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正木公述人 私は、時間の
関係上、三点について申し上げたいと思います。
一つは、今回の
予算が、
景気抑制的な
予算というふうにいわれておりますが、はたしてそのように組まれているかどうかという点の
検討、それからいわゆる実質減税ゼロというものの
検討、次いで、少し問題を
長期にわたって考えまして、
財政硬直化の打開という観点から、
日本財政の将来の展望、その場合における問題点といったような問題について、
意見を申し述べさしていただきたいと思います。
御承知のように、
政府の
予算方針におきましても、
昭和四十二年
財政の最重要な課題としまして、
財政による
景気抑制機能の実効を期するということが最初にあげられております。それとあわせて、恒例的な補正
予算の慣行を排除するのだ、そうして
財政の体質
改善のきっかけをつくる、こういうことがいわれておるわけであります。そこで、私も、
昭和四十三
年度予算がはたして
景気抑制型に編成されておるかどうか、という点の
検討から始めたいと思います。
一般会計の
予算規模は、御承知のとおり、六千四百億円の国債の発行を含めまして、総計五兆八千百八十五億円であります。今回は恒例のような補正
予算を組まないという方針でありますから、当初
予算との比較でなくて、前
年度の最終
予算、それに対すべきものであり、その場合には、
昭和四十三
年度予算の
伸びは一一・八%になる。予想されます
国民総生産の
伸び率は一二・一%と最終的にいわれておるのでありますが、それを下回っているから、したがってこの国債発行を減額しているという点とあわせて見て、
景気抑制型だと、こういうふうに
政府は説明されておるのであります。だが、このような
政府の説明をこのまま信用するには、よほどの勇気が必要ではないかと私は思うのであります。なぜならば、国債発行を大幅に削減したといわれましても、この六千四百億というものは、本
年度実際に発行できるであろう額と同じなんであります。国債について、またできれば後に触れたいと思いますが、この四十三
年度の場合の六千四百億も、はたして予定どおりの発行ができるかどうかということについて、かなり疑問であると、金融
情勢その他から考えるのであります。それよりも問題だと私が存じますのは、前
年度最終
予算に対して一一・八%というこの計算方法であります。それにはいろいろなからくりがあるのです。
第一は、
予算補正をしないと、こうきめてかかっておるのでありますが、これは今日の時点では
一つの希望にすぎない、事実ではないのであります。補正要因のおもなものは、普通は災害復旧である、そのほかは公務員の給与改定に伴う増額である、それから米価改定に伴いまして食管赤字の増大に伴う補てん、こういったことが主たる問題であります。このうちのベースアップの財源としまして、五百億円を特に予備費の形で今度は組んでおります。これは新しいやり方であります。それから食管会計の赤字でありますが、これも四十二
年度と同額の二千四百六十億円ばかりこれを繰り入れております。そこで今後
生産者米価の引き上げをやる場合に、消費者米価のほうも同額同時に上げる、こうすれば、すなわちいわゆる同時スライド制が実施されるならば、米価による
予算補正ということはないと、こういうふうにいわれているのです。ところが両米価のスライド制というのは、現行の食管法のたてまえとなじまないものがあります。それからまた二千四百億円を赤字繰り入れとして
一般会計から繰り入れているのでありますが、これはその買い入れ数量、すなわち
政府が一トン買えばここに何万円という赤字が出るのであります。そういう
関係で、この二千四百六十億円というのは八百五万トン分の買い入れに見合った金額でしかない。ところが、ことしは未曾有の豊作といわれまして、すでに九百七、八十万トンあるいは千万トン近くまで買わざるを得ない。これは買わざるを得ないのでありまして、そういう
関係になっている。そうしますと、かりに四十三
年度米が普通作といたしましても、おそらく
