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参考人(
吉田秀夫君) 私の
結論から申し上げますと、今回の
健康保険臨時特例法案に対しては
反対であります。
健康保険の
改正問題が非常にもめてからことしで四年になります。もしもこの間、
政府が根本的な
改善策を講ずるというかまえと、そのような具体的な案を示すならば、これほど同じような問題で四年間ももめるということはなかったのではないかと思います。つまり大体
国会の指示や、あるいは
国民諸
階層の納得のいかないような、そういう案を次から次に出したという点に問題があろうかと思うわけであります。これはもうすでに申すまでもないことなんですが、オリンピックが過ぎた三十九年十一月の末に、当時
厚生大臣であった神田さんが、非常に
改悪オンパレードともいうべき
健康保険の
赤字対策案を公表しました。それ以来、四十年になりますと、これも御案内のように、春に総
報酬制、あるいは
薬代の半額、こういう案を予定したのですが、これは当時の
医療費の
紛争で流れた、それから、昨年は、やはり
政府管掌健康保険の料率を
引き上げ、さらに
最高標準報酬を二倍に
引き上げて十万四千円にしたということですが、
政府管掌健康保険の場合には、すでに昨年こういう
改正をしているわけです。ただ、昨年の場合には抜本的な
改正案をつくってもらうというために、約十人くらいの
学識経験を持っている人で
臨時医療審議会をつくろうとして、これはほとんど
国会ではまともな御
審議なしに流産したということであります。それがことしになりまして、ようやっと第四ラウンドといいますか、
臨時特例法という
かっこうで出ました。まあとにかくいままでの四年間の推移を見ますと、膨大な
健康保険制度の
赤字、あるいは
財政赤字に対応して、暫定的に
赤字対策をやるという
かっこうでほとんど貫かれております。したがって、率直にいいますと、これは
社会保障のたてまえからいいましても、すべて
後退改悪をやろうとしたために、先ほど
安恒さん
お話のように、今回の場合でも、あるいはかなり前の場合でも、かなりの
地方自治体の
反対や、あるいは
あまり御存じないかもしれませんが、中央並びに約三十有余の都道府県の
健保改悪反対というような、かなり多数の
労働者や
国民諸
階層が参加した
共同闘争組織を発生せしめているわけであります。大体諸外国におきましても、特に
ヨーロッパの場合には、しばしば
社会保障の中で、たとえば年金やら、あるいは
健康保険制度がかなり大きな政治的な、社会的な
紛争の対象になってまいりました。しかし、私なんかの大体入手した、あるいは点検した範囲内におきましては、どの国でも、
政府も議会もほとんど
全力投球で、若干時間をかけましても、その
改善や、あるいは抜本的な
対策のためにいろいろな案をつくり、それを
国民諸
階層に提示し、
国会を中心に、かなりいろいろな問題を論じていろいろ
改善やら
具体策を講じているということであります。そういうかまえがどうも
日本のいままでの
制度の場合にはないのじゃないかというように考えます。
それから、先ほど
安恒さんから
お話のありましたように、
社会保険審議会、あるいは
社会保障制度審議会の場合でも、どうも
政府は怠慢だと、いままではっきりと自信を持っていろいろな
対策を講じなかったというような、こういうそしりを受けるのはまた当然ではないかと思うわけであります。
さて、
国会における
審議の
状態を仄聞しますと、
健康保険制度は、これは
医療保障ではない、あるいは
社会保障という段階にはまだいかない。徹底的に
保険仕組みの
状態の中でやはり収支相償うような、そういうかまえでやるのが当然だと、こういう御答弁が、少なくとも大蔵大臣その他からなされているようであります。私は、まあそういう大体論法でいいますと、たとえばいろいろな
医療保険制度がどんなに
赤字でも、これに対して国が
赤字埋めの
国庫補助や、あるいは
負担をする必要もないという論法にもなりますし、あるいは
国庫負担が必要だということのほかに、たとえば労働
組合なり、あるいはかなりの
国民諸
階層からも要望されております定率の
国庫負担をするのは、これはおかしいというような理屈にまで通ずるようなことになるわけです。こういう考え方自体は、私は、第二次大戦後の、少なくとも、国際的ないろいろな諸外国を見ますと、これは時代逆行の論理ではないかと思います。少なくとも、第二次大戦後の国連なり、これは一九五八年の国連総会の宣言なり
