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時実参考人 ただいま御紹介いただきました
時実でございます。十五分間ほど
最初に概括的な
お話をさせていただきたいと思います。三点でございまして、第一は
脳研究の
重要性ということ、それから第二点は、現在の
日本における
脳研究の
状態がどうであるかということ、そして第三点は、今後
日本において
脳研究をより推進するために私
たちはどのようなお願いをもってしたいかということ、この三つの点でございます。
最初、第一点から申し上げます。
御存じのように、現在
日本における
死亡率の第一位は
脳卒中でございます。やかましく言われております
ガンは第二位、そして最近強力に取り上げられております
交通災害、
交通事故あるいは
労働災害によって脳に直接
外傷を受けてなくなられる方が、おそらく今年度は
死亡率の第五位ぐらいに上がってくるのではないかと思っております。そのほか、比較的取り残された問題といたしまして
精薄とか
白痴とか、あるいはそのほかいろいろな
精神病というものが、かなりたくさん大きな問題として残っております。このような脳の
病気あるいは脳の
傷害に関しまして、これまでいろいろと
研究が進められておりました。しかし、何と申しましてもたいへん複雑な私
たちの脳でございますので、そう思うようには
研究を進めるわけにもまいりません。しかし、私
たちは決して怠慢であったわけではございませんで、あらん限りの
努力をいたしまして、現在かなりの程度に
研究が進んでまいりました。私
たち人間の
行動を
現象として取り扱う
学問、たとえば
法律とかあるいは経済とか、あるいは
心理学とか
教育学とか、そのほかいろいろな
人文社会の
学問、このほうは非常によく発達しておりますが、しかし、私の個人的な考えに従いますと、そのような
学問の
基礎になるのは、やはり私
たち人間をあやつっております脳の
働きがわかって、初めてそのような
学問も非常にはっきりと
研究が進められるのではないかというように思っております。先ほど申し上げましたように、脳の
傷害あるいは脳の
病気もさることながら、私
たち人間のいろいろな
行動あるいはそれに
関連する
社会現象というものも、私は、脳の
研究というものが進んで初めてしっかりしたその
研究の
基盤ができるように信じております。
このように考えてまいりますと、一方では、集団の中における
人間行動を、脳の
働きという
共通理解のもとにもつと積極的に調整し、
お互いに統御することができる。
他方では、またいろいろな脳の
外傷や
精神病に対しまして積極的な
予防対策も立てられますし、また、的確な
診断あるいは適正な
治療も可能になってくるわけでございます。幸いにいたしまして、現在
研究はこの方面に着々と進められておりまして、非常な
成果が、
日本はもちろんのこと
世界的にもたらされております。このような
成果は、また私
たちをして
研究意欲をかき立てさせまして、そうしてこの
脳研究の一そうの推進ということを私
たちは非常に念願し、また、それを、できるだけの
努力をしてやっているわけでございます。
御存じのように、また別の見方からいたしますと、私
たち人間は
動物と基本的な違いがある。その違いと申しますのは、私
たち人間の赤ん坊は最も未熟な、全然でき上がっていない脳の構造を持って生まれてきておる。したがいまして、私
たち人間は、その未熟な未完成の脳を生まれてから保育し、
教育していわゆる
人間としての脳に仕上げるということ、これが私
たち人間に課せられた宿命だと思っております。私
たち人間だけが持っております保育、
教育という義務と責任も、脳の未熟さということから来ておるのだと思います。ところが、不幸にしてそのような
発達過程における、たとえば脳の
傷害とかあるいは脳の
病気によりまして、あるいは
精薄とかあるいは
白痴というような非常に悲惨な
状態に追い込んで、そうして一生涯悲惨な生活を送らなければならないというようなことも、非常にたくさんございます。このような点から考えてみますと、脳の
研究ということは、
人間形成あるいはこの
社会における私
たち人間の
行動の
基盤になる
基礎づけを与える
研究であると同時に、また、私
たち人間を開発しておりますこの脳のいろいろな
傷害あるいは
病気、それに対しましてよりよい
対策と、そうしてより適切な
診断、
治療ができるということになると思います。
最近交通問題が非常に強く取り上げられておりまして、私
