○
穗積委員 この問題は、実は当時の事情をあなたもよく御存じだと思う。鳩山内閣が大きな政治問題としてお取り上げになって、歴史的な功績を残された。この方針については、他の
外交方針、
中国問題その他については非常な対立がありますけれども、この問題については、これは社会党も協力すべきであるということで、鳩山・鈴木
——当時は鈴木
委員長時代でしたが、会談をして、そしてこの問題に対するできる限りの協力をしようと言ってきた。それで、私ども党内で
外交関係を担当しておる者も、不十分、微力ではありますけれども、精神的にも、あるいはこの問題を進めるために
意見を言うたことがあります。特に松本大使と
向こうとの間で
平和条約形式でなければだめだと言ってから後に、実は私ども鈴木
委員長を先頭といたしまして、そしてあの共同声明に持ち込んで、国交回復することにいささかの協力をしたわけですね。その因縁がありますし、その後、この問題については、
平和条約を目がけて私ども
機会ある
ごとに話を出しております。
そこで、これは御参考までに、中間的なものとしてでありますから、いずれあらためて
——ぜひ
外務省も謙虚にひとつ聞いてもらいたいと思う。
外務省が非公式に話しておる材料もわれわれに知らしてもらいたい、この共通の日ソ間における平年
条約締結のために。
そこで、実はいろいろな使節団が参ったりいたしましたが、私が責任を持って報告できる基本的なことが実は
一つあるのです。それは、鈴木
委員長が
委員長を辞退された後、浅沼
委員長時代でしたが、鈴木さんに私が同行いたしまして、ミコヤン氏と会った。次いでフルシチョフ氏と会った。そのときに
領土問題を出した。そうしたら、例の調子で、
領土問題はもう解決済みです。何が解決済みだと言ったら、
平和条約云々の問題が出た。そこからが大事なんです。で、そのとき、私どもはこういうことを言ったのです。およそ社会主義国ともあるものが、
領土の問題については、戦争による不拡大方針というものは確認しなければいけませんよ。そうなれば、われわれも合法的かつ合理的でなければならない。感情で言っているのではない。降伏文書で、われわれは武力をもってとったものは返すということになっておる。千島列島全体が武力をもってとったものではない。合意によるものである。平和的かつ合意によるものであるから、これは固有の
領土権は存続しておる。だから返してもらいたいと、こう言った。そうしたら、
平和条約で放棄しておると言った。
平和条約では千島列島と書いてあるが、南は除外するのか、千島列島全体なのか、はなはだしく不明確です。われわれの解釈では、これはどっちでも解釈できると思う。国際法的にいままでの用語からいたしまして。後になって、吉田内閣が、これは北だけのことだと言って言いのがれをされました。私どもは、全千島列島は固有の
領土という立場でおります。そうなりますと、
平和条約三条で
日本政府がみずから固有の
領土を放棄した、これは非常な誤りですから、これを変えなければいけませんね。
それから、もう
一つ重要なことは、日ソ間の
領土問題ですから、その返った
領土が、
日本が安保
条約に縛られていて、その安保
条約の仮想敵国は当時は
ソ連にも向かっておる。そういう
状態のもとでは返しがたいという政治的
理由もわかるというので、そこで、われわれは、理を尽くして、これは済んだ問題ではありません。これが日ソ間のほんとうの平和共存のために、まず第一に解決しなければならない宿題ではないかということを強く主張して、そして
平和条約のこの
北方領土に関する
条項の修正、もう
一つは、われわれが
ソ連を仮想敵国としない、仮想敵国として一方に偏した軍事的な取りきめを他国としないという
外交方針、すべての国との平和共存の方針、こういうことを明瞭にするならば、これは当然考慮すべきであると言った。それに対してフルシチョフは、こういうふうに言っております。
日本がそういうふうな
状態になってくれば、それは
日本とソビエトとの
関係は根本的に違ってくる、そして、あなた方の願望である
領土の問題についても、いまここで結論は言えないけれども、少なくともその願望について
友好的に話し合う用意がありますと、こう言った。これは、私どもは南千島だけではない、千島列島全体を含むと思う。
それで、二つの障害があるが、
一つは、
平和条約で、実はこれで放棄されておる。ソビエトは調印をしてないけれども、回内における所有権と同様に、不動産に対する所有権というものはすべての人に対抗できるものです。すべての人に効力があるものです。債権とは違いますから、あの人には約束したが、あの人には約束してない、登記はAに移っておる、だから、Bには譲った覚えはないから、あれはおれのものであるかもわからぬという
議論は、国内における不動産の所有権についてできません。国際的に
領土権についても当然です。
平和条約の締約国の中に
ソ連が入らなくても、
日本が客観的にこの
領土権を放棄しておるという問題です。
それからもう
一つは、それに対するソビエト側の理解の問題、しかも
日本の
外交路線というものが、安保
条約の軍事同盟
条約によってソビエトが少なくとも政治的に仮想敵国になっている。
——それから、私は、
沖繩問題と
関連してひとつぜひお尋ねしたいと思ったのは、実は政治的にもう
一つ加えて
考えますと、
沖繩の米軍基地の問題が問題になるわけです。これはお互いに
向こうもこっちも政治的
判断をしなければ国を代表する
外交はできないでしょう。そうなりますと、北の
領土が返ったら、すぐ安保
条約の適用範囲になって、それで米軍の基地が置かれる。それから、南の米軍の
沖繩における基地は、相変わらず残るどころか強化されつつある。こういう
状態で唯々諾々として返すということは
考えられない。ここらがお互いに討議すべき内容ではないかということで、ずっと実は今日に至るまで、私ども社会党の
関係者は、
平和条約締結についての一応障害である
領土問題に関する日ソ間の問題として心にあたためておったわけです。
〔
委員長退席、永田
委員長代理着席〕
そのときに、代はかわりましたが、同じ
外交路線をとっておる
コスイギンが、内容を含む中間的なものを
考えてみようではないかということになった。そのときの議事録は、ここに持ってきましたからございますが、もっとこまかいやりとりがあるのです。だから、そういうことがソビエトの言う大体中間的に討議すべき内容ではないか。そうなると、私は、そういうことを政治的に予約をした、いわば潜在主権ですね、それを言って、
共同宣言を一歩前進せしめる、
平和条約に至らない
友好条約で一歩前進ができないか。これは私の個人的試案でございます。もしあなたが、この問題は国益全体にかかわる問題として、党派のエゴイズムにとらわれないで、ともに実現をしたいという念願を持たれるならば、率直にこの際あなたの御感想を伺いたい。すなわち、結論を言えば、この
領土問題は、いま言ったように、お互いの条件が整うならば将来解決しよう。
——例の松本さんのレターがありますね。
条約局長、あるでしょう。例の
共同宣言締結前に、あれは一九五六年九月二十九日付ですね、グロムイコ次官から松本大使にあてたもの、これは
国後、
択捉についても話し合うことを同意したレターですね。ところが、その後、十月に
共同宣言ができたときに、これはもう消滅したと
向こうは言っておるわけだ。これは私は復活する可能性があるし、それは中間的なものだと
考える。そういうことを明確にもう一ぺん生かして、そうして
友好条約を形式として
——その他でもいいですけれども、
友好条約を形式として、内容をそういうものに一歩前進せしめる、これは私は
検討していただくべき
一つの案ではないかといささか自負しておるわけです。
三木さん、率直にひとつ御感想があったらお答えいただきたい。