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村野参考人 ただいま御紹介にあずかりました
村野でございます。
私は、学問的な
立場から、と申しましても、単なるアカデミズムではなしに、長い間
外国貿易為替の専門銀行である東京銀行に職を奉じていた者といたしまして、学問的に、そして実務的な
立場から、現在の
国際金融情勢の現段階、その展望、そうしてその中におる金の位置というふうなものについて申し上げさしていただきます。長い間こういうものを専門的に研究し、
調査をしている私たちにとって、こういう公の機会で
意見を述べる機会を与えてくだすったことを感謝いたします。
現在の
国際通貨
金融情勢はきわめてあぶない
状態になっているということは御
承知のとおりでございますが、ただ、これをあぶない、あぶないと言いまして、あまり過大評価するのもいけないわけでありますが、いずれにしましても、かつてよりは格段の動揺、危機
状況にあるというふうに申し上げて差しつかえないかと思います。
去る十一月十八日、ポンドが
為替レート切り下げをせざるを得ないというふうな
状況におちいったわけですが、われわれはポンドの
為替レート、すなわち、平価切り下げと同時に
——これは、
先ほどから言われておりましたが、
国際通貨としての条件を単にポンドが失っただけではない。
国際通貨としての条件はこういうことでございます。一つは、
国際的な商業通貨として、商品の流れ、サービスの受け払いを多く媒介するということ。それからもう一つは、
国際的な価値保存手段になるということですね。
先ほど金は
国際決済の手段だと申しましたが、もう一つつけ加えなければならないわけで、
国際的な価値保存手段でございますね。これが
国際通貨としての必要十分条件でございますが、それがポンドの
為替レート切り下げ、これは御
承知のように四九年から二回目の
為替レート切り下げになりますが、これによって
先ほどのような
意味でのポンドの地位は非常に落ちたということでございます。ところが、単にポンドの
国際通貨としての価値が下がっただけではなくて、これが現在ドルの
国際的な通貨としての価値を大きくゆさぶっているというのが現実なわけでございます。しかしポンドの為替切り下げによってドルは初めて動揺したのではないので、すでにドルの基盤というものは少しの外部的な衝撃に対しても非常に弱い
状態になっていたということでございます。それはいうまでもなくアメリカの非常に長期にわたる
国際収支の
赤字——アメリカの
国際収支の
赤字が表面化したのは一九五八年でございますが、それ以来アメリカは多少の金額の相違はあっても、ずっと構造的にあるいはパターンとして
国際収支が
赤字を続けておる。
国際収支の
赤字というのは、いうまでもなくアメリカの対外流動負債の
増加——流動負債の
増加というのは、逆に見ますれば
外国のアメリカに対する短期債権の増大、それによって、アメリカが世界唯一の国としてそういう約束をしている
——これはアメリカの義務ではありません、したがってやめることはできますが、アメリカの
外国に負った公の流動負債に対しては、アメリカは無条件に、無制限に金を兌換しなければならないという約束が守りにくくなっておるわけですね。つまり金はだんだん減ってしまう、対外流動負債はふえるわけでございますから、どうしてもアメリカの金とドルとの等価交換性が非常に問題になる。等価交換性というのは一オンス三十五ドル。一九三三年から三四年におけるアメリカの大恐慌中の例のドルの
金価格切り下げによってでき上がった数字でございます。その前は一オンス二十ドル六十七セントであったものが、一オンス三十五ドルに、民主党のルーズベルト大統領のもとにきまったわけでございますが、その一オンス三十五ドルにおける等価性と等価交換性が非常に守りにくくなっているということでございます。つまり、ドルが世界で唯一の
国際通貨としての必要十分条件を持っておるということは、金と等価交換性があるということでございます。限定されてはおりますが、公的、つまり
日本の
政府が対米流動債権を持った場合には、これは金を請求できるわけでございます。こういうふうに部分的ではありますが、限定されてはおりますが、金とドルとの等価交換性があるということが、ほかの通貨とは全く違った、アメリカのドルに
国際通貨としての条件を持たしているわけでございまして、これが非常に問題になってきているということでございます。したがって、ポンドもそうでございますが、ドルを中心とする現在のいわゆる
国際通貨体制というものは、非常に動揺しているということでございます。つまり現在の
