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藤田参考人 陳述に先立ちまして、一言感謝のことばを申し上げたいと存じます。
強制疎開以来二十三年もの長い間、帰島も許されなかった
小笠原の
島民が日夜
小笠原のことを夢みて、いつ帰れるか、帰島、帰島でもって過ごしてまいりました。このたび施政権の
返還になりましたことは、これは全く
小笠原島民にとりましては、ことばをもって表現もできないほどの喜びでございまして、これもひとえに国会、
政府並びに
東京都のたゆみなき長い間の御尽力のたまものと存じまして、まことに感謝感激のほかはございません。ここに旧
島民を代表いたしまして、厚く
お礼を申し上げる次第でございます。
さて、そこで御審議の
小笠原諸島の
復帰に伴う
暫定措置法の問題でございますが、私どもの
考えを率直に申し上げさせていただきたいと思うのであります。
この
法律は、旧
島民ができるだけすみやかに帰島し、そして
生活の再建ができるようにするための御配慮と、また現在
小笠原に住んでおる二百名の住民の
生活の安定がそこなわれないようにする、こういう御配慮のもとにつくられるものと私どもは承知しております。この御
趣旨につきましては、私どもはまことに賛成でございまして、何ら異議ないところでございます。しかし、
小笠原島民の帰島をすみやかにする、こういう点におきまして、またこれから
復興法をつくられる、そういう場合を
考えまして、
小笠原島民が非常に心配しておる点もございますので、そういう点を申し上げさしていただきたいと思うのであります。
まず第一の問題は、この
法律は、米軍によって引き揚げ後すぐ帰島を許されておる約二百名の
現地住民に対する
措置あるいは援護が主でございまして、過去二十三年にわたって日夜帰島の悲願を胸に抱き続けてきた
島民に対する配慮はあまり厚くなく、薄いのではないか、こういうふうに
考える点がございます。
御承知のように
小笠原島民は、昭和十九年に、文字どおり着のみ着のままで本土に強制疎開を命ぜられまして以来、全く塗炭の苦しみを続けてまいりました。そして栄養失調とかあるいはそういう苦しみのために、一家心中、親子心中などというものもたくさん出まして、数字を申し上げますと、十二件、十八名の一家心中、親子心中も出たぐらいでございます。こうしたような悲惨な
生活を味わってまいったのでございます。しかし、これも帰島さえできれば
生活はすぐにも再建できるのだ、こういう希望を抱いておりましたので、その苦難をものともせずに、戦い続けてまいったのでございます。
そして、過去二十三年にわたる長い間、一日としてその
小笠原を忘れずに、いつ帰れるだろう、こういう帰島の夢を抱いてまいったのでございます。昨年十一月十六日日米共同コミュニケが発表されたときは、
小笠原の
島民はほとんどこれを泣いて抱き合って喜んだぐらいでございます。そして近々のうちには日米協定が成立されて、日米協定が成立されればすぐにも帰島はできる、こういう
考えを持ちまして喜んでおったのでございますが、その後すでに半年を過ぎております現在の
状態から申しまして、一体帰島はいつごろになるだろう、こういう心配がいま非常に多くなってきておるのが事実でございます。
私は、この
措置法案に対しまして、異議を申し上げるという
意味では決してございませんが、
小笠原の旧
島民が帰島をするにしましても、島は
先ほど知事さんがおっしゃられましたように、全くこれはジャングル同様になっておる。自力で家を建てることができるというような者はほとんど一人もないのであります。この
法律によりますと、
島民ができるだけすみやかに帰島し、
生活の再建をはかるようにするものだ、そのためにつくる
法律だと申されましても、帰島のために一体どのような援護
措置を講じてくれるかというような点がございませんので、この点
においてたいへん心配もしておるような次第でございます。
この
法律が通過いたしますと、まず
現地住民の対策といたしましては、これはまことに私どもは至れり尽くせりではないかと思っておりますが、二十二年もの長い間、帰島を待ち焦がれて塗炭の苦しみをなめてきた
小笠原島民の対策といたしましては、まだ親心が少し足りないような
法律なのではないかといったようなふうにも感じられるわけでございます。
第二の問題は、行政
措置の問題でございます。この
暫定措置法案によりますと、全島を一村にする
構想でございます。これにはちょっと私どもは問題を持ってまいったのでございます。戦前には
父島に二ヵ村、母島に二ヵ村、それから
硫黄島に一ヵ村、合計五ヵ村の村がございました。私どもは町村合併の線に反対するわけではございませんが、とにかく距離の非常に離れている、
父島−母島三十二キロ、またさらに母島から
硫黄島までが百五十五キロあります。こういう離れた島を一村にするという
構想でございますが、これは現在
父島以外に住民が住んでおらない、住んでおらないところに村をつくるのはこれはおかしいじゃないかということでこのような
構想を立てられたものだと思いますが、旧
島民にとりましては、すぐにも帰島したい、こういう
考えを持っておりますおりから、こういったような