決議、あるいはILOのしばしばのいろいろな勧告なり、あるいはいろいろな
意見を見ますと、一貫して言えることは、少なくとも、戦後
社会保障といわれるような万般の
制度に対する国の責任と義務が非常に増大し、また、それが強調され、また、少なくとも、
ヨーロッパ各国や、あるいは新興国におきましても、
社会保障の
改善なり拡充にそれなりの努力をしてきたということであります。こういう点からいいますと、
わが国の場合には、おせじにもそれが十分であったとは言えないのではないかと思います。たとえば
社会保障は公正な所得再分配効果のためには最も有効な社会政策だという
意見がございますが、それならば所得再分配の点から見てどうかといいますと、残念ながら、ILOの一九六五年の諸指標を見ましても、これはILOの常套手段ですが、
国民全体の所得に対して
社会保障の
給付の総額が一年間に何%かというような
かっこうで、相撲の番付みたいな、そういう表がしばしばつくられてまいりましたが、それを見ますと、
わが国の場合には一九六〇年の三十の国の中で二十二番目。
日本と大体同じグループはパナマ、ポルトガル、南ア連邦、キプロス、こういうような国と同じ
状態が実はその後いささかも
改善されていないという
状態であります。これはとりもなおさず、所得再分配といいましても、一番決定的な再分配の姿は、私は労働分配率からいいまして、
日本の資本の利潤と、それから
日本の
労働者階級に与えられた賃金なり、あるいは社会
保険の資本家の
負担の割合においてどの
程度労働分配率があるかということになりますと、これまた
日本の場合は、一九六四年の場合にわずか分配率は三三%、ところが、先進諸国の場合には少なくとも五割、六割、へたすると七割ぐらい分配している、こういう点が一番問題だと思います。その上に、もう一つの大きな問題は、
健康保険組合は例外でありますが、一切の
労働者の
医療保険制度は、
保険料率はきちんと労使双方が折半
負担するという原則が強制されているということであります。これは折半でなければならぬという理屈は少しもございません。そういう問題の中で、
わが国の
医療制度や、あるいは
医療保険制度がどうもおかしい、あるいは曲がりかどにきているということが公然といわれ始めましたのは、これは御
承知のように、
昭和三十五年、三十六年の国際的にも異例の病院ストライキが全国的に激化した。そのとき批判がマスコミから行なわれた。それならば
日本の
医療保険や
医療制度ががたがたになり、いろいろな矛盾があるといわれながら、
政府は今日まで何をしたかといいますと、これはどうも的確な施策を講じてきたとはおせじにも言えないような
状態ではないかと思うのであります。逆に、
医療保険や、あるいは
医療制度の矛盾、不合理がますます激化して今日に至ったという感を持たざるを得ないわけであります。
さて、そういう
状態の中で、なぜ
日本の
医療保険制度が全般的に
財政危機に追い込まれ、その中でも
政府管掌が四十一年度で約千四十数億、それから日雇
健康保険は宿命的な
赤字、さらに
国民健康保険は四十年度の予算で千七百億余の
国庫負担をしましても、いま市町村の
組合健康保険は非常に運営に悩んでいる、こういう
状態。これは
日本の政治経済の構造的な、機構的な矛盾からきている現象ではないかと思います。そういう
状態の中で
医療費の増、これは単純に技術的にいいますと、厚生省の
医療費というのは、受診率と、それから治療日数と、それから一件当たりの
医療費をかけた
医療費だ、こういう説明の中で、少なくとも、三十七年、三十八年、非常に急激に増大した。その段階では厚生省の言い分は、何で
医療費が増大したかといいますと、結局ビタミン、抗生物質、あるいは肝臓薬、あるいは神経系統の薬、あるいは血圧の薬というような、そういう新しく開発された医薬品が非常にたくさん使われるようになったということが一つ。それから、もう一つは、心電図その他、十何年か前には全然なかったようないろいろなものが
医学技術の中でじゃんじゃん使われるようになったからだ、こういうことをいわれていたわけです。これだけならば、私は、
医学技術、薬学の
進歩によって
医療費が増大したんですから、これは外国にも例がないことはありませんから、これは当然ではないかと思うのです。ただ、その中で一件当たりの
医療費の中で
薬剤の占める位置が非常に強い、あるいは薬の使い過ぎではないか、こういうことで
