○梶原茂嘉君
総理のお話しのように、これまでは大体人口の問題というと、その国自体のむしろ問題であったのであります。
昭和の初めに、当時の
内閣は人口食糧問題調査会をつくりまして、二、三年かけまして、三十年後の
日本の食糧、人口の姿を想定をして
計画を立てたことがございます。三十年後ですから、ちょうど
昭和三十二、三年になるわけであります。私はかつて三十年前に
計画されたその
計画と
実績とを比較したことがあります。もちろん途中に大きな戦争が入りまして、事態は非常に変わったのでありますけれ
ども、しかし、当時の
日本ですから、非常に素朴な
計画でありましたけれ
ども、非常に興味の深い結果が出ていたようであります。しかし、最近は人口の問題はその国その国自体の大事な問題でありますと同時に、その国を越えまして、世界的な視野といいますか、国際的な視野からの問題になりつつあることは申し上げるまでもないわけであります。したがいまして、
昭和七十五年になりますか、新しい世紀、二十一世紀を目の前にして、世界的に人口の問題が論議をされておるのであります。二十一世紀、三十何年か先でありますから、ずいぶん先のような感じを
一般は持つわけでありますけれ
ども、人口の問題になりますと、これは決して先ではないのであって、新しい世紀の当初ということは現在の問題であります。現在の問題であって、決して先の問題ではないということが十分理解される必要が私はあると思うわけであります。
終戦後十数年の間、
日本の人口は敗戦の影響もあり、占領政策の影響もあり、いろいろの事情から、これまでに、海外の人口の歴史の上で例のないような大きな変化を経験をしたわけであります。そのことのいい悪いを論議するわけではありません。これは現実の事実であります。その結果が、現在、これから先、相当長く影響を持っていくことは、これまた当然のことであろうと思います。国連の人口
関係の当局では、しきりに新しい世紀をモットーにして世界人口の推計をいたしておるようであります。人口の推計ですから、いろいろの条件によって見方によって違うわけですけれ
ども、たとえば、
日本の周辺がどうなるかということを国連
関係当局の推計の
数字で見てみますると、韓国と——これは北鮮を含むと思いますけれ
ども、台湾を合わせますると一億四百万人という
数字が想定されております。言いかえますると、
日本人口以上であります。それからインドネシアは二億、現在の倍になります。タイとベトナムを合わせますというと、これまた一億三千万という
数字になります。問題の東南アジアだけでかれこれ五億という
数字を国連は出しておるのであります。中共の人口の実態はなかなか把握はできませんけれ
ども、まず毎年一千万、少なくとも一千万は増加している、一千万人以上増加しているであろうということは
一般に言われておるところであります。おそらくそうであるようであります。したがいまして、このまま十年たちますと、中共において増加した人口というものは
日本人の総人口に匹敵するわけであります。これが三十数年後の姿であります。はたしてこうなるかどうかは、これはわかりませんけれ
ども、しかし、世界的に人口が相当な勢いでふえつつあるということは間違いのないところですから、多少時間的にずれることがありましても、まずまずそういう
情勢になるであろうと考えるべきであろうかと思うのであります。ケネディ大統領は、新しい世紀を迎えてアメリカの人口が少なくとも三億をこす、そういう想定のもとに、新しく国土の総合的な資源開発を
計画されたことも伝えられておるところであります。
ところで、それじゃわが国の人口がどうなるのか、これは厚生大臣おいでですけれ
ども、
数字にもし間違いがあったら御指摘を願いたいと思いますが、
昭和三十二年の厚生省の推計によりますると、
日本の人口は
昭和六十年でピークになって、それからは減少する方向に行くんだということが報告されておるのであります。私は、そのとき実は非常なショックを受けたわけであります。
日本の人口が、ともかく
昭和六十年といいますとすぐ目の前であります、それがピークで、下がっていくんだ——まあ下がって、また相当
期間かけて上がっていくかもわかりませんが、世界各国がどんどんふえている段階で、ともかく
日本の人口が下がっていくという試練にわれわれが直面するんだというわけで、非常なショックを受けたのでありますが、
計算上そういうふうになるんでしょう。したがいまして、それでいきますると、
昭和七十五年、すなわち西暦二〇〇〇年におきましては、
日本人口は一億四百万見当になるわけであります。それから、その次に
昭和三十五年の発表によりますと、今度はピークが十年ずれまして、
昭和七十年が
日本人口最高のピークで、それから下がります。そのときの
数字が一億一千三百万、二十一世紀初頭の
数字は一億一千三百万、こうなって、漸減していくということであります。それから、最近、三十九年六月の発表によりますると、またピークがずれまして、今度は
昭和七十五年に一億二千百万の
数字になります。そしてピークは新しい世紀に入って
昭和八十年に一億二千一百六十万、これがピークで、下がる、こういうことのようであります。言いかえますと、過去三回の間に漸次
日本の人口の実態が変わってまいりました。だんだんとずれてきたのであります。このことは、内容的にはいろいろ批判はありましょうけれ
ども、私は、いい傾向に直りつつあると、こう見ておるわけであります。いずれにいたしましても、近い将来を考えますると、世界はもちろん、わが周辺におきましても、非常な人口の、よかれあしかれ圧力を受けるわけであります。非常なプラスでもありましょう。しかし、プラスだけでもないでありましょう。そういう段階において
日本の人口が近い将来漸減していくんだということは、どうもこれ疑わしいといいますか、自然な姿じゃないように思うのであります。厚生省がそういう
数字を出されたんですから、
計算すればそうなるんでしょう。それは老齢人口が多くなるのですから、死亡が高くなる、少産少死だけれ
ども、死亡者が多くなるので、ピークがあって下がっていくということになるのでしょうけれ
ども、しかし、やはり
日本人は、理屈を離れまして、おのずからその間の適当な調整と申しますか、是正というものが行なわれるであろうと期待をしておるわけであります。世界人口の
情勢と
日本人口の将来について、
総理大臣なり、また厚生大臣は、どういうふうに考えておられるであろうか。問題は現在の世紀にすぐどうこうというわけじゃありませんけれ
ども、現実、世界の国際的な問題をいろいろつかまえましても、人口の問題というものは、職業の問題とからみながら、政治不安の一つの要因をなしておるということは、これは間違いがないのでありますので、ひとつ御見解をお伺いしたいと思います。