講演内容の骨格でありますけれども、水俣病患者の発生とか、患者の毛髪や川の中に含まれた水銀の測定であるとか、あるいは患者の病状とその手当に関する研究であるとか、汚染源の追及では、昭電鹿瀬工場の排水口から出されたメチル水銀が川の中のミゴイを媒体として人体に接取され中毒患者が発生したと断定し、横浜国立大学の北川教授の農薬説に反論を加え、原因は昭電鹿瀬工場の廃液説を強調しておられる。これは文献を見れば明らかであるわけであります。  さらに、厚生省の特別研究班の一員であり、厚生省の結論に参画をした――厚生省の結論というのは、昨年の四月十八日に出た結論に参画したという意味でありますが、北野新潟県衛生部長は、こう言っております。科学技術庁は、厚生省が集めた資料をもとに検討しながら、全然別の結論を出しておる。現地調査もせず、現状では原因追及と政治折衝が同じ次元で話し合われているのはおかしい。問題は、国が疑わしきは罰せずとの理念を産業公害問題にまで適用できるかどうか、企業の無過失責任も法律で賠償の対象であると規定する必要があると、こう言っておるわけであります。  さらに、五月五日、おとといでありますが、新潟市で開かれた第四十一回の日本産業医学会で、久留米大学の山口教授がこういう発表をやっておられるわけであります。これも、厚生省のほうでは、あるいは科学技術庁のほうでは、入念にデータを手に入れて検討してもらいたいと思いますが、今日的な時点ではこのことだけを申し上げておきます。無機水銀は、カーバイトのかすとまざると簡単に毒性の強い有機水銀に変化する、化学工場のあるところでは至るところに危険があると指摘しております。  そこで、化学工業局長に申し上げますけれども、私はきっすいの労働運動者ですから、昭電はもう工場ができてあの労働組合を組織して、どの工場でも骨の髄まですべて――いまはいわゆるモデルプラントをつくらないと、原型がこわされてしまっておりますけれども、その当時、いわゆるアセトアルデヒドの生産工程については、無機水銀とそしてカーバイトのかすというものはほとんどみそもくそも一緒のような形で、水俣の病気が昭和二十八年から三十五年ぐらいの時代でありますから、いまでさえ通産省の行政指導というのは、口で予防を言いながら、内部的に立ち入り検査もろくろくやっていないのだ。その当時は、全くずさんであったけれども、しかしきめ手がなかった。今日、学問的に、しかも産業医学会で権威ある大学の教授が堂々と学問の権威と良識において発表されている。だから、これはますます昭電犯人説だというふうにしろうと判断でも考えられる、こういうふうに言っているわけであります。したがいまして、私は、大臣の前で、しょせん回り回っていろいろと紆余曲折があっても、国の責任においてどうしても公害としての判断を下してもらわないと、そのけじめがついてこないのだ、救済措置に。第三の水俣病を食いとめられないのだ。そういうことでこういうことを申し上げておるわけでありまするが、この点について化学工業局長から、いやそんなことはとんでもないことだとおっしゃるかどうか、その点について一発見解を伺いたい。
  140. 吉光久

    政府委員(吉光久君) ただいま御指摘いただきました五月五日の日本産業医学会での御発表になった山口教授の御意見というものは、私も新聞で拝見いたしたわけでありまするが、ただし、これは新聞で拝見いたしただけでございまして、どういうふうな過程でどういうふうになってこうなるというふうな点につきまして、現在、できるだけ詳細な資料がいただければいただきたいというふうに考えておるわけでございます。こういう学説がまさにそのとおりである、まさに学界の通念であるということであるといたしますと、有機水銀に対しますところの予防措置につきましても、いままでと違った、さらに思い切った徹底的な措置が必要になってまいる、このように考えておるわけでございまして、実は、いまその資料につきましてできるだけ入手いたしたいということでやっておるところでございまして、この説そのものにつきまして私どもといたしまして現在これを批判する能力はございません。
  141. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 さらに重ねて、追及ではなくてお尋ねいたしますが、先ほど、私は、ことばのあやで、語るに落ちた云々と申し上げましたけれども、そうしますと、今日、通産省のスタッフの中では、これは確かに原因は有機水銀である、したがって名ざしてどこどこの工場廃液と言わなくても、どこかに有機水銀という原因がある、どこから出たという問題については、いまそれを裏づける判断の資料として資料不足であるから、金をかけ銭をかけても国としてどんどんもっと深く研究する、それと並行して被害者に対する措置をするという、そういうお考えであるというふうに理解をしていいですか。
  142. 吉光久

