○宮城
参考人 私は、
魚価安定基金存廃の問題に先立ちまして、若干の見解を申し上げておく必要があるのであります。
それは三十六年に
魚価安定基金法並びに
漁業生産調整組合法の両案の御審議の際に、
参考人として本
委員会においておおむね次のような公述をいたしております。
漁業者はその
漁獲物を食品として
生産し、それが公正な
価格において販売されることにより、再
生産を可能とする経営の安定を望んでいるのであって、非食品たる
魚かすの支持
価格において救済されることを望んでいるのではないということを申し上げました。この場合、私の用いましたる公正なる
価格形成とは、ある種の魚類がはなはだしく
価格がダウンしたならば、単なる
生産活動の一時停止または最低
価格的な歯どめによりこの
漁業を救済するというのではなくて、
流通構造全般の問題として取り上げるべきであるということを申し上げたつもりであります。そのためには、国家資金の
相当なる裏づけが必要でありましょう。よって、農業における
価格支持政策に照応して、このような
魚価安定対策の強力なる推進を要望したのでございました。この見解につきましては、その後の社会事情の
変化、
水産物需給並びに
消費性向の
変化にもかかわらず、私の認識にはいささかの変わりもないのであります。
なぜならば、御
承知のように
漁業は常に自然的な影響を受け安く、その
生産性は常に左右され、あるときは
需要をこえる
豊漁に恵まれると思えば、あるときには
生産費を償い得ない不漁に見舞われるという
変動の常ならざる産業であります。かかる宿命的
性格にもかかわらず、
漁業は
消費者との対応においては、でき得る限り平均的
価格において
国民需要にこたえることが、食品産業としての使命であるからであります。
政府は、いわゆる
漁業白書において、
漁獲物の
処理施設の充実等に力を尽くしていると記載されておりますが、現実にはその
施策が十全に遂行されているとは私は考えないのであります。たとえば、昨年の北海道におけるホッケやスケソウの大幅値下がり、秋田県においては箱代にもならないようなハタハタ
魚価の
暴落等の現象は、常にどこかで、あるいは何かの
漁業で起きているのであります。それが局地的であり、小
生産者間の問題であるがために、かつての
サンマ大漁時におけるような、
政策対象として中央で問題にならないだけなのであります。
かかる
政策的な偏向は、常に大資本企業の要求の陰に中小企業の要望が黙殺されているという現実の中に、私はその片りんをうかがうことができるのであります。そのことは、
特殊法人の整理に関し、昨年八月十日の朝日新聞の社説が、整理統合してもさしたる影響のないもので、問題にはなっていても、抵抗が強かったり政治的圧力のあったと思われる、いわゆる大型法人は避けたきらいが強いといみじくも指摘していることと、一脈相通ずるものがあるような感がいたします。
それはともあれ、極言いたしますなれば、
漁業における
価格政策並びに
流通構造の改善
施策は未確立であり、むしろ
漁獲物
流通対策は
魚価高現象に依存していると言っても過言ではありません。このことが、
魚価定定
基金法並びに
漁業生産調整組合法成立の際の本
委員会の決議を十分に生かすことができなかった。したがって、これが今回の
事態の遠因と相なったものと言っては言い過ぎなのでありましょうか。
申し上げるまでもなく、
魚価安定基金法は、
漁業生産調整組合法とセットして成立したものであります。したがって本質的には、現在ある六つの
漁業調整組合は当然
魚価安定基金の構成員として加入させ、
基金規模の拡大のため強力なる行政指導が行なわるべきであったはずであります。もちろん、法文上のたてまえは強制加入ではないのでありますが、しかし
生産調整組合が設立されるということは、従事する
漁業者が常に
大漁貧乏の危機感を持っていたからであります。まき網の主要
対象魚種である
アジと
サバの九年間の
魚価の足取りを見ますと、平均
価格は
変動的でありますし、
サバの場合は、九年前から見ますると
漁獲高が二・一倍にふえております。したがって、キロ当たり単価は二割五分の低下を示しているのであります。これを、生鮮魚介類の
消費価格が七年間に八割一分の値上がりをしたことと対比してみまするなれば、
サバに関する限りは、ある
意味においては一種の
大漁貧乏的現象を呈しているとも言えないことばないのであります。
さて問題は、このような現象のはらみがちな
生産調整組合をどのように活用するかであります。
昭和四十三年度において
沿岸漁業等について講じようとする
施策の中に、「
水産物流通の合理化」の一項に、「
漁業生産調整組合法に基づく
漁業者の自主的な
生産調整事業について、その円滑な実施のため、ひきつづき必要な指導を行なう。」と記載しておりまするが、この場合の円滑なる実施とはいかなる内容を持つものでありましょうか。
昭和四十一年度の
漁業の総
生産高は七百十万トンをこえているとはいえ、拡大した国内
需要に応じ得ないのが現状であります。とするならば、
漁業生産調整組合の
性格は、法制定当時とは大いに異なってくるはずであります。
そもそも
魚価安定基金は、農畜
水産業の所得
政策の一環として、当時の
魚価事情に対応しようとしたものであったことは言うまでもありません。したがって、その後の