国際通貨体制の動揺というものは、ドルの危機、ドルの金との等価交換性が非常に問題だということ、したがってもはや、ポンドの平価切り下げから生じた
国際的な
意味での通貨に対する信認は地に落ちている。そして現在単に信用をつないでいるものはもはや通貨ではなくて、かつての最強の通貨ドルでもなくて、全部金に向いているわけでございます。したがって通貨の疎外、特にドルの疎外、金選好というものが起こっているわけでございます。それが比喩的にゴールドウオーであるとかあるいはゴールドラッシュであるとか、そういうことばでいわれているわけでございます。逆にいいますと、金選好というものの内容はそういうふうに説明できるかと思います。
ところで、問題は、現在の
国際通貨
金融情勢は多くのいろいろな手が打たれておりますが、はたしてこれによって危機を阻止し、危機から回復できるものであるかどうか。これは実は非常に問題だと私は考えます。と申しますのは、これは世界の諸国の通貨
当局がこの
国際通貨制度の問題に対する認識は非常に甘かったのではないか。そして
対策が非常に弱かったのではなかろうか。問題の危機性の認識が足らず、それに対する評価が非常に甘かった。したがって打つ手はすべて後手後手に回る。そして、ことし八月のロンドンの
国際会議においてひとつ新しい通貨を出そうではないか。
国際的な協力によって、一国に国籍のある通貨ではなく、集団的な国家の合意によって一つの新しい通貨をつくり出そうではないかという議案がまとまりまして、フランスも一応英米側に妥協する。そしてこれが九月のリオデジャネイロの
国際通貨基金の総会において採択されたわけでございます。
国際通貨基金にできるであろうところの、いわゆる特別引き出し権、スペシャル・ドローイング・ライトという形であらわれたわけでございます。この通貨は、つまり
先ほども言われたように
国際通貨としての金の相対的不足、これを補完する、ドル、ポンドの相対的な価値低下、それが疎外されたようなものを補うために、新しい、国籍のない通貨として動員されるはずであったわけでございます。ところが、これすら今度のポンドの平価切り下げを契機とする
国際的な通貨金融の混乱
状態の中では、その
状態を救うためにはもはや手おくれである、あるいは力が足りないというふうにわれわれは評価せざるを得ないわけでございます。したがって、新年、四年ほどをかけてやったこの
対策が実はやはりはるかに
国際金融情勢の悪化という現実に追い越されております。これをわれわれは非常に懸念するわけであります。
ところで、あまり時間を長くかけることができませんので、金問題の中における
日本の
立場を申し上げてみたいと思います。
御
承知のように
日本の
金保有高は世界の主要国と比較して、少ないとかなんとかいう
状態ではないわけでございます。いま試みに一九五九年と一九六七年
——ことしの金の保有高を比較してみたいと思います。一九五九年における世界の有力諸国のそれぞれの
金保有高を見てみますと、アメリカが百九十五億八千七百万ドル、イギリスが二十五億一千四百万ドル、フランスが十九億三千万ドル、西ドイツが二十六億三千七百万ドル、イタリアですら十七億四千九百万ドル。
日本はこの当時二億四千四百万ドル。けたが違うという比喩がございますが、まさにアメリカとは二けた、その他西欧の諸国
——もはや現在では
日本の国民所得は一千億ドル、西ドイツ、イギリスに比肩すべき国がこれだけの金準備しか持っていないということでございます。
それなら一九六七年に至る相当な時の経過の中に
日本の
金保有はふえただろうかというふうに見ますと、その
状態は次のような
状態でございます。アメリカは百三十億七千七百万ドルという数字がございますが、これは私が使っております
国際通貨基金の正式の報告でございまして、現在ではアメリカはこのポンド・ショックの一週間に約四億七千五百万ドルの金を喪失しております。したがって現在では百二十四億三千四百万ドルというのが公式の数字でございます。しかし、さらに減っているはずでございます。アメリカの減り方は非常にきわ立ったものであるということでございます。それは
先ほど国際収支の
赤字、そしてドル不信認からドルと金との交換がアメリカに殺到してきているということでございますね。次にイギリス、十七億八百万ドル、フランス、五十三億二千四百万ドル。フランスはドゴール政権下に金の獲得に一切の力をあげたということで、現在では六十億ドルを超過しているはずでございます。
ちなみに申しますと、フランスの民間金の保有高も約六十億ドルあるはずでございます。それで民間保有と