    政府委員(吉光久君) お金をたくさんかけてあくまでも徹底的に究明するということは必要かと思いますけれども、しかしそこにはおのずと限度があるのじゃないかと思うわけでございまして、今回の阿賀野川事件だけに限定して考えますれば、それを推定するに足る相当の資料があれば、それで推定してもいいというふうに判断いたしておるわけでございます。  ただ、こういう事件が将来も引き続いて起こるというふうなことは、これは避くべきことでございますので、基礎的な学問的な究明というものは、これはさらにさらに行なわれてもいいのではないだろうかというふうに考えているわけでございます。
  143. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 先に進むことにいたします。先ほどもちょっと述べましたが、来たる六月の六日に、新潟地方裁判所の民事部法廷では第三回目のいわゆる公害裁判が開かれる、そういう形になっているわけであります。そこで、この公害裁判の中では、原告側は要するに被害者代表、被告側というのは昭電鹿瀬工場でありますが、その双方の弁護人の間に、原因論争について、工場排水か農薬かで激しい論争が展開されると思います。  しかし、その反面には、毎日生活苦と病苦に悩まされている被害者は、一日も早く国の責任ある結論が出されることを待望しております。なおさらに、真実は一つしかないはずだから、裁判で真実の原因というものを浮き彫りにしてもらいたいという願望を持ちつついるわけであります。  しかも、昨年の六月十六日の参議院の本会議において、佐藤総理に対して、同僚の柳岡議員が、公害問題に関連して、阿賀野川の水俣病問題に関して、原因の究明及び被害者の援護、医療等について質問をしたのに対し、佐藤総理は次のように答えているわけであります。阿賀野川水銀中毒事件の原因については、厚生省担当官が真剣に探究しており、結論が出されると思う。政府としては被害者の援護、医療に万全を期すよう処置したいと、このように答えているわけであります。  そこで、私は、さらに再確認しておいていただきますけれども、佐藤総理は真剣ということばを口癖のように使いますけれども、われわれはこれを善意に受けとめて、真剣に厚生省の担当官が原因究明についてということで、これは昨年のことでありますから、食品衛生調査会の科学的な判断や答申が厚生大臣になされておった時点でありますから、そういうふうに受けとめておっていただきたいのでありまするが、したがって、国としては公正明快な結論をすみやかに出すべきであり、いやしくも政治的な圧力とかそういったようなものに屈してはならない。私は、いままで、厚生大臣ないしその他の方々の意見を聞いておったわけでありますけれども、さらにこれに関連して、やはり関係各省の、農林省なり経済企画庁なり、今後の補償関係の問題にも陰に陽に関係あると思いますから、この辺で――一応ただ私どもが客観的にあるいは新聞などでうかがい知っている範囲では、それぞれの関係省庁は、厚生省の立場で正式見解という形でお出しになっている報告書といいますか見解書というものはおおむね了承しておられるのでありますけれども、それはどういう立場でどういう位置づけでというふうな点について、この段階でお聞かせいただきたい、こう思うのでありますので、ひとつお答えいただきたいと思います。
  144. 森沢基吉

    政府委員(森沢基吉君) 農林省のほうからお答えをいたします。  農林省から私と農薬担当の田所参事官と二人参っておりますので、おのおのその分担においてお答えをしたいと思いますが、農林省といたしましては、先ほどお話がありました科学技術庁の特別研究促進調整費を昭和四十年度に配賦を受けまして、私どものほうの水産研究所の一つでございます日本海区水産研究所を動員いたしまして、阿賀野川の水域におきます魚類の分布並びに魚類のえさになります底棲生物等の分布等について分布調査を行ないました。その調査の結果によりまして、いろいろな方法を用いまして魚類を採集し、あるいは底棲生物を採集いたしまして、その採取いたしました検体を水銀の分析のために厚生省の衛生研究所に送りましてこの問題の調査につきまして分担をいたした、そういう経過がございます。これは先生よく御存じのことでございます。  昨年の八月に、厚生省のほうから、有機水銀中毒に対する見解が科学技術庁に提出をされました。私たちもこの厚生省で行なわれましたいろいろ膨大な資料等を内部の研究者を交えて検討いたしました結果、農林省が分担をいたしました分野は先ほど申し上げた分野でございますけれども、全般におきまして特に農林省の立場から厚生省の御見解につけ加えるものはないという回答を四十二年の十月に科学技術庁に提出をいたした、そういうわけでございます。原因といたしましては、工場排水説、農薬説、いろいろ予想をされるわけでございますが、いま申し上げましたように、農林省としては特につけ加える意見がございませんで、むしろ原則的には厚生省意見を支持をいたしたという立場でございます。
  145. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 水産庁の方に。実は、あの内陸水面の中で二千名に近い淡水魚の漁業関係者が、ある程度この漁業規制が県でなされておるわけでありますけれども、しかし、実際問題において、阿賀野川の魚はもうとっても買い手がないのだ。まああれは食べないほうがいいと思いますけれども、そういうような点で、やはりいろいろな説はあるわけでありますけれども、原因がはっきりしてきたならば、この水の水質というものを厳密に研究して、全部魚というものを何かの形で殺してしまって、そして新たに放流していくというような形でいかなければ、ただでさえ経済補償という面や経済という面についてもう仕事がない、食えないというような点についてはどうだろうか、こう言っているわけでありますが、その辺に参考になるそういう問題については、今後の補償の問題についてはきょうはやりませんが、そういう点についてひとつ見解なり考えをお聞かせ願いたい。
  146. 森沢基吉