水産物の
需給関係の
変化と
魚価の騰貴の
傾向の中においては、当時と異なった様相を呈していることは言うまでもないのであります。それゆえに
調整組合の任務の
一つであった、漁港の
処理能力を越えた
生産状況が顕現した場合、その
漁獲努力を抑制することはもはやその
意味を失い、むしろ増産されたものをいかに適正に
流通せしむるかに重点が移されつつあるのが現状でありましょう。
さて、いま
一つ所得
政策との関連において見のがし得ない点は、
漁業災害補償法の制定並びにその改正によって、
漁業経営は曲がりなりにも所得保障の道が開けてきたことであります。まだまだ不十分であるとしても、この
制度と貯蔵
能力の拡大が、
漁業生産調整組合並びに
サンマだけを
対象とした
魚価安定基金を、一そう影の薄いものとしたことは争えない現実であります。しかし
中小漁業においては、
漁業収入の増加にもかかわらず、
漁業支出は各漁船階層ともに増加し、その増加額が
漁業収入の増加額を上回り、
漁業所得が減少するという結果に相なっていると、最近の農林省の
漁業経済調査報告は指摘しているのであります。
さらに考慮を要する点は、
漁業はともすれば過当競争におちいりやすい体質を持っている点であります。そのために、技術革新に対応し、
漁獲努力を集中的に強化することがしばしば見られるのであります。その給果、
漁業者は借り入れ資本に依存する度合いがはなはだしく、五十トン階層以上の漁船経営者の自己資本率は、平均いたしまして三〇%前後でありまして、企業体質の不健全性を示すものと言っていいでありましょう。資本の有機構成の低さは、すなわち何らかの物的障害に当面する場合、たちまちその経済的破綻につながりやすい危険性を持っているのであります。それゆえにこそ
全漁連等の七団体は、ただいま
伊藤参考人が申されましたように、
魚価安定基金の
解散はやむを得ないとしつつも、
水産物価格安定対策に関する陳情書において、今後の
水産物価格安定対策が強力に実施されるための法制上、財政上特段の配慮を要望していることは、もっともしごくなことであります。
ともあれ、
国民生活に不可欠な動物性たん白食品の六割は、
水産物の供給によるという日本の特殊な食生活の
環境からいたしましても、産業的地位はたとえ低くても、
水産業に課せられたる使命はきわめて重要であります。それがとかく軽視されがちなことは、私
ども関係者にとって常に不満とするところであります。
魚価安定基金の
解散に関する
法律案の第七条において、「残余財産を分配した後において、なお剰余を生じたときは、
基金の目的に類似する目的のためにその剰余財産の全部又は一部を処分することができる。」と規定されておりまするから、どのような方法においてか
魚価安定
政策をお進めになるのでありましょうが、これについては後に
意見を申し上げるつもりであります。
さて、その前提として触れておかなければならない点は、業界並びに
政府の御見解と私の立論の差であります。業界の有力なる見解を要約いたしますると、
漁業災害補償
制度の充実、
漁業生産調整組合の活用、コールドチェーンの拡大といった
方向で
生産者と
消費者のためになる
魚価安定策を推進せよ、こう述べておられるのでありまするが、今後の
水産物流通機構の改善並びに
魚価安定
制度を考えます場合に大切なことば、次元の異なる問題を混同してはならないという厳格なる分析が必要であるということであります。
第一に、
漁業災害補償
制度は、
漁業の再
生産を補償するという点においては、前にも触れましたように、確かに
漁業経営の安全弁的
役割りを持っていることは否定することができません。しかしそれは
魚価安定、すなわち公正なる
価格形成のもとで、
生産から
消費に至る過程を合理化するという効用は持ち得ないのであります。したがって、
魚価安定を漁民のふところ勘定の面から考えまするならば、同じ効用を持っているように見えても、実は次元の違う問題であると理解していただきたいのであります。
第二に、コールドチェーンについて申し上げますが、現在進行中の低温
流通がコールドチェーン・システムかどうかにつきましては、多大の疑問を私は持っております。現在コールドチェーンなる用語が、
魚価安定のキーポイントのように喧伝されておりまするけれ
ども、それが実際の効用を発揮するまでには、漁港における
処理能力、
消費地における配分
施設、適正
流通のための情報、輸送
施設の充実等々に要する巨大なる財政投融資なくしては、真実のコールドチェーンの実現は不可能なのであります。かりに現行のシステムを合理的に改善するならば、一歩その本質に近づくとしても、私は幾つかの
矛盾と問題点のあることを指摘せざるを得ません。本国会に
提出されておりまする
沿岸漁業等について講じようとする
施策の中には、「
冷凍魚協会に
助成し、移動展示車を使用する等により小売業者および
消費者に対する
冷凍魚の普及を推進する。」と述べております。公述人はその
効果を否定するものではありません。しかしながら、次のような
矛盾をはらんでいることも現実であります。それは、現在九百をこえるSA級冷蔵
冷凍施設を、その
保管規模から見まするならば、多くは大手の