政府保有との金は全く別ものであるというふうにおっしゃいますが、これはそうではないわけです。
先ほどから貨幣用金と財としての金が区別されておりますが、これはそうではないんで、もし貨幣用
金価格が改定されるなら、貨幣用金のほうへ入ってくるわけですね。そういうわけで、貨幣用金と工芸あるいは工業用の金とは区別してはいけないものだと思います。両方刻印を打つことはできないわけで、双方的に流れるわけですね。こういうものとしてわれわれは金を理解しているわけであります。それからイタリアが二十四億百万ドル、こういうふうになっております。
日本は三億三千万ドルへ微増ということでございます。したがって、この五九年、六七年の中における
金保有の世界的な傾向は、アメリカのきわ立った金の減少、西欧諸国の、イタリアをも含めて金の保有の激増と、
わが国の横ばい、非常な低調な
増加だということになろうかと思います。ところで、これはもう少し詳しく申しますとよろしいのでございますが、つまりこれを簡単に
日本の輸入金額というものに比較してみますと、アメリカの輸入金額が
——これは運賃保険料込み、CIFでありますね。アメリカが二百八十一億三千五百万ドル、イギリスが百七十一億四千二百万ドル、フランスが百八億一千三百万ドル、西ドイツが百六十七億二千七百万ドル、イタリアは九千二百三十四万ドル、
日本が百十三億四百万ドル、こういうふうな貿易量、輸入でございますね。輸入を全部金で買うわけではございません。
外国為替準備その他で買うわけでございますが、金の保有高が
日本が異常に少ないという事実はおおうべくもないというふうに考えるわけでございます。
ところで金は今後一体どうなるのか。現在では
金価格が、アメリカを中心とする
——日本は入っておりませんが、有力諸国がドルプールというものをつくりまして、ドルを供出してロンドンでプールをつくりまして、金の売り応じ、売り出動をやっております。しかしこの売り出動ではしょせん金の需要には応じられないというのが
現状でございまして、
金価格は一九六一年に例の一オンス四十一ドルになったことがございますが、現在それほど沸騰してはおりません。つまり金は売り出動によってかなり押えられておりますが、この超過需要が依然として続くならば、おそらく金プールでは対抗できないのではないか。また金の需要そのものがほかからの需要に応じられぬのではないかということが非常に心配されるわけであります。そうしますと、一体金はどうなるのか。まず、世界的な貨幣用金の集配機関としてのアメリカ、もはや集中はできないので、配分機関でございますが、これがまずアメリカの通貨制度を改革しなければならないような
状況にならないだろうかどうか。御
承知のようにアメリカは通貨準備法によりまして、中央銀行の通貨供給量の二五%を法定で準備していなければなりません。通貨供給量から二五%、四分の一を準備していなければなりませんから、現在では通貨供給量からすぐその二五%の金額が出ますが、約百億ドルと見てよろしいかと思います。つまりアメリカは、百億ドルを引きますと、
外国に対して自由に金請求に応じられるものは二十数億しかないということでございますね。これに対してアメリカが金を兌換してやらなければならない対外ドル建て法的流動負債は約百三十億ドル、これを見ても現在アメリカの対外信用構造が非常に危機的な
状況にあるということを御理解いただけると思います。この法定準備をはずして百二十数億を充てるとしても十分ではない。特にアメリカの通貨の
状況がよくないときに、準備をはずしたら一体どういう悪い効果が出るか。おそらく比喩的には当たっているかどうか知りませんけれ
ども、よろよろしてつえをついている人につえをとったらどういうことになるかということでございます。この点の
あとは御判断におまかせするわけでございますが、私はこれは単なるショックぐらいでは済まないのではないかというふうに考えております。しかしこれは現在の当面の危機
状況を免れるための一つの
方法であろうかと思います。しかしやはり次のような
政策をとらざるを得ないかもしれない。それは金兌換の一時的停止でございますね。現在の金をアメリカから引っ張り出さないようにするために、
金価格の
上昇を押えるためにはいろいろな措置が講じられておりますが、まず金兌換の停止というようなものも、公然とではありませんがおそらく論じられているのでありましょうし、またロンドンにおける金の取引のディーラーの身分を制限する。ロンドンの金市場は、貨幣用金の市場でもあり、商品市場としての金の市場もまた非常にあいまいな市場でございますが、ここに買い手として入る人には制限がないわけでございますね。それを今度はその国から身分を証明してもらって、その国だけしか金のディーラーにはならないようにしようではないか、金のバイヤーにならないようにしようではないか、法人であれ個人であれ、そういうふうなことも言われております。これはしかし非常にむずかしいのではないかと思います。要するに、アメリカが金兌換の停止をするかもしれない。これは最悪の