たちは、ある程度そのような
交通事故あるいは
労働災害というものも、いろいろな手段によって避けることができると思いますが、しかし、
最後は
人間の問題だろうと思います。その
最後の
人間の問題ということは、私は脳の問題だろうと思います。したがいまして、私
たちは、もっとこの脳の仕組み、脳の
働きというものを、真剣に取り組んで考えてみなければいけない
状態ではないかというように思っております。
現在、たとえば
原子力に関しましては、非常に多くの人と金がつぎ込まれております。しかし、私は考えますのに、その
原子力をコントロールするものは私
たち人間の脳でございます。したがいまして、私
たちは、そのコントロールする
人間の脳の
研究に対しまして、当然、
原子力の
研究を上回る人と金がつぎ込まれていいのではないか。これは私自身この脳の
研究をやっておる者といたしまして、私は非常に残念に思っておりまして、この際、そのことを非常に強くお願いしたいような次第でございます。
それでは、現在、
日本の脳の
研究がどのような
状態になっているか。これは
ほんとうにうれしいことでございまして、現在の
日本の
研究は
世界の
トップレベルでございます。もちろん戦時中の
空白状態がございまして、そうして戦後の約数年間はほとんどブランクの
状態でございました。しかし、その後、
日本の
脳研究は、
脳研究者の
研究の
意欲的な情熱というのは非常にすばらしいものがございまして、現在は、量におきましては
アメリカが第一位でございますが、しかし、質におきましては、私は
アメリカの
脳研究に決してひけはとらないというようにかたく信じております。これは、
日本に
脳卒中とかあるいは
交通災害が多くあるということではございません。そうではなくて、やはり私
たち研究者の間に、そのような
意欲が非常に盛んであるということを物語っておるのだと思います。現在、私
たちはこのような
脳研究を進めております。
研究体制は、
御存じのように、主として
国公私立大学、そして
付属病院でございます。そして、それを構成しております
講座というものが、その
研究のユニットになっております。しかし、いろいろな
事情がございまして、私
たちはなかなか
講座をふやしていただくこともできない。幸いにも
研究施設というものをたくさんつくっていただいております。現在、全国的に九つの
研究施設がそれぞれの
大学に付置されております。そして、その
研究施設は脳という名前がついておりますが、総合的な
脳研究施設もございますし、非常に特殊な問題を取り扱った
脳研究施設もございます。たとえば、
脳卒中の多い
地区では、いわゆる
脳卒中に
関係のある
研究施設、あるいはそのほか、地域的な特色が出されております。さらにまた、
基礎的な
研究だけではなく、私
たち脳の
研究には、やはり
人間の脳を取り扱わなければいかぬ。それには脳の
傷害とか、あるいは
精神病というものがどうしても
研究の
対象になる。したがいまして、幸いにも
当局の方の御
配慮によりまして、私
たちはその
脳研究施設の幾つかに
診療科をつけていただいております。つまり
患者さんを収容できるベッドをつけていただいておりまして、そして直接に
患者さんを
研究あるいは
観察の
対象にさしていただくような機会に恵まれております。
このような
研究施設が、現在、幸いなことに大きな
地区に固まっておるのではございません。全国的に分布されております。申すまでもなく、私
たちの
脳研究というものは、ある
地区だけでやるものではない。脳の
病気あるいは
交通災害というものは、東京だけ、あるいは大阪だけに起こるものではございません。各
地区で起こります。したがいまして、この
研究、同時にまた、そのような
傷害を
治療する、診療する
医師の
教育というものは当然必要でございまして、したがいまして、これは各
大学でそのような
研究施設、あるいはそれに
関連する
講座というものが必要なことは当然だと思います。現在
日本では、そのようなわけで、
外国に比較いたしますと
研究施設がかなり多く付設されておりまして、そして非常にアクティブな
研究が進められております。
しかし、
日本の
研究で、私が
最初に申し上げましたように、
世界に誇っていいと申しましたのは、
日本では
基礎的な脳の
研究者と、そして脳の
病気あるいは脳の
傷害を
研究され、そして診療される、いわゆる
臨床のお医者さん
たちとの
協力というものが非常によろしゅうございます。これは
世界でおそらく
日本だけが、その