赤字問題がしばしばいわばすり変えられている点に私は問題があろうかと思います。
さて、そういう
状態の中で、私、最近、また、昨晩いただきました
参議院の社労
委員会の資料を見ましても、治療日数は低滞あるいは減少ぎみです。受診率は漸増しています。それならば一件当たりの
医療費はどうかといいますと、これは四十一年、四十年の段階では、かえって三十七年や三十八年のような、そういう急激に増大するというわけにはいかぬような数字がいただいた資料の中では言えるわけであります。それならば三十七年、三十八年、三十九年と、なぜ
医療費は急増したかということでありますが、私の考えでは、非常に大きな理由は、一つは、厚生省みずから制限診療をかなり大幅に緩和したその反映ではないかと思います。この点は、
日本の
医療機関、あるいは
医療担当者、あるいは
保険におきましては、外国に比類なきいろんな制限診療に対して、非常に戦後一貫して不満を持っていることは、これも御案内のとおりであります。たとえば
保険医担当規則やら治療指針やら、あるいは薬価の基準やら、あるいはそれに加えて支払いの審査、監査、そういうことに対して非常に不満がある。それにかなり大幅に緩和したということでありますから、若干それにつれて先ほどの新規医薬品の採用を認めるということに合わして、これは
薬剤を中心にして
医療費の増大は当然ではないかと思うわけであります。
それから、もう一つは、いままで
健康保険は、病気になってもこれまで三年間で打ち切りだったが、それを転帰ないしは五年延長、こういう
改善をした。これは当然
医療費の増大の一つの要因であろうかと思うわけであります。しかし、非常に重要なことは、先ほど
安恒さんが言われましたように、二十九年から三十九年までの十年間に病気が二倍にふえたということであります。具体的にこういう数字を並べる時間はございませんが、とにかく
労働者や、あるいは
国民諸
階層、
国民大衆の低賃金、あるいは低所得、あるいは貧困、これはかなり病気の発生と悪循環を持ち、拡大いたします。これもたぶん御案内だと思うのでありますが、厚生省の
国民健康
調査、あるいは栄養
調査等によりますと、いま
日本の人口は約一億、その中で約六割は
日本人の標準カロリー二千五百カロリーはどうしてもとれないというような人
たちだという事実。さらに圧倒的に栄養不足で、多分に貧血
状態ではないかと思われるような人
たちが約二割をこえます。としますと、約二千万人、そういう
状態の中で、私なんか全国若干あちこち回りながら非常に頭が痛いのは、たとえば黄色い血、あるいは輸血、献血という問題にからんで、最近
日本赤十字の車があちこちの団地のおかあさん
たちの血をもらったり、あるいは農村のおかあさん
たちから血をもらったり、こういう現象が多発しています。ところが、茨城県のある農村では、実際に十人のうち、自分の血が役に立つというおかあさん
たちがたった四人。それから、これは二、三日前に北多摩のある団地でおかあさん
たちに聞いた話ですが、六割は全然おまえの血は薄いからだめだというふうにけられたという話がある。マスコミによりますと、東京近郊の団地の場合に、八割まではおかあさん自身の血液が薄くて不合格だったというみじめな
状態が実はいま
進行しているということであります。これは、とりもなおさず、おやじさんだけの給料ではどうにもならぬから、やはり主婦も内職なり、あるいはパートで働きに出る、こういう
状態が実はいま
進行しているわけであります。そういう
状態の中でさらに言えることは、これも全国回って見ての話なんですが、二十代、三十代というような若年
労働者の間に実は老人病が非常に発生し始めているということであります。老人病といいますと、二十代のくせに、たとえば血圧が高いとか、あるいは心臓がおかしいとか、あるいは神経痛だ、あるいは心臓、肝臓が悪い、こういう大体老人病が二十代の青年
労働者の中に非常に発生し、ある愛知のかなり大きな鉄鋼関係の健康
組合の場合、その労働
組合の
委員長が私に言っていましたが、つい十年前には結核が一番
財政負担だったが、近ごろは十代、二十代、三十代、四十代を問わず、各年齢に精神病患者が多発、これが健康
組合の
財政を圧迫している、こういうのが実は
わが国のすべての
医療保険制度をささえている非常にみじめな社会的、経済的な基盤ではないかと思うわけであります。
さて、そういうこの辺の政治的、経済的な基盤の打開、あるいは
