○稲富稜人君 私は、民主社会党を代表いたしまして、この際、
昭和四十二年度
農業の
動向に関する
年次報告並びに
昭和四十三年度において講じようとする
農業施策に関して、若干の質問を行ないたいと思います。(
拍手)
農業白書並びに
農業施策文書の提出は、
農業基本法制定以来、今回で七回に及んでおりますが、私が毎回これを通読して感じますことは、これは単なる官僚的作文にすぎないのであって、これによって
農業に運命をかけた全国の
農民の心情に訴え、彼らをして感奮興起せしめる何らの気魄も
政策も全くくみ取ることのできないということであります。私は、ここでこの白書の枝葉末節の
内容について議論するつもりはありませんが、ただ、この機会を
利用して、最近における
農業の
基本的姿勢はいかにあるべきであるかにつき、
総理並びに
農林大臣の忌憚のない御見解を伺っておきたいと存ずるのであります。
今日、私たちが
政府の
施策を拝見して最も憂慮にたえないものは、
政府は、一体、
日本経済の中において
農業をいかように位置づけされようとしておられるか、その御意図が一向にはっきりしないということであります。
いまや
日本経済は、
国民の勤勉と
努力によって確かに
発展の方向にあり、
国民生活の水準も
上昇を示しております。しかし、
世界の政治
経済情勢は、ようやく安定から激動の時代へ突入しようとする状態の中で、
政府は、
日本経済の一環である
農業を全体としてどちらの方向へ引っぱっていこうとされているのであるか、すなわち、
拡大か
縮小か、前進か後退か、私をして端的に言わしめるならば、
政府は、わが
農業の撤退作戦をひそかに指導されているのではなかろうかとさえ感ぜられてならないのであります。(
拍手)
私たちが大局的立場において今日の
農業の
動向を観察いたしますると、明らかに底辺において相つながっている二つの問題点を発見するのであります。
その一つは、
農業人口の
減少、
農地の壊廃、作付面積の
減少と
兼業農家の
増大であります。他の一つは、
農業生産をはるかに上回る
食糧需要の
増大と
食糧農産物の
輸入の激増であります。
農業基本法制定の究極の
目的は、申すまでもなく、
農民の
所得や生活が他の
産業分野で働く人々と均衡がとれるような諸般の
施策を国に義務づけたものであります。今日、幸いにして、
農家の
所得は伸び、
生活水準の
格差も
縮小してまいりました。しかしながら、それは
政府が
農業基本法を忠実かつ熱心に実行した結果ではないのであります。
政府は、米価の引き上げにも抵抗してまいりましたにもかかわらず、全国
農民の正当な生存権を守るための
要求にやむなく屈せざるを得なかったのであります。かくして、
農産物価格は過去七年間に六〇%余
上昇いたしました。それによって、
農民の他
産業従事者との間の
所得の開きは、かろうじて若干の
改善を見たのであります。しかしながら、その
農家所得の
増大をもたらした最大の理由は、
兼業収入の
増加であります。
兼業農家の割合は、すでに八〇%をこえたといわれておるのであります。
一方、
農業就業人口は激減を続けております。
総理府統計局の最近の発表によりますると九百六十六万人、総
就業人口に対する割合は一九・三%ということであります。この分で進みますると、ここ十カ年を出ずしてわが
農業人口は五百万人、総
就業人口に対する割合は一〇%の線にまで
減少するでありましょう。これは
世界の歴史にもまれに見る超スピードであります。これらの流出
人口は、当然二次部門、三次部門で働くことになりますから、
わが国の
産業構造は、労働
構成に関する限りは高度化したということができましょう。しかしながら、私たちは、このような趨勢を全く手放しで喜ぶわけにはまいらないのであります。それには二つの理由があります。
第一点は、
農業人口の
減少が
農家戸数の
減少に結びつくことができないということであります。
農業白書によりますると、現在の
農業戸数は五百五十万戸、うち
兼業農家は八割であります。したがって、
農業人口が五百万人に減ると仮定いたしましても、
兼業農家の脱農
政策が伴わない場合には、
農家戸数は引き続き四百万戸から五百万戸の間ということになり、わが
農業経営の実態は、依然として明治以来の相も変わらぬ小農、零細
経営の域を出ないということになるのであります。(
拍手)
そこで、私の心配する第二点は、このような
農業構造が
わが国の
食糧事情に与える深刻な影響であります。世間には、金さえあれば
