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説明員(
亀長友義君)
領海三海里がなぜぐあい悪いかという
お話でございますが、これは、
領海ということになりますと、必ずしも
漁業だけの問題でございません。関税、警察、衛生という要素を含むわけでございまして、あるいは私よりも外務省のほうでお答えを願ったほうがよいのではないかと思いますけれ
ども、
日本の
立場といたしましては、やはり、現在のところ
領海三海里が確立して一般の
国際慣行である、
日本はその
国際慣行に従うんだというたてまえに立っておるわけであります。もちろん、十二海里——
ソ連は
領海十二海里でありますし、それからさらに
領海二十海里とか三十海里とかいうような大きなことを言っている国もあります。ただ、問題は、
国際的に最小限どの
程度が一国の独占に属する海域であるかということを考えますと、
日本としてはやはりその最小限の距離をとっておると、こういうことであります。と申しますのは、本質的に
日本の国はそう大きな国ではありません。
領海を広げるということは海岸線の広い国、したがって、領土の多い国が得をするということであります、裏から言えば。したがって、
日本のような小さな国が
領海を広くとるという
主張をすれば、同時にそれは、
日本よりもっと大きな国、あるいは海岸線がより広い国が
日本よりもはるかに得をする。まあ得をするということばがあまり妥当でないかもしれませんけれ
ども、現在の
国際社会においては、国家間の
立場、国益ということがかなり
領海なり
専管水域の
主張というものには反映しておるわけでありまして、そういう
立場から申しますと、はたして
日本のような国がそれが得策であるかどうかという疑問が存在しておるわけであります。その疑問が存在しておるがゆえに、
日本としては最小限の
領海をとっておるということであろうと思います。なお、間違いがございましたら、外務省のほうからまた御
説明を願いたいと思います。
問題は、私が答えるべき部分は、むしろ
あとの
領海に関しての部分であろうかと思います。それで、確かに、
日本の共同
漁業権が、
日本の
領海と考えられておる範囲よりも張り出しており、さらに、底びきの禁止区域であるとかあるいは許可制というものが広く世界にわたって行なわれております。そこで、
沿岸で行なわれております共同
漁業権とか底びき禁止区域とか申しますが、
最初の共同
漁業権について申しますれば、これは主として
日本人、
日本の国民に対する
意味しか持っておらないということは、事実そうであろうと思います。というのは、共同
漁業権を
設定しておる区域において
日本国民の第三者がそれを侵害することから守るというのが共同
漁業権の目的であります。したがいまして、この
領海外にわたった場合、二十五海里とか、あるいは三十海里とかという地点にわたっておるものについては、率直に言って、
国際上は、少なくとも現在の
国際慣行においては、何らこれを
国際的に保護する手段はないのであります。ということは、その制度の主たる目的は、
日本人同士の争いを防止するということにあったのであります。
このことは、底びき禁止区域についても同様でありますが、やや
事態は変わっておりまして、底びき禁止区域につきましては、これは
資源の保護という理由が非常に強いものであろうと思います。こういうものについては、もちろん
日本だけで
設定しただけでは効果がないので、
資源の保護という十分な
国際的な理由があるわけでありますから、
外国に対しても十分こういうものの協力は、求められるだろうと思っております。現に、
韓国との間においても、お互いに相互の底びき禁止区域というものは尊重するのだという約束がございます。昨年、
韓国の漁船が一、二のものが北海道の底びき禁止区域において
操業したという事例はございますけれ
ども、これは必ずしも
韓国政府の真意ではなかったとわれわれ好意的に了解をいたしております。したがいまして、底びき禁止区域のような性格のものについては、
国際的な
話し合いの基礎として十分われわれとしては理由が成り立つと思うのであります。
それからいろいろ世界の海に出ていく場合に、
漁業の許可制を行なっております。このこともやや共同
漁業権と同じ色彩でありまして、
日本人同士の過当競争を防止するという点が多分にあったように思います。したがいまして、ある分野において許可制をしいておるものについて、
外国の船と一緒に遠くでやっておるようなものについて、はたして許可制をやるべきかどうかということについて、現在やっておりますけれ
ども、本質的に私
どもは御
指摘のような疑問があると思っております。しかし、この点については、むしろこれは
漁業者のほうでそういう制度を希望されておるのでありまして、これは、すなわち、
外国船がどうであれ、
日本人同士の競合、さらに
日本の市場における価格面の競争というような面から、むしろこれは
一つの企業安定の手段として
日本の
漁業者としてはこの制度の存続を希望しておられる向きが強いのであります。そういう
観点を全く離れれば、たとえば具体的にカツオ・マグロのようなものについて、単にそういう理論からだけ言えば、はたしてそういう必要性があるかどうかという疑問は存在をしておるわけであります。しかし、一方、企業安定とか価格安定という面からは、やはり必要な面が存在しておるということも見のがせないのであります。
これらの点を総括的に申しまして、
領海が三海里であろうと、十二海里であろうと、完全に従来の
日本の政府あるいは
漁業者が
日本人だけの間の行政あるいは
日本人の相互の競争防止という
観点で行なってきたものを、そのすべてについて
外国に
主張することには非常な困難があるということであります。もちろん、御
質問のように、
日本の
漁業者がそういうことで
資源を守り、
資源を大きくしてきたではないかという議論は確かにあると思います。しかし、そのことは、
外国においても同様でありまして、たとえば
日米加条約において、
アメリカは、そのサケは
アメリカの川で育って産卵をしたものである、だから
日本人はこれを全然とるべきでないという
主張であります。
日米加条約も、基本的にはそういう
主張に立っておるわけであります。
ソ連のサケについても同様であります。
ソ連の川で産卵をして
ソ連が保護をしたからこそサケがあるんだ、これを
日本人はとるべきでないというのが彼らの基本的な考えであります。しかし、それをわれわれが全面的に肯定した場合には、
日本のとるべきサケは存在しないのであります。もっとも、北海道の川に若干の生産量はございますけれ
ども、ほとんど大部分というのは他国のそういうものであります。まあそういうふうな相互の
関係はいろいろあります。したがって、御
指摘のような、
日本で大事に確保してきたんだ、だから遠くでとっておるものでも絶対
外国人にはとらせないんだという漁民感情的な存在は、いずれの国においてもあるわけであります。そのことは、同時に、ある
程度相互に尊重し合い、相互にその問題を政府において良識をもって善処をしていくというのがわれわれ政府としての態度であろうと思います。したがって、
韓国なりあるいは
ソ連が
日本の
沿岸の共同利用権の張り出しの大きいところを荒らすとか、あるいは底びき禁止区域を荒らすとかというふうな問題については、やはり相互の良識という点をもって、また、相互に利用というものが入り合って行なわれており、そこには両方に同じような理屈が存在をしておりまして、やはりそれは適当な範囲において
一つの協力と申しますか、裏から申しますと、合理的な妥協というふうな線でこの問題を
国際的な
話し合いの基礎で処理をしていく。お互いに産業なり行政というものを破壊しないというふうなたてまえでやっていくのが現在の
国際間の問題であり、あるいは、原則的には自由である海の
資源をどう共同利用するかという
立場に立ちますと、必ずしも一方だけの利益だけでは問題は解決されない、かように考えて対処をしていきたいと思っております。