    政府委員(森沢基吉君) いま先生おっしゃいましたように、この沿岸には協同組合にいたしまして五組合、約千四百名に近い内水面漁業の組合員がおります。もちろん、内水面漁業でございますから、農業その他との兼業がおもでございますけれども、先般も私のほうへその代表者等がお見えになりまして、いろいろ、原因の究明を早くやってほしいという御陳情のほかに、今後の内水面漁業としての対策について御相談がございました。私たちは、いままだ最終結論を出しておりませんけれども、いま先生おっしゃいましたように、全部阿賀野川の水族を一応殺して新たなものをという考え方ももちろんありますし、外国でも実は有害な魚類を特定の薬を使いまして全部殺しまして、そのあとに有用な魚類を放流をするということをアメリカあたりでやっている例もございますけれども、阿賀野川の場合には、遡河性魚類――サケ、マスという魚類もありますが、そういう方法よりも、むしろ沿岸の漁業者なりあるいは河川の漁業者なりが積極的にコイ、フナを養殖し、あるいは種苗を放流するというような方法で、内水面漁業の振興の一環として県とも相談をしながら何か将来前向きなことを考えるほうがいいのではないか、そういう考え方をいま持っております。
  147. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 だんだんと話を進めていくうちに時間が来ますので、話をはしょって先に進みますけれども、非常にくどいようでありまするけれども、さらに念には念を入れて申し述べたいと、こう思うわけであります。  阿賀野川流域の有機水銀問題が問題になってからもう三年半というふうな時日を経過しているわけであります。そういう中で、四十二年の五月三十一日、新潟県人権擁護委員会では、被災者の身体や生活権が不当に侵されているのではないか、そういう観点から、審議した結果、厚生省と県へ、熊本県の水俣あるいは新潟の阿賀野川流域に続く第三の悲劇を繰り返さないための予防処置を講ずること、それから生活保護料やあるいは弔慰金の増額、漁業補償の支給など、被災者の経済面の救済処置を講じてもらいたいとの要望書を提出しているわけであります。しかも、このことは、関東一円の関東ブロック人権擁護委員会でも取り上げられ、同じ趣旨の要望書が厚生大臣に出されておるという経過に徴しても明らかなように、要は国の責任において一日も早く勇断をもって――きょうは科学技術庁からは高橋科学審議官が来ておられますから、一体、今月中にこの結論を出すのか、いつかという点について、常識のものさしであまり先に延びているではないかということでありますけれども、まあ長官ではないから、その辺についてはということで明快な答えをまだ得ることはできませんけれども、要は国の責任において勇断をもって一日も早く、この交通事故でひき逃げされたようなかっこうの被害者に対する医療補償にしても、生活補償にしても、あるいは漁民に対する経済補償にしても、自治体に持っていってもどこに持っていっても、気の毒だ、かわいそうだ、何とかして早く原因を究明と、ことばのあやでは上手なことを言っていますけれども、厚生省の科学的な公正な判断がつかない限りは処置なし、こうした形でありますから、その点については勇断をもって厚生大臣にやっていただきたいということを再要望いたしますから、それはそのとおりでやるということならお答えいただかなくてもいいのですが、この辺について、もう一、二でやめますが、ひとつ所信を伺いたいと、こう思います。
  148. 園田直