政府が最終的に買い付けざるを得ないのは九百三十万トンくらいまではいくのではなかろうか、そういうふうに考えます。そうだとしますると、かりに両米価のスライドがやれた
——これは私非常にあやしいと思いますが、なおここに三、四百億円の食管赤字が発生するということは、大きな公算というか、確実だと思うのであります。
こういった問題を離れまして、先ほど大来さんが言われましたように、ただいまの
国際情勢、
国内情勢につきましては、非常に流動的である。そういうときに、
政府の
予算方針、
財政政策としまして補正
予算を組まないという、今度それを特に総合
予算主義とか申しまして、そういうものを打ち出しているようでありますが、これはその動機はわかるのであります。そういうことを掲げることによって、なるべくスライド制を縛ろうという意図であろうと思いますが、しかしこれは、
財政政策として考えた場合には、非常におかしいと思います。特にただいまのような非常に流動的な
経済情勢のもとにおいて、先ほど大来君も言われましたように、減額しなければならない場合もあるし、増額しなければならない場合もあるむしろそういった場合に、より機能的に
財政をやらなければならない。そこに
政府みずからが総合
予算主義というもので縛ってしまうということは、どうもふに落ちないのであります。
そういうわけで、私はやはり
明年度予算の
規模を比較しますときに、これは補正なしときめてやるよりも、今回の特別の措置であるところの予備費の五百億円を
予算額から落としまして、そして以前の、従前の前
年度当初
予算と比較する、このほうがナチュラルであると申しますか、合理的だと思うのです。
それから、からくりの第二番目でありますが、四十二
年度には石炭対策特別会計、それから四十三
年度では国立療養所が
一般会計から特別会計に移されております。そこで
一般会計の経費のワクが
変動している。それを
調整する必要がある。いま申しました第一点と第二点と、これを修正いたしますと、四十三
年度一般会計の
規模といたしましては五兆八千百八十五億円が、石炭
関係で五百九十六億、療養所の
関係で二百十五億が加わりまして、それから五百億引きますと五兆八千四百九十六億円になる。これがこの四十二
年度の当初
予算、四兆九千九百八十四億円、これは石炭会計を含めた金額でありますが、これに比較さるべき数字であります。そうすると、この両数字の増加額は八千五百十二億円、
伸び率は一七%になり、先ほど申しましたような
経済成長率を五%ばかり上回るのであります。したがって、いわれるように
景気抑制型だとは言えないのではないか。これは数字の問題であります。
それから第三としまして、また、昨年九月、
景気調整のために繰り延べた
公共事業費があります。これが四十三
年度支出に上のせされるのではないか、こういう点が問題であります。何らかの手を打たなければ、これは
年度がわりとなりますと同時に繰り延べが解除になりまして、その
公共事業経費はおそらく上半期までに出てしまうという
状態であると思います。したがって、四十三
年度予算の需要効果は、一見した以上に大きいものがあるわけであります。数字的にこれを見ますると、大蔵省のいわゆる試算が数日前の新聞紙上に報道されているのでありますが、繰り越しの
関係を
調整してあるわけであります。これによりますと、四十二
年度は、前の
年度からの繰り越しと次
年度への繰り延べと差し引きしますと、マイナス三百二十二億円であります。四十三
年度は、繰り越されたところの七百十三億、これはいわゆる
公共事業の繰り延べのほかに、通常の繰り越しがあるわけですね。合わせまして七百十三億、これに対して、四十三
年度も、
政策的な操作をしないでも当然四十四
年度に繰り越されるであろうものが、数年間の平均をとりまして四百十三億と大蔵省は計算している。そうすると、差し引き四十三
年度においては繰り越し
関係において三百億ふえてくる。前
年度が三百二十二億
予算のワクが減って、ここで四十三
年度が三百億ふえるわけですから、六百二十二億がその間にふくらむ。それを先ほどの第一、第二の修正しました数字に比較いたしますと、四十三