食糧は国外から買ってこられるのではないかというような成金根性の暴論を吐く者も少なくないのであります。しかし、今日の
世界が直面している二つの大きな危険は、戦争と飢餓の恐怖であります。さらに最近には、これにドル、ポンド及び円の危機が加わりました。あの強大な
経済力を誇るアメリカでさえ、ベトナム戦争に手を焼き、ドル防衛に狂奔せざるを得ない
情勢に追い込まれているのであります。後進国家の貧困と飢餓に基づく政治不安が、いつ何どき暴力革命に転化するかわからないこの時期において、しかも、アメリカの
食糧ストックは底をつき、共産圏諸国家は常時数百万トンの
食糧輸入を余儀なくせられている
状況を目前にして、総
輸入額の二四%、二十三億ドルにも達する
食糧農産物の
輸入に貴重なる外貨を支出せざるを得ない今日の
わが国の実態を、
総理はいかなる感触でごらんになっておるのであるか、お伺いしたいと思うのであります。近い将来に、金はあっても農林物資の
輸入は恵うようにならないというような事態が到来しないとは、だれが保証いたすことができましょうか。
政府がこういった
情勢を深刻に認識し、
食糧自給の方向へ
政策転換を断行し、有効適切な
措置を講ぜられない限り、農林物資の
輸入圧力が日一日と深刻化することは火を見るより明らかなことであります。
前に述べましたように、
わが国の
農業生産を担当する
農業人口並びに
農業生産の場である耕地の
利用率は、量及び質の両面において急速に低下ないしは悪化していることを
農業白書は繰り返して述べておるのであります。今日、いわゆる裏作はほとんど放棄せられております。一方、水産物の水揚げ高も、七百万トンの線で完全に頭打ち状態であります。さらに、生活の
近代化に伴い、
畜産物需要の
増大に著しいものがありますが、これまた
生産は伸び悩みの状態にありまして、年々
輸入増は顕著であります。脱脂粉乳、バター等の指定乳製品の
輸入は、すでに四十万トンにのぼっているのであります。
わが国の
食糧需給は、その実態を洗ってみれば、以上述べましたごとく、きわめて危険な綱渡りをしているのでありまして、それが端的に
食糧自給率の低下となってあらわれているのであります。
農業白書には、
昭和四十一年度の
食糧自給率は八一%であったと記載されておりますが、この数字には、かなり問題があります。
第一には、
食糧自給率の計算にあたっては、飼料の
輸入額と
畜産物の国内
生産額は、ともに除外されておりますが、飼料の
輸入がストップいたしますると、鶏卵、鶏肉、豚肉、牛乳等の
生産は、一瞬のうちに崩壊する危険を蔵しているのであります。
第二には、
政府発表の数字は価格計算に基づいておりますが、これをカロリーによって計算いたしますると、
わが国食糧自給率は、おそらく六五%前後であろうというのが、専門家筋の見方であるのであります。
今日のイギリスの
経済的逆境は、そもそも何に基因するとお考えになっておりますか。その原因は、一つには、間違いなく、
食糧農業政策の
失敗にあったといわなければならないのであります。
農業人口実に四%、
食糧自給率四五%、この異常な
産業構成が、ばく大な
食糧輸入を余儀なくさせ、それが圧迫材料となって、工業原材料の
輸入が停とんする。さらに
生産性の高い重化学工業の振興を妨げる、輸出不振、
経済の低成長、
国際収支の慢性赤字、財政不健全、ポンドの弱体化、こういった悪循環が、イギリス
経済を窮地に追い込みました。今日日本が、このイギリスの轍を踏むことはないとだれが断言し得ましょうか。
農業人口は五百万人、その多くは老人や婦人であります。
農家戸数は五百万戸、その多くは
兼業農家であります。日本人の
食糧の過半を
外国に依存し、外貨収入の半分以上を
食糧のために支払う、こういった最悪の事態の到来を日本の
農業の将来に予測することは、取り越し苦労もはなはだしいと何人が断言し得ましょうか。私は、わが
国民経済と
国民生活の前途に、ひそかなる不安を感じているものであります。その徴候は随所にあらわれております。現に、総
輸入の四分の一は、
食糧農産物の慢性的な
輸入に充当されております。
食糧輸入は
硬直化し、
わが国経済の構造的な部分をなしております。
国際収支の安定性は常時脅かされ、外貨準備は先進諸国間では最低であります。早晩、それが
経済成長を制約し、
国民生活の
向上を阻害する
要因となるのであります。私が、冒頭において、いまこそ
日本経済の中における
農業の位置づけを明確にし、その向かうべき方向を確立しなければならないと訴えましたゆえんのものは、そのためでございます。