    国務大臣園田直君) 御意見の中にありましたが、公害につきましては、公害の基本的な本質問題から考えまして、あくまで科学的に究明をして、政治的な圧力あるいは配慮等は一切なさないで、一日も早くこれを認定をする方向に進めたい、こう考えております。
  149. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 申し上げておきますが、また裁判に関連をいたしますけれども、被告側である、しかもあくまで農薬原因説を主張しておられる昭電側はもちろんでありますけれども、日本化学工業協会会長の安西正夫さん、これは昭電の社長であることは先刻御承知のとおりでありますけれども、この日本化学工業協会の会長をはじめ、かつて熊本で水俣病が発生したときに、それは海中に沈められた旧陸軍の爆薬が原因という説を盛んに唱えておった同協会専務理事の大島竹治さんという方がいらっしゃるわけでありますが、この方はこういうふうにおっしゃっています。産業界で主張するのは、こんなことで昭電が原因者とされては、補償問題があっちこっちでなだれ的に起きてくる、それをおそれるからだと、農薬説を主張しておられる。まことにこれは言語道断だと思うのです。これも直接本人から聞いたわけではありませんけれども、およそまあ言わぬことを週刊誌や新聞やその他の権威ある雑誌に書いてあるわけはないと思って一応申し上げているわけでありますが、しかし、いずれ、ただ一つしかない真実は、歴史的な公害裁判によって、加害責任者といいますか、真犯人がだれであるかということは明らかにされることを強く希望し信じているわけでありますが、当面はまず国の責任において一日も早く明快に原因の究明について結論を出してもらうことを関係当局に強く要望しておきます。国が救済責任を持ち、調査の結果企業に責任があれば、企業につまりすべてを負担をさせるという大原則を早急に確立する必要があるのだというふうに考えるわけであります。  たとえば、昭和四十一年の十月、厚生大臣の諮問機関である公害審議会の権威ある答申の中にうたわれてあることは、公害によって受忍限度をこえる損害を生じたときは、原因者が賠償責任を負うことを義務づけておることにかんがみ、これを公害関係法の中に位置づけて法制化すべきであると思うのです。しかし、過般の国会で公害基本法が通ったわけでありますけれども、率直にいってしり抜けでありまして、受忍限度をこえた被害に対して企業が賠償責任を持つということを法律的に位置づけたり、うたうことができなかったのでございますけれども、現時点にはそうであっても、これは早急に手直しをする必要があるのだ、勇断をもってやる必要があるのだというふうに考えておりますので、いま申し上げたようないわゆる言語道断な企業資本家というものがあるわけでありますから、そういう点についてもひとつ十分留意をしておいていただきたいということをこの点は強く要望を申し上げておきますが、これに対して、今日、公害基本法を踏んまえてそれに対する関連法規というものが近く出されるわけでありますけれども、それはそれといたしまして、公害の被害を受けた者に対して受忍限度に対するいわゆる被災補償という問題に対する法制化という問題について、大臣は一体どのように考えておられますか。
  150. 園田直

    国務大臣園田直君) 公害にかかる紛争の処理及び被害の救済については御指摘のとおりでありまして、ただいま中央公害対策審議会に御意見を伺っておると同時に、私のほうでも、これと並行して、急ぐ問題でありますから、鋭意法律案の成案に各省と折衝中でございます。そこで、その基本というものは、基本法にきめられた原因者が賠償責任を負うということを基本にして、しかしながら、それまでの間、被害者というものはほっておかれるわけでありますから、その間は政府が立てかえて、そしてこの救済の紛争については一口に言えば公正取引委員会のような権威のある公正な委員会で認定をして、認定があったならばそれぞれの規定に従って原因者が主になって払うと、こういうふうなことで法律案検討中でございます。
  151. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 もうあと一つで終わりますが、経過の中で、阿賀野川の河口の六十キロ上流で云々という問題や、それから新潟地震で埠頭の倉庫に貯蔵されておった農薬が流れ云々ということ、しかし、阿賀野川の河口の辺に化学工場があってそこからも出ておるのじゃないかという、要するに水の質だとか水流とかに関係をする関連の中で、たとえば経済企画庁の水質のそういったようなものに対する観点について、総合的な科学的な判断を下す中に、何か経済企画庁のほうの水質関係のほうの担当官のほうで関連した参考になる――いずれにしても科学的な判断を国の責任でしてもらって、龍頭蛇尾でこれは資料がなかったというような形でおっぱなすということは、人道問題からいっても、社会問題からいっても、政治問題に発展しても許されない問題でありますから、あと一つで終わりますけれども、今泉水資源局長から……。
  152. 今泉一郎