年度予算の実質の
伸び率、これは実に一八・四%、こういうことになってしまうのであります。これは、私がやったと同じことを皆さんがおやりになってみればおわかりだと思うのであります。決して、種もしかけもないのであります。
明年度予算は、あれほど圧縮に努力したと言われながら、正確に当初
予算に比較いたしますと、一七%とか、あるいはさらに繰り越し、繰り延べの解除を考慮いたしますと一八・四%とか、こういうように、何か非常に意外の感じがするほどの需要効果をはらんでおるわけです。
しかし、これは、一見ふしぎに思われるかもしれませんが、大蔵省流の、いわゆる狭義の当然増経費、これだけでもすでに一三・七%、当初
予算に対してふくらむんだ、こういうふうにすでに説明されておるわけですから、これは決して考えられない数字ではない、こう思うのであります。私が、これを申し上げるのは、いまの
一般会計の
規模が非常に
景気抑制的にできているんだと
政府が自分でお考えになり、そして、そのとおり運営されたならば、これはたいへんなことになるんじゃないか。やはり正直に、これは相当需要効果を持っているんだ、特に繰り延べ解除の
関係と合わせまして、何かここに手を打つべきであろう、こういうことを考えます。
他方、
一般会計に比べますと、
財政投融資
計画のほうはよほど弾力的に組まれておりまして、このほうの指摘をしないことはやはり公正を欠くと思います。すなわち、大蔵省の原案
段階では、財投の
伸び率が、公開財源を含みまして一一・二%増に編成されておりますが、これは結局守り切れなくなりまして、最終額は二兆六千九百九十億円、
伸び率にしまして一三%ということであります。当初
計画での財投の
伸びが一三%にとどまったということは、これは数年ぶりのことであります。これは確かに努力のあとがあると思います。また、近年は
一般会計の
伸び率よりも財投の
伸び率のほうが多い、これが今回は逆転している。この点もひとつ特筆さるべきである、こういうふうに考えます。
ところで、この
財政投融資の
伸びがこういうふうに低くとどまっておるということにつきましては、
二つほどの特殊な事情がある。
一つは、これは金額的にさほど多くはございませんが、電電公社の
投資計画がやや落ちておる。それからその場合の電電公社の
財政状態がよろしいために、また
設備資金、
設備負担金ですか、これを増額をいたしておりますために、財投への依存が減っておるということがあります。それから最も大きく響いておるのは、おそらく地方債の
関係であります。地方債は千億近くふえるべきところが、今度はわずか二・四%しかふえていない。これは地方
財政が来
年度はわりあいに好調である。それから一方、国の
一般会計における
公共事業を押え目に組んである、それが反映いたしまして地方債の発行量が減っておる、こういう
関係にある。その
二つのあれを除きますと、
一般の、
政府財政投融資
計画のほうはそんなに大きな
変動はない。これは
内容的にも構成的にも大きな
変動はない、こういうふうに受け取れるかと思います。
次に、実質減税ゼロという増税について、私の
意見を申したいと思います。実質減税ゼロは、
昭和四十三
年度予算のもう
一つの顔であります。
明年度減税について、当初、宮澤構想では、慣例的減税はストップだと、こういう声が起がったのであります。これに対して主税局方面から、減税ストップではこれは実質増税になるんだ、こういう声があがりました。次いで佐藤総理、
水田大蔵大臣等が、勤労家計を百万円まで無税にするということは公約であるから、どうしても所得税の減税をやりたい、こういうふうなことで、四十三
年度の減税案がスタートしたわけであります。ここまではよかったのであって、
国民も、何がしかの実質的な減税が行なわれるであろう、こう思ったのでありますが、いよいよ最終案のふたをあけてみますと、所得税は初
年度千五十億、平
年度千二百二十億の
規模で
実行されるということにはなっております。ところでこの財源が、酒税の引き上げで四百五十億、たばこの値上げで五百五十億、物品税の暫定措置の整理で五十五億が充てられた。