漁業資本または冷蔵資本の手にあるといってよいのであります。しかも、これらの大手業者が
投資効率をあげ得る要諦は、多獲性
水産物の
価格下落のときに買い入れ、相場の上昇したときにこれを放出するという、従来の商習慣をそのまま踏襲しているのであります。これは商業取引上の経済法則といってもよいでありましょう。その観点から見まするならば、コールドチェーン方式はいまだ未確立であって、現行の状況の中では、
魚価安定が、
生産から
消費に至る一貫した相互利益を生み出すためには、現実の
矛盾的側面を十分に
検討してかかる必要があるのであります。
このような構造的
矛盾に対応するためには、私は
沿岸漁業構造
対策事業として、漁協並びに漁協連合会において
施設されました
水産物貯蔵設備を、現在のごとく個々分散的に経営するのではなくて、
漁業協同組合系統が一体となって有機的に運用することができるよう
検討すべきであると考えるのであります。率直に申し上げまして、そのような
体制は全くでき上がっているとは思えません。そのために、せっかく
施設をされた冷蔵
冷凍施設が遊休化しているという実例を、私は各地において見ております。しかもその反面、近傍の漁港
冷蔵庫は満庫し、
豊漁時に対処し得ないというふしぎなる現象する呈しているのであります。これは漁協系統の一体化が未確立であるからではありますが、それを可能にする
施策を、
政府及び漁協系統全体の中において速急に
検討さるべきことを
意味するのではないでありましょうか。
さて私は、いまの
漁業は、
魚価高にささえられる一般的現象の中において、なおかつどこかで
生産費を償い得ない
大漁貧乏が存在すると申し上げました。この
漁業に避けがたい宿命の克服のためには、小手先の安定策を、畜産等の例にならってやっても、なかなか
効果はあがるものではありません。したがって、
漁業の構造的
変化に対応した長期的な
魚価安定対策が考えられなければなりません。と申しましても財政硬直化の今日、その財源を
政府予算にのみ依存することはできますまい。
そこで、考えらるべき若干の財源造成の問題について、二、三指摘してみたいと思うのであります。
その第一は、年間六百億円をこえる
輸入水産物から差益利潤の一部を国庫に納入せしめ、これを
魚価安定財源の一部にすることであります。もうからない仕事であるなれば、大商社が競争的に国外
水産物を
輸入しようはずはありません。しかも、国内
需要はさらに旺盛となり、供給はこれに追随し得ないのでありますから、高物価現象の中においての
輸入は
増大するとともに、超過利潤率もまた高くなるはずであります。
第二の財源として考えられます点は、国費によって開発されたる
漁場、主としてそれは海外
漁場でありますが、それに展開操業する
漁業者からは、
一定率の賦課金を徴収する。これは受益の一部国家還元であり、
漁業者にこれを均てんせしめる、いわゆる漁価安定
対策ないしは
流通構造の
変化に対応するための費用といたすべきであります。
第三は、北洋への転換底びきトロールのごとく、遠隔
漁場への転換を理由として、大規模の増トンが認められておるのでありますが、これは一種の恩恵的
措置でありますから、これからもまた
一定率の許可料を納付せしめる
制度を
検討すべきでありましょう。
第四は、国外
漁場からの持ち帰り
水産物に対する賦課金徴収であります。現在国内に搬入される
水産物は、輸出分を差し引きまして十三万六千九百トンになっておりますが、主としてそれは高締魚ないしは中級魚であって、
沿岸漁業者の
生産物と競合
関係にあります。と同時に、一般的
漁業利潤率よりも、内地操業の
漁業よりも高い利益率を生じているものと想像して間違いないのであります。したがって、その差益の一部を納付させることは、その企業の大きさからいっても無理な注文ではないはずであります。
第五は、局地的に起こりやすい
魚価暴落に対しては、その地域の知事がこれに対処し得るような
制度を確立し、その救済資金と同額またはそれ以上の国庫
助成の道を開くことであります。
このような方法において
魚価安定対策を強力に推進することは、決して無理な方法とは私は考えないのであります。しかも、このように差益利潤により、不安定な状況に置かれている
漁業者の救済
措置並びに
生産者にも
消費者にも双方に利益する流動
体制をつくり上げることは、社会正義の上から申しましても当然考慮さるべき政治的配慮であると信ずるのであります。と同時に、安定
基金の消滅によって、いわばやもめになった
漁業生産調整組合の、その
性格の
変化に即応して、これをさらに安定的に一歩前進せしめ得る費用とするということが、先ほど五点にわたって申しました賦課金
制度のねらいであります。
最後に重ねて申しますが、短期現象に振り回されていては、長期的な
漁業の産業としての位置づけはできません。数年後には
水産物の国内
需要は二百万トンの供給不足を生ずるものと推算されております。したがって、
政府は、
長期的展望に立つ増産
対策を確立すべきであり、予想される
漁獲努力の拡大とその
流通対策に一そう抜本的な
措置を講ぜられんことを、安定
基金の
解散がやむを得ないという
状態に相なった代策として、さらにさらに強力に御
検討相ならんことを希望いたしまして、
参考人としての公述を終わります。(拍手)