    政府委員(今泉一郎君) 経済企画庁といたしましては、先ほど来いろいろお話がございましたように、科学技術庁のほうで政府の統一見解をお取りまとめ中でございますので、その結果を待ちまして、水質の規制その他等を含めまして対処してまいりたいと思いますが、御承知のように、原因の探究、将来の災害の予防、いろいろ問題がございましょうが、現にあの河川につきましては、問題のあった昭電の工場も、操業を――アセトアルデヒドのいわゆるアセチレン法による製造でございますか、そういう製造はもうすでにやめております。また、もう一つの工場もさようでございます。そういうことも含めまして、いかに対処すべきかをきめていきたい、そう考えておるわけであります。
  153. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 これで最後にいたしますが、大臣にひとつ、何回も申し上げるわけでありますけれども、生命と健康を守る一つ行政長官としてお答えをいただいておきたいわけでありますが、実は、九州の熊本の水俣病に関連して、第二の水俣病が新潟に発生したという経過の中から、さらに産業公害の中の被害という立場で、九州の熊本とそれから四日市ですね、それから新潟、富山、そういうような産業公害の被害者というものが産業公害被害者対策協議会というものをつくって、つまり被害者同士が交流をいたしまして、そうしてこういう問題に対して、なるほどいろいろな基本法も出てきた、また、いろいろな究明もなされておるけれども、これを十分究明を公害から人間の生命を守っていく、そのことが真の社会開発の道に通ずるんだという形で、そういう動きと、それから学界でも、産業医学会であるとかあるいは農業関係の医学会であるとかいろようなそういう公害に対するいろいろなものが発展をしてきておるわけであります。私どもは、政治の場におる者の立場から、ひしひしとそういう動きというものを身に感じておるわけでありまして、そうしたものはいろいろなパイプを通して所管行政庁にも陳情なり建議という形で出てきておる。こういう現下の情勢の中で、少なくともこれを十分吸い上げて、しかも、やはりこれは国の責任において研究し、調査し、相当な予算の裏づけの措置をしながら十分これらにこたえていくということが必要な事件ではないかというふうに考えております。重ねて申し、強く要求いたしますが、かりそめにも真実というものに対して、それが歴史的な批判の中でほんとうに真実であったということはこれは予想の限りでないにしても、今日的な時点において、いつの閣議で、厚生省の、あるいは各関係省庁の統一見解が、科学的な判断に基づいて、たとえば新潟の場合は第二の有機水銀事件で新潟で食いとめたというような一つのけじめがつくような体制をひとつとっていただきたい。科学技術庁長官なり通産大臣なりその他の関係大臣と閣議の場を通して十分この問題を早く結論を出していただきたい、そういうことについて要求をし、要望しておきたいと思いますが、所信を伺って質問を終わりたいと思います。
  154. 園田直

    国務大臣園田直君) ただいまの御指摘意見は十分平素から私も考えておりますところで、あくまでも生命と健康を守るという立場で、将来また企業の方々が生命と健康を守るというワク内において企業計画されるように、現時点と将来にわたって、いろいろな配慮であるとか、あるいはあいまいにするとかそういうことなしに、各方面の意見を聞いて、そうして公正な最後の判断は私の責任においてやりたいと考えております。  なお、一言誤解がないように申し上げておきたいと思いますることは、ただいまこの問題が裁判になっておりまするが、裁判で判決されることと私が公害と認めることと、影響はあるかもわかりませんが、本質的に異にしておる点だけを御了解願いたい。と申しますことは、公害と認めるということは、裁判で決定されるものと違って、一口に言えば、疑わしきは罰せずとかあるいは証拠が全部あがらなければどうだという意味でなくて、いろいろな科学的なあるいは医学的な資料が集まって大体推定されるならば、その方向に持っていくべきものであると、私はかように考えておりますから、裁判の判決と私の判定とはそこに本質的に相違があることだけは御了解を願いたいと思います。
  155. 杉山善太郎

    杉山善太郎君 それは、大臣、裁判の場合は損害賠償でありますから、科学的な原因が農薬であるか何であるというそれも当然関連をしてくるでありましょうけれども、その点は十分理解をしておるつもりであります。  大体以上であります。
  156. 山本伊三郎

    委員長山本伊三郎君) 他に御発言もないようですから、本日の調査はこの程度にとどめておきます。  本日は、これにて散会いたします。    午後四時四十二分散会      ―――――・―――――