政策減税のほうでは、
輸出振興とか
技術の開発促進、中小
企業の構造
改善等でありますが、初
年度は四十一億、平
年度になると百六十二億の
規模でありますが、この分もすべて同じ特別措置の価格
変動準備金の繰り入れ比率を下げることによって、財源をみずから
調達しておる、これが実質減税ゼロの
内容でございます。実質減税ゼロだと言われますが、これは税金を取る
政府の側からの計算、勘定なのでありまして、税金を取られる
国民の側の計算では、減税どころか、これは増税なのであります。
まず所得税でありますが、名目所得にかかっておるのでありますから、物価騰貴がありますると消えてしまう所得にも累進税がかかっております。そうして千五十億の所得税減税、このうち四・八%消費者物価が上がる、こういうことになりますると、四百三十億円分のものは消えてしまう、これは大蔵省が
国会に出された資料であります。残り六百三十億円だけがいわゆる実質的負担軽減になる。これは給与のアップでもありますと、実際上はかなり累進が上がってくるわけでありますが、これは別問題
——これはやはりこの場合も実質減税と考えます六百三十億、これに対して酒、たばこの
税負担、これは言うまでもなく逆進的な間接税であります。
ちょっと資料は古いかと思うのでありますが、この二税につきましては、酒とたばこの負担につきましては、所得税納税者の層と非納税者の層によって、どっちがどれくらいの割合で負担するかということを調べた資料が、たしか税制調査会にあったかと思います。それによりますと、所得税を納める階層が負担する酒、たばこの負担分というものは、大体四である、あとの六というのは非納税者が負担するのだ、こういうふうなことになっております。おそらくこれはもっとこの比率は非納税者のほうによけいになっているのじゃないかと思うのでありますが、その後の資料がないから……。
そこで千億増税をしているわけですが、このうち六百億円が低額所得者であるところの非納税者の肩にかかってくるわけです。残り四百億、それから物品税の五十億、この負担は、かりに所得税納税者が全部負担する、こう考えますると、それでも所得税納税者のほうでは、先ほどの減税額からいまのを引きましても、なお百八十億が純減税として残ります。片方の、所得税も納めないような層において、今度は六百億の新しい負担がかかる。それのみならず、いろいろな社会保険料の負担であるとか、いろいろな公共負担がかかってくる。その上にこの消費税の値上げで特に非納税者階層に対して六百億円をかける。そうしてそれより豊かな、しかもまた減税をされておる所得税階層というものとの対比があまりにも激しい。これがいわゆる実質減税ゼロというものの正体だと私は申したいのであります。このような不公正きわまる租税の負担の配分というのは、数年来なかったことであると思います。税制調査会は、酒とたばこにつきましては数年来値上げをしておらぬ、そのために
一般物価水準、それから
一般消費水準に対して非常に割り安になっておる、したがって、予期せざる、意識せざる減税が行なわれておるのである、だから今度上げたのはこれをやや取り戻すだけであって、決して税収をあげるための増税ではないのだ、こういう説明をたしかしておったと思いますが、これはおかしな論理であります。消費水準が上がりまして、それで酒、たばこの税率は上がらない、こうしますと、当然そこに消費者は、下級品より中級品、中級品より高級品へと消費が移動していくわけです。したがって、当然、税を負担する高級な消費に移っていきますから、そこに税の負担というものもおのずから上がっていくというのであって、決して十年前と同じような下級たばこ、下級のしょうちゅう、そういうものが売れているのじゃないのですね。そこをひとつ考える必要がある。
なお、今度の税率の上げ方を見ましても、はなはだおかしい点がある。一番多く消費され、税収が上がると思われるものをねらい打ちにしているという感じが強いのです。たとえばウイスキーで見ますと、二級品は一八%上げているのですね。特級は八%しか上げていない。こういう逆な
関係。それから
一般の
