○堀内説明員
お尋ねのプロ野球におきますドラフト制、新人選手の選択
規定があたかも人身売買に似たような人権問題があるのではないかという
お尋ねについて、
お答えを申し上げます。
いわゆる人身売買は、人間を物と同様に売買をする。すなわち、生きた人間を売買の目的物といたしまして、一定の期間他人の恣意的な支配に隷属させる。そしてその対価として金銭などを授受するという契約であるとされております。すなわち人身に対する事実的な支配の移転が行なわれるということ、二番目はその対価として金銭の授受が行なわれる、三番目が不当に人身の拘束を伴う、四番目が人権を著しく阻害するような労務の提供を強制するということなどの要素を含んでいるのが、人身売買の本質的な特徴であるとされておるようであります。
ところで、この野球におきます新人選手との契約交渉権を
指名球団に専属させようというドラフト制度は、右のような人身売買的な特質を持っているものとは、私
ども認められないと思っております。その理由を申しますと、選択
会議におきます
指名行為自体は、まだ新人選手に対しまして事実上の支配を及ぼしてはおりません。なぜかといえば、その
指名された選手は、当該
指名球団に入るかどうか、あるいはどの程度の契約金あるいは参稼報酬ならば入団してよいかという、いろいろな条件をみずからの自由な
意思に基づきましてまだ決定することができるからでございます。また第二に、契約締結後に授受されます契約金や参稼報酬などは、人身に対する事実的な支配の移転の対価として行なわれるものではございません。なぜならば、それらの授受は、選手契約という民法上の雇用契約に類似した契約、あるいは請負契約と解する説もありますが、このような契約に基づきまして、
指名球団と新人選手との間の合意によりまして授受されるからであります。さらに入団の後に不当に人身を拘束し、あるいは人権を著しく阻害するというような労務の提供を強制すると一いう
内容の制度でもないと思われるからであります。
以上に述べましたような理由から、ドラフト制自体は、人身売買とは全く異なるものである、こう
考えられるものでございます。
しかしながら、他方におきまして、ドラフト制の実施によりまして特定の新人選手を
指名をいたしますと、その選手を獲得しなければほかの球団と比較しまして不利になるということがございますために、
指名をいたしました球団が契約の成立を熱望いたしまして、新人選手の両親その他の家族、あるいはそれらの親族、そのほか第三者に働きかけまして、その結果、右の君たちが当該新人選手個人の
意思を無視をいたしまして、事実上承諾してしまう、または新人選手に対しまして承諾を強く迫る、あるいは強制的または圧迫的な
態度に出るということもなしとしないといわれております。私
どもの調査によりますれば、目下のところその実情は不明でありますけれ
ども、もしも右のような事実があるといたしますれば、やはりこれは人権上好ましくないということは言えるのでございます。すなわち、選手契約は新人選手とその
指名球団との間で交渉締結されなければならないものでありまして、当該選手が未成年者でありますれば、その親権者または後見人の同意を得まして契約しなければならないのでありますが、その同意はあくまでも選手個人のためを
考えまして行なわれなければならない、親権者あるいは後見人がその権限を乱用しまして、自分の利益のために選手個人の
意思を無視してはならないと
考えます。このことは、契約の交渉に当たるプロ野球
関係者、あるいは選手の家族及びその他の
関係者の双方とも十分に留意すべき事項であると思われます。
以上、人身売買ではないか、あるいは人身売買に似たような問題がありはしないかという点に
お答えをいたしましたが、もう
一つの面では、職業選択の自由との
関係がございますので、それについて申し上げます。
ドラフト制は、選手契約の締結交渉権を
指名球団に専属させるものでありますので、新人選手がほかの球団へ入団することを希望しておりましても、当該球団は契約締結交渉権を持っておりませんために、希望する球団に入団することができない。そして、
指名球団に入団しない限りは、プロ野球の選手となることができないという結果に相なります。この点では、職業選択の自由を侵すのではないかという疑問が起こるわけでございます。しかしながら、職業選択の自由といいましても、本人が希望すればいつでもその望む職業につくことができるということまでも
意味するものではないと思われるのであります。求人側の
意思のいかんによりましては、求職者がその望む職業につくことができないということがあるのも当然でありまして、これをもちまして職業選択の自由が侵されたと言うことはできないと
考えます。そして、ドラフト制度は、球団側の——プロ野球という技能を競い合う特殊な社会におきます自主的な
規制措置でありまして、
指名をしなかった球団は、その新人選手の採用を希望しなかったのと同じことになるのだろうと思います。これは
一般人の求職過程におきまして、求人側が特定の求職者の採用を希望しないために求職者がその欲する職業につくことができないという場合と異ならないと
考えられるのであります。また、選択
会議におきます球団の
指名によりまして、契約の相手方となるべき新人選手は、一定期間
指名球団以外の球団と選手契約を締結することができなくなるのでありますが、このことは、この新人選手がプロ野球の選手となることまでをも否定しておるものではないのであります。さらに、このドラフト制度が実施されるに至りました社会的背景、すなわち、契約金の暴騰を
防止する、そうして球団間の格差を是正して、プロ野球の資質を
向上させ、その健全な発展を期す、こういう利益を
考えますと、このドラフト制度は、その制度採用前に比較いたしまして、新人選手に対して不利益な結果をもたらすことがあるといたしましても、やむを得ないものでありまして、いずれにいたしましても、職業選択の自由を侵すまでには至っておらないのではないかというのが、私
どもの見解でございます。