状態であります。そういうことがありましたら、われわれは
国際通貨制度の崩壊的な危機を懸念するわけです。
それから
先ほどから言われておるように、
金価格の改定という問題も必ずしもなくはない。
金価格の改定については、アメリカでは大統領の決裁事項ではございませんで、議決事項でございます。したがって、現在アメリカの下院においては
金価格は改定しない、アメリカの下院は
金価格の改定、一オンス三十五ドル、金ではかったドル
価格の低下、逆にドルではかった
金価格の引き上げはしないと言っておりますが、しかし
情勢の動くところ、はたしてそれで対抗できるかどうか。アメリカに対する金アタックが阻止できるかどうか。緩和できるかどうか。できるとするなら、かかって一つはアメリカの
国際収支を均衡させることだけだと思います。
国際収支の文字どおりの均衡ができなくてもよろしいわけですが、
国際収支の均衡の見通しさえつければいいと思うのです。しかしこういう
状況がなかなか出るとは思えませんので、
金価格の改定という問題もあり得ないことではないというふうに考えるわけでございます。
こうなりますと、
国際通貨制度というのは、これはドルを中心とする
国際物価体系あるいは
国際金融体系、あるいはもっと抽象的に申しますなら
国際価格体系というものが崩壊するわけでございまして、それはおそるべきものだと思います。われわれは何とか現在の
状態を保ちたい。私は現在の
国際通貨制度は矛盾に満ちたものだと思いますけれ
ども、これでドラスティックな改革をするということははかり知られない
コストをわれわれはかけなければならないので、復活したところで非常に大きなその傷口をふさぐことはできないわけでございまして、やはり合意のやり方によりまして当面の危機を何とか切り抜けるということでございます。やたらに、
日本は金が心要だからといってゴールドラッシュに身を投ずるべきではない。そうしたら金を持っていない
日本には、ドルしか持っていない
日本に大きな損失がかかってくるということは言うまでもないことでございます。やはり
日本は、何といいましても、もはやこうなりますと、残念なことでございますが、やはり諸国と、なかんずく対米協力をせざるを得ない。西ドイツのように金をたくさん持っていて協力したかったわけでございますが、まる腰で協力するのは非常にさびしいわけでございますけれ
ども、もはやそうせざるを得ないと思います。そうして事態が好転した場合には、鎮静化した場合には堂々と金を買うというふうな
方法、それから
先ほどいろいろ皆さんがおっしゃったような
産金対策というふうなものも当然すべきではなかろうかというふうに考えるわけでございます。
日本としましては、金が非常に
先ほどのように少ないのは何かというと、アメリカへの金融は、
日本の金融ポジションはネット
赤字でございますから、アメリカへ金を請求する柄ではないということが一つ。政治的なかね合いは除きましても、対米
日本の短期の信用ポジションは
赤字でございます。金ができないわけですね。しかし借金しても金をアメリカから買う
方法はなかったかということをわれわれは考えておるわけでございます。
もう一つは、
日本の高度成長が全部金を貯えないでドルを持っていた。ドルを使って成長のための輸入を買う、ドルをかえてすら
わが国は成長につとめた。したがって、金がないということは
日本経済の成長の中に具体化しているのではないかというふうに成長論者はおっしゃると思います。しかし現在の問題
状況の中においてはそういうふうな
意見は成り立たないわけでございます。
国際金融情勢が安定した場合には私はそれを認める。つまり金がなくても金を将来獲得し得るような
可能性、つまり
日本の無比の高度成長がその中に金を失った対価としてあるのだ。しかし
国際金融情勢の悪化の中でそれはもはや通用しない議論だ。
日本は高度成長の中においてやはり金を保有するというかね合いの
政策をとるべきではなかったろうか。つまり戦略的に一つ問題があったのではないか、あのドイツを見よというふうに思うわけでございます。
以上いろいろ申しましたが私のやや学問的な、そして実務的な
意味からの金に対する問題、
国際金融情勢、この中における金の問題の報告を終わります。ありがとうございました。