日本酒につきましても、特級酒のほうが上げ率が少ない。こういう逆なことをやっている。これは全く大衆収奪的な増税だと言わざるを得ないと思うのであります。実質減税ゼロというものはそういったものだということを私は申し上げたいと思います。
それから、問題を変えまして、今後の
日本財政の展望とその問題について若干申し述べたいと思います。
昭和四十二
年度予算の編成の際に一言も
財政の
硬直化ということについて触れなかった
財政当局が、昨年の九月になりますと、手のひらを返すように
財政硬直化の打開を説き始めたのであります。
国民ははそれによってびくりしたといいますか、それに対して心から同感を感じ得ないような
立場に置かれてしまった。なぜならば、それは
国民のために国の
財政を預っておるはずの大蔵省が、実は当然増経費で一ぱいになってしまって、
明年度の
予算は組めませんということを居直るような形で申すのでありますから、どうも
国民にとっては、大蔵省のやり方が非常に居直り的であるというふうな感じがせざるを得なかったのであります。それはおきまして、しかしこの非常に熱心な大蔵当局の御努力によりまして、
日本の
財政が
一つの転機に来ている、また相当の問題をはらんでおるということについての認識は高まったということ、これは確かであると思います。またその後大蔵当局がそれ相当の努力をされておるということも、私は認めるにやぶさかではない。しかしこの四十三
年度予算にそれがどの
程度具現されたか、あるいは一歩前進で数歩後退なのか、あるいは三歩前進で三歩後退なのか、この
検討はいまはいたしません。むしろもう少し長い目で見る必要がある、こう思うのであります。
そこで少し長い目の問題として申し上げたい。第一は、現在の時点における
財政上の困難、これははたして
財政危機というようなものに相当するかどうか。大蔵省はしばしばそういったような口吻を使うのでありますが、私はどうも一時的な
調整期に入っているのだというふうに考えるわけであります。もちろんこれは
財政危機の定義と関連するのであります。今日
財政当局が指摘いたしますような
財政硬直化の事実、その打開、これは政治的な抵抗からなかなか困難なんでありますが、そうかといって、直ちに
財政危機というふうに大がかりで言うほどのことがあるかどうか、私は必ずしも賛成できない。歳出面の硬直性は単に
財政危機の一面にすぎないのであります。歳入面で税収の
伸びる力が大きいか、実際に起債の余力があるということなれば、十分であれば、歳出がかなり継続的にふえていっても、それ自体が
財政危機に
発展することはないのであります。当然に、
財政危機と申しますと、歳入面の
発展力、それから歳出の
拡大との
アンバランスであろうと思うのですね。どちらかというと、歳入面の
発展力が衰えてきて、歳出の伸張
圧力、このほうに抗しかねる、こういう事態になりましたときに
財政危機の色が濃くなるのだ、こういうふうに考えます。
大蔵省が好んで引例いたします西独
財政の危機はまさにそういった典型であります。ドイツは五〇年代の
経済成長率は年平均で九・七%、六〇年代の前半になりますと、平均増加率が八・三%に落ちます。それに応じて、税収の平均
伸び率も八・九%、大体弾性値一・一を割るような
状態、ところが、この期間に防衛費の
伸びは一〇・六%である、社会保障費が九・二%、その他重要経費は総体で一二%という
伸び方をしたために、ここに赤字が累積していった。そこに六七年に戦後の最も深刻な
不況に打ち当って、
国民所得水準が前年より二%でありましたか落ちるというような、これは
日本ではとうてい想像できないような深刻な
経済危機が見舞いまして、そこで
財政運営が行き詰まってしまったというのであります。
このような西独の
財政危機と
日本の
財政の困難とは質的に私は相当違うと思うのです。大蔵省は、この
財政危機ということを相当強く言わないとなかなか引き締まらぬといいますか、そういったような心理的効果をねらっておられるのかもしれませんが、直接に
日本と西独との
財政の構造を比較してみたり、その
伸び率を比較してみたりすると、やはりよほど問題の次元が違うように思うのであります。