巷間伝えるところによりますると、
総理は、日本の
農家はオール
兼業化に向かうべきものと信じておられるとのことであります。
兼業農家をつくることに血道を上げることは、低
生産性の
農業に片足をかけた低賃金
労働者を確保するためであります。よって、財界や
経済界は大いに賛成しても、しかし、それでは
農政不在といわなければならないのであります。(
拍手)
生産者代表、消費者代表を米審から追放した倉石前
農林大臣、西村現
農林大臣の方針は、まさに低米価、低賃金の資本家的発想そのものでありまして、
農家のオール
兼業化論と一脈相通ずるものがあると考えられまするが、
総理はいかにお考えでございますか。承りたいと思います。(
拍手)
農林省は、昨年
構造政策の
基本方針を決定いたしました。今次の
農業白書におきましても、構造
改善の急務なるを説いております。すでに過去十年にわたって、農林省は構造
改善事業を実施し、すでに二千億円に近い犠牲を
農民にしいております。しかるに、前述しましたように、
わが国の
農業構造にはほとんど見るべき質的
向上の成果をあげていないのであります。それは、歴代自民党内閣に、日本
農業の将来に関する明確なビジョンがなく、安易な
政策で日々を糊塗してきたからであると申しましても決して過言ではないのであります。(
拍手)
いまや、
都市文化の影響は、日本列島の津々浦々の農山村にまで浸透しております。今後、漫然とした安上がり
農政、他力本願
農政に終始しておりますると、早かれおそかれ日本の
農業はオール
兼業化どころか、オール蒸発のうき目を見ることは、きわめて明瞭であります。
かくのごとき理由にかんがみ、私は、危機を迎えつつある日本
農業の防衛と
発展のために、数点の積極的提案をいたし、これに対し
総理並びに
農林大臣の御答弁をわずらわしたいと存ずる次第であります。
第一点、日本
農業の
体質を強化するには、
農業の
生産基盤を
拡大する以外にありません。そのためには、やはり公共投資あるいは財政投融資の画期的な増額が必要であります。そこで
政府としては最小限度五兆円を目途として、今後十カ年間にわたり、毎年五千億程度の追加投資をなし、これによって農用地を最小限現在の二倍程度に
拡大する必要があると考えますが、
政府にその勇気はないかということをお尋ねしたいと思うのであります。(
拍手)
第二点、
兼業農家対策を兼ねた
農業構造政策を真剣に考慮すべき時期が到来していると思うのであります。
その対策の一つとして最も重要なものは
農地法の
改正であります。しかし、それは
政府の
政策が、すでに述べましたように、農用地の開発を軸として、積極的かつ前向きの
政策転換を行なうことが
条件であります。その上で、現行法の精神である自作農主義は堅持し、しかも耕作者の権利はこれを強く擁護しつつ、
小作料もできるだけ低位に維持することが必要であります。その理由は、
農業人口の急減による
農業生産力の低下を防止しながら、あわせて
農業経営者の
経営規模の
拡大を可能とする方向をこの際確立することが絶対不可欠だと信ずるからであります。
対策の第二は、農村における
社会保障政策の確立であります。特に
農民年金
制度の創設によって、単なる救貧
政策ではない、
農業の構造改革につながる社会
政策の全面的展開が、この際急務であると信ずるのであります。
農民が人間として尊重される
政策が確立されないで、どうして苦しい
農作業に執着することができましょうか。
政府は真剣に考慮せられたいのであります。
最後に第三点、
農産物価格政策、特に米価
政策には、
農民の
所得向上対策としては一定の限度があることを私も認めております。しかし、性急に低米価
政策をとることには絶対反対せざるを得ません。何ゆえならば、
農業の
構造政策がその効果を発揮し、
農業の
生産性向上がほんとうに実現する以前に、現行の食管
制度の根幹をくずせば、日本
農業は一気に衰亡に向かうからであります。したがって、
政府としては、長期
政策の一環として、長期
計画に基づき、
農業者自体が米価を決定する仕組みを整備しながら、徐々に現行
制度の改廃に進む方策を検討することが賢明であると思うのであります。
そこで、当面の問題といたしましては、当面の米審
構成の問題についても、
政府はかたくなな態度を捨てて、一たん白紙に戻して、あらためて出直しをはかるべきであると思うのでございまするが、これに対する
総理の明快なる御答弁を求めまして、私の質問を終わる次第でございます。(
拍手)
〔内閣
総理大臣佐藤榮作君
登壇〕