措置は、帰島はなかなかおくれる、帰島は相当先になるのだ、そういう前提条件のもとにこうした全島一村というような
構想を立てられたのではなかろうかというふうに心配いたしている向きがありますので、これはあえて住民が帰れば分村すれ
ばいいのでございますけれども、なかなか
開発も帰島もおくれる、そういう前提のもとにこういった
構想を立てられたのではないかということでたいへん心配している向きがありますので、その点申し上げておきたいと思います。
それから次の第三の問題は、
先ほど都
知事も申されましたように、
硫黄島の問題でございます。
硫黄島に
帰りたいという人は現在どのくらいあるか、まだ
調査の
報告は出ておりませんが、
硫黄島は御承知のように二万の
日本の将兵と五千の
アメリカの将兵がなくなった非常に激戦地でございまして、いまなお地表といわず、壕の中といわず、
遺骨が相当たくさんあるそうです。それからなおまた
不発弾が至るところにごろごろしている。こういったような島に早く帰れといっても、これはとても帰れない。そういった島の
不発弾処理とか、
遺骨の収集とかいうものをまず
考えていただきまして、住民の帰島を早めていただくようにお願い申し上げたい、こういう線でございます。
それから第四の問題は、これは直接にはこの
法案とは
関係がないかもしれませんが、旧
島民を早く島に帰していただく、そういう
関係においては非常に関連がありますので、申し上げさしていただきますが、先般の
政府の
調査団の
報告によりますと、まず
父島にベースキャンプを置いて、それからその他の島を
開発していく、まず
父島を先、それからこの島、それからこの島というぐあいに非常に消極的に地区地区と
開発していこう、こういうような御
構想のようでございますけれども、これは
最初開発され、
最初帰る
人たちは非常によろしいのでございますが、他の島に帰ろうとする
人たちは非常にこの問題につきましては神経を刺激しているのでございます。したがいまして、
開発されるならば、この島は先だ、この島はあとにする、そういったようなことのないように、その条件に従って、その
開発の大小はこれは別でございますが、やはり同じような時期にこれに着手をして、そうしてひとつどの島にも
帰りたい
島民を帰していただく、こういう御配慮を願いたいと思うのでございます。住民といたしましては、
先ほども
知事さんが申しましたが、漁民の
人たちはもう魚が待っている、いますぐにも
帰りたい、また農民といたしましては、
帰りまして土地を開墾して種をまかなくちゃ収穫はないのでありまして、
帰りまして一日も早く島に取りつきたい、もうそういうことでもってほとんど帰心は矢のごときものがございますので、何千人帰るかということはいまのところはまだはっきりしませんけれども、
開発に対しましてはそういう
一つの心づかいをもってお願いしたい、こう思うのでございます。
次に第五の問題は、諸般の事情から
考えまして、これを国でやる、
東京都でやるということにつきましては、いろいろ険路があるのではないか、こういう気がいたしますので、ここに
開発事業団とか、あるいは
開発の特殊会社とかいったようなものをつくりまして、そういう機関に
開発に当たらせるということが、この
小笠原の
開発が最もスムーズにいくことになりはしないか、こういうふうにも
考えられますので、ぜひ御検討をお願いしたい、こう思うのでございます。
それから次の問題は、主として
現地住民の問題になりますけれども、借地権と使用権の設定の問題でございますが、この
法律案によりますと、他人の土地の上に家を建てた者に対して、今後十ヵ年の権利を認めるということ。これに対しまして、これは少しどうかというような
人たちがけっこうございますので、そのことも一言申し上げておきたいと思います。また、この私有地を国または公共団体が使う場合、所有者に断わりなく、何らの同意なくしてこれを使用することができるようになっておるが、これはどうも一方的な
措置ではないか、何かもっと
方法はないかというようなことも叫ばれておりますが、私は
法律家ではないので、こういうことはよくわかりませんが、
適用の場合、十分御留意の上でもってお願いしたい、こう思うのでございます。
以上は
島民が現在最も関心を示している二、三の問題につきまして申し述べたのでございますが、
先ほども申し上げましたように、
島民が一番知りたがっておるのは、まず帰島の場合、国や都がどういう援護
措置を講じてくれるものであろうか、この問題。第二の問題は、島を
開発して
島民の
生活を再建するためにはどのような
措置を講じてくださるか、この問題。次には一体、いつごろ帰島できるのだろう、この三点でございます。二十三年もの長い間放置されまして、島はもう荒れ放題になっておる。これは無人島同様になっておりますので、島の
開発ということはなかなかたいへんなことでございます。したがって、かような
法律をつくられることは、最もよく理解のできるところでございますが、まず
島民が早く
帰りたい、非常にそう思っておる人が多いのでございます。ぜひひとつ御配慮を願いたい。私どもは別にこの
暫定措置法案に何ら反対するわけではございません。ただ、そういったような御配慮をお願いしたい、こういうことでございます。
これで私の陳述を終わらせていただきます。(拍手)