協力体制がよくできている。これが現在、ここ十年の間に
世界の
トップレベルまで脳の
研究を推進さしたゆえんではないかと思っております。ここに一部その
資料を持ってきておりますが、オランダで「プログレス・イン・ブレーン・リサーチ」、
脳研究の進歩という
シリーズが出ております。これはいろいろなトピックスをまとめた
シリーズでございますが、特別な
配慮によりまして、
日本の
脳研究は
基礎の
先生方と
臨床の
先生方が非常に密接な
協力をして、非常にユニークな
研究が進められております。そのために特別に、いわゆる
日本の
脳研究のために、二冊にボリュームを分けて特別につくっていただきました。この本は現在
世界的に広く読まれておりまして、これによりまして、
日本の
脳研究というものは非常に高く評価されているような
状態でございまして、そのようなわけで、現在は
日本の
脳研究は
世界の
トップレベルにある。したがいまして、当然
外国から多くの
脳研究者が
日本へ
研究に来たいという非常な要望がございます。しかし、残念ながら現在の
日本では、いわゆる
脳研究のために
外国の
研究者を受け入れる特別なファンドを持っておりません。これは非常に私
たち残念なことでございまして、少なくとも
脳研究に関しましては、私は、このような何か
学問的な交流という道を当然開いていただくべきときだと思います。
研究施設はさることながら、当然私
たちは
研究所というものの
設置が必要だと思います。これは人員の面におきましても、あるいは経費の面におきましても、もっと豊かに
研究ができることは当然でございまして、これは各
大学の各
研究施設が
研究所に昇格することを心から願っておる次第でございます。
そのような
状態が現在の
日本の脳の
研究でございますが、では、そのような
日本の
研究をさらに
世界の
トップに進めていく、そうして、その地位を保たしていくためにはどのようなことを実行したらいいか。
それは簡単に申し上げますが、
一つは
研究費の問題でございまして、これは具体的なことばただいまは申し上げませんが、非常に乏しい
研究費でございます。しかし、にもかかわらず私
たちはその乏しい
研究費を活用して、そうしてたいへん
意欲的な
研究を進めておるということでございます。
第二は、
研究体制の問題でございまして、先ほど申しましたように、脳の
研究は
基礎的な
研究だけでなく、当然
臨床的な
研究もそれに必要になってまいります。したがいまして、各
大学にいわゆる
講座という
システムでつけていただく
完全講座をつくっていただくということだけでなくて、さらに
研究施設をふやしていただく。さらにまた、従来の
研究施設を
研究所にしていただく。そうして
最後の願いは、私
たちは、そのようにすそ野を固めていただく一方、
他方ではいわゆる
国立の
中央脳研究所というものをつくっていただきまして、ここで総合的な強力な
研究体制を進めるということがぜひ必要ではないか。これはどの
学問の分野でも言われていることだと思いますが、やはり各
大学のセクショナリズムというものが多少ございます。したがいまして、そのようなものをなくする
意味でも、やはり
お互い研究者が流動的に
研究ができるということ、そのためには、
中央の
国立の
脳研究所の
設置というものは非常に望ましい。もちろんこれは、私
たちはすでに
学術会議に
脳研究連絡委員会がございまして、もう数年前にその将来計画は立ててございます。しかし、これは私
たちのイメージから申しますと、現在のこの
法律ではとてもそれば受け入れることができない。やはり
法律改正が特に必要であるというように聞いております。しかし私は、どんなに
法律改正が非常な困難でありましても、これだけは必ず近い将来にはつくっていただきたいというように強くお願いする次第でございます。
私
たちは、
脳研究というものは、たとえば
動物の脳を
研究しているのでは決してなくて、
究極の
目的は
人間の脳を
研究するのだ、それは
人間そのものを
研究しているのだということをひとつ
お互いに心に銘じつつ、そうして材料としては
動物を使い、あるいはそのほか場合によっては
人間も使いますが、しかし、
究極の
目的は
人間研究であるというようなことをいつも念じながら
研究を進めております。
総括的に申し上げますことはそれだけであります。たいへん抽象的な内容になったかと思いますが、いろいろ
資料は一応用意してまいりましたので、もし御
質問ございまして私が
お答えできる範囲でございましたら、
お答えさしていただきます。