日本も、かつてのように、高度
成長それから高い租税の自然増収、これは期待できないのは事実であります。もちろんこの
昭和三十年代に経験しましたような年率二〇%をこえるような
経済成長率とか、それから好況期になりますと、租税の弾性値が二をこえるというようなこと、これは今後おそらく期待できないと思うのです。しかし、四十年代の前半を、年平均一三%
程度の
経済成長率を維持することは、さほど過大であるとは私は思わないのであります。ここに大来さんもおられますから、大来さんにも伺いたいと思うのでありますが、私は大体四十年代の前半期、平均一三%ぐらいの
経済成長率を期待できるのじゃないかと思います。そうして、その場合の租税の弾性値の平均を大体一・三ぐらいに押えてもいいのじゃないか、こういうふうな前提を置きますと、租税の自然増収率が年々一七%ぐらいになります。そうすると、その中から三%ぐらいを国債の発行減に充てる、こういうふうにいたしますと、三年ほどたちますと、大体四十五
年度になりますと、国債の発行額は二千八百億円ぐらいに減ってくる、減らすことができる。当時の、そのときの
財政歳出
規模の四%くらいにしかならなくなるだろう。いま
政府は三年間か四年間のうちに国債の発行依存率を五%くらいにしたいというようなことを言っておるのですが、これはほんとうにやるつもりなら十分
可能性があるところではないかと思うのであります。ただ、この場合に、四十三
年度を含めまして、そういうところまで持っていこうとしますと大体三年間は歳出の
膨張率を年率にして一二%以内におさめていくという必要があるのであります。この一二%に押え得るかどうか、三年間引き続いてそれにしんぼうし得るかどうか、その苦しさに耐える努力が必要であるということであります。三十八年から四十二年の平均
拡大率は一七・六%であります。ですから、一二%ということは
財政の
伸び方としてはかなり落ちるわけです。しかし、そうかといって、非常に落ちるのではないので、四十年代に予想される
日本の
経済安定
成長ベースと一二%というのは大体同じくらいのところであるというふうに思います。中期
計画では、たしか、経過期間中の
財政規模はGNPの
成長率より一、二%上に持っていくというふうなことをいっておるのでありますが、この私の一二%というのは、国債を減らしていくために、一三%の
経済成長率に対して
財政のほうを一二%に押えていこう。この開きは国債によって、
不況期のときに国債を出したためにその自然増収の先食いをしてしまったということにすぎない、こういうふうに思うのであります。
そこで、この歳出
規模を年率一二%に押えていくということは、一口に言いますと簡単でありますが、これは実際問題としてはなかなか問題があると思います。特に各費目の
伸び率が従来とよほど違った変化を遂げなければなるまいということなんで、すべての経費の
伸び率を一律に落としてしまうというのでは
意味がないのであります。一律に抑制すべきでなくて、最近において必要性が認められて、経費の増加率の高いもの、たとえば
生活環境関係あるいは公害の防止でありますとか、精薄者精神病対策、交通事故対策、ガンの予防とか、科学
技術研究費とか、流通機構
改善費だとかいったようなものが見られますが、これらの新しい経費の
拡大には一そう推進する必要があり、従来まで重要経費とされてきた大きな比重を占めているものについては漸次抑制を加えていく、こういったウエートのかけ方を変えていく必要があるのであります。既定費であれ新規経費であれ、この際経費の効果、効率の点で徹底的に洗うことが望まれます。そのために各省と大蔵省主計局との折衝にとどまらないで、もう少し科学的な経費の分析であるとか、あるいは効率の研究であるとか、こういったものを、
アメリカ、イギリス等で若干進んでいるのでありますから、そういったような科学的な
検討の方法、こういうことをやる必要があるんじゃなかろうかというふうに考えます。
それから、著しいことは、大蔵省は今回危機打開、歳出合理化というものに際して、指導原理としまして効率化ということを申すとともに応益負担、応能負担の原則を徹底させることが必要だ、こう主張しておるのであります。大蔵省流にいいますと