改善がやはり一番、たとえば抜本的な改革案をつくる場合でも、この辺のことをなおざりにしては、ただ
制度だけを技術的にいじくり回すということにならざるを得ないので、この辺が一番焦点ではないかと思うのであります。
さて、もう一つは、
政府管掌の
健康保険の昨年三月末までの
累積赤字が千億をこえた。ところが、四十二年度の満年度一年間の
赤字は、御案内のように、七百四十五億円、こういうことで
臨時特例法案が立案されました。これは私はかなり水増しがあるのではないかというふうに思うわけであります。問題なのは、
赤字か
赤字でないかということは、収入をどう把握するか、あるいは支出をどう把握するかということにあるわけです。その中で、支出をどう把握するかということに次いで一番問題なのは、
医療給付、
医療費が大体どういう
状態にあるかという点の見通しを科学的に立てることであると思うのですが、とにかくいただきました
参議院の社労
委員会の資料、これは八月の資料ですから、非常に新しいものではないかと思うのですが、これを見ましても、たとえば
政府管掌健康保険の診療費の推移を見ますと、前年度に比べてことしはどれくらいふえたかというそのパーセンテージの推移を見ますと、たとえば三十六年では一・一二%、ところが、非常に急増した三十七年、三十八年では一・二八、一・三〇、それから三十九年には一・三八という
かっこうで増大しながら、四十年になりますとこれが下がりまして一・二〇%、それから、四十一年は、何とこの大体六年間の推移では最低で、一・一八%というような
医療費の減少ぶりなんです。としますと、一ころ三十七年から三十九年までというような
医療費の急増は、この辺で私は若干低調、あるいはストップぎみではないかと思うわけですね。その点はもっともっといろいろな資料で点検しないといけないわけでありますが、ところが、実際には七百四十五億円
赤字だというその背景になった基礎は、四十一年度の——四十二年度はまだはっきりわかっていないのですから、三十九年度、その辺までの推移を見て、大体それと同じような
医療費の伸びがあるだろうということを
前提としてやはり支出の数字が出、それが七百四十五億のかなり大きなウエートとなっているということになりますと、私はこれはたいへん問題だと思うわけです。したがって、なぜじゃ
医療費は鈍化し始めたかということになりますと、やはり先ほど言いましたように、三十七年、三十八年の制限診療の大幅な撤廃の直後のあおり、それから転帰までというような
健康保険の一種の
改善のあおり、そういうような一応安定した
状態に立ち至ったということ、やはり
健保問題は
赤字だというように非常に宣伝されるものですから、それに合わして
保険医並びに
医療機関の担当者の方が若干萎縮し、あるいは審査や監査がこわいということも含めて、それこれがまざって
医療費の経費が鈍化傾向を示し、平常
状態になったのではないかと思うのです。
それから、もう一つの問題は、標準報酬の見込みの問題です。四十一年度の
政府管掌健康保険の標準報酬は、いただいた資料によりますと二万八千八百七十七円、ところが、
健保組合の標準報酬は大体これより一万円上回ります。で、そういう
状態の中で、そんならば三十七年、あるいは八年、九年、四十年というような、標準報酬の見込みからいいますと、四十二年度の標準報酬の見込みの割合は、これまでになく大体一割
程度は上昇するというのを九%台に押えているということであります。もちろん四十一年度の場合には、昨年四月
国会で標準報酬の料率が十万四千円に上がりましたから、これは大体一四%から一五%という急増という異例な年があった。しかし、それでも三十六年、三十七年、三十八年というふうな、別に標準報酬の改定のない
状態の中で、大体四十二年度は逆にこういう過去の年よりも下回るというようなことは私はおかしいと思うわけであります。で、しばしばいわれておりますように、まさに
日本の人口は老齢化をたどりながら、御
承知のように、中学校出、高校出の若年
労働者が圧倒的に不足しております。そういう
状態の中で初任給はかなり上がっております。それにつれて、まあ毎月のように
中小企業の倒産は非常に多いといいながら、実際は
中小企業といえ
ども、
労働者の賃金全体をやはりめんどうをみなければならぬというような
状態があるし、また、今度の春闘で、大手の産業で大体四千円から五千円取ったというような実績を見ましても、そのあおりは
中小企業の場合にも反映しているのではないかと私は思うのです。そうしますと、大体一人当たりの……。