——少しはしょりましょう。大蔵省流の原則、これは確かに合理的な面を持っておるのでありますが、しかしこれをあまり簡単に、たとえば消費者米価と
生産者米価というように、極端に違ったものを、ただ
一つの米という面だけでもってくっつけてしまう、こういったものは、おそらくこれは
政策にならない。やはりもっとこれは、米の問題じゃなくて、農業
政策という面で考えなければならないというふうな問題。それから社会保険その他の問題についてもいろいろとある。非常に簡単に、応益原則、受益者負担ということに走りますと、これはすぐに負担の増大になり、物価の騰貴にいかざるを得ない、こういう問題になってくるのであります。そういう点は非常に警戒を要すると思います。
それから、
わが国の
財政で、社会保険
関係費、それから
公共事業費これも非常に大きな比率を占め、年々の
膨張率も高かった。そこで
一般的この経費を一二%
程度に押え込もうということになりますと、どうしてもねらわれるのはそういったところである。しかしそうかといって、社会保障
関係において、すべてが応益原則で割り切れるかといいますと、そういうわけにもいきません。そこで、どういう部面に応益原則が十分に使われていくか、それから、どういう部面にこの応能原則あるいは公費負担というものを徹底さしていくかということについて、すなわち、社会保障を前進させるということはだれも反対をいたしませんが、その中でどこに
政府の金すなわち
国民の金をつけるかということについては、従来は自然増収等が多かったときに、わりあいにルーズに考えられていたのじゃないか、これからはやはり金を食う社会保障に備えるために、ある
程度社会保険のほうから金を抜くようなあれは必要であろうかと思います。
それから
公共事業関係でありますが、これにつきましては私はいろいろ申し上げたいのでありますが、時間もだいぶ過ぎておりますので、この点だけ申し上げたい。
いままでの
公共事業、これは
一般会計の
財政面とそれから
財政投融資の会計と両方にかかっております。そうしてこの
公共事業の性質も、災害、国土保全的なものと、それから生活基盤的なものと、それから
生産基盤的なものと、こういう大きな性格の違ったものから構成されておる。それに対する配分
計画、それから、それを実施するものの主体の選択、それから、それらの経費の分担
関係でありますが、これらについてよく調べてみますると、どうもかなり乱れておるといいますか、
公共事業関係というものをもう一ぺん見直す必要があるんじゃないかというふうに考えられます。その点でこれから一番大きな問題は、おそらく
公共事業関係をいかに合理化するかという点であろうかと思います。ただ、それがこれまでのあれから考えますると、
公共事業関係ほど、おそらくこれが合理化されることがむずかしいんじゃないか。それは言うまでもなく、各省のこういった建設
関係の官僚の割拠主義、あるいは政党あるいは地方的な勢力と
公共事業との結びつき、こういったものが非常にからみ合っておりますために、あるべき
公共事業の
立場から
公共事業を再編成するということは非常に困難ではないか。しかし、これがなされるかどうかということが、結局は
財政硬直化をほごし得るかどうかの
一つのキー重大なキーではなかろうかというふうに私は考えるのであります。そして、どうかそういった効果ある
日本の
財政の体質
改善がなされることを望みます。
ただ、せっかくこういうふうにして整理されて
日本の
財政の弾力化が取り戻されたとたんに、その成果が国防費に食われたり、あるいは警察費の増強に食われたり、あるいは大型
技術開発といったようなものに大幅に食われる、そういうことになってくると、実はそこから本格的な
財政危機が
発展してくるというふうに考える。どうかそういうことのないように、
国会において十分監視されることを私は希望したいのであります。はなはだお粗末な
公述でございましたが……。(拍手)
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